ホーム›とぶハトリ氏、跡をにごして雲のなか›5.空き巣
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5.空き巣

 買い物袋を抱えて帰宅した赤毛の女の子は、「ただいまー!」の一声のあとすぐに「何事ですかこれはーっ!?」と叫びました。
「見ての通りだけどね?」
 冷静な声でそう返したのは、ハトリ氏でした。玄関ドアの近くにいて、気難しげな顔をして腕を組んでいます。そして愕然とする弟子の女の子に「おかえり」と言い添えました。
 おかえりどころじゃないんですけど! と、女の子は大慌て。あわや抱えていた袋を落とすところでした。
「見ての通り」とハトリ氏は言いますが、その「見ての通り」とはすさまじいほどの荒らされようでした。玄関から入ってすぐの部屋もですし、台所や寝室まで、まるで台風がやってきたかのような散らかりようでした。それぞれの部屋の棚や机の引き出しという引き出しはすべて開かれ、中身は床に散らばっています。来客の待合室のカーペットはめくられ、椅子やソファーはひっくり返り、惨憺たる有様です。
 どうやら泥棒が入ったらしいね、とハトリ氏は言いました。
「私がちょっと裏の森に出かけている間にやられたんだよ。ほら、そこの窓ガラスを割って入ったらしい」
 客間の窓を指さしてハトリ氏は言いました。砕かれたガラスの破片があちらこちらに飛び散っています。
「空き巣ですか?」
 半ば茫然と、半ば憤然と、赤毛の女の子は訊きました。
「そのようだね。だが、金品は盗られていないよ」
 何かしら盗んでいけばよいものを......とこぼし、ふうっ、とハトリ氏はため息をつきました。何か思い当たることがあるのか、眉間のしわを深めています。
「ともあれ師匠、出かけていてよかったですよ。強盗とばったり......なんてことになってたら」
 ハトリ氏の腕力じゃ、到底太刀打ちできないでしょう。とくにいまは「少年」の姿なのですから。
「そんなことにはならなかったろうね、空き巣の犯人は私が外出したのを確認して入ったろうから」
「なんでわかるんですか、師匠?」
「さあ......まあ、なんとなく、ね」
 むぅっと女の子は頬を膨らませました。ハトリ氏の口調も表情も、いかにも「何か知っている」風なのです。
 けれど、問い質したところで素直に教えてくれるハトリ氏ではないことを、弟子の女の子はよぉく知っているのです。
「あっ、師匠! 道具は? 研ぎの道具は無事なんですか?」
「それは大丈夫だ。工房には特別な鍵がかかっていて入るのは難しいだろうからね。よしんば入ったとしても、研ぎの道具は見つけられないよ」
 つまり、工房だけは空き巣の被害に遭わなかったようです。たしかに、工房に出入りできるのはハトリ氏だけなのです。どんな部屋なのか、弟子の女の子ですら見たことがないのです。......そもそも「部屋」が存在しているのかも、謎なのです。
「ともかく、研ぎの道具を盗られなかったのは良かったです。大事な商売道具ですもんね!」
「そうだね......ふふ、おまえは時々、妙に鋭いね?」
「え?」
「いや。それより、少しは片付けないとね。私は待合室兼客室を片付けるから、おまえは台所と寝室を頼むよ。あと、できれば何か食べるものを用意してくれるとありがたいんだが」
「あー......じゃぁ、まず台所片づけないとですねぇ......ってもうっ、師匠! 何気にわたしの方がやること多くないですかっ」
「弟子なのだから、当然だろう」
「こんな時ばっかり弟子扱いっ」
 と、文句をたれつつも、赤毛の女の子はてきばきと散らかった台所を片付け、それから大急ぎで簡単につまめる食事を用意しました。市場の人たちに恵んでもらったパンがあったのは幸いでした。チーズとハムのサンドイッチと卵焼きのサンドイッチ、それからお腹があったまるようにマッシュルームと芋のポタージュも。作ろうと考えていた料理とは別のものになりましたが、緊急事態ですし仕方ありません。ハトリ氏も満足のようだったので、結果オーライ、というものです。
 簡単な食事を済ませてから、赤毛の女の子は寝床を調えなければと寝室も大急ぎで片づけました。
 ――真冬じゃなくてよかった。
 赤毛の女の子はいつも楽観的です。何かよからぬことが起こっても、できるだけ「良いこと」を見つけようとします。そして行動を起こすのも早いのです。
 そういう女の子の楽観的な思考に、ハトリ氏は呆れた顔を表面ではするのですが、内心では感心しているのです。
 悲観的になりやすいハトリ氏とは真逆の思考回路です。でも、だからこそ、助けられているし、......救われてもいました。これは、絶対口に出しては言いませんけれど。

 そんな悲観的なハトリ氏ですが、朝よりはずっと気持ちが落ち着いているようでした。
 とはいっても、女の子の見るところ、機嫌が直ったわけではなさそうでした。
 何かあきらめたような、決心したような、そんな様子でした。
 赤毛の女の子は、散らばったガラスの破片を箒で掃きながら、ため息をつきました。
 これから何が起こるか、女の子にはさっぱり見当がつきません。ハトリ氏が何を考えているのかも、よく分からないのです。
 けれど、何があったとしても、そしてハトリ氏が何を言おうとも、自分が師匠を守っていくのだ。それは変わらない。そういう決意を改めに固めて、そして深呼吸をしたのです。
 それは、心の準備が整った合図でもありました。



 弟子に気づかれないよう、ハトリ氏はあるハサミを砥ぎはじめました。
 それは、ハトリ氏だけが使うことのできる、特別製のハサミです。
そうです、運命の女神が言っていたハサミです。
 銀色の満月のような刃の形の大きなハサミでした。
 美しいハサミですが、ずいぶん使っていなかったから、刃先が鈍っていました。
 黙々と、ハトリ氏はハサミを砥ぎます。
 弟子が背負っているあのハサミと同じくらい、切れ味のよいハサミに仕上げなければ。
 ふと、弟子の顔が思い出されました
 負けん気が強い上、思い込みも激しく、そして奇妙に勘の鋭いあの弟子は、なんと言うのだろう。このハサミを使うといったら。
 怒るかもしれないけど、反対したりはしないのだろうな......
 ハトリ氏は苦笑し、嘆息しました。
 予測はつきます。弟子が何を言い、どうするかも。それが嫌だというのではないのです。
 だからこそ、ハトリ氏は困ってしまうのです。
「まあ、ここは、運を天に任せるよりないかな」
 投げやりとも楽天的とも言える自分のその言葉に、ハトリ氏はやれやれと肩を落としました。
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 買い物袋を抱えて帰宅した赤毛の女の子は、「ただいまー!」の一声のあとすぐに「何事ですかこれはーっ!?」と叫びました。
「見ての通りだけどね?」
 冷静な声でそう返したのは、ハトリ氏でした。玄関ドアの近くにいて、気難しげな顔をして腕を組んでいます。そして愕然とする弟子の女の子に「おかえり」と言い添えました。
 おかえりどころじゃないんですけど! と、女の子は大慌て。あわや抱えていた袋を落とすところでした。
「見ての通り」とハトリ氏は言いますが、その「見ての通り」とはすさまじいほどの荒らされようでした。玄関から入ってすぐの部屋もですし、台所や寝室まで、まるで台風がやってきたかのような散らかりようでした。それぞれの部屋の棚や机の引き出しという引き出しはすべて開かれ、中身は床に散らばっています。来客の待合室のカーペットはめくられ、椅子やソファーはひっくり返り、惨憺たる有様です。
 どうやら泥棒が入ったらしいね、とハトリ氏は言いました。
「私がちょっと裏の森に出かけている間にやられたんだよ。ほら、そこの窓ガラスを割って入ったらしい」
 客間の窓を指さしてハトリ氏は言いました。砕かれたガラスの破片があちらこちらに飛び散っています。
「空き巣ですか?」
 半ば茫然と、半ば憤然と、赤毛の女の子は訊きました。
「そのようだね。だが、金品は盗られていないよ」
 何かしら盗んでいけばよいものを......とこぼし、ふうっ、とハトリ氏はため息をつきました。何か思い当たることがあるのか、眉間のしわを深めています。
「ともあれ師匠、出かけていてよかったですよ。強盗とばったり......なんてことになってたら」
 ハトリ氏の腕力じゃ、到底太刀打ちできないでしょう。とくにいまは「少年」の姿なのですから。
「そんなことにはならなかったろうね、空き巣の犯人は私が外出したのを確認して入ったろうから」
「なんでわかるんですか、師匠?」
「さあ......まあ、なんとなく、ね」
 むぅっと女の子は頬を膨らませました。ハトリ氏の口調も表情も、いかにも「何か知っている」風なのです。
 けれど、問い質したところで素直に教えてくれるハトリ氏ではないことを、弟子の女の子はよぉく知っているのです。
「あっ、師匠! 道具は? 研ぎの道具は無事なんですか?」
「それは大丈夫だ。工房には特別な鍵がかかっていて入るのは難しいだろうからね。よしんば入ったとしても、研ぎの道具は見つけられないよ」
 つまり、工房だけは空き巣の被害に遭わなかったようです。たしかに、工房に出入りできるのはハトリ氏だけなのです。どんな部屋なのか、弟子の女の子ですら見たことがないのです。......そもそも「部屋」が存在しているのかも、謎なのです。
「ともかく、研ぎの道具を盗られなかったのは良かったです。大事な商売道具ですもんね!」
「そうだね......ふふ、おまえは時々、妙に鋭いね?」
「え?」
「いや。それより、少しは片付けないとね。私は待合室兼客室を片付けるから、おまえは台所と寝室を頼むよ。あと、できれば何か食べるものを用意してくれるとありがたいんだが」
「あー......じゃぁ、まず台所片づけないとですねぇ......ってもうっ、師匠! 何気にわたしの方がやること多くないですかっ」
「弟子なのだから、当然だろう」
「こんな時ばっかり弟子扱いっ」
 と、文句をたれつつも、赤毛の女の子はてきばきと散らかった台所を片付け、それから大急ぎで簡単につまめる食事を用意しました。市場の人たちに恵んでもらったパンがあったのは幸いでした。チーズとハムのサンドイッチと卵焼きのサンドイッチ、それからお腹があったまるようにマッシュルームと芋のポタージュも。作ろうと考えていた料理とは別のものになりましたが、緊急事態ですし仕方ありません。ハトリ氏も満足のようだったので、結果オーライ、というものです。
 簡単な食事を済ませてから、赤毛の女の子は寝床を調えなければと寝室も大急ぎで片づけました。
 ――真冬じゃなくてよかった。
 赤毛の女の子はいつも楽観的です。何かよからぬことが起こっても、できるだけ「良いこと」を見つけようとします。そして行動を起こすのも早いのです。
 そういう女の子の楽観的な思考に、ハトリ氏は呆れた顔を表面ではするのですが、内心では感心しているのです。
 悲観的になりやすいハトリ氏とは真逆の思考回路です。でも、だからこそ、助けられているし、......救われてもいました。これは、絶対口に出しては言いませんけれど。

 そんな悲観的なハトリ氏ですが、朝よりはずっと気持ちが落ち着いているようでした。
 とはいっても、女の子の見るところ、機嫌が直ったわけではなさそうでした。
 何かあきらめたような、決心したような、そんな様子でした。
 赤毛の女の子は、散らばったガラスの破片を箒で掃きながら、ため息をつきました。
 これから何が起こるか、女の子にはさっぱり見当がつきません。ハトリ氏が何を考えているのかも、よく分からないのです。
 けれど、何があったとしても、そしてハトリ氏が何を言おうとも、自分が師匠を守っていくのだ。それは変わらない。そういう決意を改めに固めて、そして深呼吸をしたのです。
 それは、心の準備が整った合図でもありました。



 弟子に気づかれないよう、ハトリ氏はあるハサミを砥ぎはじめました。
 それは、ハトリ氏だけが使うことのできる、特別製のハサミです。
そうです、運命の女神が言っていたハサミです。
 銀色の満月のような刃の形の大きなハサミでした。
 美しいハサミですが、ずいぶん使っていなかったから、刃先が鈍っていました。
 黙々と、ハトリ氏はハサミを砥ぎます。
 弟子が背負っているあのハサミと同じくらい、切れ味のよいハサミに仕上げなければ。
 ふと、弟子の顔が思い出されました
 負けん気が強い上、思い込みも激しく、そして奇妙に勘の鋭いあの弟子は、なんと言うのだろう。このハサミを使うといったら。
 怒るかもしれないけど、反対したりはしないのだろうな......
 ハトリ氏は苦笑し、嘆息しました。
 予測はつきます。弟子が何を言い、どうするかも。それが嫌だというのではないのです。
 だからこそ、ハトリ氏は困ってしまうのです。
「まあ、ここは、運を天に任せるよりないかな」
 投げやりとも楽天的とも言える自分のその言葉に、ハトリ氏はやれやれと肩を落としました。
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