第8話 風向き
魔法図書庫で特訓したアリシアが次の日にポピンズ先生に魔法を披露したらものすごく驚いていた。
ライルも絶句していたし、アリシアは大層ご満悦だったようだ。
それからも二人で魔法図書庫に通い、毎日勉強した。アリシア自身も魔法文字を読めるようになって、勉強というより個々で研究しているみたいな感じになっていた。
前世では、勉強を楽しいだなんて思ったことがなかった。
だが、記憶力が良くなって、見るからに自分の力になっているのを感じると、流石に楽しい。
会社に資格試験マニアとかいたけど、きっとこういう感覚だったのかもな。勉強すればするほど身になって、それが結果として表れる快楽。
そりゃクセになるわー。
✳︎
――そして、半年の月日が経った。
この村は季節という概念がないみたいで、代わりに乾季と雨季がある。この間まで雨季だったが、ようやく晴れたので外でポピンズ先生の授業を受けられる日だ。
「今日は魔法を使ってこの気球をコントロールし、向こうの切り株に着地させるというのをやってみよう。久々の外なのでね、レクリエーションのようなものだ」
「たのしそうー! 私からやりたいです!」
アリシアはすっかり快活になり、ポピンズ先生の授業に積極的に参加するようになった。
もっとも、当初はまだ魔法が使えなかったので参加しようにも参加できなかったのだが。魔法を披露した日から先生からは「アリシア君」と呼ばれて、完全に生徒として認められた。
ちなみに先生が「レクリエーション」と宣ったこの気球のコントロール、めちゃくちゃ難易度が高い。魔法をコントロールするだけでは気球をどうにかできない。
上昇気流で浮かべ、その状態を維持したまま横風を起こして、最後は切り株の上に乗るように気流をコントロールする。
というのが一つの模範解答なのだけど、そんな細かい動作をしながらいくつものプロセスを経るのは無駄が多い。
「わっ、とと......あれ......あっ、わー!」
案の定アリシアは気球をコントロール出来ずに明後日の方向に流されて地面に落ちてしまった。
自然の風もあるせいで、思ったところにいかないのだろう。
「はい、アリシア君の記録はここまで。次、ライル君。やってみなさい」
「......うす」
「......」
うーん。
アリシアが元気になった一方で、ライルはこの半年のうちに徐々に元気を無くしていってしまった。授業には出ているし、実力も上がっている。
ただ、俺は言わずもがな、今はアリシアの方が実力が上になってしまっていて、劣等感に苛まれているようだ。
「......あっ!」
ライルがコントロールしていた気球が突如破裂した。無惨に地面に落ちる気球をライルは呆然と見つめる。
「惜しい。気球の内部で火を起こして熱で浮かび上がらせるアイデアは良かったのだが、少し火が強すぎたね」
ポピンズ先生が解説する。なるほどライルのやつ、熱気球の概念を知っていたのか。
「気球には予備がある。ジークハルト君、次は君がやってみなさい」
「はい」
「頑張って、ハルト!」
アリシアは笑顔で背中を押してくれる。
難しいぞと教えてくれているんだろうな。でも俺には簡単なんだよね、これ。
「行きます。ほい」
気球は弧を描くようにゆっくりと浮き上がり、そのまま切り株の上に難なく着地した。破裂もしていない。
「......おお」
「すごい......」
「......」
俺以外、三者三様の反応である。まぁライルは無言なんだが。
やったことは簡単である。
気球から切り株までを空気の壁でできたトンネルを作り、そこに沿って気球を飛ばしただけだ。気球をコントロールしたのではなく、レールの方をコントロールしたのだ。
「流石にジークハルト君には簡単すぎたようだね。二人は何をしたかわかったかね?」
揃って首を横に振る二人。シンクロしてるの面白い。
「では二人とも考えてみたり、自分なりの方法で成功させてみよう。気球には予備はあるが、無限ではないので無茶して壊しすぎないようにね」
最終的に、アリシアは気球を切り株に着地させることに成功した。
だがライルは授業時間が終わるまで粘ったが、気球を切り株に着地させることはできなかった。
昼食の時間、アリシアは興奮気味に話してきた。
「ハルト、今日すごかったね! なんであんなすぐに、しかも綺麗に出来たの?」
「空気の通り道を作って、そこに気球を乗せたんだよ」
「あー! 全然気づかなかった! ライルは分かった?」
「......わかってたらクリアしてたよ」
それはそう。
ライルは不貞腐れたように答えるだけで、昔みたいに危害を加えることはなかった。アリシアはすっかり苦手意識を無くしたようだが、ライルの方はちょっと寂しそうなのが気になった。
「ハルトはすごいね、このままだったら魔法学校の先生もできそう。私より年下なのに教えるの上手いし」
「あー、はは。でもポピンズ先生みたいにはいかないよ」
教えるのと授業するのは全く違うと思う。ポピンズ先生は知識も豊富で教えるのも上手いけど、授業にするのが非常に上手くて面白いのだ。今日もゲーム感覚だったし。
ポピンズ先生はこちらで家庭教師を行う傍らで、魔法学校の特別講師をしているらしい。先生という職業のエキスパートというわけだ。
「そうかなぁ。ハルトは将来何になりたいとかあるの?」
「うーん......」
何になりたい。か。
正直、今のところはない。
ただ、このままだと家を継がされるだけになるのは間違いない。
俺の家は、爵位があることからも分かるが、家柄としてかなり格式が高い。そして推測の通り、この村の領主の家だった。
ということは、俺は領主の長男として家を継ぐ義務があるということになる。
しかし......俺はその義務を背負いたいとは今のところ思っていない。
「......なりたいというか、やりたいことはあるよ」
この世界に来た目的は、転生して半年経った今でも忘れていない。
せっかくチートと最高クラスのステータスを手に入れて異世界に転生したのだから、この世界で無双したい。
それは今でも変わっていない。
だが、この村は平和すぎる。この半年まったく事件が起きていない。
戦争もこの周辺では起きていない。
魔王が目覚めてもいない。というかいた形跡あるのか?
魔法がある以上、それを悪用する人間はこの世界のどこかにいるはずだ。
だから......この村を出る。
俺がまず掲げる目標はそれだ。
「ぼくは魔法学校に通って、卒業したら......旅に出ようと思うんだ」
「え......? 旅って?」
「うん。世界の遺跡の魔法を習得する為に」
ウェインウッドの魔法図書庫の地下に、その事が書いてある本があった。
世界各地にそれぞれの属性を司る遺跡があり、そこには伝説の魔法が眠っていると。
それは世界を掌握するほどの力を持っていると伝わっているが、その場所に辿りつき、術式を解析できた人間はいないとされている。
この世界で無双するなら、その魔法は必要になる。ついでに行く先々で起こった問題を解決すれば、良いことづくめだ。
「......そっか、この家を出ちゃうんだね」
「アリシア......」
アリシアが寂しそうに言う。この村を出るとなると、そうなる。
「私、ハルトのこと応援する! 頑張ってきてね!」
「はは、まだ行かないよ」
まぁ少なくともあと10年くらい後の話だ。成人として認定されるのが15歳だからな。
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「......くそ、何が旅だよ」
昼食の後。
外で独り、魔法の特訓をしているライルは吐き捨てるように呟いた。
この時間、アリシア達はこそこそと二人で魔法図書庫で密会をしている。
ライルはそのことに気づいていた。
二人がとても仲良しで、自分が入り込む余地がない。だからアリシアのことを諦めていた。
アリシアのことが好きでも。
だが、アイツはアリシアを置いて旅に出ると言った。ライルにはそれが許せなかった。
「なんとか、アイツの鼻をあかせないか」
ライルは、ハルトの実力は認めている。最初の出会いの時から力の差はあったが、その上で努力を怠らず、どんどん差が開いていることがわかっている。
それがライルにとっても大きな焦りとなっていた。
ハルトを実力で越えたい。それでアリシアに認められたい。
今のライルの原動力はそこにあった。
「......かし......」
「......かいが......たちも......」
「ん......」
風に乗って、誰かの話し声が聞こえてきていた。
どうやら門の守衛達が話しているらしい。
「村の森の方で魔物が大量発生しているらしいのはわかったが」
「今回は特に厄介で、俺たちも駆り出されるかもしれない。群れを為す奴らだから人海戦術で殲滅するしかない」
「俺は守衛で警備隊じゃないぞ」
「人手不足なのだからしょうがないだろう。この村は平和すぎるからな」
......こっそり聞き耳を立てていたライルは「これだ」と思った。
実力は確かにハルトの方が上だ。
だが、結果を出せば。
少なくとも実績面で、アイツを上回れる。とライルは考えた。
「......よし、早速実行するか」
準備支度をする為に部屋に戻っていくライル。
その背中には......不穏な風が吹いて回っていた。