第4話 神の血
「すまない」
「はい?」
「果実がそんなことになったのは、私のせいだ」
自分の特性について明かすことは、きわめて危険だ。
しかし、農作物は、農家の苦労の結晶だ。
それをダメにしておきながら、無言で立ち去るのは無責任が過ぎる。
素性は伏せつつ、自分の特性について語る中、私の胸にさみしさがこみあげた。
(やはり、私は人間とは関われないのだな)
周囲に害を及ぼすような存在を、受け入れてくれる者がいるとは思えない。
人里離れた場所で、私はずっと、一人きりで生きていくしかないのだろう。
私の話を聞き終えたエフィーは立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。
胸ぐらをつかまれるか、頬を張り飛ばされるか......何をされても耐える覚悟で私がじっと待っていると、エフィーは目を輝かせながら、私の両手をガシッとつかんだ。
「――素晴らしいお力をお持ちなのですね!」
「へ?」
「果物を、一瞬で『神の血』にしてしまうなんて」
「『神の血』......?」
彼女が何を言っているのか、ピンとこない。
「説明するより、味見してみてください!」
桶に近づき、私は液体を舐めてみた。
豊かな香りが鼻を通り抜け、酸味と渋味が舌の上で絶妙にからみあう。
(これは......ワイン!?)
ただのワインではない。
大手代理店のパーティで一度だけ味わえた、年代物のワインに匹敵する芳醇な味わいだ。
(『神の血』......か)
前世において、救世主は神と一体であり、その血はワインに例えられた。
きっと、過去の転生者が、救世主の伝承をこの世界にも伝えたのだ。
だから、この世界の人間もワインを『神の血』と呼ぶのだろう。
(しかし......どうして果実がワインに変わったんだ?)
原因を考えていると、『家庭菜園ガイド』に書いてあったぬか漬けの作り方が、頭をよぎった。
ぬか漬けは、菌が植物を発酵させることで作られる。
しかし、ぬか床の管理が悪いと、植物は腐ってしまう。
発酵と腐敗は呼び方が違うだけで同種の現象――そんな内容だった。
(私の力が、果実を発酵させたのか......?)
発酵と腐敗が同種の現象なら、ありえなくはない。
「あの......あなたは、何者なのですか?」
こちらをじっと見つめながら、エフィーが尋ねてきた。
「ただの旅人だ。名前は......黒須」
魔王の子の名を言う訳にはいかず、私は前世の名を口にした。
この世界の人間にはなじみの薄い響きかもしれないが、名前で下手な嘘をつくと、リアクションを取れなかった時に怪しまれる。
「私は、エフィー・ハーヴィです。よろしくお願いします」
「よろしく頼む。次は、こちらから質問してもいいか?」
「は、はい」
「果物にも酒造りに向くものと向かないものがあるが、この果物は前者なのか?」
「ええ、ほとんど『神の血』を作るために使われます」
クチバシの跡がない果実をエフィーは拾い上げ、私に差し出した。
「生の実を食べてみてください」
かじってみると、強い酸味が口内に広がる。
「あんまりおいしくないでしょう? でも、この土地には合ってるんです」
「この村でも『神の血』を造っているのか?」
「いえ、前に何度か試したんですが、すごく難しくて......」
エフィーによると、酸味が強くなりすぎたり、熟成前に悪くなってしまったりしたため、今は果実を酒造業者に引き取ってもらっているという。
「この村で『神の血』を造れたら――すごいことになりますよ」
興奮した様子で、エフィーは言った。
人見知りながら、村に関する話題については、前のめりになるようだ。
「価値が上がるからか?」
「それだけではありません。半分つぶれた果実でも、原料にする分には問題ありません。虫食い跡があっても、切り取れば使えます。つまり――収穫量が増えるんです」
「ふむ......」
確かに、メリットは大きそうだ。
とりわけ、果樹園が荒らされた現状においては。
「お願いします。どうかあなたの力を、貸してください!」
エフィーはすがるような目で私を見た。
(私のことを、必要としてくれるのか)
胸に温かいものが広がる。
村をあずかる責任があるとはいえ、不可解な力を持ち、素性もはっきりしないこの私を、彼女は必要としてくれている。
恐れ、遠ざけても、おかしくないのに。
「......桶や樽を、あるだけ用意してくれ。それと、作業中は絶対に私に近づくな」
「分かりました!」
エフィーが用意したいくつもの容器に、果実の使えそうな部分を詰め、彼女が遠ざかったのを確認した後、私は首飾りを外して魔力を練った。
まずは小さい容器で、出力をテストする。
先ほどワインができたのは、ただの偶然だ。
加減を間違えると、果実は酢か、お腹を壊す毒物に変わってしまうだろう。
(......過去の訓練を思い出せ)
うま味成分は壊さず、微生物が活動しやすくなる程度に果実を破壊する出力を、私は必死に探った。
何度か試し、コツをつかんだ私はすべての容器に魔法をかけた。
果実はえんじ色の液体へと変わり、あたり一面にかぐわしい香りが広がる。
「終わったぞ」
私が呼びかけると、エフィーは桶に近づき、味を確かめた。
「んー!」
ニコニコしながら、彼女は親指をグッとあげた。
出来は上々のようだ。
「さすが、き――」
「ん?」
「い、いえ、何でもありません」
なぜかあたふたしているエフィーを横目に、私は次になすべきことを考えた。
(ここまでは良い。問題は――)
「喜ぶのは、まだ早い」
「え?」
「問題は、どうやってお金に換えるか、だ」
「......その通りですね」
その点はエフィーも気にしていたようで、彼女は表情をくもらせた。
「買い取ってくれそうな人物に、心当たりはあるのか」
「果物をおさめている業者さんに、相談してみようかと思っているんですが......」
「出所が不確かな酒を、まともな価格で買ってくれると思うか?」
「それは......」
味が良いだけでは、飲食物は売れない。
下手な物を扱って顧客が倒れでもしたら、責任問題になる。
「値引きすれば売れるかもしれないが、高く売らないとまずいんだろ?」
「はい......」
これらのお酒を、短時間で大金に換えるには――
「一つ、試したいことがある」
「試したいこと......?」
「近くの都市まで案内してくれ」
想定以上に首を突っ込んでしまっているが、ここまで来た以上、責任を持ちたい。
(それに――)
せっかく作った酒だ。
安値で叩き売られるより、高値で引き取ってもらいたいのが心情だ。