歓迎された闇3
心臓は高鳴る。あの人がいてくれるなら、私がここに来た意味もある。やっと会える。
自分のものとは思えない感情が湧き上がり、胸を両手で押さえつけた。私はエスメラルダなんかではない。オフィーリアなのに。目頭までもが熱くなる。
「ローレンス、どこにいるかな」
マンドラゴラは廊下で呟き、私の視界から消えた。ノエルとリックス、アヴリルも無言のままその行方を見ている。
その後、リックスは腕を組んで身体を小さく震わせた。
「なあ、気味悪いし......。どこか広いところに行かないか?」
「どこかって......どこだ?」
「玉座の間......とか? ラスボスが待ってそうなのも玉座の間じゃんか」
「ローレンスをラスボス扱いしないで」
自分の口から出た反発に、自分自身で驚いてしまう。拳を握り、視線を落としてしまった。
「オフィーリア、大丈夫?」
いつもは元気なアヴリルでさえ、小声になっている。
たぶん、大丈夫ではない。私には分からない感情が溢れ返ってしまう。小さく首を横に振り、唇を噛み締める。
「オフィーリア、こっちおいで」
アヴリルが手を差し伸ばしてくれるので、縋るようにその温もりを求めた。廊下からエスメラルダの部屋に振り返ってみると、エスメラルダの孤独が私を飲み込むように感じられる。
「どうか、そんなに絶望しないで」
私にできるのは、エスメラルダに願いを口にすることだけだった。
来た道を引き返し、一階の最奥を目指す。私の記憶が正しければ、そこに玉座の間があるはずだ。礼拝堂や図書室、応接室、大広間――それらの部屋を通り越し、廊下にドレスアーマーの軋む音を響かせる。
ローレンスはきっと、私の来訪に気づいているだろう。私たちが無言でいても、モンスターたちが大騒ぎしているのだ。
「エスメラルダ! やっときてくれた!」
「きょうは、おいしいものたべよう!」
モンスターにとっての美味しいもの、それが人間ではないことを祈るばかりだ。
一匹の角突きラビットが私の足にまとわりつく。思わず足を止めると、赤い瞳が私を見上げた。
「これでわたしも、にんげんになれる?」
「......えっ?」
どう頑張っても、モンスターが人間になれるはずがない。わけが分からない疑問に、頭を抱えたくなってくる。
「モンスターの言うことだ。真面目に取り合う方が間違ってる」
「うん......」
ノエルの言う通りなのだ。しかし、心に違和感を抱いてしまう。それが何なのかは分からないままで。
再び歩き出し、前を見詰める。ついに玉座の間の前まで来てしまった。二匹のガーゴイルが槍を持ち、赤い瞳で私たちを睨みつける。
「あなたは......エスメラルダ」
そのうちの一匹が呟くと、もう一匹のガーゴイルに頷いてみせた。門を封鎖していた槍は取り除かれ、視線も外れる。
この先にローレンスがいれば、探す必要もなくなる。エスメラルダの真相を聞き出せるかもしれないし、私の使命も説き明かされるかもしれない。
汗を握る手を胸に押し当てる。深く深呼吸をし、木製の堂々たる扉に手を掛けた。
蝶番が軋む音と共に玉座の間が露わとなる。窓はなく、シャンデリアの明かりだけが部屋を照らす。赤の玉座には誰も着いていない。
その前に、入口側へ向かって跪く人の姿がある。黒髪に騎士の服――ローレンス、なのだろうか。
「あの......」
話しかけても、その人は顔を上げない。こちらを見ようともしない。
ノエルとリックスは私の前に出て、剣に手をかける。
「聖女が直々に来てやったんだ。顔くらい見せろよ」
リックスが声を張ると、騎士の黒髪がちらりと揺れた。
「聖女......。エスメラルダ様......」
その震える声には聞き覚えがある。やはり、夢の中に登場したローレンスと同じものだ。
「私は......」
それだけを言うと、騎士は言葉を詰まらせる。
そこへノエルが半歩だけ前へ出た。
「彼女はエスメラルダじゃない。オフィーリアだ。彼女のことをエスメラルダだとみなすなら、貴様もモンスターの仲間だと扱わせてもらう」
「オフィーリア......?」
ようやく、騎士の顔が徐々に上げられていく。丸いグレーの瞳はしっとりと涙に濡れていた。
「今世では......そのようなお名前なのですね」
騎士の微笑みが痛々しく感じられるのは私だけだろうか。
私の隣で呆気に取られていたアヴリルも、ノエルの傍へと走り寄る。
「事情は知らないよ? でも、挨拶もできない騎士ってどうなの?」
「......申し訳ございません」
騎士は跪いたまま、再び頭を下げた。
「私はローレンスと申します。ティンブロ国の......エスメラルダ様の騎士です。......貴方方は?」
騎士――いや、ローレンスに問われた三人は顔を見合わせる。
「俺はノエル」
「リックスだよ」
「......アヴリルだけど」
親しみを込めた挨拶ではない。ただ、建前のために名乗っただけだろう。それでも、ローレンスは満足したようにゆっくりと立ち上がった。
「折角ここまで来てくださったのです。少し座って話しましょう」
ローレンスは部屋の隅へと視線を移動させる。私もつられてそちらに目を遣ると、白いテーブルクロスが掛けられた円卓が用意されていた。
「......そんな暇はない。俺たちは早く目的を達成して、四人で慎ましく暮らすんだからな」
リックスが眉間にしわを寄せると、ローレンスの顔には悲哀が満ちていくのだった。