ホーム›想刻師のいる辺境で›心を枯らす妻2
← 次の話目次前の話 →

心を枯らす妻2

 ルーナスが木を削る音と、オーレがけん玉で遊ぶ音が部屋に心地よく響く。私はルーナスの隣で想刻が出来上がっていく様子を眺めていた。

「ルーナス、けん玉入んないよー」

「練習すれば入るようになるよ」

「ぷぅ」

 オーレはイライラし始めたのか、頬を膨らませる。怒っているのに、やはり可愛らしい。口に手を当てると、それをオーレは見逃さなかった。

「ソレイユ、ぼく真面目なんだからねー」

「分かってますよ」

 頷いてみせると、何故かオーレはさらに頬を膨らませた。

“笑ったら家出するんだからねー”

 『家出』という言葉に眉をひそめてみたものの、私は笑えないのだった。少しの安心と僅かな嫌悪感が胸に残る。
 ルーナスは黙々と木を削っていく。

「この想刻は......上手くいくでしょうか」

 ルーナスの気持ちも考えず、つい口にしてしまっていた。

「それはソフィーさんに見てもらうまで分からないよ。俺にできるのは、想刻に命を吹き込むことだけだからね」

 その吹き込んだ命は芽吹くのだろうか。疑問は沸くけれど、それ以上、言葉にすることはできなかった。

「今回の木は硬めだな。順調に削れる」

 ルーナスはぽつりと呟く。まるで、ソフィーの心に何も写っていないことを暗示しているかのようだ。
 オーレは再びけん玉の音を響かせ始めた。音だけで、玉が皿から零れ落ちているのが分かる。それも長くは続かなかった。

「けん玉やーめた!」

 けん玉はオーレの怒りの捌け口になったのか、宙を舞って床と衝突する。ルーナスはそちらに目も向けず、苦笑いをした。

「壊しても、もう作らないぞ?」

「だってー」

“つまんなーい”

 子供の正直な本音に、声を荒げることはできない。それよりも今、もっと大事なことを聞いた気がする。

「あのけん玉、ルーナスが作ったんですか?」

「うん。けん玉だけじゃなくて、おもちゃ全部なんだけどね。自分の手で作った方が安心だし」

 さらりと言って退けるけれど、流すことはできない。オーレの元へ行き、おもちゃ一つ一つをじっくり観察する。

「ソレイユ、どうしたのー?」

“一緒に遊びたいのかな”

 オーレは無邪気に木製の剣を差し出してくれた。丁寧にやすり掛けがされており、棘なんて一つも見当たらない。感動ものだ。

「ルーナス、凄いです」

「ありがとう」

 聖女時代、おもちゃの棘で手を痛めてしまった子供は大勢見てきた。医者に診せればいいのに、と思ったことは内緒だ。
 それだけ、ルーナスの腕は確かなのだろう。なんだか私まで誇らしくなってくる。

「ソレイユ、騎士ごっこしよー! ぼくが聖騎士で、ソレイユが悪の騎士ね!」

「いいですよ」

 剣を受け取り、身構える。

「えーい!」

 しかし、オーレの剣を避けることはできず、太腿に軽くぶつかった。これは手加減
したお陰だ、と自分を慰める。

「とりゃー!」

 オーレの掛け声と笑い声が、部屋の空気を温めるのだった。

 * * *

 次の日、目が覚めると私の太腿は痣だらけになっていた。これはオーレが笑顔になってくれた勲章だ。痣を撫でてみると、何故か心が温まる。それなのに、やはり頬は動かない。その事実が私の心を余計に冷やしていく。
 ベッドの上で耳をそばだててみると、木を削る小さな音が聞こえてくる。ソフィーの想刻がどうしても気になって、ルーナスの元へと向かっていた。

「おはようございます」

「あ、おはよう」

 挨拶の時だけは、想刻をしていても私の目を見てくれる。ルーナスは微笑み、また想刻へ向き直った。まだオーレの姿はない。

「順調ですか?」

「うん、順調すぎてビックリするくらいだよ。完成まで五日もかからないんじゃないかな」

 それは、いいことなのだろうか。分からず、首を傾げる。
 ルーナスがノミを動かす中で、ソフィーとのやり取りが思い出された。『厄災』『布マスク』――過去のルーナスに近付けるかもしれない、と思ってしまった。

「ソフィーさんと会話してた時、布マスクの話があったじゃないですか」

「うん。ソレイユも気になる?」

「はい」

 頷いてみせると、ルーナスは懐かしそうに小さく笑う。

「三年前に、この町で厄災があってね。二年前に収束したんだけど......。その時に俺、布マスクを縫ってたんだ。配るのはエルネスに任せてね」

 影の功労者、といったところなのだろうか。活躍していたのに目立たなかったから『へっぽこ英雄』なんて呼び名がついたのかもしれない。

「でも、エルネスが熱を出したことがあったんだ。その時だけ、俺が布マスクを配ったんだけど、まさか覚えられてるとは思わなかったな」

 ルーナスは苦笑いをする。
 彼は覚えられていて当然な行いをしたのだと思う。

「厄災の......原因は?」

 私が尋ねてみると、ルーナスは少し言い淀んだ。私の顔を見て、そっと目を伏せる。

「聖女の加護がなくなったからだよ。近くの山が唸って、白い煙が出て、息が苦しくなって」

 加護がなくなっただけで、そんな自然災害が起きるなんて。元々、加護がなかったタンベルン国にいた身としては、すんなり受け入れることはできなかった。

「ルーナスは、聖女を恨んではいないんですか?」

「そうだね。少しは恨んだ。恨んだけど......聖女だって一人の人間なんだ。ソレイユを見てたら分かる」

 私の存在が、ルーナスの恨みを消したのだろうか。私が人の心をいい方向へ動かすなんて考えたことがなかったから、言葉に詰まってしまった。

「......ユリオンは、俺のことを覚えてるのかな」

 呟かれたルーナスの言葉に、疑問だけが残る。振り向いたルーナスの顔は、どこか誇らしげだった。

「ユリオンはね、この町を救った『本物の英雄』だよ」
シェア
前の話 →
心を枯らす妻1
← 次の話
心を枯らす妻3
想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません

心を枯らす妻2

 ルーナスが木を削る音と、オーレがけん玉で遊ぶ音が部屋に心地よく響く。私はルーナスの隣で想刻が出来上がっていく様子を眺めていた。

「ルーナス、けん玉入んないよー」

「練習すれば入るようになるよ」

「ぷぅ」

 オーレはイライラし始めたのか、頬を膨らませる。怒っているのに、やはり可愛らしい。口に手を当てると、それをオーレは見逃さなかった。

「ソレイユ、ぼく真面目なんだからねー」

「分かってますよ」

 頷いてみせると、何故かオーレはさらに頬を膨らませた。

“笑ったら家出するんだからねー”

 『家出』という言葉に眉をひそめてみたものの、私は笑えないのだった。少しの安心と僅かな嫌悪感が胸に残る。
 ルーナスは黙々と木を削っていく。

「この想刻は......上手くいくでしょうか」

 ルーナスの気持ちも考えず、つい口にしてしまっていた。

「それはソフィーさんに見てもらうまで分からないよ。俺にできるのは、想刻に命を吹き込むことだけだからね」

 その吹き込んだ命は芽吹くのだろうか。疑問は沸くけれど、それ以上、言葉にすることはできなかった。

「今回の木は硬めだな。順調に削れる」

 ルーナスはぽつりと呟く。まるで、ソフィーの心に何も写っていないことを暗示しているかのようだ。
 オーレは再びけん玉の音を響かせ始めた。音だけで、玉が皿から零れ落ちているのが分かる。それも長くは続かなかった。

「けん玉やーめた!」

 けん玉はオーレの怒りの捌け口になったのか、宙を舞って床と衝突する。ルーナスはそちらに目も向けず、苦笑いをした。

「壊しても、もう作らないぞ?」

「だってー」

“つまんなーい”

 子供の正直な本音に、声を荒げることはできない。それよりも今、もっと大事なことを聞いた気がする。

「あのけん玉、ルーナスが作ったんですか?」

「うん。けん玉だけじゃなくて、おもちゃ全部なんだけどね。自分の手で作った方が安心だし」

 さらりと言って退けるけれど、流すことはできない。オーレの元へ行き、おもちゃ一つ一つをじっくり観察する。

「ソレイユ、どうしたのー?」

“一緒に遊びたいのかな”

 オーレは無邪気に木製の剣を差し出してくれた。丁寧にやすり掛けがされており、棘なんて一つも見当たらない。感動ものだ。

「ルーナス、凄いです」

「ありがとう」

 聖女時代、おもちゃの棘で手を痛めてしまった子供は大勢見てきた。医者に診せればいいのに、と思ったことは内緒だ。
 それだけ、ルーナスの腕は確かなのだろう。なんだか私まで誇らしくなってくる。

「ソレイユ、騎士ごっこしよー! ぼくが聖騎士で、ソレイユが悪の騎士ね!」

「いいですよ」

 剣を受け取り、身構える。

「えーい!」

 しかし、オーレの剣を避けることはできず、太腿に軽くぶつかった。これは手加減
したお陰だ、と自分を慰める。

「とりゃー!」

 オーレの掛け声と笑い声が、部屋の空気を温めるのだった。

 * * *

 次の日、目が覚めると私の太腿は痣だらけになっていた。これはオーレが笑顔になってくれた勲章だ。痣を撫でてみると、何故か心が温まる。それなのに、やはり頬は動かない。その事実が私の心を余計に冷やしていく。
 ベッドの上で耳をそばだててみると、木を削る小さな音が聞こえてくる。ソフィーの想刻がどうしても気になって、ルーナスの元へと向かっていた。

「おはようございます」

「あ、おはよう」

 挨拶の時だけは、想刻をしていても私の目を見てくれる。ルーナスは微笑み、また想刻へ向き直った。まだオーレの姿はない。

「順調ですか?」

「うん、順調すぎてビックリするくらいだよ。完成まで五日もかからないんじゃないかな」

 それは、いいことなのだろうか。分からず、首を傾げる。
 ルーナスがノミを動かす中で、ソフィーとのやり取りが思い出された。『厄災』『布マスク』――過去のルーナスに近付けるかもしれない、と思ってしまった。

「ソフィーさんと会話してた時、布マスクの話があったじゃないですか」

「うん。ソレイユも気になる?」

「はい」

 頷いてみせると、ルーナスは懐かしそうに小さく笑う。

「三年前に、この町で厄災があってね。二年前に収束したんだけど......。その時に俺、布マスクを縫ってたんだ。配るのはエルネスに任せてね」

 影の功労者、といったところなのだろうか。活躍していたのに目立たなかったから『へっぽこ英雄』なんて呼び名がついたのかもしれない。

「でも、エルネスが熱を出したことがあったんだ。その時だけ、俺が布マスクを配ったんだけど、まさか覚えられてるとは思わなかったな」

 ルーナスは苦笑いをする。
 彼は覚えられていて当然な行いをしたのだと思う。

「厄災の......原因は?」

 私が尋ねてみると、ルーナスは少し言い淀んだ。私の顔を見て、そっと目を伏せる。

「聖女の加護がなくなったからだよ。近くの山が唸って、白い煙が出て、息が苦しくなって」

 加護がなくなっただけで、そんな自然災害が起きるなんて。元々、加護がなかったタンベルン国にいた身としては、すんなり受け入れることはできなかった。

「ルーナスは、聖女を恨んではいないんですか?」

「そうだね。少しは恨んだ。恨んだけど......聖女だって一人の人間なんだ。ソレイユを見てたら分かる」

 私の存在が、ルーナスの恨みを消したのだろうか。私が人の心をいい方向へ動かすなんて考えたことがなかったから、言葉に詰まってしまった。

「......ユリオンは、俺のことを覚えてるのかな」

 呟かれたルーナスの言葉に、疑問だけが残る。振り向いたルーナスの顔は、どこか誇らしげだった。

「ユリオンはね、この町を救った『本物の英雄』だよ」
シェア
次の話心を枯らす妻3
想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません