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8話

「スタン・マーシャル。あなたの処遇については、監視塔及び教務塔で協議中です。ああ、念のため言っておくけれど、あなたを抹殺するようなことはしないから、そこは安心しなさいね?」
「は、はあ......」
「あなたたちは、くれぐれもこの二人を丁重に扱うように。でないと、あの女が後でうるさいから」 
 フィリアは女性兵にそれだけを指示すると、一人どこかへと去っていく。その背中を呆然と見送っていると、ルークにちょんと、肘で小突かれた。
「......な?言ったろ?」
「......ノーコメントで」
 答えながら、スタンは額から冷や汗がだらだらと流れ落ちるのを感じていた。
「ではお二人共、こちらへ」 
 女性兵は二人を促すと、足元へひょい、と何かを投げつけた。すると一瞬にして周囲が白い煙に包まれ、ふわりと身体と意識が宙に浮く感覚に襲われる。
「――あれ?」
 視界が晴れ目を開けると、そこは留置場のように冷たく狭苦しい取調べ室だった。
「二人共、何はともあれお疲れ様......って言うのも違うか」
 声のする方へ視線を向けると、ルヴィアナが机の上で足を組んでくつろいでいた。その姿を見て、ようやく張り詰めていた緊張の糸がふっと緩む。
「まさか地下に潜って、死霊を大量に呼び覚ました挙句、ロンドン塔地下まで侵入するなんてね~」
「なんか、すいません。余計なことしちゃって......」
「大丈夫、責めてなんかないから」
 三人は並べられた鉄製の椅子に腰を下ろす。事情聴取をする、と言っていたが、これから尋問でもされるのだろうか。まるで刑事ドラマのワンシーンに放り込まれたような気分だ。
 見張りのためか女性兵は数人残り、置物のように直立している。マスクで表情は読み取れないが、その奥にある瞳からは、決して逃れられないだろうという確信があった。
 
 こんこん、と扉を叩く音に、スタンの肩が反射的に跳ねる。「失礼するよ」という言葉と共に扉が開き、二人の人物が入室する。
 冷酷な尋問官でも現れるのかと思いきや、そこに立っていたのは、優しげな眼鏡の青年と、落ち着いた雰囲気の壮年の紳士だった。
「こんにちは、スタンくん。僕はエイドリアン・ハースト。交渉官だ。そして隣の方は、ミレニアム・カレッジの長であるエルドレッド氏だ」
「はじめまして、アルバート・エルドレッドだ」
 紳士はスタンの前に歩み寄り、柔らかな笑みを浮かべる。その佇まいは、いかにも理知的で穏やかな英国紳士といった風貌で、魔術学校を束ねる長にはとても見えない。
「さて、早速本題に入るが......結界については、不慮の事故ということで穏便に処理するよ。だから、君が不安に思うことは、何もない。安心してくれ」
 その言葉を聞いて、スタンはほっと胸をなでおろす。
「話は変わるが、ここは魔術師たちの拠点であると同時に、魔術を学ぶ学校でもある。属しているのは素質のある者のみ......しかしね、我々は魔術と無縁の人間にも、平等に機会を与えている。『認可試験』を通過できれば、の話だがね」
 エルドレッドの含みのある言葉に、スタンの心が、まるで童心に返ったかのように浮足立つ。期待で胸が高鳴るのを感じる。
 そんなスタンへ向けて、エルドレッドはにこりと笑い、こう告げた。
「審査しなくても、見ただけで分かるよ。君には魔術の才能が全くないということがね」
 突如、時と思考が止まったような感覚。
 彼の言葉の意味が理解できるまで、数秒の空白が生まれる。
 横を見ると、ルークは吹き出しそうになるのを堪え、ルヴィアナは露骨に顔を背けていた。
「そういうわけだから、入学はできないんだ。ごめんね?」
 エイドリアンが申し訳なさそうに手を合わせる。
「あ、はい」
 あまりにあっさりとした宣告に、怒りも悲しみも湧いてこない。ただ、妙に納得してしまう自分がいた。やはり自分は、死霊を引き寄せることぐらいしか取り柄が無いらしい。
「代わりといってはなんだけど、君に一つ、やってもらいたいことがあるんだ」
「な、なんでしょうか?」
「......そのあたりの説明は、彼女にしてもらうといい」
 エルドレッドはルヴィアナをちらりと見た。その視線に応えるように、ルヴィアナはスタンへ告げる。
「大丈夫、難しいことじゃない。君の普段の生活と、何ら変わらないことよ。ただ――ちょっと、気難しい人がいるだけ」
「......?」
 どうにも要領を得ない説明に、スタンは首を傾げた。
「さて、こういう言い方もなんだけど......君たちは無事釈放だ。と、いうことで、僕たちは先に失礼するよ」
 二人は静かに席を立ち、退室する。女性兵もそれに続き扉が閉まると、ようやく重苦しい空気が薄れた。
「はい!取り敢えず一件落着!」
 ルヴィアナが勢いよく立ち上がり、明るい声を張り上げる。そして、「ってわけでスタン!明日の朝、私の工房に来て!よろしく~」とだけ伝えると、軽快な足取りで去っていった。
「......人にものを頼むのが苦手なのかな、あの人は。これからお前、苦労するぞ」
 ルークの言葉にスタンは言い返す気力もなく、大きく息を吐き出した。それと同時に、全身の力が抜ける。
「いやあ~緊張した~......お偉いさんと面と向かって話すこと、そうそうないからな~」
「......ちなみにさっきの人はあくまで学校のトップで、蛇十字の方はまた別だからね?」
「へぇ~、そっちはなんて人?」
「ルヴィアナ」
 思いも寄らぬ人物の名に、スタンは石に変えられてしまったように固まった。
「......あの人、そんなすごい人だったの?」
「そうだよ。だからこそ、こんな無茶が出来たわけだし」
「?どういう意味?」
「なんでもない。こっちの話」
 どっちの話だよ、という指摘を引っ込め、「ま、いいや!帰ろ帰ろ!」と言って席を立った。
 
 二人で部屋を出て、窓一つない、冷たく無機的な通路を渡る。
「しっかし本当に刑務所みたいな場所だなあ、ここ。行ったことないけど」
「離れるなよ。また面倒ごとでも起こされちゃ困る」
「起こしたくて起こしたわけじゃないっつうの!」
 反論しながらも、スタンはルークへついていく。そして塔の中心を縦に貫くように設けられた、巨大なエレベーターへ乗り込んだ。ルークがボタンを押すと、それはひたすら下降していく。
「しっかし......魔術組織っていうと、こそこそ暗躍して教会と争ってるんだと思ってた」
「昔はそうだったよ。変わったのは、秘匿協定が締結されてからだ」
「秘匿協定?」
「......お前まさか、地下での僕の話をちゃんと聞いてなかったのか?」
 ルークに冷ややかな視線を向けられる。スタンはそれを、えへへ、と引きつった笑みで誤魔化した。
 そうこうしているうちに、一階へと到着する。
 そして外へ足を踏み出すと、美しい朝日が全身に降り注いだ。
 長い夜が、明けたのだ。
 深く息を吸って伸びをする。そのおかげか、思考が少しクリアになった。
「んじゃ、改めて教えてくれよ、先生」
 スタンが腰を低くしてお願いすると、ルークは仕方ないといった様子で、「もう一回、簡潔に教えてやる」と言った。こういうところを見るに、意外と面倒見は悪くないのかもしれない。
「魔術師と教会と吸血鬼。この三者がお互いに争うことなく、秩序を保って平和に暮らしていきましょうっていう決まり。それが秘匿協定だ」
「うん?吸血鬼?」
「そう、吸血鬼。当然名前は聞いたことあるだろうが、実際はお前が思ってるのとは全く違う。竜の血を引いてるからって威張り散らした、嫌味ったらしい貴族連中ばっかりだよ」
「ふーん......よくわかんねえけど、俺と縁はなさそうだな」
「その方が幸せだよ」
 今まで暗い中にいたせいか、陽の光が眩しい。一般的に吸血鬼は太陽光を嫌うというが、ルークの話からするに、それも眉唾なのだろうか。
「そういえばお前、オカルトがどうこう言ってたけど、悪魔の存在は信じてるのか?」
「うーん......悪魔は信じてる、信じてないとかじゃなくて、そういう存在がいるってことを、ふんわり認識してる程度かな。俺、信心深いわけじゃないし」 
「......成程ね。じゃあ、話・し・て・も・い・い・かな」
「?」
「マルコシアス、改めて挨拶してやれ」
『先程ぶりでございますね!』
 突如広い校内に響く声は、あの時聞こえたものと全く同じだった。
「えっと、はじめまして......?意外と自由に喋れる感じなんだ?」
『ええ!ですが、ルーク様に私語を禁じられておりましたので!わたくし、息が詰まるかと!』
「こいつは常に"正しい"答えしか言わない。だからあの時、こいつに聞いたんだ。けど......あんな下らない場面で使いたくなかった......!」
 そう唸りながら、ルークは屈辱そうに歯噛みした。
「そういや、あのベリアルって人は?」 
「あいつなら、今頃どっかで不貞寝でもしてるよ」
 金色の瞳と、巨大な鎌。彼女は、ノクセルペンティアとも異なる特異性を放っていたように思える。
「......なあ、あの人ももしかして、その、悪魔なのか?」
「......そうだ。ベリアルは半分悪魔、半分吸血鬼みたいな存在でね。散々揉めた後、蛇十字うちが管理することになった」
「半分?どういうこと?」
「......悪魔憑きは分かるな?人間の身体を乗っ取る行為なんだが、大抵は失敗して精神に異常をきたす。高位の悪魔でもね。ただそれが、ごく稀に成功してしまうことがある」
 悪魔憑き。スタンはそれを、悪魔ではなく死霊の仕業だと思っていた。憑依された人間の風貌が似通っていたからだ。
 しかし悪魔というのは現実に存在しており、ルークをはじめとする魔術師たちは、それらと隣人のように接している。
 同じ人間でありながら、魔術師という存在が、スタンにはまるで異世界の住人のように思えた。
「こいつはその数少ない『成功例』だ。発覚したとき、それはもう大騒ぎだったそうだけど、相手が吸血鬼だっただけまだ穏便に済んだというか......」
「うーん......話がぶっ飛びすぎて理解が追いつかん......」
「まあ、無理もないだろうね」
 改めて凄まじい世界に足を踏み入れてしまったのだと自覚し、スタンは頭を抱えた。ルークはそれを、生温かい目で見つめている。
「他にもいろいろ聞きたいことはあるだろうけど......ここで僕が一から説明しなくても、明日から基礎知識をみっちり叩き込まれるだろうさ。それにもう、関わることもない」
「なんで?これからも俺と会ってくれるだろ?友達になったんだしさあ」
「お前が勝手に決めたことだろ」
 ルークは悪態をついているが、その場から離れなかった。そんな彼に、スタンは穏やかに語りかける。
「俺スタン。スタン・マーシャル」
「......ルーク・エインズワース」
 こちらに顔を向けないまま、ルークは面映ゆそうに答えた。
「そういやお前、年いくつ?」
「......十六」
「なんだ~俺と一個しか変わんねーじゃん!俺は十七!」
「それが何だよ!一年先に産まれたってだけで先輩面?」
「お前はなんでそういう言い方しかできないかなあ~」

 ◇

 スタンを正門まで送り届けると、彼は「またな〜」と手を振って帰っていった。その背中を見つめながら、ルークは思った。
 ――やはりあいつは、「こちらの世界」にいてはいけない。
 群れないノクセルペンティアに倣ったのか、はたまたそういう気風の人間ばかり集まるのか――魔術師は基本的に、慣れ合わない。秘匿協定もあり、生命の危険に脅かされることは少ないが、それでもここには、何かと厄介な人間や物事が舞い込んでくる。
 そんな世界に、無邪気で軽薄で、純粋な人間を引き入れる必要性が見当たらない。
 そしてこれまでのことで一つ、確信したことがある。
 ルヴィアナは間違いなく、自身の意思でスタンを引き入れた。
 彼女の真意までは、現状掴めない。しかしルークは、それ以上深く探る気にはならなかった。
 今は他人の事に首を突っ込むよりも、優先すべきことがある。
 ただ――
「僕もあまり人のことは言えないけど......こんな浅はかな行動、アンタらしくないよ」
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Hellish Heaven作者:紫咲雪花
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「スタン・マーシャル。あなたの処遇については、監視塔及び教務塔で協議中です。ああ、念のため言っておくけれど、あなたを抹殺するようなことはしないから、そこは安心しなさいね?」
「は、はあ......」
「あなたたちは、くれぐれもこの二人を丁重に扱うように。でないと、あの女が後でうるさいから」 
 フィリアは女性兵にそれだけを指示すると、一人どこかへと去っていく。その背中を呆然と見送っていると、ルークにちょんと、肘で小突かれた。
「......な?言ったろ?」
「......ノーコメントで」
 答えながら、スタンは額から冷や汗がだらだらと流れ落ちるのを感じていた。
「ではお二人共、こちらへ」 
 女性兵は二人を促すと、足元へひょい、と何かを投げつけた。すると一瞬にして周囲が白い煙に包まれ、ふわりと身体と意識が宙に浮く感覚に襲われる。
「――あれ?」
 視界が晴れ目を開けると、そこは留置場のように冷たく狭苦しい取調べ室だった。
「二人共、何はともあれお疲れ様......って言うのも違うか」
 声のする方へ視線を向けると、ルヴィアナが机の上で足を組んでくつろいでいた。その姿を見て、ようやく張り詰めていた緊張の糸がふっと緩む。
「まさか地下に潜って、死霊を大量に呼び覚ました挙句、ロンドン塔地下まで侵入するなんてね~」
「なんか、すいません。余計なことしちゃって......」
「大丈夫、責めてなんかないから」
 三人は並べられた鉄製の椅子に腰を下ろす。事情聴取をする、と言っていたが、これから尋問でもされるのだろうか。まるで刑事ドラマのワンシーンに放り込まれたような気分だ。
 見張りのためか女性兵は数人残り、置物のように直立している。マスクで表情は読み取れないが、その奥にある瞳からは、決して逃れられないだろうという確信があった。
 
 こんこん、と扉を叩く音に、スタンの肩が反射的に跳ねる。「失礼するよ」という言葉と共に扉が開き、二人の人物が入室する。
 冷酷な尋問官でも現れるのかと思いきや、そこに立っていたのは、優しげな眼鏡の青年と、落ち着いた雰囲気の壮年の紳士だった。
「こんにちは、スタンくん。僕はエイドリアン・ハースト。交渉官だ。そして隣の方は、ミレニアム・カレッジの長であるエルドレッド氏だ」
「はじめまして、アルバート・エルドレッドだ」
 紳士はスタンの前に歩み寄り、柔らかな笑みを浮かべる。その佇まいは、いかにも理知的で穏やかな英国紳士といった風貌で、魔術学校を束ねる長にはとても見えない。
「さて、早速本題に入るが......結界については、不慮の事故ということで穏便に処理するよ。だから、君が不安に思うことは、何もない。安心してくれ」
 その言葉を聞いて、スタンはほっと胸をなでおろす。
「話は変わるが、ここは魔術師たちの拠点であると同時に、魔術を学ぶ学校でもある。属しているのは素質のある者のみ......しかしね、我々は魔術と無縁の人間にも、平等に機会を与えている。『認可試験』を通過できれば、の話だがね」
 エルドレッドの含みのある言葉に、スタンの心が、まるで童心に返ったかのように浮足立つ。期待で胸が高鳴るのを感じる。
 そんなスタンへ向けて、エルドレッドはにこりと笑い、こう告げた。
「審査しなくても、見ただけで分かるよ。君には魔術の才能が全くないということがね」
 突如、時と思考が止まったような感覚。
 彼の言葉の意味が理解できるまで、数秒の空白が生まれる。
 横を見ると、ルークは吹き出しそうになるのを堪え、ルヴィアナは露骨に顔を背けていた。
「そういうわけだから、入学はできないんだ。ごめんね?」
 エイドリアンが申し訳なさそうに手を合わせる。
「あ、はい」
 あまりにあっさりとした宣告に、怒りも悲しみも湧いてこない。ただ、妙に納得してしまう自分がいた。やはり自分は、死霊を引き寄せることぐらいしか取り柄が無いらしい。
「代わりといってはなんだけど、君に一つ、やってもらいたいことがあるんだ」
「な、なんでしょうか?」
「......そのあたりの説明は、彼女にしてもらうといい」
 エルドレッドはルヴィアナをちらりと見た。その視線に応えるように、ルヴィアナはスタンへ告げる。
「大丈夫、難しいことじゃない。君の普段の生活と、何ら変わらないことよ。ただ――ちょっと、気難しい人がいるだけ」
「......?」
 どうにも要領を得ない説明に、スタンは首を傾げた。
「さて、こういう言い方もなんだけど......君たちは無事釈放だ。と、いうことで、僕たちは先に失礼するよ」
 二人は静かに席を立ち、退室する。女性兵もそれに続き扉が閉まると、ようやく重苦しい空気が薄れた。
「はい!取り敢えず一件落着!」
 ルヴィアナが勢いよく立ち上がり、明るい声を張り上げる。そして、「ってわけでスタン!明日の朝、私の工房に来て!よろしく~」とだけ伝えると、軽快な足取りで去っていった。
「......人にものを頼むのが苦手なのかな、あの人は。これからお前、苦労するぞ」
 ルークの言葉にスタンは言い返す気力もなく、大きく息を吐き出した。それと同時に、全身の力が抜ける。
「いやあ~緊張した~......お偉いさんと面と向かって話すこと、そうそうないからな~」
「......ちなみにさっきの人はあくまで学校のトップで、蛇十字の方はまた別だからね?」
「へぇ~、そっちはなんて人?」
「ルヴィアナ」
 思いも寄らぬ人物の名に、スタンは石に変えられてしまったように固まった。
「......あの人、そんなすごい人だったの?」
「そうだよ。だからこそ、こんな無茶が出来たわけだし」
「?どういう意味?」
「なんでもない。こっちの話」
 どっちの話だよ、という指摘を引っ込め、「ま、いいや!帰ろ帰ろ!」と言って席を立った。
 
 二人で部屋を出て、窓一つない、冷たく無機的な通路を渡る。
「しっかし本当に刑務所みたいな場所だなあ、ここ。行ったことないけど」
「離れるなよ。また面倒ごとでも起こされちゃ困る」
「起こしたくて起こしたわけじゃないっつうの!」
 反論しながらも、スタンはルークへついていく。そして塔の中心を縦に貫くように設けられた、巨大なエレベーターへ乗り込んだ。ルークがボタンを押すと、それはひたすら下降していく。
「しっかし......魔術組織っていうと、こそこそ暗躍して教会と争ってるんだと思ってた」
「昔はそうだったよ。変わったのは、秘匿協定が締結されてからだ」
「秘匿協定?」
「......お前まさか、地下での僕の話をちゃんと聞いてなかったのか?」
 ルークに冷ややかな視線を向けられる。スタンはそれを、えへへ、と引きつった笑みで誤魔化した。
 そうこうしているうちに、一階へと到着する。
 そして外へ足を踏み出すと、美しい朝日が全身に降り注いだ。
 長い夜が、明けたのだ。
 深く息を吸って伸びをする。そのおかげか、思考が少しクリアになった。
「んじゃ、改めて教えてくれよ、先生」
 スタンが腰を低くしてお願いすると、ルークは仕方ないといった様子で、「もう一回、簡潔に教えてやる」と言った。こういうところを見るに、意外と面倒見は悪くないのかもしれない。
「魔術師と教会と吸血鬼。この三者がお互いに争うことなく、秩序を保って平和に暮らしていきましょうっていう決まり。それが秘匿協定だ」
「うん?吸血鬼?」
「そう、吸血鬼。当然名前は聞いたことあるだろうが、実際はお前が思ってるのとは全く違う。竜の血を引いてるからって威張り散らした、嫌味ったらしい貴族連中ばっかりだよ」
「ふーん......よくわかんねえけど、俺と縁はなさそうだな」
「その方が幸せだよ」
 今まで暗い中にいたせいか、陽の光が眩しい。一般的に吸血鬼は太陽光を嫌うというが、ルークの話からするに、それも眉唾なのだろうか。
「そういえばお前、オカルトがどうこう言ってたけど、悪魔の存在は信じてるのか?」
「うーん......悪魔は信じてる、信じてないとかじゃなくて、そういう存在がいるってことを、ふんわり認識してる程度かな。俺、信心深いわけじゃないし」 
「......成程ね。じゃあ、話・し・て・も・い・い・かな」
「?」
「マルコシアス、改めて挨拶してやれ」
『先程ぶりでございますね!』
 突如広い校内に響く声は、あの時聞こえたものと全く同じだった。
「えっと、はじめまして......?意外と自由に喋れる感じなんだ?」
『ええ!ですが、ルーク様に私語を禁じられておりましたので!わたくし、息が詰まるかと!』
「こいつは常に"正しい"答えしか言わない。だからあの時、こいつに聞いたんだ。けど......あんな下らない場面で使いたくなかった......!」
 そう唸りながら、ルークは屈辱そうに歯噛みした。
「そういや、あのベリアルって人は?」 
「あいつなら、今頃どっかで不貞寝でもしてるよ」
 金色の瞳と、巨大な鎌。彼女は、ノクセルペンティアとも異なる特異性を放っていたように思える。
「......なあ、あの人ももしかして、その、悪魔なのか?」
「......そうだ。ベリアルは半分悪魔、半分吸血鬼みたいな存在でね。散々揉めた後、蛇十字うちが管理することになった」
「半分?どういうこと?」
「......悪魔憑きは分かるな?人間の身体を乗っ取る行為なんだが、大抵は失敗して精神に異常をきたす。高位の悪魔でもね。ただそれが、ごく稀に成功してしまうことがある」
 悪魔憑き。スタンはそれを、悪魔ではなく死霊の仕業だと思っていた。憑依された人間の風貌が似通っていたからだ。
 しかし悪魔というのは現実に存在しており、ルークをはじめとする魔術師たちは、それらと隣人のように接している。
 同じ人間でありながら、魔術師という存在が、スタンにはまるで異世界の住人のように思えた。
「こいつはその数少ない『成功例』だ。発覚したとき、それはもう大騒ぎだったそうだけど、相手が吸血鬼だっただけまだ穏便に済んだというか......」
「うーん......話がぶっ飛びすぎて理解が追いつかん......」
「まあ、無理もないだろうね」
 改めて凄まじい世界に足を踏み入れてしまったのだと自覚し、スタンは頭を抱えた。ルークはそれを、生温かい目で見つめている。
「他にもいろいろ聞きたいことはあるだろうけど......ここで僕が一から説明しなくても、明日から基礎知識をみっちり叩き込まれるだろうさ。それにもう、関わることもない」
「なんで?これからも俺と会ってくれるだろ?友達になったんだしさあ」
「お前が勝手に決めたことだろ」
 ルークは悪態をついているが、その場から離れなかった。そんな彼に、スタンは穏やかに語りかける。
「俺スタン。スタン・マーシャル」
「......ルーク・エインズワース」
 こちらに顔を向けないまま、ルークは面映ゆそうに答えた。
「そういやお前、年いくつ?」
「......十六」
「なんだ~俺と一個しか変わんねーじゃん!俺は十七!」
「それが何だよ!一年先に産まれたってだけで先輩面?」
「お前はなんでそういう言い方しかできないかなあ~」

 ◇

 スタンを正門まで送り届けると、彼は「またな〜」と手を振って帰っていった。その背中を見つめながら、ルークは思った。
 ――やはりあいつは、「こちらの世界」にいてはいけない。
 群れないノクセルペンティアに倣ったのか、はたまたそういう気風の人間ばかり集まるのか――魔術師は基本的に、慣れ合わない。秘匿協定もあり、生命の危険に脅かされることは少ないが、それでもここには、何かと厄介な人間や物事が舞い込んでくる。
 そんな世界に、無邪気で軽薄で、純粋な人間を引き入れる必要性が見当たらない。
 そしてこれまでのことで一つ、確信したことがある。
 ルヴィアナは間違いなく、自身の意思でスタンを引き入れた。
 彼女の真意までは、現状掴めない。しかしルークは、それ以上深く探る気にはならなかった。
 今は他人の事に首を突っ込むよりも、優先すべきことがある。
 ただ――
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