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幕間「苦ッKING」

美月と癒凪ゆなぎが一階へ降りた瞬間。

「............」
「............」

キッチンは、大惨事だった。

流し台には、完全に焦げついたフライパン。
その隣には、料理だったであろう黒い何かが置かれ、黒煙が立ち上っている。

よく見れば、その黒い塊の一部が赤く発光していた。

「火種がある料理ってなに!?」

その直後だった。

ぼんっ!

「ンワァウ!?」

美月の肩がびくっと跳ねる。

鍋の中から、何かが勢いよく宙を駆けた。

べちっ。

床へ落下したのは、どう見ても卵らしきもの。

「............」
「............」

ぽひゅんっ!
ぼんっ!
しゅーっ!

べちっ。
べちべちっ。

「カオス!!」

同じ鍋から、卵が連続して飛んでくる。

どうやら水を張らず、熱だけを加えたらしい。

「うおっ!?」

ジャジーが飛来する卵を避ける。

「蓋を閉めるでござる!」

鳳ほうが叫ぶ。

「熱ぃ!!水!!」

東あづまが右往左往する。

「地獄か」

癒凪ゆなぎだけが、ひどく冷静だった。

ようやく卵ミサイルの飛来が終わり、美月は恐る恐る反対側へ視線を移した。

そこには、卓いっぱいに並べられた、“何か”。

煮物らしきものは、なぜか野菜がやたら細かい。 調味料を入れすぎたのか、全体的に煮付けのような濃い色に染まっている。

副菜は、ひじきのような黒く細いものの集合体。

そして、全面を海苔で覆われた、巨大なおにぎりらしきもの。

問題なのは、全体的に焦げ茶から黒だということだった。

部屋には焦げた匂いが充満している。
流し台にある失敗作の匂いなのか、今並んでいる料理達が焦げているのか、もう分からない。

唯一の救いは、汁物だけはちゃんと汁物だった。

美月は思い出した。

彼らには、野菜を切らせたことはある。
米を炊く当番も、汁物を任せたことも。

だが。

肝心の料理そのものは、いつも美月が作っていた。

「......誰が、どれ作ったの......」

美月が真顔で尋ねる。

すると。

「とりあえず、どれがいちばんひでぇか決めてくれ......」

ジャジーも真顔だった。

美月の目が見開かれる。

「なにそのデスゲーム!」

東あづまが腕を組んだ。

「誰がどれ作ったか言ったら、美月は絶対フォロー入れるからな。純粋にどれがいちばん不味ぃのか教えてくれ」
「クッキングで苦ッKINGを決めろってこと!?」

美月が頭を抱える。

鳳ほうは、今から切腹でも命じられるかのような表情で、静かに頭を下げた。

「評価は全て受け入れ、改善も約束するでござる。屈託なく申されよ」
「なんで料理審査に命懸けの覚悟してるの!?」

その横で。

「......私は茶でいい」

癒凪ゆなぎが、すっと離脱しようとした。

しかし。

「癒凪ぃ......見捨てないでよぉ......」

美月が癒凪ゆなぎの袖を、きゅっとつまんだ。

「............」

癒凪ゆなぎの中で何かが一瞬揺れた。

そして。

癒凪ゆなぎの内なる天秤は、勢いよく美月側へ沈んだ。

「......わかった」

そうして、福゜福゜四天王うち三名による。
クッキングによる、苦ッKING王決定戦が始まった。

一品目、煮物らしきもの。
見た目だけなら、ミックスベジタブルの煮付け。

なぜか、野菜は異様に細かい。
だが、料理は見た目ではない。

美月は箸で一口取り、そっと口へ運んだ。

三人が、無言で見守る。

「......食べれなくは、ない......」

眉を寄せたまま、美月はそう告げた。

その横で、癒凪ゆなぎも一口。

そして。

「濃い。一部硬い。一部溶けるほど柔い。どうしたらここまで食感に差が出る。調味料は何をどの配分で使えば、こんな産業廃棄物のようになる」
「辛辣!」

ジャジーが叫ぶ。

「遠慮が一切ないでござるな......」

鳳ほうの顔が引きつる。

東あづまは逆に感心したように頷いた。

「逆に気持ちがいいわ」
「変な扉開けないで!」

美月はもう一口食べる。

「これ、多分弱火で長く煮込んだんじゃなくて、強火で短時間で作った感じだね」

次に汁を少し飲む。

「うん。だから野菜は芯が硬いままなのに、汁だけ煮詰まってる」

美月が真面目に分析している前で。

「弱火十分なら、強火二分とかでやりゃ効率いいだろ」

ジャジーが言った。

いる。
確かにこういう思考の人はいる。

「単純に考えれば、そうであるな」

まさかの鳳ほうまで頷いた。

「何が問題だ?」

東あづまに至っては本気で分かっていない。

「基礎が問題だよ!」

美月は箸を置いた。

「はい、じゃあ次お願いします!」

二品目、ひじきらしきもの。
ただし、この隠世に人間界と同じひじきがあるのかは分からない。

これには、人参も大豆も入っておらず、ただただ黒い。

美月は遠い目になる。

「見た目はすごくダークマター......」

意を決し。

「い、いただきます」

口へ運んだ。

「ン゜ッ!?」

美月は思わず口元を押さえた。

口の中へ広がる鮮烈な海の香り。
ぷちぷちと弾ける食感。
絶妙な塩気。
そこへ、少し酸味のあるタレが絡む。

美月の目が、一気に輝いた。

「美味しいぃぃぃ......!」
癒凪ゆなぎも食べる。
「......なんだ、これは」
先ほどまでの罵倒が消えた。
もう一口。
「......やや塩気が強い。だが、悪くない」

それは、ひじきではなかった。

「ぷちぷち......!見た目が暴力的にひじきなのに、海ぶどうみたい......!」

美月の箸が止まらない。

そして。

「あ、答え合わせはあとだもんね!」

名残惜しそうに一口だけ追加し、箸を置く。

すると。

「......もう、終わりで良くない?」

唐突に目が遠くなる。

せっかく味覚が幸せになったのだ。
もう、この記憶のまま終わりたい。

だが。

「良くない」

ジャジー、即答。

「まだ一品あるでござる」

鳳ほうも逃がさない。

「こっちの方が美味ぇかもしれねぇだろ」

東あづままで希望を持っている。

癒凪ゆなぎが静かに言った。

「逆も然りだろう」
「当たり前だ」
「当たり前にしないでよ!」

そして、三品目。
おにぎりらしきもの。

やたら大きい。
しかも全面を海苔で覆われている。

美月は一つ掴み、持ち上げ―――

「ん?」

―――られない。

両手で持つ。

「え......砲丸......?」

明らかに、おにぎりの重量ではない。

「これ、ほんとに食べていいやつ?」
「米と海苔だぞ。良いに決まってんだろ」

東あづまは自信満々だ。

ジャジーが美月と巨大おにぎりを見比べる。

「まぁ確かに美月が持つと、なんかやべぇ古代の呪物に見えんな」
「呪物にするでない」

鳳ほうが眉を寄せる。

そして、美月は慎重に齧りついた。

もぎゅっ。
おにぎりから鳴ってはいけない音が鳴った。

癒凪ゆなぎが見る。

「どうした」

もぎゅっ。
もぐもぐ。
もぎゅっ。
もぐもぐ。

「............」

美月がゆっくり癒凪ゆなぎを見る。

「......癒凪、あげる」
「食いかけの呪物を渡すな」
「“食いかけの呪物”って日常の単語に出んだな」

東あづまが妙な感心をする。

「通常であれば一生出ぬ」
鳳ほうも即答した。

「お腹いっぱいなんだよぉ......」

美月は半べそだった。

「絶対今の三口で、お茶碗一杯半くらいの米あったよ!?」

特級呪物と化した砲丸団子を癒凪ゆなぎへ差し出す。

「............」

なぜか。
癒凪ゆなぎは受け取ってしまった。

「ほら、食べてみて」
「急かすな」
「癒凪の感想聞きたい〜」

ジャジーが二人を横目で見る。

「なんでそこだけ甘ぇ空気出てんだよ」

それもそうだった。

美月の食べかけなど、癒凪ゆなぎにとっては間接キス。

だが。

意を決して。

もぎゅっ。

「............」
「やっぱりおにぎりから鳴らない音鳴ったね」

美月が真顔で言う。

「癒凪殿。味はどうでござるか」

鳳ほうが尋ねる。

しかし、癒凪ゆなぎは。

「......わからない」
「なんでだよ!」

ジャジーの声が飛んだ。

さすが呪物。
味覚まで麻痺させたのかもしれない。

もっとも、本当に味覚を麻痺させている原因が、圧縮米の呪いではなく。

恋という厄介なものによって、美月フィルターがかかっているせいだとは。

まだ癒凪ゆなぎ自身も、完全には理解していなかった。

そして。

食べても食べても、具は出なかった。

「......無駄な胃袋を使った」

癒凪ゆなぎが低く呟く。

ジャジーが首を傾げる。

「にぎり飯って、握りゃ良い話じゃねぇのか?」
「そこは間違いではないから何も言えないけど......」

美月が遠い目をする。

「もうあれ、“おにぎり”っていうか、“鬼握り《おににぎり》”だよね......」
「下手すりゃ鬼も泣くくれぇの力で握られてんだろ」

ジャジーが半目で告げた。

そして。
とうとう結果発表となった。

「美味しくなかったのが一位ってことは、最下位から発表していけばいいんだよね?」
「そうだな」
「じゃあ結果発表いきます!」

三人が、裁判を待つ被告のように美月を見た。

「じゃあ第三位!」

全員、固唾を飲む。

「......二品目の副菜!」

その瞬間。

鳳ほうが立ち上がった。

「かたじけない」
「え!?あれ鳳ほうだったの!?」

美月の顔が一気に明るくなる。

「うむ。味付けが濃くなってしまったゆえ、口に合うか案じておった。だが、美味であったなら良かったでござる」

癒凪ゆなぎが尋ねる。

「あれはなんだったんだ」
「あれは川に住む、黒曜魚こくようぎょの卵でござる」
「どうりでぷちぷちしてたわけだぁ......」
「産み落とされた卵は水草のような見た目となり、他の魚から見つかりにくくなるのでござる。空気に触れると黒く変色するが、質に問題はござらぬ」
「美味しかった!ありがとう!」

美月はそのまま鳳ほうへ抱きついた。

「......うむ。また調達するでござる」

鳳ほうも、ぎゅっと抱き返す。

「こいつだけなんか褒美もらってんな」

ジャジーが半目になる。

東あづまも頷いた。

「確かに濃かったが、美味かったもんな。アレ」

そして残るは、ミックスベジタブル煮と特級呪物砲丸団子。

「では第二位を発表します!」
「来い!」

ジャジーが拳を握る。

「頼む!」

東あづまも祈る。

美月は目を閉じ、そして。

「......一品目の煮物らしきやつ!」
「っしゃあ!」

ジャジーが拳を突き上げた。

「ぐっ......俺が苦ッKINGかよ......」

東あづまが露骨に項垂れる。

「いや正直、大差ないからね!?」

美月が慌てて補足した。

癒凪ゆなぎがジャジーを見る。

「なぜ野菜があそこまで細かい」
「大根の煮物失敗して時間なくなって、風刃使ったらああなった」
「じゃあ、あの火種ジャジーの失敗作だったの!?」

流し台で現在もぷすぷすと黒煙を上げている暗黒物質の正体は、大根の煮物だったものらしい。

そして。

「なんで俺のが苦ッKINGなんだよ......」

東あづまがさらに沈んでいる。

「硬い。重い。中身がない。粒もない。焼く前の餅に海苔を巻いたような、料理とは言えない仕上がり。食い進めても具が出ない徒労感。米の良さをことごとく握り潰している」

癒凪ゆなぎの追撃が振り注ぐ。

「でも握ってんだから合ってんだろ!」

またもや一部合っていれば百点の東あづま理論。

ジャジーが真顔になる。

「米が圧死してんじゃねぇか」

鳳ほうも静かに続ける。

「米に謝れ」
「そこまでかよ!」

その時だった。

美月がゆっくり立ち上がる。

「苦ッKINGになった東あづまには、禊みそぎを課します」

少しだけ圧を出した声。

東あづまの背筋が伸びた。

「急に審査員特別ルール来たぞ」

ジャジーが眉を上げる。

鳳ほうは重々しく頷いた。

「東あづま、甘んじて受けよ」
「お、おう......」

いつも大きな背中が、妙に小さく見える。

美月は一度目を閉じ、そして。

カッと開いた。

「東あづまの禊みそぎは......」

全員が息を呑む。

「私の料理講習一日受講を命じます!」
「............」
「............」
「............」
「............」

沈黙。

美月の目が丸くなった。

「え、なんで皆黙るの」

そして。

「......禊みそぎ?」

東あづまがぽつりと言う。

「うん。禊みそぎ」
「それ、褒美じゃなくてか?」
「なんでご褒美!?」

今の関係を考えれば、恋人と二人で台所に立ち、教えてもらいながら一緒に料理する。

東あづまにとっては完全にイチャイチャイベントだった。

すると。

ガタッ。

ジャジーが立ち上がる。

「大差ねぇなら、俺も禊みそぎ受けるわ」

妙に凛々しい顔だった。

「拙者も、技術を磨くための禊みそぎであるならば、受講しとうござる」

鳳ほうまで当然のように頷く。

「禊みそぎってこんな任意参加するものだっけ?」

美月の疑問はもっともだった。

その後ろで。

「......私も受ける」

癒凪ゆなぎが静かに立ち上がった。

「もはや選手ですらない!」
「お前から渡された呪物の効果で、正しい評価が出来なかった。禊みそぎというなら、私も参加する理由はある」
「俺の握り飯のせいにすんな!」
「もうなんでもありじゃん!」

美月が頭を抱える。

だが、誰も嫌そうな顔はしていなかった。

こうして。

その日は最後まで、とても賑やかな一日になった。

癒凪ゆなぎは、まだ想いを告げていない。

けれど。

自分の中に芽生えたものを知った。
美月の側にいたいと思った。
理由がなくても、同じ時間を過ごしていいと知った。

そして今。

恋人達と同じ輪の中へ、何の役目も資格もなく。

ただ自分がそうしたいという理由だけで、自然に入ることができた。

「じゃあみんな任意参加の禊みそぎ!意味わかんないけどこれで誰も文句ないね!」

美月が両手を腰へ当てる。

「おう」
「うむ」
「おう!」

三人の声が重なる横で。

「あぁ」

癒凪ゆなぎが頷く。

その返事は、以前より少しだけ柔らかかった。

癒凪ゆなぎは、美月達の輪の中で。

穏やかに。

本当に穏やかに、微笑んだのだった。




幕間「苦ッKING」
→第9章 風聞交錯編 - 第1話
「尾ひれは泳ぐ」へ
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転生先は隠世!?〜属性過多の妖怪達に愛され過ぎて、念願のスローライフは享年1日で終了しました〜作者:桜桃
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幕間「苦ッKING」

美月と癒凪ゆなぎが一階へ降りた瞬間。

「............」
「............」

キッチンは、大惨事だった。

流し台には、完全に焦げついたフライパン。
その隣には、料理だったであろう黒い何かが置かれ、黒煙が立ち上っている。

よく見れば、その黒い塊の一部が赤く発光していた。

「火種がある料理ってなに!?」

その直後だった。

ぼんっ!

「ンワァウ!?」

美月の肩がびくっと跳ねる。

鍋の中から、何かが勢いよく宙を駆けた。

べちっ。

床へ落下したのは、どう見ても卵らしきもの。

「............」
「............」

ぽひゅんっ!
ぼんっ!
しゅーっ!

べちっ。
べちべちっ。

「カオス!!」

同じ鍋から、卵が連続して飛んでくる。

どうやら水を張らず、熱だけを加えたらしい。

「うおっ!?」

ジャジーが飛来する卵を避ける。

「蓋を閉めるでござる!」

鳳ほうが叫ぶ。

「熱ぃ!!水!!」

東あづまが右往左往する。

「地獄か」

癒凪ゆなぎだけが、ひどく冷静だった。

ようやく卵ミサイルの飛来が終わり、美月は恐る恐る反対側へ視線を移した。

そこには、卓いっぱいに並べられた、“何か”。

煮物らしきものは、なぜか野菜がやたら細かい。 調味料を入れすぎたのか、全体的に煮付けのような濃い色に染まっている。

副菜は、ひじきのような黒く細いものの集合体。

そして、全面を海苔で覆われた、巨大なおにぎりらしきもの。

問題なのは、全体的に焦げ茶から黒だということだった。

部屋には焦げた匂いが充満している。
流し台にある失敗作の匂いなのか、今並んでいる料理達が焦げているのか、もう分からない。

唯一の救いは、汁物だけはちゃんと汁物だった。

美月は思い出した。

彼らには、野菜を切らせたことはある。
米を炊く当番も、汁物を任せたことも。

だが。

肝心の料理そのものは、いつも美月が作っていた。

「......誰が、どれ作ったの......」

美月が真顔で尋ねる。

すると。

「とりあえず、どれがいちばんひでぇか決めてくれ......」

ジャジーも真顔だった。

美月の目が見開かれる。

「なにそのデスゲーム!」

東あづまが腕を組んだ。

「誰がどれ作ったか言ったら、美月は絶対フォロー入れるからな。純粋にどれがいちばん不味ぃのか教えてくれ」
「クッキングで苦ッKINGを決めろってこと!?」

美月が頭を抱える。

鳳ほうは、今から切腹でも命じられるかのような表情で、静かに頭を下げた。

「評価は全て受け入れ、改善も約束するでござる。屈託なく申されよ」
「なんで料理審査に命懸けの覚悟してるの!?」

その横で。

「......私は茶でいい」

癒凪ゆなぎが、すっと離脱しようとした。

しかし。

「癒凪ぃ......見捨てないでよぉ......」

美月が癒凪ゆなぎの袖を、きゅっとつまんだ。

「............」

癒凪ゆなぎの中で何かが一瞬揺れた。

そして。

癒凪ゆなぎの内なる天秤は、勢いよく美月側へ沈んだ。

「......わかった」

そうして、福゜福゜四天王うち三名による。
クッキングによる、苦ッKING王決定戦が始まった。

一品目、煮物らしきもの。
見た目だけなら、ミックスベジタブルの煮付け。

なぜか、野菜は異様に細かい。
だが、料理は見た目ではない。

美月は箸で一口取り、そっと口へ運んだ。

三人が、無言で見守る。

「......食べれなくは、ない......」

眉を寄せたまま、美月はそう告げた。

その横で、癒凪ゆなぎも一口。

そして。

「濃い。一部硬い。一部溶けるほど柔い。どうしたらここまで食感に差が出る。調味料は何をどの配分で使えば、こんな産業廃棄物のようになる」
「辛辣!」

ジャジーが叫ぶ。

「遠慮が一切ないでござるな......」

鳳ほうの顔が引きつる。

東あづまは逆に感心したように頷いた。

「逆に気持ちがいいわ」
「変な扉開けないで!」

美月はもう一口食べる。

「これ、多分弱火で長く煮込んだんじゃなくて、強火で短時間で作った感じだね」

次に汁を少し飲む。

「うん。だから野菜は芯が硬いままなのに、汁だけ煮詰まってる」

美月が真面目に分析している前で。

「弱火十分なら、強火二分とかでやりゃ効率いいだろ」

ジャジーが言った。

いる。
確かにこういう思考の人はいる。

「単純に考えれば、そうであるな」

まさかの鳳ほうまで頷いた。

「何が問題だ?」

東あづまに至っては本気で分かっていない。

「基礎が問題だよ!」

美月は箸を置いた。

「はい、じゃあ次お願いします!」

二品目、ひじきらしきもの。
ただし、この隠世に人間界と同じひじきがあるのかは分からない。

これには、人参も大豆も入っておらず、ただただ黒い。

美月は遠い目になる。

「見た目はすごくダークマター......」

意を決し。

「い、いただきます」

口へ運んだ。

「ン゜ッ!?」

美月は思わず口元を押さえた。

口の中へ広がる鮮烈な海の香り。
ぷちぷちと弾ける食感。
絶妙な塩気。
そこへ、少し酸味のあるタレが絡む。

美月の目が、一気に輝いた。

「美味しいぃぃぃ......!」
癒凪ゆなぎも食べる。
「......なんだ、これは」
先ほどまでの罵倒が消えた。
もう一口。
「......やや塩気が強い。だが、悪くない」

それは、ひじきではなかった。

「ぷちぷち......!見た目が暴力的にひじきなのに、海ぶどうみたい......!」

美月の箸が止まらない。

そして。

「あ、答え合わせはあとだもんね!」

名残惜しそうに一口だけ追加し、箸を置く。

すると。

「......もう、終わりで良くない?」

唐突に目が遠くなる。

せっかく味覚が幸せになったのだ。
もう、この記憶のまま終わりたい。

だが。

「良くない」

ジャジー、即答。

「まだ一品あるでござる」

鳳ほうも逃がさない。

「こっちの方が美味ぇかもしれねぇだろ」

東あづままで希望を持っている。

癒凪ゆなぎが静かに言った。

「逆も然りだろう」
「当たり前だ」
「当たり前にしないでよ!」

そして、三品目。
おにぎりらしきもの。

やたら大きい。
しかも全面を海苔で覆われている。

美月は一つ掴み、持ち上げ―――

「ん?」

―――られない。

両手で持つ。

「え......砲丸......?」

明らかに、おにぎりの重量ではない。

「これ、ほんとに食べていいやつ?」
「米と海苔だぞ。良いに決まってんだろ」

東あづまは自信満々だ。

ジャジーが美月と巨大おにぎりを見比べる。

「まぁ確かに美月が持つと、なんかやべぇ古代の呪物に見えんな」
「呪物にするでない」

鳳ほうが眉を寄せる。

そして、美月は慎重に齧りついた。

もぎゅっ。
おにぎりから鳴ってはいけない音が鳴った。

癒凪ゆなぎが見る。

「どうした」

もぎゅっ。
もぐもぐ。
もぎゅっ。
もぐもぐ。

「............」

美月がゆっくり癒凪ゆなぎを見る。

「......癒凪、あげる」
「食いかけの呪物を渡すな」
「“食いかけの呪物”って日常の単語に出んだな」

東あづまが妙な感心をする。

「通常であれば一生出ぬ」
鳳ほうも即答した。

「お腹いっぱいなんだよぉ......」

美月は半べそだった。

「絶対今の三口で、お茶碗一杯半くらいの米あったよ!?」

特級呪物と化した砲丸団子を癒凪ゆなぎへ差し出す。

「............」

なぜか。
癒凪ゆなぎは受け取ってしまった。

「ほら、食べてみて」
「急かすな」
「癒凪の感想聞きたい〜」

ジャジーが二人を横目で見る。

「なんでそこだけ甘ぇ空気出てんだよ」

それもそうだった。

美月の食べかけなど、癒凪ゆなぎにとっては間接キス。

だが。

意を決して。

もぎゅっ。

「............」
「やっぱりおにぎりから鳴らない音鳴ったね」

美月が真顔で言う。

「癒凪殿。味はどうでござるか」

鳳ほうが尋ねる。

しかし、癒凪ゆなぎは。

「......わからない」
「なんでだよ!」

ジャジーの声が飛んだ。

さすが呪物。
味覚まで麻痺させたのかもしれない。

もっとも、本当に味覚を麻痺させている原因が、圧縮米の呪いではなく。

恋という厄介なものによって、美月フィルターがかかっているせいだとは。

まだ癒凪ゆなぎ自身も、完全には理解していなかった。

そして。

食べても食べても、具は出なかった。

「......無駄な胃袋を使った」

癒凪ゆなぎが低く呟く。

ジャジーが首を傾げる。

「にぎり飯って、握りゃ良い話じゃねぇのか?」
「そこは間違いではないから何も言えないけど......」

美月が遠い目をする。

「もうあれ、“おにぎり”っていうか、“鬼握り《おににぎり》”だよね......」
「下手すりゃ鬼も泣くくれぇの力で握られてんだろ」

ジャジーが半目で告げた。

そして。
とうとう結果発表となった。

「美味しくなかったのが一位ってことは、最下位から発表していけばいいんだよね?」
「そうだな」
「じゃあ結果発表いきます!」

三人が、裁判を待つ被告のように美月を見た。

「じゃあ第三位!」

全員、固唾を飲む。

「......二品目の副菜!」

その瞬間。

鳳ほうが立ち上がった。

「かたじけない」
「え!?あれ鳳ほうだったの!?」

美月の顔が一気に明るくなる。

「うむ。味付けが濃くなってしまったゆえ、口に合うか案じておった。だが、美味であったなら良かったでござる」

癒凪ゆなぎが尋ねる。

「あれはなんだったんだ」
「あれは川に住む、黒曜魚こくようぎょの卵でござる」
「どうりでぷちぷちしてたわけだぁ......」
「産み落とされた卵は水草のような見た目となり、他の魚から見つかりにくくなるのでござる。空気に触れると黒く変色するが、質に問題はござらぬ」
「美味しかった!ありがとう!」

美月はそのまま鳳ほうへ抱きついた。

「......うむ。また調達するでござる」

鳳ほうも、ぎゅっと抱き返す。

「こいつだけなんか褒美もらってんな」

ジャジーが半目になる。

東あづまも頷いた。

「確かに濃かったが、美味かったもんな。アレ」

そして残るは、ミックスベジタブル煮と特級呪物砲丸団子。

「では第二位を発表します!」
「来い!」

ジャジーが拳を握る。

「頼む!」

東あづまも祈る。

美月は目を閉じ、そして。

「......一品目の煮物らしきやつ!」
「っしゃあ!」

ジャジーが拳を突き上げた。

「ぐっ......俺が苦ッKINGかよ......」

東あづまが露骨に項垂れる。

「いや正直、大差ないからね!?」

美月が慌てて補足した。

癒凪ゆなぎがジャジーを見る。

「なぜ野菜があそこまで細かい」
「大根の煮物失敗して時間なくなって、風刃使ったらああなった」
「じゃあ、あの火種ジャジーの失敗作だったの!?」

流し台で現在もぷすぷすと黒煙を上げている暗黒物質の正体は、大根の煮物だったものらしい。

そして。

「なんで俺のが苦ッKINGなんだよ......」

東あづまがさらに沈んでいる。

「硬い。重い。中身がない。粒もない。焼く前の餅に海苔を巻いたような、料理とは言えない仕上がり。食い進めても具が出ない徒労感。米の良さをことごとく握り潰している」

癒凪ゆなぎの追撃が振り注ぐ。

「でも握ってんだから合ってんだろ!」

またもや一部合っていれば百点の東あづま理論。

ジャジーが真顔になる。

「米が圧死してんじゃねぇか」

鳳ほうも静かに続ける。

「米に謝れ」
「そこまでかよ!」

その時だった。

美月がゆっくり立ち上がる。

「苦ッKINGになった東あづまには、禊みそぎを課します」

少しだけ圧を出した声。

東あづまの背筋が伸びた。

「急に審査員特別ルール来たぞ」

ジャジーが眉を上げる。

鳳ほうは重々しく頷いた。

「東あづま、甘んじて受けよ」
「お、おう......」

いつも大きな背中が、妙に小さく見える。

美月は一度目を閉じ、そして。

カッと開いた。

「東あづまの禊みそぎは......」

全員が息を呑む。

「私の料理講習一日受講を命じます!」
「............」
「............」
「............」
「............」

沈黙。

美月の目が丸くなった。

「え、なんで皆黙るの」

そして。

「......禊みそぎ?」

東あづまがぽつりと言う。

「うん。禊みそぎ」
「それ、褒美じゃなくてか?」
「なんでご褒美!?」

今の関係を考えれば、恋人と二人で台所に立ち、教えてもらいながら一緒に料理する。

東あづまにとっては完全にイチャイチャイベントだった。

すると。

ガタッ。

ジャジーが立ち上がる。

「大差ねぇなら、俺も禊みそぎ受けるわ」

妙に凛々しい顔だった。

「拙者も、技術を磨くための禊みそぎであるならば、受講しとうござる」

鳳ほうまで当然のように頷く。

「禊みそぎってこんな任意参加するものだっけ?」

美月の疑問はもっともだった。

その後ろで。

「......私も受ける」

癒凪ゆなぎが静かに立ち上がった。

「もはや選手ですらない!」
「お前から渡された呪物の効果で、正しい評価が出来なかった。禊みそぎというなら、私も参加する理由はある」
「俺の握り飯のせいにすんな!」
「もうなんでもありじゃん!」

美月が頭を抱える。

だが、誰も嫌そうな顔はしていなかった。

こうして。

その日は最後まで、とても賑やかな一日になった。

癒凪ゆなぎは、まだ想いを告げていない。

けれど。

自分の中に芽生えたものを知った。
美月の側にいたいと思った。
理由がなくても、同じ時間を過ごしていいと知った。

そして今。

恋人達と同じ輪の中へ、何の役目も資格もなく。

ただ自分がそうしたいという理由だけで、自然に入ることができた。

「じゃあみんな任意参加の禊みそぎ!意味わかんないけどこれで誰も文句ないね!」

美月が両手を腰へ当てる。

「おう」
「うむ」
「おう!」

三人の声が重なる横で。

「あぁ」

癒凪ゆなぎが頷く。

その返事は、以前より少しだけ柔らかかった。

癒凪ゆなぎは、美月達の輪の中で。

穏やかに。

本当に穏やかに、微笑んだのだった。




幕間「苦ッKING」
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転生先は隠世!?〜属性過多の妖怪達に愛され過ぎて、念願のスローライフは享年1日で終了しました〜作者:桜桃
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