ホーム死神たちのおしごと死神のおしごと
目次次の話 →

死神のおしごと

やる気のない死神と死神を見られる男の物語
「あーぁ、最近疲れるわぁ......」
 黒いベッドの上に寝そべって女は憂鬱そうに呟く。
 女は幼さの残る顔に不釣り合いな漆黒のドレスに、ドクロを模した面を髪飾り代わりに濡烏の髪に乗せたという、異様な容姿をしていたが。その禍々しい服装とは裏腹に気の抜けた口調でだらしなくベッドに寝そべっていた。
「んー......?」
 ふと、床に投げ捨ててあった携帯から着信音が鳴り響く。女は多少不機嫌そうに音の行方を探る。なんといっても床の上は彼女の衣服やゴミやその他私物が散乱しており、あまりの散乱っぷりにどれがゴミでどれが日用品かもわからない始末。その中から携帯の音だけが聞こえるのだ。
「えーと......」
 最後に使った時の記憶を辿ってみるが、女はすぐに諦める。思い出すより探す方が早い。
「この辺かな」
 衣類をベッドの上へ、ゴミや雑貨は適当に放り投げながら音を頼りに携帯を発掘する。彼女も伊達にこんな状態で暮らしてないだけあり、長年の生活で培った勘も大した物だった。むしろ片付ける方に慣れるべきであろうが、彼女にそんな発想はない。
『コラ ヒャクバンダイ イイカゲン ハタラケ アタラシイ リスト ヲ オクル』
 発掘した携帯の画面を覗くとそう書いていた。
「はー、もう仕事の時期かぁー、もうしばらくサボっろかなぁ......」
 大体予想していた道理の内容で、女はため息を零しながらいい加減なことを言い始める。と。
『サボッタラ ゲンテン ショブン 凸( ̄ヘ ̄)』
「......」
 計ったようなタイミングでご丁寧に顔文字付きで忠告してきた。
「けーっ!」
 メールに悪態をついて女はしぶしぶ立ち上がるとベッドの側に立て掛けてある棒を手に取る。いや、棒ではない、部屋の雑類に埋もれて見えなかったが、彼女が手にしたのは広く大きい刃のついた、大鎌であった。
「働きゃいいんでしょ働きゃ!」
 女は文句を言いながら鎌をくるりと回転させ、自分の前に振り下ろす。と、振り下ろされた部分の空間が裂けて彼女を飲み込んでいく。
 こうして彼女の仕事は始まる。彼女の職業は――死神。


 ─死神のおしごと


「あー、朝日が眩しいー、嫌な天気ねー......」
 下界に下りた途端、アタシを太陽の光が包み込む。雨か曇りならもう少しモチベーションも上がったっていうのになんでよりにもよって晴天? 気分が悪いったらありゃしないわ。なに、普通は逆? アタシは死神なの、誰が好きこのんであんな三色ビーム浴びたいなんて思のよ。眩しすぎてうざいのよ。
「あぁもぅ、さっさと目付(メツケ)決めて日陰に入ろ!」
 人使いの荒い冷徹上司(エンマ)に貰ったリストを携帯型霊携機(レイケイキ)で開いて適当に目付を決める。ここから一番近いのでいいわね。あ、目付ってのは近いうちに事故死しそうなヤツを選んで付きまとう事ね。
 死神の主な仕事はこの目付が死んだら冥府へ導く、ってか送り飛ばすのが仕事。なんで付きまとうかというと、誰がいつ死ぬかなんてのはカミサマでもわかんないから、死にそうなヤツに死神が憑いて回らなきゃ魂をちゃんと回収できないからよ。死んでから回収に向かったんじゃ自縛霊だのになったりして回収に一手間かかるのよねー。
 ちなみに寿命で死ぬ場合は天使の連中が魂を回収するのよ。寿命に前後があれど確実に死ぬんだから死神と違って楽な仕事よねぇ。
「タマガワハラ・ミツル......、コイツでいいか」
 リストの中から適当な目付を選んでさっさと目付登録する。登録してないと他の死神とかぶっていらぬもめ事になるからだ。なんといっても死神の仕事は歩合制。魂を送った数だけ点数が貯まるのでとにかく確実に死にそうなヤツを選ばないといけない。勿論目付の相手がいつまで経っても死ななかったら点数は入らないし時間の無駄。できるだけ短期で確実に死にそうな目付の争奪が激しい。死因が複数あるヤツや、工事関係者やらヤーさんだのとか真っ先に登録される。それと自殺も事故死に含まれるわ、人間の心の変化も予想できないって訳ね。
 確率で言えば、そうね、人間界の天気予報くらいの確率じゃないかしら? カミサマだかエンマだか誰の予測か知らないけど、正直もうちょっと的中率上げなさいっての。
「人間からすれば、死神の人気者になんてなりたかないでしょうけどねー」
 アタシはというと、そんな争奪戦に参加するほどの気力も熱意もないのでいつも適当に選んでいる。お陰様で前回も三ヶ月憑いて回って結局死なれなかったので諦めた。まぁ後の一ヶ月ちょいはサボリの口実なんだけどね。
「玉川原・満 男 二十一才大学生 通学途中ノ道ニ工事現場アリ、台風ノ日、該当地デノ落下物ニヨリ死亡 推定一週間~一月」
 他の死神なら確認してから登録するんだろうけど、アタシは登録してから目付た相手の個人情報と死因を確認する。写真を見ると整った顔立ちのそれなりにいい男に見える。つーか一週間から一月? また振れ幅でかいわねぇ......。人間でも台風の予測くらいまともにするのに相変わらず酷い予測だこと。
「ふーん、台風で工事現場の落下物......ねぇ」
 そりゃまた不運なことで、そんな漫画みたいな事故で死ぬヤツなんて世の中にもそういないでしょうに。台風に限らず強風でって可能性もあるのかしら。
「さぁてお仕事お仕事......」
 でもアタシには関係ない。生きている人間のことなんて元々生まれてもいない私にとっては“点数”でしかない。他の多くの死神にとってもそうだ。そうなんだけど......。
「やっぱり、気が進まないなぁ......」
 長年この仕事をやってきて、色んなヤツの死を目の当たりにしてきたけど、アタシは何故かそれに慣れないでいる、むしろ数を重ねる事に仕事への意欲が落ちていった。別にアタシが憑こうか憑くまいがそいつの死ぬ確率が変わる訳じゃないんだけど、気が進まない。
「はぁ......」
 なんて言っても仕方がない、死神として生まれた以上はこれが仕事だ。それに、アタシにも仕事をする理由が無い訳じゃない。アタシはため息を一つつくとそう割り切って逝霊機(セイレイキ)の座標を情報に合わせて空間を裂く。

 

「よいしょっと、ボロいアパートねぇ」
 壁をすり抜けて目付の部屋に入る。直接暮らす訳じゃないにしても、しばらくは厄介になるのだからどうせなら良い部屋に住みたいわよね。さすがにリストからの情報じゃそこまではわからないんだけど......、まぁ職業あたりから予測できなくもないか。
「スー......スー......」
 見渡すほどもない狭い部屋のベッドに目付の男が寝ている。さわやかな感じの整った顔立ちに短い黒髪。身長もそれなりに高いわね。写真と見比べるまでもなくこの男で間違いないか。情報を見る限りじゃ兄弟とかもいないようだし、一人暮らしだったはず。
「スー......」
「呑気な寝顔ねぇ」
 これからしばらく後に死ぬかもしれないってのに、何も知らない幸せそうな寝顔だ。そりゃ知る訳ないんだけど、お迎えが控えてるなんて夢にも思わないでしょうね。
「んー......」
 寝顔を眺めていると側の目覚ましが鳴りだす。随分小さい音だけど寝起きはいいのかしら。それともこの目覚ましが安物なだけか。
「ん、んー......っと。ふー!」
 ホントに寝起きが良いらしく、鳴り出して間もなく男は体を寝かせたまま手探りで目覚ましを探し出しその頭をポンと叩く。目覚ましを止めてから目を光に慣らして、上体を起こして体を伸ばしだす。
 大した寝起きだコト。アタシとしても耳障りな目覚ましの音をいつまでも聞くのは御免だからさっさと起きてくれるに限るだんけどね。
「......ん?」
 ふと、寝ぼけた男と目が合う。いや、アタシが見えてる訳ないんだけど、なんとなくそう感じた。
「.........」
「.........」
 寝ぼけてるのか、じっとアタシを――アタシの向こうの壁を見つめている。後ろになんかあったかしら? 確認しようと首を傾けたら――。
「誰だ、お前?」
「......へ?」
 恐らくアタシに向かって、ハッキリとそういった。いやいやいや、だから見える訳が......。
「おぉぉぉぉ!? なんだお前、どっから入った!?」
「え......? え......? アタシ?」
 ベッドの上で後ずさって思いっきりアタシを指差してくる。思わず部屋の中を見渡してみるが、この男を除けば部屋には私しかいない。
「お前しかいないだろ! つーかなんだ変な格好して物騒なもん持って!?」
「えっえっ、マジ見えてる!? ていうか変な格好ってアタシ!? コレ正装なんだけど!」
「あぁそうなのか、それはすまなかった。じゃなくて誰だよお前は!?」
「いや服とかどうでもいいし、なんでアタシが見えんの!?」
「見えるも何も俺は視力両方2.0だよ! だから誰だよ!?」
「いやアンタの視力なんでどうでもいいし! だからなんで見えんの!?」
 お互いパニクって全く話が進みやしなかった......。

 

「死神というとアレだよな、ノートで人間の寿命を貰うとか」
「別にアタシがアンタの命をどうこうしようって訳じゃないわよ」
 時代が変われば死神のイメージもかわるものね。でもどんなイメージにせよ“死神”って縁起でもない単語である以上物騒なのはイメージに付きまとうみたいだけど。
「俺の迎えに来ただけと?」
「有り体に言えばそんな感じだけど、まだお迎えすると決まった訳じゃないわよ」
 三十分くらいパニクって十数回質問がループした頃になんとかお互いに落ち着きを取り戻し、テーブルを挟んで事の経緯を説明してしまった。
 昔聞いたことがある。“人間の中に稀に自分に憑いた死神を見ることができる者がいる”と。何十年何百年とこの死神の仕事をしてきたけどそんなヤツにお目に掛かったことはなかったから迷信だと思ってたけど......。
「なるほどな」
 いや、なるほどなって......。
「随分とあっさり信じるのね」
 人間の常識からすれば、到底現実離れした事実をあっさりと納得するのはおかしくない? 少なくともアタシの経験した限りでは死んだヤツですらアタシを死神だと納得できないヤツは少なからずいるのに。納得しようがしまいがさっさと送り飛ばすけど。
「あっさりも何も、だってお前」
 男はそういいながらアタシの腕を掴もうと手を伸ばし......。
「さわれないし」
 男の手はアタシの腕をすり抜けた。
「死神じゃなくて、その辺の幽霊のたわごとかもしれないじゃない」
「俺幽霊なんて一度も見たことないし、それにお前“いかにも”って格好してるしなぁ」
 まぁ確かにこの黒いドレスと大鎌の逝霊機は人間が抱く死神のイメージそのものだしねぇ。今はしてないけど頭に乗せてる髑髏面したら尚更よね。
「で、俺いつ死ぬんだ?」
「知らないわよ、それがわかれば死んでからくるっての。第一知ってても教えないわよ、死神は本来人間の運命に関わっちゃいけないんだから」
「俺に見えて死ぬかもしれないって話した時点で関わってないか?」
「特例......よ。第一元々死ぬかは未確定なんだから、死ぬ可能性を知っても根本的な確率は変わらないわ」
「ふーん、そういうもんなのか?」
「そういうもんなのよ」
 本当に特例になるかはまぁ確証がないんだけど......。死ぬ要因なんてそんじょそこらに転がっているんだから、死ぬかもしれないと知ってそれを全部警戒するなんて無理だわ。工事関係者やヤーさんでも交通事故や転倒死だなんて日常茶飯事だしね。ただ予想の死因が知られれば生存確率はグっと上がるから、それを話したらアウトだけど。
「って、もうこんな時間じゃねぇか!」
「は?」
 話が一段落したところで時計を確認した男が慌てだし寝室に駆け込む。部屋の中からなんかドタバタ聞こえるけど何やって――。
「今から出ればギリギリ電車に間に合うか!?」
 と思ったら着替えて手提げのカバンを持って出てきた。は? まさかコイツ......。
「ちょ、出かけるのっ!?」
「八時からの講義が専攻科目なんだよ!」
「はぁ? アンタ今の状況が判って......」
「悪い、俺急ぐから話はまたあとでな!」
 アタシの言葉を最後まで聞きもせずさっさと行ってしまった。しっかり鍵閉めて。え? アタシ死神よ? 死神放置して大学行くってどういう事?
「置いてくなぁ!」
 一瞬に呆気にとられてしまったけど扉をすり抜けて後を追う。目付に登録した以上アタシにもあいつが期間内に死ぬか無事生存するまで見届ける義務があるし。なにより、アタシを死神と知っておきながら放置するのが腹立つ。
「ちょっとアンタ! 死ぬかも知れないっていうのにもっと他にやること無いの!? 何普通に大学行こうとしてんのよ!」
 走る男に低空飛行で追いついて横に並ぶ。声をかけてみるが走るのをやめようとしやない。
「コレのどこが普通に見えるんだよ、ものっそい必死だろうが! ていうかお前飛べんの!?」
「そういう意味じゃないわよ! もっと他に驚く事あんでしょうが!」
 アタシが飛んでるとかどうでもいいし。いや、アタシとしても「死ぬかもしれない」と知って変な気を起こされたらアタシの責任問題になるからできるだけ冷静で居てくれた方がいいんだけど、普通さぁ死ぬ可能性を聞いたら落ち込むとか慌てるとかするでしょ。アタシが見える癖におかしくない!?
「あぁ!? そういや朝飯食ってねぇ!」
「知るかぁ!」
 コイツの思考の優先順位は“大学>>>朝飯>>>アタシ(死神)”らしい。マジで腹立ってきた。
「ん?」
 気が付いたら工事が放置された建物の側を通っていた。あたしは思わず足を止めて(いや、飛んでるんだけどね)見上げてみる。
「あー、あれね......」
 予想通り、頭上には固定の緩い鉄骨があった。緩いと行っても死神独自の特殊な眼力がなければアレが事故を起こす可能性までは見えないでしょうけどね。そしてアレがあの男、ミツルの死亡予測にある事故を起こす原因と見て間違い無いわね。
 勿論それをミツルに告げる訳もなく、黙って後を追った。


「ふー、なんとか間に合ったな」
「呑気な物ね」
 結局ホントにただ大学に来ただけだった。今し方、近いうちに死因になる物の真下を通ったとは思いもしないんでしょうね。
「お前ホントに俺に付きまとうんだな」
「それが仕事だし」
 ミツルの机の横に腰掛けてるアタシに本当に何事もなかったかのように話しかけてくる。実際何事もなかったんだけど、少しぐらいアタシのこと怖がってもいいんじゃない? 少なくとも多くの死んだ連中はそうだったし。
「そういや自己紹介がまだだったな、俺は玉川原・満」
「アンタの名前ぐらい知ってるわよ」
 名前と簡単な個人情報なら確認したし、死神の能力を使えば出生から血縁関係まで色々見えるっての。使わないけどね、興味ないし。
「なんだ、知ってるのか」
「そもそも別に名前なんて知らなくても仕事に支障はないわ」
「ふーん、で、お前は?」
「あたし? だから死神だって言ってんでしょ」
 つーかコイツ、本当にアタシのこと死神だって思ってるんでしょうね。話だけ納得したふりして本当は信じてないんじゃない?
「じゃなくて、名前名前」
「......名前?」
 あぁ、そういうことね......。
「死神に名前なんて無いわよ、整理番号があるだけ」
 人間は名前が無いと不便なんでしょうけど。死神って仕事は一人でするものだし名前なんて必要ない。実際に名前が無くて困った経験なんてほとんどなかったわ。
「名前、無いのか......。その整理番号ってのは?」
「......」
 一瞬残念そうにしてミツルにまた問いかけられる。整理番号は......別に話して不都合もないし教えてやってもいいか。
「“関東区・ホ之零零零一六八 ”よ」
 頭のホってのは英語で言うAとかBとかみたいなものね。現代風に言うと“E000168”かしら。
「お、じゃぁ“いろは”だな」
「は?」
 何が? と聞く前にミツルは続ける。
「ほら1・6・8の頭文字とったら、“いろは”だろ」
「......」
 どうやら、私の呼び名らしい......。呆れた、名前がないからって名前を考えたっていうのね。別に名前が無くても困らないっての。
「好きに呼べば」
「おう、お前がイヤじゃなければそうする」
 変な名前でもないし、好きに呼ばせとくか。何が嬉しいんだかミツルは私の了解を得て嬉しそうだ。
「ところでアンタ、家の中ではともかく外であんまりアタシに話しかけないほうがいいわよ?」
「なんで?」
「なんでって......」
 いい加減鈍いので忠告してやり、目で周りを見るように促す。アタシが目で促した先にはミツルを怪訝そうな顔で見つめるヤツが数人。アタシが見えるのはミツルだけなんだからそりゃ周りから見れば誰もいないところに話しかけてるとしか見えないわよね。
「少し......気をつける」
「そうしなさい」
 頭の病気とでも思われて病院に放り込まれでもしたら例の事故で死なれないし、アタシとしても困るわ。
 それからしばらくして講義が始まり、ミツルもそれに集中した。歴史の講義みたいで、アタシにはこれ以上にないくらいつまらない科目だ。なんたっていくらかは直に見てきたんだから改めて聞かされても面白くもなんともない、まぁ、要所要所で事実と違ってたり勘違いしてる部分は間抜けで面白いけどね。
 そんなことより、アタシは霊携機をいじってマニュアルやトラブルでの対処法などを調べる。過去に自分から姿を見せることはあったから姿を見せた場合の対処は知ってるけど、“死神の姿が見える人間”の対処は流石に知らない。そしていくら調べてもそういった項目は全く見つからなかった......。“見せた場合”の方で応用利かせるしかなさそうね。見えている以上は記憶消しても無意味だしどうしたものか......。
 それにしても......。
「イロハ、か」
 悪くない名前ね......。なんだか懐かしい響きのような......。


「なぁイロハ、それ重くないのか?」
 午前の講義が終わったらしく、学食を食べながらミツルが訪ねてきた。アタシはと言うと、さっきと同じようにミツルの隣で机に腰掛けている。食堂も人は多いけどアタシと話せるよう隅のテーブルを選んだみたいね。目立たないと言っても他から見れば壁に向かって話しかけてるようにしか見えないんでしょうけど。
「ん? 逝霊機の事かしら」
 それ、と言いながら指差してきたのはアタシがいつも持っている大鎌。
「あー、セイレイキっていうのかその鎌。ちゃんと名前があるんだな」
「別に重くはないわよ、邪魔なら消せるし」
「へー、何に使うんだ? やっぱりこー、スパッと?」
 ミツルは首を手で切るマネをして見せる。死への怯えをおくびにも出さないところを見るとどこまでアタシの言ったこと信じてるか知らないけど、やっぱり死神については気になるみたいね。
「そんな血なまぐさい事しないわよ。基本的には空間を裂いて移動するか冥府への道を開く道具ね。後は現世の未練を断ち切ったり悪霊化した魂の邪の部分を切り取ったりとか、色々ね」
 人間的に見ればミツルが予想した使い方と思って当然でしょうね。こんなみてくれじゃ物騒な使い方しか思い浮かばないでしょうし。昔はともかく、死神が人間に深く関わらなくなった今じゃほとんどの機能を持ち腐れてるけど。
「随分と多機能なんだな」
「アタシのはかなり旧式だけどね。最近のはもっと小型化が進んで機能も充実してるわ」
 たしかペン型とか拳銃型とか書物型とかあったわね。どれもアタシの趣味じゃないけど。
「機能増えんのか。小型化と言えば、講義中ずっと携帯みたいなのいじってたな?」
「霊携機ね。携帯みたいなのってか、最近のは携帯がモデルだし」
 霊携機をミツルに見せながら説明してやる。コレ前使ってヤツ(ドクロ型)が壊れたから新しいのに換えたのよねぇ。便利だけどまだちょっと使い慣れないわ。上司からのメールもウザイし。
「携帯がモデルっていうと、メールとか見てたのか?」
「そういう機能もあるけどアタシが見てたのはアンタへの対処、死神にも色々決まりがあるから姿を見られると面倒なのよ。まったくとんだ貧乏くじだわ」
「それは俺のせいじゃないだろ......。まぁお前が見えるおかげで色々話せて楽しいけどな」
「アタシは何も楽しくないわよ」
 普通の人間じゃ死神なんて見たくもないでしょうに、変なヤツよね。ん? まさか......。
「一応言っておくけど、アタシと親しくして死因聞きだそうたって無駄だからね」
「へぇ、そんな方法もあるのか」
「だから無駄だって言ってんでしょうが! アタシにはアンタを助けるメリットなんてないしむしろ違反行為で減点くらうんだからね」
 つーか最近仕事してなかったから今減点食らうとマジヤバイ。しばらくサボれなくなるわ。
「じゃぁうっかり口を滑らさないように気をつけないとな」
「アンタが言うな!」
 なんかアタシ今日声張り上げてばっかりじゃない? アタシはもっとクールなはずなのに......。
「っと、そろそろバイトの時間だ、おばちゃん今日も美味かったぜ」
 安物ランチの食器を片付けてミツルが外に、って。
「はぁ!? 今度はバイト!?」
 だから死ぬかも知れないってのに他にやることないの!?

 

「あー、働いた働いたー!」
 昼からバイトを二つまたいでようやく家に帰ってきたミツルはリビングにどっかり座り込む。二回言うだけあって確かによく働いたわね。
「晩飯はどうっすかなー、たしか半額セールで買いだめしたキムチともやしが沢山あったよな」
「アンタあれだけ働いてなんで金ないのよ」
 昼の1時から働き始めて帰ってきたのが夜中の2時だ。夕方1時間ほど間があったとはいえこれだけ働けばもう少しマシな生活できるんじゃないかしら。あの大学もそんなに大きな所には見えなかったし。
「んー、いやまぁ色々なぁ」
「ふーん、大方くだらない事なんでしょうけど」
 あたしの質問に答えを濁す当たり間違いないわね。最近はミツルくらいの男だとくだらない物につぎ込む連中が多いのよね。ああいうのをなんて言ったかしら、オタク?
「それよりよ、晩飯どうするよ?」
「なんでアタシに聞くのよ」
「いやイロハは食いたいもんねぇのかと思って」
「はぁ?」
 変なヤツだとは思ったけどまた変なことを言い出した。アタシが食事を持参しているのはミツルのバイト中に丹糖(タントウ) かじってたのを見てる事からわかってるでしょうに、なんでアタシの食べたいものを聞くのよ。
「イロハが食ってた栄養剤みたいなヤツあんまり美味そうじゃなかったしよ」
「ま、味らしい味はほとんどしないわね......」
 アタシも美味そうに食べたことなんてないし。実を言うとここのところ仕事サボったり目付に死なれなかったりで手持ちが厳しいのよね、とはいえそんなかっこ悪いこと人間には口が裂けても話したくないけど。で、丹糖っていうのは死神用の超安物の食料で、勿論美味しい訳なんてない。
「せっかくだから一緒に食おうと思ってよ。あ、もしかして死神って人間の食いもん食えないか?」
「別に食べれるけど......。アタシと食べるメリットないでしょうが、金に困ってるなら尚更よ」
「自分で作るなら一人も二人も大してかわんないって、一人で食うより二人で食った方がずっと美味いしメリットはあるぞ」
 全く何がしたいのかしら、まさか本気でアタシを取り込んで死因を探ろうとしているとも思えないし。
「そういのはメリットって言わないわよ。言っとくけどアタシは人間の施しなんて受けないわよ」
 でもまぁ、下界の食べ物なんてここ最近食べてないわね。って何ぐらついてんのよアタシ。
「それじゃぁ、間違って多めに作るからイロハも食えばいい」
「それのどこが間違いなんだか......」
「独り言だ独り言、んじゃ手軽なマーボーでいいな」
「もう好きになさい」
 止めても無駄みたいだし、そこまで言うなら食べてやらないでもないわよ。アタシ和食派なんだけどなぁ......。
「さぁーて腕が鳴るぜ! 期待して待ってな!」
「期待なんてしないわよ、苦学生の料理なんてたかが知れてんでしょ」
 冷めた返事を返してやったっていうのに、台所のミツルは相変わらず楽しそうだった。あれだけ働いたっていうのに元気なもんね。
「ところでよー、イロハ」
「今度は何よ」
 しばらくの沈黙の後、料理をしながらミツルが話しかけてくる。アタシもいい加減うんざりしてそれを露骨に見せて返事してやる。
「講義中や飯の時もバイトの時もそうだったけどよ、机に座るなよ、行儀悪いぞ」
「仕事柄こういう癖なのよ」
 今度は何を言うかと思えば、アタシが今も含めて机に座っているのが気になったらしい。ミツルの意見はもっともだけどアタシにはアタシなりの理由があるっての。
「椅子に座ると人間と重なることが多いから気持ち悪いのよ。アンタだって人間にめり込んだアタシを見たくないでしょ」
「それは、見たくねぇな」
 少なくとも机に座ってればそういうことも少ない。別に人間と重なることで不都合がある訳でもないけど心理的にイヤなのよ。
「ま、今はアンタしかいないから机に座る必要も無いわね」
「お?」
 また文句言われても面倒だし、少しぐらい譲歩してやるとして足を崩して床に座り直す。
「ふぅ、何よ......?」
「ん、いやー言ってみるもんだと思ってな」
 床に座って一息つくと不思議そうな顔でミツルが見ていたので睨み付けてやる。どうやらずっと気になってみたいね。
「譲歩してやったっていうのに失礼な感想ね」
「あ、悪い悪い」
「何謝ってんのよ、悪いのは完全にアタシでしょうが」
「......、なるほど」
 アタシってこんなひねくれ者だったかしら。思えば人間とまともに話したことなんてほとんどなかったわね。事故死した人間ってのは大抵パニっくてるかアタシに驚くかだし、それ以外でもアタシに普通に接する状況もなかったし、久しぶりだからどこか戸惑ってんのかしら。イヤね、普通戸惑うのは向こうの方だっていうのになんでアタシが。
「なんか、腹立つ」
「ん?」
 それからしばらくして麻婆とキムチと冷凍のご飯が出てきた。ふーん、中華も結構いけるじゃない。つーか男の癖に料理上手いのねコイツ。

 

「アンタさぁ......」
「オイオイ仕事中に話しかけるなよ、客がいないってもカメラはあるんだぜ?」
 ミツルに憑いてから数日が経って、ずっと様子を見てきたけどコイツは普通の人間だった。結局なんでアタシが見えるのかは解らずじまいだけど数日も一緒にいるとアタシも話すのに慣れてこちらから話しかけることも少なくはなくなった。と言っても、死因やそれに関わるようなことを言うことはない。話すのは大概他愛のない世間話ね。
「何を今更、小声で話せばいいでしょ。大体アンタ往来でもアタシと話す癖によく言うわ」
 今はコンビニのバイト中だったけどカウンターに座ってるアタシと(相変わらず机に座る癖は直らないし直す気もないわ)話すなら顔向きに違和感はないし口元もカメラからは見えないでしょう。
「で、なんだよ?」
「大学生なら友人とつるむとか、恋人ぐらい作りなさいよね」
「ダチとつるむにしてもバイトが忙しいしなぁ。気になる女もいねぇし、なにより恋愛する金も時間も無ぇよ」
「アナタ顔はいいんだから、適当に女ひっかけて本気なったらそのままで飽きたら捨てればいいじゃない」
「お前女の癖に酷いこと言うのな......」
 コイツと数日過ごして気付いたのが、ミツルには親友らしい友人も恋人もいなかった。大学とバイトを繰り返すばかりでただ漠然と暮らしている感じ。相変わらずバイトで稼いでいる金の行方はわからないけど娯楽に使っているようにも見えない。流石に死神じゃなくても心配するわ。ていうか付きまとっている側として見飽きる。
「アタシの見る限り性格も良いし、アンタってモテるんじゃないの?」
「さぁー? モテた試しはないけどなぁ。でも性格良いなんて死神のお墨付きを頂けるとは光栄だねコリャ」
「えぇ、性格の悪いアタシが言うんだから間違いないわ」
 まぁたしかに性格はいいんでしょうけど、最近の女からすればつまらない性格なのかもしれないわね。実際大学とバイトの繰り返しで刺激らしい刺激はないし貧乏だし。でもその辺に転がっている男よりはマシじゃないかしら。
「性格悪い、なぁ。それほどでもないと思うぜ?」
「どうだか、アタシの性格の悪さはアンタが一番よく知ってるでしょうに」
「いや、性格の良い俺が言うんだから間違いない」
「ふっ。よく言うわ」
 会った頃のアタシなら呆れてたと思うけど、最近ではミツルのこういうところをおかしく思うようになってきた。人間の女も見る目がないわよね、こんな男を放置するなんて。ま、近いうちに死ぬかもしれないから手を出さなくてある意味正解なんでしょうけど。
「まっ、どうせ死ぬかもしれないんだから一発くらいやっときなさいよ。どうせ童貞でしょ?」
「お前、言うに事欠いてそんな......」
「か、金を出せぇぇー!!」
「うぉ!?」
 ミツルの言葉が終わる前に、店内に駆け込みながら顔と声を引きつらせた男がカウンターごしに拳銃を突きつけてくる。あぁ、コレは確認するまでもないわね、アレだわ。
「......強盗ね」
「......強盗だな」
「はぁ! はぁ!」
 よほど緊張しているのか強盗の男は今にも拳銃を落としてしまいそうなほどに振るえている。見たところ四十代後半、やつれた顔を見る限りではここ数日ろくに食べてた様子もないわね。いや、やつれてるのはそのせいじゃみたいね。
「は、早く金を出せ!」
「なぁ、俺コイツに撃たれて死ぬのか?」
「さぁ? モデルガンで人が殺せるなら死ぬんじゃない?」
 死神の目には殺傷能力、もしくは殺傷の可能性があるものは特別な色で見えるけど、どう見てもあの拳銃の殺傷能力はほぼ皆無ね。かろうじて鈍器になるくらいかしら。ミツルの死因に関わるなら話すべきじゃないけど、期間内に他の事で死ぬことはまずないから話しても差し支えはないわ。
「あぁ、モデルガンなのかコレ」
「っ!?」
「ていうかアンタも大概冷静ね」
 ミツルのモデルガンという発言に男の顔色が変わる。まぁそうよね、確証がないにしても言い当てられたら焦るわよね。気の弱そうな男だし。ていうかコンビニ強盗するならせめて顔隠しなさいっての。わざわざモデルガンて拳銃なんかより身近な刃物の方が効果的だろうし。
「く、くそっ!」
「あっ、おい!」
 ミツルの冷静っぷりもあってか、モデルガンとバレただけで強盗の男は逃げ出した。元々この男に強盗をできるだけの度胸なんてなかったでしょうしね。ミツルが呼び止めようとしているが別にアタシには関係ない......、訳にもいかないのよねぇ、めんどくさっ。
「ちょっと、待って貰おうかしら」
「ひぃっ!?」
 強盗の逃げ道を塞ぐようにアタシは自動ドアの前に現れる。当然の反応として強盗はいきなり現れたアタシに驚いて尻餅をつく。まぁ見てくれがコレだし普通冷静で居られる訳もないしね。
「なななな、なんだお前!? どこから現れた!?」
「アタシの事はどうでもいいの、それより今はアンタの事......」
「お、おい......イロハ?」
 やっぱり反応はこうでなくっちゃねぇ? むしろ腰を抜かされてる方が追う手間もはぶけて丁度良い。アタシは逝霊機を強盗に構える。ミツルがアタシの次の行動を予測して制止しようとしているけど、それよりも先に。
「ふんっ!」
「うぁ......」
 強盗に逝霊機を振り下ろした。それと同時にを何かが切れた鈍い音。
「イロハっ!?」
 強盗は床に倒れ、動かなくなった。ミツルが勘違いしてるみたいだけど......。
「こ、殺したのか?」
 ほーらねー。
「死んでないわよ、糸を切られて気を失っただけ」
「糸?」
「えぇ、いい加減出てきなさいよ往生際の悪い」
 気を失った強盗はミツルに任せるとして、後はこっちの処理だ。
「んだよー、まさか他に死神がいるとはチョーついてネー」
 誰もいないところに向かって逝霊機を突きつけてやると、闇の中からアタシと似た格好の背の高い男が現れた。言うまでもなく死神ね。
「コイツも、死神?」
「傀儡糸(クグツイト) なんて随分と懐かしい物を使ってるじゃない、とっくの昔に処分されたのをどこで手に入れたんだか」
「懐かしい? ハハーン、お前さては“昇華”もできてない出来損ないの古株チャンか」
 古株......ね。そういうコイツはかなり新しい死神みたいね、眼力でみたところ整理番号の値が高い。
「出来損ないとは言ってくれるじゃない。道具に頼って点数稼ぎするようなヤツに言われたかないわね」
「バレなきゃいいんだよバレなきゃ」
 全く持って口が悪いわね。アタシも人のこと言えないけどこういう喋り方は生理的に腹立つわ。
「この男の死因は知らないけど、大方自殺にでも追い込む気ったんでしょう。古い道具だから他の死神連中や何代目かだか知らない今のエンマは気付かなかったかもしれないけど、大ベテランの眼は誤魔化せないわよ」
 最初に説明したとおり、死神は憑いた相手が死んで魂を持ち帰らないと点数にはならない。そして死神は人間の運命に関わってはいけない。だけど死神の中には“バレないように人間を意図的に死なせて魂を稼ぐ”ろくでもない輩もいる。コイツみたいにね。
「“死神タルモノ人之生ニ関ワル事ナカレ、コレヲ破リシ者重罪トス”死神霊法第二十六番の違反よ。特に殺したとなると罪も相当ね」
「そこまでわかっているなら遠慮の必要はネーよな? 死ね。すぐ死ね。今死ね。」
「へぇ......?」
「あばよ、――んなっ!?」
 やつが拳銃型の逝霊機をこちらに向ける頃には、アタシはすでに準備が整っていた。何もせずぐだぐだ話していたと思うなんて三流ね。その証拠にヤツはもう動けない。
「アンタみたいなろくでなしに会うのは初めてじゃなくてね、結構手慣れてるのよ」
「な、なんだよ!? うごけねーよ、ありえねーよ!?」
「石硬之呪(セッコウノマジナイ) よ、傀儡糸より古い呪だから知らないのも無理ないわ、当然アンタみたいなペーペーにはどうこうできないわよ?」
 やつはもう動けない、せめてモノ情けに喋らせてはあげるわ。その方がより絶望感も増すしね。
「じゃ、そういうことだから後はエンマによろしくね」
「待、待てくれっ! と、取り引きを......!」
「バイバイ」
 何をどう取り引きするつもりかは知らないけど、あいにく聞く耳は持ってないの。アタシは躊躇せずにろくでなしに逝霊機を振ってやった。
「イヤだ! イヤっだっ! 消えたく無っ――」
 そして動けぬまま、裂いた空間の中に男の死神は飲み込まれていった。後はエンマが処理するでしょう、少なくともアタシの関与するところじゃない。
「ふぅ、同業者が迷惑かけたわね」
「今のヤツ、どうなったんだ?」
「アタシの上司のとこに送りつけただけよ。後の事はアタシも知らないわ」
「そ、そうか、最後になんかえらく怯えてたけど」
 あの死神が何人の命を意図的に奪ったかは知らないけど、十中八九存在が消滅するでしょうね。最後の言葉を聞く限りじゃあいつ自身もそれぐらいの罪を重ねた自覚はあるようだし。ミツルには――言わない方がいいわね。ろくでなしとはいえ気持ちの良い話しでもないだろうし。
「さぁね......」
「......ところで、コイツどうするんだ?」
 男の死神が居なくなったところで今度は強盗――いえ、強盗だった男の心配になる。男はまだ気を失っているけど、そろそろ目を覚ます頃のはず。ナンにせよ色々と放置する訳もいかないわね。
「そろそろ目が覚める頃だけど、多分その男には一連の記憶はないわ。監視カメラはアタシが細工して何もなかったことにしてやるからアンタが話を合わせなさい」
「お、俺がやんのか」
「話しやすいように人払いの結界はまだ張っとくから客は来ないわ。時間かけてもいいから誤魔化しなさい」
「けっかい......? よくわからんがどうりで客がこねぇと思った......」
 納得したかはわからないけど、アタシは男をミツルに押しつけて姿を消す。といってもミツルには見えてるけどね。
「全く、後始末も面倒だし力を使って疲れたし。最近ろくな事がないわ」
 愚痴をこぼしながらアタシはカメラの細工に取りかかる。後ろでミツルと男が何か話しているが、今はどうでもいい。

 

「なんつーか、アンタも心底お人好しよね」
「ははは」
 例の事件から二日目。あの男は無職で死因は自殺だったらしく、まぁ自殺の理由は大体予想できるわね......。で、仕事がないこととアタシが思わず「死因が自殺」なんて口を滑らせたものだからミツルのヤツ......。
「大事なバイトを譲るとかどうかしてるわ......」
「俺はまだ若いから、いくらでも雇い手は見つかるしよ、まだ他にバイトもあるしさ」
 店長に頭を下げてあの男を雇って貰う代わりに自分がバイトを抜けたのよ。何なの一体?
「店長もいい人だし、バイトでも仕事が見つかったなら少なくとも自殺はしないだろ?」
「どうだかね。アンタへの感謝っぷりを見ると大丈夫そうではあるけど、それよかアタシはアンタが心配だわ......」
 で、今は新しいバイトを探し中。たしかにミツルの性格なら次のバイトにも困らないかもしれないけど、さぁ......。
「それによ、せっかくイロハが助けた命なんだから生きてて欲しいだろ」
 んなっ!?
「別にあの男を助けた訳じゃないわよ! アタシはあぁいう死神が気にくわないだけで! 大体アンタが関わったからギリセーフだったけど下手したらあの男の死因を回避させてアタシも減点処分だったのよ!?」
 何故からしくもなく気が動転している......。
「あ、そうなのか。でもあの違反者をしょっぴいて点数だかなんか貰えたんじゃないのか?」
「ジョーダン! 『ヨクヤッタ アンタハ エライ (* ̄▽ ̄*)b"』ってふざけた文面のメールが来ただけでアタシにはなんのメリットもないんだかんね!」
 ミツルに携霊機の画面を押しつけながら思わずキレる。ていうかメールが来た時にもキレた。
「なるほど、たしかにこの文面はふざけてるな......」
「違反者捕まえても元々点数もボーナスも出ないって知ってるけど、ふざけんなぁぁつのっ!!」
 携霊機の文面をエンマだと思って思いっきり床に叩きつけてやる。また携霊機が壊れる? 知るかそんなもん保証期間内だから落として壊れたっていいきってやるわ! あぁーくそっ、もし出世したらどうしてくれようあの上司!
「荒れてんなぁ......」
 死神の仕事は基本目付の魂を回収するだけ、それ以外は点数にならない。違反者しょっぴいても“質の悪いライバルが減った”程度のメリットしかない。だから見て見ぬふりする死神も少なからずいる。アタシはそれができなくていつも自分の意思で面倒事に関わるけど、それにしたってもっと他に言うことあるんじゃない!?
「つーかアンタも早く死になさいよ! いい加減点数稼がなきゃホントに減点されかねないのよ!」
「俺としては当分死ぬ予定ないんだけどなぁ......、何で死ぬかわかんねぇし」
 まぁ、それもそうよね。死ねとは言っても死ぬように仕向けるような事はできないし、したらあの死神とアタシも同類だ。かといって他に八つ当たりする相手なんていないから八つ当たりする。理由は正当で理にかなってる。オーケー?
「あーもー! どうしてくれるようこの憤りっ!」
「まぁまぁ飯でも食って落ち着こうぜ、な?」
「和食! 魚! 焼酎!」
「わぁったわぁった......」
 いつのまにかコイツと飯を食うのも当たり前になってしまい、気が立ってるせいで自分から注文までしたりする。いいでしょ別に、良いことしたんだから少しぐらい我が儘言っても!

 

「舟渡(フナワタシ)、いるんでしょ?」
 ミルツに憑いてから数週間経って、アタシで調べられることは調べた。が、結局例の件はわからず、仕方がないのでミツルが寝たのを見計らって下界から冥界へ上がってきた。
「これはこれは百番台の姐さんじゃないですかい」
 殺風景な川の畔に、目当ての男はいた。櫂(カイ)を持った田舎臭い和装に田舎臭い顔の三十路程度の男。この三途の川の渡し守。私たち死神と同じように名前なんてなく、多くの連中は「舟渡」って適当に呼んでるわ。
「聞きましたぜ姐さん、また違反者とっちめたらしいじゃねぇっすか、お手柄ですぜ」
「相変わらず耳が早いこと。その手柄で点数貰えたら言うこと無いんだけどね」
「まぁそう言いなさんなって」
 別にこいつに愚痴っても仕方がないんだけどさ。
「まぁいいわ。今日はそんな話しをしにきたんじゃないから」
「へぇ、なんすか?」
「“死神の姿が見える人間”について、アンタなら何か知ってるんでしょ?」
 コイツはアタシよりも少し生まれは遅いけど噂に関しては何倍も上手だ。元々この話だってコイツから聞いたものだし。
「そういう話はしょうづかの姐さんの方が詳しいですぜ?」
「奪依婆(ダツエバア) は今のエンマの嫁でしょうが、エンマに知られたら面倒なのよ」
「へぇ、しかしいくら百番台の姐さんといえど、あっしに訪ねるなら出すモンがあるんじゃねぇっすか?」
「たくっ」
 わかっちゃいたけどやっぱりコイツはこういう男か。癪だけどフナワタシの足下に巾着を投げつけてやる。
「ひの、ふの、みの、よの、......へぇ、たしかに六文ありやす。してどういったご用件で?」
「だから“死神の姿が見える人間”についてって言ってんでしょ!」
「へぇへぇ、いやはや珍しいこともあるもんでございやすねぇ」
 面倒になって怒鳴るとようやく話し始める。
「......? どういう意味よ」
「いやね、その男が見える死神は恐らく姐さんだけですぜ」
「は?」
 たしかにこないだのろくでなしの死神は本人が姿現すまでアイツにも見えてなかったみたいだけど......。死神同士でも意識しないとお互いを確認できないから別に見えて無くても不思議はないんじゃないかしら。
「死神が見えるってぇと、そいつあ過去に生きてるうちに姐さんを見たことがある証拠でさぁ。一度でも死神の側が心を許して姿を見せると後にも見られちまうんでさぁ」
「あのねぇ、アタシあんな男とは初対面なんだけど? 大体心を許して姿を見せた事なんてほとんどないし」
 あんな変な名前なんだから、忘れる訳ないでしょうに。大体ここ数十年で心許したヤツなんていないわ。
「一度っつても現世に限らず前世とか色々ありまっさぁ。袖触れ合うもってね。少なくとも過去に心許したヤツがいるなら恐らくそれですぜ」
「要するにアタシの自業自得って事ね。わかったわ、ありがとう」
 理屈はわかんないけど原因はわかったわ。ま、対処法は結局無いみたいだけどなんとかなるでしょ......。私は軽く会釈するとさっさとフナワタシに別れを告げた。基本的に死神は目付の側を離れちゃいけないから、あまり長居もできないからね。
「それと姐さん、こいつは顔見知りとしての忠告ですが......」
「......なによ?」
 普段は六文くれてやらないと世間話もしないフナワタシが珍しくアタシを呼び止めた。珍しいと言ってもアタシからはどうせ話すこともないから首も振り向かず返事する。
「その男を助けようなんてくれぐれも思わねぇように、二度も同じ魂を助けたらより罪は重いですぜ」
「そんなつもりはさらさらないわよ」
 大体、心を許して姿を見せたからと言って命を助けたとも限らないし。
「どうですかねぇ、姐さんこないだもワラベの生死に関わって減点されたでないですかい?」
 ......そんなこともあったわね。話した覚えはないけど相変わらず耳が良いこと。
「姐さん、これ以上死神としての自覚を失ったら、ホントに」
 一旦間を置くフナワタシ。それはとても短い物だったけど、アタシには次の言葉を予想するには十分な時間だ。
「消えちまいますぜ......」
「何年死神やってると思うのよ、そんなヘマはしないわ」
「何年もやってるから尚のこと心配なんでさぁ」
「あっそ......」
 胃がムカムカしてきたのでアタシはそれ以上続けず、さっさと下界に舞い戻った。フナワタシの言ってることは全て正しい......、そしてアタシはそれを認めたくはなった。

 

「ふわぁ......、お前昨日の晩どこ行ってたんだ?」
 翌日、ミツルはたまの休みに何処に行くのか電車に揺られながら遠出していた。
「別に、ちょっとした野暮用よ。ていうかアンタ起きてたの?」
「夜中に目が覚めたらいなかったからよ。ちょっと心配したぞ?」
「アンタ馬鹿? 死神がいなくなったら勘違いでも喜びなさいよ」
 要するに死因が過ぎ去ったって事なんだから。心配する理由もないでしょうに。
「別にイロハのせいで俺が死ぬ訳じゃないんだろ?」
「アタシはアンタの生死を見届けるのが仕事なだけだしね」
 少なくとも見捨てることには変わりないんだけどね。
「だから俺がイロハを嫌う理由なんてないだろ? むしろ好きだしな」
「あっそ――って」
 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや......。
「なななななな、なぁ!?」
「ぉう!?」
「ナニ真顔で言ってんのよ!? ちょっ、あ?」
「いや、別に他意はないんだが......」
「言っとくけどねぇそんなこと言っても、助けてやらないわよ! そんな手には乗らないからね!」
「とりあえず落ち着け。俺が悪かった、マジ悪かった」
「別に落ち着いてるわよ!」
 全く、コイツほんとに、ほんとに。なんだろ......、まぁなんでもいいわ。どうかしてる。
「まぁ、だからいきなり居なくなるなよ? なんつーか、寂しいだろ......」
「......」
 いつも底抜けに明るいミツルが、初めて暗い顔を見せた気がする。寂しいって死神に向かって言う言葉じゃないわね。アタシも思わず高ぶっていた気が落ち着いていく。
「その心配はないわ。アンタが生き延びたとしてアタシが仕事を終える時は、死神に関する記憶は全て消えるから」
 それが死神の運命、結局人間に関わっても仕事を終えれば忘れられる、命を助けても覚えて貰えない。死神が人間と深く関わり続ける事は、多分この先も一生無い......。そう、いつだって、アタシは独りなんだ。人間に関わっても、すぐに忘れさられる。いつまで経っても独りなんだ。
「それは、より寂しいな......」
「何言ってんのよ、隣で死ぬの待ってるヤツと仲良くするのがおかしいっての」
 寂しいなんて、人間に言われたくない......。
「お前は、イロハは寂しくないのか?」
「生まれた時から死神だからわからないわね。人間から死神になった連中にとっては寂しいんでしょうけど」
 嘘だった。少なからず寂しいと思ったことは何度かある......。でもコイツに弱音を吐くのもかっこ悪いし、話してどうにかなるわけでもない。
「そうか......」
 強がってみたけど、勘づかれたかしら。なわけないわね。
「ところで、人間でも死神になれるんだな?」
「ん......」
 そういえば失言だったかしら。話しても、いいのかしら? ま、この暗い雰囲気かえるには話題を変えるに限るし、別に構わない内容か。
「アタシみたいに元々の死神が減ってきたから一般に募集するようになったのよ。誰でもなれるってわけじゃなくて、自殺以外で死んだ悪人以外が条件。更に試験に合格しないといけないわね」
「一般に募集って、人間が死神になることでメリットでもあんのか?」
「元人間なら点数を規定数まで貯めれば“容姿・才能・出生・寿命をいくらか望んだ形で持って転生する”権利が得られるのよ。だからこないだの死神、ああいう元人間の死神は点数稼ぎに躍起になるのよ」
「それは、すげぇな......」
 人間の考える事なんて単純で、この報酬を餌に釣られて今じゃ死神の人手不足なんて過去の話。多すぎるくらいで魂回収の競争率が上がる始末だわ。ま、選べる度合いは回収した魂の量にもよるんだけどね。
「でも、死神になることでリスクもあるのよ。就任から点数はいくらか持ってるんだけど、もし違反や長期魂未納で減点されて点数が無くなった場合......」
「場合?」
「死神としての存在意義を失い、消滅するわ。そして二度と輪廻の中に加わることはできない......」
「......」
 輪廻の輪から存在が消える、その意味をミツルでも少なからず理解したようね......。実際、情に流されて人間を助けたり、こないだの死神のように違反をして消滅する死神は少なくもない。
「じゃぁイロハみたいに元死神は点数集めたらどうするんだ? やっぱり出世するのか?」
「出世もあるけど、アタシはもう一つの......、人間になりたい」
「人間になれるのか!?」
「あっ!?」
 ちょ、アタシ何を言って......。そんなことミツルに話してどうにかなる訳でもないしなにより......。
 もう隠すだけ無駄か、こないだの死神の言葉もあるし、ミツルもどうせ勘づくわよね。
「“昇華”って言ってね、輪廻の中に加われるのよ。聞いたでしょ、「“昇華”もできてない出来損ないの古株死神」って。まさにその通りよ」
 大ベテランを気取ってはいるけど、それは単にアタシに死神としての才能も自覚もないから長く続けるハメになってるだけ。
「アタシと一緒に生まれた他の死神はみんな出世するか輪廻に加わって、アタシは人間にもなれずぐだぐだ死神を続けてるの」
 そして付いたあだ名が舟渡が呼ぶような“百番台”。生まれが早いために低すぎるアタシの番号の値だ。
「何か、いいなさいよ......」
「......」
 初めて吐いたアタシらしくない弱音に、ミツルは何も言ってくれなかった。気の利いた言葉が思い浮かばなかったのか、心の底で笑っていたのか、死神なんかに同情する感情を持ち合わせていないのか。なんて、ミツルに限って後の二つは無いか。
「なんで、こうなっちゃったのかな......」
 昔は違った、死神として生まれたばかりの頃はもっと淡々と仕事をこなしていた。それこそ人間の魂を点数としか思っていなかった。人間になりたいともほとんど思わなかったし出世するつもりでいた。
 いつからだろう、アタシが人間に関わるようになったのは。
 いつからだろう、アタシが人間になりたいと願うようになったのは。
 いつからだろう、仕事を終える度に、どうしようもない寂しさを感じるようになったのは......。
 結局アタシとミツルは電車の中でそれ以降口も開かず、目的地まで沈黙を続けた。まったく、なんでこんな話しになったのやら、ミツルの馬鹿......。

 

「おぉー、ミツルじゃないかい。久しぶりだねぇ」
「久しぶり先生。コレ少し早いけど今月の分」
「ここは......」
 殺風景な、コレと言った目立った物のない町を抜けて付いた場所は古びた小さな施設だった。遊びに行くような荷物や様子じゃなかったとは思ったけど、まさかこんな......。
「俺の育った場所だよ」
「そう、アナタ孤児だったの......」
 ミツルは先生という初老の女性にバイトで稼いだ給料を渡して、小声でアタシに言った。施設の中にはいくらか子供達がいて、顔はみんな似ていない。どう見ても孤児院よね。
「いつもありがとうねぇ。でもミツルや、アンタ生活は大丈夫なのかい?」
「俺ほどの元気があればもうバッチリ稼ぎまくってるから余裕余裕!」
「アタシが来る前までセールスのもやしで食いつないでた癖に」
 ミツルの言う先生にアタシの声は聞こえないでしょうけど、ミツルに「余計なお世話」という眼で返された。あれだけ働いて貧乏暮らしでその金がどこに使われてると思ったら、そういうことか。
「あ、そうそう。俺の生命保険の受取人は先生で間違いないっすよね」
「えぇ、そうだけど?」
「いえ、それだけっす」
 ふーん、一応死ぬかも知れないって自覚はちゃんとあるのね。
「せっかくきたんだから、子供達にも顔見せていって頂戴ね」
「勿論、そのつもりで」
 それからミツルは子供達一人一人に、時に全員一緒に話し、遊びに付き合っていた。最期になるかもしれない対面に水を差すのも気が引けたのでアタシは遠目からそれを見つめる。それに、少し考えたいこともあったし。
「過去に心を許したヤツねぇ」
 フナワタシの言葉を呟く。気にくわない性格だが六文払った以上は嘘を言うはずもないし確かな情報のはず。つまりミツルはアタシが過去に、少なくともアイツの前世でアタシが心を許したヤツというわけだ。でもアタシが心を許したヤツなんて......。
「思い出した......」
 遠目からミツルを見ていたら、それをハッキリと思い出した。そう、忘れられるはずがないのに、忘れようといつのまにか心のどこかにしまっていた、あの寂しい思い出。
 アタシが初めて人間に恋をして、アタシが死神として落ちぶれるきっかけになったあの時を......。
「ケンタロウ......」

 

 それは、アタシがまだまっとうな死神だった頃の事。もう数百年以上前かしら。アタシは人間の男に恋をした。
 名は、健太郎。どこにでもいる普通の漁師の息子で、どこにでもいるような性格だった。
 なんで惹かれたのか、よく覚えていない。側にいるうちにアイツの明るさに惹かれたのだと思う。初めての気持ちだったから、ただ漠然と好きな気持ちを抱いているだけだったし......。少なくともアタシはケンタロウほど心からよく笑う男は見たこと無かった。
 ケンタロウの死因は嵐の日による漁で、嵐が来る日に漁に出なければ簡単に回避できる死因だった。逆に言えばその日漁に出れば確実に死んだ。そして天気予報なんてないご時世に嵐の日を知る術なんてほとんどなく、ケンタロウの死は確実だった。
「そしてアタシはケンタロウの前に現れた」
 ケンタロウが死のうが生きまいが、仕事を終えれば別れる事実は変わらない。だから、その前に少しでも一緒にいたかった。なにより、ケンタロウにアタシの事を見て欲しかった、触れて欲しかった......。命を救ってあげれば、少しぐらいアタシの事を好きになってくれるかもしれない。例えそれが、嵐が過ぎて仕事を終える日に、アタシの事を忘れるとしても......。
「ケンタロウは助かった」
 そして、アタシと過ごした日々の記憶も忘れた。代わりにアタシは人間の死を回避させたとして、違反行為で初めての減点を貰った。
「それから先は酷いものだったわね」
 ケンタロウと別れて、ケンタロウはアタシの事を忘れて。そのどうしようもない寂しさからアタシは死神の仕事をしばらく続けられず、ようやく立ち直った頃には人間に情を持つようになって今まで通りの死神の仕事なんてできなかった。お陰様で点数も多くは稼げず減点も重ねて、人間になれず死神を続けるハメになる。我ながらとんだ出来損ないだわ。
 もしケンタロウが死んでれば、転生するまでアタシの事を覚えててくれたでしょうね。でも、そしたらきっとアタシのことを好きになんてなってくれはしなかった。結局、アタシが死神である以上は人間と恋をすることなんて敵わなかった。
「恩を仇で返すなんて、酷い男ね......」
 せっかく忘れていたのに、思い出したらまた辛くなるじゃない。アンタがアタシの事見えるせいで、またアタシだけ寂しい思いをするじゃない......。
 ミツルとの生活は、正直楽しい。そう思わないよう心がけてたけど。やっぱり人間くさくなってしまったアタシの気持ちに嘘はつけない。そして楽しさを感じた時点で、別れの寂しさも避けられなくなった。
「ミツル...」
 それどころか、この気持ちだ......。
「今度は助ける必要、無いわよね」
 でも、今度は前と違う。もしミツルがこのまま死ねば、アタシの事を忘れないでいてくれる。アタシだけ寂しい思いをしなくてもすむ。ミツルが生きてればアタシの事を忘れてしまうけど......、アタシにミツルが死ぬように仕向けるなんてできない。
「......」
 ミツルが死なないとアタシの事を覚えててくれない。そしてそれは確実じゃない。だけど意図的に殺すなんてできない。
 それに、できればミツルを助けてあげたい、けどそしたら確実にアタシの事を忘れる......。
「アタシに、どうしろって言うのよ......」
 もう、訳が分からなくて膝を抱えてうずくまり、考えることすら否定した......。

 

「それじゃぁ先生、また」
「はい、またね~」
 ミツルは先生や子供達に別れを告げて孤児院を後にした。死なない自信でもあるのか心配をかけたくないのか、本当に普通のお別れだった。
「今日はもう帰るの?」
「そうだな、特に用事もないけどせっかくの遠出だしなー。イロハはどこか行きたいとこあるか?」
「なんでアタシに聞くのよ」
 相変わらずコイツの考えてることはよくわからない。
「いつも俺に憑いてばっかりだからよ、どこか行きたいところはねぇかと思って」
「行きたいところねぇ」
 急に聞かれても元より普段から行きたいところなんて考えないし、あれば仕事サボって一人で行くし......。でもミツルと行きたいところとなると......。ってなんでそこでミツルが前提に出てくるのよ。
「海......」
「海?」
 半分無意識にふと口からこぼれたのは、さっきまでケンタロウの事を考えていたせいなのか、私の思い出の場所だった。
「なによその顔は、アタシのくせにロマンチックだとか言いたいわけ」
 言ってから恥ずかしくなってついミツルに当たってしまった。たしかに、今の今まで女らしさのカケラも見せた覚えはないから実際思われてて仕方ないけどさ。
「いやそうじゃなくて、俺もイロハが行きたいところないなら海に行こうかと思ってたからよ」
「あぁそう、じゃぁ私はアンタの悪い電波に当てられたのかしら」
 なんて我ながらひねくれた台詞だと思う。でも気分の落ちた今じゃこれぐらい露骨な態度でないとそれをごまかしきれる自信も無い。
「以心伝心ってな」
「むしろ同床異夢」
「まいったね、コリャ」
 アタシの気持ちなんて、ミツルが知る訳ない。だから出来る限り普段通りを装う。
「とにかく、明日にも台風が来そうだしな。今日中に帰らねぇと」
「......」
 そうか、もう台風が......。と言うことは明日にはお別れなのね。なによ、悩む暇すらほとんどないじゃない......。
「どうした?」
「ううん、なんでも」
 それに気が付くとまた思いが込み上げてきて、頭が混乱しそうになる。そんなアタシの様子にミツルは不思議そうに思いながらも追求することもなく、次の目的地へと電車に乗った。ダメね、こんなんじゃ明日が死因ってバレるじゃない。アタシはどこまで死神として失格なんだか......。

 

 電車に乗りバスに乗り、そう遠くない距離に海はあった。
「おー。夕日が綺麗だなー」
 普段なら海から見ようが山から見ようがどうとも思わない夕日が、ミツルの言うとおり今日は一段と綺麗に見えた。
「嵐の前の静けさってヤツかしら」
「それじゃ台風に感謝しねぇとな」
「そうね......」
 その台風で死ぬかも知れないヤツが感謝するなんて、なんだか滑稽よね。ミツルはそれを知らないから、仕方ないんだけどさ。
「夕日が綺麗なのもそうなんだけどよ、なんだろうな。懐かしい感じがするんだよな」
「そうね」
 人生において夕日を見ることなんて別に珍しいことでもない。ミツルがどういう意味で言ったかはわからないけど、アタシはケンタロウと一緒に見た夕日をお思い出してつい相づちを打ってしまう。
「......、だよな」
「え?」
 無意識に出ていた相づちを、ミツルがその意味をわかっているように同意した。
「電車の中でよ、他意は無いって言ったけど、あれやっぱり嘘にしてくれ」
 ミツルが、夕日を背負って振り向く。かっこよく。
「俺、イロハの事が好きだ」
 スローモーションのように見えた。だけどハッキリと、アタシに言った。幻のように見えた、だけどハッキリと、そう聞こえた。
「......」
 ......。
「なんていうか......。初めてお前を見たときからなんだけどよ、一目惚れじゃなくて、懐かしいような......」
「......」
「ずっと昔から、好きだったような。違うな、俺は絶対、イロハの事が好きだ。ここに来てわかった」
「そう」
 ミツルの長い告白に対して出た言葉は、我ながら恐ろしいくらい素っ気なく、無愛想で、素直じゃない一言だった。
「そう、って、お前なぁ......」
 一世一代の覚悟の腰を折られたようなミツルの様子が少しおかしかった。不思議と電車の中と違って今の私は落ち着いている。頭の中でゴチャゴチャ悩んでいたことなんて全部、ミツルが洗い流してしまったかのように、酷くすっきりした気分だ。
「私も、アンタの事嫌いじゃないわよ」
 ミツルを追い抜いて、今度はアタシが夕日に近づく。
「オイオイ、譲歩したみたいな言い方だな」
「人間のくせにこのアタシを口説こうなんて百年早いのよ」
 むしろ数百年以上遅いっての。
「ねぇミツル、取り引きしない?」
 結局、私に悩む余地なんてなかった。ケンタロウに──そしてミツルに恋をしたときから、選択肢なんてなかったのかも知れない。
「取り引き? 死神の取り引きって言ったらアレだよな。願いを一つ叶えてやる代わりに魂よこせってヤツ」
「それじゃ悪魔じゃない、その逆よ」
 ある意味、予想通りの反応だった。むしろ、アタシの台詞もミツルの反応も、あのときと同じだった。
「逆というと」
「命を助けてやるから、アタシの願いを一つ聞きなさい」
 死神の癖に、滑稽だ。でももう、どうでもいい。やけになったんじゃない。ただ、もう疲れただけ......。
「その願いってのは?」
「アタシの、恋人になりなさい」
 今度は、アタシが夕日を背負って言ってやった。振り向きながら、かっこつけて。
「それは、喜んで」
 だけどやっぱり、真っ直ぐに夕日を浴びたミツルの笑顔には勝てなかった気がした。

 

「一日だけの恋人になったっていうのに、デートもできねぇとはなぁ......」
「別にいいわよ。ミツルと一緒ならどこでも一緒だから」
 ミツルにもたれながらアタシは答える。台風の日というのはもちろんのこと、この台風が死因と知って外に出るほどミツルは馬鹿じゃない。そもそもアタシがそんなの許さない。どうせ昨日まで四六時中どこに行くにも一緒だったのだから、家の中の方がかえって新鮮よね。
「お前、可愛い事言うようになったな」
「へぇ、前のアタシは可愛くなかったみたいね」
「いや、決してそういう意味じゃなくてだな」
「冗談よ」
 本当に、アタシはこうしてるだけでいい。ミツルに触れられるだけでいい。
 今日が過ぎれば、ミツルはまたアタシの事は忘れ、アタシは同じ魂を二度救ったとしてより重い減点処分を受ける。長期未収納の事もあるし、それで消えたりはしないだろうけど、どのみちアタシはこの先死神の仕事なんて手に付かず、消えてしまうだろう......。
「人間が羨ましいわね......」
「人間になればいいだろ」
「簡単に言うのね」
「......悪い」
「ほんとにね......」
 アンタがいなけりゃ、アタシはとっくに昔に出世したか人間になってたでしょうに。アンタに惚れたばっかりにこのザマよ。本当に悪い男よね。
「ねぇ、今度はアタシの事忘れないでよね」
「忘れねぇよ」
「嘘つき......」
 ううん、本当は嘘つきなんかじゃない、あの別れの瞬間から、私のことをどこかで覚えていてくれた、思い出したのは私の方......。忘れようとしてたのは私の方...。
「ありがとう......」
「イロハ?」
 ミツルの腕に頭を抱かれて、アタシは少しづつ意識を手放していく......。二人の時間は長くは無いのに寝るのは勿体ないけど、愛しい人に抱かれて寝てみたい、そう、ほんの少し......ほんの少しだけ......。
「......」
「イロハ?」
ほんの少し......。

 

 ガタガタガタガタ......と、耳障りな音が聞こえる。
「ん......ん......?」
 風で玄関のドアが悲鳴を上げているらしい。その音に起こされて虚ろな瞳で見てみるとドアが開いてガタガタ震え、玄関がビショ濡れ。
「ミツ......ル......?」
 どうしてミツルはドアを閉めないんだろう、アタシと一緒に寝ちゃったのかしら。そう思って周りを見てみると、ミツルに抱かれて寝ていたはずのアタシはベッドで寝ていて、ミツルの姿が見あたらない。
「ミツル?」
 死因はもう話したし外に出るなと釘も刺しておいたはず。まさか外に出る訳もないし。だけどアタシの呼びかけに返事はない。寝てしまう前までに記憶を辿ってみる。
「まさか」
 辿ってみて、最悪の言葉を思い出した......。
『忘れねぇよ』
「ミツルっ!?」
 飛び上がって携霊機の画面を確認する、そこに表示されたミツルの座標は。
「工事現場......」
 嫌な予感が、的中した......。
「どう......して......」
 アタシの絶望感を煽るように、救急車のサイレンが無機質に鳴り響く。暴風と豪雨にかき消されないように、一つの絶望を運んでいく......。

 


「あーぁ、やっぱり死神なんて仕事向かないわねぇ」
 下界で久しぶりの一仕事をようやく終えて開放感を満喫する。見てるだけっていうのも、やっぱり辛いわね。
「ふぅ......」
 あれから半年、アタシはまだ消えていない。今し方魂を送ったんだから、これで当分サボっても平気でしょう。
「人間になるのは、まだまだ先になりそうね......」
 半年前の違反のせいで、だいぶ減点を食らってしまった。これでまた道のりが遠のいた訳だけど、点数はまた貯めればいい。
「先は長いなぁ」
 結局アタシは、人間になることを諦めずにいる。消えるのなんて尚更ごめんだわ。
「まぁ、こんな生活も悪くないかもしれないわね」
 だって、もう......。
「いよっ!」
「ん?」
 ふと、誰かがアタシの肩を叩く。人間がアタシに触れられる訳ないから、誰かはわかりきってるんだけどね。
「遅いじゃない」
 振り向いた先には、アタシと同じ格好をした懐かしい人がいた。思わず零れた第一声が照れ隠しの悪態って、我ながら素直じゃない。
「ひでぇな、これでも試験一発合格なんだぜ?」
「アタシが推薦したんだからそうでなけりゃいい面汚しだわ」
「実技研修の目付が三連続でハズレるもんだから時間かかっちまってよー」
「見る目無いわね、アタシにかかればどいつが死にそうかなんて一発よ」
「流石は大先輩様だ、伊達に長いことやってないねコリャ」
「アンタ、喧嘩売ってる?」
「滅相もない! そういやよ、来年から”死神霊法”が変わって違反者の取り締まりでも点数が貰えるらしいぜ」
「知ってるわよ。それぐらいしないと手が回らないくらいろくでなしの死神が増えたってことなんだから、世も末ね」
「素直に喜ぼうぜー......」
 実際、その話を聞いた時には飛び上がりそうになるくらい嬉しかったけど、これからの“連れ添い”にはしゃいでる姿なんて恥ずかしくて見せられないわ。
「なぁ、イロハ」
「なによ、ミツル」
 今更になって、“ミツル”が真面目になる。
「これでもう、寂しくないよな」
「......」
 もう、人間にならなくても......。
「うん......、ありがとう」
 寂しくは、ないのだから。
シェア
次の話 →
天使のおしごと
死神たちのおしごと作者:万能ねぎトロ
目次を見る
✍️
まだ感想がありません
あなたの一言が、作者の次の一話につながります。
最初の感想を書いてみませんか?
コメント0
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム死神たちのおしごと死神のおしごと
目次次の話 →

死神のおしごと

やる気のない死神と死神を見られる男の物語
「あーぁ、最近疲れるわぁ......」
 黒いベッドの上に寝そべって女は憂鬱そうに呟く。
 女は幼さの残る顔に不釣り合いな漆黒のドレスに、ドクロを模した面を髪飾り代わりに濡烏の髪に乗せたという、異様な容姿をしていたが。その禍々しい服装とは裏腹に気の抜けた口調でだらしなくベッドに寝そべっていた。
「んー......?」
 ふと、床に投げ捨ててあった携帯から着信音が鳴り響く。女は多少不機嫌そうに音の行方を探る。なんといっても床の上は彼女の衣服やゴミやその他私物が散乱しており、あまりの散乱っぷりにどれがゴミでどれが日用品かもわからない始末。その中から携帯の音だけが聞こえるのだ。
「えーと......」
 最後に使った時の記憶を辿ってみるが、女はすぐに諦める。思い出すより探す方が早い。
「この辺かな」
 衣類をベッドの上へ、ゴミや雑貨は適当に放り投げながら音を頼りに携帯を発掘する。彼女も伊達にこんな状態で暮らしてないだけあり、長年の生活で培った勘も大した物だった。むしろ片付ける方に慣れるべきであろうが、彼女にそんな発想はない。
『コラ ヒャクバンダイ イイカゲン ハタラケ アタラシイ リスト ヲ オクル』
 発掘した携帯の画面を覗くとそう書いていた。
「はー、もう仕事の時期かぁー、もうしばらくサボっろかなぁ......」
 大体予想していた道理の内容で、女はため息を零しながらいい加減なことを言い始める。と。
『サボッタラ ゲンテン ショブン 凸( ̄ヘ ̄)』
「......」
 計ったようなタイミングでご丁寧に顔文字付きで忠告してきた。
「けーっ!」
 メールに悪態をついて女はしぶしぶ立ち上がるとベッドの側に立て掛けてある棒を手に取る。いや、棒ではない、部屋の雑類に埋もれて見えなかったが、彼女が手にしたのは広く大きい刃のついた、大鎌であった。
「働きゃいいんでしょ働きゃ!」
 女は文句を言いながら鎌をくるりと回転させ、自分の前に振り下ろす。と、振り下ろされた部分の空間が裂けて彼女を飲み込んでいく。
 こうして彼女の仕事は始まる。彼女の職業は――死神。


 ─死神のおしごと


「あー、朝日が眩しいー、嫌な天気ねー......」
 下界に下りた途端、アタシを太陽の光が包み込む。雨か曇りならもう少しモチベーションも上がったっていうのになんでよりにもよって晴天? 気分が悪いったらありゃしないわ。なに、普通は逆? アタシは死神なの、誰が好きこのんであんな三色ビーム浴びたいなんて思のよ。眩しすぎてうざいのよ。
「あぁもぅ、さっさと目付(メツケ)決めて日陰に入ろ!」
 人使いの荒い冷徹上司(エンマ)に貰ったリストを携帯型霊携機(レイケイキ)で開いて適当に目付を決める。ここから一番近いのでいいわね。あ、目付ってのは近いうちに事故死しそうなヤツを選んで付きまとう事ね。
 死神の主な仕事はこの目付が死んだら冥府へ導く、ってか送り飛ばすのが仕事。なんで付きまとうかというと、誰がいつ死ぬかなんてのはカミサマでもわかんないから、死にそうなヤツに死神が憑いて回らなきゃ魂をちゃんと回収できないからよ。死んでから回収に向かったんじゃ自縛霊だのになったりして回収に一手間かかるのよねー。
 ちなみに寿命で死ぬ場合は天使の連中が魂を回収するのよ。寿命に前後があれど確実に死ぬんだから死神と違って楽な仕事よねぇ。
「タマガワハラ・ミツル......、コイツでいいか」
 リストの中から適当な目付を選んでさっさと目付登録する。登録してないと他の死神とかぶっていらぬもめ事になるからだ。なんといっても死神の仕事は歩合制。魂を送った数だけ点数が貯まるのでとにかく確実に死にそうなヤツを選ばないといけない。勿論目付の相手がいつまで経っても死ななかったら点数は入らないし時間の無駄。できるだけ短期で確実に死にそうな目付の争奪が激しい。死因が複数あるヤツや、工事関係者やらヤーさんだのとか真っ先に登録される。それと自殺も事故死に含まれるわ、人間の心の変化も予想できないって訳ね。
 確率で言えば、そうね、人間界の天気予報くらいの確率じゃないかしら? カミサマだかエンマだか誰の予測か知らないけど、正直もうちょっと的中率上げなさいっての。
「人間からすれば、死神の人気者になんてなりたかないでしょうけどねー」
 アタシはというと、そんな争奪戦に参加するほどの気力も熱意もないのでいつも適当に選んでいる。お陰様で前回も三ヶ月憑いて回って結局死なれなかったので諦めた。まぁ後の一ヶ月ちょいはサボリの口実なんだけどね。
「玉川原・満 男 二十一才大学生 通学途中ノ道ニ工事現場アリ、台風ノ日、該当地デノ落下物ニヨリ死亡 推定一週間~一月」
 他の死神なら確認してから登録するんだろうけど、アタシは登録してから目付た相手の個人情報と死因を確認する。写真を見ると整った顔立ちのそれなりにいい男に見える。つーか一週間から一月? また振れ幅でかいわねぇ......。人間でも台風の予測くらいまともにするのに相変わらず酷い予測だこと。
「ふーん、台風で工事現場の落下物......ねぇ」
 そりゃまた不運なことで、そんな漫画みたいな事故で死ぬヤツなんて世の中にもそういないでしょうに。台風に限らず強風でって可能性もあるのかしら。
「さぁてお仕事お仕事......」
 でもアタシには関係ない。生きている人間のことなんて元々生まれてもいない私にとっては“点数”でしかない。他の多くの死神にとってもそうだ。そうなんだけど......。
「やっぱり、気が進まないなぁ......」
 長年この仕事をやってきて、色んなヤツの死を目の当たりにしてきたけど、アタシは何故かそれに慣れないでいる、むしろ数を重ねる事に仕事への意欲が落ちていった。別にアタシが憑こうか憑くまいがそいつの死ぬ確率が変わる訳じゃないんだけど、気が進まない。
「はぁ......」
 なんて言っても仕方がない、死神として生まれた以上はこれが仕事だ。それに、アタシにも仕事をする理由が無い訳じゃない。アタシはため息を一つつくとそう割り切って逝霊機(セイレイキ)の座標を情報に合わせて空間を裂く。

 

「よいしょっと、ボロいアパートねぇ」
 壁をすり抜けて目付の部屋に入る。直接暮らす訳じゃないにしても、しばらくは厄介になるのだからどうせなら良い部屋に住みたいわよね。さすがにリストからの情報じゃそこまではわからないんだけど......、まぁ職業あたりから予測できなくもないか。
「スー......スー......」
 見渡すほどもない狭い部屋のベッドに目付の男が寝ている。さわやかな感じの整った顔立ちに短い黒髪。身長もそれなりに高いわね。写真と見比べるまでもなくこの男で間違いないか。情報を見る限りじゃ兄弟とかもいないようだし、一人暮らしだったはず。
「スー......」
「呑気な寝顔ねぇ」
 これからしばらく後に死ぬかもしれないってのに、何も知らない幸せそうな寝顔だ。そりゃ知る訳ないんだけど、お迎えが控えてるなんて夢にも思わないでしょうね。
「んー......」
 寝顔を眺めていると側の目覚ましが鳴りだす。随分小さい音だけど寝起きはいいのかしら。それともこの目覚ましが安物なだけか。
「ん、んー......っと。ふー!」
 ホントに寝起きが良いらしく、鳴り出して間もなく男は体を寝かせたまま手探りで目覚ましを探し出しその頭をポンと叩く。目覚ましを止めてから目を光に慣らして、上体を起こして体を伸ばしだす。
 大した寝起きだコト。アタシとしても耳障りな目覚ましの音をいつまでも聞くのは御免だからさっさと起きてくれるに限るだんけどね。
「......ん?」
 ふと、寝ぼけた男と目が合う。いや、アタシが見えてる訳ないんだけど、なんとなくそう感じた。
「.........」
「.........」
 寝ぼけてるのか、じっとアタシを――アタシの向こうの壁を見つめている。後ろになんかあったかしら? 確認しようと首を傾けたら――。
「誰だ、お前?」
「......へ?」
 恐らくアタシに向かって、ハッキリとそういった。いやいやいや、だから見える訳が......。
「おぉぉぉぉ!? なんだお前、どっから入った!?」
「え......? え......? アタシ?」
 ベッドの上で後ずさって思いっきりアタシを指差してくる。思わず部屋の中を見渡してみるが、この男を除けば部屋には私しかいない。
「お前しかいないだろ! つーかなんだ変な格好して物騒なもん持って!?」
「えっえっ、マジ見えてる!? ていうか変な格好ってアタシ!? コレ正装なんだけど!」
「あぁそうなのか、それはすまなかった。じゃなくて誰だよお前は!?」
「いや服とかどうでもいいし、なんでアタシが見えんの!?」
「見えるも何も俺は視力両方2.0だよ! だから誰だよ!?」
「いやアンタの視力なんでどうでもいいし! だからなんで見えんの!?」
 お互いパニクって全く話が進みやしなかった......。

 

「死神というとアレだよな、ノートで人間の寿命を貰うとか」
「別にアタシがアンタの命をどうこうしようって訳じゃないわよ」
 時代が変われば死神のイメージもかわるものね。でもどんなイメージにせよ“死神”って縁起でもない単語である以上物騒なのはイメージに付きまとうみたいだけど。
「俺の迎えに来ただけと?」
「有り体に言えばそんな感じだけど、まだお迎えすると決まった訳じゃないわよ」
 三十分くらいパニクって十数回質問がループした頃になんとかお互いに落ち着きを取り戻し、テーブルを挟んで事の経緯を説明してしまった。
 昔聞いたことがある。“人間の中に稀に自分に憑いた死神を見ることができる者がいる”と。何十年何百年とこの死神の仕事をしてきたけどそんなヤツにお目に掛かったことはなかったから迷信だと思ってたけど......。
「なるほどな」
 いや、なるほどなって......。
「随分とあっさり信じるのね」
 人間の常識からすれば、到底現実離れした事実をあっさりと納得するのはおかしくない? 少なくともアタシの経験した限りでは死んだヤツですらアタシを死神だと納得できないヤツは少なからずいるのに。納得しようがしまいがさっさと送り飛ばすけど。
「あっさりも何も、だってお前」
 男はそういいながらアタシの腕を掴もうと手を伸ばし......。
「さわれないし」
 男の手はアタシの腕をすり抜けた。
「死神じゃなくて、その辺の幽霊のたわごとかもしれないじゃない」
「俺幽霊なんて一度も見たことないし、それにお前“いかにも”って格好してるしなぁ」
 まぁ確かにこの黒いドレスと大鎌の逝霊機は人間が抱く死神のイメージそのものだしねぇ。今はしてないけど頭に乗せてる髑髏面したら尚更よね。
「で、俺いつ死ぬんだ?」
「知らないわよ、それがわかれば死んでからくるっての。第一知ってても教えないわよ、死神は本来人間の運命に関わっちゃいけないんだから」
「俺に見えて死ぬかもしれないって話した時点で関わってないか?」
「特例......よ。第一元々死ぬかは未確定なんだから、死ぬ可能性を知っても根本的な確率は変わらないわ」
「ふーん、そういうもんなのか?」
「そういうもんなのよ」
 本当に特例になるかはまぁ確証がないんだけど......。死ぬ要因なんてそんじょそこらに転がっているんだから、死ぬかもしれないと知ってそれを全部警戒するなんて無理だわ。工事関係者やヤーさんでも交通事故や転倒死だなんて日常茶飯事だしね。ただ予想の死因が知られれば生存確率はグっと上がるから、それを話したらアウトだけど。
「って、もうこんな時間じゃねぇか!」
「は?」
 話が一段落したところで時計を確認した男が慌てだし寝室に駆け込む。部屋の中からなんかドタバタ聞こえるけど何やって――。
「今から出ればギリギリ電車に間に合うか!?」
 と思ったら着替えて手提げのカバンを持って出てきた。は? まさかコイツ......。
「ちょ、出かけるのっ!?」
「八時からの講義が専攻科目なんだよ!」
「はぁ? アンタ今の状況が判って......」
「悪い、俺急ぐから話はまたあとでな!」
 アタシの言葉を最後まで聞きもせずさっさと行ってしまった。しっかり鍵閉めて。え? アタシ死神よ? 死神放置して大学行くってどういう事?
「置いてくなぁ!」
 一瞬に呆気にとられてしまったけど扉をすり抜けて後を追う。目付に登録した以上アタシにもあいつが期間内に死ぬか無事生存するまで見届ける義務があるし。なにより、アタシを死神と知っておきながら放置するのが腹立つ。
「ちょっとアンタ! 死ぬかも知れないっていうのにもっと他にやること無いの!? 何普通に大学行こうとしてんのよ!」
 走る男に低空飛行で追いついて横に並ぶ。声をかけてみるが走るのをやめようとしやない。
「コレのどこが普通に見えるんだよ、ものっそい必死だろうが! ていうかお前飛べんの!?」
「そういう意味じゃないわよ! もっと他に驚く事あんでしょうが!」
 アタシが飛んでるとかどうでもいいし。いや、アタシとしても「死ぬかもしれない」と知って変な気を起こされたらアタシの責任問題になるからできるだけ冷静で居てくれた方がいいんだけど、普通さぁ死ぬ可能性を聞いたら落ち込むとか慌てるとかするでしょ。アタシが見える癖におかしくない!?
「あぁ!? そういや朝飯食ってねぇ!」
「知るかぁ!」
 コイツの思考の優先順位は“大学>>>朝飯>>>アタシ(死神)”らしい。マジで腹立ってきた。
「ん?」
 気が付いたら工事が放置された建物の側を通っていた。あたしは思わず足を止めて(いや、飛んでるんだけどね)見上げてみる。
「あー、あれね......」
 予想通り、頭上には固定の緩い鉄骨があった。緩いと行っても死神独自の特殊な眼力がなければアレが事故を起こす可能性までは見えないでしょうけどね。そしてアレがあの男、ミツルの死亡予測にある事故を起こす原因と見て間違い無いわね。
 勿論それをミツルに告げる訳もなく、黙って後を追った。


「ふー、なんとか間に合ったな」
「呑気な物ね」
 結局ホントにただ大学に来ただけだった。今し方、近いうちに死因になる物の真下を通ったとは思いもしないんでしょうね。
「お前ホントに俺に付きまとうんだな」
「それが仕事だし」
 ミツルの机の横に腰掛けてるアタシに本当に何事もなかったかのように話しかけてくる。実際何事もなかったんだけど、少しぐらいアタシのこと怖がってもいいんじゃない? 少なくとも多くの死んだ連中はそうだったし。
「そういや自己紹介がまだだったな、俺は玉川原・満」
「アンタの名前ぐらい知ってるわよ」
 名前と簡単な個人情報なら確認したし、死神の能力を使えば出生から血縁関係まで色々見えるっての。使わないけどね、興味ないし。
「なんだ、知ってるのか」
「そもそも別に名前なんて知らなくても仕事に支障はないわ」
「ふーん、で、お前は?」
「あたし? だから死神だって言ってんでしょ」
 つーかコイツ、本当にアタシのこと死神だって思ってるんでしょうね。話だけ納得したふりして本当は信じてないんじゃない?
「じゃなくて、名前名前」
「......名前?」
 あぁ、そういうことね......。
「死神に名前なんて無いわよ、整理番号があるだけ」
 人間は名前が無いと不便なんでしょうけど。死神って仕事は一人でするものだし名前なんて必要ない。実際に名前が無くて困った経験なんてほとんどなかったわ。
「名前、無いのか......。その整理番号ってのは?」
「......」
 一瞬残念そうにしてミツルにまた問いかけられる。整理番号は......別に話して不都合もないし教えてやってもいいか。
「“関東区・ホ之零零零一六八 ”よ」
 頭のホってのは英語で言うAとかBとかみたいなものね。現代風に言うと“E000168”かしら。
「お、じゃぁ“いろは”だな」
「は?」
 何が? と聞く前にミツルは続ける。
「ほら1・6・8の頭文字とったら、“いろは”だろ」
「......」
 どうやら、私の呼び名らしい......。呆れた、名前がないからって名前を考えたっていうのね。別に名前が無くても困らないっての。
「好きに呼べば」
「おう、お前がイヤじゃなければそうする」
 変な名前でもないし、好きに呼ばせとくか。何が嬉しいんだかミツルは私の了解を得て嬉しそうだ。
「ところでアンタ、家の中ではともかく外であんまりアタシに話しかけないほうがいいわよ?」
「なんで?」
「なんでって......」
 いい加減鈍いので忠告してやり、目で周りを見るように促す。アタシが目で促した先にはミツルを怪訝そうな顔で見つめるヤツが数人。アタシが見えるのはミツルだけなんだからそりゃ周りから見れば誰もいないところに話しかけてるとしか見えないわよね。
「少し......気をつける」
「そうしなさい」
 頭の病気とでも思われて病院に放り込まれでもしたら例の事故で死なれないし、アタシとしても困るわ。
 それからしばらくして講義が始まり、ミツルもそれに集中した。歴史の講義みたいで、アタシにはこれ以上にないくらいつまらない科目だ。なんたっていくらかは直に見てきたんだから改めて聞かされても面白くもなんともない、まぁ、要所要所で事実と違ってたり勘違いしてる部分は間抜けで面白いけどね。
 そんなことより、アタシは霊携機をいじってマニュアルやトラブルでの対処法などを調べる。過去に自分から姿を見せることはあったから姿を見せた場合の対処は知ってるけど、“死神の姿が見える人間”の対処は流石に知らない。そしていくら調べてもそういった項目は全く見つからなかった......。“見せた場合”の方で応用利かせるしかなさそうね。見えている以上は記憶消しても無意味だしどうしたものか......。
 それにしても......。
「イロハ、か」
 悪くない名前ね......。なんだか懐かしい響きのような......。


「なぁイロハ、それ重くないのか?」
 午前の講義が終わったらしく、学食を食べながらミツルが訪ねてきた。アタシはと言うと、さっきと同じようにミツルの隣で机に腰掛けている。食堂も人は多いけどアタシと話せるよう隅のテーブルを選んだみたいね。目立たないと言っても他から見れば壁に向かって話しかけてるようにしか見えないんでしょうけど。
「ん? 逝霊機の事かしら」
 それ、と言いながら指差してきたのはアタシがいつも持っている大鎌。
「あー、セイレイキっていうのかその鎌。ちゃんと名前があるんだな」
「別に重くはないわよ、邪魔なら消せるし」
「へー、何に使うんだ? やっぱりこー、スパッと?」
 ミツルは首を手で切るマネをして見せる。死への怯えをおくびにも出さないところを見るとどこまでアタシの言ったこと信じてるか知らないけど、やっぱり死神については気になるみたいね。
「そんな血なまぐさい事しないわよ。基本的には空間を裂いて移動するか冥府への道を開く道具ね。後は現世の未練を断ち切ったり悪霊化した魂の邪の部分を切り取ったりとか、色々ね」
 人間的に見ればミツルが予想した使い方と思って当然でしょうね。こんなみてくれじゃ物騒な使い方しか思い浮かばないでしょうし。昔はともかく、死神が人間に深く関わらなくなった今じゃほとんどの機能を持ち腐れてるけど。
「随分と多機能なんだな」
「アタシのはかなり旧式だけどね。最近のはもっと小型化が進んで機能も充実してるわ」
 たしかペン型とか拳銃型とか書物型とかあったわね。どれもアタシの趣味じゃないけど。
「機能増えんのか。小型化と言えば、講義中ずっと携帯みたいなのいじってたな?」
「霊携機ね。携帯みたいなのってか、最近のは携帯がモデルだし」
 霊携機をミツルに見せながら説明してやる。コレ前使ってヤツ(ドクロ型)が壊れたから新しいのに換えたのよねぇ。便利だけどまだちょっと使い慣れないわ。上司からのメールもウザイし。
「携帯がモデルっていうと、メールとか見てたのか?」
「そういう機能もあるけどアタシが見てたのはアンタへの対処、死神にも色々決まりがあるから姿を見られると面倒なのよ。まったくとんだ貧乏くじだわ」
「それは俺のせいじゃないだろ......。まぁお前が見えるおかげで色々話せて楽しいけどな」
「アタシは何も楽しくないわよ」
 普通の人間じゃ死神なんて見たくもないでしょうに、変なヤツよね。ん? まさか......。
「一応言っておくけど、アタシと親しくして死因聞きだそうたって無駄だからね」
「へぇ、そんな方法もあるのか」
「だから無駄だって言ってんでしょうが! アタシにはアンタを助けるメリットなんてないしむしろ違反行為で減点くらうんだからね」
 つーか最近仕事してなかったから今減点食らうとマジヤバイ。しばらくサボれなくなるわ。
「じゃぁうっかり口を滑らさないように気をつけないとな」
「アンタが言うな!」
 なんかアタシ今日声張り上げてばっかりじゃない? アタシはもっとクールなはずなのに......。
「っと、そろそろバイトの時間だ、おばちゃん今日も美味かったぜ」
 安物ランチの食器を片付けてミツルが外に、って。
「はぁ!? 今度はバイト!?」
 だから死ぬかも知れないってのに他にやることないの!?

 

「あー、働いた働いたー!」
 昼からバイトを二つまたいでようやく家に帰ってきたミツルはリビングにどっかり座り込む。二回言うだけあって確かによく働いたわね。
「晩飯はどうっすかなー、たしか半額セールで買いだめしたキムチともやしが沢山あったよな」
「アンタあれだけ働いてなんで金ないのよ」
 昼の1時から働き始めて帰ってきたのが夜中の2時だ。夕方1時間ほど間があったとはいえこれだけ働けばもう少しマシな生活できるんじゃないかしら。あの大学もそんなに大きな所には見えなかったし。
「んー、いやまぁ色々なぁ」
「ふーん、大方くだらない事なんでしょうけど」
 あたしの質問に答えを濁す当たり間違いないわね。最近はミツルくらいの男だとくだらない物につぎ込む連中が多いのよね。ああいうのをなんて言ったかしら、オタク?
「それよりよ、晩飯どうするよ?」
「なんでアタシに聞くのよ」
「いやイロハは食いたいもんねぇのかと思って」
「はぁ?」
 変なヤツだとは思ったけどまた変なことを言い出した。アタシが食事を持参しているのはミツルのバイト中に丹糖(タントウ) かじってたのを見てる事からわかってるでしょうに、なんでアタシの食べたいものを聞くのよ。
「イロハが食ってた栄養剤みたいなヤツあんまり美味そうじゃなかったしよ」
「ま、味らしい味はほとんどしないわね......」
 アタシも美味そうに食べたことなんてないし。実を言うとここのところ仕事サボったり目付に死なれなかったりで手持ちが厳しいのよね、とはいえそんなかっこ悪いこと人間には口が裂けても話したくないけど。で、丹糖っていうのは死神用の超安物の食料で、勿論美味しい訳なんてない。
「せっかくだから一緒に食おうと思ってよ。あ、もしかして死神って人間の食いもん食えないか?」
「別に食べれるけど......。アタシと食べるメリットないでしょうが、金に困ってるなら尚更よ」
「自分で作るなら一人も二人も大してかわんないって、一人で食うより二人で食った方がずっと美味いしメリットはあるぞ」
 全く何がしたいのかしら、まさか本気でアタシを取り込んで死因を探ろうとしているとも思えないし。
「そういのはメリットって言わないわよ。言っとくけどアタシは人間の施しなんて受けないわよ」
 でもまぁ、下界の食べ物なんてここ最近食べてないわね。って何ぐらついてんのよアタシ。
「それじゃぁ、間違って多めに作るからイロハも食えばいい」
「それのどこが間違いなんだか......」
「独り言だ独り言、んじゃ手軽なマーボーでいいな」
「もう好きになさい」
 止めても無駄みたいだし、そこまで言うなら食べてやらないでもないわよ。アタシ和食派なんだけどなぁ......。
「さぁーて腕が鳴るぜ! 期待して待ってな!」
「期待なんてしないわよ、苦学生の料理なんてたかが知れてんでしょ」
 冷めた返事を返してやったっていうのに、台所のミツルは相変わらず楽しそうだった。あれだけ働いたっていうのに元気なもんね。
「ところでよー、イロハ」
「今度は何よ」
 しばらくの沈黙の後、料理をしながらミツルが話しかけてくる。アタシもいい加減うんざりしてそれを露骨に見せて返事してやる。
「講義中や飯の時もバイトの時もそうだったけどよ、机に座るなよ、行儀悪いぞ」
「仕事柄こういう癖なのよ」
 今度は何を言うかと思えば、アタシが今も含めて机に座っているのが気になったらしい。ミツルの意見はもっともだけどアタシにはアタシなりの理由があるっての。
「椅子に座ると人間と重なることが多いから気持ち悪いのよ。アンタだって人間にめり込んだアタシを見たくないでしょ」
「それは、見たくねぇな」
 少なくとも机に座ってればそういうことも少ない。別に人間と重なることで不都合がある訳でもないけど心理的にイヤなのよ。
「ま、今はアンタしかいないから机に座る必要も無いわね」
「お?」
 また文句言われても面倒だし、少しぐらい譲歩してやるとして足を崩して床に座り直す。
「ふぅ、何よ......?」
「ん、いやー言ってみるもんだと思ってな」
 床に座って一息つくと不思議そうな顔でミツルが見ていたので睨み付けてやる。どうやらずっと気になってみたいね。
「譲歩してやったっていうのに失礼な感想ね」
「あ、悪い悪い」
「何謝ってんのよ、悪いのは完全にアタシでしょうが」
「......、なるほど」
 アタシってこんなひねくれ者だったかしら。思えば人間とまともに話したことなんてほとんどなかったわね。事故死した人間ってのは大抵パニっくてるかアタシに驚くかだし、それ以外でもアタシに普通に接する状況もなかったし、久しぶりだからどこか戸惑ってんのかしら。イヤね、普通戸惑うのは向こうの方だっていうのになんでアタシが。
「なんか、腹立つ」
「ん?」
 それからしばらくして麻婆とキムチと冷凍のご飯が出てきた。ふーん、中華も結構いけるじゃない。つーか男の癖に料理上手いのねコイツ。

 

「アンタさぁ......」
「オイオイ仕事中に話しかけるなよ、客がいないってもカメラはあるんだぜ?」
 ミツルに憑いてから数日が経って、ずっと様子を見てきたけどコイツは普通の人間だった。結局なんでアタシが見えるのかは解らずじまいだけど数日も一緒にいるとアタシも話すのに慣れてこちらから話しかけることも少なくはなくなった。と言っても、死因やそれに関わるようなことを言うことはない。話すのは大概他愛のない世間話ね。
「何を今更、小声で話せばいいでしょ。大体アンタ往来でもアタシと話す癖によく言うわ」
 今はコンビニのバイト中だったけどカウンターに座ってるアタシと(相変わらず机に座る癖は直らないし直す気もないわ)話すなら顔向きに違和感はないし口元もカメラからは見えないでしょう。
「で、なんだよ?」
「大学生なら友人とつるむとか、恋人ぐらい作りなさいよね」
「ダチとつるむにしてもバイトが忙しいしなぁ。気になる女もいねぇし、なにより恋愛する金も時間も無ぇよ」
「アナタ顔はいいんだから、適当に女ひっかけて本気なったらそのままで飽きたら捨てればいいじゃない」
「お前女の癖に酷いこと言うのな......」
 コイツと数日過ごして気付いたのが、ミツルには親友らしい友人も恋人もいなかった。大学とバイトを繰り返すばかりでただ漠然と暮らしている感じ。相変わらずバイトで稼いでいる金の行方はわからないけど娯楽に使っているようにも見えない。流石に死神じゃなくても心配するわ。ていうか付きまとっている側として見飽きる。
「アタシの見る限り性格も良いし、アンタってモテるんじゃないの?」
「さぁー? モテた試しはないけどなぁ。でも性格良いなんて死神のお墨付きを頂けるとは光栄だねコリャ」
「えぇ、性格の悪いアタシが言うんだから間違いないわ」
 まぁたしかに性格はいいんでしょうけど、最近の女からすればつまらない性格なのかもしれないわね。実際大学とバイトの繰り返しで刺激らしい刺激はないし貧乏だし。でもその辺に転がっている男よりはマシじゃないかしら。
「性格悪い、なぁ。それほどでもないと思うぜ?」
「どうだか、アタシの性格の悪さはアンタが一番よく知ってるでしょうに」
「いや、性格の良い俺が言うんだから間違いない」
「ふっ。よく言うわ」
 会った頃のアタシなら呆れてたと思うけど、最近ではミツルのこういうところをおかしく思うようになってきた。人間の女も見る目がないわよね、こんな男を放置するなんて。ま、近いうちに死ぬかもしれないから手を出さなくてある意味正解なんでしょうけど。
「まっ、どうせ死ぬかもしれないんだから一発くらいやっときなさいよ。どうせ童貞でしょ?」
「お前、言うに事欠いてそんな......」
「か、金を出せぇぇー!!」
「うぉ!?」
 ミツルの言葉が終わる前に、店内に駆け込みながら顔と声を引きつらせた男がカウンターごしに拳銃を突きつけてくる。あぁ、コレは確認するまでもないわね、アレだわ。
「......強盗ね」
「......強盗だな」
「はぁ! はぁ!」
 よほど緊張しているのか強盗の男は今にも拳銃を落としてしまいそうなほどに振るえている。見たところ四十代後半、やつれた顔を見る限りではここ数日ろくに食べてた様子もないわね。いや、やつれてるのはそのせいじゃみたいね。
「は、早く金を出せ!」
「なぁ、俺コイツに撃たれて死ぬのか?」
「さぁ? モデルガンで人が殺せるなら死ぬんじゃない?」
 死神の目には殺傷能力、もしくは殺傷の可能性があるものは特別な色で見えるけど、どう見てもあの拳銃の殺傷能力はほぼ皆無ね。かろうじて鈍器になるくらいかしら。ミツルの死因に関わるなら話すべきじゃないけど、期間内に他の事で死ぬことはまずないから話しても差し支えはないわ。
「あぁ、モデルガンなのかコレ」
「っ!?」
「ていうかアンタも大概冷静ね」
 ミツルのモデルガンという発言に男の顔色が変わる。まぁそうよね、確証がないにしても言い当てられたら焦るわよね。気の弱そうな男だし。ていうかコンビニ強盗するならせめて顔隠しなさいっての。わざわざモデルガンて拳銃なんかより身近な刃物の方が効果的だろうし。
「く、くそっ!」
「あっ、おい!」
 ミツルの冷静っぷりもあってか、モデルガンとバレただけで強盗の男は逃げ出した。元々この男に強盗をできるだけの度胸なんてなかったでしょうしね。ミツルが呼び止めようとしているが別にアタシには関係ない......、訳にもいかないのよねぇ、めんどくさっ。
「ちょっと、待って貰おうかしら」
「ひぃっ!?」
 強盗の逃げ道を塞ぐようにアタシは自動ドアの前に現れる。当然の反応として強盗はいきなり現れたアタシに驚いて尻餅をつく。まぁ見てくれがコレだし普通冷静で居られる訳もないしね。
「なななな、なんだお前!? どこから現れた!?」
「アタシの事はどうでもいいの、それより今はアンタの事......」
「お、おい......イロハ?」
 やっぱり反応はこうでなくっちゃねぇ? むしろ腰を抜かされてる方が追う手間もはぶけて丁度良い。アタシは逝霊機を強盗に構える。ミツルがアタシの次の行動を予測して制止しようとしているけど、それよりも先に。
「ふんっ!」
「うぁ......」
 強盗に逝霊機を振り下ろした。それと同時にを何かが切れた鈍い音。
「イロハっ!?」
 強盗は床に倒れ、動かなくなった。ミツルが勘違いしてるみたいだけど......。
「こ、殺したのか?」
 ほーらねー。
「死んでないわよ、糸を切られて気を失っただけ」
「糸?」
「えぇ、いい加減出てきなさいよ往生際の悪い」
 気を失った強盗はミツルに任せるとして、後はこっちの処理だ。
「んだよー、まさか他に死神がいるとはチョーついてネー」
 誰もいないところに向かって逝霊機を突きつけてやると、闇の中からアタシと似た格好の背の高い男が現れた。言うまでもなく死神ね。
「コイツも、死神?」
「傀儡糸(クグツイト) なんて随分と懐かしい物を使ってるじゃない、とっくの昔に処分されたのをどこで手に入れたんだか」
「懐かしい? ハハーン、お前さては“昇華”もできてない出来損ないの古株チャンか」
 古株......ね。そういうコイツはかなり新しい死神みたいね、眼力でみたところ整理番号の値が高い。
「出来損ないとは言ってくれるじゃない。道具に頼って点数稼ぎするようなヤツに言われたかないわね」
「バレなきゃいいんだよバレなきゃ」
 全く持って口が悪いわね。アタシも人のこと言えないけどこういう喋り方は生理的に腹立つわ。
「この男の死因は知らないけど、大方自殺にでも追い込む気ったんでしょう。古い道具だから他の死神連中や何代目かだか知らない今のエンマは気付かなかったかもしれないけど、大ベテランの眼は誤魔化せないわよ」
 最初に説明したとおり、死神は憑いた相手が死んで魂を持ち帰らないと点数にはならない。そして死神は人間の運命に関わってはいけない。だけど死神の中には“バレないように人間を意図的に死なせて魂を稼ぐ”ろくでもない輩もいる。コイツみたいにね。
「“死神タルモノ人之生ニ関ワル事ナカレ、コレヲ破リシ者重罪トス”死神霊法第二十六番の違反よ。特に殺したとなると罪も相当ね」
「そこまでわかっているなら遠慮の必要はネーよな? 死ね。すぐ死ね。今死ね。」
「へぇ......?」
「あばよ、――んなっ!?」
 やつが拳銃型の逝霊機をこちらに向ける頃には、アタシはすでに準備が整っていた。何もせずぐだぐだ話していたと思うなんて三流ね。その証拠にヤツはもう動けない。
「アンタみたいなろくでなしに会うのは初めてじゃなくてね、結構手慣れてるのよ」
「な、なんだよ!? うごけねーよ、ありえねーよ!?」
「石硬之呪(セッコウノマジナイ) よ、傀儡糸より古い呪だから知らないのも無理ないわ、当然アンタみたいなペーペーにはどうこうできないわよ?」
 やつはもう動けない、せめてモノ情けに喋らせてはあげるわ。その方がより絶望感も増すしね。
「じゃ、そういうことだから後はエンマによろしくね」
「待、待てくれっ! と、取り引きを......!」
「バイバイ」
 何をどう取り引きするつもりかは知らないけど、あいにく聞く耳は持ってないの。アタシは躊躇せずにろくでなしに逝霊機を振ってやった。
「イヤだ! イヤっだっ! 消えたく無っ――」
 そして動けぬまま、裂いた空間の中に男の死神は飲み込まれていった。後はエンマが処理するでしょう、少なくともアタシの関与するところじゃない。
「ふぅ、同業者が迷惑かけたわね」
「今のヤツ、どうなったんだ?」
「アタシの上司のとこに送りつけただけよ。後の事はアタシも知らないわ」
「そ、そうか、最後になんかえらく怯えてたけど」
 あの死神が何人の命を意図的に奪ったかは知らないけど、十中八九存在が消滅するでしょうね。最後の言葉を聞く限りじゃあいつ自身もそれぐらいの罪を重ねた自覚はあるようだし。ミツルには――言わない方がいいわね。ろくでなしとはいえ気持ちの良い話しでもないだろうし。
「さぁね......」
「......ところで、コイツどうするんだ?」
 男の死神が居なくなったところで今度は強盗――いえ、強盗だった男の心配になる。男はまだ気を失っているけど、そろそろ目を覚ます頃のはず。ナンにせよ色々と放置する訳もいかないわね。
「そろそろ目が覚める頃だけど、多分その男には一連の記憶はないわ。監視カメラはアタシが細工して何もなかったことにしてやるからアンタが話を合わせなさい」
「お、俺がやんのか」
「話しやすいように人払いの結界はまだ張っとくから客は来ないわ。時間かけてもいいから誤魔化しなさい」
「けっかい......? よくわからんがどうりで客がこねぇと思った......」
 納得したかはわからないけど、アタシは男をミツルに押しつけて姿を消す。といってもミツルには見えてるけどね。
「全く、後始末も面倒だし力を使って疲れたし。最近ろくな事がないわ」
 愚痴をこぼしながらアタシはカメラの細工に取りかかる。後ろでミツルと男が何か話しているが、今はどうでもいい。

 

「なんつーか、アンタも心底お人好しよね」
「ははは」
 例の事件から二日目。あの男は無職で死因は自殺だったらしく、まぁ自殺の理由は大体予想できるわね......。で、仕事がないこととアタシが思わず「死因が自殺」なんて口を滑らせたものだからミツルのヤツ......。
「大事なバイトを譲るとかどうかしてるわ......」
「俺はまだ若いから、いくらでも雇い手は見つかるしよ、まだ他にバイトもあるしさ」
 店長に頭を下げてあの男を雇って貰う代わりに自分がバイトを抜けたのよ。何なの一体?
「店長もいい人だし、バイトでも仕事が見つかったなら少なくとも自殺はしないだろ?」
「どうだかね。アンタへの感謝っぷりを見ると大丈夫そうではあるけど、それよかアタシはアンタが心配だわ......」
 で、今は新しいバイトを探し中。たしかにミツルの性格なら次のバイトにも困らないかもしれないけど、さぁ......。
「それによ、せっかくイロハが助けた命なんだから生きてて欲しいだろ」
 んなっ!?
「別にあの男を助けた訳じゃないわよ! アタシはあぁいう死神が気にくわないだけで! 大体アンタが関わったからギリセーフだったけど下手したらあの男の死因を回避させてアタシも減点処分だったのよ!?」
 何故からしくもなく気が動転している......。
「あ、そうなのか。でもあの違反者をしょっぴいて点数だかなんか貰えたんじゃないのか?」
「ジョーダン! 『ヨクヤッタ アンタハ エライ (* ̄▽ ̄*)b"』ってふざけた文面のメールが来ただけでアタシにはなんのメリットもないんだかんね!」
 ミツルに携霊機の画面を押しつけながら思わずキレる。ていうかメールが来た時にもキレた。
「なるほど、たしかにこの文面はふざけてるな......」
「違反者捕まえても元々点数もボーナスも出ないって知ってるけど、ふざけんなぁぁつのっ!!」
 携霊機の文面をエンマだと思って思いっきり床に叩きつけてやる。また携霊機が壊れる? 知るかそんなもん保証期間内だから落として壊れたっていいきってやるわ! あぁーくそっ、もし出世したらどうしてくれようあの上司!
「荒れてんなぁ......」
 死神の仕事は基本目付の魂を回収するだけ、それ以外は点数にならない。違反者しょっぴいても“質の悪いライバルが減った”程度のメリットしかない。だから見て見ぬふりする死神も少なからずいる。アタシはそれができなくていつも自分の意思で面倒事に関わるけど、それにしたってもっと他に言うことあるんじゃない!?
「つーかアンタも早く死になさいよ! いい加減点数稼がなきゃホントに減点されかねないのよ!」
「俺としては当分死ぬ予定ないんだけどなぁ......、何で死ぬかわかんねぇし」
 まぁ、それもそうよね。死ねとは言っても死ぬように仕向けるような事はできないし、したらあの死神とアタシも同類だ。かといって他に八つ当たりする相手なんていないから八つ当たりする。理由は正当で理にかなってる。オーケー?
「あーもー! どうしてくれるようこの憤りっ!」
「まぁまぁ飯でも食って落ち着こうぜ、な?」
「和食! 魚! 焼酎!」
「わぁったわぁった......」
 いつのまにかコイツと飯を食うのも当たり前になってしまい、気が立ってるせいで自分から注文までしたりする。いいでしょ別に、良いことしたんだから少しぐらい我が儘言っても!

 

「舟渡(フナワタシ)、いるんでしょ?」
 ミルツに憑いてから数週間経って、アタシで調べられることは調べた。が、結局例の件はわからず、仕方がないのでミツルが寝たのを見計らって下界から冥界へ上がってきた。
「これはこれは百番台の姐さんじゃないですかい」
 殺風景な川の畔に、目当ての男はいた。櫂(カイ)を持った田舎臭い和装に田舎臭い顔の三十路程度の男。この三途の川の渡し守。私たち死神と同じように名前なんてなく、多くの連中は「舟渡」って適当に呼んでるわ。
「聞きましたぜ姐さん、また違反者とっちめたらしいじゃねぇっすか、お手柄ですぜ」
「相変わらず耳が早いこと。その手柄で点数貰えたら言うこと無いんだけどね」
「まぁそう言いなさんなって」
 別にこいつに愚痴っても仕方がないんだけどさ。
「まぁいいわ。今日はそんな話しをしにきたんじゃないから」
「へぇ、なんすか?」
「“死神の姿が見える人間”について、アンタなら何か知ってるんでしょ?」
 コイツはアタシよりも少し生まれは遅いけど噂に関しては何倍も上手だ。元々この話だってコイツから聞いたものだし。
「そういう話はしょうづかの姐さんの方が詳しいですぜ?」
「奪依婆(ダツエバア) は今のエンマの嫁でしょうが、エンマに知られたら面倒なのよ」
「へぇ、しかしいくら百番台の姐さんといえど、あっしに訪ねるなら出すモンがあるんじゃねぇっすか?」
「たくっ」
 わかっちゃいたけどやっぱりコイツはこういう男か。癪だけどフナワタシの足下に巾着を投げつけてやる。
「ひの、ふの、みの、よの、......へぇ、たしかに六文ありやす。してどういったご用件で?」
「だから“死神の姿が見える人間”についてって言ってんでしょ!」
「へぇへぇ、いやはや珍しいこともあるもんでございやすねぇ」
 面倒になって怒鳴るとようやく話し始める。
「......? どういう意味よ」
「いやね、その男が見える死神は恐らく姐さんだけですぜ」
「は?」
 たしかにこないだのろくでなしの死神は本人が姿現すまでアイツにも見えてなかったみたいだけど......。死神同士でも意識しないとお互いを確認できないから別に見えて無くても不思議はないんじゃないかしら。
「死神が見えるってぇと、そいつあ過去に生きてるうちに姐さんを見たことがある証拠でさぁ。一度でも死神の側が心を許して姿を見せると後にも見られちまうんでさぁ」
「あのねぇ、アタシあんな男とは初対面なんだけど? 大体心を許して姿を見せた事なんてほとんどないし」
 あんな変な名前なんだから、忘れる訳ないでしょうに。大体ここ数十年で心許したヤツなんていないわ。
「一度っつても現世に限らず前世とか色々ありまっさぁ。袖触れ合うもってね。少なくとも過去に心許したヤツがいるなら恐らくそれですぜ」
「要するにアタシの自業自得って事ね。わかったわ、ありがとう」
 理屈はわかんないけど原因はわかったわ。ま、対処法は結局無いみたいだけどなんとかなるでしょ......。私は軽く会釈するとさっさとフナワタシに別れを告げた。基本的に死神は目付の側を離れちゃいけないから、あまり長居もできないからね。
「それと姐さん、こいつは顔見知りとしての忠告ですが......」
「......なによ?」
 普段は六文くれてやらないと世間話もしないフナワタシが珍しくアタシを呼び止めた。珍しいと言ってもアタシからはどうせ話すこともないから首も振り向かず返事する。
「その男を助けようなんてくれぐれも思わねぇように、二度も同じ魂を助けたらより罪は重いですぜ」
「そんなつもりはさらさらないわよ」
 大体、心を許して姿を見せたからと言って命を助けたとも限らないし。
「どうですかねぇ、姐さんこないだもワラベの生死に関わって減点されたでないですかい?」
 ......そんなこともあったわね。話した覚えはないけど相変わらず耳が良いこと。
「姐さん、これ以上死神としての自覚を失ったら、ホントに」
 一旦間を置くフナワタシ。それはとても短い物だったけど、アタシには次の言葉を予想するには十分な時間だ。
「消えちまいますぜ......」
「何年死神やってると思うのよ、そんなヘマはしないわ」
「何年もやってるから尚のこと心配なんでさぁ」
「あっそ......」
 胃がムカムカしてきたのでアタシはそれ以上続けず、さっさと下界に舞い戻った。フナワタシの言ってることは全て正しい......、そしてアタシはそれを認めたくはなった。

 

「ふわぁ......、お前昨日の晩どこ行ってたんだ?」
 翌日、ミツルはたまの休みに何処に行くのか電車に揺られながら遠出していた。
「別に、ちょっとした野暮用よ。ていうかアンタ起きてたの?」
「夜中に目が覚めたらいなかったからよ。ちょっと心配したぞ?」
「アンタ馬鹿? 死神がいなくなったら勘違いでも喜びなさいよ」
 要するに死因が過ぎ去ったって事なんだから。心配する理由もないでしょうに。
「別にイロハのせいで俺が死ぬ訳じゃないんだろ?」
「アタシはアンタの生死を見届けるのが仕事なだけだしね」
 少なくとも見捨てることには変わりないんだけどね。
「だから俺がイロハを嫌う理由なんてないだろ? むしろ好きだしな」
「あっそ――って」
 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや......。
「なななななな、なぁ!?」
「ぉう!?」
「ナニ真顔で言ってんのよ!? ちょっ、あ?」
「いや、別に他意はないんだが......」
「言っとくけどねぇそんなこと言っても、助けてやらないわよ! そんな手には乗らないからね!」
「とりあえず落ち着け。俺が悪かった、マジ悪かった」
「別に落ち着いてるわよ!」
 全く、コイツほんとに、ほんとに。なんだろ......、まぁなんでもいいわ。どうかしてる。
「まぁ、だからいきなり居なくなるなよ? なんつーか、寂しいだろ......」
「......」
 いつも底抜けに明るいミツルが、初めて暗い顔を見せた気がする。寂しいって死神に向かって言う言葉じゃないわね。アタシも思わず高ぶっていた気が落ち着いていく。
「その心配はないわ。アンタが生き延びたとしてアタシが仕事を終える時は、死神に関する記憶は全て消えるから」
 それが死神の運命、結局人間に関わっても仕事を終えれば忘れられる、命を助けても覚えて貰えない。死神が人間と深く関わり続ける事は、多分この先も一生無い......。そう、いつだって、アタシは独りなんだ。人間に関わっても、すぐに忘れさられる。いつまで経っても独りなんだ。
「それは、より寂しいな......」
「何言ってんのよ、隣で死ぬの待ってるヤツと仲良くするのがおかしいっての」
 寂しいなんて、人間に言われたくない......。
「お前は、イロハは寂しくないのか?」
「生まれた時から死神だからわからないわね。人間から死神になった連中にとっては寂しいんでしょうけど」
 嘘だった。少なからず寂しいと思ったことは何度かある......。でもコイツに弱音を吐くのもかっこ悪いし、話してどうにかなるわけでもない。
「そうか......」
 強がってみたけど、勘づかれたかしら。なわけないわね。
「ところで、人間でも死神になれるんだな?」
「ん......」
 そういえば失言だったかしら。話しても、いいのかしら? ま、この暗い雰囲気かえるには話題を変えるに限るし、別に構わない内容か。
「アタシみたいに元々の死神が減ってきたから一般に募集するようになったのよ。誰でもなれるってわけじゃなくて、自殺以外で死んだ悪人以外が条件。更に試験に合格しないといけないわね」
「一般に募集って、人間が死神になることでメリットでもあんのか?」
「元人間なら点数を規定数まで貯めれば“容姿・才能・出生・寿命をいくらか望んだ形で持って転生する”権利が得られるのよ。だからこないだの死神、ああいう元人間の死神は点数稼ぎに躍起になるのよ」
「それは、すげぇな......」
 人間の考える事なんて単純で、この報酬を餌に釣られて今じゃ死神の人手不足なんて過去の話。多すぎるくらいで魂回収の競争率が上がる始末だわ。ま、選べる度合いは回収した魂の量にもよるんだけどね。
「でも、死神になることでリスクもあるのよ。就任から点数はいくらか持ってるんだけど、もし違反や長期魂未納で減点されて点数が無くなった場合......」
「場合?」
「死神としての存在意義を失い、消滅するわ。そして二度と輪廻の中に加わることはできない......」
「......」
 輪廻の輪から存在が消える、その意味をミツルでも少なからず理解したようね......。実際、情に流されて人間を助けたり、こないだの死神のように違反をして消滅する死神は少なくもない。
「じゃぁイロハみたいに元死神は点数集めたらどうするんだ? やっぱり出世するのか?」
「出世もあるけど、アタシはもう一つの......、人間になりたい」
「人間になれるのか!?」
「あっ!?」
 ちょ、アタシ何を言って......。そんなことミツルに話してどうにかなる訳でもないしなにより......。
 もう隠すだけ無駄か、こないだの死神の言葉もあるし、ミツルもどうせ勘づくわよね。
「“昇華”って言ってね、輪廻の中に加われるのよ。聞いたでしょ、「“昇華”もできてない出来損ないの古株死神」って。まさにその通りよ」
 大ベテランを気取ってはいるけど、それは単にアタシに死神としての才能も自覚もないから長く続けるハメになってるだけ。
「アタシと一緒に生まれた他の死神はみんな出世するか輪廻に加わって、アタシは人間にもなれずぐだぐだ死神を続けてるの」
 そして付いたあだ名が舟渡が呼ぶような“百番台”。生まれが早いために低すぎるアタシの番号の値だ。
「何か、いいなさいよ......」
「......」
 初めて吐いたアタシらしくない弱音に、ミツルは何も言ってくれなかった。気の利いた言葉が思い浮かばなかったのか、心の底で笑っていたのか、死神なんかに同情する感情を持ち合わせていないのか。なんて、ミツルに限って後の二つは無いか。
「なんで、こうなっちゃったのかな......」
 昔は違った、死神として生まれたばかりの頃はもっと淡々と仕事をこなしていた。それこそ人間の魂を点数としか思っていなかった。人間になりたいともほとんど思わなかったし出世するつもりでいた。
 いつからだろう、アタシが人間に関わるようになったのは。
 いつからだろう、アタシが人間になりたいと願うようになったのは。
 いつからだろう、仕事を終える度に、どうしようもない寂しさを感じるようになったのは......。
 結局アタシとミツルは電車の中でそれ以降口も開かず、目的地まで沈黙を続けた。まったく、なんでこんな話しになったのやら、ミツルの馬鹿......。

 

「おぉー、ミツルじゃないかい。久しぶりだねぇ」
「久しぶり先生。コレ少し早いけど今月の分」
「ここは......」
 殺風景な、コレと言った目立った物のない町を抜けて付いた場所は古びた小さな施設だった。遊びに行くような荷物や様子じゃなかったとは思ったけど、まさかこんな......。
「俺の育った場所だよ」
「そう、アナタ孤児だったの......」
 ミツルは先生という初老の女性にバイトで稼いだ給料を渡して、小声でアタシに言った。施設の中にはいくらか子供達がいて、顔はみんな似ていない。どう見ても孤児院よね。
「いつもありがとうねぇ。でもミツルや、アンタ生活は大丈夫なのかい?」
「俺ほどの元気があればもうバッチリ稼ぎまくってるから余裕余裕!」
「アタシが来る前までセールスのもやしで食いつないでた癖に」
 ミツルの言う先生にアタシの声は聞こえないでしょうけど、ミツルに「余計なお世話」という眼で返された。あれだけ働いて貧乏暮らしでその金がどこに使われてると思ったら、そういうことか。
「あ、そうそう。俺の生命保険の受取人は先生で間違いないっすよね」
「えぇ、そうだけど?」
「いえ、それだけっす」
 ふーん、一応死ぬかも知れないって自覚はちゃんとあるのね。
「せっかくきたんだから、子供達にも顔見せていって頂戴ね」
「勿論、そのつもりで」
 それからミツルは子供達一人一人に、時に全員一緒に話し、遊びに付き合っていた。最期になるかもしれない対面に水を差すのも気が引けたのでアタシは遠目からそれを見つめる。それに、少し考えたいこともあったし。
「過去に心を許したヤツねぇ」
 フナワタシの言葉を呟く。気にくわない性格だが六文払った以上は嘘を言うはずもないし確かな情報のはず。つまりミツルはアタシが過去に、少なくともアイツの前世でアタシが心を許したヤツというわけだ。でもアタシが心を許したヤツなんて......。
「思い出した......」
 遠目からミツルを見ていたら、それをハッキリと思い出した。そう、忘れられるはずがないのに、忘れようといつのまにか心のどこかにしまっていた、あの寂しい思い出。
 アタシが初めて人間に恋をして、アタシが死神として落ちぶれるきっかけになったあの時を......。
「ケンタロウ......」

 

 それは、アタシがまだまっとうな死神だった頃の事。もう数百年以上前かしら。アタシは人間の男に恋をした。
 名は、健太郎。どこにでもいる普通の漁師の息子で、どこにでもいるような性格だった。
 なんで惹かれたのか、よく覚えていない。側にいるうちにアイツの明るさに惹かれたのだと思う。初めての気持ちだったから、ただ漠然と好きな気持ちを抱いているだけだったし......。少なくともアタシはケンタロウほど心からよく笑う男は見たこと無かった。
 ケンタロウの死因は嵐の日による漁で、嵐が来る日に漁に出なければ簡単に回避できる死因だった。逆に言えばその日漁に出れば確実に死んだ。そして天気予報なんてないご時世に嵐の日を知る術なんてほとんどなく、ケンタロウの死は確実だった。
「そしてアタシはケンタロウの前に現れた」
 ケンタロウが死のうが生きまいが、仕事を終えれば別れる事実は変わらない。だから、その前に少しでも一緒にいたかった。なにより、ケンタロウにアタシの事を見て欲しかった、触れて欲しかった......。命を救ってあげれば、少しぐらいアタシの事を好きになってくれるかもしれない。例えそれが、嵐が過ぎて仕事を終える日に、アタシの事を忘れるとしても......。
「ケンタロウは助かった」
 そして、アタシと過ごした日々の記憶も忘れた。代わりにアタシは人間の死を回避させたとして、違反行為で初めての減点を貰った。
「それから先は酷いものだったわね」
 ケンタロウと別れて、ケンタロウはアタシの事を忘れて。そのどうしようもない寂しさからアタシは死神の仕事をしばらく続けられず、ようやく立ち直った頃には人間に情を持つようになって今まで通りの死神の仕事なんてできなかった。お陰様で点数も多くは稼げず減点も重ねて、人間になれず死神を続けるハメになる。我ながらとんだ出来損ないだわ。
 もしケンタロウが死んでれば、転生するまでアタシの事を覚えててくれたでしょうね。でも、そしたらきっとアタシのことを好きになんてなってくれはしなかった。結局、アタシが死神である以上は人間と恋をすることなんて敵わなかった。
「恩を仇で返すなんて、酷い男ね......」
 せっかく忘れていたのに、思い出したらまた辛くなるじゃない。アンタがアタシの事見えるせいで、またアタシだけ寂しい思いをするじゃない......。
 ミツルとの生活は、正直楽しい。そう思わないよう心がけてたけど。やっぱり人間くさくなってしまったアタシの気持ちに嘘はつけない。そして楽しさを感じた時点で、別れの寂しさも避けられなくなった。
「ミツル...」
 それどころか、この気持ちだ......。
「今度は助ける必要、無いわよね」
 でも、今度は前と違う。もしミツルがこのまま死ねば、アタシの事を忘れないでいてくれる。アタシだけ寂しい思いをしなくてもすむ。ミツルが生きてればアタシの事を忘れてしまうけど......、アタシにミツルが死ぬように仕向けるなんてできない。
「......」
 ミツルが死なないとアタシの事を覚えててくれない。そしてそれは確実じゃない。だけど意図的に殺すなんてできない。
 それに、できればミツルを助けてあげたい、けどそしたら確実にアタシの事を忘れる......。
「アタシに、どうしろって言うのよ......」
 もう、訳が分からなくて膝を抱えてうずくまり、考えることすら否定した......。

 

「それじゃぁ先生、また」
「はい、またね~」
 ミツルは先生や子供達に別れを告げて孤児院を後にした。死なない自信でもあるのか心配をかけたくないのか、本当に普通のお別れだった。
「今日はもう帰るの?」
「そうだな、特に用事もないけどせっかくの遠出だしなー。イロハはどこか行きたいとこあるか?」
「なんでアタシに聞くのよ」
 相変わらずコイツの考えてることはよくわからない。
「いつも俺に憑いてばっかりだからよ、どこか行きたいところはねぇかと思って」
「行きたいところねぇ」
 急に聞かれても元より普段から行きたいところなんて考えないし、あれば仕事サボって一人で行くし......。でもミツルと行きたいところとなると......。ってなんでそこでミツルが前提に出てくるのよ。
「海......」
「海?」
 半分無意識にふと口からこぼれたのは、さっきまでケンタロウの事を考えていたせいなのか、私の思い出の場所だった。
「なによその顔は、アタシのくせにロマンチックだとか言いたいわけ」
 言ってから恥ずかしくなってついミツルに当たってしまった。たしかに、今の今まで女らしさのカケラも見せた覚えはないから実際思われてて仕方ないけどさ。
「いやそうじゃなくて、俺もイロハが行きたいところないなら海に行こうかと思ってたからよ」
「あぁそう、じゃぁ私はアンタの悪い電波に当てられたのかしら」
 なんて我ながらひねくれた台詞だと思う。でも気分の落ちた今じゃこれぐらい露骨な態度でないとそれをごまかしきれる自信も無い。
「以心伝心ってな」
「むしろ同床異夢」
「まいったね、コリャ」
 アタシの気持ちなんて、ミツルが知る訳ない。だから出来る限り普段通りを装う。
「とにかく、明日にも台風が来そうだしな。今日中に帰らねぇと」
「......」
 そうか、もう台風が......。と言うことは明日にはお別れなのね。なによ、悩む暇すらほとんどないじゃない......。
「どうした?」
「ううん、なんでも」
 それに気が付くとまた思いが込み上げてきて、頭が混乱しそうになる。そんなアタシの様子にミツルは不思議そうに思いながらも追求することもなく、次の目的地へと電車に乗った。ダメね、こんなんじゃ明日が死因ってバレるじゃない。アタシはどこまで死神として失格なんだか......。

 

 電車に乗りバスに乗り、そう遠くない距離に海はあった。
「おー。夕日が綺麗だなー」
 普段なら海から見ようが山から見ようがどうとも思わない夕日が、ミツルの言うとおり今日は一段と綺麗に見えた。
「嵐の前の静けさってヤツかしら」
「それじゃ台風に感謝しねぇとな」
「そうね......」
 その台風で死ぬかも知れないヤツが感謝するなんて、なんだか滑稽よね。ミツルはそれを知らないから、仕方ないんだけどさ。
「夕日が綺麗なのもそうなんだけどよ、なんだろうな。懐かしい感じがするんだよな」
「そうね」
 人生において夕日を見ることなんて別に珍しいことでもない。ミツルがどういう意味で言ったかはわからないけど、アタシはケンタロウと一緒に見た夕日をお思い出してつい相づちを打ってしまう。
「......、だよな」
「え?」
 無意識に出ていた相づちを、ミツルがその意味をわかっているように同意した。
「電車の中でよ、他意は無いって言ったけど、あれやっぱり嘘にしてくれ」
 ミツルが、夕日を背負って振り向く。かっこよく。
「俺、イロハの事が好きだ」
 スローモーションのように見えた。だけどハッキリと、アタシに言った。幻のように見えた、だけどハッキリと、そう聞こえた。
「......」
 ......。
「なんていうか......。初めてお前を見たときからなんだけどよ、一目惚れじゃなくて、懐かしいような......」
「......」
「ずっと昔から、好きだったような。違うな、俺は絶対、イロハの事が好きだ。ここに来てわかった」
「そう」
 ミツルの長い告白に対して出た言葉は、我ながら恐ろしいくらい素っ気なく、無愛想で、素直じゃない一言だった。
「そう、って、お前なぁ......」
 一世一代の覚悟の腰を折られたようなミツルの様子が少しおかしかった。不思議と電車の中と違って今の私は落ち着いている。頭の中でゴチャゴチャ悩んでいたことなんて全部、ミツルが洗い流してしまったかのように、酷くすっきりした気分だ。
「私も、アンタの事嫌いじゃないわよ」
 ミツルを追い抜いて、今度はアタシが夕日に近づく。
「オイオイ、譲歩したみたいな言い方だな」
「人間のくせにこのアタシを口説こうなんて百年早いのよ」
 むしろ数百年以上遅いっての。
「ねぇミツル、取り引きしない?」
 結局、私に悩む余地なんてなかった。ケンタロウに──そしてミツルに恋をしたときから、選択肢なんてなかったのかも知れない。
「取り引き? 死神の取り引きって言ったらアレだよな。願いを一つ叶えてやる代わりに魂よこせってヤツ」
「それじゃ悪魔じゃない、その逆よ」
 ある意味、予想通りの反応だった。むしろ、アタシの台詞もミツルの反応も、あのときと同じだった。
「逆というと」
「命を助けてやるから、アタシの願いを一つ聞きなさい」
 死神の癖に、滑稽だ。でももう、どうでもいい。やけになったんじゃない。ただ、もう疲れただけ......。
「その願いってのは?」
「アタシの、恋人になりなさい」
 今度は、アタシが夕日を背負って言ってやった。振り向きながら、かっこつけて。
「それは、喜んで」
 だけどやっぱり、真っ直ぐに夕日を浴びたミツルの笑顔には勝てなかった気がした。

 

「一日だけの恋人になったっていうのに、デートもできねぇとはなぁ......」
「別にいいわよ。ミツルと一緒ならどこでも一緒だから」
 ミツルにもたれながらアタシは答える。台風の日というのはもちろんのこと、この台風が死因と知って外に出るほどミツルは馬鹿じゃない。そもそもアタシがそんなの許さない。どうせ昨日まで四六時中どこに行くにも一緒だったのだから、家の中の方がかえって新鮮よね。
「お前、可愛い事言うようになったな」
「へぇ、前のアタシは可愛くなかったみたいね」
「いや、決してそういう意味じゃなくてだな」
「冗談よ」
 本当に、アタシはこうしてるだけでいい。ミツルに触れられるだけでいい。
 今日が過ぎれば、ミツルはまたアタシの事は忘れ、アタシは同じ魂を二度救ったとしてより重い減点処分を受ける。長期未収納の事もあるし、それで消えたりはしないだろうけど、どのみちアタシはこの先死神の仕事なんて手に付かず、消えてしまうだろう......。
「人間が羨ましいわね......」
「人間になればいいだろ」
「簡単に言うのね」
「......悪い」
「ほんとにね......」
 アンタがいなけりゃ、アタシはとっくに昔に出世したか人間になってたでしょうに。アンタに惚れたばっかりにこのザマよ。本当に悪い男よね。
「ねぇ、今度はアタシの事忘れないでよね」
「忘れねぇよ」
「嘘つき......」
 ううん、本当は嘘つきなんかじゃない、あの別れの瞬間から、私のことをどこかで覚えていてくれた、思い出したのは私の方......。忘れようとしてたのは私の方...。
「ありがとう......」
「イロハ?」
 ミツルの腕に頭を抱かれて、アタシは少しづつ意識を手放していく......。二人の時間は長くは無いのに寝るのは勿体ないけど、愛しい人に抱かれて寝てみたい、そう、ほんの少し......ほんの少しだけ......。
「......」
「イロハ?」
ほんの少し......。

 

 ガタガタガタガタ......と、耳障りな音が聞こえる。
「ん......ん......?」
 風で玄関のドアが悲鳴を上げているらしい。その音に起こされて虚ろな瞳で見てみるとドアが開いてガタガタ震え、玄関がビショ濡れ。
「ミツ......ル......?」
 どうしてミツルはドアを閉めないんだろう、アタシと一緒に寝ちゃったのかしら。そう思って周りを見てみると、ミツルに抱かれて寝ていたはずのアタシはベッドで寝ていて、ミツルの姿が見あたらない。
「ミツル?」
 死因はもう話したし外に出るなと釘も刺しておいたはず。まさか外に出る訳もないし。だけどアタシの呼びかけに返事はない。寝てしまう前までに記憶を辿ってみる。
「まさか」
 辿ってみて、最悪の言葉を思い出した......。
『忘れねぇよ』
「ミツルっ!?」
 飛び上がって携霊機の画面を確認する、そこに表示されたミツルの座標は。
「工事現場......」
 嫌な予感が、的中した......。
「どう......して......」
 アタシの絶望感を煽るように、救急車のサイレンが無機質に鳴り響く。暴風と豪雨にかき消されないように、一つの絶望を運んでいく......。

 


「あーぁ、やっぱり死神なんて仕事向かないわねぇ」
 下界で久しぶりの一仕事をようやく終えて開放感を満喫する。見てるだけっていうのも、やっぱり辛いわね。
「ふぅ......」
 あれから半年、アタシはまだ消えていない。今し方魂を送ったんだから、これで当分サボっても平気でしょう。
「人間になるのは、まだまだ先になりそうね......」
 半年前の違反のせいで、だいぶ減点を食らってしまった。これでまた道のりが遠のいた訳だけど、点数はまた貯めればいい。
「先は長いなぁ」
 結局アタシは、人間になることを諦めずにいる。消えるのなんて尚更ごめんだわ。
「まぁ、こんな生活も悪くないかもしれないわね」
 だって、もう......。
「いよっ!」
「ん?」
 ふと、誰かがアタシの肩を叩く。人間がアタシに触れられる訳ないから、誰かはわかりきってるんだけどね。
「遅いじゃない」
 振り向いた先には、アタシと同じ格好をした懐かしい人がいた。思わず零れた第一声が照れ隠しの悪態って、我ながら素直じゃない。
「ひでぇな、これでも試験一発合格なんだぜ?」
「アタシが推薦したんだからそうでなけりゃいい面汚しだわ」
「実技研修の目付が三連続でハズレるもんだから時間かかっちまってよー」
「見る目無いわね、アタシにかかればどいつが死にそうかなんて一発よ」
「流石は大先輩様だ、伊達に長いことやってないねコリャ」
「アンタ、喧嘩売ってる?」
「滅相もない! そういやよ、来年から”死神霊法”が変わって違反者の取り締まりでも点数が貰えるらしいぜ」
「知ってるわよ。それぐらいしないと手が回らないくらいろくでなしの死神が増えたってことなんだから、世も末ね」
「素直に喜ぼうぜー......」
 実際、その話を聞いた時には飛び上がりそうになるくらい嬉しかったけど、これからの“連れ添い”にはしゃいでる姿なんて恥ずかしくて見せられないわ。
「なぁ、イロハ」
「なによ、ミツル」
 今更になって、“ミツル”が真面目になる。
「これでもう、寂しくないよな」
「......」
 もう、人間にならなくても......。
「うん......、ありがとう」
 寂しくは、ないのだから。
シェア
次の話 →
天使のおしごと
死神たちのおしごと作者:万能ねぎトロ
目次
✍️
まだ感想がありません
あなたの一言が、作者の次の一話につながります。
最初の感想を書いてみませんか?
コメント0
ログインしてコメントする
まだコメントがありません