悪魔のおしごと
罪の意識に苛まれる青年と、悪魔の少女の物語。
殺風景で薄暗い部屋の中に、一人の男と一人の女がいた。
男は顔立ちもよく人当たりの良さそうな印象を与える30代ほど。女は無邪気そうな笑みを浮かべた高校生かそこらの年頃の子といった感じである。ただ、歳相応と言えばそうかもしれないが、赤黒い少々派手なゴシック調のタンクトップ姿が異様にも見える。
男は畳の上に寝そべり天井を仰ぎ、どこか思い詰めたようにうなりとため息を繰り返し、女はそれを優しい眼差しでのぞき込んでいた。
しかしこの二人、男と女に接点はなく、男は女の存在を認識すらしていない。そして、その眼差しの示すとおり女は男の存在を認識していた。
「はぁ...」
「まだ、決心がつきませんか?」
男の何度目かのため息に、女は語りかけてみる。自分の姿は勿論、声が届かないのは承知の上だが、なにか思念のような物は伝わらないだろうか、と、そんな期待を込めて。ただ、悩んでいたのは彼女も同じであり、その言葉が届かないことを確認したことで、女の方が先に決心したらしい。
「ううん、だからこそお仕事ですよね。緒矢・努(オシ・ツトム)さん、私が助けてあげます!」
女は立ち上がり、覚悟を決めて“仕事”を開始した。彼女の仕事は――悪魔。
悪魔のおしごと
「47つ」
気がつくと天上のシミを数えていた。しかし昨日と数が違う、集中して数えているわけでもないから誤差が出て当然か、軽い現実逃避だしな。
考えても考えても堂々巡りで答えがでない。何を悩んでいるかと言えば、平凡な日常を送っている人間には到底縁のない...、事もないか。まぁ比較的珍しい不幸に悩んでいる。なにかといえば...。
オレは、人を殺したことがある。
交通事故だった。仕事仲間との打ち合わせでビールを一杯薦められた、車だったので断ったのだが、すでに軽く酔っている相手にはなかなか通用せず、断っていると仕事の話が進まないので仕方なく飲んでしまった。
別に酒に弱いということもないし運転には自信があった、一杯ぐらいで運転に差し支えることもないだろう...、そんな油断がいけなかった。
帰りが遅くなったので、翌日の仕事に差し支えないよう早く寝ようと車を飛ばしているところで...青年をはねた。
混乱はした、だが、すぐに救急車は呼んだ、逃げようだなんて微塵も考えはしなかった。そこに迷いはなかったことがこの事故の唯一の救いだろう、オレ自身に対しての。
救急車こそ呼んだが、青年はほぼ即死だったらしく、息を吹き返すことはなかった...。
オレは罪を受け入れた。青年の両親は恐ろしくよくできた人で、オレの謝罪を受け入れ、オレを攻めるようなことはしなかった。たかがビール一杯とはいえ酒気帯び運転の事実は揺るがないのに、不幸な事故だと言ってくれた。そしてオレ自身も模範囚として過ごしために刑期は比較的短かった。
だが、今にして思うと攻めてくれた方が楽だったかもしれない...。
あのとき酒を飲んでいなければ、事故を回避できただろうか? なんて、考えるだけ無駄だ。そんなことよりも例え事故であっても青年を殺したという事実がオレをいつまでも苦しめる。
特に目立った能力もないオレは真面目を取り柄に生きてきた、そんなオレに『人殺し』の事実は重すぎる。罪を受け入れ、法の場で公正に裁かれ、服役したといっても、そんなことで罪を償えた気がしないのだ。むしろ服役中は罰を受け入れていることで楽だったくらいに思える。
“命”に対価なんてありはしないだろう、だが仮にあるとすれば、それもまた“命”に違いない。そう、真に償うのであれば、オレは死ぬべきじゃないんだろうか?
「死のうか...」
そしてこの結論に至るのだ。法がオレを殺してくれないのなら、自殺するしかない。だが日本でそれは許されない、少なからずどこかに迷惑をかける。なにより、オレが“事故”を悔やんで自殺したとなると、オレを許したあの両親はどうなる? オレを責めて罪を重くするような人たちなら、オレが自殺して「ざまぁみろ」と思ってくれるだろうが、あの人たちはそれが誰であろうと人の死を喜ぶような人じゃない、それが息子を殺したオレであっても...。どころか、オレが死ぬことでどこかに責任を感じたりするんじゃないだろうか。
「はぁ...」
今のオレに“希望”はなく、未練も無い。この先の人生どうあがいても前科がオレを苦しめるだろう。あるいは、罪を背負ってロクじゃない人生をこの先送り続けることだが罰なのだろうか。だとしても、“罰”は所詮“罰”でしかない、それは“償い”じゃない。
償いのために死にたい。だが、死のうと思うと青年の両親が頭にちらつく。そしてまた事故のことを思い出す、堂々巡りだ。
「パ~パララパパ~ッパ~パ~!」
「...?」
寝そべっているオレの頭の上あたりから、音程も拍子も飛んだ、音楽かすらも疑わしいアカベラが聞こえてくる。なんたら保護法とやらで出所した直後のオレに援助として貸されているこの部屋にTVなんて高価なものはないし。いつのまにか誰か来ていたのか? と視線を頭の上へ向けると。
「アナタのそのお悩み、京(チカ)さんが解決してあげましょう!」
頭の上に、妙に派手な赤黒いゴシック調の服を着た年頃の娘が仁王立ちしていた。...黒か。服もそうだが年の割に随分と派手な、ではなくだな。
「えーと...、どちらさま?」
役人? にはとても見えない。そもそも玄関は足の方にある、いくら悩んでいたからって来客に気付かないわけもないし、一体どこから...。
「ん、よし! ちゃんとチカさんが見えてますね!」
「あ、はい」
チカというらしい娘はオレの返事に喜んでいる、しかし短いと言うこともないが、スカートで男の頭の上に立つのはどうかと思うぞ。
「...でもいきなりチカさんが現れたにしてはイヤに冷静ですよね...、ていうかテンション低いですよね。ホントに見えてます?」
本人曰く、やはりいきなり現れたらしい。死のうだなんて思ってる人間の精神状態が正常かは微妙なとこだが、たしかにオレは冷静だ。それが気にかかるらしく、オレの目線の先でヒラヒラと手を泳がせている。
「顔に似合わない黒くて派手なヤツまでよく見えてるぞ」
「.........、あっ!? ひゃぁ!?」
オレの発言から少しのタイムラグの後、慌てて半歩下がりながらスカートを抑えたものだからバランスを崩してこけた。
「えぐぅ...」
ついでに壁に頭もぶつけたらしく涙目になって後頭部を押さえている。百面相だな...。
「大丈夫か?」
とりあえず体を起こして心配してみる。誰かは知らないが、少なくとも警戒が必要な相手ではないらしい。
「だ、大丈夫です...、久しぶりに実体化したから重力に慣れなくて...」
よほど強く打ったらしい、頭の方は大丈夫じゃなさそうだ。
「あ! えーと、コホン!」
そして思い出したかのように居住まいを正して、誇らしい表情でこういうのだ。
「申し遅れました! チカさんはツトムさんの悩みを解決するために現れたチカさんです!」
一人称と自己紹介が重複して変な日本語になっている。
「ズバリ! チカさんはもうすぐ死ぬ人などの願いを叶え、安らかに死んで頂くという不幸な人のために...ために...」
ここでカンペらしき物を確認。
「んー? せい...せいれん...。あの、すいませんこれなんて読むかわかります?」
差し出された紙には可愛いらしい書体で「必勝セールストーク!」と書かれており、彼女の刺すところには精錬恪勤と書いていた。
「せいれんかっきんだな」
「そう、精錬恪勤する精霊であります! えーと...、『注意、ここで決して悪魔と言ってはいけない』」
「そこは読まなくていいんじゃないか?」
「あぁ!?」
漢字を見たとき、その一文はカンペの下の方に書いていた。オレが確認した時点で読まなくても無駄だが。ていうか、なんだ。
「お前、悪魔なのか?」
「ち、ち、違いますよぉ! 願いを叶えるお代に魂を頂くだけで、決して皆様が考えるような悪魔とかそういう怪しいのではなくてですね!」
「そうか、悪魔なのか」
「えええぇぇえと、たしかに“悪魔”と呼称をいたしますけど! 互いに五分の確かな契約でお互いに利益をなんとかかんとかするのであって!
決して人間の皆さんが言うような悪いイメージの悪魔ではなくてですね!」
必至に弁明するチカという悪魔。は、実際信じがたい。オレの頭が狂って変な幻覚を見せているのか、チカとやらの頭が狂っているのか...。
「チカさんはお客様に安らかに死んでいただきたく悪魔をやっているのです! 決してやましい気持ちはありません!」
「えらく物騒な弁明だな...。ていうかオレ死ぬのか?」
「あ、いえ、ツトムさんが死のうかどうか悩んでいるので、背中を押してあげようと思いまして。決してツトムさんの死が確実な訳じゃないですよ?」
「あぁ、そうなのか」
てかそこは背中を押すところなのか。
「深い悩みで自殺を考えてししまうくらいなら、願いを叶えて前向きに死んだ方がいいだろうと!」
前向きなんだか後ろ向きなんだか...。
「でも、代金は魂なんだろ?」
その魂がどういうものかは、よくわからないが。
「たしかに魂をお支払いいただくと輪廻の輪から離れて転生できなくなっちゃいますけど、転生なんて記憶も人格も別物のいわば“他人”ですよ!
他人のために転生するくらいなら“自分”のために願いを叶える方が有意義じゃないですか! “自分”の人生はどうあがいても一度きりなんです!」
「まぁ、そうだな」
さっきのカンペはひどいものだったが、悪魔というだけあってイヤに説得力がある。って、なんでオレは真面目に話を聞いてるんだ?
「いかがですか、チカさんと契約いたしませんか! お代はお客様が満足してから頂きます! 決して失望させません!」
「いや、ここまで聞いといてなんだけどさ...」
「お願いします! 精一杯頑張らせていただきますから!」
信用できない、信じられない、そんな言葉を遮ってチカは頭を下げた。その姿はとても冗談には見えず、そして“悪魔”には見えない不器用な誠意だった。
「...わかったよ」
思えば、非現実的な彼女の存在を信じることができたのは悪魔故の魔力なのかもしれない。
「願いの内容を決めるまでは仮契約期間になります。
契約満了までチカさんがお側に付かせてご相談に乗らせていただきますので、質問やお悩みなどお気軽に申してくださいな」
「なんだ、いきなり願いを決めなくていいんだな?」
とりあえず外に出て近くの喫茶店でチカから悪魔についての説明を受ける。店員にもチカが見えているのでコイツがオレの幻覚と言うことはないらしい。テラス席で人通りも少ないこの店なら周りに聞かれることもなく落ち着いて話せるだろう。
「人間の心は移ろいやすいものですからね! 死ぬとはいえなにを願うかにも悩むでしょうし、願いにも限度がありますので」
「なんでも叶えられる訳じゃないのか、その辺もう少し詳しくわからないか?」
「悪魔の力にも制限がありますので、端的に言えば『身の丈にあった願い』までしか叶えられません。
例えば世界平和とか世界征服とかそういうのは無理です! ツトムさんがどこぞの大統領とかならともかくとして」
その場合、世界平和と世界征服どっちか可能の範疇なんだろうな...、いや、考えるまい。
「存在しない金銭も生み出すこともできませんが、まぁ宝くじの一等とかなら可能です。
あとは死者を生き返らせたいとか。魔法を使いたいとか。基本的に『非現実的な願い』は無理です」
自分が非現実的な存在なくせに...。本人からすれば自分は現実的な存在なんだろう。
「あと願いは一つに限りませんよ。簡単な願いなら満足がいくまで何度でも申してください。
その場合死期の直前に強制的に魂を頂くことになりますが...。ツトムさんの場合自殺なので頃合いを見てチカさんの判断で頂きますね!」
願いの数を増やしてくれ、なんてお約束的ネタは必要ないわけね。
「あ、でも、願いを確定させてチカさんが十分な力を行使した後は契約の破棄が不可能になるので注意してくださいね!
チカさんの力の行使後に願いが達成できないなら契約は破棄されますが、同じ人に再契約はできないので!」
「それはつまり、お前に力を使わせておいてオレの願いが叶ってない事にすれば、オレの魂は奪われない訳か?」
「まぁそうなりますけど...」
「...それは話さない方がよかったんじゃないか?」
おとぎ話だったかにそんな話があった気がするな...。
「あぁ!? でもツトムさんは誠実な方と見込んで契約お願いしてますから! そんな事しませんよね!?」
なんで悪魔が人間相手に誠実さ求めてんだ? まぁ騙すつもりはないけどよ。
「それで...、参考までに今まで叶えた願い聞いていいか?」
「はい! 最近のからだと。孫の顔が見たい。しばらく健康になりたい。話し相手になってほしい。お腹の子供の助けて。仲直りがしたい。故郷に帰りたい。仕事を終わらせたい。残される妻を幸せに。恩返しがしたい...etc...」
ハードカバーの本を開いてチカは嬉しそうにこれまで叶えた願いを教えてくれる。その内容はどれもオレのイメージする“悪魔と契約して叶える願い”にはほど遠かった。
「なんか、想像と全然違うんだな...。人間が悪魔に頼んで叶える願いなんてもっと俗っぽいものだと思ってたんだが」
「そりゃ騙されたりエッチな事お願いされたら困りますから、品行方正な方を選んでますもん!
不幸にも死んでしまう人に安らかに死んで貰うのが悪魔の勤めですから悪い人はそもそも論外ですし!」
まぁ、たしかに騙しやすそうだよなコイツ、さっきの説明を聞くに騙す手段はあるようだし、昔話なんかにもよく鬼を騙す知恵者もいるし。
「選ぶとか死にそうとか、そんな簡単にわかるものなのか?」
「えーと、通常死にそうな人間は死神や天使が憑くことで魂を回収するんですけど、その連中が使ってる『死相リスト』をハックして連中が目を付けてない人を選んでいます。ナイショですよ!」
「死後の世界はオレが思っている以上に実務的なんだな...」
「死神や天使も魂全てを掌握してる訳じゃないですからねー。特に自殺は確率が低いので死神連中も放置しやすく浮かばれないことが多いらしいですよ?」
そういう意味では悪魔に目を付けられたオレは運が良いのか悪いのか。
「あ、仮契約した今はそのリストをカモフラしてるので死神が憑くこともないから大丈夫です! チカさんが!」
「困るのはお前のほうか...、天使はともかく死神と悪魔なんて親戚みたいなものだと思ってたんだがな」
「ジョーダン! 死神や天使なんて人間の魂を出世の道具くらいにしか考えてない性悪ばかりですよ! 病気や事故で苦しむ人間を見て手を差し伸べてやりもせずに死んだら容赦なく送り飛ばすんです! その点チカさん達悪魔は安らかに死んで貰うための労力を惜しみまないのです!」
「そ、そうか...」
禁句だったらしく、もの凄い剣幕で反論してきた。たしかにチカは悪いヤツには見えないし、本当にオレみたいな不幸な人間の境遇を救うためにやっているとすればいわば実務的な死神天使の仕事は嫌悪するものなんだろう。でもな、悪魔は取り引きに魂取るんだよな...。
「ちなみに悪魔に取られた魂はどうなるんだ? やっぱり喰うのか?」
「んーと、魔王様に献上するのでよく知らないのですけど、仲間が増えたりチカさん達が使う魔力の元になったりするらしいですよ?」
「ですよ? ってお前な...」
「魔王様カップメンマニアだから魂を食べたりなんかしませんよ! 大丈夫ですよ!」
悪魔に関するオレのイメージはすでに散々だが、魔王に関するイメージも崩れ去った...。ちなみに例のカンペも魔王様直筆らしい、隅の方に猫の絵とか描いてた。
「信じてません? チカさんも人間から悪魔になったそうですよ?」
「あぁ、そりゃ説得力あるわ...」
だから悪魔っぽくないのな。
「えへへー」
何故か誇らしげだし。
「人間だった時のこととか覚えてないのか」
「生前の人格を形成する程度の記憶しかないのでほとんどないですねー。
でも悪魔と契約したって事はチカさんも不幸な人だったのでしょうし、覚えてない方がきっといいんですよ!」
「事故死とかじゃその限りじゃないと思うが...。まぁ安心したわ」
オレも死んだら悪魔になるのかね。それはそれで悪くなさそうだ...。とチカを見てると思えてくる。
「で! 話がそれましたが願いについてなにか質問はありますか? それとも叶えたい願いに心当たりはありますか?」
「質問は...まぁ大体分かったからある時に聞くわ。願いの心当たりはあるにはるんだが...、漠然としててなぁ」
「是非是非ご相談ください! 願いを決める手助けも悪魔のお仕事です!」
「人助けをしたい...」
感動された。
「す、すばらしいです! 流石チカさんが見込んだお方です!」
といった具合に。
自殺を考えた理由はやはり“償い”だ。オレ一人でできる償いなんてたかが知れているが、悪魔の力を借りれば納得できる償いができるかもしれない。身の丈にあった願いしか叶えられないので“世界平和”なんてのは無理だが、一人くらいの命は救えるかもしれない。それで本当に納得できるかはまだ微妙だが...。
「ツトムさーん、不燃ゴミのカゴこちらへお願いしまーす」
「おーう...」
で、現在チカと共にゴミ拾いのボランティア中。
「なんか、違うんだよなぁ...」
「何言ってるんですか! 町を綺麗にすれば人の心もキレイになるのですよ!」
「いや、ボランティアに不満があるんじゃなくてだな...」
オレが考えてた悪魔との人助けってのは、もっとこう...。枯れ木に花を咲かせましょう的な...。と、もやもやしてたら参加者のおばさんがチカに話しかけていた。
「チカちゃん今日も参加してるのね~。若いのにホントえらいわぁ」
「いえいえ、趣味ですから!」
って、常連かよ!? 他の参加者顔見知りかよ!? 趣味なのかよ!?
「今日は妹のマオちゃんは一緒じゃないのねー?」
「マオーちゃんはお仕事ですから! チカさんもホントはお仕事だったのですが今日は特別です!」
魔王も常連かよ!? 魔王女なのかよ!? ていうかお前より小さいのかよ!? オフではちゃん呼びなのかよ!?
「そう、学校は大事だものね。チカちゃんもスケジュールに無理しないでね」
「はい! おばさまもお元気で!」
話を区切り、参加者が離れたところで一言。突っ込みたいところは山ほどあるがまずは...。
「不公平じゃないか?」
「え? カゴ持ち代わります?」
「そういう意味じゃない! オレの願い叶えてるはずなのになんでお前が趣味満喫してるんだよ!」
「えぇぇぇー...、だって人助けといえばまずはなによりボランティアじゃないですかー?」
「オレは釈然としねーから言って...」
「不燃係りのキミー、こっちへお願いできないかー?」
「あ、はい、今行きます!」
て、服役中の条件反射が!
「...終わってから覚悟しろよ」
仕方ない、ここで文句を言ってると他の参加者にも迷惑がかかるし終わってから話を付けよう...。オレはゴミ拾いに集中することにした。
「ツトムさん、やっぱりいい人です♪」
チカがオレを見直しているが、納得した訳じゃないぞ! 断じて!
「なんでやねん!」
「はぅっ!?」
ボランティアを終えて配給されたジュースで他の参加者とサロンで談話し別れ際に貰ったパンフでハリセンを作りチカの頭をはたく。
「いきなりなんですかー!」
「山ほどある突っ込みを一回で済ませてやったんだ、ありがたく思え」
参加者の話を聞くに、やはりチカと魔王は常連らしい。しかも二人は超フレンドリーらしい。その他諸々含めて。
「お前、ホントに悪魔なのか?」
「悪魔ですよ?」
「よく考えたら悪魔らしいとこ一度も見てないよな? 不思議な力とか」
実際、なんでオレ信用してたんだ?
「最初にカギのかかった部屋にいきなり出てきたじゃないですかー」
「オレの不注意かもしれないだろ。カギなんてオレがかけ忘れてたら入ってからかけれるしな。そもそもお前も魔王とやらもフレンドリーすぎる」
「悪魔に偏見持ちすぎですよー。悪魔って呼称なだけでチカさんは人助けでやっていますし悪いことはやってないですもん」
「なんにしても信用できん」
「むー、じゃぁ不思議な力を見せれば信用してくれますか?」
「まぁな」
手品の可能性もあるが、悪魔を名乗るならそんなチンケな事はしないだろう。もっと大がかりな...。
「はい! ではこちらにありますはタネも仕掛けもない普通の帽子、なんとこの中から猫ちゃ...あたっ!?」
オレの鋭いハリセン捌きが炸裂した。
「もっとやりようがあるだろうが!」
「えー、だってすぐに思い付くのこれくらいしかなかったんですもんー」
ニャー。
ホントに帽子の中から猫が出てきて逃げ出した...、が、どうでもいい。
「もっとこう、魔法っぽいのとかないのか?」
「魔法っぽいですか...。うーん、ちょっと考えます」
パチン。そう言いながらチカが指を鳴らすと手元の帽子と逃げた猫が消えた!?
「おぉぅ!?」
「うーん、魔法っぽいのかぁ...」
「いやいや、それだよそれ!」
「それ?」
「さっきの猫だよ!」
「さっきの猫ちゃんはその辺の野良猫にご協力いただいただけでただの猫ですよ?」
「消えただろ!」
「はいー、元の場所に戻っていただきましたー。あ、もしかして気に入りました?」
「じゃなくてだな!」
ホントに鈍いなコイツは。
「いきなり猫を消すのが十分魔法っぽいって言ってるんだよ!」
「うんー? 出すのはダメで消すのはアリなんですか? 基準がわかりません!」
言われてみればそうだな...。
「いや、まぁ...、一応納得したってことだ」
「今度はチカさんが釈然としません! が、まぁいいです。あんまり無駄に力使えませんし」
「どういう事だよ?」
「魔王様から頂く魔力がチカさん達の命みたいなもので、無駄使いはできないのです」
「なるほど、身の丈にあった願いや、現実的な願い、の基準はそこか」
「さぁ? どのみち悪魔の力量じゃ大それた願いは叶えられないと思いますよー?」
「ホントに何も知らないで仕事してるんだなお前...、ていうか命みたいなものって事はやっぱり魔力無くなると...」
「消えちゃいますね」
随分簡単に認めるんだな...。
「悪い、余計なことに力使わせちまったな...」
「あ! 大丈夫ですよ! あの程度なんて全然!」
「でも無駄なことに大事な力使わせたのは事実だしな...」
「無駄でもいいんです! チカさんは人間さんの幸せのために力を使って消えるなら本望です!
だからチカさんを気遣って願い事を躊躇う必要なんてないですからね! 大体簡単に消えたりしません!」
反省するオレにチカは気遣うように力説する。なんなんだコイツは...?
「なんでそこまでしてくれるんだ?」
「だってチカさん、悪魔ですから!」
答えになっていない。だが、チカにとっては人のためにあるのが悪魔なのだろう。何の疑いもなく、悪魔なのだろう。チカの迷いのない笑顔を見ると、疑った自分が馬鹿らしくなった。
「そうか、引き続き人助け、頼むな」
「お任せ下さい!」
力を使う必要もなくチカも喜ぶ、ボランティアも悪くないかも知れないな...。
「安いけどコレが美味しいんですよ! 特にトンコツは魔王様イチオシです!」
お湯を少し多めに入れるのがコツなんです。とチカは楽しそうに解説しながらカップメンを選んでいた。最近は弁当ばかりだったが、スーパーはカップメンの品揃えも多くていい。
チカと“人助け”を始めて2週間程。色々なボランティアに参加し、企画のない日は町を散策して困った人を助けたりしていた。正直、こんな小さな事の積み重ねで“償い”をできている気はしない。やはり命は重い。
「チカはどれが好きなんだ?」
「うーん、チカさんは正直カップメンよりちゃんとしたご飯作る方が...。あ、魔王様にはナイショですよ?」
「料理、できたのか...」
いや、はたして“できる”のであって、“得意”なのだろうか...。
「なんで意外そうに言うんですか! 料理もチカさんの7つの趣味の一つです!」
ちなみに他の趣味はボランティア、牛乳ビンのフタ集め、タロット占い、百人一首。あと二つはなんだろなー...。7つといいつつチカの事だからもっと色々ありそうだが。
「ほぅ、それじゃお手並みを拝見させていただこうか」
「ふふん、任せなさい! 京都の職人さんに教わった技を見せてあげますよ!」
「いや、あんまり高価な材料は無しな...」
コイツ職人とまで契約したことあるのか? まぁ服役中に貯めた金じゃあんまり贅沢はできないから技を発揮するような料理は厳しいのだが。
「アイアイサー!」
オレの忠告を聞いたのか聞いてないか、チカは元気よく魚売り場へ駆けていった。
「悪魔か...」
魚を物色するチカを遠目で見ていると、とても悪魔には見えない。ここ数週間、オレの願いはまだ叶っていない。だが、チカと一緒にいると“願い”の事なんてどうでもよくなっているオレがいた。皆まで言うさ...、オレはきっとチカの事が好きなのだろう。スタイル(特に首から腹の間が残念)はともかくとしてあそこまで純粋で自分に献身的なのだ、好きにならない方がおかしいだろう。
「ツトムさんー! マグロはお好きですかー?」
「嫌いだな、値段的に」
「むぅ!」
あからさまに不服な顔。仕事見つけてないオレも悪いけどよ。
「なぁ、チカ」
「はいー?」
「願い...、いや...なんでもない」
「?」
願いで恋人になってくれないかと聞こうとして言葉を飲み込む。聞いたところで仕方がない。オレが望めばチカは迷い無く願いを受け入れてくれるだろう(エロい願いは躊躇うみたいだが)。だが、そんな方法をとるくらいなら、このままチカの言う頃合いまでのんびり過ごした方がマシだ。
「んー、やはりサーモンのムニエルで妥協するしか...」
「和食の職人じゃなかったのか?」
「仕方ないじゃないですか! ツトムさん貧乏なんだから!」
「うっせぇ、贅沢は敵だ。決まったならレジいくぞ、いい加減腹減ったわ」
半場八つ当たり気味にチカの選んだサーモンをひったくってカゴに放り込みレジへ行く、と。
「はーい、あっ」
「どうした?」
「すいません! お花を摘んできます!」
「ん、あぁ?」
レジを見るなりチカがオレの返事も待たずどこかへすっ飛んでいった。知り合いでも見つけたのだろうか、今までチカがトイレに行くところなんて見たことないから悪魔はしないものと思ってたんだが。
「ありがとうございました...」
妙に顔色の悪い店員のレジで会計を済ませ、出口のところに隠れてる(つもりと思われる)チカを見つけた。
「なにやってんだ?」
「顔を覚えられてる死神さんがいたので、一応見られたらまずいかなーと...」
「死神? そいつもお前みたいに人間に扮してるのか?」
「いえー、死神さんは基本的に人間に憑いて人前には出てこないですよ、チカさん達は揉め事にならないよう意識して“見える”ようにして避けてますけど」
「てことはあの顔色の悪いレジの店員か」
さっきの視線とレジからの死角から察するに、オレが会計を済ませた店員だろう。
「あっ!?」
「ん?」
と、オレのつぶやきにチカがしまったという顔をしていた。
「すいません今の無しにしてください! 気付かなかったことにしてください! 契約者以外の死相を話しちゃいけない決まりなんです!」
「あぁそうか、死神が憑いてるって事は...、あの子、死ぬのか...」
「はぅっ!?」
コイツが悪魔らしからぬ体たらくで忘れていたが、死神・天使・悪魔は死相のある人間に憑くんだったな。ということは...。
「なぁ」
「だ、だめですよ! 死因とか日取りとか調べられるけど教えられませんからね! 決まりですからね!」
聞いてないのにゲロってくれた。そうか、その気になれば助けられるのか。
「若いな...」
もう一度さっきの店員を確認する。顔色が悪いせいでたしかな年齢はわからないが、多分二十歳前後だろう。長い黒髪で大和撫子と言った風貌。彼女とオレにはなんの接点もないが、ここにきてようやく“命の対価”に出会えた。
「助けるのはトオルさんの自由ですけど、チカさんは協力できませんからね!
チカさんだって助けたいけど、決まりなんですからね! 大体死ぬと決まってるわけじゃありませんし!」
「オレが、あの子を救いたいと願ったら?」
「うぐっ!?」
どうやら断れないらしい。チカにはひどく都合が悪いようだが、ようやく見つけたんだ、やってしまえ。
「オレの願いだ、あの子を、救いたい」
「...本当に、その願いでいいんですか?」
「かまわない!」
いつになく真剣なチカに、オレも真剣に答えた。これでチカに嫌われるならなおさら諦めもつく...。
「承諾しました」
だけど、チカは安心したように、笑って受け入れてくれた。
「いいですか、ミヤビさんの死因は過労死です。なんとか働くのを止めてください」
ハードカバーに似た何かに表示された死相リストとやらを見るに、彼女の名前は伊豆見・雅(イズミ・ミヤビ)というらしい。
「お前があの子を死なないように元気にしてやるんじゃダメなのか?」
「それじゃ死因が遅れるだけで根本的解決にはなりませんので」
表示を見るに余命およそ3週間・過労死となっている。
「余命があと数週間とかなり危うい状態です!! なんとしてでも止めてください!」
「そこまでオレに話して大丈夫なのか?」
「契約の範疇です。説得には必要な情報です!」
「そうか......」
まさかそこまで知ってて一芝居打った...わけないよなぁ。いくらチカが人助けを心情にしてるとはいえオレの願いを誘導するようなことはしないだろう、芝居ができるほど器用なはずはない。
「今回は死神がかかわってるのでチカさんは隠れてますね。死神は人間に手を出せないはずですが、チカさんは悪魔なので」
「襲いかかってきたら?」
「.........」
オレの質問にチカから大量の冷や汗。
「が、頑張って御守りします!」
ホントに大丈夫なのだろうか...。チカの反応を見るにその死神はよほどおっかないヤツなのだろう。
「しかし、遅いな......」
「遅くまでシフトを入れているんでしょうねぇ...」
オレとチカはスーパーの裏で彼女が出てくるのを待っていた。チカのおかげで家の場所もわかるが万が一にも次のバイトに直行なんてされたら手遅れになりかねない。顔色が悪いのは一目瞭然だったのだから。
「あ、出てきましたよ! 頑張ってくださいね!」
「おう」
明らかに疲れた様子のイズミ・ミヤビさんが現れると入れ替わりにチカの姿が消える。“隠れた”のだろう、悪魔が隠れてる死神を視認できるなら死神も悪魔を視認できそうなものだが...。まぁいい、どうせ多分バレる。
「イズミ・ミヤビさん!」
「え、は、はい!?」
暗闇からいきなり現れた見知らぬオレ(さっき買い物したとはいえあの様子じゃ客の顔なんて確認してないだろう)に当然のごとく彼女は驚き、いつでも逃げられるような警戒した姿勢を取る。
「アンタ、過労死するぞ! このままじゃ手遅れになる!」
始めてオレがチカを見たときに信じなかったように、こんな説得で信じてくれるとは思えないが...。
「いきなりなんですか...?」
怯えた様子だが声は小さく覇気がない。幸いすぐに逃げだすような体力はなさそうだ。だが、元より時間をかけるつもりはない。チカには悪いが手段は選ばん!
「コイツを見ろ! アンタの死相だ!」
「ぁっ!?」
彼女にチカから密かにうばっておいた“死相リスト”を突きつける。そこには彼女の個人情報、死因と日程が載っている。その気になれば普通なら調べが付かないような情報までもだ。肩の辺りからチカの声が漏れたような気がしたが...、コレで出てきてくれるなら尚更説得力がでる。
「な、なんですかコレ...」
ハードカバーの本に載った「自分の死の状況」に真っ青になり、恐る恐る手を差し伸べる...。が、それは予想外の妨害者によって阻まれた。
「ちょっとアンタ、それ寄越しなさい!」
「うぉ!?」
「きゃっ!?」
彼女の横からいきなり黒ずくめの女が現れてそれをひったくったのだ。
「悪魔の証明...、アンタこれをどこで...」
いかにも“死神”といった格好の女が奪ったそれを見て目を疑っている。いや、死神だ。女の持つ巨大な鎌がそれを物語っていた。
「な......な......」
「そこくぅぁあ!」
その姿に驚くオレとイズミさんは凍り付き。死神はオレの動きを待たず、オレの右肩に向けて手を突き出した。
「ひっ!?」
その剣幕に逃げようと試みるが時すでに遅し、いや、オレではなく、チカがだ...。
「イダイイダイイダイイダイ! 痛いですオネエサン!」
「ウッサイ、やっぱりアンタか! また人の仕事の邪魔をしてくれさって!」
オレの右肩でチカが姿を現し(現され?)、片手で頭をわしづかみにされ持ち上げられていた。
「アタシになんか恨みでもあんの!? あぁぁ!?」
「えぐっ!?」
そしてそのまま叩き付け(ボム)。
「だ、だってだって管轄同じなんだから度々関わるのは仕方ないじゃないですかぁー!」
「そんな事にキレてんじゃないわよ! ナニ人間に悪魔の証明見せてる訳!? あろうことか貸してる訳!? そんなに罰則喰らって消えたいならアタシが消してやろうか!? できる限りボッコボコにした挙げ句消してあげようか!?」
そしてヒールキックの連打。
「いたいたいたいたい!」
呆気にとられて見守ってしまったが、ようやくチカが災難な事に気付いた。
「いや、あの...死神(?)さん。悪いのは頼んだオレであってチカでは無くてですね...」
「はぁ!? どんな契約したか知らないけどどうせこのお人好し悪魔に頼まれたんでしょ! アンタも飛んだ馬鹿ね!」
こ、怖い......。
「だから......、オレが彼女を助けたいってそいつに願って、説得のために勝手にアクマノショウメイ? とやらを持ち出したんであって、そいつは悪くは...」
「.........」
「ひっぐ...ひっぐ...」
オレの説得の間も蹴りを途絶えなかった死神がようやく足を止め、少し考え込む。で。
「そお......、アンタに憂さ晴らせばいい訳ね」
「ど、どんとこい!」
「それじゃアンタは人間だから柔術、合気、少林、グレイシー、ルタ、サンボ、ルチャ、好きなの選びなさい」
「どどど、どれが一番優しいですか?」
ヘタレるオレ。だって指をポキポキ鳴らして殺るき満々で睨んでくるだもの! この人どんだけサブミッション豊富なんだよ!? それとも鎌を使われないだけましなのか!?
「だ、だめですよ......、オネエサン手加減下手だから殺しちゃ......」
と、ここでまだ生きてた(悪魔って物理的に死ぬのか?)チカの助け船。
「あらぁ、まさか今までのアタシの技が本気だたっとでもお思い?」
「ひぃ!? ごめんなさい! ナマイキ言ってごめんなさい! 管轄同じでごめんなさい! 生まれてきてごめんなさい!」
「あ、あの......。悪魔とか死神とか......、一体......」
ここまで放置されていた問題の中心人物がようやく割り込む。正直、この死神相手に質問できるなんてすごい度胸だ。まぁ状況が状況で混乱してるせいもあるだろうが......。
「.........、アタシ知―らない。勝手に説明でも説得でもすれば?」
イズミさんを一睨みすると死神はオレたちから距離を取って塀の上に腰掛けた。なんだ? キレてた割には随分あっさり引くんだな......。まぁとりあえず助かった。
「けふっ......。オネエサンも根は悪い人じゃないのでー、きっと安心したんですよ」
復活の早いチカが納得したように死神にフォローを入れる。
「アンタ、後で網打ち式原爆固めの刑ね」
「ひぃっ!?」
聞こえていた。やめてくれ、そんな複雑な技オレに描写できねぇから。根はいい人ねぇ。
「えーと......、まぁちょっとゴタゴタしたがコレでアンタも納得できると思うから、オレの話をよく聞いてくれ。コイツラの事も説明する」
「はぁ......」
死神が出てきて暴れるのは想定外だが、これで説得力も増した事だろう。チカには予想以上に災難な目に遭わせてしまったが......。
「とまぁ、カクカクシカジカな訳で」
「適当な説明ねぇ」
説明が下手なのは勘弁して欲しい、死神が突っ込んだ理由は端折った事じゃないぞ? 断じて!
「わかりました、アナタの言うことは信じます......、でも......」
「はぁ!? あの説明で信じる訳!? だからアンタケチな詐欺師に騙されるのよ!」
「まるでずっと私のこと見ていたみたいに言うんですね......」
「......さ、さぁ?」
失言だったらしくしらばっくれた。さっきの発言も含めてあの死神が説得力の塊みたいなものだしな。
「でも?」
「働かないと、借金が......」
「金は...、オレがなんとかしよう」
仕事のないオレだがチカに頼めばなんとかなる......のか? まぁ仮に無理だとしてもバイトなりでなんとかしてみせる。日雇いなら前科が足を引っ張る事もないだろう。幸い、体力だけは服役生活であるしな。
「......どうしてそこまでしてくれるんですか?」
......しまった、イズミさんが疑問に思うのも無理はない。彼女には悪魔の契約について話したし、彼女を救うのが願いだと説明している。オレとなんの接点もないのに命に代えて救いたいなんて不自然すぎる。
「そ、それは......だな......」
だからといって「人を殺めてしまった償いに救いたい」なんて、言えるわけがない。自分が、人殺しだなんて......。だから、オレは......。
「アンタの事が、好きなんだっ!!」
なんて、言ってしまった。
「ぶふっ!?」
「「えぇっ!?」」
死神が吹き出し、チカとミヤビさん二人が同時に驚く。
「で、でもお会いしたの始めてですしそんな......」
「喫茶店とか、スーパーとか、行く先々でアンタを見かけて運命を感じて......、気がついたら好きになっていたんだ! アンタの頑張る姿に惚れたんだよ!」
悪魔の証明とやらでイズミさんのバイト先をいくつか見ていたのが幸いした、あまり遠くない範囲だったのでオレがイズミさんのバイト先を利用していてもおかしくはないはずだ。勿論、オレはつい最近まで服役していたし出所後も利用した覚えはない。
「あー臭い臭い......」
「そ、そうだったんですか。でも......私はアナタの事覚えていませんし、そこまでされても......」
「オレの事を好きなんてならなくてもいい、感謝なんていらない、コレはオレのわがままなんだ、頼む!!」
やはりでっちあげの恋心じゃ押しが足りないか?
「いいじゃん、助けられてあげなさいよ」
ここで、思わぬ助け船が入った。死神である。
「死神さん.........?」
「こうやってアンタに関わった時点でソイツはもう後には引けないのよ。アタシが出てきたことは事はともかく、悪魔が関わった時点でアンタが手助け拒否って死んでも魂取られて無駄死にするだけよ。ねぇ悪魔?」
「え......、助けられなかったら契......っ!?」
死神に問いかけられて否定っぽい反応をするチカの言葉が強烈な視線で遮られる。あの死神の視線を訳すならば「空気嫁や小娘ぇ!」といったところか。
「そ、そうですよ! イズミさん死んでも契約者の魂は頂いちゃいますからね! なんたって悪魔ですからね! おー、あくいあくい!」
「そんな......」
死神の視線を察したのか、チカが悪ぶってくれた、悪ぶってるんだよな? イズミさんは信じたらしい、騙してるオレが言うのもなんだが、ホントにこの人騙されやすそうだな......。
「そういうことだから、オレのわがままに付き合わせてすまないけれど、助けられてくれるよな?」
「......はい」
どこか納得できない感じではあったが、イズミさんは了承してくれた。なんだか、お互いに釈然としない恩人関係になってしまったな。
「ありがとうございます」
ただ、釈然としないなりに、イズミさんはオレに深く頭を下げてくれた。それでオレの償いへの執着が、少し叶ったような気がした......。
「ま、全部は丸く収まらないんだけどね......」
そんなオレたちのやりとりをみて、死神が意味深に肩を落とす。そういえばアイツ、結構長い事イズミさんに憑いるみたいだけどオレがイズミさんと他の店であったこと無いって気付いてるんじゃないのか? さっきの助け船といい、ホントに根は良いヤツなのか?
「おはようございます」
「ふわぁぁぁ・・・おはおーございまふ・・・」
「おはよう」
翌日、オレはミヤビさんの家の居間で目が覚める。
ミヤビさんを家まで送っていったらまさかの泊まり込みになった。古いもののそこそこ立派な家にも関わらず家族はなく、疲労しているミヤビさんを一人にするわけにはいかないとチカに一緒にいるよう頼んだのだが(死神は論外として)、もう遅いからとミヤビさんがオレも泊まるように勧めてくれた。
「あの、ごめんなさい。お布団までみんな持って行かれてるとは思わなくて...、お体冷えていませんか?」
「ん、いや。全然大丈夫だ」
家こそ立派だったが家財のほとんど売り払っているか持って行かれているらしく布団が一つしかないのでオレは居間で寝ることにした。
「アンタは人が良すぎんのよ」
死神の言うとおり、ミヤビさんは体を冷やしてはいけないからと横にしてなんとか一緒に寝ようと言ってくれたのだが。それなんてエロゲ?な状態だとオレが大変なので申し出を勿体ないと思いつつ断った。チカはミヤビさんと一緒に寝たようだが。ていうか無防備すぎるだろう、仮にも自分を好きだと言う男だぞ...。
「でも...」
「いやホントに大丈夫なんで、気にしないでくれ」
まぁこのおっかない死神がいて自分を襲うようなことはないと思ってのことかもしれないが...。悪魔のチカは普通に眠るのに死神は寝ないのか眠る様子もなかったし。
ところでこの死神、昨日は暗くてあんな剣幕なのでビビっていたが明るいところで見ると意外と可愛い顔をしていた。性格が怖いのでそんな事は言えないが。
「それにしても立派なおうちですねー」
「はい。もう何も残っていませんが、母様と父様の思い出が残るこの家だけは手放したくなくて...」
「悉皆屋ってなんだ?」
僅かに残ってた本来外に掛けてあるであろう看板を玄関で見かけたが、見慣れない名前の店だ。
「着物の染め物や洗い張り等をする職人さんですね!」
ちょっとした知識自慢にチカの顔が誇らしげである。一見アホの子に見えるチカだが、こういった知識の広さには驚かされる。
「はい。着物関係の何でも屋さんと思っていただければ。ただ、私は父から簡単なことしか教わってなくて、こんな時代ですから需要も...」
着物なんて普段着ないものなぁ...。
「それで...あの...、今日のパートなんですけど...」
ミヤビさんがオレの許可を欲しそうにモジモジする。助けを受けると言った手前言い出しづらいのだろうが、真面目な性格だからこそ急に仕事を休むのにも抵抗があり、どうしたものか困っているのだろう。
「ダメですよ! ミヤビさんは休んでないと!」
「でも、急にお休みしてはお勤め先にご迷惑が...」
「そりゃそうなんだが」
先方に迷惑かけてでもミヤビさんには休んで貰わないといかないが連絡入れるだけでもこりゃ一苦労かもな...。
「あぁ。長期の休暇願いならアタシがアンタ達起きる前に出しといたわよ」
「「「えぇぇ!?」」」
死神の思わぬ行動に三人して度肝を抜かれる。たしかにありがたいがどういうことだよオイ。
「そんな、ありがとうございます...。でも急なお休みなんてよくとれましたね...」
驚きながらもまずはお礼を言ってから心配するあたり、ミヤビさんの人柄がよくわかる。たしかに当人以外が急な長期休暇をお願いするなんて相手の心象は良くないだろう。どんな頼み方したのかはオレも気になる。
「えぇ、そりゃそんな非常識怒らない訳ないから漏れなくみんなクビになったわ」
「クビに!?」
「って連絡したの一カ所じゃないのかよ!?」
色々手際良すぎる。いや、悪すぎるだろう!
「あんなセクハラオヤジと人使いの荒い連中困らせてしまえばいいのよ。体休めるならクビになってむしろ好都合でしょ」
「ふ、はぁ...」
「っとと、みやびさん!?」
ショックで崩れるミヤビさんを慌てて抱える。真面目なミヤビさんにはこの死神の行動は刺激が強すぎる。
「あ...ごめんなさい...」
「いや、オレのせいでえらいことになってホントすまん...」
「オネーサンは非常識すぎます! ともかくミヤビさんはお疲れなんですから体休めててください! チカさんがご飯の支度します!」
死神の行いにチカも不満のようだが今はミヤビさんの容態が優先とオレにミヤビさんを預けたまま台所へ向かう。当の死神は自分に非はないと言わんばかりにため息をこぼすと縁側に座り込む。
「っと、それじゃちょっと失礼」
まぁ形はどうあれ休みは取れたので今はミヤビさんを休ませるべきだな、と、オレはミヤビさんを持ち上げる。
「きゃっ!?」
お姫様抱っこしてみれば弱っているだけあってやはり軽い。
「は...わわわわ...」
持ち上げられた本人は申し訳なさと恥ずかしさで混乱しているのか真っ赤になって硬直している。お姫様抱っこなんて男にとってもちょっと憧れだよな。こんな大胆な事できるのはミヤビさんを好きだという事にしているおかげか。
「だ...、大丈夫ですから! ここまでしていただかなくても!」
「倒れそうになった人が言っても説得力ないからな」
まぁ原因は死神なのだが。オレはミヤビさんのかわいらしい抗議をバッサリ拒否って布団のある部屋まで運び寝かせる。
「あ、ありがとうございます...」
お礼を言いながらも恥ずかしさで布団を口元までかぶってしまう。ううむ、自覚はないのだろうがいちいちかわいらしいなこの人は。
「安静にしててくれよ。無理して動いたらまた運んでくるからな」
「は、はい...」
承諾された、多分混乱して考えが頭に回ってないのだろうが。我、お姫様抱っこの大義名分を得たり。
「あの...その...」
「ん?」
「私のために本当にごめんなさい...」
横になってから落ち着いたのか、今になって謝罪してくる。まぁ自分のために誰かが犠牲になるなんて気持ちのいい話じゃないしな。
「言ったろ、ただのオレのわがままだって」
「でも...私が無理をしなければこんな事には...」
「その無理をしてたってのは、この家を守りたかったからか?」
「はい...」
借金まみれで家財一式持って行かれても家を売らないのは、さっきチカに言ってた通りだろう。いくらぐらいの借金があるかは知らないが、この家を売ればそこそこの金になるだろうに。
「大したもんじゃないか、オレとは逆だな」
「逆...ですか?」
別に嘘をつくわけでもない、ミヤビさんの気が少しでも楽になるように話しておくか。
「オレのお袋はオレを生んだときに死んじまって、男手一つでオレを育てた親父も、オレが紡績会社に就職したら途端に気が抜けたのかポックリいっちまってな」
「ツトムさんもご両親を...」
どうせ安心して死ぬなら孫の顔を見てからにして欲しかったが...。どのみち刑務所に放り込まれた時に卒倒してそうだな。
「それでまぁ、親父がいなくなった家があんまりにも居心地が悪くてな。逃げるように売っぱらって社宅へ引っ越しちまった。その仕事もちょっと事情があってやめちまった」
「......」
同情を誘うつもりなんてないが、身の上話ってのはおっくうになるな...。まぁ一番肝心なところは濁しているんだが。
「だからよ、オレが死んでも悲しむヤツなんて誰もいないから。アンタは気にしないでくれ」
「......」
オレの言葉が利いたのか、ミヤビさんは沈黙する。まぁこれぐらいで納得なんてしてくれないだろうが...、と思っていたら。
「私は、死にたがる人に「アナタが死ねば悲しむ人がいる」と止める言葉が嫌いです...」
「え?」
オレが死にたがっている事が・・・? いやまさか...。
「本当に悲しんでくれる人がいない人は、死んでもいいみたいじゃないですか...」
あぁ...。
「......」
「私も...悲しんでくれる人なんていないから...。だから、そんな事は言わないでください」
「アンタにはオレが...。いや、そうだな...」
ミヤビさんが死ねばミヤビさんを好きな事になっているオレが悲しむ。とは、反論できない。その理屈ならオレが死ねばミヤビさんが悲しむだけだ...。
「悪かった...」
「いえ...、助けられる身で...ごめんなさい」
気を楽にするどころか、シンパシーを感じさせてしまった気がするな...。オレにとってもミヤビさんは恩人にあたるのに、まったく、うまくいかないな。自己犠牲ってのは、なんてわがままな行いなんだろうか...。
「それじゃちょっと借金取りと詐欺師さん懲らしめてきますね!」
「なんでアタシまで...」
「乗りかかった船ですよオネーサン!」
と言ってチカが死神を連れてどこかへ行ってから数時間。
(き...気まずい...)
オレはミヤビさんが無理をしないように見張っていろと言われているが、自分に好意を寄せている(という事になっている)異性に横に居られたんじゃ落ち着けないだろう。ミヤビさんは布団の中にこそいるが眠る様子もなくお互いに沈黙し、オレも何を話したものかと考えあぐねていた。
「ミヤビさんは本当にこの家が大事なんだな」
親が残した僅かな借金をなんとかしようとしたところを詐欺師につけ込まれふくれあがり、家を奪われそうになっているという。なんというか、薄幸美人だよなぁ...。
「母様の手術費のために父様が無理をして亡くなってしまって...、母様も手術後に父様の死にショックを受けて容態を悪化させて後を追うように...。私に残されたのはもうこの家だけで...」
「大変だったんだな...」
やべぇ。重い。薄幸どころじゃないかもしれん。
「あ、ごめんなさい...身の上話だなんて...」
「いいさ、オレのも聞いて貰ったしな。ポロっとでるって事は誰にも話せなくて辛かったんだろ?」
「うぅ...、ありがとう...ございます」
「謝ったり泣いたりお礼を言ったり、忙しいな」
こらえてたモノをはき出して、ミヤビさんは静かに泣き出す。借金以上に、疲労以上に、孤独が彼女を追い込んでいたのだろう。
「私じゃ...私じゃ母様の支えにならなかったのでしょうか...。愛されていると思っていたのは、私だけで」
「手術は成功したんだろ? 病気なんてどうなるかわからないんだ、親父さんを追ったとは限らないじゃないか」
「でも...でも...、私はなんにもできなくて...」
「なにもできないのは、みんな一緒さ...」
オレは無意識にミヤビさんの頭を撫でる。ミヤビさんを助けると言っているオレですら、チカに頼り切りでなにもできちゃいない。オレの魂を代償にするだけで彼女に何かができているとは思えない...。
「ぐす...ぐす...」
オレの手に撫でながらミヤビさんは泣きじゃくる。大事な人の死が、孤独がこの人をここまで追い込んだのだとしたら、今ここで助かってもオレが死ぬ事でまた追い込む事になるんじゃないだろうか。本当に、オレはこの人を救う事なんてできるのだろうか...。
(オレが死んだ後の事も、チカに相談してみるか...)
たしかチカに聞いた願いにいくつか残された人のための願いがあったな。ミヤビさんの後のことを頼むのもオレの願いに含まれるといいんだが。流石に欲張りかね...。
「......」
結局、チカに頼ることしかできない自分の無力を痛感する。”オレの償い“のはずなのに、オレ自身は彼女になにもしてやれない。人間はいつだって、誰かの死には無力なんだな...。
「...?」
ふと、家の外から当のチカの声が聞こえたきがした。
「ツトムさーん! ミヤビさーん!」
車のクラクションとチカの呼ぶ声が聞こえる。オレはミヤビさんと顔を合わせて首をかしげる。何故クラクションが?
「チカさんの凱旋です!」
ミヤビさんはオレに動いてもいい承諾を取ると(我、お姫様だっこの大義名分を失ったり)涙の後を念入りに拭いていたので一足先に玄関へ出る。
「うぉっ!?」
外に出ると軽トラとそれに積み込まれた大量の家具もろもろに、運転席の誇らしげなチカがいた。
「もう懲らしめてきたのか...? しかもこれ、もしかせんでも全部ミヤビさんの...」
「ふふん、悪魔にかかればこんなものですよ! 詐欺師と借金取りは家の土地目当てのグルだったので追い込むのも簡単でした!」
なるほど、ミヤビさんは地上げ屋がらみの面倒事に巻き込まれてたのか。やり方がえぐいわけだ。
「凄いなチカ」
「まぁ...!」
遅れて現れたミヤビさんも目を丸くしている。悪魔らしからぬ体たらくだったのですっかりあなどっていたが、腐っても悪魔なんだなコイツ。
「半分はオネーサンが暴れてくれたおかげですけど!」
「......」
何故だろう。あの死神と付き合いはほとんどないのに暴れている姿がありありと目に浮かぶ。
「ん? そういえばその死神は?」
「オネーサンはまた本来の仕事に徹するそうです。長く実体化してるとお腹空いたり眠くなったりしますからね!」
あと死神が担当相手に姿を見せるのも本来のルールに反するらしい。が、他所で暴れるのはよいのだろうか...。まぁいいか。
「しかしあの死神が妙に協力的なのも気になるな...。死神の方はミヤビさんの魂を回収できないと困るんじゃないか?」
「そうなんですか...?」
ミヤビさんは死神についてよく知らなくて当然だが。やり方はどうあれ姿を見せてからあの死神はミヤビさんの味方になるような事しかしてない。チカに聞いていた話では死神というのは冷酷で憑いた人間の死をどうとも思わないものらしい。まぁいちいち情を感じてたらそんな仕事つとまらないだろうか無理もないと思うが。
「オネーサンはその辺の死神と違うのでっあいだっ!」
誇らしげに死神のことを語るチカが運転席から何者に吹き飛ばされて飛び出してくる。どうやら死神は助手席に乗っていたらしい。
「大丈夫ですか?」
「はい! それよりも出来る限り家財は取り返したのですが、いくつか高価なモノはすでに人の手に渡ったみたいで、全部回収できず申し訳ないです!」
チカに駆け寄るミヤビさんの手を逆に取ってチカが申し訳なさそうにする。まぁこの家の家財が軽トラ一つに収まる程度な訳ないものなぁ。
「いいえ、ここまでしていただいて頭を下げられては私が申し訳ないです」
「あぁ、お手柄だぞチカ」
「えへへ~」
頭を撫でてやるとくったくな笑顔で照れる。オレとしても借金を帳消しにするくらいのものと思っていたし、勿論それだけでも十分な手柄だが...
「父様...母様...」
積み荷の中から特に高価そうでもない、自分の名前の書かれた百人一首の箱を見つけると、まるで肉親のように優しく抱きしめる。家だけでなく、家財の多くにもミヤビさんにとって両親の思い出が詰まっているはずだ。チカはオレたちが頼んでもいなかったお金には換えられない思い出を取り返してきたのだ。勲章ものの手柄だろう。
「それじゃ、家財の整理は明日にするとして、まずは居間に全部運びますね!」
「あ、私もお手伝いを...」
「いやいや、ミヤビさんは安静にしてオレに...」
何もかもチカに任せきりでミヤビさんまで動かしてしまってはオレの面目がない。力仕事ならそれこそ男のオレの出番だ。
「あ、大丈夫です! 一瞬で済みますから!」
出番のはずだったんだよ...。チカがパンっと手を叩いて全部消してしまわなければ...。
「まぁ!?」
「ワープさせられるなら軽トラ...、必要なかったんじゃないか?」
つーかこの軽トラもどうしたんだよ。
「近場で飛ばしたほうが力もあまり使わないで済みますし? 節約できるとこは節約しないと!」
「お、おぅ...」
どうにも度々コイツが悪魔である事を忘れるな...。
翌々々日。取り返した翌日はまず家の掃除し、更に翌日に大きな家具を配置し、三日目の今日は箱などにまとめられている日用品や小物を整理していた。
取り返してからはチカの力を節約するため(オレの面目を守るため)、チカの不思議な力を借りず交代でミヤビさんを看病しながらゆっくりやったので時間がかかった。
勿論ミヤビさんには安静にしてもらっていたのだが、何度か勝手に働き出しそのたびオレが捕まえてお姫様抱っこで運ぶので三回目には根を上げてくれた。
「ツトムさんのバカ...! バカ!」
「いや、すまん、ホントすまん」
オレが目を離した隙に逃げ出したと思って捕まえたら急なトイレだったようで、涙目に真っ赤になって怒られた。女性が男にトイレを告げるのは恥ずかしいよな、うん。特にミヤビさんみたいな人ならなおさら。
なお、非常事態にはならなかったのであしからず。(なってたら口も聞いて貰えなくなってたな)
「デリカシーが足りないんですよー、デリカシーが」
「仕方ないだろ男なんだから!」
チカが看病してるときにだけしかトイレ行ってなかったなんてわかるかよ!
「それにもう三日も休んだんですから、大丈夫ですっ!」
「うーん、あんまり顔色が良くなっているようには見えないんだけどなぁ」
顔が赤いのはオレのせいだが。
「寝たきりもストレスになるでしょうし、日用品の整理くらいなら一緒にしても大丈夫かもですね」
「ふむ」
チカがそういうなら大丈夫なのだろうが。細身のミヤビさんは今にも折れてしまいそうでどうにも心配だ。食事もしっかりしたものを(チカが)用意してるのだが。
「それに日用品はツトムさんが触るには良くないモノもありますし」
「オレが?」
「ですから、その...」
チカの言葉に首をかしげてるとミヤビさんがモジモジしている。なんだ?
「だから、ミヤビさんのパンツやブラジャーとかですってば!」
「チカさん!!」
「あー......」
ていうかお前もデリカシー足りてなくね?
「って、使用済みの下着まで持ってかれてたのかよ!?」
「そんなとこまで気にしなくていいですから...!」
たしかにオレたちが来たときは小さなダンボール一つに収まる程度の私物しかなかったが...。
「そもそも法的に日常生活に支障がでるようなものは差し押さえちゃいけないんです! ミヤビさんを家から追い出すための嫌がらせですよ!」
「もういいですからぁ...!」
ミヤビさんが顔を押さえて根を上げている。自分の使っていた下着が持って行かれてたという事実はかなり堪えるらしい。てかチカのやつ詳しいな。
「じゃぁそういったものはオレが見たり触れたりしないよう分けておいてくれれば...」
「箱を開けるときは、先に私に確認してくださいね!」
「乙女のヒミツに触れちゃいけませんよ!」
「あ、はい」
こういう時、男は肩身が狭いなぁ...。まぁ下着以外にも個人的なモノが出てきたらオレも気まずいしな。年頃の女性が恥ずかしがるモノなんてオレには想像が付かんが。
退散して遠目に二人を見守ることにした。
「可愛い手鏡です!」
「5歳の誕生日に母様に貰ったんですよ。父様ったら私が色気づくんじゃないかって...」
女二人はキャイキャイと小物を取りだしては仲良く思い出や感想をこぼしている。あれはアルバムとか出てきたら完全に作業が止まるヤツだな。まぁ急ぐ必要もないしミヤビさんが楽しそうならなによりだ。
やはり何気ない小物にもミヤビさんには沢山の思い出が詰まっている、成金が好むような高価なものの多くは人の手に渡ってしまったようだが、高価でないからこそ残ったのは幸運だった。
「わぁ、すみれ女史です!」
「母様の学生服ですよ。近くの学校はみんなセーラー服だったので、私に着せられないって母様悔しがっていましたね」
チカが大きめの箱から見つけたのは昔の女学生が着ていた紫色の...あの柄(※)なんて言うんだっけか。まぁ、可愛らしい袴だった。 ※矢絣模様
「セーラ服も可愛いですけど、日本人ならやっぱり着物に憧れますね!」
そういうチカもパンクだかゴシックだかのルックなのは、悪魔のイメージだからか。そういえば悪魔って西洋系だよな? チカはどう見ても日本人なんだが。
「ふふふ。チカさんよかったら着てみますか」
「えぇ!? いいんですか!?」
「はい、私には少し小さいですが。チカさんになら丁度だと思いますよ」
「是非に! 是非に!」
チカは遠慮もせず喜んでお願いする。そんな様子をミヤビさんも嬉しそうに笑い、着物の箱をいくつか抱えて隣の部屋へ移動する。あぁやってると姉妹のようで、オレが死んだ後もチカならミヤビさんと仲良くやってくれるんじゃないかと思えてくる。
「......」
まぁ、なんだ。別に着替えを覗いたりはしないから警戒されてないのは信用されてると思っていいとして、すっかり空気なのが解せない。
「んー」
そういうつもりはないがじっとしていると隣の部屋の(衣擦れの)音が気になりそうなので箱の外に出ているモノで何か無いかと探してみる。
「なんの本だ?」
と、雑に詰まれている冊子状のモノを見つける。よく見れば手書きの紙束のようだ。
開いてみると着物の素材や色ごとの染み抜きの方法と研究が事細かく書かれていた、ミヤビさんの父親が書き残したものだろうか。
「ほぅ...」
それこそ最近の化学繊維から洗剤まで研究しているようで、意味はよくわからないが他のモノは洗い張りやら砧(キヌタ)の打ち方やらなど書かれている。雑に詰んでたところを見るに借金取りの連中は価値のないモノとして取り扱っていたようだが、見る人が見れば秘伝書ではなかろうか。
「ミヤビさんは簡単な事しか教わってないんだったな...」
なんでも父親は需要が先細りする悉皆屋を娘や婿養子に継がせるつもりはなく、ミヤビさんには自由な職と自由な恋をして欲しかったそうだ。知識のほとんどないオレですら、これを見ればミヤビさんの父親が自分の仕事に並々ならぬ情熱を持っていたのが伺える。それでも娘の幸せを願って決してその技を押しつけなかったのは、なんという親心だろうか...。
「......」
そんなミヤビさんをなおさら不幸にするわけにはいかないな、と決心を改めつつページをめくっていると、学者顔負けの研究内容に思わず読みふけってしまう。
「ツトムさ~ん」
「いますか~」
オレまで片付けそっちのけになっていたら部屋を隔てる襖の向こうから女二人の声が聞こえる。どうやら着付けが終わったようだ。
「おう、いるぞ」
「チカさんのお披露目ですよ~」
オレの返事を待って、もったいぶるようにゆっくりと襖が開き、そこには袴姿の可愛らしい...いや、愛らしいチカがいた。
「じゃーん! どうですか! どうですかっ!
「ほぅ、いいな。実に大正ロマンだ」
今でこそほとんど見なくなった袴の女学生姿だが、やはり和服はいいものだ。悉皆屋の娘のミヤビさんだけあって着付けも完璧である。もっともオレに着物の細かい事はわからないが。
「やっぱり明るいチカさんに活動的な和服はよく似合いますね」
ミヤビさん、グッジョブ! と声を大にして言いたいところだがここは抑える。
「えへへ~」
嬉しそうにくるくると回るチカが実に愛らしい。抱きしめてこれでもかとなでなでしてやりたい。
「おや、ミヤビさんもその格好は」
すっかりチカに目を奪われていたが、ミヤビさんもいつのまにか着物に着替えている。特に高価そうでも、すみれ女史のように特別な様相もない、一見地味な印象も受ける落ち着いた薄い桃色の着物だ。
「はい。いつも着ていた小袖が戻ってきたので」
「なるほど、実に大和撫子だな」
「そんな立派なものでは...、ありがとうございます...」
謙遜しながら照れて袖で口元を隠すミヤビさんの仕草の雅な事よ。オレの感じた大和撫子な印象は普段から着物を着ているせいで仕草がそれに準じてるせいか。どこぞの武芸の世界では女性的な仕草は着物を着た状態を意識して行うという。
「それでは、次はツトムさんの番ですよ」
「え、オレ?」
和服姿の二人を目で楽しんでいると予想外の指名をもらった。 男物の年季の入った着物をオレに広げて見せる。
「はい、父様の着物も帰ってきましたので」
「いやいや、流石にそれは...」
重い、重すぎて着たら肩とかメンタルとか陥没してしまう。
「あら? チカさんは母様のお下がりを着てくれましたよ」
「そりゃまぁチカは...」
天然というか節操がないというか、素直だからなぁ...。視線の先ではしゃいでいるチカの様子はとても「母親の形見」を着ているとは思えない。
「着物は受け継がれるからこそ掛け替えのない財産になるのだと父様は言っていました。着ていただけませんか?」
その言い方だと着たらオレのモノにされてしまうみたいでますます承諾しづらいのだが...。
「とても言いづらいんだが、それは断っちゃ...」
「ダメです」
「ダメですよ!」
オレの拒否の意志を珍しくミヤビさんにバッサリ断られ、チカの援護射撃。あぁ肩身が狭い。
「腹を決めます...」
「はい♪」
多数決では勝てそうにもない。無理に断ってミヤビさんを落ち込ませても良くないのでオレは覚悟を決める。まぁ肩身の着物と思わなければミヤビさんに着付けて貰うのも悪くはないだろう。ミヤビさんは観念したオレの背中を押して隣の部屋へ移動する。
「ツトムさん、しっかりした体されてますね」
「まぁ、な」
着付けとはいえ綺麗な女性に体を触れられると思うと緊張してしまう。普段着に使っていたような着物なら細かい着付けもないだろうが...。
「鍛えておられるのですか」
「しばらくは肉体労働だったからな。最近は全然でなまってきたかもしれん」
「紡績会社は肉体労働なんですね」
「ん、いやー、そこをやめたのは随分前だから別件だな」
羽織に袖を通しながら詮索されないよう当たり障りのない返事をする。思えば今現在無職というのも恥ずかしいな...。ミヤビさんはその辺何も言ってこないが。
「広い背中ですね...」
皺を伸ばしに後ろに回ったミヤビさんの掌がそっとオレの背中にふれる。驚きと気恥ずかしさで硬直するオレ。
「ミ、ミヤビさん...?」
「......」
ガチガチになりがらミヤビさんに声を掛けるが何故か無反応。
(う、動けない......)
金縛りにあったように何故だか後ろを振り向けず、ただひたすら後ろからの反応を待つしかないオレ。
「......」
「っ!?」
そして、スッと背中にもたれかかる。ガチガチだったとはいえ体はバランスを崩すほどの事はなかったが、オレの理性のバランスがそろそろ危うい。
「父様...」
「あぁ...」
が、ミヤビさんの小さなつぶやきに心も体も気が抜ける。オレにこの着物を着せたかったのは、父の面影を少しでも感じたかったのか...。
(でも状況が変わらないような...)
オレの方は落ち着いたが以前動けない状態なのは変わらず。本当にミヤビさんの事が好きなのなら振り向いて抱きしめるべきなのかもしれんが、オレにそんな度胸はなく。ミヤビさんのなすがままになるしかなった。
「ミヤビさーん! ツトムさーん!」
「ん?」
「あっ!?」
痺れを切らしたのかチカの呼ぶ声が場の空気を動かしてくれる。我に返ったミヤビさんも思わずオレの背中から離れて、自分の行動を思い出して赤くなっている。って、となりの部屋にいるにしてはなんかチカの声遠くないか。
「大変です! 大変ですっ!」
バタバタバという音が近づいてきたと思うと襖が開け放たれる。別にオレが変なことしたワケじゃないが赤くなってるミヤビさんを見てチカに変な勘違いされないといいが。
「お客様が! お客様です!」
「客?」
「え?」
そんな心配を他所に、もっと心配することができたようだ。チカに引っ張られるように三人で玄関へ急いだ。
土間には風呂敷を抱えた年配の女性が待ちかまえており、オレを見るなり安心して切り出した。
「あぁよかった、ちゃんとご主人がいるじゃないかい」
「え?」
「ご主人」って言葉はよもやオレを指してか? と疑問を口にする間もなく。
「下働きの小娘じゃ話にならないからさ」
「小娘ぇ!?」
それに関してはオレからは突っ込みもないが。そういえばすみれ女史は元々女性の作業着でもあったんだったか。年配の人にはそう見えても仕方がない。
「いや、オレはそんなんじゃ...」
「何言ってんだいそんな立派な格好して。いいから着物預かってくれよ、クリーニング屋と揉めてクタクタなんだよ」
チカといいオレといい、着物を着てるせいで話がややこしくなっているようだ。
「あの、おばさま。父様は去年亡くなって...」
「知ってるよ。アンタ娘のミヤビだろう? クリーニング屋が最近アンタが旦那貰って継いだんじゃないかって言うから来てみれば下働きまでいるじゃないかい、アンタは継がないんじゃないかって思ってたから安心したよ」
「えと、あの...」
どうやら父親の頃の客のようである。ミヤビさんは面識がないようだが...。ていうかコレはアレか、オレがミヤビさんの旦那で職人だと勘違いされてるのか。
「いや、ですからオレは...」
「なんだい? 準備中でも修行中でもいいから預かっとくれ、着物の価値もわからない若造に任せるよりずっとマシなんだよ。汚れは目立つところのだけとってくれりゃいいからさ」
「お、おばさま!?」
あまりの押しの強さに断る暇もなく風呂敷をミヤビさんに押しつける。
「アタシャおばさまじゃなくて夕霧庵の松子だよ。名簿に名前があるはずだから何かあった連絡しとくれ」
「ちょ! あの!」
「いやー、よかったよかった。この辺じゃ着物任せられるとこはもうここしかなかったからねぇ」
呼び止める間もなく勝手に満足してピシャっと閉じて帰ってしまう。
「ど、どうしましょう...」
「追いかけてちゃんと説明した方がいいんじゃないか...?」
料亭だかの女将さんなのだろう、かなりの我の強さだ。事情を説明しようにもなんと言ったものか。
「でもあのおばさま怖いですよぅ...」
「だよなぁ...」
否定したところで信じてもらえななさそうだしなぁ、オレに至っては親父さんの格好だし...。
「ともかく状態だけでも見てみようか、ミヤビさんも簡単な事は教わってるんだよな?」
「はい。でも解き方や端縫いなどの針仕事だけで洗い方まではあまり...」
「それはそれで簡単ではない思うが...」
針仕事なら将来役に立つと思って教えておいたのだろうなぁ。どこまでも娘想いの親父さんだ。
「お仕事道具も全部無事なはずですっ! とってきますね!」
ミヤビさんの手に負えないようなら然るべきところに頼んであのおばさんに連絡を入れよう。しかし職人としては明らかに若いオレに任せるなんて親父さんがよほど信用されてんだか大雑把なんだか...。それともクリーニング屋がなにかやらかしたか?
「あの様子だとあんまり大がかりな仕事じゃないと思うが、どっちにしてもミヤビさんに働かせるわけもいかないしなぁ」
「ごめんなさい、私のせいでややこしい事になってしまって...」
「いやいや、着物を着たせいでこんなことになるなんて誰も思わんだろう」
よもや親父さんの服がお客呼び寄せたんじゃないだろうな。
「んー、これは...」
「お醤油でしょうか?」
「ぶちまけてます!」
作業場で確認してみたところ、仕事着らしき着物に黒っぽい液体を盛大にこぼした後がある。
「染み抜きだけならコイツでなんとかなるかもしれんな」
居間から取ってきておいた親父さんの書き溜めた書を開く。
「父様の...。無事だったのですね」
「まぁ地上げ屋に分かる価値のものじゃないだろう」
「そうやってると本物の職人さんみたいですね!」
「格好だけでどうにかなればよかったけどな。ふむ、生地も分からないようなものじゃないな」
「そういえばツトムさんは紡績会社にお勤めされていましたね」
まさかこんな形で役に立つとはな。幸い親父さんの書き残しも細かく洗剤だかの仕事道具もほとんど残ってるしなんとかなりそうではあるが...。
「しかし素人がいきなり手を付けるのも怖いな...。実験用に汚れても良い着物とかあればいいんだが...」
押しつけられたような仕事とはいえ取り返しが付かなくなる事態は避けたい。
「あぁ、それなら!」
チカが何かを思い出したようにパンッと手を叩くと作業場の隅に大量の布きれが現れる。
「これは...、親父さんの研究用の布か」
「ゴミとして纏められてたのですが、念のため回収しておいたのです!」
「でかしたぞチカ」
「えへへ~」
たしかに客から預かった着物で実験してたワケもないものな。そんなモノまで残ってるとはありがたい。
「醤油だとしたら早く処置しないとな、すぐに確認から取りかかるぞ。ミヤビさんはわかる事があれば助言してくれ」
「は、はい!」
「チカさんはなにをすれば!」
「醤油は台所にあるからとんかつソースと墨汁買ってこい」
「うぅ、ホントに下働きみたいです...!」
下働きの小娘って言われてたの結構ショックだったのな。
「あー、なんとかなってよかったー...」
思ったより時間はかかったが無事に染み抜きは完了した。ミヤビさんには時間も遅くなったのでチカに連れられて先に部屋に戻ってもらい、一人で作業を済ませた。
しかしまさか庭の雑草と思ってたアレが染み抜き用に植えた物だったとは。親父さんすげぇな。
「もう一つのほうはどうしたもんかね」
風呂敷にはもう一着ヨレヨレになった酷い有様の仕事着の着物があった。おそらくは例のクリーニング屋がやらかしたやつだろう。
そっちのほうは頼まれていないしどうせもう使えないだろうと思って放置していたのだが、そのままではいたたまれないとミヤビさんが解いて分解してしまった。
親父さんの研究書があるとはいえ素人のオレに洗い張りなんてできるとは思えないが...、あのおばさんに確認して試してみるか。
「ひとまず今日は寝よう...」
オレは作業場から寝室にあてがわれている客間へ向けて足音に気をつけて歩く。思えば布団を取り返してからなんの疑問もなく泊まり込んでたな...。
「チカさん...お願いです!」
「うぅ...」
(ん?)
客間に戻る途中、ミヤビさんの部屋から二人の会話の声が聞こえる。立ち聞きはよくないと思いつつ、ミヤビさんの様子に気配を忍ばせてしまう。
「ツトムさんとの契約は、無しにはならないでしょうか!」
「もうツトムさんの願いのためにも力を行使したので契約は破棄できません!」
珍しくミヤビさんの語気が荒いと思ったら、オレの事で揉めてるのか...。
「それでも...、チカさんだってツトムさんの命を奪うことは本意じゃないはずです!」
「チカさんは...悪魔ですから、契約には逆らえないんです...」
「そんな...。チカさんもツトムさんもいい人ですのに...。どうして...どうしてお二人は悪魔の契約なんか...」
「ミヤビさんが救われればツトムさんも救われるんです...! だからチカさんは...!」
「誰かが死ぬ事で、救われる事なんてありません!」
「うっ...」
チカにとって悪魔の仕事は人助けだ。少なくともチカはそう信じている。そんなチカにミヤビさんの言葉は自分自身の否定だ。
「ミヤビさんに悪魔の何がわかるんですか!」
そして今度はチカの語気が荒くなる。
「助けられない命だってあるのに、そんな運命ばかりなのに! 死ぬ人を幸せにする事も、残された人を救うことも、みんなみんな、その人のためにしてるのに...!」
怒っているかと思っていたチカの声が涙ぐんでいく。
「その人のためにしてるはずなのに...チカさんができる事なんて、ほとんどなくて。いつもみんな、悲しい顔をしてて...」
「チカさん...」
「ツトムさんだって、ツトムさんの事だって...うっ...うっ...」
「ごめんなさい、言い過ぎました...」
子供のように泣き出したチカの声がくぐもっていく、ミヤビさんの胸で泣いているのだろう。
「......」
チカの泣きじゃくる声と...そしてミヤビさんのすすり泣きを聞きながらオレは足音を忍ばせて客間へ戻る。
「なにを暢気にしてたのか...」
自分が死ぬために、その理由をミヤビさんに押しつけて、その行為をチカに押しつけて、自分のあまりに勝手な行いを思い出してイヤになる。
オレが死んだ後もあの二人なら仲良くしてくれるなんて楽観視もいいとこだ、ミヤビさんにとってチカはオレの命を奪う相手じゃないか!
「もう、引き返せないんだよ...!」
だからどうした。チカの言葉じゃもう契約は破棄できない、オレの願いは叶えられているんだ。
いや、もしかして今からでもミヤビさんが死ねば契約はなかったことにされるのか...?
「くそっ...」
ミヤビさんは死神とチカの「自分が死んでも契約は破棄されない」という言葉を信じてオレの助けを受けた。
だがチカが「悪いヤツじゃない」というのはもう隠しようがないし、嘘の下手なチカじゃ今度は誤魔化せるとは思えない。
そうなったらミヤビさんは自分から命を絶ちかねない、隠し通せるのか...?
「オレはいつ死ねばいいんだ...?」
ミヤビさんに気付かれる前にオレの魂がチカに回収されればその心配は無くなる。
しかしミヤビさんの顔色は以前よくならない、それどころか今オレが死ねばその心労でまた倒れかねない...。
「ちくしょう...」
何もできない...、オレは。ミヤビさんのために、何も出来ないじゃないか...。
翌日、名簿で住所を確認したらそう遠くはなかったので電話で確認をとってから三人で届けに行った。
昨日は着物で誤解を生んでしまったので普段着で行こう...、と思ったらミヤビさんが洗濯してしまっていたので同じ格好をするハメに。
まぁ男物も含めて着物以外もあるのだがミヤビさんがこの格好を気に入ってしまっているので断り難い...。洗濯したのは故意犯かもなぁ...。
「おばさま、喜んでくれましたね」
「ホント肝が冷えたよ...」
「なんか別人みたいに優しかったですよ!」
「ご馳走まで頂いてしまって...」
大喜びで歓迎されて料亭の御前をご馳走になってしまった。
あの作業の相場はわからないがそんな大仕事でもなかったんだがなぁ。別に料金も頂いたし...。
「押しが強すぎて誤解を解く暇もないな」
「私の旦那様だなんて、申し訳ないです...」
「チカさんなんて下働きですよ! もっと申し訳ないほうですよ!」
赤くなってるミヤビさんを横目で眺めつつふくれてるチカの頭を撫でてなだめる。
あの様子だと料理まで出して歓迎したのはミヤビさんが店を継いだのが嬉しいのかオレとミヤビさんへの祝儀代わりなのか、両方なのか。
どっちにしてもこれからもよろしくっていう事なんだろうな。任されたコレも含めて...。
「解いた着物も任されてしまいましたね...」
「そこはまぁ...。あんまり期待されてないようだしダメもとでやってはみるか」
もう一つの着物の方をどうしたものかと訪ねてみればできるなら直してくれと頼まれた。
頼まれたのはオレみたいなものだが、オレが死んでしまう事を考えるとなんともな...。
何はともあれ一段落したので家に戻ってからは居間の片付けを再開することにする。
「オレはしばらく勉強しておくわ」
「はい、残りの物片付けてしまいますね」
「すっかり片付け止まってしまいましたものね!」
まだオレが触るには躊躇うものもあるだろうし小物の整理は二人に任せて洗い張りの仕方を勉強しておく。
朝から二人の様子を気に掛けてみたが、今も和気藹々としてるのを見るに昨日のことを引きずっている様子はない。
ミヤビさんが悪魔の契約について感づく様子がないなら今は様子見でいいが...
オレが死ぬ事に少しでも気に負わぬよう、今からでもできるだけ距離を置いた方がいいだろうか。
...
......
.........
............
特に男手も必要もなく残りの整理は進み、オレは親父さんの研究書を読むのに没頭していた。
やはり素人が簡単にできるものではないのは当然として、思いの外時間がかりそうなのが問題だ。
チカがオレの魂をいつ回収するかはわからないが、この作業が終わるまででは明らかに長い。
仕事を全てやめてしまったミヤビさんの事を考えると悉皆屋の仕事は本人が行えるのが理想だ。
ミヤビさんがあっさり着物を解いてしまった時の手際にも驚いたが、
針仕事を任されてたなら洗い張りの大仕事もいくらかは見て学んでいるんじゃないかと思える。
少なくとも本を読んでいるだけのオレよりかはなんとかなるんじゃないだろうか。
「あの、チカさん」
「はいはい?」
小物の整理も半分くらい過ぎた頃、ミヤビさんが残りの物の中から何かを探している様子だった。
「母様の裁縫箱が見あたらないのですが、行方はわからないでしょうか...」
「むむむ! 売られちゃってるかもですね、高価なものでしたか?」
「父様が10年目の結婚記念日のために贔屓の職人さんに頼んだものと聞きましたので、高価に見えたかもしれません」
悉皆屋の職種を考えるとそう言った職人に顔が利いても不思議ではない。
10年目の記念品ならよほど立派なものだったのだろう。
「あの事務所の人たちの記憶は飛ばしてしまいましたが、外観とかわかればなんとかなるかもしれません!」
さらっと言ったが可愛い顔して結構エグい事してきてないかお前...。まぁ、悪魔だしな...。
「私の使ってる箱に鶴の模様が入ったものなんですが...」
といってミヤビさんは自分の裁縫箱を持ち出す。あの箱と裁縫道具だけは持って行かれないよう手元へ残していたという。
「わかりました! 行方を追ってみますね!」
「わがままを言ってごめんなさい、よろしくお願いしますね」
「いえいえ! ミヤビさんのためになるなら!」
珍しくミヤビさんの頼み事をされたチカは張り切って玄関から出て行く。チカと契約しているのはオレだからこそ、ミヤビさんから直接何かを頼まれたのが嬉しいのだろう。
少々過剰サービスな気もするが、まぁチカだしな。
「母親の箱も戻ってくるといいな」
日用品は勿論、母親のそう言った物は特に思い入れもあるだろう。
「いいえ...、実は母様の裁縫箱はこっちなんです」
「え?」
思わず読んでいた書から目を離してミヤビさんに目を向けると自分の裁縫箱を優しく撫でていた。
「この箱は二十歳の誕生日に、母様に無理を言って譲って貰いました。
その後母様が使ってたのはこの箱に似せた職人さんが販売を始めたもので、高価には違いないですが一品物ではないんです」
「それでも母親の使っていた箱を取り戻したいから、あんな嘘を?」
「そういうワケでもないですね...」
静かに立ち上がったミヤビさんはオレを通り抜けて隣の部屋へ向かう。
「チカさんにしばらく離れて貰える口実ならなんでもよかったんです」
「チカに?」
どうしてチカに居なくなって貰う必要が? と疑問を口にする間もなかった。
「私を、抱いて頂けませんか...?」
帯を解き崩れるように座りながら、着物がはだけて肩や胸やふとももが僅かにあらわになる。
「なっ!?」
驚きと同時にその白い肌に目を奪われ、言葉がでない。
「私のためにチカさんと契約させてしまったツトムさんに、私にできる事はこれくらいしかないので...」
「いや...、オレは...!」
見てはいけないのに、少しづつ晒されていく禁足地に目を隠せない。まさかミヤビさん、上も下も下着をつけていない!?
「その...、こういう事は初めてなので...お手を煩わせるかもしれませんが...」
白い肌と対照的に高揚していくミヤビさんがオレの劣情を煽っていく。
「違う...、オレは!!」
「!?」
だが、踏みとどまる。
「オレは! アンタにそんな事をして欲しくて命を助けた訳じゃない!」
「ツトムさん...」
「だから...、それはできない!」
なんとか目を離して、ミヤビさんに背中を向ける。そうだ、オレはそんなことがしたくて償いを始めたんじゃない。
「......」
「......」
ミヤビさんの覚悟をオレの覚悟で台無しにしたために気まずい沈黙が流れる。
「ごめんなさい...」
「いや、オレの方こそ...」
女性にこんなことをさせて拒否するのは、ミヤビさんに相当な恥をかかせたことになるだろう。それでも...。できない。
「お願いの仕方が悪かったです...。いえ、ズルかったですね...」
「なにを...」
諦めてくれたと思ったミヤビさんに少し目をやってみれば、まだ乱れた着物を直そうとしない。それどころか...。
「私が、ツトムさんに抱かれたいのではダメでしょうか...?」
「!?」
まさか...!
「ツトムさんとお会いしてまだ数日で、はしたない女と思われるかも知れません...。でも、私もツトムさんの気持ちに応えられるなら、せめて一度...」
「すまない!」
ミヤビさんの告白を遮って、振り向きながら土下座した。
「アンタを好きだっていうのは、ウソなんだ!」
「...え?」
そしてオレの告白に、ミヤビさんが声を失う。もう、嘘をつきつき続けるのは無理だ。
「オレは事故で人をあやめて、その償いのためにチカと契約して誰かの命を救いたかったんだ!」
「え...え...」
「命を救えるなら、誰でもよかったんだよ!」
少なくともこの人のために死ねるなら悪くはない、そんな風に考えられる人に巡り会えた。そんな人だからこそ、いけなかった。
「でも...でも...、私はツトムさんを...」
自分のために献身的になってくれるチカにオレが惚れたように、この人がオレに惚れる事まで考えていなかった。
「オレが本当に好きなのはチカなんだ、だから。ミヤビさんがオレを好きだとしても、オレはアンタを抱けない」
「チカさんを...」
「すまない!」
頭を畳に叩き付ける。例えミヤビさんに恥をかかせることになったとしても。それはできない。
未来のあるこの人のそれを奪うことも、オレの償いのあり方としても、チカを想う気持ちとしても、そんなことはできない。
「そんな...」
「すまない...」
自分のことを好いてくれていると想う人の気持ちが嘘だった、それどころか、自分が親愛の気持ちを抱いてから知らされる、そのショックはどれほどのものか...。
「そんな...、ひどいです...!」
「ミヤビさん!」
着崩れた着物も直さず、ミヤビさんは涙と嗚咽の漏れる顔を隠しながら自分の部屋へ逃げるように走って行った。
とっさに止めようとしたが、止める言葉も、覚悟もオレにはなく、その背中を見送るしかなかった...。
「くそ...!」
オレが自分を守るためについた嘘が、あの人を傷つけた。
あの人のためになにもできないどころか、償いのために新しい罪を重ねた...。
「なんでオレなんかに、なんでオレなんかに...」
もっと接触しないで命を助ける術を考えるべきだった、オレのことを知られずに見守る形で手助けするべきだった。
接触も、嘘も、献身的な行いも、全部裏目に出た。なんでこんなにも、上手くいかないんだ...。
「ツトムさん何やったんですかっ!」
数時間後、しっかり母親の裁縫箱を回収してきたチカがミヤビさんの様子に気がついてオレに詰め寄る。
ミヤビさんの部屋に鍵はついていないが、閉じこもってしまったミヤビさんに合わせる顔もないオレはチカに様子を見るよう頼んだ。
そしていくらチカでも気付かないわけが無く、ミヤビさんも何があったのか話した様子はない。話されてたらそれはそれで困るが...。
「いやー...。何をしたっていうか、何もしなかったせいというか...」
ミヤビさんのためを思うなら嘘を貫き通して抱いておくべきだっただろうか...。
ホントエロかったなぁ...ってイカンイカン。
我ながらよく踏みとどまった物だが、後になってから二つの意味で後悔が押し寄せてきたのにも自己嫌悪。
「すまんチカ、嘘がバレた」
「はいー?」
詳しい事情はミヤビさんの尊厳のためにも話せないが、この辺は話しておく必要があるだろう。
「オレがミヤビさんを好きでないことがバレた」
「ちょ、えぇ!? 嘘だったんですかぁ!?」
「はぁ!? なんでお前まで信じてんだよ!?」
コイツ本当に悪魔の契約で何回か騙されてんじゃないか!? ミヤビさんも相当だがそれ以上だぞ!?
「だってあの時の告白、凄い真剣でしたし...」
「オレがミヤビさんと面識なかったの知ってるだろ!」
そりゃまぁ本当の理由を隠しながら断られないようにと必死だったかもしれないが。
「ミヤビさん凄いキレイな人ですし、一目惚れかなーって」
「たしかに一目惚れしてもおかしないくらいの人だが...。ってそうじゃないだろ!」
「納得したのに怒られた!? なぜ!?」
チカに惚れてなければミヤビさんに惚れてた可能性は否定できないが、それはそれとして。
「それで、嘘がバレた事とミヤビさんが落ち込んでいるのにどういう関係が?」
「それは...お前、アレ...アレだよ」
そこを説明したくないから話が進まないのだが。
「どのそれのあれかわかりません!」
察しろよ! 察せ無くても説明したくない事を察しろよ!
「ツトムさん、もしかして...」
「な、なんだよ」
途端にチカの目がジト目になる。
「ツトムさんがそういう人でない誠実な方だと見込んで自信を持って契約したチカさんとしては疑いたくないのですが...。よもやミヤビさんにエッチな事を...」
「してないからな!」
むしろしてないからややこしいことなってるんだよ! あぁ伝わらねぇ、伝えられねぇ!
「ですよねー!」
よかった、思ったより信用されている。
「でも男の人はみんなオオカミだしなー...」
でもなかった。チカの頭の中でSOSな曲が流れてそうだ...。
「ミヤビさんの着物乱れてたしなー...やっぱりなー...」
「そんな誤解を招く格好のままなのかよ!?」
ある意味オレへの当てつけなのか? イヤイヤ、ショックが多すぎて着替える余裕がなかったんだよな、そうだよな。ってそれはそれで申し訳ねぇ。
「だからあの人には惚れてないって言ってるだろ!」
「そうでなくても男の人はやっちゃえでやっちゃうじゃないですか」
「さっきオレのこと誠実だって言ってたのは!?」
自分から誠実だなんて言いたくはないし、例の嘘のことを考えれば誠実とも言い違いが。
「まぁいいです、信用してあげます」
「ありがとよ...」
だったらそのジト目はやめてくれないか。
「ミヤビさんの証言次第ではいつでも判定は覆りますが」
「......」
覆った場合、オレはどうなるのだろうか...。
「チカさんはミヤビさんのお側についてますね」
「頼む」
「何があったかは知りませんが。何かあったならミヤビさんが落ち着いてからでもいいのでちゃんと謝ってくださいね!」
「おう...」
ミヤビさんが心配しなチカはオレへの追求をさっさと切り上げて部屋へ戻っていく。
しかしなんて謝ったものか...。どのタイミングで顔を合わせればいいものか...。
「ふむ...アレ嘘だったんですか...。ふむふむ...」
何があったのか憶測を建てているのか、部屋へ戻るチカはしきりにオレの嘘について呟いていた。
「あー、ダメだー...集中できねぇ...」
翌日、ミヤビさんは朝食に顔を様子もなくチカが自分の分と一緒に部屋まで運んでいった。
一人でさっさと食べ終えたオレはまた研究書を読むことにするが、頭の中がゴチャゴチャしてまるで頭の中に入ってこない。
頭のキャパシティがミヤビさんへの謝罪が3割、後悔が3割、今後の不安が3割、ミヤビさんのあられもない姿が1割脳裏に...。
「イカンイカンイカン!」
そこはひきづっちゃダメだろう。後悔しちゃだめだろう。男の悲しい性に翻弄される。
「しかしまぁ、これでオレを嫌いになってくれなたむしろありがたいか...」
だがミヤビさんはオレのことを嫌いになったとしても、オレの犠牲で自分が助けられる事には納得できないだろうしな...。好いてくれるよりかはマシだと思うが。
「ツトムさん、ちょっといいですか?」
「ん?」
チカが不安な様子で居間に訪ねてくる。
「ミヤビさんの様子が...。ちょっと来て欲しいのですが」
ミヤビさんならまだ落ち込んでても仕方ないだろう、そんな状態で会えるわけもない。
「そのことは、できればミヤビさんが落ち着いてからがいいんだが...」
「そうじゃなくて、ツトムさんのせいとは思えない状態で...」
「なんだ?」
どういうことだ? チカのただならぬ様子にオレは早足でミヤビさんの元へ向かう。
「......」
「ミヤビさん...?」
部屋に入ると辛そうな様子のミヤビさんが静かに寝ていた。側にある朝食にも手を付けていない。
「熱が酷くて...、お薬も飲ませてはみたんですが...」
「熱? なんかの病気とかじゃないのか?」
「そんな感じではなくて、悪魔の証明にも死因の病名は書いていないので大丈夫だとは思うのですが...」
過労死は免れたはずだと思っていたが、たしかにここ数日で顔色が回復した様子はなかった。それとも昨日の出来事で心労が...?
「大事にはならないと思うのですが、一緒に居てあげてくれませんか? チカさんも不安で...」
「あぁ...」
チカが言うなら大丈夫だと思うが、どちらの様子も無下にできるものではない。オレはミヤビさんの側に座り込む。
「......」
「......」
苦しそうなミヤビさんの寝息だけを効いて、オレとチカは黙って見守る。チカは悪魔の証明でまた何かを調べているが...。
「なぁチカ、ミヤビさんは本当に助かるんだよな...?」
チカを信用してないわけじゃないが、死神とか悪魔とか、死の運命に関するルールはオレはよく知らない。
過労死を免れても、別の死がミヤビさんを襲ったりしていないのだろうか、運命は本当に変えられるのだろうか?
「絶対に大丈夫なはずです、助かるはずです...、助けてみせます!」
だったらなんで、そんな不安な顔をしてるんだよ...。
「この子は助からないわよ」
途端にミヤビさんの横、オレたちの正面に何者かが現れる。
「お前は!?」
「オネーサン!」
そうだ...死神! そういえばこいつがいることを忘れていた。
三日目から全く記憶になかったような...、いや、そんな事はどうでもいい、今の聞き捨てならない言葉はどういうことだ。
「助からないって...! どういうことですか!?」
「どういう事も何も、アンタ何年悪魔やってんのよ、この子の死因の表記に違和感は感じなかったの?」
「え? だって...」
死神に言われてチカが悪魔の証明を確認する、オレも横からのぞき込むと前と同じく「余命およそ三週間・過労死」となっている。どういう意味だ?
「......」
「チカ...?」
そして、何かに気がついたらしいチカの体がわなわなと震える。
「余命...!! どうして!?」
「そう、事故死なら『余命』なんて表記の仕方はしないわ。『余命』は寿命の表記よ」
「でも...でも...! 寿命なら死因は表記しないじゃないですか!」
「そうね、ただの『寿命』ならね。でもこの子の場合、『寿命』と『事故死』が近いパターンだった」
「寿命と事故死が近いなら天使が担当するはずじゃないですか! ミヤビさんにはオネーサンが、死神が憑いて!」
おい、どういう事だよ。オレには死の運命のルールとか、表記のルールとかよくわからないが、チカの狼狽の仕方は...。
「この子に憑いてた天使はアタシの後輩でね。
アタシがサボりすぎて長期未納が危ういから今回は事故死になりそうって事でちょっと無理言って代わってもらったのよ。少しルール違反だけどね」
「でも...でも...!」
本当に、ミヤビさんが助からないみたいじゃないか...。
「だったら何でオネーサンは! チカさん達を手伝ってくれたんですか!! 助けられないなら全部意味ないじゃないですか!!」
そうだ、死神は口が悪くとも、やり方が悪くともミヤビさんのために一緒になってくれた。三日目からは姿を見せなかったが...。
「まだわからないの? アタシが”死神“で、アンタが”悪魔“だから。手伝ったのよ」
「わかりません!!」
分かるわけもないし、分かりたくもないと言った様子だった。いや。ミヤビさんの事実を信じたくはないんだろう。
「......、その男を助けるためよ」
「っ!?」
「...オレを?」
「たくっ、言わせんじゃないわよ恥ずかしい」
横暴にしか見えなかった死神が珍しく照れている様子を見せているが、なにがどうしてオレを助けるためなのかわからない。
「チカさんに...力を使わせるためだったんですか...」
「えぇ。願いのために力を十分に行使した場合、契約は破棄できない。
力を行使しても願いを叶えられない場合は契約は無かったことになり、同じ人物ともう一度契約することはできない。
アンタみたいに騙されやすいお人好し悪魔が何度も騙されないようにある決まりだけど、アンタは悪魔のルールに逆らえない」
「......」
オレですら気がついた、悪魔を騙すためのルールを死神も知っていた。
「アンタは力を行使した、この子は助からない、悪魔の契約は成されない、その男の魂はもう奪えない」
「そんな...そんな...」
始めからオレなんかを、守るために...? ミヤビさんのためと思ってたのは行動は、チカを騙すために...?
「アタシは死神で、魂を守るのが仕事。アンタは悪魔で、魂を奪うのが仕事。アンタの事は憎めないけど、仕事の領分は譲れないわ」
「オネーサンは、死神でもいい人だったから...」
「買い被らないでくれる? アンタみたいなお人好しと違って、アンタの仕事を邪魔するために騙すような性悪よ」
「ひどいです! ひどいです!」
いよいよチカが泣き出して、死神に激昂する、勿論、チカだけじゃない。
「全部...無駄だったのかよ...」
「無駄というか、昨日のアレが心労に止めを刺したようにも思えるけどね。
まぁこの子の体力じゃあのまま行為に及んでたら昨日のウチに死ぬことになってたでしょうし、ナイスセーブだったわね」
「うるせぇよ!」
人が真剣に話しているのに、死神は下世話なことまで言い始めてオレの血管もぶちぎれる。
「なんなんだよ! ここまでやって、ミヤビさんは助からないって言うのかよ!!」
「自己犠牲の精神も結構だけどね、アンタ達人間は悪魔なんかとほいほい契約してんじゃないわよ」
「だからどうしたよ! オレは命を助けたくて...ミヤビさんを救いたくて! この人のためになら死んだってよかったのに!」
「アンタが代わりに死んでホントにこの子が救われると思ってんの?
心配しなくてもこの子は死んだって救われるわよ。冥界に行けば大好きな両親に会えるんだから」
「ふざけんなぁ!」
「ちょっ」
ミヤビさんを挟んで、オレは死神の襟首につかみかかる。
「誰かが死んで、救われる事なんてあるかよ!!」
「その言葉そのまま返すわよ。ていうかアタシにキレないでくれる? アタシのせいでこの子が死ぬわけじゃないんだから」
自分でも言ってることが無茶苦茶なのはわかっているが、だが、冷静になんてなれるわけがないだろう!
「アンタも誰かを救いたいなら、命がけになんてなることはないわ。人生長いんだからゆっくりやりなさい」
「無いのかよ...ミヤビさんを救う術は...、なにかないのかよ...!」
怒鳴り散らした相手に聞くのもおかしいかもしれない、だが助けを乞えるなら相手が悪魔だろうが死神だろうが、誰だっていい。
「あるわけ無いでしょ、寿命は絶対なんだから。もしあったら事故死や殺人以外で人が死ななくなって人口爆発どころじゃないわよ」
なんなんだよ...、寿命とか...事故死とか...死神とか...悪魔とか...ルールとか...。
オレの嘘も、ミヤビさんの想いも、チカの働きも、悩んだこと全部、なんだったんだよ!
「あります...」
「え?」
「チカ...」
泣きながらうつむいていたチカが、ボソリと呟いた。
「ミヤビさんを救う術なら、あります...」
「本当か!?」
「ちょっとアンタ何言ってんの、寿命を覆す術なんかあるわけ...」
「ツトムさん、オネーサン、ごめんなさい!」
「「!?」」
オレの疑問に応える代わりに、チカの何かの力によってオレと死神は部屋の隅に飛ばされ...。
なんだここは? ミヤビさんの部屋じゃない? 当たりはまるいで明かりのない暗闇にいるようだった、だが、オレやチカやミヤビさんや死神の姿はハッキリと見える。
「アンタ...なにやって!?」
「オネーサンは悪魔の契約を甘く見すぎです、チカさんを見くびりすぎです」
ただごとではない様子の、まさしく悪魔といった風なチカが一人ミヤビさんに手をかざす。
「はぁ!? 何言ってんの!? コレはなんのための拘束だって聞いてんのよ!」
視線の隅で死神が微動だにしていないにもかかわらず、もがいているように見える。そして気がつく、オレも体が動かない事に。
「悪魔に伝わる『魂振りの儀式』...、一つの魂は一つの魂で救うことができます...」
「はぁ!?」
「『ミヤビさんの命を救う』。悪魔の契約は何よりも優先されます。例えチカさんの魂が尽きようとも...」
チカは、なにをやろうとしているんだ...?
「バカ言ってんじゃないわよ! アンタが消えたら契約もクソもないでしょうが!」
「おい、チカ、お前なにやろうとして...」
「状況ぐらい把握しなさいよオタンコナス! アイツ自分を犠牲にあの子を助けようとしてんのよ!!」
「!?」
なんだよ、それ。ミヤビさんのために犠牲になるのはオレのはずだろ? なんでチカが犠牲になろうとしてるんだよ...?
「止めなさい!!」
そうだ、混乱している場合じゃない!
「チカ! やめろ!」
くそっ、ダメだ、体が動かない、あの死神ですらどうこうできないんだ、悪魔の力をオレにどうこうできるわけがない。
「チカ! やめなさい!!」
遠くから、説得することしかできない!
「方法があるならオレが犠牲になる! お前が犠牲になる必要ないんてない!」
「あーもう! アンタももっとマシな説得しなさいよ! バカじゃないの!?」
「ごめんなさい、ツトムさんの魂を頂くのなら”犠牲“にはできました。でも、消えるのではダメです。それじゃ救われません。
ミヤビさんが死ぬのもダメです。ミヤビさんの命を救いたかった、ツトムさんが救われません」
「じゃぁお前はどうなるんだよ!」
オレたちの説得の間も、チカは何かしらの儀式をやめようとしない。
「チカさんはいいんです、”悪魔だから“人間さんのために消えるなら本望です」
たしかにいつだったか、そんな事を言っていた、だけどそれを
「本当に実行するやつがいるかよ!!」
「えへへ...。本当はツトムさんと一緒に悪魔の仕事がができたらな、なんて考えてたんですけど、バチがあたったのかもしれませんね」
「だったらその子が死んでから、あの魔王にでも頼みなさいよ!」
「だから言ったじゃないですか、オネーサンは悪魔の契約を甘く見すぎです。『ミヤビさんを救う』この願いはなによりも優先されます...」
チカの姿が、暗闇の世界の中で少しづつ蛍光し、少しづつミヤビさんに溶けていく。
だというのに、体が動かない手を伸ばす事も一歩踏み出すことも、チカが遠くにいるのか近くにいるのかもわからない。
「やめて! チカ! お願いだから!」
「やっぱりオネーサンは、いい人ですね...ずっとチカさんの事、心配してくれてましたものね」
「オレの願いは『償い』だ! そのための願いだ! そのために誰かが犠牲になったら意味がないんだ!」
「大丈夫ですよ、チカさんとの記憶は、きっとオネーサンがキレイサッパリ消してくれます。だから、チカさんの犠牲は無くなりますから」
「最後まで人に頼ってんじゃないわよバカ!」
チカの姿が消えていく、もう手遅れだというように...。
「ツトムさん、ありがとうございました」
くったくな、悪魔らしからぬ笑顔を最後に残して。
「「ちかぁぁぁぁぁぁ!」」
チカが消えると共に、元に戻った世界でオレたちは僅かも動いてなくて、ミヤビさんの寝息は穏やかで、そこにチカの姿はなかった...。
...
......
.........
............
「で、結局?」
「えーっと...」
ミヤビさんの部屋でオレは”着物の女性”と神妙な...いや、珍妙な空気で向き合う。
「ミヤビさんです」
なんだ、その変な”一人称”は。
「だからどっちかわからねぇって!」
「ミヤビさんです。ちょっと...少しばかり...、そこそこ...? チカさんの...混ざった?」
「すまん、また混乱してきた、もう一度始めから説明してくれ...」
なんだ、その、だからどいうことだ?
「はい。では最初から」
当人がなんでそんなに落ち着いてんだ? 台風の目か?
「チカさんの使った『魂振りの儀式』は元々悪魔が人間の体を奪うために使っていたものだったみたいで」
「うむ」
やっぱりその辺は「悪魔」だったんだなぁと思う。
「魂の回復は悪魔以外の魂で行うのが一般的だったようで...」
「うむ」
「”悪魔の魂”で、魂の回復を行おうとしたものだから、儀式がどっちにも不完全だったみたいで」
アイツは間が抜けてるからなぁ。悪魔じゃなくてアクだよなぁ。
「混ざっちゃったみたいです」
「はっはっはっは」
「うふふふ」
オレの乾いた笑いに、ミヤビさん(?)が続く、着物の裾で口元を隠しながら笑うその雅な仕草はミヤビさんのそれだが。
「笑い事かぁ!?」
「ひぃ!? ごごごごめんなさい!」
そのキョドり方はチカのそれだ。
「混ざったってなんだ! 片栗粉か何かか!?」
「その例えだと、ミヤビさんが片栗粉で、チカさんが卵でしょうか?」
「いや、わかんねぇよ!」
「片栗粉が主食材で、卵は繋ぎかな、と...」
「わからねぇよ!!」
「すいません...」
謝ることはない、彼女はなんにも悪くない...。いや、悪いな。
「要するに二重人格とかでなくて、チカとミヤビさんの人格が一つになってて、最終的にはミヤビさんだと」
「はい、そうなるみたいです」
たしかに全体的な立ち振る舞いや本人の認識はミヤビさんだが、特殊な一人称や性格の節々にチカがかいま見える...ような気がする。
「なるほど、とりあえずアレだ」
「はい」
わかったようなわからないような、まぁそれはそれとして、だ。
「オレの慟哭はなんだったんだよーーーーー!!」
「ごごごご、ごめんなさい!」
ミヤビさん(?)が起きるまでどんだけ泣いたと、叫んだと思ってんだ! バッチリチカの記憶残って...ん? そういえば誰がその記憶消してくれる予定だったんだ?
なんか一人で叫んでた気もしないんだが...。ってまぁいいか。
「え、あ、でも。ミヤビさんはミヤビさんですから、チカさんのやった事を謝るのも変だし...、でもチカさんが混ざって...あれ?」
本人も割と自分の人格に混乱しているらしい。
「うぉぉぉ、チカだったら頭思いっきりはたけるのにミヤビさん相手じゃできねぇぇ! できもはたきそうになるこの衝動!」
「は、はたいてください! ツトムさんになら何されてもっ!」
といって目をつぶって頭を差し出す、丸くなってるハムスターのようで可愛らしい。でなくて。
「はたかないから!」
「叩かれないのですか...?」
何故残念そうな上目遣いになるのか。
「あーもう、どう反応すればいいかわかんねぇ...」
オレの対応もミヤビさんとチカへの両方が混ざった感じになってもう訳がワカラン。
「とにかくもう、疲れた...」
「ご迷惑をおかけしました」
うなだれるオレにミヤビさんは深々とお辞儀する。まぁなんだ、もういいか、散々泣き叫んだ後にこの顛末で色んな疲れがどっと押し寄せた。
あまりの脱力感に償いとか犠牲とか恋心とか、悩んでいたことが色々どうでもよくなったような...ん、恋心?
「ところでツトムさん」
「ん? どわっ!?」
ミヤビさんに呼ばれて顔を上げると、飛びかかるように抱きつかれ、バランスを崩して押し倒させるようになる。
「これで相思相愛ですね!」
「あー、そうなる...のか?」
ミヤビさんはオレが好きでオレはチカが好きで、そのチカはミヤビさんと混ざってるから...んー?
「そういえば、チカはオレのことどう思ってたんだ?」
「うふふ。さぁどうでしょうか?」
オレの胸の中で”ミヤビ“は、イタズラっぽく笑う。
「やっぱりアンタ、悪魔だわ...」
オレの上の空間のあたりで何者かが頭を抱えて呟いた気がした。気のせいだと思うが、なるほど。
「なんか、丸く収まりすぎじゃないか...?」
自然とその背を抱いて、頭を撫でる。
「うふふ♪」
もう抗えそうにもないこの愛しい人は、オレにとっての小悪魔に違いな