第7章 拡大編 - 第11話「別の三傑」
美月とジャジーは、管理所からの帰宅途中だった。
「まさか、“幼怪育成所の人員が絶望的だから手伝ってくれ”だなんて、誰も思わないよねぇ......」
美月は遠い目で呟いた。
以前管理所に行った際。
写仝、縁、そして書類を持った守命流の三人が、顔を突き合わせて話している場面を目撃していた。
まさにあれが、幼怪育成所の人員手薄問題について、頭を悩ませている場面だったらしい。
そして、美月が隠世に来て間もない頃、幼怪課の職員を見るためだけに訪れた場で。
守命流と他愛のない話をする中で、ポロッと出た美月の保育資格情報。
それを覚えていたため、今回の連絡に繋がったのだ。
人間として生きていた頃、保育士と幼稚園教諭の資格を取っている。
結局、その人生で資格を使うことはなかった。
まさか死後。
妖として生きる世界で使うことになるとは、誰が想像できただろう。
「時期はまた伝えるって言ってたし、連絡待ちだね」
「お前、死んでから資格活用すんのも大概だな」
「資格側もびっくりだよ」
その隣を歩くジャジーも、狩猟資格について一通り説明を受けたところだった。
条件はいくつかあった。
本能による暴走や、過剰な破壊衝動を起こすおそれがないこと。
獲物を意味もなく痛めつける類の能力を持たないこと。
魔獣の生息数や希少性を理解し、自然との調和を優先できること。
そして資格取得後に魔獣の狩猟を行った場合、すぐに管理所の妖魔力環境課に、狩った個体の名前と頭数を、相違なく報告することだった。
ジャジーは苦い顔を浮かべる。
「知識についての筆記試験、実技もあるんだとよ」 「ジャジーが筆記試験受けるとか想像つかない」 「俺も想像できねぇよ」
「ふふっ。人間界の狩猟免許とはちょっと違うけど、試験はあるんだね」
そんな話をしているうちに、家へ着いた。
ガチャッ。
「たっだいまぁ〜!」
扉を開ければ、すぐに三つの視線が集まる。
「美月!おかえり!」
「美月殿。おかえりでござる」
「......おかえり」
「癒凪!おかえり!帰ってたんだぁ!」
美月は嬉しそうに笑い、それから三人を順番に見て固まった。
東。
鳳。
癒凪。
圧倒的性質の異なる三人が、この小さな空間に押し込められている。
「なんていうか、この三人って、すごい珍しい詰め合わせだね」
よく誰も出ていこうとしなかったものだと、美月は思った。
「ぜってぇ胃がバグる詰め合わせだろ」
ジャジーの言葉へ反論する者はいなかった。
そんな中、癒凪が立ち上がる。
そして。
ゆっくりと、美月の前まで歩いてきた。
「美月」
「ん?なぁに?」
「渡すものがある。準備をしてくるから、ここで待っていてほしい」
「うん?わかった」
それだけ告げると、癒凪は再び外へ出ていった。
扉が閉まる。
「なんだろう?神様からのプレゼントとか、楽しみだなぁ」
そう呟くと、美月はすぐに残った二人へ向き直った。
「それにしても、すっごい三人の会話内容が気になるんだけど」
美月は興味深そうに目を輝かせた。
例えるなら、全員が全員、水と油のような者達だ。
そこからどんな会話が繰り広げられているのか、興味が湧かないわけがない。
「おう!三人で美月のこと話してたぞ!」
悪気のないまま、東は告げる。
「え?私?」
「東!言うでない!」
「こいつらがおとなしく茶ぁしばくたぁ思えねぇ。全員ここにいるっつーのは、大抵美月関連だろうよ」
ジャジーは当然だろと言わんばかりの表情だ。
「話してたらこいつら、美月に対してデケェ感情で凝り固まってんのはわかったぞ」
「そ、そうなんだ...」
「奥にあるもんは柔らかかったり、鳳は捕食者だったり、神さんは鉄球みてぇだったりして、すげぇ混沌としてた」
「誰が捕食者でござる!」
鳳の声が飛んだ。
「つまり、東が二人に対して、心の地盤調査したんだ」
美月のいつもの人間界知識の比喩が飛ぶ。
「じばんちょうさ?」
「内心の深いところを掘ったのかなって」
「ならそうだな!」
豪快に笑う東に対し、その話し合いを思い出し、再び表情に疲労を滲ませる鳳。
「癒凪殿とともに、根掘り葉掘り聞かれたでござる......」
美月の目が輝いた。
「え!次は東ショベルカーが爆誕したんだ」
「また謎単語来たな」
ジャジーの眉が寄る。
「しょべるかー!なんかかっこいい響きで好きだ!」
「採掘するものという意味であるならば、常時稼働していたといえよう」
鳳の目が遠くなった。
東は得意げに胸を張る。
「こいつら抱えてるもんがデケェし重ぇんだよ。だから掘り起こして、そっから砕いて慣らして、俺の求愛スキルの応用ねじ込んで固めた」
「すごい! 東自身がコンクリートになったうえ、基礎まで作ったの!?」
「まぁな!会話のコストは尋常じゃなかったけどよ!」
「ベタ基礎の方を作ったんだ!?」
「分かんねぇけど強固にはしたつもりだ!」
「もうわけがわからぬでござる......」
「二人にとっていい活躍してくれたってこと!」
美月は声を上げて笑う。
「あっははは!じゃあ次は家が建っちゃうじゃん!」
「そんなわけねぇだろ」
ジャジーが即座に否定した。
その時。
扉の向こうから、何やら話し声が聞こえた。
「......なんだ?声?」
東が扉の方を見る。
一人や二人ではない声が交差している。
「癒凪、誰かと話してる?」
「あいつ、知り合いいたのか」
「それはいささか失礼ではござらぬか」
やがて玄関の扉が開く。
「全員、出ろ」
「号令が看守!」
思わず美月がツッコんだ。
「なんか私やらかしたっけ?」
思わず過去の犯罪歴を捏造しそうになった。
もちろんそんなことはしていない。
癒凪はわずかにはっとした様子で言葉を探す。
「......すまない。こちらに来てほしい」
「最初からそう言え!」
東の声を背に、全員で外へ出る。
そして。
「......え?」
美月の足が止まった。
癒凪に案内された先に、三人の男が立っている。
全員、癒凪よりわずかに背は低いが体格がいいため、横幅は癒凪よりも大きい。
一人は、貴人風の男。
顔の両サイドに輪のように括った角髪という髪型をしている。
残る二人は、古い繒服を纏っていた。
三人とも、ただ立っているだけで空気の密度が変わるほどの神気を帯びている。
「今回協力してもらう者達だ」
癒凪が振り返り、淡々と紹介する。
すると最初の男が一歩前へ出た。
「お初にお目にかかる。我は大地主大神と申す」
腕を組み、堂々とした佇まいで胸を張る。
その隣にいた男も一歩前へ出た。
「俺は手置帆負命である!疫病神殿のお譚生日とやらの話は、何度聞いても面白かったぞ!」
「癒凪だ」
即座に訂正する。
「がっはっは!失敬失敬!」
豪快に笑いながら、両腰に手を当てて仰け反った。
最後に、三人目の男が前へ出る。
「某は彦狭知命!今回の依頼、一棟入魂させていただく!」
そう言って彦狭知命は、胸の前で拳を合わせた。
「待って待って待って。どういうこと!?」
美月が両手を上げる。
「見ていればわかる」
癒凪は三柱へ向き直った。
「私の恩人への贈り物だ。できる限り、良いようにしてほしい」
「応!!」
三柱の声が揃った。
「ガテン系だなぁ......」
「何が始まんだよ......」
「癒凪殿が見ていれば分かると申した。黙って拝見するとしよう」
大地主大神が、地面へ手を置いた。
次の瞬間。
ゴゴゴゴゴ......!!
「んぇぇぇ!?なに!?」
地面が軋む。
うねる。
形を変える。
だが、以前鳳が畑へ作った畝だけは崩さず、その外側へ土地がぐんぐん広がっていく。
「こんなものではないぞ!」
大地主大神が腕の向きを変えた。
その先は、東の海の方角。
庭の一角が一定の速度で深く窪み、細長く伸びていく。
ほどなくして、その道へ海水が流れ込み。
家のすぐそばまで続く、小さな入り江のような海路が完成した。
一気に潮の香りが広がる。
「海ぃ!?」
東の声がひっくり返る。
「次は俺らの番だな!」
手置帆負命が、豪快に笑った。
「うむ。では参ろうぞ!」
彦狭知命とともに空間を裂く。
そこから次々と現れたのは、大量の木材だった。
節のない、四面無節の最高級素材。
切る。
組む。
繋ぐ。
驚異的な速度で二人は木材を組み上げていく。
柱が立ち、壁が生まれ、屋根が組み上がった。
そして。
「.........」
「.........」
「.........」
「.........」
誰も言葉が出なかった。
つい先ほどまで一人暮らし用だった平屋は、天井の高い二階建てへ姿を変えている。
庭には、東が魚体へ戻っても、ゆったりと身を置ける海水の空間。
少し離れた場所には池。
畑は以前の五倍ほどに広がり、それに合わせて納屋まで巨大化していた。
「......ほんとに......家が建った......」
先ほど自分で口にした冗談が、数十分も経たず現実になった。
大地主大神が満足げに頷く。
「癒凪殿の依頼通り、全員の特性に合わせた仕様としてある。水場は多いが、沈む心配はない。空間固定の術式を組んであるゆえ、海水も池も溢れぬ」
「そ、そうですか......」
美月は巨大化した家を見る。
次に癒凪を見る。
さらに、腕を組んで満足そうに建物を眺める三柱を見る。
数秒。
「......神対応って、こういうこと......?」
美月の目が点になっている。
「多分、本来そんな使われ方じゃねぇだろ......」
ジャジーが乾いた声を落とす。
だが癒凪は真顔だった。
「神が対応した。言葉通りだろう」
「ド正論!」
「さぁさぁ!早く中を見てくれ!」
手置帆負命の豪快な声が響く。
美月達は顔を見合わせると、新しく生まれ変わった家へ。
恐る恐る、足を踏み入れるのだった。
第7章 拡大編 - 第11話
「別の三傑」
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