第8章 本格始動編 - 第9話「消滅した長期計画」
ジャジー「お前のその見通し、多分当日中に崩れるぞ」
ジャジーの口から落とされた言葉に、美月は目を見開いた。
「え!?なんか問題あった!?」
先ほどまで順調に進んでいた確認事項が、一瞬で頭の中を駆け巡る。
開業届は出した。
控えには承認印もある。
決済方法については写仝へ確認済みで、必要妖力を登録した決済札も七種類分、すでに準備してある。
野菜の販売基準についても、以前、写仝と蔓実に現物を見てもらった。
規格から大幅にはみ出しているものの、味、品質、安全性、妖力への影響。
どれも販売に問題なしと確認されていた。
今日並べる数も確認した。
保存状態も悪くない。
時間停止魔法を用いた保管についても、方法をしっかり守っている。
それでも、ジャジーは笑っている。
鳳まで口元へ手を当て、妙に愉快そうな顔をしていた。
「美月殿。青ざめる必要は一切ないでござる」
「じゃあなに!?なんで皆笑ってるの!?」
東に至っては、もう隠す気すらなかった。
「美月の焦り方が面白ぇんだよ......っ、ぶっ......はははっ!」
自分の膝をばんばん叩きながら、豪快に笑っている。
「ほんとにわかんない!言ってよ!」
美月が半ば悲鳴のように訴えると、癒凪は顔を逸らしたまま、肩を小さく震わせた。
「......後ろを見ろ」
「え!?」
癒凪の一言に、美月がばっと振り返る。
その先には。
「美月ー!」
見覚えのある姿が、大きく手を振っていた。
「あ!蔓実さんだ!あとでお裾分けに―――」
言いかけたところで、美月の視界がきちんと奥まで焦点を結んだ。
「............んぇ.........?」
声が妙な形で潰れた。
蔓実の隣には、今日も相変わらず整った姿勢の写仝が立っている。
「美月さん。おはようございます」
さらにその横から、百之鬼がにこやかに手を振った。
「美月さーん。おはようございまーす」
「美月ちゃ〜ん♪ 今日から開店なんですってねぇ〜♪」
縁は朝から変わらぬ艶やかな声で尾を揺らしている。
さらに少し離れた位置には、先日、管理所前で境界を張っていた線姫までいた。
「ごきげんよう。数日前に会ったきりですわね」
そこまでなら、美月もまだ理解できたかもしれない。
管理所職員同士で話が回り、数人が興味を持って来てくれた。
そう考えれば、少し驚く程度で済んだ。
問題は、その後ろだった。
妖。
妖。
さらにその後ろにも妖。
列は畑の入口から先へ伸び、曲がり、遠目では最後尾すらよく見えない。
一人、二人という話ではない。
百人近くいるのではないか。
美月はゆっくりと、ジャジー達へ振り返った。
「縺ェ繧薙〒??シ溽ァ√?縺輔▲縺埼幕蠎励@縺溘?縺」縺九j縺?h縺ュ??シ?」
(訳:なんで!?私、さっき開店したばっかりだよね!?)
「美月がバグった!」
東が腹を抱えた。
鳳まで耐えきれず、肩を震わせている。
「っ......くっ......」
「いや、ありゃあバグるわ!」
ジャジーは美月を笑いながら、さすがに多少の同情を滲ませていた。
美月は数秒間その場で固まり、そして、我に返るために、ぱんっと両頬をひっ叩いた。
ようやく、わずかに思考が動く。
美月はそのまま蔓実達のもとへ駆け寄る。
「な、なんっ......え!?なんで開店したこと知ってるんですか!?ていうかおはようございます!挨拶と質問が順番逆になっちゃってすみません......!」
自分でも何を言っているのか分からない。
お試し営業などしていない。
今日が正真正銘、初日だ。
「ずっと見でだった」
蔓実が、にこにこと笑う。
「うちを!?ずっと!?」
「んだ。おめぇの野菜、今までで一番んめぇからなぁ」
その声に嘘はなかった。
むしろ、ようやく待っていたものが手に入る子供のように、目まで明るい。
「そ、それはありがとうございます。でも職員だけじゃなくて、明らかに一般の妖さん達もたくさんいるのは何でですか......?」
恐る恐る尋ねる。
蔓実の口角が、にやりと上がった。
「おらの連絡網、なめてかダメどぉ〜?」
「連絡網......?」
「職員は当然だども、おらの仲間さもすぐ教えだ」
「......仲間?」
「んだ!」
蔓実は嬉しそうに頷き、指を折り始めた。
「木霊、ドライアド、アルラウネ、エルフ......じっぱりいるど?(いっぱいいるぞ?)」
美月が改めて列を見れば、確かにそうだった。
細長い耳を持つ者。
髪や腕から蔦が伸びている者。
肌そのものが木肌のような者。
花弁のようなものを頭部へ持つ者。
もちろん管理所職員らしい姿も混じっているが、列の八割ほどは、蔓実の言う“仲間”だろう。
「でも私、開店したの数分前ですよ!?」
「関係しね(関係ねぇ)」
「なんで!?」
「おらたぢ、土で繋がってら」
「土?」
「んだ。おらの足が地に付いでれば、全員に連絡でぎる」
蔓実は当たり前のことを説明するような顔をしている。
「んで、あっちゃも足が地に付いでれば、連絡が付ぐ」
「植物系の妖は土壌SNSが使えるってこと!?」
美月の目が、さらに大きくなる。
だが。
情報が伝わる速度は分かった。
しかし、それでも説明のつかない部分がある。
「でも、移動時間とかありますよね?」
「関係しね(関係ねぇ)」
「それも!?」
「エルフでねば、行ぎでぇ場所さおがるだげだぁ(エルフ以外なら、行きたい場所に生えるだけだぁ)」
「............」
美月の眉が寄る。
「生えるの!?土から!?」
「んだ」
「んだで済ませないでください!」
叫びながらも、ようやく状況が見えてきた。
以前販売可否を確認するため、写仝と蔓実は、美月のトマトを食べた。
普段、食事らしい食事を必要としない写仝ですら、『あれは確かに美味しかったですね』
と口にしたほどだという。
そして何より、蔓実の反応は大きかった。
大きさや香り。
糖度と水分。
そして皮の張りと艶。
どれを取っても、蔓実にとって印象深いものだったのだろう。
さらに。
蔓実は、妖魔力環境課の職員である。
仕事柄、農作物を販売したい者が持ち込む野菜や果物を、数多く見てきた。
美味しいものも。
珍しいものも。
逆に、販売基準ぎりぎりのものも。
その蔓実が、『今までで一番んめぇ』と言ったのだ。
植物系の妖達にとって、その一言がどれほど強い口コミになるか。
美月は、そこまで想像できていなかった。
後ろから、列に並ぶ者達の声が聞こえてくる。
「楽しみだわ。たまたま近くにいたから早く来られたのよ」
耳の長いエルフが、嬉しそうに前方を覗き込んでいる。
「蔓実ちゃんが言うんだものねぇ。早く食べたいわぁ♡」
花と蔓を纏ったアルラウネが、楽しげに頬へ手を添えている。
「しかし、我々まで回って来るでしょうか......」
木霊らしき者が、不安そうに列の長さを見ている。
その言葉が、美月の耳へ届いた瞬間。
「......フォーメーション、チェンジ」
空気が変わった。
「は?」
四人の声が、ほぼ同時に重なる。
美月の目が、ぎらりと輝く。
「苗の販売は中止。ジャジーは販売開始次第、決済と受け渡し。東は何も植えてない場所の土を耕して。鳳は東が耕した場所に高畝作成。癒凪は納屋の前にある入れ物の中に入ってる種子、種芋、球根の病害管理をお願い。それが完了次第、私が播種して、メキメキ妖力注ぐから」
息継ぎはどこへ行ったのか。
詠唱のような速度で飛び出した指示に、四人が揃って美月を見る。
「待て待て待て!急にどうした!」
ジャジーが最初に声を上げた。
だが、美月は迷わない。
「絶対全員に行き渡らせる......!」
その目は本気だった。
ここまで楽しみにして並んでくれたのだ。
なら、できる限りやる。
「マジかよ......」
ジャジーが呆れ半分、感心半分の声を落とす。
鳳も美月の横顔を見て、静かに頷いた。
「あの目は本気でござるな」
美月はさらに指示を続ける。
「野菜が収穫できるようになるまで、癒凪は苗の病害管理。鳳は手の届く範囲でいいから、増えすぎた葉っぱの剪定兼散水。トマトの実にはかけないでね。ジャジーは受け渡し継続。そして在庫が少なくなった野菜を適時私に報告。東は収穫できる野菜をひたすら収穫して、ジャジーのところに運んでってね」
「美月すげぇ!俺ぁ頑張るぞ!」
東は、もう完全にやる気だった。
「収穫が一通り済んだら、ジャジーと私が場所交代。ジャジーは収穫し終わった茎や葉の除去。癒凪はすぐに次の種子や球根の病害管理。東と鳳はジャジーがやってる除去作業が終わり次第、最初に頼んだ作業をよろしく。ジャジーはまた販売と受け渡しね」
「わ、わかった」
さすがのジャジーも、指示の密度に押されながら頷く。
「すぐ取り掛かる」
癒凪は短く答えると、すでに納屋へ視線を向けていた。
鳳も服を軽く整える。
「承知した。東、先に土を起こせ。拙者は後ろから畝を整える」
「おう!」
一気に動き始めた福゜福゜農園の四人。
その後ろでは。
写仝が、目の前で始まった怒涛の作業指示を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「......少々、事を荒げ過ぎましたでしょうか」
「いべいべ♪」
蔓実は、まったく悪びれていない。
むしろ嬉しそうに笑い、列の先にある巨大野菜へ期待に満ちた視線を向けている。
「でも、美月さん燃えてますよ」
百之鬼は美月達の様子を、楽しそうに観察している。
「美月ちゃんの周りって、いつも賑やかねぇ〜」
縁も頬へ手を添え、楽しそうに尾を揺らす。
線姫は慌ただしく動き始めた美月を、どこか興味深そうに眺めていた。
「後ほど、ゆっくりお話でもさせていただきたいですわ」
そんな職員達の声など、今の美月にはほとんど届いていない。
目の前にいる客全員へ野菜を渡す。
ただ、それだけで頭がいっぱいだった。
こうして。
美月の福゜福゜農園は、予定していたスローライフとはまるで正反対の速度で。
怒涛の臨時増産とともに、開店初日を迎えることになったのだった。
第8章 本格始動編 - 第9話
「消滅した長期計画」
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