第6章 縁から宴編 - 第3話「陸上生活適性試験」
ドアの修繕が終わった頃には、昼を少し回っていた。
「こんなところに時間食った!」
「自業自得でござる」
「俺は人のこと言えねぇ......」
「ジャジーは大破させたもんね」
「傷口に塩塗んな!」
そして、美月は新しくはめ直された玄関扉の前で腕を組む。
「というわけで。東の陸上生活適性試験を始めます」
「なんで俺らまで」
「先輩なんだから、同じレベルだったら困るでしょ」
「なら任せろ。さすがに最低限のマナーくらい俺も身についてる」
「フラグ立った」
「立てんな!」
美月は咳払いした。
「では、第一問。道を歩いていて、前から来た男性と肩がぶつかりました。どうする?」
東は即答する。
「あんだてめぇ。魚のエサにすんぞ」
「んマイナス百点!」
「マイナスでも百点だろ」
「その理論で生きない!」
ジャジーが鼻で笑う。
「俺ならそいつの両肩を鉤爪で掴んで場所移動してからシバく」
「シバきません!」
最後に鳳を見る。
「拙者であれば、『不注意で申し訳ござらぬ』と」
「模範解答......!これだよ!」
「されど拙者の恋人に不埒な視線を向けることは許さぬ」
「勝手に設問を魔改造しないで!」
第二問。
「私を、自分より目上の人だと思って何か話してください」
「“目上”ってなんだ?」
「俺らよりでけぇってことだろ」
「本当にそうでござろうか......」
三人が一斉に美月を見る。
美月の頭は、彼らの顎にも届いていない。
「圧やめて!」
頬を膨らませて見上げる美月に、ジャジーが口元を覆って肩を震わせた。
「これで“目上”は無理すぎる」
「無理とか言わないで!」
「非常に愛い」
「美月はやっぱ可愛いな!」
「私がダメージ受けただけだった!」
座学はいったん終了し、次は実技。
鳳と体格が近い東は、彼からズボンを借りることになった。
「私は見ないので、二人に監督を頼みます」
「なんで男の着替え凝視しなきゃならねぇんだよ」
「美月殿のためでござる」
「俺のためだろ!」
美月が後ろを向く。
「ではスタート」
「......これ、どっち入れんだ?」
「東、右足が左へ入っている」
「美月!手伝ってくれ!」
「お前の危険物見せてたまるか!」
「俺ぁ美月がいい!」
「わがままを申すでない!」
「“パパはやだ!ママがいい!”ってなる子どもみたい......」
しばらく後。
「美月!履けた!褒めろ!」
「片方に両脚全BETすんな!」
東は一本の筒へ両脚を突っ込み、満足そうに床を這っていた。
「なんか落ち着くな!」
「擬似的な魚体になっておる」
「こっちの方が動きやすいぞ!」
「動きがきめぇ!」
「早く普通に履いて!」
どうにかズボンを攻略し、最後の実習へ移る。
畑には、収穫用の巨大野菜が実っていた。
「これ全部収穫して、納屋に置いて。売るから傷つけないでね」
「分かった」
東は巨大な大根も、岩のような芋も、片手で抜いた。
だが、力任せには扱わない。
抜いた野菜を抱え、傷まないよう静かに納屋へ下ろしていく。
海の主。
海に生きる様々な命を、主は決して雑に扱わない。
美月に渡した魚も、傷一つない上等な状態だった。
つまり、命の扱いが海から陸の葉物になっただけであり、東にとっては同じことだった。
大量にあった野菜が、あっという間に片付いた。
「......すごい......」
「美月!どうだ!?合格か!?」
満面の笑みを美月に向ける。
「......飛び級で」
文句のつけようがない農業優等生どころか特待生だった。
「贔屓すんな!」
ジャジーが不満に声を荒げる。
「飛び級ならもう陸で暮らせるな!」
「農業だけね!」
「一個できりゃ十分だろ!」
「人生を一点突破で攻略すんな!」
「拙者は心から嫌でござる......」
そして。
「はぁい!じゃあ今日はここまで!」
美月は、ぱんっと手を叩いた。
「私、このあと管理所行くの。決済札の受け取りと、さっきのビンタも相談したいから」
「あれは確かに、何かしらの力が乗っていたでござるな」
「『明日あたりには』が有言実行されんのかよ」
美月は東へ人差し指を立てる。
「だから、宿題。次回来るまでに復習ね」
「しゅくだい?」
「うん」
「美月に会うための繋がりだな!」
「やっぱギャップがおかしい......!」
美月は目元を手で覆ったあと、思い出したかのように口を開く。
「あと大事なこと。次回来る時は先に妖力文を到着させて!」
美月が人差し指を立てる。
「私が一瞬しか見てないのを“見た”に入れないでね?数時間は余裕ちょうだい」
「俺ぁ早く美月に会いてぇ」
「分かってる。でも急に来られたら困るの。これも陸のマナー」
「......分かった。なら頑張る」
「服も必須。鳳がズボン貸してくれるって言ってるから、ズボン履く練習もしてきてね」
「海の主が一人でズボン履く練習とか絵面シュールすぎんだろ」
「美月殿のためでござるゆえ」
「だから俺のためだっつってんだろ!」
やがて、てっぺんに登っていた日はわずかに傾き、別れの時間が来た。
東は少し黙ってから呟く。
「......離れたくねぇ」
「うん」
「......連れて帰りてぇ」
「......うん」
「でも、やらねぇ」
東の瞳が、不安に揺れている。
その様子から、相当抑えていることが美月にも分かった。
そんな東と美月が交わすやりとりを、ジャジーと鳳は黙って見守っている。
そして、美月は少しだけ笑う。
「......ありがとね」
「......番のためだからな」
「まだ番じゃないよ」
「......知ってる。知ってるけどよ」
東は困ったように笑う。
「俺の中ではもう、お前に決まってんだよ......」
また少しして、東の手が、美月へわずかに伸ばされる。
「......手、握っていいか」
「うん」
「抱きしめんのは?」
「......まぁ、お別れだからいいよ」
「別れだからじゃねぇ」
美月が目を瞬く。
「また会いに来るために、抱きしめてぇんだ」
いつも釣り上がっている眉が、やや下がっている。
「......じゃあ、いいよ」
東嬉しそうに笑うと、ゆっくりと美月の背中に腕を回し、抱きしめる。
「また、すぐ来てもいいか」
「次は妖力文、遅延させないでね」
「文が遅ぇんだよ」
「なら速達する妖力の使い方を覚えてきて」
「......ならまた、日忌に聞くか」
「ひいみ?」
「いや、こっちの話だ」
腕が名残惜しそうに解かれる。
「......じゃあ、またな」
「......東」
振り返った彼へ、美月は笑った。
「すごく、頑張ったね。ありがとう」
東の目が見開かれる。
「......っ、美月......!」
飛びかかりかけた身体が、ぎりぎりで止まる。
「っぶね......!」
前に出た足を引く。
しかし、行き場をなくした両手が、わやわやと宙を彷徨っていた。
美月は笑い、その片手を取る。
「......いってらっしゃい」
にこりと笑う。
一瞬。
東は、何も言えなかった。
やがて、ニカッと大きく笑う。
「あぁ、行ってくる!」
そうして東は、また美月へ会いに来るために。
一度、海へと帰っていった。
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「陸上生活適性試験」
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