第5話 商談
老いたロバが牽く古い荷馬車に乗り、私たちは近くの都市・エンバートに着いた。
酒場が何軒も立ち並び、市にはかなりの人だかりがある。
遠方から来たとおぼしき商人の姿もあり、交易が盛んな都市といった印象だ。
「え、えっと、どうすれば......」
エフィーの声量が小さい。
人ごみを前に、生来の人見知りが発動したのだろう。
「これまでの経験上、君は金貸しと面識があるはずだ。紹介してもらえるか」
「金貸しの方......ですか? お酒を売るお店ではなく?」
エフィーは首をかしげた。
「そうだ」
「紹介はできますが、取引してもらえるかは分かりませんよ」
以前何度か、エフィーはこの街に住む金貸したちを回り、融資を頼んだという。
だが村の苦境が知られるにつれ、苦い顔をされることが増えたそうだ。
「過去、融資をことわられた人物でも構わない」
「そういうことなら......」
何軒か門前払いを食らった後、一人の金貸しが面会に応じてくれた。
美術品がぎっしり並んだ応接室で、私たちはその人物――バルトロと向き合った。
「最初に言っておくが、取引に応じるつもりはないぞ」
上等なソファに腰掛けながら、バルトロは言った。
「で、では......どうして会ってくれたんですか?」
「商談が終わって、一人で呑んでいたところでな。弱った嬢ちゃんの顔が、良いツマミになると思っただけだ」
テーブルに置いたコップに酒を注ぎながら、バルトロはこちらに視線を向けた。
「で? そっちのボウヤは、どこの誰だ?」
「訳あって、協力している者だ」
「そうかい」
さして興味なさそうに、バルトロはコップをあおった。
「――あなたは、酒にこだわりがある方か?」
私の質問に、バルトロは意外そうな表情を浮かべた。
「背伸びした質問だな。俺は、呑めれば何でも良い方だ」
バルトロの答えを聞いて、エフィーはがっくり肩を落とした。
お酒にこだわりのある人物でなければ、高く売るのは難しい、と考えたのだろう。
「自分が呑む時は、そうかもしれない。だが、値段をつける時は?」
私がそう尋ねると、バルトロの目つきが鋭さを増した。
「面白いことを聞くんだな。当然、吟味するさ。自分が呑む酒にこだわりはないが、金が動くなら話は別だ」
「そうだろうと思った」
「なぜだ? ボウヤと面識はないはずだろう?」
「美術品の数々を見る限り、相当の資産があるはずなのに、あなたは酒場に出かけず、一人で呑んでいる。使いこまれたコップを見れば、昨日今日の習慣ではなさそうだ。高い酒を買う余裕もあるだろうに、呑めれば何でも良い、ときた。あなたは相当の守銭奴――コイン一つさえ無駄にしたくないタイプだとにらんだ」
私の言葉を聞いて、バルトロはフッと笑った。
「なかなかの洞察だ。確かに俺は守銭奴――というより病的なケチだ。金を使うことに興味はないが、稼ぐことにかけては命をかけたくなる性質さ」
「それなら、儲けにつながるネタは、見逃さない方がいい」
小さな容器に移し替えた『神の血』を、私はバルトロに差し出した。
「あなたは、この酒に、いくらの値をつける?」
バルトロの表情が、一瞬で引き締まった。
水で口をすすぎ、口元をぬぐうと、彼はテイスティング用のグラスを取り出し、『神の血』を注いだ。
わずかに口に含み、何度か舌の上で転がし、ごくりと呑みこむ。
考えをまとめるかのようにしばらく目を閉じた後、彼はつぶやいた。
「惜しいな」
「惜しい......? 品質が物足りない、ということですか?」
不安そうな表情で、エフィーが訊いた。
「いいや、素晴らしい熟成具合だ。評判が広まれば高値がつくだろう。問題は――」
「評判が広まるには、時間がかかる」
「その通りだ、ボウヤ。物の価値が分かる人間というのは、たいがい保守的だ。評判が確立しないうちは、手に取ってもらえない。どんなに味が良かろうとな」
「そんな......」
青ざめるエフィーを横目に、私は言った。
「つまり――時間を稼ぐことができれば、高値で売れる可能性がある訳だ」
私の意図に気づいたのか、バルトロはハッとした。
「まさか......」
「『神の血』を担保に、お金を貸してもらいたい」
「担保......質草にするってことですか?」
「そうだ」
時間が経っても劣化しないお酒は、質草の定番だ。
時間経過で品質が上がることもある醸造酒は、金貸しにとってもありがたい品のはずだ。
布切れに融資希望額を書き、私はバルトロに提示した。
「こんなところでどうだろうか」
「こんなに......?」
のぞきこんだエフィーは、口を半開きにした。
「商品を安定して作るためにも、まとまった資金は必要だ。金利は割高でも構わない」
「『神の血』が高値で売れなければ、俺は大損するんだぞ。分かって言ってるのか」
バルトロの厳しい視線を、私は微笑で受け流した。
「あなたは、この商談に乗るよ」
「なぜ、そう思う?」
並べられた美術品の一つに手を伸ばしながら、私は答えた。
「せっかく集めた美術品を、あなたは不用心にも、来客の手の届くところに置いている。目利きの技術を、来客に知らしめたいからだろう。お金に興味のないあなたが、お金を稼ぐことにこだわるのも、自分の目利きの確かさを証明したいからだ」
「......何が言いたい?」
「自分の目利きにプライドを持つあなたが、この酒の味を認めた。幾多の品を見定めてきたであろうあなたが認めた酒が、高値で売れないはずがない。私はそう信じる」
しばらく見つめあった後、バルトロの表情がゆるみ、口から笑い声がもれた。
「......どこでこんなボウヤを見つけてきたんだか。手元に置いとくべきだぞ、嬢ちゃん」
「はい?」
「このボウヤは、オヤジの転がし方を知ってる。今回は、転がされた俺の負けだ。酒の味も見事だったしな」
(ふぅ......)
私は心の中で、安堵のため息をついた。
海外の厄介な社長たちと、何度も取引してきた前世の記憶が役に立った。
(実際に)死ぬほど苦労した経験は、ムダではなかったのかもしれない。
× × ×
翌日。
辺境の村に到着した馬車から、満面の笑みを浮かべながらアルマンが降りてきた。
「期日だ。あらためて用件を言う必要はあるまい。本日をもって領主権を――」
「こちらをお納めください」
ずっしりと重い布袋を、エフィーはアルマンに差し出した。
中身をあらためたアルマンは、何十枚ものコインを見て唖然とした。
「ど、どうやって、これほどの大金を......」
「この村の未来に、投資してくれる人が見つかったんです」
困惑した表情でアルマンは何か言おうとしたが、何も言えず、かわりに音が聞こえそうな勢いで歯を噛んだ。
「ま......まだ債権は残っている。いずれまた、来るからな!」
捨て台詞を残し、アルマンらは去っていった。
ホッとした表情で、エフィーは長く息を吐いた。
「あなたのおかげで乗り切れました。どうやってお礼をすればいいのか――」
「必要ない」
自分が招いた事態に責任を取るのは普通のことだ。
「礼は尽くさないといけません。で、できることは......契りを交わすぐらいですが」
なぜか異様に緊張した面持ちで、エフィーは言った。
「結構だ」
エフィーが何の話をしているのか良く分からなかったので、私は断った。
あやふやな契約には、同意してはならない。
「ほ、本当によろしいんですか?」
「問題はまだ、解決したとは言えないしな」
現状、借金の一部をバルトロに肩代わりしてもらっただけだ。
村の危機は、一時棚上げされたに過ぎない。
エフィーはじっと私を見つめながら、つぶやいた。
「さすがですね――救世主様」
「何だって?」
発言の意味が分からず、私は聞き返した。
「あなたはあっという間に『神の血』を造られました。伝承に語られる救世主様の行いそのものです!」
(そんな伝承まで、この世界には伝わっているのか......)
『神の血』の伝承が伝わっているのだから、その他の伝承が伝わっていてもおかしくはないが――
「君は誤解している。本物の救世主は水をワインに変えるんだ。私にそのような力はない」
「......私が知る伝承とは、少し違いますね」
(何だと......?)
伝言ゲームのように伝承が変化したのか、あるいは過去の転生者があやふやな内容を伝えたのか、原因は分からないが食い違いがあるようだ。
「それに、あなたは軽々しく契りを交わされようとしませんでした。高潔を重んじられる救世主様だからです!」
「それも誤解だ。とにかく私は救世主ではない」
「......分かっています。本物の救世主様なら、『我こそが救世主である』などとは言わないでしょうから」
(そういう意味ではない......!)
無敵の論法すぎて、論破のしようがない。
「全部、分かっています」
絶対に分かっていない目で、エフィーは私を見つめた。
その日の昼過ぎ。
決壊しかけた堤防を夜通し修理していた領民たちが、村に戻ってきた。
私が森で休んでいる間に、「救世主が来た」という噂は、領民たちの間に広まっていった――