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7.断ち鋏

 やや癖のある、銀とも金ともつかない不思議な髪を肩に垂らした青年は、赤毛の女の子の隣に並びました。片手で、そっと女の子のハサミを抑えます。――今は、まだ。というように。
 赤毛の女の子は深呼吸をし、ハトリ氏に従いました。
「これはこれは、あなたが御高名なハトリ氏で?」
 山猫は低姿勢になり、前足をこすり合わせながらハトリ氏に近寄りました。もちろん猫なで声です。赤毛の女の子は嫌悪感をあらわにしました。
「私になんの用が?」
 山猫を見下ろし、威圧的ともいえる声音と表情で、ハトリ氏は言いました。
「もちろん商売の話でさぁ」
「興味ないね。お引き取りいただこうか」
「そうつれないことを仰いますな。良い話なんでございますよ」
「......なんでも屋の山猫くん、君の噂は聞いている」
「光栄の至りですなぁ」
「どんな噂かは、自分がよく知っているだろう」
「悪評でしょうなぁ。けれどねぇ、名が広まっているほうが何かと商売がしやすいってもんですよ」
 山猫は長いヒゲをぴくつかせ、ニヤニヤ笑う口元をさらにつりあげました。
 ハトリ氏の横にいる弟子の女の子は、思わずぞくりとしました。気味が悪く、不吉なニヤニヤ笑いなのです。「悪評」の内容を弟子の女の子は知りませんが、悪だくみをしているだろうことは察せられました。
「悪名高いなんでも屋の君が、いったい私になんの話があると? 私はハサミを研ぐことしかできないのだけれどね?」
「ご謙遜、ご謙遜。聞き及んでおりますよ? 特別な砥ぎ方をね」
 ハトリ氏は秀麗な柳眉をしかめました。嫌悪感もあらわに山猫を睨みつけますが、山猫は下卑た笑いを収めることなく話を続けます。
「心配はご無用ですよ。アタシを仲介役にしてくださりゃぁ、アシがつかないよう、万事整えますからね」
「何を言っているのか、皆目見当がつかないね」
「またまた! もう何人もの客が訪れたはずですよ? 特別なハサミに仕上げてほしいってね」
「............」
 ハトリ氏のまとう空気がぴりりとし、弟子の女の子ですら肌が粟立つほどでした。これほど「怒り」を露わにしているハトリ氏を見るのは、初めてのことです。
 それに「皆目見当がつかない」のは、弟子の女の子の方こそでした。
 ハトリ氏と山猫は、いったいなんの話をしているのか。特別なハサミとは、いったい?
 弟子の女の子の疑問は、すぐに解けました。
 黄緑色の大きな両眼を鈍く光らせ、山猫は揉み手をしながら、こう続けたのです。
「なぁに、簡単なことだ。ハサミを研いでほしいんですよ、以前そうしたように、命を断ち切るハサミにね」


 昨日からハトリ氏を訪ねてきた客たちの依頼は、つまりそういうこと、だったのだ。
 弟子の女の子は悟りました。
「どうかこのハサミも、命を切れるハサミに砥いで欲しい」

 たった一つの殺人事件がもたらした、それは愚かな噂の結果でした。
 ハトリ氏が捕らえられてから間もなく、噂が立ったのです。
「ハトリ氏の砥いだハサミは、どんな願いも叶うハサミになる。......たとえば、人の命を断ち切ってしまいたい、そんな願いも」
 ハトリ氏は、命を断ち切れるように、特別にハサミを研いでくれるのだそうだ――......
 そんな噂が、急激に広まったのです。ハトリ氏が拘留されている間に、まるでそれが「事実」であるかのように。

 運命の女神が言っていたのは、このことだったのです。

 噂に尾ひれがつくのはいたし方のないことだ。けれど、つく尾ひれの種類がこれほど酷いものだとは。
 ハトリ氏は憤然とし、そしてそれ以上にひどく落胆したのです。
 人の命を切ってしまうハサミを、これほどまでに欲する人がいるとは......

 山猫は、もう一押しだと思ったのかもしれません。
 そろりとにじり寄り、さらに話を続けます。
 依頼のすべては自分が仲介すること。ハトリ氏は表に出る必要はないということ。儲けは山分けにすること。
 つまり、山猫が持ち掛けてきた「儲け話」というのは、「命を切るハサミ」をハトリ氏に用意してもらう「商売」でした。
 なんでも屋の山猫は、表沙汰にできない「商売」もしているのです。たとえば「暗殺請負」もその一つでした。それを、ハトリ氏は知っていたのです。
「あなたはただハサミを研いでくれりゃぁいい。あとはアタシがうまく回しますから」
 ニヤニヤ笑いながら、山猫はまた一歩、そろりとハトリ氏に近づこうとします。足音もなくにじり寄り、足元の影があとすこしでハトリ氏に触れる......寸前。
 弟子の女の子が阻止しました。
「これ以上、師匠に近づかないで!」
 大きな三日月のハサミを構えて、山猫の前に立ちふさがりました。
 さすがに山猫も、足を止めました。髭がピンッと立ち、不敵なニヤニヤ笑いも消えました。
「そんな話に師匠が乗るわけないでしょう! もう、帰って!」
「おやおや、怖いねぇ」
「それ以上近づいたら、このハサミを使うからっ!」
 弟子の女の子は頬を紅潮させ、憤りに燃える目で山猫を睨みつけました。
 烈火のごとく怒る女の子に、山猫も気圧されて、じりじりと後ろに下がりました。けれど、まだあきらめる様子はないようでした。
「いやいや、お嬢ちゃん、大丈夫。お嬢ちゃんの大切な師匠をまた拘置所に入れるようなヘマは絶対にしないから。そこんとこはアタシの腕の見せ所だ。猫の誇りにかけて、ひっそりやることを誓うよ」
「そんな心配してるんじゃないわっ! あと、全世界の猫の不名誉になるようなこと言わないで! 猫の風上にも置けない、この悪党っ!」
 弟子の女の子は、片足で床をダンッと踏み鳴らしました。その勢いに、山猫は驚いて飛び上がりました。
「わたしのこの『魔断ちのハサミ』は魔物を切るハサミだけど、悪心を抱くものも切れるんだからっ!」
 ハサミを持つ女の子の手に、力が入ります。
 山猫はたじたじしながらも、言い訳じみたことを口にしました。
「命を断ち切りたいって人たちゃぁ、だいたい恨みを抱えてるんだ。何かひどい目に遭って、その恨みを晴らしたいっていう。そんな気の毒な依頼なんだ。その人らの力になろうってんだから、これも人助けってもんさ。そうだろ、お嬢ちゃん」
「そんなの屁理屈だわ!」
「命を切りたい相手がとんでもない悪人で、苦しめ続けられた人達がもしかしたらそのハサミのおかげで解放されるかもしれないよ? だとしたら、これは立派な善行だと思うがねぇ」
「......そうね、たしかにあなたみたいな悪党は、いなくなった方がこの世のためかもね?」
 弟子の女の子はそう言って、にっこり笑って見せました。けれど、怒りに燃える瞳の色は隠しようがありません。
 いきり立つ弟子の肩に、ふいに手が置かれました。ハトリ氏の手に女の子は気づいていましたが、怒りはまだ収まりません。
 ハトリ氏は穏やかさを装って、山猫に言いました。
「帰った方が身のためだと思うよ、山猫くん。この弟子は見境がないからね。切ると言ったら切るよ」
 優しく諭すような口調ですが、容赦のない脅し文句でした。
「くだらない勧誘をこれ以上続ければ、命の保障はできないと、あらかじめ言っておこうかな」
「師匠の砥いだハサミの切れ味を、その身で確かめるといいわ!」
「この弟子の、魔物を切る腕前に関しては、保障できるね。一瞬だから、たぶん痛みは感じないはずだよ?」
「お望みなら、ゆっくり刃物おろして、痛みを感じさせてあげますけど?」
 師匠の言葉を受け、女の子は足を踏み出しました。銀色に光るハサミを、ゆっくり開きながら。
「ヒエッ」
 図太い山猫でしたが、情けない悲鳴を上げると、勝手に入り込んだ時よりもさらに素早く身を翻して、尻尾を巻いて逃げだしました。
 それでも去り際に、
「ア、アタシは諦めやしませんからねっ」
 と、未練がましく言い残して。
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とぶハトリ氏、跡をにごして雲のなか作者:あるく
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 やや癖のある、銀とも金ともつかない不思議な髪を肩に垂らした青年は、赤毛の女の子の隣に並びました。片手で、そっと女の子のハサミを抑えます。――今は、まだ。というように。
 赤毛の女の子は深呼吸をし、ハトリ氏に従いました。
「これはこれは、あなたが御高名なハトリ氏で?」
 山猫は低姿勢になり、前足をこすり合わせながらハトリ氏に近寄りました。もちろん猫なで声です。赤毛の女の子は嫌悪感をあらわにしました。
「私になんの用が?」
 山猫を見下ろし、威圧的ともいえる声音と表情で、ハトリ氏は言いました。
「もちろん商売の話でさぁ」
「興味ないね。お引き取りいただこうか」
「そうつれないことを仰いますな。良い話なんでございますよ」
「......なんでも屋の山猫くん、君の噂は聞いている」
「光栄の至りですなぁ」
「どんな噂かは、自分がよく知っているだろう」
「悪評でしょうなぁ。けれどねぇ、名が広まっているほうが何かと商売がしやすいってもんですよ」
 山猫は長いヒゲをぴくつかせ、ニヤニヤ笑う口元をさらにつりあげました。
 ハトリ氏の横にいる弟子の女の子は、思わずぞくりとしました。気味が悪く、不吉なニヤニヤ笑いなのです。「悪評」の内容を弟子の女の子は知りませんが、悪だくみをしているだろうことは察せられました。
「悪名高いなんでも屋の君が、いったい私になんの話があると? 私はハサミを研ぐことしかできないのだけれどね?」
「ご謙遜、ご謙遜。聞き及んでおりますよ? 特別な砥ぎ方をね」
 ハトリ氏は秀麗な柳眉をしかめました。嫌悪感もあらわに山猫を睨みつけますが、山猫は下卑た笑いを収めることなく話を続けます。
「心配はご無用ですよ。アタシを仲介役にしてくださりゃぁ、アシがつかないよう、万事整えますからね」
「何を言っているのか、皆目見当がつかないね」
「またまた! もう何人もの客が訪れたはずですよ? 特別なハサミに仕上げてほしいってね」
「............」
 ハトリ氏のまとう空気がぴりりとし、弟子の女の子ですら肌が粟立つほどでした。これほど「怒り」を露わにしているハトリ氏を見るのは、初めてのことです。
 それに「皆目見当がつかない」のは、弟子の女の子の方こそでした。
 ハトリ氏と山猫は、いったいなんの話をしているのか。特別なハサミとは、いったい?
 弟子の女の子の疑問は、すぐに解けました。
 黄緑色の大きな両眼を鈍く光らせ、山猫は揉み手をしながら、こう続けたのです。
「なぁに、簡単なことだ。ハサミを研いでほしいんですよ、以前そうしたように、命を断ち切るハサミにね」


 昨日からハトリ氏を訪ねてきた客たちの依頼は、つまりそういうこと、だったのだ。
 弟子の女の子は悟りました。
「どうかこのハサミも、命を切れるハサミに砥いで欲しい」

 たった一つの殺人事件がもたらした、それは愚かな噂の結果でした。
 ハトリ氏が捕らえられてから間もなく、噂が立ったのです。
「ハトリ氏の砥いだハサミは、どんな願いも叶うハサミになる。......たとえば、人の命を断ち切ってしまいたい、そんな願いも」
 ハトリ氏は、命を断ち切れるように、特別にハサミを研いでくれるのだそうだ――......
 そんな噂が、急激に広まったのです。ハトリ氏が拘留されている間に、まるでそれが「事実」であるかのように。

 運命の女神が言っていたのは、このことだったのです。

 噂に尾ひれがつくのはいたし方のないことだ。けれど、つく尾ひれの種類がこれほど酷いものだとは。
 ハトリ氏は憤然とし、そしてそれ以上にひどく落胆したのです。
 人の命を切ってしまうハサミを、これほどまでに欲する人がいるとは......

 山猫は、もう一押しだと思ったのかもしれません。
 そろりとにじり寄り、さらに話を続けます。
 依頼のすべては自分が仲介すること。ハトリ氏は表に出る必要はないということ。儲けは山分けにすること。
 つまり、山猫が持ち掛けてきた「儲け話」というのは、「命を切るハサミ」をハトリ氏に用意してもらう「商売」でした。
 なんでも屋の山猫は、表沙汰にできない「商売」もしているのです。たとえば「暗殺請負」もその一つでした。それを、ハトリ氏は知っていたのです。
「あなたはただハサミを研いでくれりゃぁいい。あとはアタシがうまく回しますから」
 ニヤニヤ笑いながら、山猫はまた一歩、そろりとハトリ氏に近づこうとします。足音もなくにじり寄り、足元の影があとすこしでハトリ氏に触れる......寸前。
 弟子の女の子が阻止しました。
「これ以上、師匠に近づかないで!」
 大きな三日月のハサミを構えて、山猫の前に立ちふさがりました。
 さすがに山猫も、足を止めました。髭がピンッと立ち、不敵なニヤニヤ笑いも消えました。
「そんな話に師匠が乗るわけないでしょう! もう、帰って!」
「おやおや、怖いねぇ」
「それ以上近づいたら、このハサミを使うからっ!」
 弟子の女の子は頬を紅潮させ、憤りに燃える目で山猫を睨みつけました。
 烈火のごとく怒る女の子に、山猫も気圧されて、じりじりと後ろに下がりました。けれど、まだあきらめる様子はないようでした。
「いやいや、お嬢ちゃん、大丈夫。お嬢ちゃんの大切な師匠をまた拘置所に入れるようなヘマは絶対にしないから。そこんとこはアタシの腕の見せ所だ。猫の誇りにかけて、ひっそりやることを誓うよ」
「そんな心配してるんじゃないわっ! あと、全世界の猫の不名誉になるようなこと言わないで! 猫の風上にも置けない、この悪党っ!」
 弟子の女の子は、片足で床をダンッと踏み鳴らしました。その勢いに、山猫は驚いて飛び上がりました。
「わたしのこの『魔断ちのハサミ』は魔物を切るハサミだけど、悪心を抱くものも切れるんだからっ!」
 ハサミを持つ女の子の手に、力が入ります。
 山猫はたじたじしながらも、言い訳じみたことを口にしました。
「命を断ち切りたいって人たちゃぁ、だいたい恨みを抱えてるんだ。何かひどい目に遭って、その恨みを晴らしたいっていう。そんな気の毒な依頼なんだ。その人らの力になろうってんだから、これも人助けってもんさ。そうだろ、お嬢ちゃん」
「そんなの屁理屈だわ!」
「命を切りたい相手がとんでもない悪人で、苦しめ続けられた人達がもしかしたらそのハサミのおかげで解放されるかもしれないよ? だとしたら、これは立派な善行だと思うがねぇ」
「......そうね、たしかにあなたみたいな悪党は、いなくなった方がこの世のためかもね?」
 弟子の女の子はそう言って、にっこり笑って見せました。けれど、怒りに燃える瞳の色は隠しようがありません。
 いきり立つ弟子の肩に、ふいに手が置かれました。ハトリ氏の手に女の子は気づいていましたが、怒りはまだ収まりません。
 ハトリ氏は穏やかさを装って、山猫に言いました。
「帰った方が身のためだと思うよ、山猫くん。この弟子は見境がないからね。切ると言ったら切るよ」
 優しく諭すような口調ですが、容赦のない脅し文句でした。
「くだらない勧誘をこれ以上続ければ、命の保障はできないと、あらかじめ言っておこうかな」
「師匠の砥いだハサミの切れ味を、その身で確かめるといいわ!」
「この弟子の、魔物を切る腕前に関しては、保障できるね。一瞬だから、たぶん痛みは感じないはずだよ?」
「お望みなら、ゆっくり刃物おろして、痛みを感じさせてあげますけど?」
 師匠の言葉を受け、女の子は足を踏み出しました。銀色に光るハサミを、ゆっくり開きながら。
「ヒエッ」
 図太い山猫でしたが、情けない悲鳴を上げると、勝手に入り込んだ時よりもさらに素早く身を翻して、尻尾を巻いて逃げだしました。
 それでも去り際に、
「ア、アタシは諦めやしませんからねっ」
 と、未練がましく言い残して。
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