第8章 本格始動編 - 第11話「適正妖力量、単位取得」
蔓実は、直売所の前へ並べられた野菜を見下ろしたまま、しばらく動かなかった。
「こらぁ、たまげだ......」
その隣で、写仝も静かに頷く。
「えぇ。以前よりさらに武器感が増していますね」
販売可否を確認するため、以前一度だけ試食したことがある。
その時点でも十分に大きかった。
だが。
今、目の前へ並べられているものは。
大剣のような大根。
太刀のような人参。
刺股のようなネギ。
丸々と太った玉ねぎは、人の頭部ほどの大きさがあり、じゃがいもに至っては両手で抱える必要がある。
どう考えても、脳が『これは野菜だ』という認識を拒否していた。
「だよな。俺もそう思うわ」
ジャジーは腕を組み、蔓実と写仝の横で真顔になっている。
つい先ほどまで接客をしていたはずなのに、あまりにも異様な売り場を改めて客側から眺めてしまったらしい。
「これ、知らねぇ奴が夜道で持ってたら普通に警戒するぞ」
一方。
そんな会話など耳へ入っていない美月は、次の増産へ向けて畑の中を忙しく動き回っていた。
播種を行う前。
美月が取り出したのは、細かく砕かれた白い欠片だった。
ぱらぱらと、畝の上へ均等に撒いていく。
その様子を見ていた蔓実が、首を傾げた。
「なんだぁ、そりゃぁ」
「カルシウムです!」
美月は元気よく答える。
「“かるしうむ”......?」
聞き慣れない単語に、蔓実の眉が寄った。
「妖力栽培っづーのは、妖力注げばいでねぁが?」
「これは私が人間だった時のやり方を合わせてます!」
美月はしゃがみ込んだまま、土を指先で軽く混ぜる。
「卵の殻を細かくして撒くんです。土を中和して、根っこの成長にも良い影響があるみたいですよ」
「ほぉ......」
蔓実の目が、わずかに興味深そうに細くなる。
人間の農法。
隠世では基本的に、妖力が全てだ。
人間式の農業が行われていないわけではないが、圧倒的少数派で、高い効果は今のところ見られた試しがない。
美月は卵殻を土へ馴染ませると、鳳が開けた穴へ種を落としていった。
土を被せると、掌を畝へ向けた。
「じゃあ、ちょっとだけ」
淡い白色の妖力が、美月の手から土へ染み込んでいく。
次の瞬間。
メコッ。
「............」
蔓実の顔が止まり、写仝も無言になる。
明らかに作物を育てている時に聞こえてはいけない音だった。
土が盛り上がる。
太い茎が勢いよく空へ伸び、みるみるうちに美月の腰ほどの高さへ達した。
葉が開く。
「......苗とは」
写仝が首を傾げる。
どう見ても一般的な苗の高さを、数段階ほど通り越していた。
「苗です!」
「美月さんがそう言うなら、そういうことにしておきましょう」
写仝は早々に思考を放棄した。
だが、美月の作業はまだ終わらない。
次に取り出したのは、黒い液体が入ったペットボトル。
中には鉄釘と、お茶の葉が入った袋。
「今度は何だぁ?」
「手作りのタンニン鉄です!」
「まだわがんねぇもん出だな」
蔓実の顔がさらに険しくなる。
美月はタンニン鉄を水で薄め、霧吹きへ取り分ける。
「これを葉っぱに散布すると、エグミとか苦味が減ったり、甘くなったり、コクが出たりするみたいなんですよ」
シュッ、シュッ。
霧状の液体が葉へ薄く広がっていく。
「まぁ、ちゃんと効果出てるのかは分かりませんけど」
「わかんねぇのかよ!」
販売対応中のジャジーから声が飛んだ。
「だって基本的に妖力でメキメキ育つから、どっちの効能か分かってないんだよ!保険でやってるだけ!」
「保険の存在感強ぇな!」
そして、美月は再び両手を畑へ向けた。
今度は、先ほどより多く妖力を注ぐ。
ゴキッ。
ズルッ。
「............」
またしても作物とは思えない音。
太くなった茎がさらに伸び、美月の背丈を越える。
枝が広がり、濃い緑色の葉が次々と開いていく。
そして。
瑞々しく巨大なトマトが、綺麗な形を保ったまま、次々と実っていった。
「す、すごい......」
列に並ぶ木霊が思わず声を漏らす。
「あんな立派なもの、見たことないわ......」
アルラウネが目を輝かせた。
ドライアドは、ごくりと喉を鳴らす。
「私、お腹空いてきました......」
その反応に、美月は嬉しそうに笑った。
そして、販売担当のジャジーへ向き直る。
「ジャジー!もっとスマイル!」
「やってんだろ!」
「生贄を品定めするみたいな顔になってるよ!」
「恋人に言う言葉じゃねぇ!」
列のあちこちから、小さな笑い声が上がる。
ジャジーは舌打ちしながらも、ほんの少し口角を上げた。
その頃。
蔓実は、必要妖力量を確認するため、決済札に手をかざした。
そして、止まる。
「............」
「蔓実さん?」
美月が、その様子に気づく。
「どうしました!?」
慌てて駆け寄る。
「......おめぇ」
蔓実は、決済札から美月へ視線を上げた。
「商売する気あんのが」
「え!?」
美月の顔が青ざめる。
「高すぎました!?」
「んが!」
蔓実の声が飛ぶ。
「安すぎでら!」
「......へ?」
美月の目が点になった。
蔓実は妖魔力環境課の職員だ。
農作物、加工品、妖力を含む食品。
それらの相場を、日々見ている。
だからこそ分かる。
この大きさにして、この品質。
この瑞々しさとこの味。
普通なら、一度の買い物で渡せる妖力を考えれば、一人につき三種類。
各一品ほどで、十分に『買い物をした』と言えるだけの妖力量になるはずだった。
それなのに。
美月が設定した一品あたりの妖力量は。
「幼怪の遠足さ持ってぐ、おやつ代ぐれぇだど!?」
「だって妖力注げばすぐ出来るし......」
美月は本気で不思議そうに答える。
蔓実の目が細くなった。
「“おめぇの能力なら”だべ」
美月が黙る。
「他の奴さ、真似でぎると思ってらが?」
「......」
―――できない。
美月と、同じ家に住む四人だからできる農業だ。
人間界で覚えた農法。
座敷わらしの福徳。
風を操る悪魔。
力自慢の海の主。
水を操る妖。
病害管理には神格すらいる。
同じものを作ろうとしても、同じ費用では作れない。
蔓実は続ける。
「種子、種芋、球根代ばどうなっでる」
「リボーンしてます」
「......“りぼーん”......?」
「はい。人間の時に流行ってた再生栽培ってやつで。実った野菜から種を取ったり、種芋作ったりしてるんで、今のところ種子代はほとんどかかってません」
「......人件費は」
美月は後ろを見る。
ジャジー。
鳳。
東。
癒凪。
「まぁ......家に住む代わりに、手伝ってもらってる感じなので......」
「......農具代は」
「今はだいたい揃ってますし、なければ全員自分の能力使ってる感じですね......」
「............」
蔓実が黙った。
なんということだ。
普通なら必ず発生するはずの費用が、ことごとく消えている。
だが、だからこそ。
蔓実の顔から笑みが消えた。
「おめぇの野菜は、誰も真似でぎねぇ」
声のトーンが落ちる。
美月の表情も自然と真面目になった。
「このまんまだば、適正妖力量をぼっこす(壊す)」
「......」
「おめぇがその値段で出し続げだら、普通に育ででる奴らが商売にならねぐなる」
美月は、ゆっくり視線を落とした。
「......そっか」
自分が安く売れば、客は喜ぶ。
それだけだと思っていた。
けれど。
同じ市場で野菜を売っている者達がいる。
時間をかけ、費用をかけ、妖力を使い。
失敗もしながら育てている者達がいる。
そこへ、自分だけが圧倒的に安い値段で商品を出し続ければ、困るのは客ではない。
同じ生産者だ。
「ごしゃいぐわげでねぇ(怒っているわけではない)」
蔓実が、ふっと笑った。
「おめぇは、自分の野菜をもっど威張れ」
そして蔓実は指先を動かすと、宙へ妖力文を展開した。
「これが、折れで手うだ結果の妖力量だぁ(妥協した結果の妖力量だぁ)」
美月は、恐る恐るそれを受け取ると。
見て、止まる。
「ファッ!?」
変な声が出た。
自分が設定していた価格の、約九倍。
美月の感覚では、人間界でいう、遠足のおやつが三百円。
それが。
二千七百円へと格上げされた。
「たっ......高ぁっ!?」
美月は妖力文を見上げたまま、頭を抱えた。
「こんな妖力量払ってみんな破産しない!?」
「人間の時の感覚ではいけませんよ」
写仝が淡々と告げる。
「つーかサイズ見ろよ」
ジャジーも近くのトマトを指差した。
通常のトマトの、十五倍から二十倍。
人間界のトマトを一つ百八十円と考えれば、単純な大きさだけでも二千七百円から三千六百円だ。
「そうだけど......!」
美月はしばらく妖力文を見つめる。
そして、小さく息を吐いた。
「......他の農家さんが困るなら、ちゃんと合わせないとね」
顔を上げ、決済札を一枚ずつ手に取ると、登録妖力量を変更していく。
その姿を見て、蔓実はようやく胸を撫で下ろした。
「よし」
最後の一枚を変更する。
「価格はこれでいきます!」
「んだ。それがいい」
「でも!」
「ん?」
美月の目が、きらりと嫌な輝きを放った。
ジャジーの目が細くなる。
「あ」
美月は自分の妖力文を展開した。
それを、宙へ大きく表示する。
そこに浮かび上がった文字は。
『初開店記念!本日限定!全品四十パーセントオフ!』
「おい」
さらに。
本日限りの登録妖力量が、決済札へ重ねられていく。
ジャジーが額へ手を当てた。
「だよな。お前ならなんかあるだろうと思ったわ」
写仝の輪郭も、わずかに揺れる。
「四十パーセントオフは、やりすぎではないですか?」
「ネットスーパーの“鬼業”でもやってたので、今日だけは許してください!」
「企業を基準にしないでください」
蔓実は、しばらく呆れたように美月を見つめていた。
そして。
「さっ......おめさ、よいでねな(まったく、お前には敵わないな)」
深くため息を吐く。
だが。
その顔には、すぐに仕方なさそうな笑みが浮かんだ。
美月も、にこっと笑い返す。
「ふふっ。いっぱい買ってってくださいね」
安く売るのは今日だけ。
正規の価格も決まり、周囲の農家を潰さない程度には、やっていけそうだ。
そして。
自分の野菜を、必要以上に安く見積もらない。
その約束をしたうえでの、最初で最後かもしれない、大盤振る舞い。
価格は九倍に跳ね上がり、そこから四割引になっただけだというのに、畑の前にできた長蛇の列は。
一人たりとも、散る気配を見せていなかった。
その事実に美月は少しだけ驚くと。
今度は胸を張って、大きく笑うのだった。
第8章 本格始動編 - 第11話
「適正妖力量、単位取得」
→第8章 本格始動編 - 第12話
「土壌インフラ」へ