第8章 本格始動編 - 第12話「土壌インフラ」
美月の野菜は、開店直後から次々と売れていった。
「良かった......!まさか全種類買えるとは思いませんでした!」
木霊の妖が、足元へ並べた野菜を見ながらほっとしたように笑う。
その隣では、ドライアドが巨大なトマトを両手でそっと抱き上げている。
「なんて瑞々しいトマト......!あなたに会えるのを楽しみにしていましたの......!」
「ただの直売所が運命の出会いみたいになってる!」
美月が思わず突っ込む。
それぞれが楽しそうに野菜を選び、決済札へ妖力を流していく光景に、美月の頬は緩みっぱなしだった。
しかし。
「......あれ?」
美月の脳内へ、今さらながら重大な問題が浮上した。
足元に並ぶ巨大野菜。
その野菜を持ち帰るための袋など、一切用意していない。
「この巨大野菜......どうやって持ち帰るの?」
完全に失念していた。
ジャジーが、今さら何を言っているんだという顔で美月を見る。
「大抵の奴なら浮かせて持って帰るだろ」
「そうなの?」
初耳だった。
鳳も客達を見回しながら、顎へ手を当てる。
「しかし、全員がそうとは限らぬ。見る限り華奢な妖ばかりでござるが......」
東がすっと手を上げた。
「俺が運ぶか?」
「配送業務まで頼れないよ!」
どうする。
美月が本気で悩み始めた、その時だった。
「森や植物の妖なら、土を介して持ち帰ることができますので、大丈夫ですよ」
声をかけてきたのは、一人のエルフだった。
「土を介して?」
美月が目を丸くする。
エルフはにこりと笑うと、購入した野菜へ両手を向けた。
淡い妖力が、大根、人参、トマトを包み込む。
そして。
ずぶ、と。
野菜が地面へめり込んでいった。
「えっ!?」
美月の目が見開かれる。
ほんの数秒で、購入した野菜は一つ残らず土の中へ消えてしまった。
「これで自宅まで輸送完了です」
エルフは何事もなかったように微笑む。
「妖力で保護もしてありますので、自分と自分の家族以外は開けられません」
「便利すぎる!」
土壌SNSに続き、今度は地中便。
美月が新たな文化へ感心していると。
「ほら、行くわよ」
少し離れたところで、アルラウネの母親が幼い男の子の手を引いていた。
男の子はその場から動かず、じっと。
ジャジー。
鳳。
東。
癒凪。
四人を順番に見上げている。
「......やっぱり四天王感強いよねぇ」
美月がぼそりと呟いた。
「してんのう......」
男の子が、その言葉を拾う。
ジャジーが眉を寄せる。
「所属は“美月の福゜福゜農園”だぞ」
「みづきの......ぷくぷく......」
幼い口が、覚えた言葉をゆっくり繰り返す。
鳳は男の子を見下ろすと、東へ静かに声をかけた。
「もう少し屈めぬのか。男児が首を痛めてしまうであろう」
「おう!」
東は素直に膝を曲げる。
そして男の子へ笑いかけた。
「あのおじちゃんの顔が悪ぃな!」
親指が、ジャジーを指す。
「お前の顔面治安も悪ぃだろ。つーか俺がおじちゃんならお前らもそうだろうが」
ジャジーの目が据わった。
「じゃあおじちゃん達だね!」
美月が楽しそうに追加する。
「お前まで乗るな!」
母親に手を引かれ、男の子はようやく歩き出した。
そして。
振り返ると、小さな手をぶんぶん振った。
「ばいばい!」
男の子は満面の笑みを浮かべ。
「“みづきのぷくぷくしてんのうのおじちゃんたち”!」
「ふっ......!!」
美月が吹き出した。
「............」
「............」
「............」
「............」
四人だけが固まった。
やがて癒凪が、遠い目のまま口を開く。
「......幼怪の言葉遊びだ」
「知ってる......」
ジャジーも虚空を見つめる。
「だが“ぷくぷくしてんのう”はやべぇ」
「処理できぬでござるな......」
鳳も魂が半分抜けている。
東は自分の身体を見下ろした。
「一気に俺らのキャラが死んだ」
福゜福゜農園所属、ぷくぷく四天王のおじちゃん達。
格というものが、音を立てて崩れていた。
そんな中でも、販売は続く。
客は次々と野菜を購入し、やがて。
最後の客の背が、道の向こうへ消えていった。
「......終わったぁぁぁ......!」
美月が両腕を上げる。
全員で在庫を確認すると。
大根、三本。
人参、一本。
玉ねぎ、二個。
じゃがいも、四個。
そして。
トマト。
茄子。
ネギ。
在庫、ゼロ。
「最後の人までトマトと茄子とネギがなんとか保った......!」
美月は胸を押さえた。
東も満足げに頷く。
「ぴったりだったな!」
「トマトにいたってはほんとに十倍増産になると思わなかったよ......!」
そして、美月は管理所職員達へ顔を向けた。
「大漁だぁ〜♪」
蔓実は満面の笑みで戦利品を並べている。
全種類コンプリート。
さらに、以前約束していたお裾分け分まで確保済み。
その姿だけ見れば農園帰りではなく、鬼ヶ島から財宝でも持ち帰った者の顔だった。
蔓実が地面へ手を置くと。
ずぶぶぶ。
野菜達が、次々と土へ沈んでいく。
美月は、もはや驚きすらしなかった。
一方。
写仝。
百之鬼。
縁。
線姫。
植物系ではない面々は、それぞれ野菜を一つずつ抱えていた。
写仝は巨大な大根。
百之鬼は人参。
縁はトマト。
線姫は茄子。
改めて見るが、野菜がほぼ武器だ。
まるで今から魔獣討伐へ向かう精鋭部隊のようにも見える。
「......」
美月は一瞬だけ、その光景へ突っ込みたくなった。
しかし、今はそっちではない。
「写仝さん達も、ありがとうございました!」
勢いよく頭を下げる。
彼らが来てくれた。
蔓実が広めてくれた。
そのおかげで初日は、自分の想像をはるかに超える大盛況となった。
固定客になるかどうかは、まだ分からないが、手応えとしては十分すぎる。
写仝が、野菜を抱えたまま一歩前へ出た。
「いえ。一日かけて広報に上げる記録画が取れましたので、良い日になりました」
「......広報?」
美月の動きが止まる。
百之鬼が、にこやかに頷いた。
「はい。新しい店の情報などは、写仝さんが広報版妖力文で回しているのですよ」 「そうだったの!?」
初耳だった。
写仝は静かに続ける。
「次はこちらの農園の理念や思想なども調査に参りましょうか」
「いぃやいいです!結構です!」
「残念です」
声はいつも通り淡々としている。
美月は、本当に残念なのか冗談なのか分からず、曖昧な笑みを返した。
すると。
「それと」
写仝が続ける。
「野菜以前に、今日は先日お受けしていた依頼を実行するために来たのです」
「依頼?」
美月が首を傾げる。
その横から。
「美月さん」
線姫が一歩前へ出た。
「あ!あの“燃えますわ”って言った人!」
百之鬼が、口元へ手を添える。
「セリフを削ぎすぎて、熱血な方みたいな言葉になっていますね」
縁も楽しそうに尾を揺らした。
「まぁ、間違ってはいないわねぇ〜」
「以前は事情も知らず、燃やそうとして申し訳ありませんでしたわ」
線姫は優雅に頭を下げた。
「私、境界管理課の線姫と申しますの。本日の盛況と皆様の連携は、目を見張るものがありましたわ」
「あ、ありがとうございます!」
改めて挨拶をされ、美月も慌てて頭を下げる。
線姫は穏やかに微笑んだ。
「私、各世界の境界の調査や補強などのため、管理所にいないことの方が多く、最近ようやく落ち着いたばかりでして」
「あ、だからずっと見たことなかったんだ」
美月は納得したように頷く。
その横で。
「まぁ、それも滞りなく済んでいれば、半分以下の時間で済むはずだったのですが」
写仝が、ぼそりと呟く。
「写仝さん」
線姫が、優雅な笑みを保ったまま一瞥する。
美月は目をぱちぱちさせた。
「どういうことですか?」
百之鬼が、うふふと笑った。
「線姫さん、おっちょこちょいなんです」
「百之鬼さん!」
線姫の声が裏返る。
縁は身を乗り出した。
「そこがギャップよねぇ〜♡」
頬へ手を添え、うっとりとした顔で線姫を見る。
「見た目は冷たさのある危険な美人って感じなのにぃ、中身はちょぉ〜っとおっちょこちょいなのが可愛いのよぉ〜♡」
美月の目が輝く。
「具体的には......?」
線姫の顔がわずかに引きつった。
だが。
配送を終えた蔓実は容赦がなかった。
「自分で仕掛けた罠っこさよぐかがるなぁ」「............」
美月が止まり、線姫は片手で顔を覆う。
百之鬼も楽しそうに追撃する。
「あと、休日に出勤したりしますね」
「ただの休日出勤じゃなくて......?」
「閉庁してる管理所に来て、明らかに鍵が閉まってて誰もいないのにぃ......」
縁が嬉々として続ける。
「『私、開庁担当でしたっけ!?』って、荷物ひっくり返して本気で管理所の鍵を探し始めるのよぉ〜」
「それ、誰情報ですか」
美月が真顔で聞く。
「休日に散歩してた私よぉ〜」
「本人だった!」
現場目撃証言だった。
「おほほほ......」
線姫が乾いた笑いを零す。
「私、そろそろ帰らなければなりませんので、またそのうちお会いしましょう......」
トマトを抱えたまま、片手で空間へ線を引く。
すると、スッと空間そのものが裂けた。
「ごきげんよう」
優雅に一礼。
次の瞬間には、その姿は裂け目の向こうへ消えていた。
「さすが境界の人......。帰り方まで忠実だった......」
美月は感心したように呟く。
写仝も、抱えていた大根を持ち直した。
「さて。我々も帰ります」
「へば、まだな!」
蔓実は満足げに手を振る。
「では美月さん」
百之鬼がにこりと笑う。
「初開店で大盛況、おめでとうございました」 「美月ちゃん、おめでと〜!」
縁も大きく手を振る。
「私も食べるの楽しみよぉ♪」
「はい!皆さん気をつけて!」
美月も両手を振り返した。
すでに日は傾き始め、職員達の長い影が地面へ伸びていく。
野菜はほとんど売れた。
初日から予定は全部崩れ、臨時増産までした。
適正妖力量で蔓実に叱られたが、今日限りの安売りは出来た。
謎のぷくぷく四天王まで誕生した。
それでも。
美月の顔には、疲労以上に満足感が浮かんでいた。
「......ありがとうございました!」
もう一度頭を下げる。
美月は、管理所職員達の背中が見えなくなるまでお辞儀をしたまま。
胸の奥いっぱいに広がる達成感を噛みしめながら。
満足そうに、彼らを見送るのだった。
第8章 本格始動編 - 第12話
「土壌インフラ」
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