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9話

「おっ、ちゃんと来てくれたね。じゃ、行こっか」
 言われた通り工房へ足を運ぶと、ルヴィアナは待ってましたとばかりに出迎えた。
「ルヴィアナさん、その眼鏡は?」
「これ?ただの眼鏡じゃないんだな~」
 ルヴィアナが得意顔で装着すると、象徴的な赤い眼がたちまちブラウンへ、瞳孔も縦長ではなく丸へと変化した。
「私たちの眼は悪目立ちするでしょ?だから、こうして外へ出るときは、みんなこれを使うの」
「そんなの、魔術でどうとでも誤魔化せるんじゃないですか?」
「それはその通りなんだけどね~......色々と複雑な事情があるのよ」
「そうなんですか......魔術も万能じゃあないんですね」
「そうそう......っと、そんなことより、まず君に渡さなきゃいけないものがあるんだった」
 ルヴィアナは懐から何かを取り出し、それをスタンへ差し出す。
「はい、これ」
 手渡されたのは、細い蛇の形状をした、銀製の腕輪だった。よく見ると目の部分には、赤い石が嵌め込まれている。
「それは協会所属の証だから、失くさないようにね。って言っても、持ち主の所へ自動で戻ってくるんだけどね、それ」
「便利ですね~」
 スタンは腕輪を嵌めながら、素直な感想を口にした。
 
「そういえば、昨日は何て言って誤魔化したの?」
「友達の家に行った、って言っときました」
「ま、それが無難な言い訳よね~」
 他愛もない会話を交わしながら、街を歩く。そうしているうちにふと、昨日バーンズに話した、あの少女のことを思い出した。
「そういえばルヴィアナさん、最後に一個聞いておきたいことがあるんですけど」
「ん?なーに?何でも聞いてよ」
「最近女の子を見かけるんです。金髪で黒い服の。でもその子は、俺以外には見えてないっぽくて。ルヴィアナさんと同じ眼をしてたから、ノクセルペンティアだと思うんですけど――」
 どんな子なんですかね、と続けようとした時、彼女の顔から、すっと笑みが消えた。
「そっか、君は見・え・る・のか」
 ルヴィアナがくるりとこちらへ向き直り、目の奥を覗き込むように顔を近づける。そして暗示をかけるように、ゆっくりと、静かに告げた。
「いい?彼女には関わっちゃ駄目。これは、私との約束」
 有無を言わせぬ威圧感に、スタンはただ「......はい」と頷くほかなかった。

「はい、着いたよ」
 そう言ってルヴィアナが指をさしたのは、営業すらしているのか怪しい、寂れた喫茶店ティールームだった。
「こんなところで何を......?」
「君には、今日からここで働いてもらいます」
「え」
 スタンの困惑をよそに、ルヴィアナは意気揚々と扉を開け、中へ入っていく。
「二名様ご案な~い!」
 元気よく声を上げるも、誰の返事もない。やはり無人なのでは、と疑念を抱きながら、スタンは恐る恐る店内を覗く。
 見るとカウンターには男が一人。口に煙草を咥えながら新聞を広げ、入店した二人をじとりと睨んでいる。
「......どういう事だ。ここはボーイスカウトじゃねえぞ」
 男は不機嫌さを隠すことなく、煙草を灰皿へ押し付けた。
「この子はスタン。今日から一緒に働いてもらうから、よろしく」
「聞いてねえんだよ、そんな話は」
「そりゃあ、今初めて言ったもの」
「そういうことじゃねえ」
「まあまあ、そんなこと言わないでよ。一人じゃ寂しいでしょ?」
「人恋しくなるほど、老いちゃいねぇよ」
 気安く話しかけるルヴィアナに、男は素っ気なく言い返す。
 その傍らで、スタンは直感で理解した。
 ――この人は、絶対に怒らせちゃいけない人だ。
 ルヴィアナが男に近づく。そして彼に何事かを耳打ちした後、「じゃ、ちゃんと面倒見てあげてね~」と言って、店を去っていった。
「忙しない人だなあ......」
 長という立場なのだから、きっと多忙なのだろう。むしろその合間を縫って、ここまで面倒を見てくれていることに、心苦しさを感じてしまう。
 心の中でルヴィアナに感謝しつつ、スタンは気を引き締め直し、店主と正面から向き合った。
「改めまして、スタン・マーシャルです。わかんないことだらけですけど、一生懸命頑張ります」
「......ノアだ。やる気があるのはいいことだが......ここは全くと言っていいほど客が来ない」
「え?」
 思いもよらぬ彼の言葉に、スタンは拍子抜けした。
「そんなんで店なんか経営できるんですか?」
「ここは店っつーより、共同施設だからな。管理は全部、蛇十字の貴族がやってる」
「店じゃなくて、共同施設?」
「......それすら教えられてねえのか。要するに、秘匿協定締結者の『話し合い』の場だ。ろくに使われてねえけどな」
「なるほど......けど結局人が来ないんじゃあ、俺をここに配属した意味なんてあるんですか?」
「......さあな。上の考えることは、俺には分からん」
 カウンターに頬杖をつきながら、ノアは呟いた。
「お前、『魔女狩り』は聞いたことあるだろ?」
「え?まあ、はい。文字通り、魔女を炙り出して処刑してたっていう......」
「そうだ。魔女っつっても、ノクセルペンティアは殆ど被害を被らなかったんだがな。それはなんでだと思う?」
「う~ん......全員返り討ちにしてた、とか?」
「それも間違っちゃいねえとは思うが......答えは至ってシンプルだ。隠れたんだよ、地下に。各地にシェルターみたいなのを作ってな」
「へえ~......」
 まるで知られざる歴史の裏側を紐解いているような気持ちになり、スタンはすっかり、ノアの話に聞き入っていた。
「その地下施設は『亡命院』っつって、今でも残ってるとこは多いらしい。見つかってないのもな」
 言われてスタンは、地中の蟻の巣やモグラの巣穴を連想した。しかし人間が用意したものとなると、かなりの規模になるだろう。
「あ、もしかして、ロンドン塔の地下のあれも、亡命院?」
「その通りだ。そしてこの下にも、それがある。もぬけの殻だけどな。今・の・所・は・」
 言い終わるや否や、ノアは殺気にも似た警戒心を露わにし、カウンターからぐい、と身を乗り出す。
「いいか?今から話すことは、蛇十字の中でも数人しか知らないことだ」
 ノアの言い聞かせるような声に、スタンは一層身を引き締める。
「蛇十字はここに、牢獄を作るつもりでいる」

 ◇

 聖統教会の総本山、ヴァチカン。そこに聳え立つ、比類なき荘厳さを誇る大聖堂。その脇から延びる回廊は、聖職者たちの居住区である司祭居館へと繋がっている。
 静謐な光が差し込む廊下で、黒いコートに身を包んだ壮年の男が、壁に飾られた一枚の宗教画に見入っている。その背中に、初老の神父が声をかけた。
「待たせたな、ウィリアム」
「いいえ。こちらこそ、お忙しいところ申し訳ない、ドゥランテ神父」
 二人は握手を交わし、静かな廊下を歩く。
「坊主は元気か?」
「ええ。仕事ぶりも順調なようで、父親としては喜ばしい限りです」
「......そりゃあ、良かった」
 神父が溜息にも似た、安堵の声を漏らす。
「俺が最後に会ったのは三年くらい前か。あん時は驚いた。いつの間にか、俺の背丈をとうに追い越してたんだからな。図体ばかりデカくなりやがって......」
「子供の成長の速さには驚かされます。まだ小さかった頃が、つい昨日のことのように思えるというのに」
 男は過去を振り返るように、慈しむように目を細めた。
「ドゥランテ神父には、是非またロンドンへお越しいただきたかったのですが......食事のことを考えますと、ね」
「お気遣いありがとうよ。しかしあそこは飯さえああじゃなけりゃあな。産業革命とプロテスタントが、あの国のメシをマズくしたんだ」
「ふふ......おっしゃることは、もっともかと」
 
 階上へ上がり、廊下の突き当たりにある神父の自室へ入ると、一流ホテルのように広くゆったりとした空間が広がっていた。洗練された室内は、彼の教会における地位を、無言のうちに物語っている。
 神父は男に席に着くよう促すと、自らも革製のソファへどっかと身を沈める。そして先ほどまでの好々爺とした笑みを消し、目の前の男を鋭い目で見据えた。
「さて、わざわざこんなところヴァチカンまで来たんだ。勿論、雑談しにきただけ、なんて言わねえよな?」
「当然です、ドゥランテ神父。本日は、貴方に大切なお話があってやってきました」
 神父は険しくも冷静な面持ちで、男の言葉を待つ。
 男は、ゆっくりと口を開いた。
「黙示録の獣は、既に誕生しています」
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Hellish Heaven作者:紫咲雪花
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「おっ、ちゃんと来てくれたね。じゃ、行こっか」
 言われた通り工房へ足を運ぶと、ルヴィアナは待ってましたとばかりに出迎えた。
「ルヴィアナさん、その眼鏡は?」
「これ?ただの眼鏡じゃないんだな~」
 ルヴィアナが得意顔で装着すると、象徴的な赤い眼がたちまちブラウンへ、瞳孔も縦長ではなく丸へと変化した。
「私たちの眼は悪目立ちするでしょ?だから、こうして外へ出るときは、みんなこれを使うの」
「そんなの、魔術でどうとでも誤魔化せるんじゃないですか?」
「それはその通りなんだけどね~......色々と複雑な事情があるのよ」
「そうなんですか......魔術も万能じゃあないんですね」
「そうそう......っと、そんなことより、まず君に渡さなきゃいけないものがあるんだった」
 ルヴィアナは懐から何かを取り出し、それをスタンへ差し出す。
「はい、これ」
 手渡されたのは、細い蛇の形状をした、銀製の腕輪だった。よく見ると目の部分には、赤い石が嵌め込まれている。
「それは協会所属の証だから、失くさないようにね。って言っても、持ち主の所へ自動で戻ってくるんだけどね、それ」
「便利ですね~」
 スタンは腕輪を嵌めながら、素直な感想を口にした。
 
「そういえば、昨日は何て言って誤魔化したの?」
「友達の家に行った、って言っときました」
「ま、それが無難な言い訳よね~」
 他愛もない会話を交わしながら、街を歩く。そうしているうちにふと、昨日バーンズに話した、あの少女のことを思い出した。
「そういえばルヴィアナさん、最後に一個聞いておきたいことがあるんですけど」
「ん?なーに?何でも聞いてよ」
「最近女の子を見かけるんです。金髪で黒い服の。でもその子は、俺以外には見えてないっぽくて。ルヴィアナさんと同じ眼をしてたから、ノクセルペンティアだと思うんですけど――」
 どんな子なんですかね、と続けようとした時、彼女の顔から、すっと笑みが消えた。
「そっか、君は見・え・る・のか」
 ルヴィアナがくるりとこちらへ向き直り、目の奥を覗き込むように顔を近づける。そして暗示をかけるように、ゆっくりと、静かに告げた。
「いい?彼女には関わっちゃ駄目。これは、私との約束」
 有無を言わせぬ威圧感に、スタンはただ「......はい」と頷くほかなかった。

「はい、着いたよ」
 そう言ってルヴィアナが指をさしたのは、営業すらしているのか怪しい、寂れた喫茶店ティールームだった。
「こんなところで何を......?」
「君には、今日からここで働いてもらいます」
「え」
 スタンの困惑をよそに、ルヴィアナは意気揚々と扉を開け、中へ入っていく。
「二名様ご案な~い!」
 元気よく声を上げるも、誰の返事もない。やはり無人なのでは、と疑念を抱きながら、スタンは恐る恐る店内を覗く。
 見るとカウンターには男が一人。口に煙草を咥えながら新聞を広げ、入店した二人をじとりと睨んでいる。
「......どういう事だ。ここはボーイスカウトじゃねえぞ」
 男は不機嫌さを隠すことなく、煙草を灰皿へ押し付けた。
「この子はスタン。今日から一緒に働いてもらうから、よろしく」
「聞いてねえんだよ、そんな話は」
「そりゃあ、今初めて言ったもの」
「そういうことじゃねえ」
「まあまあ、そんなこと言わないでよ。一人じゃ寂しいでしょ?」
「人恋しくなるほど、老いちゃいねぇよ」
 気安く話しかけるルヴィアナに、男は素っ気なく言い返す。
 その傍らで、スタンは直感で理解した。
 ――この人は、絶対に怒らせちゃいけない人だ。
 ルヴィアナが男に近づく。そして彼に何事かを耳打ちした後、「じゃ、ちゃんと面倒見てあげてね~」と言って、店を去っていった。
「忙しない人だなあ......」
 長という立場なのだから、きっと多忙なのだろう。むしろその合間を縫って、ここまで面倒を見てくれていることに、心苦しさを感じてしまう。
 心の中でルヴィアナに感謝しつつ、スタンは気を引き締め直し、店主と正面から向き合った。
「改めまして、スタン・マーシャルです。わかんないことだらけですけど、一生懸命頑張ります」
「......ノアだ。やる気があるのはいいことだが......ここは全くと言っていいほど客が来ない」
「え?」
 思いもよらぬ彼の言葉に、スタンは拍子抜けした。
「そんなんで店なんか経営できるんですか?」
「ここは店っつーより、共同施設だからな。管理は全部、蛇十字の貴族がやってる」
「店じゃなくて、共同施設?」
「......それすら教えられてねえのか。要するに、秘匿協定締結者の『話し合い』の場だ。ろくに使われてねえけどな」
「なるほど......けど結局人が来ないんじゃあ、俺をここに配属した意味なんてあるんですか?」
「......さあな。上の考えることは、俺には分からん」
 カウンターに頬杖をつきながら、ノアは呟いた。
「お前、『魔女狩り』は聞いたことあるだろ?」
「え?まあ、はい。文字通り、魔女を炙り出して処刑してたっていう......」
「そうだ。魔女っつっても、ノクセルペンティアは殆ど被害を被らなかったんだがな。それはなんでだと思う?」
「う~ん......全員返り討ちにしてた、とか?」
「それも間違っちゃいねえとは思うが......答えは至ってシンプルだ。隠れたんだよ、地下に。各地にシェルターみたいなのを作ってな」
「へえ~......」
 まるで知られざる歴史の裏側を紐解いているような気持ちになり、スタンはすっかり、ノアの話に聞き入っていた。
「その地下施設は『亡命院』っつって、今でも残ってるとこは多いらしい。見つかってないのもな」
 言われてスタンは、地中の蟻の巣やモグラの巣穴を連想した。しかし人間が用意したものとなると、かなりの規模になるだろう。
「あ、もしかして、ロンドン塔の地下のあれも、亡命院?」
「その通りだ。そしてこの下にも、それがある。もぬけの殻だけどな。今・の・所・は・」
 言い終わるや否や、ノアは殺気にも似た警戒心を露わにし、カウンターからぐい、と身を乗り出す。
「いいか?今から話すことは、蛇十字の中でも数人しか知らないことだ」
 ノアの言い聞かせるような声に、スタンは一層身を引き締める。
「蛇十字はここに、牢獄を作るつもりでいる」

 ◇

 聖統教会の総本山、ヴァチカン。そこに聳え立つ、比類なき荘厳さを誇る大聖堂。その脇から延びる回廊は、聖職者たちの居住区である司祭居館へと繋がっている。
 静謐な光が差し込む廊下で、黒いコートに身を包んだ壮年の男が、壁に飾られた一枚の宗教画に見入っている。その背中に、初老の神父が声をかけた。
「待たせたな、ウィリアム」
「いいえ。こちらこそ、お忙しいところ申し訳ない、ドゥランテ神父」
 二人は握手を交わし、静かな廊下を歩く。
「坊主は元気か?」
「ええ。仕事ぶりも順調なようで、父親としては喜ばしい限りです」
「......そりゃあ、良かった」
 神父が溜息にも似た、安堵の声を漏らす。
「俺が最後に会ったのは三年くらい前か。あん時は驚いた。いつの間にか、俺の背丈をとうに追い越してたんだからな。図体ばかりデカくなりやがって......」
「子供の成長の速さには驚かされます。まだ小さかった頃が、つい昨日のことのように思えるというのに」
 男は過去を振り返るように、慈しむように目を細めた。
「ドゥランテ神父には、是非またロンドンへお越しいただきたかったのですが......食事のことを考えますと、ね」
「お気遣いありがとうよ。しかしあそこは飯さえああじゃなけりゃあな。産業革命とプロテスタントが、あの国のメシをマズくしたんだ」
「ふふ......おっしゃることは、もっともかと」
 
 階上へ上がり、廊下の突き当たりにある神父の自室へ入ると、一流ホテルのように広くゆったりとした空間が広がっていた。洗練された室内は、彼の教会における地位を、無言のうちに物語っている。
 神父は男に席に着くよう促すと、自らも革製のソファへどっかと身を沈める。そして先ほどまでの好々爺とした笑みを消し、目の前の男を鋭い目で見据えた。
「さて、わざわざこんなところヴァチカンまで来たんだ。勿論、雑談しにきただけ、なんて言わねえよな?」
「当然です、ドゥランテ神父。本日は、貴方に大切なお話があってやってきました」
 神父は険しくも冷静な面持ちで、男の言葉を待つ。
 男は、ゆっくりと口を開いた。
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Hellish Heaven作者:紫咲雪花
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