第8章 本格始動編 - 第7話「立ち位置」
結局、その場で答えは出なかった。
癒凪自身にも、胸の奥でざわついていたものが何なのか、まだ上手く掴めていない。
美月も、それ以上そこを掘り進めようとはしなかった。
癒凪は言葉に出すことが苦手だ。
また、長時間こういった話をするのも疲れるだろう。
無理に名前をつけても、本人の中で形になっていなければ意味がない。
だから。
美月は癒凪の少しだけ落ち着いたであろう横顔を確認すると、話題を切り替えた。
「じゃあ、今度こそ本当に畑の話しよっか」
「最初からそのつもりで来たのだと思っていたが」
「そこは予定変更ってやつで」
美月は笑い、コップの茶を飲み干す。
そして、ベンチから立ち上がった。
目の前には以前よりずっと広くなった畑が、太陽の光を受けている。
「剪定はジャジー。水やりは鳳。収穫は東でしょ」
指を折りながら担当を確認していく。
ジャジーは枝葉を整える細かな作業。
鳳は水の妖力を使った散水。
東は最近すっかり気に入った収穫作業。
そこで、美月の指が止まった。
「癒凪は......なんだろう......」
顎に指をかけ、思考を巡らせる。
「私と一緒に販売、とか......?」
そう口にした瞬間。
美月の脳内に、妙に具体的な光景が浮かんだ。
自分の野菜を求め、購入しに来た客がいる。
『これ、妖力どのくらい必要ですか?』
対する癒凪は、いつもの無表情で一言。
『そこにある決済札を読み取ればいいだろう』
想像、終了。
「............」
美月の顔に、みるみる光が消えていった。
その様子に、癒凪はいつもの真顔を少しだけ曇らせ、美月の顔を覗く。
「どうした」
美月の眉間には、軽く皺が寄っている。
「......いやいやいや」
いや。
今のはあくまで、自分の脳内イメージだ。
本人にやらせれば、もう少し柔らかくなる可能性はある。
しかし、ゼロには等しい。
美月はわずかな希望に賭けることにした。
「癒凪。今から私がお客さんが言いそうなセリフを言うから、販売員として返してみてくれる?」
「わかった」
癒凪が静かに頷くのを確認すると、美月は咳払いを一つ落とした。
「『これ、妖力どのくらい必要ですか?』」
やや高めの声で問う。
その美月の言葉に、癒凪は表情一つ変えず、口を開いた。
「決済札を読み取ればいいだろう。当たり前のことを聞くな」
美月が、ぴしりと固まった。
沈黙。
「ん゛ぁぁ良くないプラスアルファされて返ってきたぁ......」
美月は頭を抱えた。
結果は、想像より悪化していた。
「何が問題だ」
本気で分かっていない表情を向ける癒凪に、美月はゆっくりと顔を上げる。
「愛想......」
「もとよりない」
即答だった。
「元も子もないこと言わないでよ......」
美月の頭と肩が落ちる。
確かに間違ったことは言っていない。
だが、接客業である販売員としては致命的である。
ならば、接客を必要としない作業ならどうか。
「収穫、東だけだと大変だから、癒凪も収穫班とか......?」
そう言った瞬間、またしても美月の脳内へ映像が流れ込んだ。
東は「おう!」と元気よく畑へ向かい、巨大野菜を一つずつ傷つけないよう丁寧に収穫していく。
一方、癒凪は。
おそらく畑の前で一度立ち止まり、無言で神力を広げる。
次の瞬間。
大根や人参、玉ねぎは一斉に引き抜かれ。
じゃがいもは畝ごと宙を浮いて掘り起こされる。
トマトやナスは同時に枝から切り離され。
浮かび上がった野菜は整然と宙を移動し、種類ごとに分けられて。
すべて最後には、傷一つつけずに所定の位置へ置かれていく。
『おい!俺の仕事まで取んな!』
『効率が悪い』
『こういうもんは効率よくしすぎんのも問題なんだよ!』
『傷はつけていない。何が問題だ』
『お前が問題だ!』
想像、終了。
「............」
「次はなんだ」
癒凪が先に聞いた。
「癒凪。収穫班に回ったら、どうやって収穫する?」
「神力で一気に」
迷いがない。
「だよねぇぇぇ......」
「何が問題だ」
「その発言までイメージ完全再現しないでいいよ......」
美月は両手で顔を覆った。
大変だ。
販売員には向かない。
そして共同作業でも、一人で全部終わらせる可能性が高い。
どうする。
剪定でもない。
散水でもない。
収穫でもない。
販売など論外。
美月が真剣に悩み始めた、その時だった。
「......あ!」
ぱん、と手を打つ。
考えてみれば、自分ではどうにもできないことが一つだけあった。
植えた種や球根が、すべて無事に育つわけではない。
土に問題が起きることもあれば、苗そのものが病気になることもある。
美月の福徳は成長を助けたり、実りを豊かにしたりすることはできても、病そのものを治す力ではない。
「癒凪」
「なんだ」
真顔でこちらを見る男、癒凪。
その名にある、“癒”という字。
疫病神として持っていた病の力が、いつか誰かを癒やす方にも向いてほしい。
そう願って、美月が与えた名だった。
もしかすると。
癒凪にしかできないことが、ここにある。
「癒凪」
美月は少しだけ姿勢を正した。
「......土や苗もね、病気になるの」
癒凪は、ぱちぱちと瞬きをした。
そして。
「知っている」
当たり前のように即答した。
「知ってたの!?」
美月の目がこれでもかと見開かれる。
「すでに数件、土壌の病を癒す依頼を済ませているからな」
「........................ゑ゜?」
あれだけ開かれていた美月の目が、一気に点になった。
数秒、そのまま完全に停止する。
そして。
「いつ!?」
勢いよく再起動した。
「家を建て直す前だ」
「建て直す前って......あの『用事がある』って一日出てったとき!?」
「あぁ」
そこで。
美月の中で散らばっていた記憶が一気に繋がった。
癒凪が「用事がある」と言って家を出た日。
その後、彼は大地主大神、手置帆負命、彦狭知命の三柱を連れて戻ってきた。
さらに管理所で各種届出について叱られた帰り際、大地主大神は確かに言っていた。
『また助太刀が必要なら呼べ!代わりにこちらの方も頼むぞ!』
あの時は手続きに意識を持っていかれ、深く考えなかった。
だが、土地を司る神が、癒凪へ「頼む」と言った。
「......もしかして」
美月の目が、再び見開かれる。
「家を建て替えてもらうために、アルバイトしてきた?」
「“あるばいと”とはなんだ」
癒凪はまったく分かっていない表情をむける。
「お金をもらうために、その人のところで手伝ったり、働くことだよ」
説明を聞いた癒凪は、少し考えて短く答えた。
「なら、そうだ」
「うわぁぁ私、神様を数件分のアルバイトに出しちゃってたの!?」
「美月が出したわけではない。私の意思だ」
聞けば、話は実に合理的だった。
癒凪は三柱のもとを訪れ、家を広げたいから力を貸してほしいと頼んだ。
その代わり、自分ができることを提示した。
大地主大神のもとでは、土地を蝕む土壌の病を癒し。
手置帆負命と彦狭知命のもとでは、建材にする予定だった木々の病を癒した。
互いに、相手にしかできないことだ。
だから、交渉は成立した。
癒凪は自分の力を使い、三柱はその対価として、美月の家を広げた。
美月はしばらく何も言えず、癒凪を見つめたあと、ふっと頬を緩めた。
「ふふっ。癒凪しかできないこと、無事決まったね」
「あぁ。そうだな」
ようやく自分に、美月が大切にしているものを守れる、自分だけの役割ができた。
その事実が、思っていたよりもずっと胸へ馴染んだ。
「癒凪は畑のお医者さんだね!」
癒凪は一瞬、微妙な顔をした。
「医者ではない。病害管理でいい」
「じゃあ病害管理隊隊長!これからよろしくお願いします!」
美月は、にへっと笑いながら敬礼をする。
「一人しかいない“隊”など、“隊”ではない」
いつものように、論理で否定する。
が。
「私がいるじゃん」
あまりにも当然のように返された。
「仮に癒凪が剪定隊でも、散水隊でも、収穫隊でも、無作業見守り隊でも」
美月は柔らかく笑う。
「私が部下として、後ろにいる」
そのまっすぐな瞳を、癒凪はやはり見続けることができなかった。
「......一つ嫌な隊があったな」
思わず話題を逸らす。
それでも、美月は気にしない。
「苦手なことをさせるつもりはないからね。絶対誰かが何かしらの隊に入れる仕様だよ」
美月は再び、眩しい笑顔を向けてきた。
その笑顔を見ながら、癒凪は思う。
―――できれば、部下ではなく。
もっと、隣に近い立場で。
同じものを守り、同じ場所へ帰る存在でありたい。
「......副隊長になれ」
ぼそりと落ちた。
「え?なぁに?」
「なんでもない」
即答した。
「今絶対なんか言ってた!」
「言っていない。話が終わったなら戻る」
美月の詰める声をよそに、癒凪は立ち上がると、そのまま家へ向かった。
「も〜!」
美月も慌てて後ろを追う。
だが、その数歩先で、ふわりと癒凪の身体が浮いた。
「え!?浮くの!?」
地面すれすれを滑るように進み、あっという間に距離を取っていく。
「なんでそこで神力使うの!」
「そろそろ冷え込む。早く来い」
「さっき冷たいお茶飲んでたじゃん!」
「数刻前と今では違う」
「私そんな高速浮遊移動できないよ!」
「来ないなら置いていく」
「急に冷たい!」
美月は必死に駆けながら抗議する。
その頃、前を行く癒凪は決して振り返らなかった。
今の自分の顔は、見なくともわかる。
後ろから追ってくる美月に、絶対に見られまいと。
驚くほど真っ赤に染まった顔を、美月から見えない角度へ向けたまま。
癒凪はいつもより少しだけ速い速度で、家へ戻っていくのだった。
第8章 本格始動編 - 第7話
「立ち位置」
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