第1話〜邪神化する前に〜
昨日稲荷と語らったせいで、かえってこの惨状が腹立たしくてならぬ。
自分たちが必要な時代だけ崇め奉り、必要無くなればこの仕打ちか......。お神酒すら、緑に変色しているではないか。日本酒は好きだが、緑の水など飲む気もせん。このままでは我は邪神へ堕ちてしまうではないか。稲荷のやつは、このホテルの玄関口で祀られているというのに、我のこの扱いはなんぞ?そうだ。あの娘を探そう。あやつならば、我の声も聞こえるであろう。
いつの事だったか。あやつは突然我が治めるこの龍宮県普賢岳市にやって来た。我の祠がある、龍宮帝門ホテルに派遣とやらで働きに来たらしい。あやつならば、我を助けてくれるやもしれぬ。早速今晩、夢枕に立つとしようぞ。
「止めなさいな。帝。あの子はしたっぱよ、ほら見てご覧なさいな。今日もあんなに走り回らせられてるわ」
「稲荷か。だが、この中に我の声に気づきそうな者は、あの者の他には、カラスの大騒ぎを聞き、『大雨が降るな』と呟いた、あのノッポな男しかおらぬぞ?奴でも良いが......いや、頼りないな」
そのノッポの男は我にお神酒を捧げる部署で働いていながら、「忙しい」と部屋の修繕ばかりして我を放っているのだ。カラスの騒ぎだけで雨を察する癖に、我が怒りには気付かぬとは、なんと愚かなのだ。
いっその事邪神へ堕ち、ホテルごと水底へと沈めてやろうか。
「稲荷。やはり我は今晩あの子の夢枕に立つよ。ついでにそなたにも手を合わせるよう言っておいてやる」
「止めてもムダのようね。どうなっても知らないわよ?」
稲荷の呆れた声を最後に念話は途絶えた。
我は静かに目を閉じた。
今宵、あの娘の夢へ行く。
......我を救えるのは、もうあの小娘しかおらぬようだ。
......癪ではあるがな。