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2話 異世界移民推進課


 二千百年。少子高齢化が極まりすぎて財政がにっちもさっちもいかなくなった日本は、かねてから秘密裏に研究していた別次元への扉を開く技術を完成させたと同時に、『異世界移民推進法』を強引に可決した。

 この法律の骨子は一つ。異世界へ移民を推し進める。ただそれだけ。

 希望するものは、特に審査もなく異世界で新たな人生を送れる。代償はこの世界での死のみ。ただ、自殺はできず、別次元への転送装置を積んだトラックに轢き殺されなければならない。

 お国からは、トラックが対象者に衝突した時のエネルギーを扉を開く動力にするため――というもっともらしい説明があったが、単純に手っ取り早いからじゃないかと思っている。対象者に転送装置を背負わせて飛び降りさせても壊れちまうもんな。

 要は、俺の仕事は公務員の肩書を背負った死刑執行人というわけだ。いつだって汚い仕事は下っ端に回ってくる。異動の内示が出た時はどんなパワハラかと思ったもんだぜ。

 とはいえ、異世界への移民を希望するやつなんて滅多にいないだろうと思っていた。だって、トラックに轢き殺されるんだぜ? 配属当時はコーヒーを飲んでいるだけで給料もらえるなんて楽だな、なんて同僚と笑っていたのに、今では連日人を轢き殺し続けている。

 これはきっと、平成の時代から異世界転生ものの物語が脈々と受け継がれてきたという下地があったのに加えて、予想以上にみんな未来に絶望していたからだ。

 どれだけ声を上げたところで誰にも聞いてもらえず、上位数パーセントの恵まれたやつらに押さえつけられて甘い蜜を吸い上げられるだけ。それなら別の世界で心機一転した方がいい。そう考えるやつの方が増えたってことだ。

 奇しくも光の速さでAI技術が進歩したおかげで、世界には人間よりも有能なロボットやアンドロイドがあふれ返り、人間がいなくても必要なインフラを保てるようになった。命の価値はますます曖昧になり、もはや誰も生きる意味なんて見出せなくなっている。

 今日の客もその類の人間だ。何不自由もない家庭に生まれ、いい大学に行き、可愛い彼女までいるらしいのに、ただ息苦しさから解放されたいという理由だけで異世界行きを選んだ。

 ただ、彼らは気づいていない。逃げた先にあるものが本当に救いなのか、受け入れる側の世界が心から笑みを浮かべて両手を広げているのか、誰も知らないということに。

「お疲れ様です、轟とどろきさん。今日はもうお仕事終わりですか?」
「おー、珍しく人数少なかったからな。久しぶりに定時で帰れそうだぜ」

 レトロな事務服を着て愛想良く微笑む山梨ちゃんに相槌を打ち、ガタついた椅子に座る。

 いつからあるのかわからない『異世界移民推進課』と仰々しい書体で書かれたプレートの下には、書類が乱雑に散らばった机や、化石化したFAXが並んでいる。

 平日の昼間だからか、思ったよりも人の姿はない。まあ、進んで来たくなる場所でもないよな。歩けばきゅうきゅう音のなる緑色の床に、ところどころ壁材が剥がれたボロボロの建屋。地方の役場なんてこんなもんだ。

「あ、あの。もし予定がなければ、ご飯でも行きせんかっ?」
「え? はは、そんな気を遣わなくていいよ。山梨ちゃんもたまには早く帰んな」

 気を遣ったわけでは......と、山梨ちゃんが眉を下げる。彼女は今年配属されたばかりの新人で、こんなおっさんにも優しい。同僚たちが次々と心身を壊して辞めていった今、俺の唯一の癒しだ。

 でも、それに甘えちゃいけない。山梨ちゃんは若干二十二歳のうら若き女性。俺はそろそろ胃袋に衰えを感じてきた三十四歳のおっさん。きちんと線引きしないと何とかハラスメントに抵触してしまう。

「......今日の方、安らかに旅立てましたか?」
「うん。痛みは薬で取ったし、自分の望むシチュエーションを叶えられて満足そうだったよ。お客様のあんな笑顔、見るのも久々だな。死に際にお礼言われたし」

 山梨ちゃんが淹れてくれたコーヒーを啜りながら話す俺に、山梨ちゃんの形のいい眉がまた下がる。これ以上、下がっちまったら床に落ちちまうんじゃねえかなあと思いながら、紙コップを机の上に置く。

「悪いことは言わねえから、旅立つ人間をいちいち気にかけるのはやめな。心が持たなくなるぞ」
「でも、異世界への移民を選択する前に、役場として何かできたことはなかったのかなって考えちゃうんです。それに、お客様なんて......。市民の方ですよ」
「お客様だよ。金払ってんだから」

 そう。異世界に行くのに審査はいらないが、オプションサービスを希望するなら別料金が必要だ。トラックに轢かれる痛みを取りたい場合、即死させて欲しい場合、自分が望む死に際を演出したい場合、遺族へ遺言を残したい場合――様々な理由で客は金を払う。

 国が国民相手に商売するという悪辣さに異を唱える人間はもういない。この世界の倫理はすでに破綻している。モヒカン頭で暴れ回るやつらがいないのが不思議なぐらいだ。

「それにしても、わかんねえな。親がいて、綺麗な家もあって、十分若くて未来もあるのに、それでも異世界に逃げたい気持ちってのは」
「......外から見ると恵まれているように見えても、内ではわからないものですよ。たとえ大勢に囲まれていて、たくさんお金を持っていても、満たされない人もいます」
「そういうもんかね。それでも俺は羨ましいけどな。俺には親も学も若さもねえし、住んでるとこもボロアパートだしよ」

 山梨ちゃんの眉が限界まで下がった。口もへの字で今にも泣き出しそうだ。

 あーやばい。余計なこと言った。どうフォローしようかと考えた時、タイミングよく終業のチャイムが鳴った。これ幸いと、そそくさと席を立つ。

「一服して帰るわ。どうせ課長は今日もサボりで戻ってこねえから、山梨ちゃんは先に帰んな」

 作業着のポケットから煙草のケースを取り出しながら歩き出す。山梨ちゃんが、轟さん、と呼び止める声は聞こえないふりをした。
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異世界(へ送る)トラック運転手ですが、人生に疲れています作者:遠野さつき
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 二千百年。少子高齢化が極まりすぎて財政がにっちもさっちもいかなくなった日本は、かねてから秘密裏に研究していた別次元への扉を開く技術を完成させたと同時に、『異世界移民推進法』を強引に可決した。

 この法律の骨子は一つ。異世界へ移民を推し進める。ただそれだけ。

 希望するものは、特に審査もなく異世界で新たな人生を送れる。代償はこの世界での死のみ。ただ、自殺はできず、別次元への転送装置を積んだトラックに轢き殺されなければならない。

 お国からは、トラックが対象者に衝突した時のエネルギーを扉を開く動力にするため――というもっともらしい説明があったが、単純に手っ取り早いからじゃないかと思っている。対象者に転送装置を背負わせて飛び降りさせても壊れちまうもんな。

 要は、俺の仕事は公務員の肩書を背負った死刑執行人というわけだ。いつだって汚い仕事は下っ端に回ってくる。異動の内示が出た時はどんなパワハラかと思ったもんだぜ。

 とはいえ、異世界への移民を希望するやつなんて滅多にいないだろうと思っていた。だって、トラックに轢き殺されるんだぜ? 配属当時はコーヒーを飲んでいるだけで給料もらえるなんて楽だな、なんて同僚と笑っていたのに、今では連日人を轢き殺し続けている。

 これはきっと、平成の時代から異世界転生ものの物語が脈々と受け継がれてきたという下地があったのに加えて、予想以上にみんな未来に絶望していたからだ。

 どれだけ声を上げたところで誰にも聞いてもらえず、上位数パーセントの恵まれたやつらに押さえつけられて甘い蜜を吸い上げられるだけ。それなら別の世界で心機一転した方がいい。そう考えるやつの方が増えたってことだ。

 奇しくも光の速さでAI技術が進歩したおかげで、世界には人間よりも有能なロボットやアンドロイドがあふれ返り、人間がいなくても必要なインフラを保てるようになった。命の価値はますます曖昧になり、もはや誰も生きる意味なんて見出せなくなっている。

 今日の客もその類の人間だ。何不自由もない家庭に生まれ、いい大学に行き、可愛い彼女までいるらしいのに、ただ息苦しさから解放されたいという理由だけで異世界行きを選んだ。

 ただ、彼らは気づいていない。逃げた先にあるものが本当に救いなのか、受け入れる側の世界が心から笑みを浮かべて両手を広げているのか、誰も知らないということに。

「お疲れ様です、轟とどろきさん。今日はもうお仕事終わりですか?」
「おー、珍しく人数少なかったからな。久しぶりに定時で帰れそうだぜ」

 レトロな事務服を着て愛想良く微笑む山梨ちゃんに相槌を打ち、ガタついた椅子に座る。

 いつからあるのかわからない『異世界移民推進課』と仰々しい書体で書かれたプレートの下には、書類が乱雑に散らばった机や、化石化したFAXが並んでいる。

 平日の昼間だからか、思ったよりも人の姿はない。まあ、進んで来たくなる場所でもないよな。歩けばきゅうきゅう音のなる緑色の床に、ところどころ壁材が剥がれたボロボロの建屋。地方の役場なんてこんなもんだ。

「あ、あの。もし予定がなければ、ご飯でも行きせんかっ?」
「え? はは、そんな気を遣わなくていいよ。山梨ちゃんもたまには早く帰んな」

 気を遣ったわけでは......と、山梨ちゃんが眉を下げる。彼女は今年配属されたばかりの新人で、こんなおっさんにも優しい。同僚たちが次々と心身を壊して辞めていった今、俺の唯一の癒しだ。

 でも、それに甘えちゃいけない。山梨ちゃんは若干二十二歳のうら若き女性。俺はそろそろ胃袋に衰えを感じてきた三十四歳のおっさん。きちんと線引きしないと何とかハラスメントに抵触してしまう。

「......今日の方、安らかに旅立てましたか?」
「うん。痛みは薬で取ったし、自分の望むシチュエーションを叶えられて満足そうだったよ。お客様のあんな笑顔、見るのも久々だな。死に際にお礼言われたし」

 山梨ちゃんが淹れてくれたコーヒーを啜りながら話す俺に、山梨ちゃんの形のいい眉がまた下がる。これ以上、下がっちまったら床に落ちちまうんじゃねえかなあと思いながら、紙コップを机の上に置く。

「悪いことは言わねえから、旅立つ人間をいちいち気にかけるのはやめな。心が持たなくなるぞ」
「でも、異世界への移民を選択する前に、役場として何かできたことはなかったのかなって考えちゃうんです。それに、お客様なんて......。市民の方ですよ」
「お客様だよ。金払ってんだから」

 そう。異世界に行くのに審査はいらないが、オプションサービスを希望するなら別料金が必要だ。トラックに轢かれる痛みを取りたい場合、即死させて欲しい場合、自分が望む死に際を演出したい場合、遺族へ遺言を残したい場合――様々な理由で客は金を払う。

 国が国民相手に商売するという悪辣さに異を唱える人間はもういない。この世界の倫理はすでに破綻している。モヒカン頭で暴れ回るやつらがいないのが不思議なぐらいだ。

「それにしても、わかんねえな。親がいて、綺麗な家もあって、十分若くて未来もあるのに、それでも異世界に逃げたい気持ちってのは」
「......外から見ると恵まれているように見えても、内ではわからないものですよ。たとえ大勢に囲まれていて、たくさんお金を持っていても、満たされない人もいます」
「そういうもんかね。それでも俺は羨ましいけどな。俺には親も学も若さもねえし、住んでるとこもボロアパートだしよ」

 山梨ちゃんの眉が限界まで下がった。口もへの字で今にも泣き出しそうだ。

 あーやばい。余計なこと言った。どうフォローしようかと考えた時、タイミングよく終業のチャイムが鳴った。これ幸いと、そそくさと席を立つ。

「一服して帰るわ。どうせ課長は今日もサボりで戻ってこねえから、山梨ちゃんは先に帰んな」

 作業着のポケットから煙草のケースを取り出しながら歩き出す。山梨ちゃんが、轟さん、と呼び止める声は聞こえないふりをした。
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異世界(へ送る)トラック運転手ですが、人生に疲れています作者:遠野さつき
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