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中学生の記憶

救いという名の毒薬と、無罪のまま罪人となった『加害者』への転落
中学生の記憶
 私は、中学校に進学しました。と言っても、人口の少ない街ですから人が変わることなんてありません。小学校のときに一緒だった男子が女子の身長を抜かす人が増え、少しだけ声を低くして、同じような顔をして教室に並んでいるだけでした。変わったことといえば、スマートフォンを進学祝いに母からもらったことです。そして、佐々木は始めの一週間は学校に来ていたのですが、パタリと来なくなったことです。原因は、悲劇的な事件を引き起こして他の人から責められたことらしいのです。佐々木は自分の正義が正しいと思い込み、それが否定されたことで生じた反動なのでしょう。私は、それを聞いても何の感情も抱きませんでした。天罰だとも思いませんでした。ただ、第三者視点で見ていただけでした。それきり、私は佐々木のことを考えるのをやめました。無駄に疲れたくなかったからです。私は、ひたすら教室にいる人を観察していました。
 誰が誰を嫌っているか。
 好んでいるか。
 誰が先生から気に入られているのか。 誰が心の中に違和感を飼い始めたか。
このことは、無意識に増えていきました。人間は、顔や口から出る外面と誰にも視ることのできない内面があり、それらは決して交わることのないことを密かに学んでいたからです。その歪んだ思考の所為で「絶対」や「必ず」という言葉が頗る違和感を持っていました。言葉から裏の言葉を読み取る、私は大変面倒くさい性格を構築してしまったのだと後悔していました。しかし、臆病から来ているものではないと思っていたので誇らしく思っていました。ただ「用心深い」私からそうなったのだと思っていたからです。当時の私にとって「用心深く生きること」は、私よりずっと偉い人がする特権なのだと。しかし、それは違っていました。何も、特別なのではなく、みんながやっていることだったのです。少なくとも、私の目に映っている情報では。私は、被っていた仮面の枚数を少し減らしました。その所為なのか、「明るくなったね」と言われることが多くなりました。それまで、あまり話さなかった人も話すようになりました。私は、嫌われない術を身に着けました。
 相手が笑えば笑う。相手から頼まれごとをされたら喜んでする。私は、傀儡師が私の意思にそぐわずに変わる操り人形になっていました。今思えば、昔の自分になるのを嫌がって我儘な言い訳をして逃げていただけなのだと思います。しかし、当時の私は成長しているのだと感じていました。私は、それが間違っていることなんて気づきもしませんでした。なんせ、他人ばかり見ていたのですから。昔の弱者な自分なんて居ない。私は、新しい優しい自分になったのだと。嫌われないように過ごしていたことが分かるのは随分と先のことです。そんな、操り人形な私の存在は先生たちにも知られていきました。私は、すこぶる嬉しかったです。先生に初めて頼まれた日は、暫くの間それが心の中に留まっていました。私は私のことを「いい人」「お利口な人」だと思い始めました。私は、操り人形としての仕事を全うしていました。気づくと、私は私じゃなくなっていました。正しく言うと、私の人格が誰かに乗っ取られたのだと思ったのです。私は生まれて初めて覚える違和感でした。味わったことのない味でした。匂いでした。私は、恐ろしく思えてきました。しかし、認めたくありませんでした。もし、偽物だと認めてしまえば、この社会から自分が消えてしまいそうだったからです。私は、私自身について考えることをやめました。またこの得意な逃げ方が発動しました。
 そんな時、転校生がやってきました。名前はYと名乗っていました。Yは、一番うしろの左端の席に座りました。私の隣でした。休み時間になると、Yの周辺は人だらけでした。Yは色々なことを聞かれていました。Yは、必死に答えていました。しかし、私はその風景に違和感を抱いていました。Yには、何か心の中で飼っている、そう感じていました。答える時の少しだけのためらい。名前を呼ばれた時の不服そうな顔。最初は、転校してきたばかりで緊張しているのだろうと思っていました。一週間経っても、二週間経ってもその違和感は消えませんでした。むしろ、確信に近づいていきました。私は、その違和感に耐えられず、ついに失礼な質問をしてしまいまし
「ねぇ、自認している性別はどっちなの?」 私は、その言葉が口から出た時、後悔しました。Yは少し、戸惑った様子でした。少し時間を置いてから、Yは、
「男」
と言いました。先生からは転校生は「女の子」と聞いていたので、驚きました。その時、バラバラにあった違和感は全て、点でつながりました。私は、何か懐かしさを覚えました。Yと話していると、時間が進むのを早く感じました。周りの顔も声も気にしなくなっていました。私と居ると、Yも初めて見る顔をしていたような気がします。家庭のことも、今まで感じてきた違和感も、何もかも。Yは、全てを話してくれた気がします。Yと話していると、いつも時間というものが怠け者になっていました。休み時間が始まったと思えば、いつの間にか終わっている。授業の間の十分間など、普段ならば時計の針を三度ほど睨みつけて、ようやく半分過ぎたかと思っていました。それがYといる時に限って、時計の方がこちらに遠慮しているように早く進んでいました。私はそれを不思議に感じていました。人間というものは、相手によって随分と態度を変えるもの。もっとも、態度を変えているのが相手なのか、自分なのかは分からないのですが。Yは私といる時だけ、少し違いました。教室では、誰かに話しかけられるたびに、きちんと返事をする。笑うべきところでは笑い、質問されれば答える。傍から見れば、実に感じのよい転校生でありました。しかし、私の隣に座っている時だけ、その顔から何かが抜け落ちていた気がします。
 私はそれを「素顔」と呼ぶことにした。 ただ、素顔というものが本当に存在するのかは私には分かりません。人間は鏡を見る時でさえ、自分の顔を少し整えている。髪を直し、襟を正し、口元を確認する。まして他人の前ならば、なおさらしている。そう考えると、素顔というものは随分と贅沢なものなのかもしれない。少なくとも私の中では。Yは時々、窓の外を見ていました。「何見てるの」
「別に」
「別にって、何もないじゃん」
「だから別に」
そう言ってYは笑った。
私はその笑い方を見て、妙に安心していました。以前の私は、人間の笑顔ほど信用ならないものはないと思っていました。笑顔には、いくらでも意味を詰め込める。嬉しい。困った。面倒だ。早く終わってほしい。嫌いではないが、好きでもない。同じ口の形をしているのに、中身は全く違う。私はそれを見分けることに長けていたような気がします。少なくとも、そう思っていました。ところがYの笑顔だけは、どういうわけか見分けようと脳が働こうとしませんでした。いや、見分ける必要がなかったのかもしれません。私はYといる時だけ、人間を観察することを忘れていました。これは私にとって、かなり珍しい出来事でありました。私は他人を観察することが何よりもの幸福でした。あの人は私を嫌っている。この人は私に興味がない。あの人は今、機嫌が悪い。そうやって人間を分類しておけば、突然傷つけられることはないと思っていたからです。しかしYの前では、その分類表が役に立ちませんでした。Yが何を考えているのか、私は分かりませんでした。いや、無理に分かろうとしても無駄だと思っていました。私はそこで初めて、自分が「理解する」ということに、少しばかり執着していたのではないかと思いました。理解できなければ怖い。予測できなければ怖い。だから私は、人間の顔色を読むようになった気がします。そして、いつの間にか、自分の顔色まで分からなくなっていました。 「ねえ」
Yが突然言った。
「何?」
「私って、変かな」
私は少し考えた。この「少し考えた」というのが、私にとっては珍しいことでした。以前ならば、相手が求めている答えを探していました。大丈夫。変じゃない。普通だよ。そう言えば相手は何故か安心する。しかし、その日は違いました。
「変じゃないと思う」
「思う、なんだ」
「うん」
「なんで?」
「分からないから」
Yは少し黙って、それから微笑みました。「そっか」
それだけでした。それだけなのに、私は妙に嬉しかったのを覚えています。人間というものは、分からないことを分からないと言っただけで、こんなにも肩の荷が軽くなるものらしい。それは新たな発見でした。私はそれまで、何でも答えなければならないと思っていました。そして、良い人間とは、相手の期待に応える人間だと思っていました。だから笑った。頷いた。頼まれれば引き受けた。嫌な顔をしなかった。そうしているうちに、私は「優しい人」になれていました。実にそれは私にとって、簡単なことでありました。ただし、その優しさの中に、私自身がどれほど残っていたのかは分からかったのです。Yといる時だけ、私はそれを考えませんでした。だから私は、Yといる時間が好きでした。いや、「好き」という言葉を使うのは少し違うかもしれません。好きというものには、何かしら期待がつきまとってきます。期待には、失望がついてきます。私はそれを知っていました。だから私は、ただ「楽だった」と自分に言い聞かせました。後から考えれば、それは私が初めて、自分の気持ちを自分の言葉で呼んだ瞬間だったのかもしれません。けれど、その時の私はそんなことを気にする余裕なんてありませんでした。私は相変わらず、自分について考えることから逃げていました。他人の心なら、いくらでも覗き込めたというのに。自分の心だけは、どういうわけか戸締まりがしてありました。その頑丈な鎖を解いてくれたのがYでした。どういう訳かYといると勝ち負けのない他流試合でした。私は、Yが話してくれたことを妙に細かく覚えています。人間は、自分のことより他人のことをよく覚えているのかもしれません。少なくとも私はそうでした。
 自分の過去は、都合の悪いところから忘れていきました。けれど、Yの話だけは違いました。初めて「誰かの人生」を覗き込んだような感覚があったからでしょう。
 Yは、生まれた時から自分の性別について家族と折り合いがつかなかったそうです。本人は自分を男だと言っていましたが、弟は何度言っても「お姉ちゃん」と呼びました。
「俺、男だから」
そう言っても、
「お姉ちゃんでしょ」
と返される。
最初は何度も訂正したそうですが、変わらないので、いつの間にか諦めたと言っていました。
 諦めたという言葉は便利です。何かを受け入れたようにも、捨てたようにも聞こえる。Yの場合は、おそらく後者でした。
「もう、何回言っても無駄だから」
Yはそう言って笑いました。私はその笑い方が嫌いでした。正確には、その笑顔の意味が分かってしまう自分が嫌だったのです。
 本当に諦めた時、人間は泣かないのかもしれません。泣くほどの期待が、もう残っていないからです。
 Yの家では、父親と母親がよく喧嘩をしていました。父親は仕事や日々の苛立ちを子供にぶつけ、Yもその対象になりました。母親は何度もやめてと言いましたが、それで止まるほど簡単ではなかった。
 Yは父親を憎んでいるようには見えず、むしろ不思議なほど冷静でした。
「父親も大変だったんじゃないかな」
その言葉に私は驚きました。自分を傷つけた人間に、なぜそんな言葉を使えるのだろうと思ったのです。
 けれど今になって考えれば、Yは父親を許していたのではなく、憎むことにも疲れていたのでしょう。
 母親はとうとう父親と別居することを決めました。家の中の暴力は減りましたが、Yの苦しみが終わったわけではありません。二人の姉は成人してアルバイトをしていましたが、家の中でYに向けられる暴力はなくなりませんでした。
 父親がいなくなったからといって、家庭が急に家庭らしくなるわけではない。私はその当たり前のことを、Yから初めて知りました。
 母親は昼も深夜も働き、Yと弟は渡されたお金で何とか生活していました。母親がYを愛していなかったわけではありません。むしろ、母親なりに守ろうとしていたのでしょう。ただ、人間には限界があります。愛情があっても時間が足りず、優しさがあっても力が足りないことがある。
 Yは小学生の頃、仲の良い友達がいました。いつも一緒に帰るほどでしたが、ある日、その友達から悪口を言われました。何を言われたのか、Yは話しませんでした。話さなかったというより、もう覚えていなかったのかもしれません。
 それ以来、Yは一人で帰るようになりました。友達が不思議そうに、
 「なんで一人で帰るの?」
 と聞いても、Yは答えず、そのまま家に帰ったそうです。
 私は、どうして何も言わなかったのか尋ねました。
 「何を言えばいいか分からなかったから」
 Yはそう答えました。私はそれ以上聞きませんでした。言葉にできないことほど、本当は大切なのかもしれません。
 それからYは、人を信じられなくなっていきました。誰かが笑えば自分を笑っているように感じ、優しくされれば裏があるように思い、近づいてくる人もいつか離れるものだと考える。やがて、人と関わること自体を面倒に感じるようになりました。
 小学校では暴れるようになり、学校へ行かない日もありました。行けば誰かと喧嘩をしたり、授業を妨げたりする。噂は学年を越えて広がりました。
 Yは気にしていないように振る舞っていましたが、本当に気にしていなければ、そんな振る舞いも必要なかったでしょう。人間は傷ついているほど、「平気な顔」を上手にするものです。
 Yはその頃から漫画を読むようになりました。学校へ行かない日は家で漫画を読む。人間と話すより、登場人物を眺めている方が楽だったのです。
 漫画の中の人間は、目の前で突然態度を変えません。物語には筋書きがあり、次に何が起こるか分からなくても、そこには作者が用意した理由があります。
 現実には、それがない。人間は突然怒り、笑い、離れていく。昨日まで友達だった人が、今日には他人になる。Yは、そんな世界を信用できなかったのでしょう。
 中学校へ上がっても、生活は変わりませんでした。人を信じられず、学校へ行きたくなく、家にいても落ち着かない。そして何より、自分の性別について考え続ける。
 中学校の制服はスカートでした。Yはそれを着るのが嫌でしたが、嫌だと言っても簡単には変わりません。学校には決まりがあり、家には家の考えがあり、世間には世間の常識がある。Yが自分をどう思っているかは、それらの前で小さな問題として扱われました。
 私はそのことに腹が立ちました。けれど、何に腹を立てているのかは分かりませんでした。
 Y自身も、自分はおかしいのか、なぜ自分だけこんなことを考えるのか、どうして普通にできないのかと問い続けました。しかし答えは出ず、問いだけが増えていく。
 それでも朝は来ます。制服を着て学校へ行き、人前では女の子として振る舞い、弟からは「お姉ちゃん」と呼ばれる。家に帰れば家族がいる。
 Yは、どこにいても自分ではない誰かとして扱われていたのだと思います。
 中学生になってしばらくした頃、Yの父親が亡くなりました。
 その知らせを聞いた時、Yは悲しいのか、嬉しいのか、安心したのか、それとも何も感じないのか、自分でも分からなかったそうです。
 父親がいなくなれば、暴力に怯えずに済む。家の中も静かになる。そう考えれば、望んでいたものに近づいたようにも思えます。
 けれど実際に父親がいなくなると、別の感情が残りました。Yはしばらく黙り、ぽつりと呟いた。
 「これが望んだ答えだったのか?」
 私は何も答えられませんでした。願いが叶えば幸福になるとは限らない。長く憎んでいたものが突然なくなると、自分が何を望んでいたのかさえ分からなくなることがある。
 Yは父親の死を喜びたかったわけではない。だからといって、悲しむこともできなかった。ただ、自分の中にあった願いが、最も残酷な形で叶ってしまったのです。
 「俺は、父親がいなくなれば楽になると思ってた。でも、いなくなったら、楽なのかどうか分からなくなった」
 私は何も言えませんでした。「大丈夫」「仕方ない」「気にしなくていい」といった、ありふれた言葉を使いたくなかった。Yが初めて、自分でも答えの分からない問いを口にしたような気がしたからです。
 「これが望んだ答えだったのか?」
 その問いに、私には答えられませんでした。
 その後も、Yの生活が明るくなったわけではありません。家に帰れば二人の姉がいて、学校へ行けば性別に悩み、人の顔を見れば吐き気がすることもある。誰かを信じようとしても、昔の記憶が邪魔をする。
 だからYは、また漫画を読みました。ページを開けば、自分を「お姉ちゃん」と呼ぶ人も、理解しない父親も、暴力を振るう姉も、学校へ行けと急かす声もない。ただ紙の上に別の世界がある。それだけでよかったのでしょう。
 私はその話を聞きながら、Yは人間が嫌いなのではなく、人間に自分を決めつけられることが嫌なのだと思いました。
 男、女、姉、妹、問題児、良い子。誰かに名前を付けられるたび、自分が少しずつ遠くなる。だからYは漫画の世界へ逃げた。そこでは、自分が何者か説明する必要がないからです。
 私はそれを聞いて、少し羨ましく思いました。私もまた、『人間失格』のページの中へ逃げ込んでいたからです。
 Yは漫画を読み、私は本を読む。逃げ込んだ場所は違っても、していることは同じでした。現実から少し離れ、誰にも見つからない場所で呼吸をする。ただ、それだけです。
 Yは私に過去を話し、私はそれを聞きました。何度も頷きましたが、Yを救おうとは思いませんでした。そんなことが自分にできるとは思わなかったからです。
 人間は他人の人生を代わりに生きられず、過去も消せず、家族も変えられない。ただ、隣に座り、話を聞き、その人が「ここにいる」と思える時間を少しだけ作ることはできる。
 私とYの間にあったのは、きっとそれだけでした。
 私はYを救ったのではありません。Yも私を救ったわけではない。ただ、二人とも一人でいることに少し疲れていただけです。
 けれど、その「それだけのこと」が、人間にとって案外大きなものなのではないかと思っています。
 お互いに昔話を話し終えると、距離感が縮まった感じがしました。少なくとも私はそう感じていました。深夜に通話をつなげて沢山お話をしました。漫画の話もしました。お互いの悩みも打ち明けていきました。私は勝手にYと自分はかけがえのない存在だと思っていました。Yが学校へ来なくなったのは、それから一年と数ヶ月のことでした。
 一日くらいなら、私はさほど気にしなかったでしょう。人間には学校へ来ない日くらいあります。二日目も、三日目も、私はまだ待っていました。けれど、一週間が過ぎても、二週間が過ぎても、Yの席は空いたままでした。私は、その空席を見るたびに、胃のあたりが小さく縮むのを感じました。机も、椅子も、何一つ変わっていません。
 ただ、そこにYだけがいない。
人間というものは不思議なもので、本人がいなくなって初めて、その人間がいた場所を意識するようになります。昨日まで何とも思わなかった空席が、急に大きな穴のように見えてくるのです。私は先生に聞こうと思いました。けれど、やめました。教卓の前まで行きかけて、足を止めました。聞けば何かを知ることになる。そう思うと、口の中が乾き、舌が上顎に張りつきました。知らないままでいることは、時として知ることよりも楽でした。これは昔からの私の悪い癖でした。分からないものを分からないままにしておく。見たくないものから目を逸らす。そうしておけば、自分の中にあるものを壊さずに済むと思っていました。けれど、Yの席を見ないようにするほど、視界の端にその空白が残りました。ノートを開いても、黒板を写していても、気づけばそこへ目が戻っていました。
 あの時のYの顔。
 「私って、変かな」
 そう尋ねた時の顔。
 私は「変じゃないと思う」と答えました。
 「思う」などという曖昧な返事をしたことまで、はっきり覚えています。
 あの時、もっと何か言えばよかったのでしょうか。
 もっと話を聞けばよかったのでしょうか。
 もっとYの家へ行けばよかったのでしょうか。
 そう考えるたび、私は自分に言い聞かせました。あの時の私は、できることをした。Yが話してくれたのだから、黙って聞いていた。それで十分だったはずだ、と。
けれど、その言葉を繰り返すほど、胸の奥に冷たいものが沈んでいきました。最初は、ただ不安でした。私が何か見落としたのではないか。次に、後悔が浮かびました。
 あの時、Yが「私って、変かな」と言ったあと、私はすぐに笑ってしまった。重くならないようにしたつもりでした。けれど、Yの目が一瞬だけ伏せられたことを、今になって思い出しました。あれは、私の返事を待っていた顔だったのかもしれません。そう思うと、胸の中央が細い針で刺されたように痛みました。私は、あの時の自分の声を何度も頭の中で再生しました。
「変じゃないと思う」
もっとはっきり言えたはずです。
「変じゃないよ」と。
どうして私は、最後まで言い切らなかったのでしょう。
どうして「思う」などという逃げ道を残したのでしょう。
私は、あの一言の中にまで、自分の臆病さを見つけてしまいました。
それでも私は、まだ自分を責めきれませんでした。
私はYの事情を知らなかった。
Yが何を抱えていたのか、全部を知っていたわけではない。
そう考えれば、少しだけ息ができました。
けれど、そのたびに別の記憶が戻ってきました。
Yが話している間、私は何度か時計を見ていたこと。
Yが黙った時、沈黙に耐えられず、くだらない話を始めたこと。
Yが「大丈夫」と言った時、それ以上聞くのをやめたこと。
あの時の私は、Yを心配していたのではなく、Yが苦しんでいる姿を見続けることから逃げていたのではないか。
そう考えると、胃の奥が冷たくなりました。私は、Yを助けたかったのではなく、助けたと思いたかっただけなのかもしれません。そんなことを考えているうちに、私はとうとうYの家へ行くことにしました。理由などありません。ただ、行かなければならない気がしたのです。Yの家の前に立つと、私はしばらくインターホンを押せませんでした。指を伸ばしては引っ込め、袖口を何度もつまみました。押してしまえば、何かが変わってしまう。そんな馬鹿げたことを考えていました。ようやく指を伸ばして押すと、しばらくしてYのお母さんが出てきました。私はYのことを尋ねました。
 「Yさんは、いますか」
自分でも情けないほど小さな声でした。お母さんは、しばらく私の顔を見ていました。その顔には、悲しみとも怒りともつかないものがありました。そして、静かに言いました。
 「......もう、いないの」
私は意味が分かりませんでした。
いない。
その言葉だけでは、何のことなのか理解できませんでした。
学校を休んでいる。
どこかへ出かけている。
親戚の家にでも行っている。
私は、そんな都合のいいことを考えていました。そうであってほしいと、頭の中で必死に言葉を並べました。
けれど、お母さんは続けました。
Yは、自ら命を絶ったのだと。
私は、しばらく何も言えませんでした。
頭の中で、言葉だけが何度も繰り返されていました。
死んだ。
Yが。
あのYが。
いつも私の隣に座っていたYが。
「私って、変かな」
そう言っていたYが。
私は、何かを言おうとしました。けれど、喉の奥が固まったように動きませんでした。息だけが浅く漏れ、舌が口の中で行き場を失いました。指先から血が引き、握っていた鞄の持ち手が手のひらに食い込んでいるのに、痛みは遠くにありました。悲しい、という言葉さえ、どこか他人事のように思えました。私はYの死を悲しんでいるのか。それとも、Yがいなくなったことで自分が寂しくなることを恐れているだけなのか。そんなことばかり考えていました。私は、Yが話していた時のことを思い出しました。Yは、何度も言葉を止めていました。そのたびに私は、続きを急かさないように黙っていたつもりでした。けれど本当は、何を言えばいいのか分からず、ただ固まっていただけでした。Yが膝の上で指を組み替えていたことも、爪の跡が手の甲に赤く残っていたことも、今になって鮮明に浮かびました。あの時、私はその手を見ていたのに、何も言わなかった。Yが苦しそうに息を吐いた時も、私は聞こえないふりをした。聞けば、もっと深いところまで踏み込まなければならない気がしたからです。私は、Yが話してくれたことを受け止めたのではなく、話が終わるのを待っていただけだったのかもしれません。そう思った瞬間、膝から力が抜けそうになりました。私は、家へ帰る道をほとんど覚えていません。ただ、空が妙に青かったことだけは覚えています。あまりにも綺麗な空でした。私は、それを見ながら思いました。どうして空は、こんな時まで青いのでしょう。誰かが死んだというのに。私の知っている人間が一人、この世界からいなくなったというのに。世界は何も変わっていませんでした。車は走っていました。鳥は鳴いていました。人は笑っていました。コンビニの前には、自転車が何台も並んでいました。昨日までと何も変わらない。私は、そのことが恐ろしくなりました。Yがいなくなっても、世界は平然としている。まるで、最初からYなど存在しなかったかのように。私は家に帰ると、自分の部屋に閉じこもりました。机の上には、Yと話した時に携帯に残ったメッセージがありました。私はそれを開きました。何気ない会話ばかりでした。
くだらない話。
漫画の話。
学校の話。
家族の話。
そして、私には理解できなかったYの悩み。
ページをめくるたびに、Yの声が聞こえてくるような気がしました。私は、その時になって初めて気づきました。私はYを理解していたのではありません。理解したつもりになっていただけだったのです。人間は、他人の心を完全に知ることなどできない。私はそれを、誰よりも分かっているつもりでした。それなのに私は、Yだけは分かると思っていた。Yが笑えば安心していると思った。Yが私の隣にいれば、少し楽なのだと思った。私と話している時だけ素顔を見せてくれていると思った。それらは全部、私の都合のいい解釈だったのかもしれません。私は、Yを救っていたつもりでした。けれど私は、Yの苦しみを全部知っていたわけではない。私の知らないところで、Yはずっと苦しんでいた。その事実だけが、私の中に残りました。そして私は、何度も自分に問いかけました。
私は何をしていたのだろう。
私は、何のためにYの隣にいたのだろう。
Yのためだったのか。
それとも、自分のためだったのか。
私は、答えを出すことができませんでした。ただ一つだけ分かったことがあります。人間は、誰かを救ったつもりになった瞬間が、一番危ういのかもしれない。相手の苦しみを、自分の理解できる範囲だけで決めてしまうからです。私はその夜、Yのことを考えながら眠りました。夢の中でも、Yは私の隣にいました。いつものように笑っていました。私は何かを話そうとしました。けれど、声が出ませんでした。Yも何も言いませんでした。ただ、こちらを見ていました。私は、その顔を見ているうちに、あの時の言葉を思い出しました。「私って、変かな」私は答えました。「分からないよ」夢の中のYは、少し笑いました。「そっか」それだけでした。
朝になって目を覚ますと、Yはいませんでした。当然です。夢の中にまで現実を持ち込む必要はないのです。私は布団の中でしばらく天井を見ていました。そして、ふと思いました。
私が取った行動は正しかったのでしょうか。
何気ない会話をしていたのがYにとって良かったのでしょうか。
私はそれ以来、「人を救う」という言葉を簡単には使えなくなりました。人間は、誰かの人生を背負えるほど強くはない。それでも、隣に座ることくらいはできる。話を聞くことくらいはできる。笑うことくらいはできる。私は、Yにそれをしてあげたかった。けれど、それで十分だったのか。それとも、それすら余計なことだったのか。今でも分かりません。ただ、Yがいなくなった後も、私は時々、隣の席を見てしまいます。そこには誰もいません。空っぽの机と椅子があるだけです。それなのに私は、そこにYが座っているような気がしてしまう。人間というものは、死んだ人間よりも、残された人間の方が長くその人間を抱えて生きていくのかもしれません。私は今でも、Yに問いかけることがあります。
あの時、私と話していて楽しかったですか。
私の隣にいる時、本当に少しは楽でしたか。
それとも私は、あなたの傷を思い出させるだけの人間だったのでしょうか。
当然、返事はありません。
けれど私は、それでも問いかけてしまうのです。あの猫に話しかけていた時と同じように。返事がないと知っていながら。それでも私は、問いかけずにはいられないのです。
 そんな罪を抱えたまま私の中学校生活は幕を閉じました。
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18歳の手記作者:宵崎 朔
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救いという名の毒薬と、無罪のまま罪人となった『加害者』への転落
中学生の記憶
 私は、中学校に進学しました。と言っても、人口の少ない街ですから人が変わることなんてありません。小学校のときに一緒だった男子が女子の身長を抜かす人が増え、少しだけ声を低くして、同じような顔をして教室に並んでいるだけでした。変わったことといえば、スマートフォンを進学祝いに母からもらったことです。そして、佐々木は始めの一週間は学校に来ていたのですが、パタリと来なくなったことです。原因は、悲劇的な事件を引き起こして他の人から責められたことらしいのです。佐々木は自分の正義が正しいと思い込み、それが否定されたことで生じた反動なのでしょう。私は、それを聞いても何の感情も抱きませんでした。天罰だとも思いませんでした。ただ、第三者視点で見ていただけでした。それきり、私は佐々木のことを考えるのをやめました。無駄に疲れたくなかったからです。私は、ひたすら教室にいる人を観察していました。
 誰が誰を嫌っているか。
 好んでいるか。
 誰が先生から気に入られているのか。 誰が心の中に違和感を飼い始めたか。
このことは、無意識に増えていきました。人間は、顔や口から出る外面と誰にも視ることのできない内面があり、それらは決して交わることのないことを密かに学んでいたからです。その歪んだ思考の所為で「絶対」や「必ず」という言葉が頗る違和感を持っていました。言葉から裏の言葉を読み取る、私は大変面倒くさい性格を構築してしまったのだと後悔していました。しかし、臆病から来ているものではないと思っていたので誇らしく思っていました。ただ「用心深い」私からそうなったのだと思っていたからです。当時の私にとって「用心深く生きること」は、私よりずっと偉い人がする特権なのだと。しかし、それは違っていました。何も、特別なのではなく、みんながやっていることだったのです。少なくとも、私の目に映っている情報では。私は、被っていた仮面の枚数を少し減らしました。その所為なのか、「明るくなったね」と言われることが多くなりました。それまで、あまり話さなかった人も話すようになりました。私は、嫌われない術を身に着けました。
 相手が笑えば笑う。相手から頼まれごとをされたら喜んでする。私は、傀儡師が私の意思にそぐわずに変わる操り人形になっていました。今思えば、昔の自分になるのを嫌がって我儘な言い訳をして逃げていただけなのだと思います。しかし、当時の私は成長しているのだと感じていました。私は、それが間違っていることなんて気づきもしませんでした。なんせ、他人ばかり見ていたのですから。昔の弱者な自分なんて居ない。私は、新しい優しい自分になったのだと。嫌われないように過ごしていたことが分かるのは随分と先のことです。そんな、操り人形な私の存在は先生たちにも知られていきました。私は、すこぶる嬉しかったです。先生に初めて頼まれた日は、暫くの間それが心の中に留まっていました。私は私のことを「いい人」「お利口な人」だと思い始めました。私は、操り人形としての仕事を全うしていました。気づくと、私は私じゃなくなっていました。正しく言うと、私の人格が誰かに乗っ取られたのだと思ったのです。私は生まれて初めて覚える違和感でした。味わったことのない味でした。匂いでした。私は、恐ろしく思えてきました。しかし、認めたくありませんでした。もし、偽物だと認めてしまえば、この社会から自分が消えてしまいそうだったからです。私は、私自身について考えることをやめました。またこの得意な逃げ方が発動しました。
 そんな時、転校生がやってきました。名前はYと名乗っていました。Yは、一番うしろの左端の席に座りました。私の隣でした。休み時間になると、Yの周辺は人だらけでした。Yは色々なことを聞かれていました。Yは、必死に答えていました。しかし、私はその風景に違和感を抱いていました。Yには、何か心の中で飼っている、そう感じていました。答える時の少しだけのためらい。名前を呼ばれた時の不服そうな顔。最初は、転校してきたばかりで緊張しているのだろうと思っていました。一週間経っても、二週間経ってもその違和感は消えませんでした。むしろ、確信に近づいていきました。私は、その違和感に耐えられず、ついに失礼な質問をしてしまいまし
「ねぇ、自認している性別はどっちなの?」 私は、その言葉が口から出た時、後悔しました。Yは少し、戸惑った様子でした。少し時間を置いてから、Yは、
「男」
と言いました。先生からは転校生は「女の子」と聞いていたので、驚きました。その時、バラバラにあった違和感は全て、点でつながりました。私は、何か懐かしさを覚えました。Yと話していると、時間が進むのを早く感じました。周りの顔も声も気にしなくなっていました。私と居ると、Yも初めて見る顔をしていたような気がします。家庭のことも、今まで感じてきた違和感も、何もかも。Yは、全てを話してくれた気がします。Yと話していると、いつも時間というものが怠け者になっていました。休み時間が始まったと思えば、いつの間にか終わっている。授業の間の十分間など、普段ならば時計の針を三度ほど睨みつけて、ようやく半分過ぎたかと思っていました。それがYといる時に限って、時計の方がこちらに遠慮しているように早く進んでいました。私はそれを不思議に感じていました。人間というものは、相手によって随分と態度を変えるもの。もっとも、態度を変えているのが相手なのか、自分なのかは分からないのですが。Yは私といる時だけ、少し違いました。教室では、誰かに話しかけられるたびに、きちんと返事をする。笑うべきところでは笑い、質問されれば答える。傍から見れば、実に感じのよい転校生でありました。しかし、私の隣に座っている時だけ、その顔から何かが抜け落ちていた気がします。
 私はそれを「素顔」と呼ぶことにした。 ただ、素顔というものが本当に存在するのかは私には分かりません。人間は鏡を見る時でさえ、自分の顔を少し整えている。髪を直し、襟を正し、口元を確認する。まして他人の前ならば、なおさらしている。そう考えると、素顔というものは随分と贅沢なものなのかもしれない。少なくとも私の中では。Yは時々、窓の外を見ていました。「何見てるの」
「別に」
「別にって、何もないじゃん」
「だから別に」
そう言ってYは笑った。
私はその笑い方を見て、妙に安心していました。以前の私は、人間の笑顔ほど信用ならないものはないと思っていました。笑顔には、いくらでも意味を詰め込める。嬉しい。困った。面倒だ。早く終わってほしい。嫌いではないが、好きでもない。同じ口の形をしているのに、中身は全く違う。私はそれを見分けることに長けていたような気がします。少なくとも、そう思っていました。ところがYの笑顔だけは、どういうわけか見分けようと脳が働こうとしませんでした。いや、見分ける必要がなかったのかもしれません。私はYといる時だけ、人間を観察することを忘れていました。これは私にとって、かなり珍しい出来事でありました。私は他人を観察することが何よりもの幸福でした。あの人は私を嫌っている。この人は私に興味がない。あの人は今、機嫌が悪い。そうやって人間を分類しておけば、突然傷つけられることはないと思っていたからです。しかしYの前では、その分類表が役に立ちませんでした。Yが何を考えているのか、私は分かりませんでした。いや、無理に分かろうとしても無駄だと思っていました。私はそこで初めて、自分が「理解する」ということに、少しばかり執着していたのではないかと思いました。理解できなければ怖い。予測できなければ怖い。だから私は、人間の顔色を読むようになった気がします。そして、いつの間にか、自分の顔色まで分からなくなっていました。 「ねえ」
Yが突然言った。
「何?」
「私って、変かな」
私は少し考えた。この「少し考えた」というのが、私にとっては珍しいことでした。以前ならば、相手が求めている答えを探していました。大丈夫。変じゃない。普通だよ。そう言えば相手は何故か安心する。しかし、その日は違いました。
「変じゃないと思う」
「思う、なんだ」
「うん」
「なんで?」
「分からないから」
Yは少し黙って、それから微笑みました。「そっか」
それだけでした。それだけなのに、私は妙に嬉しかったのを覚えています。人間というものは、分からないことを分からないと言っただけで、こんなにも肩の荷が軽くなるものらしい。それは新たな発見でした。私はそれまで、何でも答えなければならないと思っていました。そして、良い人間とは、相手の期待に応える人間だと思っていました。だから笑った。頷いた。頼まれれば引き受けた。嫌な顔をしなかった。そうしているうちに、私は「優しい人」になれていました。実にそれは私にとって、簡単なことでありました。ただし、その優しさの中に、私自身がどれほど残っていたのかは分からかったのです。Yといる時だけ、私はそれを考えませんでした。だから私は、Yといる時間が好きでした。いや、「好き」という言葉を使うのは少し違うかもしれません。好きというものには、何かしら期待がつきまとってきます。期待には、失望がついてきます。私はそれを知っていました。だから私は、ただ「楽だった」と自分に言い聞かせました。後から考えれば、それは私が初めて、自分の気持ちを自分の言葉で呼んだ瞬間だったのかもしれません。けれど、その時の私はそんなことを気にする余裕なんてありませんでした。私は相変わらず、自分について考えることから逃げていました。他人の心なら、いくらでも覗き込めたというのに。自分の心だけは、どういうわけか戸締まりがしてありました。その頑丈な鎖を解いてくれたのがYでした。どういう訳かYといると勝ち負けのない他流試合でした。私は、Yが話してくれたことを妙に細かく覚えています。人間は、自分のことより他人のことをよく覚えているのかもしれません。少なくとも私はそうでした。
 自分の過去は、都合の悪いところから忘れていきました。けれど、Yの話だけは違いました。初めて「誰かの人生」を覗き込んだような感覚があったからでしょう。
 Yは、生まれた時から自分の性別について家族と折り合いがつかなかったそうです。本人は自分を男だと言っていましたが、弟は何度言っても「お姉ちゃん」と呼びました。
「俺、男だから」
そう言っても、
「お姉ちゃんでしょ」
と返される。
最初は何度も訂正したそうですが、変わらないので、いつの間にか諦めたと言っていました。
 諦めたという言葉は便利です。何かを受け入れたようにも、捨てたようにも聞こえる。Yの場合は、おそらく後者でした。
「もう、何回言っても無駄だから」
Yはそう言って笑いました。私はその笑い方が嫌いでした。正確には、その笑顔の意味が分かってしまう自分が嫌だったのです。
 本当に諦めた時、人間は泣かないのかもしれません。泣くほどの期待が、もう残っていないからです。
 Yの家では、父親と母親がよく喧嘩をしていました。父親は仕事や日々の苛立ちを子供にぶつけ、Yもその対象になりました。母親は何度もやめてと言いましたが、それで止まるほど簡単ではなかった。
 Yは父親を憎んでいるようには見えず、むしろ不思議なほど冷静でした。
「父親も大変だったんじゃないかな」
その言葉に私は驚きました。自分を傷つけた人間に、なぜそんな言葉を使えるのだろうと思ったのです。
 けれど今になって考えれば、Yは父親を許していたのではなく、憎むことにも疲れていたのでしょう。
 母親はとうとう父親と別居することを決めました。家の中の暴力は減りましたが、Yの苦しみが終わったわけではありません。二人の姉は成人してアルバイトをしていましたが、家の中でYに向けられる暴力はなくなりませんでした。
 父親がいなくなったからといって、家庭が急に家庭らしくなるわけではない。私はその当たり前のことを、Yから初めて知りました。
 母親は昼も深夜も働き、Yと弟は渡されたお金で何とか生活していました。母親がYを愛していなかったわけではありません。むしろ、母親なりに守ろうとしていたのでしょう。ただ、人間には限界があります。愛情があっても時間が足りず、優しさがあっても力が足りないことがある。
 Yは小学生の頃、仲の良い友達がいました。いつも一緒に帰るほどでしたが、ある日、その友達から悪口を言われました。何を言われたのか、Yは話しませんでした。話さなかったというより、もう覚えていなかったのかもしれません。
 それ以来、Yは一人で帰るようになりました。友達が不思議そうに、
 「なんで一人で帰るの?」
 と聞いても、Yは答えず、そのまま家に帰ったそうです。
 私は、どうして何も言わなかったのか尋ねました。
 「何を言えばいいか分からなかったから」
 Yはそう答えました。私はそれ以上聞きませんでした。言葉にできないことほど、本当は大切なのかもしれません。
 それからYは、人を信じられなくなっていきました。誰かが笑えば自分を笑っているように感じ、優しくされれば裏があるように思い、近づいてくる人もいつか離れるものだと考える。やがて、人と関わること自体を面倒に感じるようになりました。
 小学校では暴れるようになり、学校へ行かない日もありました。行けば誰かと喧嘩をしたり、授業を妨げたりする。噂は学年を越えて広がりました。
 Yは気にしていないように振る舞っていましたが、本当に気にしていなければ、そんな振る舞いも必要なかったでしょう。人間は傷ついているほど、「平気な顔」を上手にするものです。
 Yはその頃から漫画を読むようになりました。学校へ行かない日は家で漫画を読む。人間と話すより、登場人物を眺めている方が楽だったのです。
 漫画の中の人間は、目の前で突然態度を変えません。物語には筋書きがあり、次に何が起こるか分からなくても、そこには作者が用意した理由があります。
 現実には、それがない。人間は突然怒り、笑い、離れていく。昨日まで友達だった人が、今日には他人になる。Yは、そんな世界を信用できなかったのでしょう。
 中学校へ上がっても、生活は変わりませんでした。人を信じられず、学校へ行きたくなく、家にいても落ち着かない。そして何より、自分の性別について考え続ける。
 中学校の制服はスカートでした。Yはそれを着るのが嫌でしたが、嫌だと言っても簡単には変わりません。学校には決まりがあり、家には家の考えがあり、世間には世間の常識がある。Yが自分をどう思っているかは、それらの前で小さな問題として扱われました。
 私はそのことに腹が立ちました。けれど、何に腹を立てているのかは分かりませんでした。
 Y自身も、自分はおかしいのか、なぜ自分だけこんなことを考えるのか、どうして普通にできないのかと問い続けました。しかし答えは出ず、問いだけが増えていく。
 それでも朝は来ます。制服を着て学校へ行き、人前では女の子として振る舞い、弟からは「お姉ちゃん」と呼ばれる。家に帰れば家族がいる。
 Yは、どこにいても自分ではない誰かとして扱われていたのだと思います。
 中学生になってしばらくした頃、Yの父親が亡くなりました。
 その知らせを聞いた時、Yは悲しいのか、嬉しいのか、安心したのか、それとも何も感じないのか、自分でも分からなかったそうです。
 父親がいなくなれば、暴力に怯えずに済む。家の中も静かになる。そう考えれば、望んでいたものに近づいたようにも思えます。
 けれど実際に父親がいなくなると、別の感情が残りました。Yはしばらく黙り、ぽつりと呟いた。
 「これが望んだ答えだったのか?」
 私は何も答えられませんでした。願いが叶えば幸福になるとは限らない。長く憎んでいたものが突然なくなると、自分が何を望んでいたのかさえ分からなくなることがある。
 Yは父親の死を喜びたかったわけではない。だからといって、悲しむこともできなかった。ただ、自分の中にあった願いが、最も残酷な形で叶ってしまったのです。
 「俺は、父親がいなくなれば楽になると思ってた。でも、いなくなったら、楽なのかどうか分からなくなった」
 私は何も言えませんでした。「大丈夫」「仕方ない」「気にしなくていい」といった、ありふれた言葉を使いたくなかった。Yが初めて、自分でも答えの分からない問いを口にしたような気がしたからです。
 「これが望んだ答えだったのか?」
 その問いに、私には答えられませんでした。
 その後も、Yの生活が明るくなったわけではありません。家に帰れば二人の姉がいて、学校へ行けば性別に悩み、人の顔を見れば吐き気がすることもある。誰かを信じようとしても、昔の記憶が邪魔をする。
 だからYは、また漫画を読みました。ページを開けば、自分を「お姉ちゃん」と呼ぶ人も、理解しない父親も、暴力を振るう姉も、学校へ行けと急かす声もない。ただ紙の上に別の世界がある。それだけでよかったのでしょう。
 私はその話を聞きながら、Yは人間が嫌いなのではなく、人間に自分を決めつけられることが嫌なのだと思いました。
 男、女、姉、妹、問題児、良い子。誰かに名前を付けられるたび、自分が少しずつ遠くなる。だからYは漫画の世界へ逃げた。そこでは、自分が何者か説明する必要がないからです。
 私はそれを聞いて、少し羨ましく思いました。私もまた、『人間失格』のページの中へ逃げ込んでいたからです。
 Yは漫画を読み、私は本を読む。逃げ込んだ場所は違っても、していることは同じでした。現実から少し離れ、誰にも見つからない場所で呼吸をする。ただ、それだけです。
 Yは私に過去を話し、私はそれを聞きました。何度も頷きましたが、Yを救おうとは思いませんでした。そんなことが自分にできるとは思わなかったからです。
 人間は他人の人生を代わりに生きられず、過去も消せず、家族も変えられない。ただ、隣に座り、話を聞き、その人が「ここにいる」と思える時間を少しだけ作ることはできる。
 私とYの間にあったのは、きっとそれだけでした。
 私はYを救ったのではありません。Yも私を救ったわけではない。ただ、二人とも一人でいることに少し疲れていただけです。
 けれど、その「それだけのこと」が、人間にとって案外大きなものなのではないかと思っています。
 お互いに昔話を話し終えると、距離感が縮まった感じがしました。少なくとも私はそう感じていました。深夜に通話をつなげて沢山お話をしました。漫画の話もしました。お互いの悩みも打ち明けていきました。私は勝手にYと自分はかけがえのない存在だと思っていました。Yが学校へ来なくなったのは、それから一年と数ヶ月のことでした。
 一日くらいなら、私はさほど気にしなかったでしょう。人間には学校へ来ない日くらいあります。二日目も、三日目も、私はまだ待っていました。けれど、一週間が過ぎても、二週間が過ぎても、Yの席は空いたままでした。私は、その空席を見るたびに、胃のあたりが小さく縮むのを感じました。机も、椅子も、何一つ変わっていません。
 ただ、そこにYだけがいない。
人間というものは不思議なもので、本人がいなくなって初めて、その人間がいた場所を意識するようになります。昨日まで何とも思わなかった空席が、急に大きな穴のように見えてくるのです。私は先生に聞こうと思いました。けれど、やめました。教卓の前まで行きかけて、足を止めました。聞けば何かを知ることになる。そう思うと、口の中が乾き、舌が上顎に張りつきました。知らないままでいることは、時として知ることよりも楽でした。これは昔からの私の悪い癖でした。分からないものを分からないままにしておく。見たくないものから目を逸らす。そうしておけば、自分の中にあるものを壊さずに済むと思っていました。けれど、Yの席を見ないようにするほど、視界の端にその空白が残りました。ノートを開いても、黒板を写していても、気づけばそこへ目が戻っていました。
 あの時のYの顔。
 「私って、変かな」
 そう尋ねた時の顔。
 私は「変じゃないと思う」と答えました。
 「思う」などという曖昧な返事をしたことまで、はっきり覚えています。
 あの時、もっと何か言えばよかったのでしょうか。
 もっと話を聞けばよかったのでしょうか。
 もっとYの家へ行けばよかったのでしょうか。
 そう考えるたび、私は自分に言い聞かせました。あの時の私は、できることをした。Yが話してくれたのだから、黙って聞いていた。それで十分だったはずだ、と。
けれど、その言葉を繰り返すほど、胸の奥に冷たいものが沈んでいきました。最初は、ただ不安でした。私が何か見落としたのではないか。次に、後悔が浮かびました。
 あの時、Yが「私って、変かな」と言ったあと、私はすぐに笑ってしまった。重くならないようにしたつもりでした。けれど、Yの目が一瞬だけ伏せられたことを、今になって思い出しました。あれは、私の返事を待っていた顔だったのかもしれません。そう思うと、胸の中央が細い針で刺されたように痛みました。私は、あの時の自分の声を何度も頭の中で再生しました。
「変じゃないと思う」
もっとはっきり言えたはずです。
「変じゃないよ」と。
どうして私は、最後まで言い切らなかったのでしょう。
どうして「思う」などという逃げ道を残したのでしょう。
私は、あの一言の中にまで、自分の臆病さを見つけてしまいました。
それでも私は、まだ自分を責めきれませんでした。
私はYの事情を知らなかった。
Yが何を抱えていたのか、全部を知っていたわけではない。
そう考えれば、少しだけ息ができました。
けれど、そのたびに別の記憶が戻ってきました。
Yが話している間、私は何度か時計を見ていたこと。
Yが黙った時、沈黙に耐えられず、くだらない話を始めたこと。
Yが「大丈夫」と言った時、それ以上聞くのをやめたこと。
あの時の私は、Yを心配していたのではなく、Yが苦しんでいる姿を見続けることから逃げていたのではないか。
そう考えると、胃の奥が冷たくなりました。私は、Yを助けたかったのではなく、助けたと思いたかっただけなのかもしれません。そんなことを考えているうちに、私はとうとうYの家へ行くことにしました。理由などありません。ただ、行かなければならない気がしたのです。Yの家の前に立つと、私はしばらくインターホンを押せませんでした。指を伸ばしては引っ込め、袖口を何度もつまみました。押してしまえば、何かが変わってしまう。そんな馬鹿げたことを考えていました。ようやく指を伸ばして押すと、しばらくしてYのお母さんが出てきました。私はYのことを尋ねました。
 「Yさんは、いますか」
自分でも情けないほど小さな声でした。お母さんは、しばらく私の顔を見ていました。その顔には、悲しみとも怒りともつかないものがありました。そして、静かに言いました。
 「......もう、いないの」
私は意味が分かりませんでした。
いない。
その言葉だけでは、何のことなのか理解できませんでした。
学校を休んでいる。
どこかへ出かけている。
親戚の家にでも行っている。
私は、そんな都合のいいことを考えていました。そうであってほしいと、頭の中で必死に言葉を並べました。
けれど、お母さんは続けました。
Yは、自ら命を絶ったのだと。
私は、しばらく何も言えませんでした。
頭の中で、言葉だけが何度も繰り返されていました。
死んだ。
Yが。
あのYが。
いつも私の隣に座っていたYが。
「私って、変かな」
そう言っていたYが。
私は、何かを言おうとしました。けれど、喉の奥が固まったように動きませんでした。息だけが浅く漏れ、舌が口の中で行き場を失いました。指先から血が引き、握っていた鞄の持ち手が手のひらに食い込んでいるのに、痛みは遠くにありました。悲しい、という言葉さえ、どこか他人事のように思えました。私はYの死を悲しんでいるのか。それとも、Yがいなくなったことで自分が寂しくなることを恐れているだけなのか。そんなことばかり考えていました。私は、Yが話していた時のことを思い出しました。Yは、何度も言葉を止めていました。そのたびに私は、続きを急かさないように黙っていたつもりでした。けれど本当は、何を言えばいいのか分からず、ただ固まっていただけでした。Yが膝の上で指を組み替えていたことも、爪の跡が手の甲に赤く残っていたことも、今になって鮮明に浮かびました。あの時、私はその手を見ていたのに、何も言わなかった。Yが苦しそうに息を吐いた時も、私は聞こえないふりをした。聞けば、もっと深いところまで踏み込まなければならない気がしたからです。私は、Yが話してくれたことを受け止めたのではなく、話が終わるのを待っていただけだったのかもしれません。そう思った瞬間、膝から力が抜けそうになりました。私は、家へ帰る道をほとんど覚えていません。ただ、空が妙に青かったことだけは覚えています。あまりにも綺麗な空でした。私は、それを見ながら思いました。どうして空は、こんな時まで青いのでしょう。誰かが死んだというのに。私の知っている人間が一人、この世界からいなくなったというのに。世界は何も変わっていませんでした。車は走っていました。鳥は鳴いていました。人は笑っていました。コンビニの前には、自転車が何台も並んでいました。昨日までと何も変わらない。私は、そのことが恐ろしくなりました。Yがいなくなっても、世界は平然としている。まるで、最初からYなど存在しなかったかのように。私は家に帰ると、自分の部屋に閉じこもりました。机の上には、Yと話した時に携帯に残ったメッセージがありました。私はそれを開きました。何気ない会話ばかりでした。
くだらない話。
漫画の話。
学校の話。
家族の話。
そして、私には理解できなかったYの悩み。
ページをめくるたびに、Yの声が聞こえてくるような気がしました。私は、その時になって初めて気づきました。私はYを理解していたのではありません。理解したつもりになっていただけだったのです。人間は、他人の心を完全に知ることなどできない。私はそれを、誰よりも分かっているつもりでした。それなのに私は、Yだけは分かると思っていた。Yが笑えば安心していると思った。Yが私の隣にいれば、少し楽なのだと思った。私と話している時だけ素顔を見せてくれていると思った。それらは全部、私の都合のいい解釈だったのかもしれません。私は、Yを救っていたつもりでした。けれど私は、Yの苦しみを全部知っていたわけではない。私の知らないところで、Yはずっと苦しんでいた。その事実だけが、私の中に残りました。そして私は、何度も自分に問いかけました。
私は何をしていたのだろう。
私は、何のためにYの隣にいたのだろう。
Yのためだったのか。
それとも、自分のためだったのか。
私は、答えを出すことができませんでした。ただ一つだけ分かったことがあります。人間は、誰かを救ったつもりになった瞬間が、一番危ういのかもしれない。相手の苦しみを、自分の理解できる範囲だけで決めてしまうからです。私はその夜、Yのことを考えながら眠りました。夢の中でも、Yは私の隣にいました。いつものように笑っていました。私は何かを話そうとしました。けれど、声が出ませんでした。Yも何も言いませんでした。ただ、こちらを見ていました。私は、その顔を見ているうちに、あの時の言葉を思い出しました。「私って、変かな」私は答えました。「分からないよ」夢の中のYは、少し笑いました。「そっか」それだけでした。
朝になって目を覚ますと、Yはいませんでした。当然です。夢の中にまで現実を持ち込む必要はないのです。私は布団の中でしばらく天井を見ていました。そして、ふと思いました。
私が取った行動は正しかったのでしょうか。
何気ない会話をしていたのがYにとって良かったのでしょうか。
私はそれ以来、「人を救う」という言葉を簡単には使えなくなりました。人間は、誰かの人生を背負えるほど強くはない。それでも、隣に座ることくらいはできる。話を聞くことくらいはできる。笑うことくらいはできる。私は、Yにそれをしてあげたかった。けれど、それで十分だったのか。それとも、それすら余計なことだったのか。今でも分かりません。ただ、Yがいなくなった後も、私は時々、隣の席を見てしまいます。そこには誰もいません。空っぽの机と椅子があるだけです。それなのに私は、そこにYが座っているような気がしてしまう。人間というものは、死んだ人間よりも、残された人間の方が長くその人間を抱えて生きていくのかもしれません。私は今でも、Yに問いかけることがあります。
あの時、私と話していて楽しかったですか。
私の隣にいる時、本当に少しは楽でしたか。
それとも私は、あなたの傷を思い出させるだけの人間だったのでしょうか。
当然、返事はありません。
けれど私は、それでも問いかけてしまうのです。あの猫に話しかけていた時と同じように。返事がないと知っていながら。それでも私は、問いかけずにはいられないのです。
 そんな罪を抱えたまま私の中学校生活は幕を閉じました。
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