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心を枯らす妻1

 今回の依頼人は、私に少し似ていた。
 よく晴れた昼下がりに、その女性は現れた。

「失礼いたします」

 透き通った声がオーレのいないリビングに響く。長い金髪にモスグリーンの瞳――一見華やかそうではあるその人の心は、今までの依頼人とは違っていた。

“あまり期待はしてないけど、ないよりは......”

 ルーナスの想刻に対して『ないよりは』なんて。今までの彼の仕事ぶりを見ていた私は納得がいかず、拳を握る。

「そこにお掛けになってください」

「はい......」

 真摯に対応するルーナスに、女性は会釈をした。生気もなく、椅子に腰掛けるとただテーブルを見詰める。
 しかし、彼女も依頼人だ。アイスコーヒーを用意し、淡々とテーブルに並べた。

「ありがとうございます」

 礼をする彼女に、私も小さく頭を下げる。
 挨拶も早々に、話は仕事の内容へと移っていった。

「早速ですが、貴女のお名前は?」

「私は、ソフィーです」

「ソフィーさんですね」

 ルーナスは何度か小さく頷き、女性――ソフィーの顔を見る。

「どなたの想刻をご所望ですか?」

「夫......なんです」

“もう帰ってくるとは思えない。だけど......”

 ソフィーは悲しげな瞳をテーブルに落とした。ルーナスはスケッチブックを広げ、そっと微笑んでみせる。

「顔は覚えていらっしゃいますか?」

「はい。私が言うのも何ですけど、整った顔立ちの人でした」

 ソフィーの言葉に、どこか違和感を覚える。そうだ、夫のことを過去形で話すのだ。以前の依頼人が嫌がっていた過去形で。
 あまり瞬きもせず、ソフィーは淡々と言葉を並べる。

「輪郭はベース型で、目は丸くて優しかったです」

 説明を受け、ルーナスは鉛筆で輪郭と目を描いていく。芯の削れる音が心地いい。

「鼻はどうですか?」

「筋が通ってて、鷲鼻、でしたね」

 そして、もう一つの違和感に気付く。心の声が極端に少ないのだ。大切な人が形になっていくのだから、感じるものがないなんておかしい。それなのに。

「口は?」

「大きいですけど、唇は薄かったです。右側に笑いボクロがありました」

 心の迷いがない、と言えば簡単なのだろう。しかし、完成があまりにも早すぎる。
 ルーナスはスケッチブックをソフィーに掲げ、出来上がりを見せる。

「違和感があれば言ってくださいね」

「いえ、夫の顔、そのままです」

「そうですか」

 ソフィーの表情は一切変わらない。これまでの依頼人は、似顔絵が完成した喜びなり、安堵なり、心に響くものがあった。ソフィーの場合はそれどころか、不満や悲しみの感情すらないのだ。
 自分では確信が持てないのか、ルーナスは似顔絵を自分に向けてじっくりと眺めた。

“本当に違和感はないのか......?”

「ソレイユ、少しいいかな」

「はい」

 ルーナスは私を自身の部屋に呼び、そっとドアを締める。ふと、ルーナスの表情に焦りが見えたようだった。

「ソフィーさん、本当にあの似顔絵に満足してる?」

 満足しているかどうかは私にも分からない。小さく唸り声を上げ、口を開く。

「心の声がほとんど聞こえないんです」

「聞こえない?」

 ルーナスの疑問に頷いてみせる。

「絶望......って言うんでしょうか。全く聞こえないわけじゃないんです。でも、似顔絵に対しては何も感じてないようでした」

「うーん」

“このまま進めるしかないか......”

 ルーナスはなんとか自分を納得させ、にこっと微笑んでくれた。

「ソレイユ、ありがとう。戻ろうか」

「はい」

 今回は私の能力が役に立つ場面はないかもしれない。申し訳なく思いながらも、ルーナスに続いて元の席に戻った。

「あの」

 思い切って口を開いてみたけれど、貴女は旦那さんを愛していましたか、なんて聞けない。

「コーヒーのおかわりいりますか?」

 当たり障りのない言葉しか投げかけられなかった。ソフィーは軽く首を振る。

「いえ、大丈夫です」

“そういえば”

 ソフィーはルーナスの顔を見て、小さく首を傾げた。

「あの、貴方は......」

「どうしました?」

 ソフィーの瞳はルーナスに一瞬の光を抱いたようだった。

「厄災の時に、私に布マスクをくれた、あの方ですか? 記憶が曖昧で、違っていたら申し訳ないんですけれど」

 ルーナスは頭に手を当て、苦笑いをする。

「そんなこともしてましたね。あはは......」

“あの時の俺のことを覚えてる人、エルネス以外にいたんだ”

 その頬は僅かに赤くなっていく。

「今はそんなお仕事をなさってるんですね」

「元々、彫刻師でしたから」

“そろそろ俺の話、終わってくれないかな”

 ルーナスがソフィーを嫌になる前に、私がなんとかしなくては。

「今日は雲が重いので、夕立ちが降るかもしれません。当たる前に、お帰りになった方がいいでしょう」

 咄嗟に思いつき、ソフィーに投げかけていた。

「その似顔絵で、木彫りはしていただけそうですか?」

「はい。責任を持って彫らせていただきますね」

 ルーナスの自信がありそうな答えに、ソフィーは立ち上がる。

「よろしくお願いいたします」

 そして、深々と礼をした。
 雲が空を覆い始めた頃、ソフィーは獣道へと入る。その背中を、ルーナスと二人で見詰めていた。

「想刻で、少しでもソフィーさんの心に明かりが灯ればいいんだけど」

 そっと囁かれたルーナスの言葉に、しっかりと頷いてみせた。
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想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
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心を枯らす妻1

 今回の依頼人は、私に少し似ていた。
 よく晴れた昼下がりに、その女性は現れた。

「失礼いたします」

 透き通った声がオーレのいないリビングに響く。長い金髪にモスグリーンの瞳――一見華やかそうではあるその人の心は、今までの依頼人とは違っていた。

“あまり期待はしてないけど、ないよりは......”

 ルーナスの想刻に対して『ないよりは』なんて。今までの彼の仕事ぶりを見ていた私は納得がいかず、拳を握る。

「そこにお掛けになってください」

「はい......」

 真摯に対応するルーナスに、女性は会釈をした。生気もなく、椅子に腰掛けるとただテーブルを見詰める。
 しかし、彼女も依頼人だ。アイスコーヒーを用意し、淡々とテーブルに並べた。

「ありがとうございます」

 礼をする彼女に、私も小さく頭を下げる。
 挨拶も早々に、話は仕事の内容へと移っていった。

「早速ですが、貴女のお名前は?」

「私は、ソフィーです」

「ソフィーさんですね」

 ルーナスは何度か小さく頷き、女性――ソフィーの顔を見る。

「どなたの想刻をご所望ですか?」

「夫......なんです」

“もう帰ってくるとは思えない。だけど......”

 ソフィーは悲しげな瞳をテーブルに落とした。ルーナスはスケッチブックを広げ、そっと微笑んでみせる。

「顔は覚えていらっしゃいますか?」

「はい。私が言うのも何ですけど、整った顔立ちの人でした」

 ソフィーの言葉に、どこか違和感を覚える。そうだ、夫のことを過去形で話すのだ。以前の依頼人が嫌がっていた過去形で。
 あまり瞬きもせず、ソフィーは淡々と言葉を並べる。

「輪郭はベース型で、目は丸くて優しかったです」

 説明を受け、ルーナスは鉛筆で輪郭と目を描いていく。芯の削れる音が心地いい。

「鼻はどうですか?」

「筋が通ってて、鷲鼻、でしたね」

 そして、もう一つの違和感に気付く。心の声が極端に少ないのだ。大切な人が形になっていくのだから、感じるものがないなんておかしい。それなのに。

「口は?」

「大きいですけど、唇は薄かったです。右側に笑いボクロがありました」

 心の迷いがない、と言えば簡単なのだろう。しかし、完成があまりにも早すぎる。
 ルーナスはスケッチブックをソフィーに掲げ、出来上がりを見せる。

「違和感があれば言ってくださいね」

「いえ、夫の顔、そのままです」

「そうですか」

 ソフィーの表情は一切変わらない。これまでの依頼人は、似顔絵が完成した喜びなり、安堵なり、心に響くものがあった。ソフィーの場合はそれどころか、不満や悲しみの感情すらないのだ。
 自分では確信が持てないのか、ルーナスは似顔絵を自分に向けてじっくりと眺めた。

“本当に違和感はないのか......?”

「ソレイユ、少しいいかな」

「はい」

 ルーナスは私を自身の部屋に呼び、そっとドアを締める。ふと、ルーナスの表情に焦りが見えたようだった。

「ソフィーさん、本当にあの似顔絵に満足してる?」

 満足しているかどうかは私にも分からない。小さく唸り声を上げ、口を開く。

「心の声がほとんど聞こえないんです」

「聞こえない?」

 ルーナスの疑問に頷いてみせる。

「絶望......って言うんでしょうか。全く聞こえないわけじゃないんです。でも、似顔絵に対しては何も感じてないようでした」

「うーん」

“このまま進めるしかないか......”

 ルーナスはなんとか自分を納得させ、にこっと微笑んでくれた。

「ソレイユ、ありがとう。戻ろうか」

「はい」

 今回は私の能力が役に立つ場面はないかもしれない。申し訳なく思いながらも、ルーナスに続いて元の席に戻った。

「あの」

 思い切って口を開いてみたけれど、貴女は旦那さんを愛していましたか、なんて聞けない。

「コーヒーのおかわりいりますか?」

 当たり障りのない言葉しか投げかけられなかった。ソフィーは軽く首を振る。

「いえ、大丈夫です」

“そういえば”

 ソフィーはルーナスの顔を見て、小さく首を傾げた。

「あの、貴方は......」

「どうしました?」

 ソフィーの瞳はルーナスに一瞬の光を抱いたようだった。

「厄災の時に、私に布マスクをくれた、あの方ですか? 記憶が曖昧で、違っていたら申し訳ないんですけれど」

 ルーナスは頭に手を当て、苦笑いをする。

「そんなこともしてましたね。あはは......」

“あの時の俺のことを覚えてる人、エルネス以外にいたんだ”

 その頬は僅かに赤くなっていく。

「今はそんなお仕事をなさってるんですね」

「元々、彫刻師でしたから」

“そろそろ俺の話、終わってくれないかな”

 ルーナスがソフィーを嫌になる前に、私がなんとかしなくては。

「今日は雲が重いので、夕立ちが降るかもしれません。当たる前に、お帰りになった方がいいでしょう」

 咄嗟に思いつき、ソフィーに投げかけていた。

「その似顔絵で、木彫りはしていただけそうですか?」

「はい。責任を持って彫らせていただきますね」

 ルーナスの自信がありそうな答えに、ソフィーは立ち上がる。

「よろしくお願いいたします」

 そして、深々と礼をした。
 雲が空を覆い始めた頃、ソフィーは獣道へと入る。その背中を、ルーナスと二人で見詰めていた。

「想刻で、少しでもソフィーさんの心に明かりが灯ればいいんだけど」

 そっと囁かれたルーナスの言葉に、しっかりと頷いてみせた。
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次の話心を枯らす妻2
想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
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