第7章 拡大編 - 最終話「借家から我が家へ」
あれから美月達は、妖魔力環境課への手続きも無事に済ませた。
「こんの手間は、んめぇ野菜で許じでやるご」
書類を受け取りながら、蔓実がにこりと笑う。
「ウワァァ前回言われてたのまだ持ってきてなかったんだった!」
美月が頭を抱えると、蔓実はさらに目を細めた。
「次がら十日で一割増やすご?」
「闇金やめてください!」
「んはっ!ばしだ!さぁきゃれ!(んはっ!冗談だ!さぁ帰れ!)」
「ありがとうございました!」
笑いながら妖魔力環境課を後にする。
廊下へ出た途端、ジャジーが眉間へ皺を寄せた。
「相変わらず、わけわかんねぇ言葉だな......」
「海でも使わねぇぞ」
東が頭の後ろで手を組む。
「即時解読できるのは、美月殿くらいであろうな」
鳳の顔には、長かった手続きへの疲労が滲んでいた。
やがて管理所の出口が見えてくる。
その手前、受付では写仝が書類を整理していた。
「写仝さん!今日はすみませんでした!」
美月は勢いよく頭を下げる。
「すまない。手間を取らせた」
癒凪も軽く頭を下げた。
その後ろでは。
「まぁ、悪かったな」
ジャジーが腕を組んだまま言葉だけを渡し。
「悪ィな!腹減ったし帰るわ!」
東は東だった。
鳳はそんな東を苦い顔で一瞥すると、写仝へ身体ごと向き直る。
「手間をかけさせて申し訳ござらぬ。次回より肝に銘じておく」
完璧な姿勢、完璧な角度。
「謝罪の方法が三者三様ですね......」
写仝が疲れた声を落とす。
「三者三様だってよ」
「二人足りねぇぞ?」
「計算できねぇくれぇ疲れてんのか?」
ジャジーと東が顔を見合わせた。
「............」
「............」
「............」
癒凪、鳳、写仝は黙った。
阿呆すぎる。
誰も口にはしなかった。
「アホすぎる!」
美月は正直だった。
「っ......」
鳳が口元を押さえ、癒凪は無言で視線を逸らす。
写仝の輪郭は、さらに疲弊したように揺れた。
「誰がアホだ!」
「俺もか!?」
「当たり前ぇだろ!」
「あっははは!ごめんごめん!なんも考えないまま出ちゃった!」
「余計ひでぇ!」
ジャジーの怒声を背に、美月は再び受付へ向き直った。
「じゃあそういうわけで!ありがとうございました!」
元気よく手を上げ、出口へ踏み出そうとする。
「美月さん」
「はい?」
振り返る。
写仝が受付から歩いて来る。
「次回から、責任者一名か、付き添いは二名まで。そのうち神格級は一名まででお願いします」
「付き添いに制限あるの!?」
美月の目が丸くなる。
写仝は後ろで手を組み、淡々と告げる。
「これだけの妖力、魔力、神気がまとまって来訪されますと、線姫職員の境界が異常と判断し、警報を鳴らしてしまいますので」
「あの綺麗な人、線姫さんって言うんですね」
美月は思い返すように視線を上げた。
「じゃあ今度、紹介よろしくお願いします!」 「その依頼は、今受け付けておきます。明日には私が新居へ伺わせて調査をいたしますので、よろしくお願いいたします」
「わかりました!ではまた!」
「はい。お疲れ様でした」
こうして美月一行は、ようやく管理所を後にしたのだった。
そして、帰宅。
「うわぁぁぁ......やっぱり広ぃぃぃ......!」
新居へ帰るなり、美月は再びリビングを見回した。
感動はまるで薄れていない。
「よし!じゃあまずは夕食作るよー!」
美月は手を洗うと、昼に使い切れなかった偶蹄魚を魔冷庫から取り出し、大きめのサイコロ状に切り始めた。
「何作んだ?」
ジャジーが覗き込む。
「ふふ〜ん♪お楽しみ〜♪」
「何か手伝うことはあるでござるか」
「私も何かやる」
鳳と癒凪まで近づいてきたが、美月は包丁を握ったまま片手を振った。
「皆はそっちで男子会でもしてて」
「なんでだよ」
東が即座に返す。
「女子会って恋バナ多いイメージだけど、男子会って何話すのかなって興味」
「俺らを実験台にすんな」
「はいはーい!今からキッチン立ち入り禁止でーす!」
しっしっと追い払う。
「チッ」
「かたじけない。では、あちらで待たせていただくでござる」
「美味ぇのよろしくなー!」
「頑張るー!」
そうして、男だけがリビングへ集まった。
「では」
鳳が咳払いをする。
「只今より、美月殿の家に住まう男性妖による、“男子会”を始めるでござる」
「硬ぇ!」
東が笑いながら膝を叩いた。
「ただの家庭内会議だろ!代われ!」
ジャジーが司会を奪う。
そして。
「......つーか、男だけで何話せってんだよ」
根本的な問題に躓く。
「......補給問題とか、狩りとか、女の話か?」 「なぜ最後だけ急に俗っぽくなるのでござる」
鳳の目が半目になった。
そこで東が首を傾げた。
「つーか、お前らどうやって妖力とか魔力補給してんだ?」
「............」
「............」
ジャジーと鳳が顔を見合わせる。
「議題が地獄だな」
癒凪が静かに呟いた。
「じゃあお前はどうなんだよ」
「普通に食えば回復するぞ?」
「まともでござった......」
鳳の表情がなんとも言えない顔になる。
「俺、言ったぞ。お前らは?」
「......お前はどうなんだ」
ジャジーが癒凪へ逃げる。
「明らかに私へ捧げられた食物なら、それを食べることで回復する」
「供物が補給へ繋がるのでござるな」
「あぁ」
「で、お前らは?」
「戻ってくんな」
即答だった。
「俺らだけ情報払って利益なしじゃねぇか!」
「あはは......確かに言いづらいかもねぇ......」
キッチンから聞き耳を立てていた美月が、ばつが悪そうに笑う。
「......なら俺、当てに行くわ」
「来んな」
ジャジーの即答を気にも留めず、東はジャジーをまじまじと観察した。
悪魔系。
だが、その知識は壊滅的である。
「......人間の臓物?」
「ぶはっ!」
キッチンから美月の笑い声が飛ぶ。
「なんで臓物限定なんだよ!」
「じゃあ人間の肉か?」
「俺とガチの怪物混ぜんな!」
次に東の視線が、鳥脚へ落ちた。
「......魔蚯蚓?」
「鳥から離れろよ!」
「お前の下半身自体鳥から離れてねぇだろ!」
とうとう鳳が助け舟を出した。
「ジャジー殿。ともに過ごす中で避けられぬ部分もある。素直に申した方がよい」
「......わぁったよ......」
ジャジーは深く息を吐いた。
そして、一度唇を引き結ぶと、ゆっくりと解き。
「......美月」
短く、そう告げた。
「......?」
東の顔が、フレーメン反応を起こした猫のようになる。
「美月を......食う......?」
東は混乱していた。
「まず食うことから離れろ!」
ジャジーが頭を掻きむしった。
「だぁぁぁもう......!精気だ!精気!」
「......せいき?」
東の目が点になる。
「お前、交尾は分かんのに精気知らねぇとかどんなバグだ!」
「前者は本能だろ!なんだ!?また概念系か!?」
「......まぁ......そんなもんだ」
「急にわやわやになった!」
美月は鍋を混ぜながら笑っている。
「俺、美月から精気もらわねぇと回復できねぇんだよ」
「どうやって?」
「もう掘んな!」
「出た!東ショベルカー!」
「今回はジャジー殿の採掘でござるな」
鳳が妙に納得している。
やがて東は、とうとうキッチンへ顔を向けた。
「じゃあ美月から教えてくれ!」
「私!?」
「おう!こいつに“せいき”、どうやって渡してんだ」
「地獄が再来した」
癒凪が遠い目をする。
美月の頬がじわじわと赤く染まる。
「......ハグとか......き、キスとか......かな......」
視線を鍋へ逃がし、答えた。
「..............................は?」
東が固まった。
「だから得しねぇぞって言っただろ」
ジャジーが腕を組み、項垂れる東を見下ろす。
「俺......まだハグしかできてねぇのに......」
「得どころか、見事な損失でござる」
鳳が容赦なく刺した。
その時だった。
「......東」
美月がキッチンから出てきた。
いつの間にか、室内には美味しそうな香りが満ちている。
項垂れる東の前へしゃがみ込む。
「遅くなっちゃったけど......明日になったら、答えちゃんと言うから」
少し視線を逸らし、それでも再び東を見る。
「......それまで、待っててくれる......?」
恥ずかしそうな笑み。
「......!」
東の目が見開かれた。
恋人になるのか、ならないのか。
番ではない。
けれど、今よりもっと近い場所へ行けるかもしれない。
しかし、逆の可能性はゼロではない。
東は真っ直ぐに頷いた。
「......おう。ちゃんと、待つ」
「ふふ。ありがと」
美月は立ち上がると、ぱんっと手を打った。
「さぁて!今日の夜ご飯はこちらでーす!」
全員がぞろぞろとキッチンへ向かい、鍋を覗き込む。
美月の畑で採れた巨大トマト。
とろりと溶けた玉ねぎ。
大きなじゃがいもと人参。
そして、柔らかく煮込まれた偶蹄魚。
ビーフ(?)シチューだった。
「すげぇ!美味そう!」
東の目が一気に輝いた。
「東と鳳には熱いだろうから、冷ましたやつこっちに分けてあるよ」
「かたじけない」
「癒凪!今日の癒凪のお供えはビーフ(?)シチューになるね!」
美月が満面の笑みで言う。
「あぁ」
ごくわずかに口角が上がる。
「贅沢な供物だな」
ジャジーが癒凪に視線を送る。
「......勿体ないほどにな」
大きくなった卓へ、湯気の立つ器が並んだ。
「ほらほら!食べるよ〜!」
全員が席についた。
「じゃあ!いっただっきま〜す!」
「もらう」
「いただくでござる」
「いただくぜ」
「......いただく」
新しい家へ広がった最初の夕食の香りは、すでにこの場所を“家”へ変え始めていた。
暖かなビーフシチューの匂い。
笑い声。
そして、明日への期待。
「で、鳳の補給はどうすんだ?」
「台無しにすんな!」
第7章 拡大編 - 最終話
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