天使のおしごと
ひねくれものの天使と、天使が見れる少女の物語。
「はぁ......」
薄暗い病室の隅で、二十歳程度の青年が酷く重たいため息を零していた。
「憂鬱だ......。いいや、鬱だ......」
部屋の薄暗さの相乗効果か、むしろ青年の持つ性格的な暗さ故に薄暗く思えるのか。それほどまでに青年の顔は暗かった。光彩の濃い黒い瞳にボサボサで量の多い黒髪。そしてどうしようもない猫背に似合わない背広がより彼を際だたせていた。
同じ年代の者ならば夢や希望に満ちていたりもするのだろう。しかしそれは青年には無縁であった。
といっても、病室に居るからと言って彼は不治の病という訳でもない。ましてや誰か大事な人が重病な訳でも事故に遭った訳でもない。彼の体調は精神的な面を除けばすこぶる万全だし、今の彼には肉親も恋人も友人もいない。
病人にも劣る、いや、ある意味で勝るほどの顔色をしていながら健康体であり、まだ若いのにも関わらず肉親も友人も恋人も居ないのは、彼が人間ではないからだ。
「はぁ、仕事すっか......」
青年は病室の隅から覚悟を決めたように、隣の病室へと壁をすり抜けていった。彼の職業は――天使。
─天使のおしごと
「うへー、個室かよー」
仕事だから仕方がないと割り切って来てみたもの、俺の担当の部屋は個室だった。何人かの合い部屋なら例え病室でも多少なりとも賑やかで俺の気持ちを紛らわしてくれるというのに、個室だと静かすぎて狂いそうになる。
「スー......スー......」
見渡すほどもない部屋の中に少女の...、リストによるとたしか14歳だっけか? の寝息がだけが静かに流れる。コイツが俺の今回の担当相手。まぁ担当と言っても俺は医者じゃない、天使だ。
天使と言っても背中に白い羽根はねぇし、頭に輪っかはねぇし、残念ながら俺は美少女でも美少年でもない。どころか、自他共に認める超根暗だ。一般的にイメージされる天使のそれと比べたら天使つーかペテン師呼ばわりされそうだが、これでも天使なのだから仕方がない。
「えーと......イイジマ・ノドカ」
俺は改めて携帯型霊携機(レイケイキ)を見て名前を確認する。
「飯嶋・和 十四歳 余命二月~一年、か......」
俺の――天使の仕事は寿命で死ぬ人間の側に憑いてその魂を回収することだ。人間の正確な寿命なんてカミサマだのにもわからないから死ぬ前に天使が憑いて回収するというもの。死んでから回収に向かったんじゃ自爆霊だの浮遊霊だのなったりして回収に手間がかかる。特に最近は医学の進歩で寿命の振れ幅が1年や2年とか当たり前にブレるのでいつ死ぬかわかったものじゃない。
「しっかし、またむごいな」
14歳で余命が最短2ヶ月、最長約1年だなんて、あんまりな寿命じゃないだろうか。いくら医学が進歩して寿命の振れ幅がブレようが寿命は絶対だ。肉体的な問題ではなく、寿命というのは魂の衰弱がなんとかかんとか...。まぁ難しいことは俺にもよくわからんが、医学の進歩で魂まではどうのこうのできないって訳だ。
ちなみに事故死は寿命とは違い可能性のレベルで、その場合は死神連中が憑いて回収するんだが。寿命と違って事故予測の振れ幅は長くても2ヶ月というのだから、確実じゃないにしても俺ら天使と違って楽なもんだよな。
「スー......」
少女の寝顔をのぞき込んでみる、柔らかな薄い茶色の長い髪に、幼さが残る素直そうな表情。とても余命数ヶ月の病人とは思えないような穏やかな寝顔だ。体の方はやはり病弱らしい体故か、年齢からすれば少々低い感じで、細く小柄だ。スタイルは......まぁ14歳の少女の胸をどうこうは言うまい、俺は断じてペドだとかロリコンじゃない。
「んっ、んー!」
しばらく見ていると少女の――ノドカの目が薄く開いて体を重たそうに持ち上げる。どうやら俺は相当な時間鬱に浸っていたらしく、時計を見れば7時少し前。もうそんな時間か。
「ふぁぁぁ......。んー?」
小さくあくびをして目をこすってから、ノドカがこちらを向いて──いや、こっちの方角を見て首をかしげている。人間は天使の姿が見えないし、俺の後ろになんかあったかね。まぁわざわざ確認することもないか......。と思ったのだが。
「そこにいるのは、だぁれ? だれかいるの?」
「......」
あぁ、なんだ。またか。やっぱり俺のことを見ていたのか。
「あぁ、誰かがいるよ」
「どなた?」
別に俺が見える事には驚きはしない。正確には俺がココにいることが感覚で分かる程度で俺のことがハッキリ見えているわけではないだろう。
よくあることなのだ、個人差はあるが魂が衰弱すると肉体との結合が不安定になり、魂でしか感じれないものを感じるようになる。つまるところ、俺の事を認識できるということはノドカの魂はそれだけ衰弱しているということ。こりゃ今回の仕事は早く終わりそうだな、なんて不謹慎なことを考えてみる。
「この病室の幽霊さ」
「幽霊さん?」
俺のことが認識できるからといって、天使などとは言ったりはしない。天使だなんて説明するのは面倒だし、納得させる必要もない。人によって迎えが来たと諦めるか、逆に希望を持ったりするだろうが、諦めにせよ希望にせよそれが寿命を少しでも前後させるならば極力そうならないようにするのが天使の勤めだ。だから俺はいつもと同じ適当な嘘をつく。
「そう、ただの幽霊さ」
どうせ俺の仕事はノドカが死ぬまで”側にいるだけ“で何をどうするわけでもない。側にいるだけなら幽霊ということにしても何の不都合もない。
むしろ、迂闊に天使だなんて言おうものなら助けてくれだの、願いを叶えてくれだの、色々面倒なことを頼まれかねない。なにもしてやらないならいっそのこと幽霊とした方が何の期待もされずに楽だ。
「こんな朝早くに出るなんて、変わった幽霊さんね」
「あぁ、よく言われる」
今まで何度かこういう事があり、そしていつも適当な嘘をついてきたが今のように、幽霊だと言っても怯えられることはなかった。今現在が朝で、朝に出る幽霊なんて怖くない、という訳ではなく、天使である俺を感じ取るのは何かしらの“暖かさ”だからという。いつか担当した相手はそう言っていた。俺はこんなみてくれに性格だが、腐っても天使らしい。
「初めまして、幽霊さん。私はノドカ、幽霊さんのお名前は?」
そしてこのノドカはより極端で、俺に礼儀正しく自己紹介までしてくる。よくできた娘だが...、俺にはかえって煩わしい。
「幽霊になって長いから、忘れちまったな」
だから適当に返事を返す。といっても嘘はついていないのだから仕方がない。ただ気の利いた返事をする気がないだけだ。
「お名前、忘れちゃったの? 困らない?」
と、適当な返事をしすぎて何故か心配をされる。余計面倒になったかもしれないな...。
「別に誰も俺のことを呼ばないしな」
天使って仕事は一人でするものだ、今回のようなこともあるが人間に姿を見せるのも死んでから、そして冥界に魂を運ぶのにもそんな時間はかからないから担当相手との間に不便はない。もっとも、名前の代わりに整理番号はあるのだが幽霊が整理番号を持っているのも妙だからそれを教えるわけにもいくまい。
「幽霊さんはお友達、いないの?」
「幽霊だからな」
本物の幽霊に聞いたことがないから知らないけどな、もしかしたらいるかもしれない。だとすれば天使の方が孤独だな。今度幽霊にでも会ったら聞いてみるかね。
「一緒だね」
「ん?」
相も変わらず俺の適当な返事の意図も理解せず、ノドカは笑った。どこか、寂しそうに。
「ノドカもね、独りなんだ」
「お母さんやお父さんはどうした、お見舞いに来るんだろう?」
事前に確認した情報では特に両親が居ないと言うこともなかったはずだ。
「ううん、お父さんもお母さんも忙しいし、ノドカの事なんてどうでもいいんだ」
大方病弱な娘のことなんて諦めて仕事に専念しているのだろう、薄情な両親だ。最近のお涙頂戴の安っぽいドラマやら小説やらなら娘のために必死になる母親なんかが毎日見舞いに来ているものだが、現実なんてこんなものか。俺からすれば別に珍しくもない実状だ。
「二人とも全然お見舞いにこないのに、幽霊さん見てなかったの?」
「あ...いや...それは...」
っと、まずった。いらないこと言ったせいでここの幽霊だという事に矛盾が生まれた。
「浮遊霊だからさ、最近まで他でブラブラしてたんだよ」
ちょっと苦しい言い訳をなんとか思いついた。
「そうなんだ、またどっかいっちゃうの?」
よし、セーフ......。所詮相手は子供なんだからこの程度でも誤魔化せるか。
「いや、しばらくはここにいるつもりだが......」
天使は担当した相手(目付っていうんだが)の側を離れられないからな。しかしなんでそんなことを聞くかね...って俺が幽霊という事にしている以上ずっと側にいられて気持ちの良いわけないか。まぁ俺が天使だとしても、こんな見てくれに性格じゃどのみち側にいられたら気持ちよくないだろうけどな。ノドカがどこまで俺のことが見えているかは知らないが。
しかしノドカの次の言葉はおれの考えとはまるで違っていた。
「そっか、よかった」
「は?」
笑顔でそんなことを言うものだから、つい素で間抜けな声がでた。
「幽霊さんがいれば、私は独りじゃなくなるし、幽霊さんも独りじゃなくなるでしょ」
「ま、まぁそうなるなぁ......」
1+1=2だもんな。
「だから、ね。独りじゃないなら、お名前がないと不便だよ?」
それはアレか、つまり俺はこれから先ノドカが死ぬまで何度も話しかけられると? 他に話し相手がいないから? めんどくせー...恨むぜノドカの両親......。
「でも名前がないのは仕方がないだろ」
なんとか諦めてくれないかと引いてみるが...。
「じゃぁノドカがつけてあげるね」
なんてことまでいい出して諦めてくれそうにない。俺としてはノドカが死ぬまで側にいればいいだけなので面倒なのはご免なのだが、側にいなければいけないという制約がある以上俺に拒否権はなく、姿が見られた以上面倒は避けられないということだ。俺が諦めるしかないか。
「好きにしてくれ」
「うん! んー、なにがいいかなー」
と、嬉しそうに天上に視線を泳がせて俺の名前を決めるのに熱中する。ぶつぶつと呟いている言葉の中に「かわいいのがいいかなー」なんて言われると嘘でも良いから適当に名前を言っておけばよかったと後悔したくなる。ペットに名前をつけるわけじゃあるまいし、俺のこんなみてくれにかわいい名前はないだろう流石に。
「そうだっ!」
「なにかいいのが思いついたのか?」
気怠いオーラを出す俺に気付かず、ノドカはパンッと両手を叩いてまさに名案が浮かんだ顔をしていた。心なしか頭の上に明かりのついた蛍光灯が見える。
「108号室の幽霊さんだから、トウヤってどうかな」
「まぁ、悪くはないな」
よかった、妙にファンシーでもなく、可愛くもなく、奇抜でもなく、最近の親が子供につける妙な名前に比べたら100倍マシなどこでにもいそうでかえって物足りない凡個性的な名前だ。ってここまで言うと全国のトウヤさんに申し訳ないな。
「うーん、いいの?」
俺の中途半端な返事にノドカが不安そうになる。悪くないってのは俺にとっての承諾の返事なのだが、ノドカには皮肉めいた言い回しは通用しないか。
「トウヤでいいなら、それでいいさ」
「うん! これからよろしくねトウヤ」
「あぁ、よろしくノドカ」
よろしく...か。暖かい言葉だが、俺にはどうしようもなく面倒な言葉だ。...だからできる限りそっぽを向いて適当に返事をした。しばらくは珍しがって話しかけてくるだろうが、適当にあしらってればそのうち飽きるだろう。
なんて...俺の思惑通りにはいかないもので、初日はその後もいろいろと他愛の無い会話を続けるハメになった。と言っても俺はほとんど適当に相づちを打っているだけなのだが、そんな俺の反応にも返事が返ってくる事を嬉しそうにノドカは会話を続けた。
「...いい子だな」
ノドカがようやく眠りについたのを確認してから、俺は呟いた。
俺が知る限りじゃ、今時の14歳なんてのは純粋にはほど遠いクソガキばかりで、少なくとも子供嫌いな俺が好感が持てるような要素なんて毛ほどもない。
だというのに、俺すら好感が持てるほどにノドカは物語に出てくるような“理想的な少女”だった。
純粋というのは、モノを知らないということだ。モノを知れば知るほど人は傷つき、欲は増える。そのどちらも人間には際限が無く、どれだけ傷ついても歩くことはやめないしやめれないし、どれだけ欲望を満たしてもそれが満たされることはない。そうやって人間は成長していくのだろう、良くも悪くも。
ノドカの純粋さは、どれだけ世界と現実を知らないかの裏返しだ、それが良いことなのか悪いことなのか。知らない方が幸せなことが山ほど有るこの現実で、何も知らずに死ねるのは、良いことなのか悪いことなのか。
「考えすぎだな...」
なにを哲学ぶってるんだか、らしくないな。俺がどうこう考えようがノドカの寿命が変わるわけでもない。純粋なモノにほど遠い俺だから、純粋なノドカに思うところがあったのだろう。
「スー...スー...」
「トウヤか...」
ノドカの寝顔を見ながら、ノドカに貰った名前を呟いてみる。本当に、俺が“生きていた頃”はなんて名前だったろうな...。
「ねぇねぇトウヤ、聞いて言い?」
「質問は一日3回までって約束だぞ」
なんて俺は嫌なヤツなんだろうと、この言葉を吐いて思い返す。だが弁明もさせて欲しい。四六時中一緒にいる少女に何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も...質問される俺の身を。うらやましい? ロリコンは滅びろ。
ノドカに憑いてから数日目。あんまりしつこいんでムリヤリ作った約束だが、正直機能している気がしない。しかし少なくともこの約束を作ってから迂闊な質問...、「好きな食べ物は?」とか「好きな動物は?」とかどうもでいい質問はしてこなくなったので、多少は効果はあるようだ。
「えー、じゃぁトウヤから話して」
「何をだよ」
面倒なら答えなきゃいいんだが、それも薄情だと、ついつい返事をしてしまうのはノドカの純粋さえ故か。イマイチ鬼になりきれない俺がいる。いや、俺は天使だが。
「トウヤの昔の話」
「覚えてないって言ってるだろ」
これに似たような質問は何度かあったが、実際昔のことなんて覚えてないので適当に答えるか「覚えていない」で通していた。だが、俺の適当すぎる返事に飽きたのか、いよいよストレートに質問してきた。
「ウソだー」
「コレはホントだ」
「...じゃあ今まではウソ付いてたの?」
「.........」
いっけねっ。
「黙った! ずるい! 嘘ついて黙った!」
「大人はずるい生き物なんだよ」
「そのいい訳は子供だよ!」
「童心を忘れてはいけないからな」
「言ってることメチャクチャだ!」
適当なことならノドカも案外納得してくれるが、メチャクチャな事は通じないらしい。
「ずるいよ! ノドカの質問は3回までなのに!」
「3回は3回だ」
そもそもその約束も守られてないしな。
「ずーるーいー! 罰ゲーム! 罰ゲーム! 嘘ついたからペナルティー!」
うぜぇ。いや、言い方が悪いが、超うぜぇ。だいぶ前に純粋がどうとこかカッコイイ事を言ってた気がするが純粋だろうかクソガキだろうが子供というのは鬱陶しい。 まぁ俺が悪いんだけどな。
「わぁったわぁった! 次の質問にはちゃんと答えるって」
「次だけなんだ、ウソついて次だけなんだ」
「ツギカラチャントコタエマス」
「.........」
ノドカの目が冷ややかだ。視線でバナナを凍らせてクギを打って一軒家建てられるじゃないかってぐらいクールビューティー。...俺に詩的才能はなさそうだな。
「...悪かったよ。ちゃんと答えるって」
「よろしい」
許された。なんで俺はしたでに出ているのか。
「それじゃ覚えていることでいいから、トウヤの昔の話をして」
「生きている頃のか、死んでからの事か」
「どっちでも」
「じゃぁ、両方の話をしようか」
身の上話なんて子供にするもんじゃないが、これを聞けば少しはノドカも懲りるかもしれない。俺が覚えている数少ない“生きている頃”と“死んでから”の思い出。
「生きていた頃の俺はどこにでもいるつまらない男だった」
「うん」
「職もない、才能もない、友人も恋人もいない。当時はそんな言葉なかったが今で言うニートってヤツだ。なんでそうなったかは覚えていない、ただ、何も無かったことだけは覚えている」
「うん...」
そうだ、俺は昔のことを覚えていないんじゃない、“何もなかった”んだ。思い出になるようなんてことがコレっぽっちも。
「唯一人並みに持ってたのは親ぐらいのもんだった。その親も、無気力な俺のことなんてどうでもよくなって、何も言わないで俺を養ってた。俺はそんな親に甘えて、惰弱に生きてたんだ」
「...」
俺が昔のことを話したがらない理由は、やはりコレにつきる。ノドカもそれを悟ったらしい。
「ある夜、タバコが切れてたんだ。それで俺は親の財布から適当に金を抜き取って、外へ出かけた。外は暗かったが、別に気にはしなかった。夜に出かけるのは慣れていたしな。それで...」
「...」
あぁ、ここから話すのはおっくうだな...。身の上話なんてするもんじゃない。本当に。
「気付いたら、死んでいた」
「え?」
なんてことはない、ただ、死んだんだ。覚えていないくらい、簡単に。死因はその時の死神が言うには交通事故だったらしい。
「夜の車道を渡ろうとして飛ばしていた車に跳ねられた。救急車で運ばれたらしいが更に運の悪いことに、俺はそのまま死んだ」
苦しかったんだろうな、痛かったんだろうな、辛かったんだろうな。だけど、俺はその時のことを覚えていない、“運良く”即死だったのか、気絶していたのか...。
「次の瞬間、鎌を突きつけた女が「アンタ、死んだのよ」ってね」
あの時の顔はよく覚えている。嫌に物臭そうに、俺が死んだことなんてどうでもいいように、職務的にそう俺に告げたんだ。
「死神...?」
「見知らぬ病院で見知らぬ女にいきなりそう言われたんだ、混乱してもいいはずなのに、俺は変に冷静で、あぁそうなのかって...、不思議と納得したね」
あるいは、俺たち天使や死神にはそれを納得させてしまうような“何か”が。あるのかもしれない
「俺は俺の遺体の横で、死んだと言うことを再確認していた。死んだ、ということに、何の抵抗もなかった。“何にもない”俺だからコレと言った悔いもなかった。むしろ、あぁやっと終わったな。そんな安心感すら感じていた。両親が現れるまでは」
このままくだらない男が一人死にました、で終わればいいのだが...。
「両親が駆けつけてきて、俺の遺体の前で、泣き崩れたんだ。俺の名前を叫んで、俺を起こそうとして、泣いていたんだよ、俺のために」
「家族...だから...」
気が狂ったように泣き叫ぶ両親に、俺は気が狂ったように罵声を吐いた。
「何もない、何も持たない、何もしない、取ろうともしない、全部諦めた、そんな価値のない人間に、“自分の子供”ってだけ泣くなよ! 俺を“無価値”でいさせてくれよ!」
両親の泣き顔が、絶望が、俺を“無価値”から救おうとしていた。「生きているだけでもよかった」「幸せだった」。信じたくない言葉が次から次へと俺の無価値に降り注いだ。
「だから俺は、そのまま消えるわけにはいかなかったんだ」
両親が死んだ俺に“価値”を与えてしまった、あの涙が俺を救ってしまったんだ。だけど、俺はもう死んでしまった。死んだ俺にできることなんてなにもなかった。はずだった...。
「だから、幽霊になったの...?」
「あぁ...」
だから、天使になったんだ。人々の魂を迷わぬよう冥界へ送るため。本当に“無価値”のまま、終わらないために。
「でも結局、死んだヤツにできることなんてなにもないんだよ...」
幽霊だろうが天使だろうが、そいつの死ぬところを見届けて、絶望を突きつけてやることしかできない。それどころか、死んだそいつの魂を有無を言わさずに冥界へ送る。そいつがどれだけ足掻いても、泣き叫んでも...。
「...ごめんなさい」
「幽霊の昔話なんて、聞くもんじゃない」
「ごめん、なさい...」
謝るノドカに俺は追い打ちをかけるような事を言う、どう見ても八つ当たりだな、こりゃ。でもまぁ、ノドカの反応は俺の見込み通り、懲りた様子だった。正直大人げないが、俺だってうんざりなんだ。
「でも」
「ん?」
コレでしばらく黙るかと思っていたノドカが、付け足してくる。
「ノドカはトウヤとお話ができて嬉しいよ」
「そうか...」
俺が嫌なヤツだってわからなかったのか、ノドカはまだそんな事を言っていた。
「あー、いい天気だ、地球爆発しろ」
病院の中庭でタバコをふかしながら、晴天の空に暴言を吐いてみる。
ノドカに憑いてからの日数も数えるのも面倒になった頃。希少になった一人の時間を満喫している。ノドカは現在シャワータイム、流石に四六時中一緒にいなきゃいけないと言っても女子のトイレや風呂にまで一緒にいるわけにはいかないだろう。相手がノドカ(14歳)だからではないが、天使になってからというもの性欲というものに縁がなくなった、タバコは好きだがニコ中すら健在ではない。
「おいーすっ」
「.........」
背中から女が声をかけてくる、ノドカではない。むしろノドカがこんな挨拶をしてきたら明日には地球が爆発する。天使の俺に人間の女が声をかけてくるわけがない。生きていた頃も親ぐらいしかいないけどな。
「お久しぶりです姐さん」
ともすれば、相手はあの人ぐらいしか居ないわけで。
「声が小さーい。相変わらず陰気な面してるわねぇ」
黒のドレスにでかい鎌を抱えたこの人は...、なんだっけか、番号は忘れたが俺の先輩の死神だ。そして俺が死んだときに憑いていた死神でもある。
「人のこと言えた質ですか」
「アタシは性格悪いだけで陰気じゃないわよ」
俺が言うのもなんだが、性格は良くない。いや、悪い。本人が言ってるくらいで、相当に悪い。童顔に騙されてはいけない、顔と性格は一致しないのだ。俺は見たまんまだが。
「一本貰うわよ」
「ちょっ」
それみたことか、言うが早いか俺の承諾も貰わずに胸ポケットから一本タバコをかさらって...、って全部ねぇ!? むしろ箱がねぇ!?
「一本じゃないんすか!?」
「病院にいるって事はアンタ仕事中? それらしいのは見あたらないけどさ」
俺の突っ込みを無視して堂々と箱から一本咥えて指から火を出して吸い始める。あれくらいの手品もどきは俺にもできる。じゃなくて。
「いや、だからそれ、俺のタバコ!」
「目の前に性悪がいて盗られる方が悪い。アンタのものはアタシのものよ」
なにこのジャイ○ン。
「.........、姐さんも病院にいるって事は仕事っスか」
タバコは犠牲となったのだった...。意見をするだけ無駄なので諦めて話を合わせる。姐さんも職業は違えどやることは同じ、死人の集まる病院にいるのはある意味必然。なのだが、この人は俺以上に惰弱なので働いてることの方が珍しかったりする。
「それがさー、目付が事故にあったはいいけど打ち所が悪くて(?)一命取り留めてさー。一月無駄骨よ。マジ勘弁して欲しいわ」
天使にせよ死神せよ給料だの点数だのは歩合制、いかに効率よく魂を回収するかに尽きるので人の命をどうとも思わない発言は別に珍しいことではない。が、元人間の俺には気持ちのいい話ではない。
「あぁ、さっきの救急車...」
「そう、それ」
丁度俺がタバコをふかし始めた頃に急患が運ばれてきていたが、どうやらそれに姐さんが同伴(?)していたらしい。そこで俺を見かけて捕まえたってクチか。
「医学の進歩で商売あがったりだわ」
「.........」
タバコを咥えてやれやれと愚痴をこぼす。
さっきの発言もそうだが、なんというか、この人の言葉には“良い意味で心がこもっていない”気がする。性格が悪いのは確かなのだが、憑いた人間の死を良しとしてないというか...。でなければ、ただの回収相手だった俺の「死神になりたい」という足掻きも相手にしなかったはずだ。
「なぁ姐さん」
「ん?」
「なんで俺を天使に推薦したんですか」
俺はたしかに「死神になりたい」といったのに、受けたのは天使の試験だった。ただ、その時の俺は死神と天使の区別も付かなかった、というより、“天使”という言葉に惹かれてその道を受け入れてしまった。
「アタシが商売敵増やすわけないじゃない」
「商売敵って言うほどに真面目に仕事してないじゃないすか」
天使は寿命で死ぬ人間の魂を回収し、死神は事故や自殺など不確実な死の人間の魂を回収する。寿命は絶対だが、事故は絶対じゃない、だからこそ死神が憑く。つまりそれは相手を救う余地があるということだ。天使になった俺は何もできないが、もし、死神になれたなら...。
「死神なんて、アタシみたいな性悪がやることよ」
「.........?」
「アンタは陰気だけど性格は悪くないって事」
どちらも答えにはなっていなかった。でもそれは、俺が考えている甘さの否定だったのかもしれない。
「でさぁ、アンタに貰ったこの携帯型霊携機、イマイチ使い勝手が悪いんだけど」
「いや、あげた覚えはないんですけど...」
姐さんが懐から取り出したるは俺が以前に使っていた霊携機。「使ってたドクロの霊携機が壊れたんだけどなんかいいの無い?」という話題に迂闊に見せたために奪われた可哀想な子。タバコの事例は初犯ではない。
「使いづらいなら返してくださいよ」
「アンタもう霊携機持ってるじゃん、二つもいらないでしょ」
たしかに一つあれば十分なシロモノだが、そういう問題ではないだろう。
「あぁ、そっち新型よね、交換しよっか」
超・笑顔だった。
「イヤです」
「あっそ」
無論そんな笑顔に騙されてホイホイ差し出すわけもない。コイツは死守してやる。そもそもそんな簡単に交換とかしていいものではないはずだが...。アレ奪われたときに上司(エンマ)に怒られたのも俺だし。理不尽だ。
「さってと、懐かしい顔に愚痴もこぼしたことだし、天気も良いからアタシはウチで寝るわ」
「天気関係ないっすよね...」
俺と同じで天気が良いと気分が悪くなる質だった気もするが。ていうかマイペース過ぎるだろ...。
「しっかり働きなさい、推薦したアタシの顔に泥を塗らないようにね」
「あ、はい」
最後に激励らしきものを残して、姐さんは鎌を一降りすると空いた空間に消えていった。結局、質問の答えも濁されたままだったな...。
あと、本日の被害はタバコ一箱。
久しぶりに性悪に振り回された。さっさと戻ってノドカの純粋に癒されよう。と、部屋に帰ると。
「おいーすっ」
「.........」
すまん地球、明日爆発してくれ。
「おいーす...」
「こえがちいさーい!」
あぁ、やっぱりそういうアレな訳か。
「なんだその挨拶は...」
「談話室のTVでやってた、流行ってるみたいだよ?」
「そりゃ再放送だ...」
えらく古い番組がやってるもんだな...。ノドカぐらいの年頃だと影響も受けやすいものだ。...姐さんの妙な挨拶もその番組が原因か。
「何処行ってたの?」
「浮遊霊だからな、どこにでもいくさ」
「いつも黙って居なくなるよね」
「ガキや恋人じゃあるまいし、わざわざ一言のこさねぇよ」
「ノドカはガキだもん」
「俺がガキの場合な」
子供って都合の良いときだけ子供ぶるよな。大人も都合の良いときだけ大人扱いするからどっこいか。
「じゃぁ恋人でもいいよ?」
「ガキに興味ないからな」
じゃぁってなんだ、じゃぁって。
「ノドカはもう大人だもん」
「さっきと言ってること違うぞ」
「童心を忘れてはいけませんから」
「.........」
会った頃に比べて随分ひねくれたような気がするんだが、もしかしなくても俺のせいか?
「でも、トウヤを恋人にはないよねー、ひねくれてるし」
「ガキに俺の魅力はわからないんだよ」
生きてる頃にモテた試しはないはずだけどな。死んでからも当然、なにより身近に女性が姐さんくらしかいないんじゃな...、死神と人間が恋に落ちるなんて話はどこにでもありそうだがあの人はヒロインって柄じゃねぇし。
「じゃぁ浮いた話の一つでもしてみてよ」
「女はそう言う話好きな。だが残念、俺のハードラブストーリーはガキには刺激が強すぎる」
「そっかー、残念だなー、凄い残念だなー」
凄く残念そうなわざとらしい棒読みをいただいた。
「お前ハナから俺の浮いた話信じてないだろ」
「うん!」
満面の笑みで肯定。そんな可愛い顔で素直に認めると思わず許したく...なる訳もない。
「ノドカだって人のこと言えないだろ」
「ノドカはこれからだもん!」
あっ.........。
「元気になって、大きくなって、結婚するんだからね!」
「大きくなんてならねぇよ...、そんな凹凸のない体じゃな」
自分の失言に慌てて冗談で濁した。ノドカに希望がないことを知っている俺にその笑顔は残酷に見えて...、だけど...。
「えー、ひどいなー」
その瞳にあるのは“憧れ”で、“希望”なんてなかったのかもしれない。いつもならムキになるノドカの笑いは、子供らしくなかった。
その昔、天使や死神というのは人間と結構深い関わりがあったものらしい。それが規制されるようになったのは...、まぁ時代の変化なんだろうな。
「口封じ、人払い、記憶操作、録画機器調整...前向きなまじないねぇな...」
でまぁ、人間の命に深く関わりを持てるぐらいには特殊な力をもっていたりするのだが、関わりが規制された現代にはろくな力の使い方が残されていない。改めて『奇跡教本』なるものを読んでみても、人のためになりそうな力の使い方は記されちゃいない。
「アタシを呼びつけるなんてずいぶんなご身分ね」
というわけで、昔のことに詳しいだろうこの人に頼ってみたわけだが。
「だって姐さん部屋の座標教えてくれじゃないすか」
案の定というか有言実行というか爆睡していたようで不機嫌である。姐さんほどにもなると自分の部屋をもっているのだが(俺にはない)、部屋の位置を教えてくれないので病院の屋上に呼び出した。
「自分のテリトリーにアンタなんか入れるわけ無いでしょ。それよりアタシを呼び出した理由だけど...」
「さっきも言ったとおり古い天使の奇跡を教えて欲しいんすけど」
「それ、アタシが面倒くさがりなの知ってて言ってる?」
「本当に面倒くさがりなら、わざわざ来てくれないっすよね」
「.........」
姐さん、黙る。脈有りなのは確かなのだがこの人が素直になるとも思えないし...。善意を刺激するより面倒くさがりの方を刺激した方がいいか。
「わざわざ断りに来たとしても諦めませんよ俺。あのときみたいに、何度でも頭下げますよ、超しつこくて超うぜーっすよ」
「すでにうざいっての」
「あだっ!」
超うざい感じで行ってみれば、本のようなものを顔に投げつけられた。痛い。
「教えるのは面倒だから本棚にあった古い教本くれてやるわ、自力で学びなさい」
意外にもあっさりだった。
「コレずいぶん古い本みたいっすけど...、大事なものじゃないんすか?」
「別に? なんであったかも覚えてないし、どっかの誰かから借りパクしたんじゃないかしら」
なるほど、その説が非常に有力だ。死神の姐さんが天使の教本(死神は呪教本)持ってるのも不自然だしな。過去に天使だった可能性も...ないな、俺が言うのもなんだがそんな天使は絶対にイヤだ。
「......なんか失礼なこと考えてるわね」
「滅相もない!」
ちなみに姐さんは長く生きてる(?)だけあって格闘技なんかの知識も深くサブミッションもお手の物である。気をつけよう。俺は体に教えられた。
「で、奇跡教えて欲しいなんて憑いてる人間に情でも沸いたのかしら」
「えぇ、まぁ。俺ら天使は死神と違って姿拝まれやすいですから」
言うまでもないが、死神は天使のように姿を拝まれる心配はほとんどない。そう言う意味でも俺は死神の方が気が楽だったのにな...。
「アンタは元人間だしね。一応言っておくけどその本に期待するようなモノはないわよ」
「別に...、助ける気はないっすよ。寿命は絶対だってのはイヤと言うほど身にしみてますから」
ていうか勉強とか嫌いそうなイメージだったんだが、天使の教本の内容まで把握してるのかこの人、意外だな。
「そう、ならいいけどあんまり目立ったことするんじゃないわよ。手を貸したアタシにまで飛び火したらいい迷惑だわ」
「姐さんに迷惑かけないよう気をつけますよ」
「もう迷惑よ」
「すいやせん」
「謝って済むならエンマはいないっての。こういう事はコレっきりにしなさいよ」
「またたのんます」
「アンタね...」
姐さんに心底呆れられているが、恥知らずなことに俺は姐さん以外に頼れる人がいない。天使になっても誰かに頼り切りなニート根性は健在である。
・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
「むっず...」
姐さんと別れてから数十時間、俺は熱心に教本を読んでいた。が、読んでいるだけでほとんど理解はできていない。文字は古典レベルで書かれていたもののそこは従来の術で翻訳できてどうにもでもなったが、今現在残されている術に比べて古い術の多くは効率化・単純化がされていないので...まぁなんだアルゴリズムがないというべきか、かけ算がないので足し算を延々繰り返してるような感じだ。
俺に奇跡の才能やら頭の程度やらがもうちょっとあれば現在の技法に合わせて改良できたりもしただろうがあいにくそんな才もないので、この馬鹿みたいに面倒で難しい技法を理解するしかなく、俺に理解できる範疇なんてたかがしれているのでおおよそ使えるモノも限られてくる。
といっても、全部理解したところで姐さんが言ってたように“ノドカを助ける術”なんてあるわけもなく、どれだけ才に溢れたところで俺がノドカにできる事なんて...。
「ねぇトウヤ何してるの?」
いつになく静かな俺とノドカ、幸いにもノドカは愛読している雑誌の最新刊を読んでいたので俺も集中して教本を読めたのだが、読み終えるのは当然ながらノドカの方が早い。
「俺がなにかしてるように見えるのか?」
「なんとなく」
ノドカに俺の事がどこまで見えるのかはまだよくわからない、本を読んでいるのはわからないが何かしている、というのは感じるらしい。
「本を読んでてな」
天使の姿が見えるのは個人差が大きいが、徐々に見えていると言うことはまさしく魂が衰弱している証拠だ。あとはノドカの肉体次第だが、あまり時間も残されてないだろう...。
「幽霊でも本を読むんだ」
「まぁな」
「なんの本?」
「怪奇現象の使い方」
この様子だと隠していてもいずれ姿がハッキリみられるだろう、下手に嘘をつくと後が面倒なので正直に話しておく。嘘は言っていないぞ。
「えー凄い凄い! どういうことができるの、ポルターガイストとか!?」
なんていうと興奮するのは至極当然で“幽霊がどうやって本を手に入れているのか”なんて疑問を余所に興奮しはじめる。
「それくらいなら余裕だな」
言ってノドカの読んでいた雑誌をフワリと持ち上げページをパラパラとめくる。人間界以外のモノを動かす術こそ知っていたが人間界のモノをこうして動かせるのは古い教本様々だな。
「わぁ!!」
目を輝かせるノドカに思わず俺もニマリとなる。調子に乗りたいところだがまだ大したことができないのでこれ以上何かを要求されたら困るところだが。
「ねぇねぇ、トウヤでもそうやってモノとか動かせるなら、ノドカと遊べないかな?」
という俺の心配もノドカの発想には必要なかったらしい。
「できなくはねぇけどガキの遊びか...、なにがしたいんだ?」
「遊んでくれるの!?」
「内容による」
「やったー! 今日のトウヤ優しい!」
一応断る余地も込めていったのだがノドカにはやはり通用せず、遊ぶ気満々になられた...、そんなに喜ばれると“人形ごっこ”とか言われたら断りにくいんだが。
「んっとね、んっとね」
楽しげにベッド横のカゴをごそごそし始める。そして出てきたのは割と大きめの箱で...。
「百人一首!」
「それは予想外」
トランプだのボードゲームだの、そういうところも予想していたのだが、まさかの歳不相応の趣味。誰が予想できただろうか。
「入院してたおばちゃんがね、教えてくれたの。退院する時にくれたんだ」
大事そうに抱えている箱は年季が入っているが元の所有者にも大事にされてたらしい事がなんとなくわかる、当人の名前らしいものも箱の隅にかすれているが書かれており...“牙”? そんな名前のばばあは居ないだろ、更に別の持ち主がいたのか?
「ダメ、かな...?」
別にイヤじゃないが満面の笑みから一転してそんな不安そうな顔で小首をかしげられては誰が断れるのか。いやまぁ、これ以上積極的に関わると確実に罰則喰らうんだが、どうせこの先もっと派手な違反に手を付ける事になるだろう、どうせ喰らうなら細かいことは忘れちまえ。
「かまわねぇけど、二人じゃ読み手もいねぇから坊主めくりくらいしか...」
「大丈夫! 読み上げ用の機械もあるから!」
俺の言葉を遮って箱の中から不釣り合いな文明的な機械が出てきた。ばばあ抜かりねぇな...。
「言っておくけど俺強いからな」
「ノドカだって強いよ!」
俺が百人一首できるほうが意外に思えるかもしれないが、姐さんが好きで教え込まれやたら付き合わされた。今のとこ一勝も出来ていないがあの姐さんに付き合わされたのだからそれなりの腕はあるつもりだ。
が、百人一首というのは見た目より激しい遊技でほとんどスポーツだ、体の弱いノドカを無理させないよう手加減してやらないとな。
「それじゃ準備してね!」
ノドカに分けられた25枚の“下の句の札”を覚えやすいようにベッドに適当に並べておく。並べる最中、俺がその場を動かないで札を浮かせて並べているものだからノドカがやたら興奮していたが...ノドカ敗れたり。勝負はこの時点から始まってるのだ、初めから集中なき相手に勝ち目などない!
と、手加減すると言っておいてムキになっているのは姐さんに毎回負かされているせいか...俺も肩の力抜かないとな。
「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今を春べど 咲くやこの花......今を春べど 咲くやこの花」
お互いが並べ終えて位置を暗記する時間の後、序歌と呼ばれる開始の合図を二人で読み。
「よろしくおねがいします」
「よろしくお願いします」
競技の義に習って礼。こんな俺でも礼儀正しいのはあの姐さんですらちゃんとやっているせいか、遊技なりスポーツなりに礼を尽くすのは日本人の美徳かね。
ん、なに。ルール説明? んな面倒なこと知るか。ggれ。
「せをはやみ~」
「はいっ!」
「うぉ!?」
機械の音声でも意外と聞き取りやすいな...、なんて感心していたら最初の三文字あたりのところですでにノドカが動き出し札を払っていた。
「ふふーん」
そしてノドカのドヤ顔。機械が読み上げを続ける歌と払われた札を確認してみれば間違いなく正解である。いや、そもそもあの札を間違えるはずもない。
“瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぶぞ思ふ”川の流れのように、別れても再び会おうという恋の歌...って歌の意味はどうでもいいんだよ。百人一首には”決まり字”といって「ここまで読むとどの歌かわかる」というコツがあるのだが、この77番の歌以外に“せ”で始まる歌はない。つまり口答一文字で下の句が特定できるため素早い反応が求められる。この手の“口答一文字で確定する歌(一枚札)”は7枚しかないので、初心者でもこれだけは最初に札の配置を覚えておくのが基本だろうな。
「一枚札に反応しないなんてトウヤ本当に強いのー?」
でまぁ、初心者でも反応できるはずの77番をとられて見事に煽られる。
「あん? 次からは本気だす」
なんかニートだった頃にも似たようなことを言ってた気がするな...。
「ちはやぶる~」
「はいっ!」
「よもすがら~」
「.........」
「むらさめの~」
「「そいっ!」」
なかなかどうしてノドカは本当に強かった。札への反応もそうだが自陣の札の配置の仕方も手慣れている。ただ、体の弱いノドカなので動き事体は遅く、動きの遅さを反応で補ってるという感じだ。大した暗記能力だ。
「ふ、ふはぁ......。ノドカの勝ちー!」
息を荒げながら最後の自陣の札を取ったノドカが万歳する。
「こら、礼」
「あ、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
と言い終わるとベッドに倒れ込む。体力のないノドカなので流石に後半は疲れで明らかに反応が悪くなっていた。俺も最初はムキになってしまったが顔の赤いノドカを見て手を抜くのを思い出しなんやかんやでノドカの勝ちとなった。
「なかなかにこの力は疲れるな」
まぁなんだ。実際は札を払うくらいたいしたことはないんだが疲れることにしておかないと後半のお互いのスタミナ切れの展開がノドカには不本意だろう。強い弱いはともかく、楽しそうに遊んでいたノドカを見ていたらとても手加減していたなんて言えやしないし、思わせたくはない。
「そっか、おつかれさま。久しぶりで楽しかったよー!」
「俺はまぁまぁだな」
「ひねくれものー」
「ひねくれものさ」
自分の勝利と遊びの幸福を味わいながらノドカは疲れて眠ってしまった。往診の時間は把握してるが次からは一応人払いの結界張っておかないとな。
って、ノドカのヤツ大事な百人一首なのに片付けずに寝てるな。そんなに疲れたのか...。まぁ片付けは俺がしておこう。
『しづ心ごころなく 花の散るらむ』
「ん.........」
ふと、適当にまとめて一番上に置いた札に目がとまり、上の句から思い出す。
“ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心ごころなく 花の散るらむ”。春の日の光はのどかで穏やかなのに、桜の花はどうして忙しなく散っていくのか。
情景を読んだ歌だ。それ自体は情景の歌であるはずなのに、穏やかな寝顔を見て俺の中でノドカとダブってしまう。その寝顔はこんなにも穏やかなのに、本当にノドカの寿命はあと僅かなのかと...。
「いやいやいや」
思慮にふけりそうになって思わず恥ずかしくなりとっとと百人一首を片付ける。感傷的になってどうする、俺がノドカを楽しませないといけないのに。
ノドカとの百人一首はその後も何度もあった。激しい運動でノドカの体が目に見えて疲労しているため医者や看護師が不信がるのは別にいいとして...。
「~♪」
「なぁ、ノドカ」
対戦が終わって鼻歌まじりに百人一首の歌を読んでいるノドカは最初ほどではないが、やはり疲れが目に見えている。
「なーに?」
「他にやりたいこととかないか?」
「ぎょ!?」
俺らしからぬ優しい言葉をかけたせいでノドカから変な声が漏れた。我ながらストレートすぎたとは思うけどよ...。
「なんだよその反応は」
「だって、トウヤが変に優しいんだもん...」
「あのな。聞いてみただけだからな。別に叶えてやるとは一言も言ってないぞ?」
「えー、聞いておいてそれだけで済ますんだー!」
「お前だって散々俺に質問攻めしただろうが」
まぁ可能な限り願いはかなえてやるつもりではいるけどよ。この性格のせいで上げて落とすみたいになっちまった。
百人一首はノドカが楽しそうなのはなによりなのだが、体に負担がかかっているんじゃないかと思う、死ぬ前にノドカを少しでも楽しませてやりたいのに、それで寿命まで著しく減らしてしまってはな...。そういうつもりはねぇけど減らす方の寿命に関わると罰則もやべぇし。
「元気になったらどんな事をしたいのかと思ってな」
ノドカはあまり自分のことを話さない、俺と同じで話すことがないのだろう。趣味嗜好は本やTV等からある程度察しは付くが、“希望”に関してはほとんど口にしない。あるいは、心のどこかで自分の寿命を察しているのか...。
「やりたいことなんていっぱいあって、話しきれないよ!」
「欲張りなヤツだな」
そこをなんとか絞ってくれねぇかなぁ。
「でもね、一番は」
っと、ノドカの視線が百人一首の札に落ちる。
百人一首の歌の多くは心情を歌ったもの、情景を歌ったもの、そして恋の歌が多い。そんな百人一首を好むノドカの“希望”もまた。
「お嫁さん!」
“恋”であるのは、至極当然だった。
「...もっと現実的な事考えようぜ」
「ノドカは元気になったらきっと美人になるよ! 胸だって!」
俺はロリコンとかそんなんじゃないが、病弱なせいで年齢よりだいぶ子供っぽいノドカが将来は美人になるだろうというのは、俺も思う(スタイルはしらん)。だが、その願いじゃ叶えられない。
「それは元気になってからじゃなくて美人になってからの話しだな」
「むぅ」
ふくれてしまった。流石に皮肉が過ぎたらしい。子供から願いを聞き出すというのはこんなにも難易度が高いのか。それとも俺の性格のせいなのか。
「じゃぁトウヤはもし生き返ったら、やりたいことあるの?」
「ない」
俺みたいに元人間は天使としての仕事で点数を集めれば、なにかしら希望した形で転生する事ができる。だが、実のところそれにはあまり興味がない。俺自身が何度目の転生で、前世でどんな人間だったか知らないように、転生後の俺がどんな幸せを手に入れたとしても、それは“俺”じゃない。天使の仕事は正直おっくうになってきたが、転生するくらいなら適当に貯蓄してだらだらと天使を続けていたい。
「ないんだ...」
だから冷たく即答すると、ノドカが寂しそうな顔になる。
「幽霊ってのは案外快適なんだよ」
ていうかぶっちゃけ天使や死神は現世の側に実体化できるので人間に深く関わりをもたなければ(関わっても即忘れられるが)大体のことはできたりする。俺はタバコをそうやって買っているし、姉さんはよく食べ歩きしているらしい。ただ、点数の換金手段が正式なものでなく怪しいので、かなりグレーだったりするが。
「ん、そっか。じゃぁノドカがもし死んでも。トウヤもいるし平気だね」
「おまっ...! お前がこっち側にこられたら俺が迷惑だから生きててくれ」
一瞬怒鳴りそうになって、落ち着いていつもの皮肉に戻す。そういう...話はやめてくれ。
「でもノドカが元気になったら、今度はトウヤが一人になっちゃうよ? それならノドカも幽霊になっても...」
「お前は死なねぇよ!」
「!?」
が、今度は耐えきれなかった。
「何度も病人を見てきたんだ俺が言うんだ、お前は絶対に死なない」
「う、うん。ありがと...」
何を言っているんだろうか、俺は。何度も病人を見てきた、そして何度も助けられないことを痛感した。全部知っている癖に、何を言ってるんだろうか、俺は...。どうしてノドカは、俺にお礼を言ったのだろうか...。
「お嫁さんか...」
病院の屋上で教本を読みながら、ノドカの一番の希望をつぶやく。
奇跡を使えば、式場もドレスも幻の相手も幻の招待客もどうにでもなるだろう。一時的に体を大人にすることもできる...と思う。あるいは全部幻覚で補完。だが、それじゃダメだろう。ノドカのいう“お嫁さん”は出会って、恋をして、結ばれる。愛おしさの苦痛・喜び・困惑、そいうのを経て結婚。そういうニュアンスが含まれている。百人一首の燃えるような恋の歌に惹かれるノドカは、決してウェディングドレスが着たいだけじゃない。
「恋かぁ...」
とうてい縁の無かった単語だ。叶えてやるにはまずなによりも相手が必要だし愛を育むにはノドカの寿命は長くない。仮に相手をみつけたとしてもノドカが死んでしまうのでは悲恋に終わってしまう。“恋人が死んでしまう話”は昨今のお涙頂戴モノで俺が一番嫌いな話だ。
「死んだヤツに変えられることなんて、何もないんだな」
今はただ、百人一首に付き合ってやることくらいしかできない。それでノドカの体に負担がかかるとしても...。いや、いっその事早く死なせてしまう方が幸せなんじゃないだろうか。
「幽霊になっても...」
いい。ノドカにあきらめの言葉を言わせてしまった後悔がまたわき上がる。しかも、俺を一人にしないようになんて、ふざけた理由で。
たしかに、天使は思いの外不便はない。罰則や働いてないと存在意義を失い消えてしまう危険性ははらんでいるが、精神面を除けば苦痛や疲労はない。だからって、生きることを諦めて天使だとか幽霊だとか、そっちに希望を抱くのなんておかしいだろ。
「って、俺のせいか...」
そうか、俺が死後の世界の存在を知らせてしまったせいで諦めても良いと思わせてしまっているのか。
「願いを叶えるどころか、このザマかよ」
俺はなにがしたかったんだろう。ノドカを哀れに思い、死ぬまでの期間少しでも幸せにしたかったはずなのに、やったことは希望を捨てさせただけ。
天使が人間に深く関わってはいけないのは、こういうことなんだろうな。情を持って関わったところで結果が変わらぬ以上、良くなりようはないんだな...。
「ねぇ、トウヤー!」
「昨日もやって、看護師に注意されただろう」
ノドカの何度目のかのおねだり。百人一首をやりたいらしいがそんな甘ったるい声でねだられてもロリコンでない俺には通用せん! 綺麗なネーチャンになって出直すんだな!
コイツの、ノドカの病気のことは俺もよくわからない。しかし心臓の病気らしく少なくとも激しい運動が負担になる事はわかっている。看護師がノドカの謎の疲労を注意するのも当然で俺もできれば安静にして欲しいが、俺がノドカにしてやれることはコレしかないのだ。一時的に体力を付ける奇跡もできなくはないが、疲労でなく運動が負担になっている以上、根本的な解決にはならないだろう。
「大丈夫だよ、今日はなんか調子いいし!」
「そういう時ほどはしゃいでぶっ倒れるだろうが」
「じゃぁはしゃがないから!」
「マジに?」
「マジで!」
砕けた日本語で確認はしてみるが...、はしゃがないといってはしゃがないものなのだろうか、ガキというのは。
「約束やぶったからもう付き合ってやらないからな」
「やったー!」
体の負担になるなら尚更それで死にたがっている。なんてのは考えすぎだったと子供らしく喜ぶノドカを見て思う。
「はい! トウヤの分!」
渡された下の句を並べながら、俺もいつも以上に手加減が必要だなと考える。流石に手加減している事はバレるだろうが、わがままに付き合うのだから本気で相手しないことに不満は言わないだろう、多分。普段から本気じゃねぇけど。
「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今を春べど 咲くやこの花......今を春べど 咲くやこの花」
「よろしくおねがいします」
「よろしくお願いします」
並べ終えて、序歌を読んで礼をして、ノドカが読み上げ機のスイッチを入れる。
「つくばねの~」
「...はい!」
「しのぶれど~」
「ほい!」
「わがそでの~」
「.........」
もう何戦もやってるだけあって、お互いの札の並べ方、得意な札、苦手な札も把握してきてやりとりが戦術的になる。
「はい、これ」
にゃろ、また俺の苦手な札送ってきやがった。まったく可愛くないガキだ。
実のところ、暗記能力はノドカの方が遙かに優れている。空札(配置されていない札)に一切反応しないのだからその記憶力がどれほどのモノかも伺える。体力が対等なら良い勝負になったかもしれない。
「ながらへば~」
「はい!」
ノドカ自陣の最後の札をほぼ同時に動き、ノドカが先に触れたらしく俺から見て右に飛ぶ。(どちらが先に触れたかわかりづらいので飛ばす方向で決めている)
「ノドカの勝ちー!」
「おつかれさん」
そしてバタンとベッドに倒れ込む。議に習って礼をするべきなのだが、今日はとやかく言うまい。
「大事なものなんだろ、俺が片付けるからな」
息の荒いノドカは休ませておいて、今日も俺が片付ける。調子の良いときはちゃんと自分で片付けるのだから、生臭なわけじゃないんだろう。
「...おい?」
いつものノドカならありがとうぐらい言うものなのだが今日は俺の呼びかけになにも反応しない。
「はぁ...はぁ...」
「おい!?」
どころか、いつも以上に息が荒く、明らかに辛そうな表情をしていた。
「ノドカ! 大丈夫か!? オイ!?」
片付けていた百人一首を投げ捨て、思わず実体化してナースコールを押す。
「トウ...ヤ...」
苦しそうな表情の中、俺の姿を見たノドカは少し嬉しそうに笑っていた。俺は人が駆けつけるまで思わずその小さな手を握り、無力な自分の後悔と自責に押し潰されまいとしていた...。
「俺の...せいか...」
看護師が駆けつけ、続いて医者が駆けつけ、ノドカの容態はなんとか落ち着いた。今は穏やかな呼吸をしているが...やはりノドカはもう長くないらしいことは医者達の言うことでわかった。
「トウヤのせいじゃ...ないよ...」
...起きていたらしい。また実体化して握っていた手が、僅かに握り返される。娘がこんな状態でも、こいつの両親は国外へ行っているらしくこれないらしい、そう思うと自然と手を握っていた。
「いや、全部俺のせいだ。本当に、俺はダメなヤツだな...」
俺が元気づけてやらなければいけないのに、俺は後悔と自責に潰されていた。ノドカを心配する以上に、嫌悪感にさいなまれていた。
「ねぇ、トウヤ...」
いつになく弱気な俺に、ノドカが優しく語りかける。
「ワタシね、トウヤに会うまで死ぬのが怖かったんだよ」
死ぬのが怖くないヤツなんて、ほとんどいないだろう。本来ならばそこは未知の領域なのだから。だけど...。
「でもトウヤに会って、死んでも消えちゃわないんだって。ノドカは死んでもどこか別の場所いくんだって、安心したんだ...」
俺が、その領域を侵してしまった。
「だから、大丈夫だよ。ノドカは死ぬのはもう怖くないから。トウヤのおかげで、ノドカは安心して死ねるから」
「馬鹿なこと言うなよ! 諦めるような事いうなよ! まだ死ぬと決まったわけじゃないだろうが!」
「ううん、知ってるよ...」
違う、お前がそれを知っているはずはないんだ。知ってちゃいけないんだ...。
「ノドカはもうすぐ死ぬんだよね。だから...トウヤが来たんだよね...」
「違う! 俺はただの幽霊だ! お前は死なない! 何人も病人を見てきた幽霊が言うんだぞ!」
俺は泣きながら、説得力皆無で叫んでいた。
「トウヤはいつも、ウソツキだね...。手を握ってくれる幽霊なんて、聞いたことないよ...。こんな暖かい幽霊なんて、聞いたことないよ...」
「俺は、ただの幽霊なんだよ。なにもできない、ただの幽霊なんだ...」
いつのまにバレていたんだろう。いつのまに、気付かれていたんだろう。いくら隠しても、やはり俺は腐っても天使らしい。
「トウヤ、ありがとう...」
お互いに涙しながら、俺はウソをツキ続け、ノドカは感謝の言葉をつぶやき続け、夜は更けていった。
「姐さん、お願いします!」
「だーかーらー、助ける方法なんてあったらそもそもアンタらの存在意義がないでしょーが」
病院の屋上に姐さんを呼びつけて、土下座する俺。そんな俺に呆れる姐さん。
「本人が安心して死ねるんならアンタは十分やったわよ」
「違うんだ! 安心じゃない、俺のせいでアイツは生きる事を諦めたんだ! 希望を持つことすらしなくなったんだよ...!」
その諦めがより、ノドカの寿命を縮めてしまったのかもしれない。だけど、俺の訴えは『元人間じゃない』姐さんには伝わらない。
「大体、死んでも魂になって冥界に行くだけだし。いずれ転生するんだから別にいいじゃない」
たしかに死後の世界が存在する以上、“生”にこだわる必要はないかもしれない。でも、それじゃダメなんだ。
「転生したら、それはもうノドカじゃないんだ! 天使や死神になっても“生きること”は感じられないんだよ...!」
「始めから死神のアタシにそういう事言われてもねぇ」
天使になって、何度も痛感した、世界は現世を中心に、“生”を中心に回っている。そして死者はどんな形であれ、現世に深く関わることができない事を、許されない事を。
「俺は、アイツをアイツのままで、生きていて欲しいんだ!」
俺のせいで死への恐怖を失って、希望を失って、生を諦めてしまった。それを失わなくても結果は変わらなくても、“生”としてのノドカを、俺が殺してしまったんだ。
「俺はもう、罰則を喰らって消えても良い! なにか助ける方法を!」
「人に生きることを強要しておいてそのために自分は消えてもいいだなんて、随分我が儘な言いぐさね」
「めちゃくちゃなのはわかってます、だけど...、!?」
俺の言い訳を、首元に鎌を突きつけられて静止する。その姐さんの表情は、いつになく“死神”だった。
「そこまでの覚悟があるなら、本当に消えてもいいのね?」
殺気。首元の鎌を僅かに動かせば簡単にコロされる。いや、消えてしまう。元来そういう目的のものではないがモノが古いだけにそういう使い方ももしかしたらあるかもしれない。例えなくても姐さんならできるかもしれない...。
「消える。ってのは、“死ぬ”とは違うのよ。完全にこの世界から、現世からも冥界からも、輪廻の輪からも消えて無くなる。“無”よ」
脅すような姐さんの言葉につばを飲み込み、俺はうなづく。
「それでも、ノドカを助けたいんす。例え将来転生しても、それは“俺”じゃないっすから。消えることは...怖くない」
姐さんの気迫に僅かに落ち着きを取り戻した俺はその覚悟を示す。このやりとりはつまり、助ける方法があるということなのだから。そしてきっと、その代償に俺は“消える”のだろう。
「わかったわ...。その様子じゃどのみち、アンタはこの先天使なんてやってられないでしょうしね...」
鎌を降ろしながら、とたんに優しい口調で。半分諦めたように、そして姐さん自身を責めるように、姐さんは俺の願いを承諾してくれた。
静かに眠るノドカの横に俺と姐さんが並ぶ。
「一つの魂は一つの魂で」
姐さんが言うには、魂の衰弱を冥界に戻らずに回復するには別の魂を必要とするらしい。しごくごもっともな話だが、そんな方法は聞いたことはなかった。
「魂の衰弱が回復すれば、自然と体も良くなっていくわ」
「魂を代償に命を救うなんて、悪魔みたいっすね」
「その悪魔に教わったのよ。天使のアンタが知らないのも無理はないわ」
この人、悪魔にも知り合いがいるのか...。いやまぁ点数を現世の貨幣に換金する手段を教えて貰ったときもうさんくさい人だとは思ったが。
「失礼なこと考えてるならやっぱりやめようかしら」
「滅相もない!」
どうにも俺は考えてることが顔に出るらしい。ノドカにもバレる訳だ。
「まぁ、魂を集める悪魔からしても魂を消費するんじゃメリットなんてないし、今はほとんど使われてないけどね」
魂を集めるのは死神も天使も一緒だが、悪魔だけが命を救う手段を知っているというのも皮肉な話だ。
「それじゃぁ、始める前に言っておくけど...」
「俺の覚悟は決まってます」
「はいはい、かっこいいけどちゃんと聞きなさい」
最後くらいかっこつけさせてください...。
「わかってると思うけど、アンタが消えてこの子が助かっても、この子はアンタに関する記憶は持たないからね」
「...はい」
天使ならそういうことはないが、死神は情を持った人間を助けることができてしまう。そういう事を防ぐためなのかは知らないが、俺達天使や死神は関わりが無くなった瞬間から生きている人間の記憶から綺麗さっぱり消えてしまう。
「俺が消えてもノドカが寂しがることがないなら、好都合っす」
「でも、助けたアンタが感謝されることもないわよ」
「.........、どのみちノドカの魂を俺が救ったなんて、知ることはないっすよ」
それをノドカに話せば優しいコイツは絶対に嫌がるに決まっている。いや、例え俺が消えなくても俺との思い出が無くなるのすら嫌がるだろう。
「別に、死んでからこの子と仲良くしたっていいのよ」
それこそ、アンタみたいに天使に推薦してしまっても...。と言いそうになって姐さんは言葉を改める。
「ダメね。優しい子に天使や死神は向かないか」
俺の事を見ながら、今回の事態を悔やむように姐さんは「アタシみたいに性悪じゃないとね」。と続けた。
自分のことを、優しいとか善人だとか、そういう風に思ったことはない。自己犠牲の精神だとかはむしろ寒く感じるし周りの不良行為に心を痛めたりとかもしない。
「根暗なら、とは思ったんだけどね」
それでも俺の性格は、“性悪”ではなかったようだ。自傷するように姐さんは俺を見て笑う。
「それじゃ、始めるわよ」
「お願いします」
俺の覚悟を知ってか、姐さんは最後の確認も取らないで俺の知らない呪いを唱え始める。
「...トウヤ?」
実体化せずにノドカの手に触れたはずなのに、ノドカは俺の手を感じ取ったのか目を覚ます。あるいは起きていたのか。
「ノドカ、もう大丈夫だからな」
「うん...」
幸いにも話は聞かれていなかったらしく、ノドカは俺が側にいることに安心したように小さく笑う。
「ノドカ、生きろ」
コレは、自己犠牲なんかじゃない。俺が天使としての仕事に疲れ、ノドカを哀れに思っただけだ。ノドカが決して望まない事なのだから、全ては俺のわがままだ。疲労と自己嫌悪と同情の行いは、決して優しさなんかじゃない。だけど...。
「トウヤ、ありがとう...」
俺の思いを知ってか知らずか、ノドカは涙をこぼしながらつぶやいた。
そして、その言葉を最後に。
俺のあらゆる感覚は。
俺のあらゆる思考は。
俺の、魂は。
消えていった...。
数年後、病室には再び大人になったノドカの姿があった。
だが決して、ノドカに再び死が迫っていたわけでもなく、そこに天使の姿はいない。いや、そういう目的ではない死神の姿はあるようだが。
そして、ノドカの他に。一人の男と、“新たな命”の姿も病室にあった。
「しかし本当に男の子が生まれるんだから、驚いたなぁ」
「ねっ。言ったでしょ」
ノドカの夫は、ノドカが妊娠した直後から“男の子が生まれる”と確信を持っており、お腹の子の性別を決して医者に聞かなかった事に驚いていた。確率は二分の一なのだからそれほどの事でもないかもしれないが、ノドカの確信に理由がないようにも感じなかったのだ。
「だから、約束。本当に男の子が生まれたからワタシが名前を付けるんだからね!」
「はいはい。わかってるけど変な名前ならさすがに怒るからな?」
最近は子供のことを考えずに名前を付ける親がいるのだから、と夫はノドカがそういうタイプではないと思いながら負けを認める。彼としても女の子が生まれたら自分が名付ける約束だったので仕方がない。元より、ノドカの確信には勝てる気はしてなかったが。
「大丈夫だよ、本人に承諾済みだから!」
「本人?」
“本人”といえば、赤ん坊本人の事に違いないが、すでに赤ん坊に呼びかけていたのだろうか。しかし赤ん坊が言葉を理解するわけもないが、そこは親心、通じている気はするのだろう。
「“悪くはないな”だってさ」
「あまり良い返事じゃないな」
承諾済みという割に、本人が気に入っているようにも感じない答えであった。
「ひねくれものですから」
「そうなのか」
可愛いとか愛らしいでなく、なにがどうして赤ん坊がひねくれものかはわからないが、何故だか夫はノドカの赤ん坊の評価を嬉しく思った。
ノドカには男の子と別に、まだ確信があった。この子はきっと、ひねくれものになるだろう。だけどそれがとても嬉しいのだ。
「だぁ~ぅ」
赤ん坊が、母に呼びかける。その言葉に意味はなくても、ノドカは我が子に頬摺りしながら、いつかの言葉で返事した。
「トウヤ、ありがとう」
そして、ひねくれものでも。この子は...トウヤはきっと、とびきり優しい子になるに違いない。
「良い名前じゃないか」
「えへへ」
だけども、ニートにならないように気をつけなくては。と、ちょっと考えたりもした。