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第8章 本格始動編 - 第3話 「“恋人”」


無事、東あづまと美月は恋人になった。

それは同時に、東あづまがこの家の一員として正式に迎え入れられたということでもある。

あのあと、美月から「触れ合う程度なら、いちいち許可を取らなくていいよ」と告げられた。

もちろん、何をしてもいいというわけではない。

それでも東あづまにとっては十分すぎるほど、大きな進歩だった。

恋人へ昇格。
制限、一部解除。

その効果は、直後から露骨に現れた。

「美月、それ洗うの俺やるぞ」

朝食の準備中。
食器を並べていた東あづまが、まな板を洗おうとした美月の手元を見て、すぐに大きな手を伸ばす。

その手は、普段の荒々しさが嘘のように優しかった。

「大丈夫だよ。ささっと流すだけだし」
「バカ。可愛い“恋人”の手が荒れたらどうすんだ」

“恋人”だけ、妙に強調された。

次の瞬間、美月の両脇へ手が差し込まれる。

「わっ......!」
ひょい、と。

美月の小柄な身体は、まるで荷物でも移動させるような軽さで流し台の前から退かされた。

だが扱いは驚くほど慎重で、床へ下ろす時も音一つ立てない。

そして東あづまは何食わぬ顔で美月のいた場所へ立ち、自分がまな板を洗い始めた。

「もー......。ありがとね」
「礼なんかいい。なんせ今日から“恋人”だからな!」

ニカッ。

朝日より眩しいのではないかと思うほどの満面の笑みだった。

少し離れたところで野菜を切っていたジャジーが、包丁を動かしたまま横目で東あづまを見る。

「空気が甘ぇ......」
「空気は甘くない」

米を研いでいた癒凪ゆなぎが即答した。

「いや、比喩だよ」

美月が笑う横で、鳳ほうまで東あづまを一瞥する。

「愛らしい意匠が舞っているように見えるのは、拙者の気のせいであろうか......」
「舞っていない」

癒凪ゆなぎはまたも即答だった。

その真顔が余計におかしく、美月がくすくす笑う。

だが当の東あづまには、周囲の反応など一切届いていない。

朝から“恋人”という単語を使えるだけで、すでに世界のすべてが祝福に見えているらしい。

そして、空気の糖度は一向に下がらないまま、朝食を迎えた。

今朝の主役は、最後に残っていた偶蹄魚ぐうていぎょの頭だ。

頭肉は薄く削ぎ、根菜と合わせて肉じゃがへ。
残ったカマは香ばしく焼き、頬肉は表面だけを炙ったあと、すぐに冷水へ取る。
十分に冷ましてから切り分ければ、頬肉のたたき。さらに残ったアラは汁物の出汁へ回した。

最後の一片まで使い切った結果、朝食とは思えないほど豪華な膳が並んだ。

「美味ぇー!“恋人”が作る飯は世界一美味ぇ!」
「もう、大げさだって!」

美月は笑う。

東あづまは肉じゃがを勢いよく平らげると、心底幸せそうな息を吐き、そのまま隣に座る美月へ身体を寄せた。

「毎回美味ぇ飯、ありがとな」

片腕が自然に美月の肩へ回る。

昨日までなら一瞬止まっていたであろう動き。

だが今は、美月も驚かない。

むしろ自分から東あづまの腰へ片腕を回し返した。

「どういたしまして。アラ汁ならおかわりあるから、いっぱい食べてね」
「おう!」

二人の間だけ春が来ている。

向かい側でカマ焼きを食べていたジャジーが、遠い目で箸を止めた。

「......このカマ焼き、ずいぶん甘ぇな」

癒凪ゆなぎも一口食べ、淡々と告げる。

「甘みはない。お前が狂っているだけだ」
「言い方」

鳳ほうはあらかじめ冷ましてもらったアラ汁をすすり、静かに息を吐いた。

「空気が天然の甘味料になっておる」
「誰か無糖の茶ぁくれ......」
「今飲んでるじゃん」
「これ甘茶だろ」
「違うに決まってんじゃん!」

美月のツッコミにも、ジャジーは何も返さなかった。

やがて朝食を終え、片付けも一段落すると、五人は自然と大きくなった卓を囲んでいた。

急ぎの用事もない。
昨日までの騒動もひとまず落ち着いた。

こういう何でもない時間ほど、ふとした疑問が浮かぶ。

美月は湯呑みを両手で包みながら、向かい側に座る鳳ほうと東あづまを交互に見た。

「そういえばさ。東あづまと鳳ほうって、海と川でしょ?環境違うのに、どうやって会ったの?」

何の気なしに聞いた。

その瞬間。

湯呑みを持っていた鳳ほうの手が、ぴたりと止まった。

「......」
「おい。“恋人”の頼みは聞くもんだぞ」

東あづまは朝から何度目か分からない“恋人”を嬉々として口にする。

鳳ほうの眉間へ、深い皺が刻まれた。

「拙者の消し去りたい記憶でござる......」

苦虫どころか、毒虫まで一緒に噛み潰したような顔だった。

対する東あづまは、恋人昇格による浮かれ効果がまだ最大値を保っている。

「つれねぇこと言うな!俺とお前の運命的な出会いだろ!」
「もう面白ぇのが分かったわ」

ジャジーが片方の口角を上げ、卓へ頬杖をつく。
癒凪ゆなぎも湯呑みを置いた。

「今のところ予定はない。話すだけの時間はある」

ただの事実提示だった。

しかし鳳ほうには、逃げ道を塞ぐ最後の石にしか聞こえなかったらしい。

美月の目が一気に輝く。

「じゃあ決定! 鳳ほう、語り部よろしくね!」
「逃げ道が潰えたでござる......」

鳳ほうの視線と魂が、はるか遠くへ旅立っていく。

ジャジーは頬杖をついたまま、眉間に皺を寄せた。

「お前、もともと逃げるようなキャラじゃねぇだろ」
「......戦略的撤退という言葉があるでござろう」
「今それ使う?」

鳳ほう本人も、何を言っているのか分からなくなってきたらしい。

東あづまは懐かしそうに天井を見上げた。

「こいつはまず引かねぇな。昔、妖力でできた矢が背中に何本も刺さってんのに、『かすり傷でござる』っつって抜かねぇで戦ってたしな」
「弁慶すぎる!」

美月が即座に突っ込む。

ジャジーは鼻を鳴らした。

「それこそ戦略的撤退だろ」
「そこは普通に戦略とかじゃなくて撤退しようよ!」

なかなか本題へ辿り着かない。

やがて、東あづまが身を乗り出す。

「鳳ほうが言わねぇなら俺が言うぞ」
「お主に任せれば、事実と異なる経緯ばかりになるであろう!」
「ならねぇよ!マジの事実を言うだけだ!」
「ストップストップ!」

美月が両手を上げ、二人の間へ割って入るように振った。

そして、鳳ほうへまっすぐ視線を向ける。

「鳳ほう、話すの嫌だったりする?」

その問いに、鳳ほうは一瞬だけ目を伏せた。

「......嫌、というよりは......」

言葉が止まり、視線を泳がせている。

美月はぱちりと瞬いた。

「......もしかして、恥ずかしい?」

鳳ほうの視線が湯呑みへ落ちる。

「......恥なものは、多いでござる......」

指先で、湯呑みをゆっくり回す。

落ち着かない感情を、そこへ逃がしているようだった。

「あの頃の拙者は、無知も無知。聞けば突き詰めたくなるようなことが、多々あるでござろう」

くる。
くる。

美月は回る湯呑みを見つめ、次に鳳ほうの横顔を見る。

鰭のような耳が、ほんのわずかに赤い。

「......可愛い」

ぽろり。

考えるより先に口から落ちた。

鳳ほうの動きが止まる。

「......その言葉、そっくり返させていただく」
「え!?」

鳳ほうはようやく美月を見る。

「そなたが拙者を見つめ、様々な表情をこちらへ向けておる。それが、とても愛い」
「もう......!!」

今度は美月の顔が赤くなる。

ジャジーが露骨に顔をしかめた。

「鳳ほうまで甘味料吐き出し始めた」
「何も出ていない」

癒凪ゆなぎの即答は今日三度目だった。

美月は恥ずかしさをごまかすように軽く咳払いし、鳳ほうへ笑いかける。

「何があっても笑わないよ。大丈夫」
「その前フリ、嫌な予感しかしねぇんだよ」

ジャジーが苦笑する。

鳳ほうはしばらく無言で湯呑みを見つめていたが、やがて残っていた茶を一息に飲み干した。

そして、姿勢を正す。

「......覚悟は決まったでござる」

まるで今から敵軍の本陣へ、単身で乗り込むような顔だった。

「そんな覚悟がいることなの!?」
「恋人の前で過去の失態を述べるのでござる!これに覚悟がいらぬ理由がないでござろう!」
「覚悟の入り方が今から腹を裂くやつなんだよ......」

ジャジーが呆れた声を落とす。

二人が言い合う中。

「......」

癒凪ゆなぎだけが、湯呑みの中へ視線を落としていた。

眉間に、ごく薄い皺。

表情が大きく変わったわけではないが、それでも、何かに引っかかっている。

そんな気配があった。

「......癒凪?」

美月が顔を覗き込む。

その瞬間。

癒凪ゆなぎの目が、ほんのわずかに見開かれた。

だがすぐに、いつもの静かな顔へ戻る。

「......なんでもない。続けろ」
「......そっか......?」

美月が首を傾げる。

癒凪ゆなぎはそれ以上何も言わず、顔を逸らした。

「では、話す」

鳳ほうが膝の上へ拳を置く。

一度、深く息を吸い。

そして。

どこか遠い昔を見るような目で、ゆっくりと語り始めた―――。



第8章 本格始動編 - 第3話
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「未定」
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転生先は隠世!?〜属性過多の妖怪達に愛され過ぎて、念願のスローライフは享年1日で終了しました〜作者:桜桃
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第8章 本格始動編 - 第3話 「“恋人”」


無事、東あづまと美月は恋人になった。

それは同時に、東あづまがこの家の一員として正式に迎え入れられたということでもある。

あのあと、美月から「触れ合う程度なら、いちいち許可を取らなくていいよ」と告げられた。

もちろん、何をしてもいいというわけではない。

それでも東あづまにとっては十分すぎるほど、大きな進歩だった。

恋人へ昇格。
制限、一部解除。

その効果は、直後から露骨に現れた。

「美月、それ洗うの俺やるぞ」

朝食の準備中。
食器を並べていた東あづまが、まな板を洗おうとした美月の手元を見て、すぐに大きな手を伸ばす。

その手は、普段の荒々しさが嘘のように優しかった。

「大丈夫だよ。ささっと流すだけだし」
「バカ。可愛い“恋人”の手が荒れたらどうすんだ」

“恋人”だけ、妙に強調された。

次の瞬間、美月の両脇へ手が差し込まれる。

「わっ......!」
ひょい、と。

美月の小柄な身体は、まるで荷物でも移動させるような軽さで流し台の前から退かされた。

だが扱いは驚くほど慎重で、床へ下ろす時も音一つ立てない。

そして東あづまは何食わぬ顔で美月のいた場所へ立ち、自分がまな板を洗い始めた。

「もー......。ありがとね」
「礼なんかいい。なんせ今日から“恋人”だからな!」

ニカッ。

朝日より眩しいのではないかと思うほどの満面の笑みだった。

少し離れたところで野菜を切っていたジャジーが、包丁を動かしたまま横目で東あづまを見る。

「空気が甘ぇ......」
「空気は甘くない」

米を研いでいた癒凪ゆなぎが即答した。

「いや、比喩だよ」

美月が笑う横で、鳳ほうまで東あづまを一瞥する。

「愛らしい意匠が舞っているように見えるのは、拙者の気のせいであろうか......」
「舞っていない」

癒凪ゆなぎはまたも即答だった。

その真顔が余計におかしく、美月がくすくす笑う。

だが当の東あづまには、周囲の反応など一切届いていない。

朝から“恋人”という単語を使えるだけで、すでに世界のすべてが祝福に見えているらしい。

そして、空気の糖度は一向に下がらないまま、朝食を迎えた。

今朝の主役は、最後に残っていた偶蹄魚ぐうていぎょの頭だ。

頭肉は薄く削ぎ、根菜と合わせて肉じゃがへ。
残ったカマは香ばしく焼き、頬肉は表面だけを炙ったあと、すぐに冷水へ取る。
十分に冷ましてから切り分ければ、頬肉のたたき。さらに残ったアラは汁物の出汁へ回した。

最後の一片まで使い切った結果、朝食とは思えないほど豪華な膳が並んだ。

「美味ぇー!“恋人”が作る飯は世界一美味ぇ!」
「もう、大げさだって!」

美月は笑う。

東あづまは肉じゃがを勢いよく平らげると、心底幸せそうな息を吐き、そのまま隣に座る美月へ身体を寄せた。

「毎回美味ぇ飯、ありがとな」

片腕が自然に美月の肩へ回る。

昨日までなら一瞬止まっていたであろう動き。

だが今は、美月も驚かない。

むしろ自分から東あづまの腰へ片腕を回し返した。

「どういたしまして。アラ汁ならおかわりあるから、いっぱい食べてね」
「おう!」

二人の間だけ春が来ている。

向かい側でカマ焼きを食べていたジャジーが、遠い目で箸を止めた。

「......このカマ焼き、ずいぶん甘ぇな」

癒凪ゆなぎも一口食べ、淡々と告げる。

「甘みはない。お前が狂っているだけだ」
「言い方」

鳳ほうはあらかじめ冷ましてもらったアラ汁をすすり、静かに息を吐いた。

「空気が天然の甘味料になっておる」
「誰か無糖の茶ぁくれ......」
「今飲んでるじゃん」
「これ甘茶だろ」
「違うに決まってんじゃん!」

美月のツッコミにも、ジャジーは何も返さなかった。

やがて朝食を終え、片付けも一段落すると、五人は自然と大きくなった卓を囲んでいた。

急ぎの用事もない。
昨日までの騒動もひとまず落ち着いた。

こういう何でもない時間ほど、ふとした疑問が浮かぶ。

美月は湯呑みを両手で包みながら、向かい側に座る鳳ほうと東あづまを交互に見た。

「そういえばさ。東あづまと鳳ほうって、海と川でしょ?環境違うのに、どうやって会ったの?」

何の気なしに聞いた。

その瞬間。

湯呑みを持っていた鳳ほうの手が、ぴたりと止まった。

「......」
「おい。“恋人”の頼みは聞くもんだぞ」

東あづまは朝から何度目か分からない“恋人”を嬉々として口にする。

鳳ほうの眉間へ、深い皺が刻まれた。

「拙者の消し去りたい記憶でござる......」

苦虫どころか、毒虫まで一緒に噛み潰したような顔だった。

対する東あづまは、恋人昇格による浮かれ効果がまだ最大値を保っている。

「つれねぇこと言うな!俺とお前の運命的な出会いだろ!」
「もう面白ぇのが分かったわ」

ジャジーが片方の口角を上げ、卓へ頬杖をつく。
癒凪ゆなぎも湯呑みを置いた。

「今のところ予定はない。話すだけの時間はある」

ただの事実提示だった。

しかし鳳ほうには、逃げ道を塞ぐ最後の石にしか聞こえなかったらしい。

美月の目が一気に輝く。

「じゃあ決定! 鳳ほう、語り部よろしくね!」
「逃げ道が潰えたでござる......」

鳳ほうの視線と魂が、はるか遠くへ旅立っていく。

ジャジーは頬杖をついたまま、眉間に皺を寄せた。

「お前、もともと逃げるようなキャラじゃねぇだろ」
「......戦略的撤退という言葉があるでござろう」
「今それ使う?」

鳳ほう本人も、何を言っているのか分からなくなってきたらしい。

東あづまは懐かしそうに天井を見上げた。

「こいつはまず引かねぇな。昔、妖力でできた矢が背中に何本も刺さってんのに、『かすり傷でござる』っつって抜かねぇで戦ってたしな」
「弁慶すぎる!」

美月が即座に突っ込む。

ジャジーは鼻を鳴らした。

「それこそ戦略的撤退だろ」
「そこは普通に戦略とかじゃなくて撤退しようよ!」

なかなか本題へ辿り着かない。

やがて、東あづまが身を乗り出す。

「鳳ほうが言わねぇなら俺が言うぞ」
「お主に任せれば、事実と異なる経緯ばかりになるであろう!」
「ならねぇよ!マジの事実を言うだけだ!」
「ストップストップ!」

美月が両手を上げ、二人の間へ割って入るように振った。

そして、鳳ほうへまっすぐ視線を向ける。

「鳳ほう、話すの嫌だったりする?」

その問いに、鳳ほうは一瞬だけ目を伏せた。

「......嫌、というよりは......」

言葉が止まり、視線を泳がせている。

美月はぱちりと瞬いた。

「......もしかして、恥ずかしい?」

鳳ほうの視線が湯呑みへ落ちる。

「......恥なものは、多いでござる......」

指先で、湯呑みをゆっくり回す。

落ち着かない感情を、そこへ逃がしているようだった。

「あの頃の拙者は、無知も無知。聞けば突き詰めたくなるようなことが、多々あるでござろう」

くる。
くる。

美月は回る湯呑みを見つめ、次に鳳ほうの横顔を見る。

鰭のような耳が、ほんのわずかに赤い。

「......可愛い」

ぽろり。

考えるより先に口から落ちた。

鳳ほうの動きが止まる。

「......その言葉、そっくり返させていただく」
「え!?」

鳳ほうはようやく美月を見る。

「そなたが拙者を見つめ、様々な表情をこちらへ向けておる。それが、とても愛い」
「もう......!!」

今度は美月の顔が赤くなる。

ジャジーが露骨に顔をしかめた。

「鳳ほうまで甘味料吐き出し始めた」
「何も出ていない」

癒凪ゆなぎの即答は今日三度目だった。

美月は恥ずかしさをごまかすように軽く咳払いし、鳳ほうへ笑いかける。

「何があっても笑わないよ。大丈夫」
「その前フリ、嫌な予感しかしねぇんだよ」

ジャジーが苦笑する。

鳳ほうはしばらく無言で湯呑みを見つめていたが、やがて残っていた茶を一息に飲み干した。

そして、姿勢を正す。

「......覚悟は決まったでござる」

まるで今から敵軍の本陣へ、単身で乗り込むような顔だった。

「そんな覚悟がいることなの!?」
「恋人の前で過去の失態を述べるのでござる!これに覚悟がいらぬ理由がないでござろう!」
「覚悟の入り方が今から腹を裂くやつなんだよ......」

ジャジーが呆れた声を落とす。

二人が言い合う中。

「......」

癒凪ゆなぎだけが、湯呑みの中へ視線を落としていた。

眉間に、ごく薄い皺。

表情が大きく変わったわけではないが、それでも、何かに引っかかっている。

そんな気配があった。

「......癒凪?」

美月が顔を覗き込む。

その瞬間。

癒凪ゆなぎの目が、ほんのわずかに見開かれた。

だがすぐに、いつもの静かな顔へ戻る。

「......なんでもない。続けろ」
「......そっか......?」

美月が首を傾げる。

癒凪ゆなぎはそれ以上何も言わず、顔を逸らした。

「では、話す」

鳳ほうが膝の上へ拳を置く。

一度、深く息を吸い。

そして。

どこか遠い昔を見るような目で、ゆっくりと語り始めた―――。



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