第8章 本格始動編 - 第13話「充電切れ」
客達の姿が見えなくなってからも、福゜福゜農園には、しばらく今日一日の熱気が残っていた。
畑には、収穫を終えて何も実っていない茎が並び、地面の一角には、売れ残った野菜がまとめられている。
大根三本。
人参一本。
玉ねぎ二個。
じゃがいも四個。
開店前の騒ぎを考えれば、片付け自体はそこまで膨大ではない。
「よし。じゃあ最後にこれだけ片付けちゃおっか」
美月は袖をまくり直した。
ジャジーが不要な茎や葉を風でまとめ、東が農具を運ぶ。
鳳は畝の状態を確認し、癒凪は種子や球根の保管状態を確かめていた。
しばらくして。
「......とりあえずこの野菜、また納屋に持ってこうか」
美月が、残ったじゃがいもへ手を伸ばした。
その瞬間。
「......動くな」
低い声が落ちる。
伸ばした手首を、癒凪がそっと掴んでいた。
「へ......?」
美月はゆっくり顔を上げる。
癒凪の眉が、ほんのわずかに寄っていた。
いつもの不機嫌そうな顔にも見える。
けれど、今は少し違う。
かすかに、心配そうだった。
「美月殿」
そこへ鳳も近づいてくる。
「妖力が、残り少ないでござる」
「......ほんと?」
美月は自分の両手を見下ろした。
何も分からない。
そういえば、自分はいまだに“残存妖力を視る”という科目を履修していない。
出すことはできる。
妖力文も作れる。
最近では、作物へ加減しながら注ぐことまで覚えた。
しかし、自分の中にあとどれだけ残っているのか。
相手に、どの程度残っているのか。
視る力をつけるということ自体が、かなり後回しになり続けていた。
東も眉間に皺を寄せ、美月の顔を覗き込んでいる。
「見るからにだいぶ消耗してんぞ」
「あぁ。今の片付けがトドメになりかけてんな」
ジャジーまで表情を険しくする。
「今日は増産で、普段より相当使っただろ」
言うなり、美月の腰と膝裏へ腕を回した。
「ふわぁ......!」
視界が一気に高くなる。
「ちょ......ジャジー......!?」
「黙ってろ。飛ぶ」
翼が開く。
次の瞬間には、畑から玄関前まで一気に距離が縮まっていた。
ジャジーは美月をゆっくり地面へ下ろす。
「お前は家入って、なんかしら胃に入れろ。回復しねぇとぶっ倒れるぞ」
「......ん......、ありがと......」
美月は疲れた顔で笑うと、ドアを開け、ふらふらと中へ入っていった。
その背中を見送り、東が腕を組んだ。
「俺らで運べば、手洗いと着替えまで含めて五分で戻れんだろ」
「うむ。早く戻ろう」
鳳も頷く。
「......」
癒凪だけは、閉じた扉をしばらく見つめていた。
「癒凪。お前も手伝えよ」
「......あぁ」
四人は、そこから一気に片付けを進めた。
在庫の野菜は、時間停止魔法のかかる納屋へ。
農具や種子、種芋、球根も定位置へ戻していく。
本当に、五分もかからなかった。
「よし。終わり」
ジャジーが手を払う。
四人が家へ入った、その瞬間。
空気が冷えた。
「ッ......!? おい!!」
ジャジーの声が弾けた。
「美月殿!!」
鳳の声が重なる。
リビングの真ん中。
ほんの数分前まで、自分の足で歩いていた美月が。
うつ伏せで倒れていた。
「なん......ッ!?どうした美月!」
東が固まる。
「......っ......!?」
癒凪の顔色が変わる。
次の瞬間には、その姿が消えたように見えた。
先に部屋へ入っていたジャジーよりも早い。
癒凪は美月の傍らへ膝をつき、身体を抱き起こした。
「美月、聞こえるか」
首筋へ指を当てる。
トク、トク。
しっかりと脈は動いており、癒凪はほっと息を吐いた。
「......脈はある。だが、先ほどより明らかに妖力と体力が減っている」
「お前、何したんだよ......」
ジャジーが床へ膝をつく。
「なんか胃に入れろっつったろ......」
その声に反応するように、美月の唇がゆっくり動いた。
「......お風呂......」
「あ?」
「掃除して......お湯、張ってきたの......」
四人の顔が止まる。
「張った湯の中で充電切れてたらシャレになってなかったんだぞ!」
ジャジーの怒声が響く。
「あはは......家事は、しなきゃって......思って......」
「食ってからでも良かっただろ!」
ジャジーは苛立ったように息を吐くと、癒凪に支えられている美月の手へ、自分の手を重ねた。
「ほら。俺の魔力送るから、受け取れ」
掌から魔力を流す。
「ぅ......」
しかし。
「......?」
いつまで経っても、受け取られている感覚がない。
「おい。ちゃんと受け取れよ」
すると美月が、薄く目を開けた。
「ま、りょく......」
「あ?」
ジャジーが耳を寄せる。
「どうやって......受け取るの......」
「............」
「............」
「............」
「............」
沈黙。
「は!?」
ジャジーの目が見開かれた。
「美月」
癒凪が慎重に問いかける。
「お前が妖力でできることは、何がある」
「......出すのと......妖力文くらい......」
「俺よりひでぇじゃねぇか!」
東が思わず叫ぶ。
「ぐぅの音も出ない......」
美月の目が、遠くなった。
ジャジーは額を押さえる。
「チッ......仕方ねぇ......」
そして、東を見る。
「お前、確か人工呼吸の話したとき、口から妖力送れたっつってたよな」
「お、おう」
「今その話でござるか......」
鳳が眉間へ皺を寄せる。
だが、ジャジーの顔にふざけた色はない。
「必要だ。そんとき、鳳に意識はあったか?」
ジャジーの問いに、東は美月を見る。
「......今の美月より、なかったかもしれねぇ」
思考を巡らせ、記憶をたぐり寄せた。
ジャジーの問いは続く。
「でも、そんな状態でも妖力は流し込めたんだろ」
「おう。鳳も多分、受け取ろうとしてる感じはなかった。俺が勝手に入れて、それが勝手に入ってる感じだったぞ」
ジャジーの目が細くなる。
「なら、話は早ぇ」
美月へ視線を落とした。
「口移しで送る」
「んなっ......!」
鳳の顔が一気に赤くなる。
東まで耳を赤くした。
「マジかよ......」
「ふへぇぇ......?」
当の美月からは、気の抜けた声しか出ない。
「仕方ねぇだろ!美月が手から受け取れねぇんじゃ、これが一番良い方法だろうが!」
ジャジーは一度息を吐いた。
「......俺ぁ、魔力に関しては、いつも美月から貰ってばっかだ」
美月を見る目が、ゆっくり細くなる。
「なら、次はこっちが渡す番だろ」
「......ジャ、ジー......」
その時。
「......なら、私のやれる範囲ではない」
癒凪が静かに言った。
自分は恋人ではない。
緊急事態なら、そんなことを言ってはいられない。
けれど今、美月には恋人が三人いる。
ジャジー。
鳳。
東。
自分は、違う。
癒凪はジャジーへ、美月の身体を丁寧に預けた。
「癒凪......?」
美月が不安そうに見上げる。
癒凪は一度だけその顔を見ると、ゆっくりと視線を動かし、自分の居室へ向いた。
「......私は自分の部屋にいる。終わったら呼べ」
そして、歩き出す。
「お、おう......」
ジャジーは、それだけを返した。
その背中を見つめたままのジャジーの肩へ、鳳の手が置かれる。
「ひとまず、美月殿を部屋へ。力を渡し次第、すぐに休める場所がよいであろう」
「......そうだな」
「なら、二階の美月の部屋に行くか」
東も頷く。
三人は、美月の部屋へ向かった。
扉の前まで来ると、ジャジーは一度立ち止まる。
「美月。部屋入るからな」
「......ん......」
小さく頷くのを確認してから、扉を開ける。
淡い緑を基調とした室内。
人間界の女性の部屋を参考に用意された空間は、今ではすっかり美月の匂いが馴染んでいる。
ジャジーはベッドへ、美月を寝かせた。
「鳳。東。少し離れてろ」
「承知した」
「おう......」
二人が距離を取る。
ジャジーは美月の顔を横から覗き込むように、枕元へ肘をついた。
大きな影が、美月を包む。
「今から、お前に俺の魔力を送る」
肘をついている方の手が、美月の頭へ触れる。
反対の手は、美月の頬を撫でた。
「ちっと、深くする。文句はしっかり回復してから聞くから、今は黙ってろ」
その言葉に。
力の抜けていた美月の頬へ、うっすら赤みが戻った。
一度、きゅっと唇を結び。
ゆっくりと解く。
「......わかった......」
やがて。
ジャジーの顔が、ゆっくり近づく。
視線が混ざり、吐息が触れる。
鼻先が、かすかに擦れた。
そして。
「......んっ......」
唇が重なる。
最初は、触れるだけだった。
けれど、妖力の口移しだからといって、ただ魔力を押し込んで終わらせるつもりはない。
冷えた美月の体温へ、自分の熱を馴染ませるように、ゆっくり角度を変える。
美月の意識が、ふわふわと揺れた。
次に、ジャジーの唇がわずかに開く。
思考を動かす前に。
熱いものが、美月の舌先へと触れた。
そこから、ゆっくりと流し込まれてきたのは。
重く、熱く。
それなのに、不思議と怖くない。
夜の色をした、ジャジーの魔力。
自分の内側へ、ゆっくりと落ちていく。
しばらくして。
唇が、離れた。
「......どうだ」
ジャジーの声も、少しだけ息が上がっていた。
「これで、多少は動けるか......?」
その問いに。
美月は数秒、ぼんやりと瞬きをして。
そして。
美月から返ってきたのは、驚きの事実だった。
第8章 本格始動編 - 第13話
「充電切れ」
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