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第3話 腐敗

 痛みに顔をしかめながら作業する彼女に、私は声をかけた。

「どういうつもりだ」
「うぁ......あ、あの......どちらさま、ですか?」

 鳥たちに声をあげていた時の態度とは打って変わって、彼女はオドオドしている。
 害鳥には強く出られても、人間と話すのはあまり得意ではないのかもしれない。

「......私のことより、今は自分のことを気にしろ。せっかく助かった命を、粗末にする気か?」
「助かった命......?」

 彼女は少し考え、ハッと顔を上げた。

「もしかして、あなたが助けてくれたんですか?」
「いや......」
「どうも、ありがとうございます!」

 地に伏せるように頭を下げ、彼女は礼を述べた。

(調子が狂うな......)

「と、ともかく、今は安静にしておけ」
「それが......そういう訳にもいかないんです」

 彼女は目を伏せながら、果実をそっと桶おけに入れた。

「なぜだ?」
「少しでも値が付きそうな品を、ダメになる前に集めないといけないんです」

 彼女の表情には、焦あせりがにじんでいる。

「どうしても、今やらなければいけないのか?」
「私は、領主代理ですから」
(その歳で......?)
「村を守るために、明日までに......お金を......」

 言い終える前に、彼女はよろめき、桶のそばに崩れ落ちた。

(やれやれ)

 手近な木の枝をひろいあげ、私は彼女に近づいた。

「じっとしていろ」
「何を......」

 手ぬぐいに枝を巻き込み、ぐいぐいとひねって縛しばりあげる。
 こうすることで、手ぬぐいをただ巻きつけるよりずっと強く圧迫できる。
 『ソロキャンプのすすめ』に載のっていた止血法だ。
 ソロキャンプでは負傷が死につながりかねないため、応急処置の解説にかなりのページを割さいていた。
 読むだけで通勤中にキャンプ気分を味わえる、良い本だった。

「......少し楽になった気がします。度々すみません......」
「いいから休め。水分補給も忘れるなよ」
「ですが......」
「後のことは、私に任せろ」

 彼女を半ば強引に家に押し込め、私は果実をひろい集めた。
 こんなことをする義理はないが、目の前で無理をされるのもむずがゆい。
 一通り集め終える頃には、日が高く昇っていた。

(こんなものかな)

 果実でいっぱいになった桶を見つめていると、自然と笑みがこぼれた。

(......果実を収穫したのは、この人生では初めてだな)

 転生後、動植物を育てることに失敗し続けてきた。
 自分の特性を知ってからは、動植物の世話は無理かもしれないと深く落ち込んだ。
 けれど今、こうして収穫できている。
 これから先、自分の手で世話をして、実りを得る日も来るかもしれない。

 そんな淡あわい期待を抱いていると、じゅく、と聞き覚えのある音がした。
 
(何だ......?)

 音は、桶から聞こえた。
 じゅく、じゅく、じゅく......
 果実が泡立ち、ぐずぐずと形が崩れていくのが見えた。
 私はとっさに首元を見た。
 魔封じの首飾りは、確かに私の首にかかっている。

(なぜ、果実が腐敗している......?)

 魔封じの首飾りに、問題が起こったのだろうか。
 首にかけたままそっと持ち上げてみると、強い光が目に入った。
 首飾りの宝石から放たれる光だ。
 日光の下でもはっきり分かるほど、いつもより明るい。

(もしかして、この宝石は、魔力に反応して光っているのか......?)
 
 私は首飾りを外し、空に向かって全力で魔法を放った。
 魔力を激しく消耗しょうもうした後、再び首飾りを装着する。
 宝石は、いつものにぶい光り方に戻った。

(......そういうことか)
 
 堤防がせきとめられる水の量に、限りがあるように。
 魔封じの首飾りが封じ込められる魔力の量にも、限りがあるのだろう。
 おそらく、首飾りをつけている間にたまり続けた魔力が限度を超えると、周囲に漏もれ、害を及ぼすのだ。

(もっと早く気づいていれば)
 
 気づくのが遅れたことは、責任を取らなくていい理由にならない。
 領主代理の少女にとって、あの果実はとても大切なものだったはずだ。
 怪我をおしてまで彼女が集めようとしていたものを、私は台無しにしてしまった。

(どうする......?)
 
 対処について考えていると、
 街道の東側から、馬車が近づいてくるのが見えた。
 果樹園の少し手前で馬車は停まり、護衛や側近らしき人物に続いて、帽子をかぶった壮年の男性が降りてきた。
 庶民の服装ではないが、草花を平気で踏みつぶしながら歩く様からは、育ちの良さは感じられない。

「見ない顔だな。下男など、雇う余裕はないはずだが」
 
 壮年の男性は、こちらをちらりと見ながらつぶやいた。

「まあ良い。エフィーを呼べ」

(エフィー......?)

 先ほどの少女のことだろうか。
 尋ねる前に、背後でドアが開いた。
 馬車の音を聞きつけたのか、少女が片足を引きずりながらこちらに向かってくる。

「お待たせしてすみません、アルマン様」

 アルマンと呼ばれた男性は、深々と頭を下げた彼女を見て、フッと笑った。

「いつにもまして貧相な格好だな、エフィー。仮にも爵位を持つ者の娘だというのに」
(爵位......)

 彼女は、領主代理だと言っていた。
 彼女の親は領主、つまり貴族なのだろう。

(フォークを手に農作業する貴族の娘がいるのか......)

「いらっしゃるのは、明日ではなかったのですか?」

 頭を下げたまま、エフィーは尋ねた。

「商談のついでに寄っただけだ。だが......」

 地面に落ちた果実の残がいをアルマンは一べつし、ニヤリとした。

「この無残な有様では、返済は不可能だろうな」
「そ......そんなことはございません! この桶の中に――」

 桶をのぞいたエフィーは、驚いた表情で固まった。

「その桶の中に、何かあるのか?」
「い、いえ......」
 
 桶の中身を見ようともせず、アルマンは言った。

「バカバカしい。その程度の桶が満杯になったところで、必要な額には足りんぞ。期日に間に合わなかった時は、分かっているな?」

 エフィーは答えずうつむいた。

「......これでも商売人だ。期日前に取り立てはせぬ。明日を楽しみに待つとしよう」

 聞こえよがしに高笑いしながらアルマンらは馬車に乗り込み、街道を走り去った。
 エフィーは桶を見つめたまま、じっと動かない。
 沈黙に耐えられず、私はエフィーに尋ねた。

「先ほどの人物は――」
「近くの都市にお住まいの、商人の方です」
「あの男に、返さなくてはならないものがあるのか?」

 エフィーは、ぽつぽつと事情を語った。

 山と森に囲まれたこの村は、限られた土地でも栽培できる果樹が収入の柱だという。
 だが、果樹は虫にも雨にも日照りにも弱く、時折収穫を見込めない年がある。
 そのたびに、エフィーの父親は領地を立て直すための資金を、商人などから借り入れた。
 しかし、領民の数が減ったことで手が回らなくなり、収穫量が減る一方、借金は増え続けた。
 エフィーの父親が倒れてからは、彼女が代わりに駆けずり回ったが、完済にはほど遠い状況らしい。

「......返せなかったら、どうなる?」
「この村の領主権は、アルマン様に移ることになります」

 領民から税金を取ったり、揉もめ事に判決をくだしたりと、領主にはさまざまな特権が与えられている。
 そして、その権利は、時に売り買いの対象となる。

「......アルマン様は、手段を選ばない方です。少し前に、父の債権を高値で買い集めて、領主権を譲ゆずるよう言ってこられたのです。あの方の目的は不明なのですが......」

(妙な話だな)

 利益を生みそうにないこの村を、あの男が欲しがる理由が分からない。だが、それがかえって不気味に思える。
 監視の目が届きにくい辺境だからこそ、無法行為を行いやすい――パッと思いつくのは、そんなところだ。

(ともかく、お金を用意できなければ村はあの男の私物となる訳か)

 だというのに。
 肝心の農作物は、もはや売り物にならない。
 エフィーは、桶に指先を入れ、そっとなめている。
 飲み物として売れる可能性があるどうか、確かめたのだろう。

 意を決し、私は口を開いた。 
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のんびりしたい転生魔王子、辺境にて救世主に間違われる作者:0040
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 痛みに顔をしかめながら作業する彼女に、私は声をかけた。

「どういうつもりだ」
「うぁ......あ、あの......どちらさま、ですか?」

 鳥たちに声をあげていた時の態度とは打って変わって、彼女はオドオドしている。
 害鳥には強く出られても、人間と話すのはあまり得意ではないのかもしれない。

「......私のことより、今は自分のことを気にしろ。せっかく助かった命を、粗末にする気か?」
「助かった命......?」

 彼女は少し考え、ハッと顔を上げた。

「もしかして、あなたが助けてくれたんですか?」
「いや......」
「どうも、ありがとうございます!」

 地に伏せるように頭を下げ、彼女は礼を述べた。

(調子が狂うな......)

「と、ともかく、今は安静にしておけ」
「それが......そういう訳にもいかないんです」

 彼女は目を伏せながら、果実をそっと桶おけに入れた。

「なぜだ?」
「少しでも値が付きそうな品を、ダメになる前に集めないといけないんです」

 彼女の表情には、焦あせりがにじんでいる。

「どうしても、今やらなければいけないのか?」
「私は、領主代理ですから」
(その歳で......?)
「村を守るために、明日までに......お金を......」

 言い終える前に、彼女はよろめき、桶のそばに崩れ落ちた。

(やれやれ)

 手近な木の枝をひろいあげ、私は彼女に近づいた。

「じっとしていろ」
「何を......」

 手ぬぐいに枝を巻き込み、ぐいぐいとひねって縛しばりあげる。
 こうすることで、手ぬぐいをただ巻きつけるよりずっと強く圧迫できる。
 『ソロキャンプのすすめ』に載のっていた止血法だ。
 ソロキャンプでは負傷が死につながりかねないため、応急処置の解説にかなりのページを割さいていた。
 読むだけで通勤中にキャンプ気分を味わえる、良い本だった。

「......少し楽になった気がします。度々すみません......」
「いいから休め。水分補給も忘れるなよ」
「ですが......」
「後のことは、私に任せろ」

 彼女を半ば強引に家に押し込め、私は果実をひろい集めた。
 こんなことをする義理はないが、目の前で無理をされるのもむずがゆい。
 一通り集め終える頃には、日が高く昇っていた。

(こんなものかな)

 果実でいっぱいになった桶を見つめていると、自然と笑みがこぼれた。

(......果実を収穫したのは、この人生では初めてだな)

 転生後、動植物を育てることに失敗し続けてきた。
 自分の特性を知ってからは、動植物の世話は無理かもしれないと深く落ち込んだ。
 けれど今、こうして収穫できている。
 これから先、自分の手で世話をして、実りを得る日も来るかもしれない。

 そんな淡あわい期待を抱いていると、じゅく、と聞き覚えのある音がした。
 
(何だ......?)

 音は、桶から聞こえた。
 じゅく、じゅく、じゅく......
 果実が泡立ち、ぐずぐずと形が崩れていくのが見えた。
 私はとっさに首元を見た。
 魔封じの首飾りは、確かに私の首にかかっている。

(なぜ、果実が腐敗している......?)

 魔封じの首飾りに、問題が起こったのだろうか。
 首にかけたままそっと持ち上げてみると、強い光が目に入った。
 首飾りの宝石から放たれる光だ。
 日光の下でもはっきり分かるほど、いつもより明るい。

(もしかして、この宝石は、魔力に反応して光っているのか......?)
 
 私は首飾りを外し、空に向かって全力で魔法を放った。
 魔力を激しく消耗しょうもうした後、再び首飾りを装着する。
 宝石は、いつものにぶい光り方に戻った。

(......そういうことか)
 
 堤防がせきとめられる水の量に、限りがあるように。
 魔封じの首飾りが封じ込められる魔力の量にも、限りがあるのだろう。
 おそらく、首飾りをつけている間にたまり続けた魔力が限度を超えると、周囲に漏もれ、害を及ぼすのだ。

(もっと早く気づいていれば)
 
 気づくのが遅れたことは、責任を取らなくていい理由にならない。
 領主代理の少女にとって、あの果実はとても大切なものだったはずだ。
 怪我をおしてまで彼女が集めようとしていたものを、私は台無しにしてしまった。

(どうする......?)
 
 対処について考えていると、
 街道の東側から、馬車が近づいてくるのが見えた。
 果樹園の少し手前で馬車は停まり、護衛や側近らしき人物に続いて、帽子をかぶった壮年の男性が降りてきた。
 庶民の服装ではないが、草花を平気で踏みつぶしながら歩く様からは、育ちの良さは感じられない。

「見ない顔だな。下男など、雇う余裕はないはずだが」
 
 壮年の男性は、こちらをちらりと見ながらつぶやいた。

「まあ良い。エフィーを呼べ」

(エフィー......?)

 先ほどの少女のことだろうか。
 尋ねる前に、背後でドアが開いた。
 馬車の音を聞きつけたのか、少女が片足を引きずりながらこちらに向かってくる。

「お待たせしてすみません、アルマン様」

 アルマンと呼ばれた男性は、深々と頭を下げた彼女を見て、フッと笑った。

「いつにもまして貧相な格好だな、エフィー。仮にも爵位を持つ者の娘だというのに」
(爵位......)

 彼女は、領主代理だと言っていた。
 彼女の親は領主、つまり貴族なのだろう。

(フォークを手に農作業する貴族の娘がいるのか......)

「いらっしゃるのは、明日ではなかったのですか?」

 頭を下げたまま、エフィーは尋ねた。

「商談のついでに寄っただけだ。だが......」

 地面に落ちた果実の残がいをアルマンは一べつし、ニヤリとした。

「この無残な有様では、返済は不可能だろうな」
「そ......そんなことはございません! この桶の中に――」

 桶をのぞいたエフィーは、驚いた表情で固まった。

「その桶の中に、何かあるのか?」
「い、いえ......」
 
 桶の中身を見ようともせず、アルマンは言った。

「バカバカしい。その程度の桶が満杯になったところで、必要な額には足りんぞ。期日に間に合わなかった時は、分かっているな?」

 エフィーは答えずうつむいた。

「......これでも商売人だ。期日前に取り立てはせぬ。明日を楽しみに待つとしよう」

 聞こえよがしに高笑いしながらアルマンらは馬車に乗り込み、街道を走り去った。
 エフィーは桶を見つめたまま、じっと動かない。
 沈黙に耐えられず、私はエフィーに尋ねた。

「先ほどの人物は――」
「近くの都市にお住まいの、商人の方です」
「あの男に、返さなくてはならないものがあるのか?」

 エフィーは、ぽつぽつと事情を語った。

 山と森に囲まれたこの村は、限られた土地でも栽培できる果樹が収入の柱だという。
 だが、果樹は虫にも雨にも日照りにも弱く、時折収穫を見込めない年がある。
 そのたびに、エフィーの父親は領地を立て直すための資金を、商人などから借り入れた。
 しかし、領民の数が減ったことで手が回らなくなり、収穫量が減る一方、借金は増え続けた。
 エフィーの父親が倒れてからは、彼女が代わりに駆けずり回ったが、完済にはほど遠い状況らしい。

「......返せなかったら、どうなる?」
「この村の領主権は、アルマン様に移ることになります」

 領民から税金を取ったり、揉もめ事に判決をくだしたりと、領主にはさまざまな特権が与えられている。
 そして、その権利は、時に売り買いの対象となる。

「......アルマン様は、手段を選ばない方です。少し前に、父の債権を高値で買い集めて、領主権を譲ゆずるよう言ってこられたのです。あの方の目的は不明なのですが......」

(妙な話だな)

 利益を生みそうにないこの村を、あの男が欲しがる理由が分からない。だが、それがかえって不気味に思える。
 監視の目が届きにくい辺境だからこそ、無法行為を行いやすい――パッと思いつくのは、そんなところだ。

(ともかく、お金を用意できなければ村はあの男の私物となる訳か)

 だというのに。
 肝心の農作物は、もはや売り物にならない。
 エフィーは、桶に指先を入れ、そっとなめている。
 飲み物として売れる可能性があるどうか、確かめたのだろう。

 意を決し、私は口を開いた。 
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