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心を枯らす妻3

 想刻は順調を極め、四日で仕上がった。今は青い布に覆われ、ソフィーの到着を待ち侘びている。
 昼下がりを過ぎ、日は傾いていく。子供がおやつをねだる時刻になって、ようやく玄関のドアはノックされた。

「申し訳ありません、遅くなりました」

“教会に寄っていたら、こんな時間に......”

 その声は確かにソフィーだった。祈りでも捧げていたのだろうか。その服は白で統一されている。

「どうぞお掛けください」

 私がテーブルに促すと、ソフィーは大事そうに白いバッグを抱え、中央に置かれた布を纏う想刻に目を遣った。

“似ている......でしょうか”

 ソフィーは胸に手を当て、一度、深呼吸をする。
 ルーナスも作業スペースの掃除を終え、テーブルに着いた。私もその横に並ぶ。

「どうぞ、見てあげてください」

「はい......」

 ソフィーはまた深呼吸をし、そっと瞼を閉じる。

“緊張するけど......でも”

 そして、ゆっくりと開いた瞼は想刻を捉えた。躊躇いなく伸びた手は、布をするりと捲る。現れた想刻の顔に、ソフィーの瞳は揺れる。

「ありがとう......ございます」

 涙は溢れない。心の声も聞こえない。ソフィーはこれで満足なのだろうか。分からないまま、彼女の無表情な顔を見詰める。

「お支払い、ですよね」

 ソフィーはバッグをテーブルに置くと、中を弄り始めた。分厚い封筒を一つ取り出し、それをルーナスに差し出す。

「受け取ってください」

「それ、全部......ですか?」

「はい」

“えっ? 何を言ってるんだ......?”

 ルーナスは狼狽え、首を横に振る。

「そんなに受け取れません」

「貴方は私の命の恩人ですから。その上、想刻もしてくださいましたし」

 ソフィーも頑として譲らない。
 この中身が全て紙幣なら、ログハウスがもう一軒建てられるだろう。謙遜や恐れを抱くのも納得だ。

「俺は『想刻代』をいただきたいだけですから」

「ですが......」

 ソフィーは口を結ぶ。手も小さく震え始める。
 ルーナスは一度だけ封筒を受け取ったものの、紙幣数枚だけを抜き取ると、残りをソフィーに押し付けた。

「これ以上は受け取れません。どうか収めてください」

 ルーナスの表情は柔らかいのに、声は硬い。ソフィーも何も言えなくなったのか、無言で封筒を受け取った。

“役に立ちたかっただけなんだけど......”

「困らせてしまったようで、申し訳ありません」

「いえ、とんでもない」

 ルーナスが微笑むと、ソフィーの口角も僅かに上がった。それが笑みかどうかは分からない。

「夫は、厄災の時に町を出ていってしまったんです。『必ず迎えに来る。それまで待っててくれ』って」

 ソフィーは想刻の髪をさらりと撫でる。

「だから、私はいつまでも待ち続けるんです。帰ってこないって分かっていても」

 それはソフィーにとって、希望のようでいて呪いに違いなかった。締めつけられる胸に、膝の上で拳を握る。

「ありがとうございました」

 ソフィーは丁寧に頭を下げ、踵を返す。一瞬見えた瞳は、夕日さえ映していないようだった。

「こんなにやりがいのない想刻って......あるんでしょうか」

 ソフィーには聞こえないように、ルーナスに囁いていた。

「想刻はその人を救うために作ってるわけじゃないからね。しょうがないよ」

「じゃあ、どうして続けられるんですか?」

 私が首を傾げてみせると、ルーナスは木の葉の隙間から僅かに覗く空を見上げた。

「想刻は、きっと残るものがある。『あなたは今、ここにいてもいい。大丈夫』っていうメッセージがね」

 今、ここにいてもいい。その言葉が、何故か私にも向けられているような気がしてしまった。じんわりと目頭が熱くなる。

「えっ? なんでソレイユが泣いてるの?」

「ルーナスが泣かせたんです」

 ルーナスは自分の優しさを自覚していないところが困ってしまう。いつ、私の涙腺を刺激するか分からない。
 オーレが帰ってくる頃までには泣き止もう。キッチンに向かい、冷えた濡れタオルを腫れそうな瞼に当てていた。
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想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
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心を枯らす妻3

 想刻は順調を極め、四日で仕上がった。今は青い布に覆われ、ソフィーの到着を待ち侘びている。
 昼下がりを過ぎ、日は傾いていく。子供がおやつをねだる時刻になって、ようやく玄関のドアはノックされた。

「申し訳ありません、遅くなりました」

“教会に寄っていたら、こんな時間に......”

 その声は確かにソフィーだった。祈りでも捧げていたのだろうか。その服は白で統一されている。

「どうぞお掛けください」

 私がテーブルに促すと、ソフィーは大事そうに白いバッグを抱え、中央に置かれた布を纏う想刻に目を遣った。

“似ている......でしょうか”

 ソフィーは胸に手を当て、一度、深呼吸をする。
 ルーナスも作業スペースの掃除を終え、テーブルに着いた。私もその横に並ぶ。

「どうぞ、見てあげてください」

「はい......」

 ソフィーはまた深呼吸をし、そっと瞼を閉じる。

“緊張するけど......でも”

 そして、ゆっくりと開いた瞼は想刻を捉えた。躊躇いなく伸びた手は、布をするりと捲る。現れた想刻の顔に、ソフィーの瞳は揺れる。

「ありがとう......ございます」

 涙は溢れない。心の声も聞こえない。ソフィーはこれで満足なのだろうか。分からないまま、彼女の無表情な顔を見詰める。

「お支払い、ですよね」

 ソフィーはバッグをテーブルに置くと、中を弄り始めた。分厚い封筒を一つ取り出し、それをルーナスに差し出す。

「受け取ってください」

「それ、全部......ですか?」

「はい」

“えっ? 何を言ってるんだ......?”

 ルーナスは狼狽え、首を横に振る。

「そんなに受け取れません」

「貴方は私の命の恩人ですから。その上、想刻もしてくださいましたし」

 ソフィーも頑として譲らない。
 この中身が全て紙幣なら、ログハウスがもう一軒建てられるだろう。謙遜や恐れを抱くのも納得だ。

「俺は『想刻代』をいただきたいだけですから」

「ですが......」

 ソフィーは口を結ぶ。手も小さく震え始める。
 ルーナスは一度だけ封筒を受け取ったものの、紙幣数枚だけを抜き取ると、残りをソフィーに押し付けた。

「これ以上は受け取れません。どうか収めてください」

 ルーナスの表情は柔らかいのに、声は硬い。ソフィーも何も言えなくなったのか、無言で封筒を受け取った。

“役に立ちたかっただけなんだけど......”

「困らせてしまったようで、申し訳ありません」

「いえ、とんでもない」

 ルーナスが微笑むと、ソフィーの口角も僅かに上がった。それが笑みかどうかは分からない。

「夫は、厄災の時に町を出ていってしまったんです。『必ず迎えに来る。それまで待っててくれ』って」

 ソフィーは想刻の髪をさらりと撫でる。

「だから、私はいつまでも待ち続けるんです。帰ってこないって分かっていても」

 それはソフィーにとって、希望のようでいて呪いに違いなかった。締めつけられる胸に、膝の上で拳を握る。

「ありがとうございました」

 ソフィーは丁寧に頭を下げ、踵を返す。一瞬見えた瞳は、夕日さえ映していないようだった。

「こんなにやりがいのない想刻って......あるんでしょうか」

 ソフィーには聞こえないように、ルーナスに囁いていた。

「想刻はその人を救うために作ってるわけじゃないからね。しょうがないよ」

「じゃあ、どうして続けられるんですか?」

 私が首を傾げてみせると、ルーナスは木の葉の隙間から僅かに覗く空を見上げた。

「想刻は、きっと残るものがある。『あなたは今、ここにいてもいい。大丈夫』っていうメッセージがね」

 今、ここにいてもいい。その言葉が、何故か私にも向けられているような気がしてしまった。じんわりと目頭が熱くなる。

「えっ? なんでソレイユが泣いてるの?」

「ルーナスが泣かせたんです」

 ルーナスは自分の優しさを自覚していないところが困ってしまう。いつ、私の涙腺を刺激するか分からない。
 オーレが帰ってくる頃までには泣き止もう。キッチンに向かい、冷えた濡れタオルを腫れそうな瞼に当てていた。
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想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
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