1話 いざ異世界へ
「いくぞオラああああ!」
「ばっちこーーーい!」
元気よく叫び、俺を迎え入れるように腕を大きく広げるお客様目掛けてアクセルを踏む。唸るエンジンの重低音はまるで死神の笑い声のようだ。
迫る巨体に臆することなく、お客様は不敵に微笑んでいる。
残り五メートル、三メートル......。人形を使ったリハーサル通り、俺が操る愛車のハニーちゃんは的確にお客様を跳ね飛ばした。
見事な放物線を描くお客様から吹き出した鮮血が、雲ひとつない青空に虹を作る。
ハンドルを大きく左に切って車体を止めたと同時に、牛乳パックが潰れたような音が周囲に響く。腹から腸を出して地面に落下したお客様の周りには、じわじわではすまない量の血が広がっていた。
「た、大変だー! きゅ、救急車ー!(棒読み)」
ご依頼のオプションサービスをこなすため、慌てたふりをしてハニーちゃんから降りる。俺にはよくわからないが、漫画やアニメと同じシチュエーションで旅立ちたいというお客様は一定数いる。
まだ息のあるお客様に近寄るのはいつだって勇気が必要だ。恐る恐る見下ろすと、お客様は潰れたトマトみたいな顔で満足そうに微笑んでいた。
「あ、ありがとう......ござい......ました......。これ、で......俺も......自由、に......なれ......」
お客様からふっと力が抜ける。その場に残るのは物言わぬ亡骸と、俺と、ハニーちゃんだけ。後数分もすれば医者が死亡確認に訪れるだろう。
この世で最も汚くも尊い虹は、お客様の門出を祝うようにひっそりと消えていった。