歓迎された闇2
左手の印に浮かぶ光は消えることを知らない。それどころか、城に近づけば近づくほどに光は強くなっていく。
マンドラゴラだけだったモンスターは、角突きラビット、スライム、ゴブリンと増えていく。そのどれもが私たちを攻撃しないのだ。私を『エスメラルダ』と呼び、目を細める。
もう偶然なんかではない。これらは私を城へ導こうとしている。オフィーリアではなく、エスメラルダとして見ている。気持ち悪い。無意識に思ってしまった。
アヴリルはあからさまに不機嫌だ。ノエルとリックスも居心地が悪そうに眉をしかめている。
「あたしは......モンスターを狩り尽くせると思ったからついてきたんだよ? 何これ。モンスターの仲間みたいじゃん。気色悪い」
アヴリルは乱暴に吐き捨てた。彼女は両親をモンスターに殺されている。本来ならば、今すぐにでもモンスターを殴り殺したいだろう。
ノエルはゆっくりと瞬きをすると、アヴリルの片手を取った。
「今、騒ぎを起こすのはやめよう。こんな大群相手じゃ、俺たちだけじゃ歯が立たないからな」
「分かってるよ! 分かってるけど......!」
反抗するアヴリルの瞳からは涙が零れ落ちそうだ。
私だって父をモンスターに殺されている。アヴリルの気持ちは十分に理解できる。それなのに、ついて行くしかない。心が現実に追いついてくれない。
私も拳を握ると、リックスはちらりと目を泳がせた。
「兄さん、ごめん」
リックスにはモンスターのせいで行方知れずになった兄だっているのだ。
この世界は悲しみで溢れている。それを私が終わらせられるなら、この苦痛に耐えなくては。世界の伝承である『印を持つ者は悪を滅ぼす』、『悪を滅ぼせば、己の身も滅ぼす』という言葉がちらりと脳裏をよぎっていった。
悲しみを終わらせるためには、私の身を差し出さなくてはいけないのだろうか。今頃になってルーインの言葉が意味を持ち始める。
寒いわけでもないのに鳥肌が立つ。思わず生唾を呑み込んでしまった。
城は黒く、蔦に覆われている。さすがは五百年間も放置されていた、というところだろうか。ただならぬ威圧感を放っており、近づくことさえ躊躇われた。
それなのにモンスターは群れを成し、城へと雪崩れ込む。エントランスではガーゴイルが見張りをしており、私に頭を下げた。
外観とは違い、城の中は夢の中と何も変わっていない。深紅の絨毯に白い壁、豪華なシャンデリアや絵画――ううん、絵画だけは色褪せてしまっているけれど、十分に手入れは行き届いている。
「エスメラルダ! へや、みる?」
先ほどのマンドラゴラが私の元へと駆け寄り、嬉しそうに口角を上げた。
「部屋......? どの?」
「エスメラルダの!」
モンスターと普通に会話をしていることさえ、疑問に思わなくなってきている。さすがに危険だと判断したのか、ノエルはマンドラゴラと私の間に割って入った。
「モンスターの言うことは、あまり聞かない方がいい」
「でも、気になる」
エスメラルダの部屋がここにあるのなら、彼女がここに住んでいたという唯一の証拠になり得る。さらに夢の景色と一致するのなら、あれは夢ではなく記憶だと確定できるのだ。
私たちの様子を気に留めることなく、マンドラゴラは二階へ続く階段を上り始める。行方を見逃さないように、立ち尽くす三人をその場に置いて床を蹴った。
「オフィーリア!」
ノエルの叫びが残響する。すぐに複数の足音が追いついたので、三人とも私についてきているだろう。階段を上る自身の金属ブーツに、エスメラルダが履いていた緑のパンプスが重なって見えた。
何故か、どこに行けば何があるかを理解している。この扉は客間、この扉は空き部屋、この部屋は王妃の趣味部屋――扉を見ただけで手を取るように分かる。
たぶん、エスメラルダの部屋はこの廊下を突き当りまで進んだ奥の部屋だ。その予想が当たったのか、扉の前にはマンドラゴラの姿があった。
私が部屋の前まで行くと、マンドラゴラは後退る。破裂しそうな鼓動を感じながら、ゆっくりと腕を前に出す。
そうして開けた先にあったのは、凛とした空気をまとった静寂の部屋だった。煌めくシャンデリアが部屋を照らし、白い壁には黄色い花の絵画が掛けてある。木製の調度品も整然としており、乱れはない。唯一、テーブルに置いてあった花瓶には、枝のような何かが枯れたようなものが刺さっていた。ティーカップも傾いている。
これは時が止まったというよりは、過去を留めておいたと言った方が正しいだろうか。
エスメラルダはローレンスと最後に会った日に、とてつもない緊張をしていた。部屋を去る時にティーカップが転がっても気に留めないくらいには。
そこまで考えて、その日のエスメラルダの部屋での夢なんて見ていない事に気づく。これは、私の妄想なのだろうか。それとも記憶なのだろうか。自分が分からなくなる
「本当にローレンスがここにいるの......?」
呟いてみても、誰からも返事はない。マンドラゴラと仲間三人は部屋の前で待機してくれていた。
改めて、部屋をぐるりと見回してみる。懐かしいと思ってしまうこの感覚は何なのだろう。
私がエスメラルダなら、ローレンスはきっとこの部屋に来てくれる。驕り高ぶったような自信が一瞬だけ心の隅に現れた。