序章 - 第1話「出会い」
歩いても。
歩いても。
歩いても。
真っ暗な世界が広がるばかり。
―――一体、どのくらい歩いたのだろう。
音もない、人もいない。
進んでいるのかもわからない。
最初は、咲の足音だけが聞こえていた。
けれど、いつからかそれすら曖昧になっていた。
本当に歩いているのか。
それとも、同じ場所で足踏みをしているだけなのか。
確かめようと足元を見ても、そこにあるはずの自分の影すら見えない。
暗闇が深すぎて、自分の輪郭まで溶けていくようだった。
不安に、胸が押しつぶされそうになる。
息が浅くなり、目頭が熱くなる。
叫んで、助けを求めたくなる。
動かしている足が、重い。
耐えられず、口を開きかけた、その時。
―――ゴン。
突然、顔面に衝撃が走った。
「いった......っ......!?」
進む力が何かに跳ね返され、咲は尻もちをつく。
じん、と痛みの残る額を押さえながら、何かがあった場所へと手を伸ばす。
取っ手があった。
そこから、手探りで目の前のものを確かめる。
木の質感。
形は、アーチ状。
「......ドア?」
それは、咲の身長と同じくらいの、小さなドアだった。
その瞬間。
胸ポケットの奥が、また小さく熱を持った。
視線を下ろす。
顔のないジョーカー。
あのカードが、そこにある。
存在を確かめるように胸元へ手を当てると、熱はすぐに消えた。
まるで、何も知らないふりをするみたいに。
視線を戻す。
ドアは、咲のためだけに作られたと思えるような高さと、取っ手の位置。
ノブに手をかけると、簡単に沈んだ。
「開いてる......」
このままここにいても仕方がない。
しかし。
この扉をくぐれば、二度とここへは戻れない。
根拠はない。
しかし、第六感と言うのか。
自分の感覚が、そう言っている、そんな気がした。
「......行こう」
力を込めて、ドアを押し開けた。
視界に光が広がる。
眩しくはない。
むしろ、暗闇に慣れた目にとっては、ありがたいくらいの薄明るさだった。
ようやく、視界が馴染む。
辺りを見回すと、霧が深く、先がよく見えない。
しかし、辺りを確認しながら歩ける場所であることに、咲はホッと胸をなで下ろした。
歩いてきた道を振り返る。
「......あれ?」
確かに、咲と同じくらいの高さのドアがあったはず。
それが、跡形もなく消えていた。
痕跡すらない。
まるで、最初からなかったみたいに。
戻れないことはなんとなく察していたが、本当に消えてしまったことに、再び不安が這い上がる。
「ここハ、狭間だヨ」
背後から突然聞こえた人の声に、腰が抜けた。
反射的に振り返るが、霧が濃く、姿が確認できない。
「戻ることモ、進むこともできル」
次は、別方向から同じ声が聞こえた。
移動しているような音はしない。
なのに、テレポートをしているかのように、瞬時に声がする方向が変わる。
「ただシ、一度、選んだラ」
「他の世界ハ、“選ばなかったもの”になるヨ」
霧の向こうで、何かが揺れた。
人影のようにも見える。
けれど、人にしては輪郭が奇妙だった。
先の分かれた帽子のような影。
ふくらんだ袖と、奇妙に丸いズボンの輪郭。
人の形をしているのに、人ではないものの気配がした。
見間違いかと思った次の瞬間には、もう何も見えなくなっていた。
その言葉の意味は、すぐには理解できなかった。
でも。
胸の奥が、ひどく静かになる。
ここは、まだ何も始まっていない場所。
そして―――
すでにいくつもの未来が失われている場所だった。
【序章 - 第1話「出会い」 - 完 -】
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