ホーム›転生先は隠世!?〜属性過多の妖怪達に愛され過ぎて、念願のスローライフは享年1日で終了しました〜›第8章 本格始動編 - 第4話「腐れ縁の始まり」
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第8章 本格始動編 - 第4話「腐れ縁の始まり」


鳳ほうは、膝の上へ置いた拳をわずかに握り込んだ。

「......当時の拙者は、海を知らなかったのでござる」

ぽつりと落とされた言葉。

「無知、無鉄砲。あの頃の拙者は、まさにそうであった」

それから、二人の出会いの話は始まった。

美月は一瞬だけ黙る。

「......なんか、もう嫌な予感する」

ゆっくりと目を細める。

「俺も淡水なんてもん知らなかったしな」

東あづまは頭の後ろで手を組み、思い返すように視線を天井へ向ける。

「お前もかよ」

ジャジーは早くも呆れた顔になっていた。

「そりゃそうだろ。基本海から出ねぇしな。他の水質とか成分とか知らねぇよ」

東は当たり前のように告げる。

鳳ほうは全員の顔を見回したあと、観念したように目を伏せる。

「......初めて隠世かくりよを訪れ、右も左も分からぬまま、とにかくひたすら歩いたのでござる」

当時。
鳳ほうが隠世という場所の存在を知り、興味本位で足を踏み入れた先は、深い森だった。

現在の隠世かくりよならば、そんなことは起こらない。

境界管理課の線姫センキによって境界が調整されているため、妖力や魔力を持つ者が外から空間を裂けば、基本的には管理所の一角に設けられた区画へ辿り着く。

だが、その仕組みが整うより遥か昔。

異界から隠世かくりよへ渡った者が、どこへ放り出されるかなど、分かったものではなかった。

鳳ほうは、木々の隙間から光の差す方角だけを頼りに歩いた。

見たこともない小柄な魔獣。
人間界でも目にしたことのある妖あやかし。

それらを珍しそうに眺めながら、休める場所を探していた。

「......そして、拙者は広大な水場へ着いた」

伏せていた鳳ほうの目が、ゆっくりと上がる。

癒凪ゆなぎが静かに問いかけた。

「......海か」
「うむ」

即答だった。

「っ......くく......」

美月が横を見る。

すでに東あづまが、腕で口元を隠しながら笑いを堪えていた。

「東あづま、もう笑ってる」
「笑うでない!」

鳳ほうが弾かれたように声を上げる。

だが東あづまは気にする様子もなく、肩を揺らした。

「いや、これは笑うぞ!何度聞いても面白ぇからな!」
「......続きを話せ」

癒凪ゆなぎは真顔だった。

鳳ほうは深く息を吐く。

「......当時の拙者は、僵尸きょうしなど混ざっておらぬ。ゆえに、皿を潤したかったのでござる」

「............」

全員が固まった。

海を知らない。
淡水に棲む九千坊河童くせんぼうがっぱ。
初めて訪れた隠世かくりよ。
目の前に広がる、巨大な海。

そして。

皿を潤したい。

情報を一つずつ積み重ねるごとに、嫌な方向へ傾いていく塔が出来上がっていく。

「っ......ふ......」

今度はジャジーの鼻から空気が抜けた。

美月が勢いよく振り返る。

「いや皆笑うの早いよ!」
「だってよ......っ、もう展開読めただろ......っ」

ジャジーは卓へ両肘をつき、組んだ手へ額を押しつけた。

肩がぷるぷる震えている。

「まぁなんとなく嫌な予感はしてるけど......!」

美月は口を引きつらせ、次に鳳ほうから告げられる話を待っていた。

「澄んだ水に、よく肥えた魚。毒を含んでいるような気配もない」

目の前に広がる広大な水場を前にした当時の見解を、鳳は重々しく述べていく。

「ゆえに、危険ではないと判断したのだ」
「ぜってぇそれ、そこに住むやつ限定の話だろ」
「ジャジー、先回りしないで」

美月はジャジーを制止すると、ほとんど確信に近い嫌な予感に、体をきゅっと縮こませた。

「......そして、拙者は......」

鳳ほうは一度、固く唇を結んだ。

膝の上へ拳を置き。

これから罪状でも読み上げるかのような重々しさで告げた。

「......海へ、飛び込んだのでござる」

その瞬間。

「......」
「......」
「......」

美月、ジャジー、癒凪ゆなぎが固まった。

沈黙。

「いや飛び込んだの!?」

美月の目が限界まで見開かれた。

まさかの五体全BETの事実。

「ぶっ......はははははっ!!」

予告通り、東あづまが大笑いする。

「ぶはぁっ!!」

ジャジーもとうとう耐えきれず、腹を抱えて後へ倒れ込んだ。

「......」

癒凪ゆなぎだけは眉間に皺を寄せ、静かに目を伏せている。

美月はまだ処理しきれていなかった。

「え!?えぇっ!?知らない世界の水場に!?」

卓へ身を乗り出す。

「どんな妖あやかしがいるかも、未知の成分が入ってるかも分からないのに、飛び込んだの!?」
「......」
「せめて片手だけ入れてみるとか、小指の先だけ濡らしてみるとか!それ舐めて毒味するとかさぁ!十段階くらい前にやることなかった!?」
「だから突き詰めたいことは多々あるでござろうと言ったのでござる!」

鳳ほうの顔は真っ赤だった。

「全身が浸かりきったところだけなら、まだ良かったのでござる!」

問題は、その直後だった。

鳳ほうは海中で目を開けた。

知らない水場。
だが水には違いない。

川のように目を開けても問題ないだろう。

そう思っていた。

「目が痛かった」
「ぶっ......!!」

美月が両手で口元を覆った。

「お前の口から『目が痛かった』は笑う......っ」

ジャジーが震える声で言う。

「な!?面白ぇだろ!?」

東あづまは得意げだ。

「次に、潤うはずの皿がまったく潤わぬうえ、体まで痺れ始める始末」
「地獄すぎる!!」

ついに美月も笑い始めた。

腹を押さえながら身を縮める。

癒凪ゆなぎだけが、淡々と診断を下した。

「浸透圧による脱水症状だな」
「お医者さんみたいな診断になった!」
「だが、そんなとき」

鳳ほうが続ける。

「何者かが、拙者を浜へ上げたのでござる」
「俺だな!」

東あづまが自分の胸を親指で指した。

溺れた男を人魚が助ける。
浜へ運ぶ。

文字にすれば、昔話か童話のような美しい一幕である。

―――だが。

「俺、片手にデケぇ魚持ってる最中だったしよ。空いてる手で首根っこ掴んで、とりあえず鳳ほうを浜に置いた」
「人魚が屈強すぎる」

ジャジーが真顔になった。

「だって見ねぇ顔だし、明らかに様子おかしかったからな」
「で、それからどうしたの?」

美月の問いに、東あづまは、何の悪びれもなく答えた。

「さっき言ったが、俺ぁ淡水を知らねぇ」
「おい嫌な予感また来たぞ」

ジャジーの声が低くなる。

「見たところ、耳は鰭状ひれじょうだ。なら確実に水生妖怪すいせいようかいだろ?なのに溺れてる。ガリガリってわけでもねぇし、食えなくて弱ってるようにも見えねぇ」

東あづまはそこで腕を組んだ。

「ただ、とりあえず事情が分かるまで、乾かしちゃいけねぇとは思った」

その言葉を聞いた瞬間。

美月の首が、ゆっくり鳳ほうを見る。

「......鳳ほう」

美月が死にかけの顔で、ゆっくり鳳ほうへ向く。

「私、展開分かった」
「......うむ」

鳳ほうも死んだ目で頷いた。

「とりあえず、海水は絶えずかけ続けた」
「地獄」
「拷問じゃねぇか」

美月とジャジーの声が続けざまに飛ぶ。

「俺だって考えながらやったんだよ!」

東あづまが反論する。

「バシャバシャ海水かけながら、『おい、大丈夫か?』『なんで弱ってんだ?』ってちゃんと聞いてたんだぞ!?」
「......鳳ほう、その時のこと覚えてる?」
「地獄であった」
「だよね......」

鳳ほうの声から、完全に生気が消えていた。

「話そうとすれば海水をかけられ、止めようとするうち、声まで枯れ始める。こやつは次に、口の中へまで海水を入れ始める始末」
「そこまで行ったの!?」

美月達の脳裏へ、あまりにも容易にその惨状が浮かび上がった。

バシャッ!
バシャッ!

『おい、大丈夫か!?』

東あづまが、真剣な顔で海水をかけ続ける。
この海水こそが瀕死の原因であるなど、一ミリたりとも疑っていない。

『み......水を......』

鳳ほうが、掠れた声を絞り出す。
『おう!水だな!』

バシャァッ!

迷いなく追加される海水と、常時展開される塩攻め。

『どうだ!?治ったか!?』

当人は善意百パーセントである。

『ち......ち、が......』
『あ......?声出ねぇのか!?待ってろ!』
『待っ......!』

制止も虚しく。

ジャバジャバァッ!!

今度は口元へ。

『ごぼ......っ......!』
『これで喉潤ったか!?』
『............』

完全なトドメ。

『おい!? どうした!?』

ぐったりした鳳ほうの肩を、焦った東あづまが揺する。

そこで、全員の脳内回想は終了した。

「............」

美月。

「............」

ジャジー。

「............」

癒凪ゆなぎ。

「............」

鳳ほう。

全員の表情が消えていた。

東あづまの善意。
兼。
数々の犯行。

それを前に、本人以外は黙るしかない。

東あづまだけが、妙に誇らしげだった。

「な?俺頑張っただろ?」
「いやマジの拷問じゃねぇか!」

ジャジーが卓を叩いた。

「まだ続きがあんぞ?」

あっけらかんと東あづまは告げる。

「次はもう死んじゃうよ!」

美月の声が飛んだ。

「今生きてんだろ。ちゃんと俺が生かしたんだからな!」
「そ、そうなの?」

一瞬、美月が安心しかける。

しかし。

「美月」

ジャジーが静かに名前を呼んだ。

「安心すんのはまだ早ぇ。鳳ほう見てみろ」

「え?」

美月が隣を見る。

「............」

鳳ほうは真っ白になっていた。

燃え尽きた灰のような顔で、虚空を見ている。

「すでに真っ白に燃え尽きてる!」
「......次の話が、最も黒歴史でござる......」

鳳ほうの声が震えた。

「俺の成功体験だぞ!?」

東あづまが即座に反論する。

「俺にとっちゃ、すげぇ日だったんだよ!」

同じ一日のはずなのに、片方にとっては黒歴史。
片方にとっては成功体験。

評価が真逆だった。

美月は、おそるおそる東あづまを見る。

「......東あづま」
「おう!」
「何したの?」

すると。

東あづまは、“今から絶対に褒めてもらえる”と、確信に満ちた顔で。

ニカッと笑い、大きく胸を張った―――。





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転生先は隠世!?〜属性過多の妖怪達に愛され過ぎて、念願のスローライフは享年1日で終了しました〜作者:桜桃
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第8章 本格始動編 - 第4話「腐れ縁の始まり」


鳳ほうは、膝の上へ置いた拳をわずかに握り込んだ。

「......当時の拙者は、海を知らなかったのでござる」

ぽつりと落とされた言葉。

「無知、無鉄砲。あの頃の拙者は、まさにそうであった」

それから、二人の出会いの話は始まった。

美月は一瞬だけ黙る。

「......なんか、もう嫌な予感する」

ゆっくりと目を細める。

「俺も淡水なんてもん知らなかったしな」

東あづまは頭の後ろで手を組み、思い返すように視線を天井へ向ける。

「お前もかよ」

ジャジーは早くも呆れた顔になっていた。

「そりゃそうだろ。基本海から出ねぇしな。他の水質とか成分とか知らねぇよ」

東は当たり前のように告げる。

鳳ほうは全員の顔を見回したあと、観念したように目を伏せる。

「......初めて隠世かくりよを訪れ、右も左も分からぬまま、とにかくひたすら歩いたのでござる」

当時。
鳳ほうが隠世という場所の存在を知り、興味本位で足を踏み入れた先は、深い森だった。

現在の隠世かくりよならば、そんなことは起こらない。

境界管理課の線姫センキによって境界が調整されているため、妖力や魔力を持つ者が外から空間を裂けば、基本的には管理所の一角に設けられた区画へ辿り着く。

だが、その仕組みが整うより遥か昔。

異界から隠世かくりよへ渡った者が、どこへ放り出されるかなど、分かったものではなかった。

鳳ほうは、木々の隙間から光の差す方角だけを頼りに歩いた。

見たこともない小柄な魔獣。
人間界でも目にしたことのある妖あやかし。

それらを珍しそうに眺めながら、休める場所を探していた。

「......そして、拙者は広大な水場へ着いた」

伏せていた鳳ほうの目が、ゆっくりと上がる。

癒凪ゆなぎが静かに問いかけた。

「......海か」
「うむ」

即答だった。

「っ......くく......」

美月が横を見る。

すでに東あづまが、腕で口元を隠しながら笑いを堪えていた。

「東あづま、もう笑ってる」
「笑うでない!」

鳳ほうが弾かれたように声を上げる。

だが東あづまは気にする様子もなく、肩を揺らした。

「いや、これは笑うぞ!何度聞いても面白ぇからな!」
「......続きを話せ」

癒凪ゆなぎは真顔だった。

鳳ほうは深く息を吐く。

「......当時の拙者は、僵尸きょうしなど混ざっておらぬ。ゆえに、皿を潤したかったのでござる」

「............」

全員が固まった。

海を知らない。
淡水に棲む九千坊河童くせんぼうがっぱ。
初めて訪れた隠世かくりよ。
目の前に広がる、巨大な海。

そして。

皿を潤したい。

情報を一つずつ積み重ねるごとに、嫌な方向へ傾いていく塔が出来上がっていく。

「っ......ふ......」

今度はジャジーの鼻から空気が抜けた。

美月が勢いよく振り返る。

「いや皆笑うの早いよ!」
「だってよ......っ、もう展開読めただろ......っ」

ジャジーは卓へ両肘をつき、組んだ手へ額を押しつけた。

肩がぷるぷる震えている。

「まぁなんとなく嫌な予感はしてるけど......!」

美月は口を引きつらせ、次に鳳ほうから告げられる話を待っていた。

「澄んだ水に、よく肥えた魚。毒を含んでいるような気配もない」

目の前に広がる広大な水場を前にした当時の見解を、鳳は重々しく述べていく。

「ゆえに、危険ではないと判断したのだ」
「ぜってぇそれ、そこに住むやつ限定の話だろ」
「ジャジー、先回りしないで」

美月はジャジーを制止すると、ほとんど確信に近い嫌な予感に、体をきゅっと縮こませた。

「......そして、拙者は......」

鳳ほうは一度、固く唇を結んだ。

膝の上へ拳を置き。

これから罪状でも読み上げるかのような重々しさで告げた。

「......海へ、飛び込んだのでござる」

その瞬間。

「......」
「......」
「......」

美月、ジャジー、癒凪ゆなぎが固まった。

沈黙。

「いや飛び込んだの!?」

美月の目が限界まで見開かれた。

まさかの五体全BETの事実。

「ぶっ......はははははっ!!」

予告通り、東あづまが大笑いする。

「ぶはぁっ!!」

ジャジーもとうとう耐えきれず、腹を抱えて後へ倒れ込んだ。

「......」

癒凪ゆなぎだけは眉間に皺を寄せ、静かに目を伏せている。

美月はまだ処理しきれていなかった。

「え!?えぇっ!?知らない世界の水場に!?」

卓へ身を乗り出す。

「どんな妖あやかしがいるかも、未知の成分が入ってるかも分からないのに、飛び込んだの!?」
「......」
「せめて片手だけ入れてみるとか、小指の先だけ濡らしてみるとか!それ舐めて毒味するとかさぁ!十段階くらい前にやることなかった!?」
「だから突き詰めたいことは多々あるでござろうと言ったのでござる!」

鳳ほうの顔は真っ赤だった。

「全身が浸かりきったところだけなら、まだ良かったのでござる!」

問題は、その直後だった。

鳳ほうは海中で目を開けた。

知らない水場。
だが水には違いない。

川のように目を開けても問題ないだろう。

そう思っていた。

「目が痛かった」
「ぶっ......!!」

美月が両手で口元を覆った。

「お前の口から『目が痛かった』は笑う......っ」

ジャジーが震える声で言う。

「な!?面白ぇだろ!?」

東あづまは得意げだ。

「次に、潤うはずの皿がまったく潤わぬうえ、体まで痺れ始める始末」
「地獄すぎる!!」

ついに美月も笑い始めた。

腹を押さえながら身を縮める。

癒凪ゆなぎだけが、淡々と診断を下した。

「浸透圧による脱水症状だな」
「お医者さんみたいな診断になった!」
「だが、そんなとき」

鳳ほうが続ける。

「何者かが、拙者を浜へ上げたのでござる」
「俺だな!」

東あづまが自分の胸を親指で指した。

溺れた男を人魚が助ける。
浜へ運ぶ。

文字にすれば、昔話か童話のような美しい一幕である。

―――だが。

「俺、片手にデケぇ魚持ってる最中だったしよ。空いてる手で首根っこ掴んで、とりあえず鳳ほうを浜に置いた」
「人魚が屈強すぎる」

ジャジーが真顔になった。

「だって見ねぇ顔だし、明らかに様子おかしかったからな」
「で、それからどうしたの?」

美月の問いに、東あづまは、何の悪びれもなく答えた。

「さっき言ったが、俺ぁ淡水を知らねぇ」
「おい嫌な予感また来たぞ」

ジャジーの声が低くなる。

「見たところ、耳は鰭状ひれじょうだ。なら確実に水生妖怪すいせいようかいだろ?なのに溺れてる。ガリガリってわけでもねぇし、食えなくて弱ってるようにも見えねぇ」

東あづまはそこで腕を組んだ。

「ただ、とりあえず事情が分かるまで、乾かしちゃいけねぇとは思った」

その言葉を聞いた瞬間。

美月の首が、ゆっくり鳳ほうを見る。

「......鳳ほう」

美月が死にかけの顔で、ゆっくり鳳ほうへ向く。

「私、展開分かった」
「......うむ」

鳳ほうも死んだ目で頷いた。

「とりあえず、海水は絶えずかけ続けた」
「地獄」
「拷問じゃねぇか」

美月とジャジーの声が続けざまに飛ぶ。

「俺だって考えながらやったんだよ!」

東あづまが反論する。

「バシャバシャ海水かけながら、『おい、大丈夫か?』『なんで弱ってんだ?』ってちゃんと聞いてたんだぞ!?」
「......鳳ほう、その時のこと覚えてる?」
「地獄であった」
「だよね......」

鳳ほうの声から、完全に生気が消えていた。

「話そうとすれば海水をかけられ、止めようとするうち、声まで枯れ始める。こやつは次に、口の中へまで海水を入れ始める始末」
「そこまで行ったの!?」

美月達の脳裏へ、あまりにも容易にその惨状が浮かび上がった。

バシャッ!
バシャッ!

『おい、大丈夫か!?』

東あづまが、真剣な顔で海水をかけ続ける。
この海水こそが瀕死の原因であるなど、一ミリたりとも疑っていない。

『み......水を......』

鳳ほうが、掠れた声を絞り出す。
『おう!水だな!』

バシャァッ!

迷いなく追加される海水と、常時展開される塩攻め。

『どうだ!?治ったか!?』

当人は善意百パーセントである。

『ち......ち、が......』
『あ......?声出ねぇのか!?待ってろ!』
『待っ......!』

制止も虚しく。

ジャバジャバァッ!!

今度は口元へ。

『ごぼ......っ......!』
『これで喉潤ったか!?』
『............』

完全なトドメ。

『おい!? どうした!?』

ぐったりした鳳ほうの肩を、焦った東あづまが揺する。

そこで、全員の脳内回想は終了した。

「............」

美月。

「............」

ジャジー。

「............」

癒凪ゆなぎ。

「............」

鳳ほう。

全員の表情が消えていた。

東あづまの善意。
兼。
数々の犯行。

それを前に、本人以外は黙るしかない。

東あづまだけが、妙に誇らしげだった。

「な?俺頑張っただろ?」
「いやマジの拷問じゃねぇか!」

ジャジーが卓を叩いた。

「まだ続きがあんぞ?」

あっけらかんと東あづまは告げる。

「次はもう死んじゃうよ!」

美月の声が飛んだ。

「今生きてんだろ。ちゃんと俺が生かしたんだからな!」
「そ、そうなの?」

一瞬、美月が安心しかける。

しかし。

「美月」

ジャジーが静かに名前を呼んだ。

「安心すんのはまだ早ぇ。鳳ほう見てみろ」

「え?」

美月が隣を見る。

「............」

鳳ほうは真っ白になっていた。

燃え尽きた灰のような顔で、虚空を見ている。

「すでに真っ白に燃え尽きてる!」
「......次の話が、最も黒歴史でござる......」

鳳ほうの声が震えた。

「俺の成功体験だぞ!?」

東あづまが即座に反論する。

「俺にとっちゃ、すげぇ日だったんだよ!」

同じ一日のはずなのに、片方にとっては黒歴史。
片方にとっては成功体験。

評価が真逆だった。

美月は、おそるおそる東あづまを見る。

「......東あづま」
「おう!」
「何したの?」

すると。

東あづまは、“今から絶対に褒めてもらえる”と、確信に満ちた顔で。

ニカッと笑い、大きく胸を張った―――。





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