ホーム›18歳の手記›小学生の記憶 上
← 次の話目次前の話 →

小学生の記憶 上

承認という蜜と、理不尽に傷つけられた『被害者』としての覚醒
 小学生の記憶 上
 
 入学しても感じることは変わらず、むしろ悪化するだけでした。幼少期からあまり人と関わることを避けてきた私にとって、学校は監獄そのものでした。与えられた勉強という仕事をこなし、ある程度の休憩時間を設けられて、与えられたご飯を食べるだけの生活。私は周りの楽しそうな風景を見るばかりでした。それなのに、クラスのみんなは私の近くで話していました。私は、クラスの人気者になったかのように思えてきて、気分が高揚してきました。
 そんなある日、私は昼休みに怪我をしている女の子を見つけ、大丈夫かと話しかけて、その子を保健室に連れていきました。その子は誰にでも明るく接し、活発な子で、友達もたくさんいる、いわゆる陽キャの立ち位置にいる子でした。そんな次の日、私は生まれて初めて人から話しかけられました。その子でした。私は戸惑いつつも、なんとか名前を聞き出すことに成功しました。名前は、「なな子」だった気がします。それから私は、空気を崩さないように振る舞っていました。その子と話していると、自然と私に話しかける女の子が増えていきました。私はクラスであっという間に人気者になりました。まるで、転校生が来たかのように。学校から帰るときも、気づいたら独りではなくなっていました。段々、家にいる時間も少なくなっていきました。私の存在は徐々に街全体に伝わっていきました。休みの日は、田んぼの手伝いを近くに住むおじさんに頼まれていました。手伝いが終わると、おじさんは冷たいジュースをくれました。私は生きている心地がしました。私はあの昔の街に戻りたいということは、いつの間にかなくなっていました。母はそんな私を見て、いつも微笑んでいました。父も姉も。何がそんなに良かったのか、私には全くわかりませんでした。それは今も変わらずです。
 今日もおじさんのところで田んぼの手伝いをしていたときです。山の方からなな子が私の名前を叫びながらやってきたのです。用を聞くと、「なな子の家でなな子の誕生日会をするの。よかったら来ない?」と誘われました。気づいたら私の目に映っていたのは青空でした。そして、服が泥だらけになっていました。私は、おじさんに言ってもいいかとダメ元でお願いをして、一度家に帰って誕生日会の準備をしました。私にとって他人の家に入るのは異世界に行くような感覚だったので、どうしたらよいのかと戸惑ってしまい、白の服と黒の半ズボンを履いて、ドアの前で待っていたなな子と再会して家に向かいました。入ると、恥ずかしさが胸の奥から込み上げてきました。そこにはクラスの人が数名いたからです。誕生会が終わり、私に残ったものはありませんでした。家に帰って母に聞かれても 「うん」
と答えて、母はその後、何も聞き返しませんでした。その夜、私は自室で窓から見える星の光に刺されながら、人間失格をひたすら読んでいました。私はクラスで人気者になった。友達と呼べるか分からないが、そんな存在もできた。誕生日会も呼ばれた。それなのに、何故、何故、何故......。 私はその夜、なかなか眠れず、気づいたら朝になっていました。カレンダーを見ると月という文字、「あぁ、今日が休みなら、なんてついていないんだ」そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか学校についていました。普段寝ない授業でも寝ていたのを覚えています。その日は、何故かいろいろな人から話しかけられていました。しかし、私は寝不足もあって返答をせずに黙り込んでいました。本当に弱者で愚者で、愚蒙だったと思います。下駄箱から靴を取り出し、履きました。下校中、いつも以上に視線を感じました。家のドアを開けると、母が大声で叫びました。
「あんた、その靴どうしたの」「何があったの」と。
 私は、意味が分からず、その靴を見ると、虫に喰われたかのような穴と泥まみれのヴァンプでした。母から何を聞かれても、私は「分からない」と答えるだけでした。いつも私を愚弄している月は、その夜、何故か微笑んでいるように見えました。私は気味が悪くなりました。私はその夜もあまり眠れませんでした。案の定、次の日の授業中の記憶は、途中から誰かがカットしたかのように切り取られていました。その日の昼休み、私は苦しくて、目を覚ますと馬乗りをされていました。上に乗っていたのはクラスの女子から嫌われている佐々木という男の子でした。佐々木の手は私の首をがっしり掴んでいました。私は、出せるだけの声を出して助けを求めました。すぐに先生がやってきて、佐々木をどけてくれました。私はこのとき、初めて危険な目に遭いました。その後、私はすぐに保健室に行きました。私は保健室の先生にはただ体調が悪いとだけ伝えて、その日の昼休み、私は保健室の白い天井を眺めていた。
 何も考えたくなかった。けれど、何も考えないということは、案外難しいものでした。
 天井には、小さな染みが一つありました。私はそれを見つめながら、ぼんやりと話しかけました。
「ねえ、天井。人間って、どうしてこんなに面倒くさいんだろうね」
 もちろん、返事はありません。
少し間を置いて、私はまた口を開きました。「善いことをした人は天国へ行って、悪いことをした人は地獄へ行くんでしょう?」 そう昔から教えられてきた。
 けれど、善いことと悪いことの境目は、誰が決めるのだろう。神様だろうか。閻魔様だろうか。それとも―人間だろうか。 もし最後の答えが正しいのなら、私はもう、何も信じられない。今日、私を傷つけた彼にも、彼なりの正義があったのかもしれない。そう考えると、「正しい」という言葉が、急に恐ろしくなりました。 正しい人間が、必ず優しい人間だとは限らない。 ならば、悪い人間とは、一体誰なのだろう。 私は天井を見つめた。 白い天井は、何も知らない顔をして私を見下ろしていた。 「......ねえ、閻魔様って、本当に見てるのかな」
 当然、返事はなかった。
 私は少し笑った。
「見てるなら、ちゃんと見ててよ」 それだけ言って、目を閉じました。
眠気がゆっくりと私を包んでいきました。 そのとき、ふと昔の猫を思い出した。
あの猫なら、私がどんなことを言っても、 「にゃあ」
と鳴いてくれました。
あれは返事だったのだろうか。
それとも、ただの鳴き声だったのだろうか。 今となっては、もう分からない。
ただ―あの頃の私は、あの猫だけが私を「ここにいるもの」として見てくれていた気がしていた。
だから私は、孤独を嫌いになれなかった。 むしろ、少しずつ好きになっていた。
孤独は、誰にも奪われない。そう思った。 その夜、私は星空を眺めながら、誰にも聞こえない声で呟いた。
「孤独は、素晴らしい」
星は何も答えなかった。
けれど、その瞬間だけ。
星の一つが、私を見て妙に笑ったような気がしました。私は気味が悪く、気のせいだと思うことにした。今日あったことは、父にも母にも、姉にも話していません。気遣いだとか、面倒臭いだとか、そういう理由ではありません。ただ、言葉にしてしまえば、頭の中に巨大な穴が開いてしまいそうだった。何かが、そこから零れ落ちてしまうような気がしたからです。だから私は、何も言わなかった。
 その次の日の朝、私はなな子から話しかけられました。昨日の心配と、いつでも相談してほしいとのことでした。私は、試しにその言葉を信じてみることにしました。昨日あったこともそうだが、今まで感じてきた他人と自分の間にある違和感や、前の街での暮らし方などを打ち明けました。それは、どこか懐かしいと思えました。なな子は自分事のように優しく頷いて、静かに聞いてくれていました。その日は、今まで抱えてきた荷物が少しだけ軽くなっていました。これが、どれだけ楽なことかは誰も知る由もないだろう。この先も。私は、自然となな子と居る時間が長くなっていきました。向こうはどう感じているか分からないが、私はなな子のことが好きだった。恋愛とか友達とかではない。ただ、普通に話す分には楽なだけであるからだ。しかし、なな子は相変わらずの人気者でありました。いつ見てもなな子の周りには人がいました。それにも関わらず、なな子は、
「今日一緒に帰る?」
と聞いてくれました。私はどう返して良いか分かりませんでした。私は少し時間を置いてから、
「うん......」
と答えました。私はなな子に人が集まってくる理由が分かった気がしました。モヤが少し晴れた気がしました。
 次の日も、その次の日もなな子と家に帰りました。その頃の私は鈍感で不器用だった気がします。なな子がいつも仲の良い人と話しているときです。
「なんで、いつもあいつと帰っているの」 「なんか、ほっとけないんだよね」
といったなな子のセリフは今も覚えています。私は今まで欠けていたピースが一つ埋まった気がしました。社会を大きく見たら黒く醜いかもしれない。ただ、小さく見るとそれは数多の色が存在していると、その時の私は幼いながらも感じていました。 そんなある日、なな子が授業中に寝ていてうなされていました。先生に見つかって怒られていました。私はなな子に「うなされていたけど何かあったの」と聞きました。なな子は「最近、ちゃんと眠れないの」「変な夢を見るの、誰かに襲われてしまう夢とか。」その次の日も、その次の日も、なな子は授業中や休み時間にうなされていました。そんな日々が続き、なな子と帰ることがなくなりました。学校で話しかけられることもなくなりました。私から話しかけても長い時間話すことはなくなっていきました。そんなある日、なな子から手紙が送られてきました。

 「もう、あなたとは関われない。
 なな子が壊れてしまいそうになるから」
たった、二行の文。私は、どうしてこんなことを言っているのか、すぐに分かりました。それから、私は人間失格を学校に持っていくようになりました。どんなときも読んでいました。そんなある日、私は学校に人間失格を忘れてしまいました。次の日の朝、それは表紙がボロボロになり、頁もいくつか欠けていました。気づいたとき、時間が止まりました。その日の時間の進む速さは、異常でした。周りを見渡しても、やった人物は見つかりませんでした。私は、しばらくその本を拾うことができませんでした。拾ってしまえば、何かを自分の中で決めてしまうかもしれないと感じたからです。誰がやったかも分からない。私は考えることをやめました。教室には、いつも通りの人がいました。笑い声も聞こえました。外では、何も知らないかのように元気に走っている子どもたちが見えました。世界は何も変わってやいませんでした。私は、長い時間勘違いをしていました。あの時人を助けなければ、人の言葉を信じなければ。いつの間にか、また苦悩の中に閉じ込められていました。私は、ボロボロになった本を見て、葉蔵も同じなんだな、と心の中で呟きました。なな子が離れてから、何かを失った気がしていました。それが何なのか分かりませんでした。友達だったのか。安心だったのか。居場所だったのか。それとも、人間を信じてしまった自分だったのか。私は、席に座りました。相変わらずの笑い声。昨日までの私なら、あの薄い膜に覆われた世界に入りたいと思っていたかもしれない。けれど、今は違った。私はその世界を眺めながら思いました。
「人間は何故、いつ壊れるか分からない、外部による圧力に弱い世界に閉じこもるのだろう」「誰かと一緒で居ることでしか、自分が存在していることを確かめられないのだろうか」そう考えた瞬間、私は背中からナイフで刺された気がしました。なな子と帰っていたときも、他の人と話していたときも、おじさんのところで手伝いをしていたときの私は何も違いなんてなかったから。私は結局、誰かを求めていた。それは昔からかもしれない。他人はどうでも良かった、どうでも良かったはずなのに、いつの間にか変わっていました。実に滑稽だと感じました。私は、本を開きました。欠けた頁の向こう側には、文字の続きなんてありませんでした。当然である。それは床に落ちているのだから。それなのに、私はなにか書いていると思っていました。それは現実が受け止められないからなのか、私は分かりませんでした。黒い文字。読めない文字。いや、文字ですらない。ただの黒い染みでした。私は、目を擦ったり、閉じたりして色々なことを試しました。もちろん、状況は何も変わりませんでした。そんな時、私の名前が呼ばれているのが聞こえました。周りには誰もいませんでした。教室には数多の人がいるのに、私に話しかけた人はいませんでした。気のせいだと、そう思いました。その日は道徳の授業がありました。授業参観に向けて「将来の自分に手紙を書こう」というものでした。「あなたは今幸せですか」から始まる、つらつらと今まであったことが書かれた重い内容の手紙。何行にもわたる手紙は、私から離れませんでした。書き終わると、それを先生に提出しました。放課後、先生に呼び出されました。手紙の指摘でした。
「内容が良くない」だとか「書き直せ」だとか「これを未来の自分が見て恥ずかしくないのか」だとか、散々な酷評を喰らいました。さらに、
「未来の自分に書くのだから、楽しいことを書かないと。放課後の楽しいことや給食で出て嬉しいメニューだとか。そういったものだ。決して、暗い内容を書くんじゃない。未来の自分を悲しくさせてどうする? 親が見て、悲しくなると思わないのか?」 私は、全く理解ができませんでした。正直にさらけ出すことが何故いけないのか。ただ、楽しければ全てがうまくいくのか。私は、先生に反論しようとしましたが、やめました。反論している自分が馬鹿らしく思えたからです。最後に、先生から「書き直して、また明日提出しにこい」とだけ言われ、書いた手紙が手元に戻っていきました。私は家に帰り、消しゴムで消すのではなく、またその手紙の続きを書き始めました。反抗心とかそういうのではなく、ただ書いているときの自分は、誰かに認められている気がしていたからです。もちろん、提出はしませんでした。毎日、「提出しろ」「提出しろ」と怒鳴られ続けましたが、私は得意の言い訳でその場を逃れていました。一週間ほど経って、その怒鳴り声は学校から消えました。もちろん、授業参観の日は学校を休みました。私は突然、寂しく思えてきました。ただ、そんな感情は、すぐに無くなりました。私は、その声がなくなった後も手紙を書き続けました。拙い文で構成されたその手紙は、鏡のようなものでした。手紙を書き続けてから、気づいたら一年が経過していました。部屋の中は、私の取扱説明書だらけになっていました。誰にも、読まれることのない何通もの何通もの手紙。好きなものや価値観が変わったりしても、このことは変わりませんでした。
シェア
前の話 →
幼少期の記憶
← 次の話
小学生の記憶 下
18歳の手記作者:宵崎 朔
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›18歳の手記›小学生の記憶 上
← 前の話目次次の話 →

小学生の記憶 上

承認という蜜と、理不尽に傷つけられた『被害者』としての覚醒
 小学生の記憶 上
 
 入学しても感じることは変わらず、むしろ悪化するだけでした。幼少期からあまり人と関わることを避けてきた私にとって、学校は監獄そのものでした。与えられた勉強という仕事をこなし、ある程度の休憩時間を設けられて、与えられたご飯を食べるだけの生活。私は周りの楽しそうな風景を見るばかりでした。それなのに、クラスのみんなは私の近くで話していました。私は、クラスの人気者になったかのように思えてきて、気分が高揚してきました。
 そんなある日、私は昼休みに怪我をしている女の子を見つけ、大丈夫かと話しかけて、その子を保健室に連れていきました。その子は誰にでも明るく接し、活発な子で、友達もたくさんいる、いわゆる陽キャの立ち位置にいる子でした。そんな次の日、私は生まれて初めて人から話しかけられました。その子でした。私は戸惑いつつも、なんとか名前を聞き出すことに成功しました。名前は、「なな子」だった気がします。それから私は、空気を崩さないように振る舞っていました。その子と話していると、自然と私に話しかける女の子が増えていきました。私はクラスであっという間に人気者になりました。まるで、転校生が来たかのように。学校から帰るときも、気づいたら独りではなくなっていました。段々、家にいる時間も少なくなっていきました。私の存在は徐々に街全体に伝わっていきました。休みの日は、田んぼの手伝いを近くに住むおじさんに頼まれていました。手伝いが終わると、おじさんは冷たいジュースをくれました。私は生きている心地がしました。私はあの昔の街に戻りたいということは、いつの間にかなくなっていました。母はそんな私を見て、いつも微笑んでいました。父も姉も。何がそんなに良かったのか、私には全くわかりませんでした。それは今も変わらずです。
 今日もおじさんのところで田んぼの手伝いをしていたときです。山の方からなな子が私の名前を叫びながらやってきたのです。用を聞くと、「なな子の家でなな子の誕生日会をするの。よかったら来ない?」と誘われました。気づいたら私の目に映っていたのは青空でした。そして、服が泥だらけになっていました。私は、おじさんに言ってもいいかとダメ元でお願いをして、一度家に帰って誕生日会の準備をしました。私にとって他人の家に入るのは異世界に行くような感覚だったので、どうしたらよいのかと戸惑ってしまい、白の服と黒の半ズボンを履いて、ドアの前で待っていたなな子と再会して家に向かいました。入ると、恥ずかしさが胸の奥から込み上げてきました。そこにはクラスの人が数名いたからです。誕生会が終わり、私に残ったものはありませんでした。家に帰って母に聞かれても 「うん」
と答えて、母はその後、何も聞き返しませんでした。その夜、私は自室で窓から見える星の光に刺されながら、人間失格をひたすら読んでいました。私はクラスで人気者になった。友達と呼べるか分からないが、そんな存在もできた。誕生日会も呼ばれた。それなのに、何故、何故、何故......。 私はその夜、なかなか眠れず、気づいたら朝になっていました。カレンダーを見ると月という文字、「あぁ、今日が休みなら、なんてついていないんだ」そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか学校についていました。普段寝ない授業でも寝ていたのを覚えています。その日は、何故かいろいろな人から話しかけられていました。しかし、私は寝不足もあって返答をせずに黙り込んでいました。本当に弱者で愚者で、愚蒙だったと思います。下駄箱から靴を取り出し、履きました。下校中、いつも以上に視線を感じました。家のドアを開けると、母が大声で叫びました。
「あんた、その靴どうしたの」「何があったの」と。
 私は、意味が分からず、その靴を見ると、虫に喰われたかのような穴と泥まみれのヴァンプでした。母から何を聞かれても、私は「分からない」と答えるだけでした。いつも私を愚弄している月は、その夜、何故か微笑んでいるように見えました。私は気味が悪くなりました。私はその夜もあまり眠れませんでした。案の定、次の日の授業中の記憶は、途中から誰かがカットしたかのように切り取られていました。その日の昼休み、私は苦しくて、目を覚ますと馬乗りをされていました。上に乗っていたのはクラスの女子から嫌われている佐々木という男の子でした。佐々木の手は私の首をがっしり掴んでいました。私は、出せるだけの声を出して助けを求めました。すぐに先生がやってきて、佐々木をどけてくれました。私はこのとき、初めて危険な目に遭いました。その後、私はすぐに保健室に行きました。私は保健室の先生にはただ体調が悪いとだけ伝えて、その日の昼休み、私は保健室の白い天井を眺めていた。
 何も考えたくなかった。けれど、何も考えないということは、案外難しいものでした。
 天井には、小さな染みが一つありました。私はそれを見つめながら、ぼんやりと話しかけました。
「ねえ、天井。人間って、どうしてこんなに面倒くさいんだろうね」
 もちろん、返事はありません。
少し間を置いて、私はまた口を開きました。「善いことをした人は天国へ行って、悪いことをした人は地獄へ行くんでしょう?」 そう昔から教えられてきた。
 けれど、善いことと悪いことの境目は、誰が決めるのだろう。神様だろうか。閻魔様だろうか。それとも―人間だろうか。 もし最後の答えが正しいのなら、私はもう、何も信じられない。今日、私を傷つけた彼にも、彼なりの正義があったのかもしれない。そう考えると、「正しい」という言葉が、急に恐ろしくなりました。 正しい人間が、必ず優しい人間だとは限らない。 ならば、悪い人間とは、一体誰なのだろう。 私は天井を見つめた。 白い天井は、何も知らない顔をして私を見下ろしていた。 「......ねえ、閻魔様って、本当に見てるのかな」
 当然、返事はなかった。
 私は少し笑った。
「見てるなら、ちゃんと見ててよ」 それだけ言って、目を閉じました。
眠気がゆっくりと私を包んでいきました。 そのとき、ふと昔の猫を思い出した。
あの猫なら、私がどんなことを言っても、 「にゃあ」
と鳴いてくれました。
あれは返事だったのだろうか。
それとも、ただの鳴き声だったのだろうか。 今となっては、もう分からない。
ただ―あの頃の私は、あの猫だけが私を「ここにいるもの」として見てくれていた気がしていた。
だから私は、孤独を嫌いになれなかった。 むしろ、少しずつ好きになっていた。
孤独は、誰にも奪われない。そう思った。 その夜、私は星空を眺めながら、誰にも聞こえない声で呟いた。
「孤独は、素晴らしい」
星は何も答えなかった。
けれど、その瞬間だけ。
星の一つが、私を見て妙に笑ったような気がしました。私は気味が悪く、気のせいだと思うことにした。今日あったことは、父にも母にも、姉にも話していません。気遣いだとか、面倒臭いだとか、そういう理由ではありません。ただ、言葉にしてしまえば、頭の中に巨大な穴が開いてしまいそうだった。何かが、そこから零れ落ちてしまうような気がしたからです。だから私は、何も言わなかった。
 その次の日の朝、私はなな子から話しかけられました。昨日の心配と、いつでも相談してほしいとのことでした。私は、試しにその言葉を信じてみることにしました。昨日あったこともそうだが、今まで感じてきた他人と自分の間にある違和感や、前の街での暮らし方などを打ち明けました。それは、どこか懐かしいと思えました。なな子は自分事のように優しく頷いて、静かに聞いてくれていました。その日は、今まで抱えてきた荷物が少しだけ軽くなっていました。これが、どれだけ楽なことかは誰も知る由もないだろう。この先も。私は、自然となな子と居る時間が長くなっていきました。向こうはどう感じているか分からないが、私はなな子のことが好きだった。恋愛とか友達とかではない。ただ、普通に話す分には楽なだけであるからだ。しかし、なな子は相変わらずの人気者でありました。いつ見てもなな子の周りには人がいました。それにも関わらず、なな子は、
「今日一緒に帰る?」
と聞いてくれました。私はどう返して良いか分かりませんでした。私は少し時間を置いてから、
「うん......」
と答えました。私はなな子に人が集まってくる理由が分かった気がしました。モヤが少し晴れた気がしました。
 次の日も、その次の日もなな子と家に帰りました。その頃の私は鈍感で不器用だった気がします。なな子がいつも仲の良い人と話しているときです。
「なんで、いつもあいつと帰っているの」 「なんか、ほっとけないんだよね」
といったなな子のセリフは今も覚えています。私は今まで欠けていたピースが一つ埋まった気がしました。社会を大きく見たら黒く醜いかもしれない。ただ、小さく見るとそれは数多の色が存在していると、その時の私は幼いながらも感じていました。 そんなある日、なな子が授業中に寝ていてうなされていました。先生に見つかって怒られていました。私はなな子に「うなされていたけど何かあったの」と聞きました。なな子は「最近、ちゃんと眠れないの」「変な夢を見るの、誰かに襲われてしまう夢とか。」その次の日も、その次の日も、なな子は授業中や休み時間にうなされていました。そんな日々が続き、なな子と帰ることがなくなりました。学校で話しかけられることもなくなりました。私から話しかけても長い時間話すことはなくなっていきました。そんなある日、なな子から手紙が送られてきました。

 「もう、あなたとは関われない。
 なな子が壊れてしまいそうになるから」
たった、二行の文。私は、どうしてこんなことを言っているのか、すぐに分かりました。それから、私は人間失格を学校に持っていくようになりました。どんなときも読んでいました。そんなある日、私は学校に人間失格を忘れてしまいました。次の日の朝、それは表紙がボロボロになり、頁もいくつか欠けていました。気づいたとき、時間が止まりました。その日の時間の進む速さは、異常でした。周りを見渡しても、やった人物は見つかりませんでした。私は、しばらくその本を拾うことができませんでした。拾ってしまえば、何かを自分の中で決めてしまうかもしれないと感じたからです。誰がやったかも分からない。私は考えることをやめました。教室には、いつも通りの人がいました。笑い声も聞こえました。外では、何も知らないかのように元気に走っている子どもたちが見えました。世界は何も変わってやいませんでした。私は、長い時間勘違いをしていました。あの時人を助けなければ、人の言葉を信じなければ。いつの間にか、また苦悩の中に閉じ込められていました。私は、ボロボロになった本を見て、葉蔵も同じなんだな、と心の中で呟きました。なな子が離れてから、何かを失った気がしていました。それが何なのか分かりませんでした。友達だったのか。安心だったのか。居場所だったのか。それとも、人間を信じてしまった自分だったのか。私は、席に座りました。相変わらずの笑い声。昨日までの私なら、あの薄い膜に覆われた世界に入りたいと思っていたかもしれない。けれど、今は違った。私はその世界を眺めながら思いました。
「人間は何故、いつ壊れるか分からない、外部による圧力に弱い世界に閉じこもるのだろう」「誰かと一緒で居ることでしか、自分が存在していることを確かめられないのだろうか」そう考えた瞬間、私は背中からナイフで刺された気がしました。なな子と帰っていたときも、他の人と話していたときも、おじさんのところで手伝いをしていたときの私は何も違いなんてなかったから。私は結局、誰かを求めていた。それは昔からかもしれない。他人はどうでも良かった、どうでも良かったはずなのに、いつの間にか変わっていました。実に滑稽だと感じました。私は、本を開きました。欠けた頁の向こう側には、文字の続きなんてありませんでした。当然である。それは床に落ちているのだから。それなのに、私はなにか書いていると思っていました。それは現実が受け止められないからなのか、私は分かりませんでした。黒い文字。読めない文字。いや、文字ですらない。ただの黒い染みでした。私は、目を擦ったり、閉じたりして色々なことを試しました。もちろん、状況は何も変わりませんでした。そんな時、私の名前が呼ばれているのが聞こえました。周りには誰もいませんでした。教室には数多の人がいるのに、私に話しかけた人はいませんでした。気のせいだと、そう思いました。その日は道徳の授業がありました。授業参観に向けて「将来の自分に手紙を書こう」というものでした。「あなたは今幸せですか」から始まる、つらつらと今まであったことが書かれた重い内容の手紙。何行にもわたる手紙は、私から離れませんでした。書き終わると、それを先生に提出しました。放課後、先生に呼び出されました。手紙の指摘でした。
「内容が良くない」だとか「書き直せ」だとか「これを未来の自分が見て恥ずかしくないのか」だとか、散々な酷評を喰らいました。さらに、
「未来の自分に書くのだから、楽しいことを書かないと。放課後の楽しいことや給食で出て嬉しいメニューだとか。そういったものだ。決して、暗い内容を書くんじゃない。未来の自分を悲しくさせてどうする? 親が見て、悲しくなると思わないのか?」 私は、全く理解ができませんでした。正直にさらけ出すことが何故いけないのか。ただ、楽しければ全てがうまくいくのか。私は、先生に反論しようとしましたが、やめました。反論している自分が馬鹿らしく思えたからです。最後に、先生から「書き直して、また明日提出しにこい」とだけ言われ、書いた手紙が手元に戻っていきました。私は家に帰り、消しゴムで消すのではなく、またその手紙の続きを書き始めました。反抗心とかそういうのではなく、ただ書いているときの自分は、誰かに認められている気がしていたからです。もちろん、提出はしませんでした。毎日、「提出しろ」「提出しろ」と怒鳴られ続けましたが、私は得意の言い訳でその場を逃れていました。一週間ほど経って、その怒鳴り声は学校から消えました。もちろん、授業参観の日は学校を休みました。私は突然、寂しく思えてきました。ただ、そんな感情は、すぐに無くなりました。私は、その声がなくなった後も手紙を書き続けました。拙い文で構成されたその手紙は、鏡のようなものでした。手紙を書き続けてから、気づいたら一年が経過していました。部屋の中は、私の取扱説明書だらけになっていました。誰にも、読まれることのない何通もの何通もの手紙。好きなものや価値観が変わったりしても、このことは変わりませんでした。
シェア
← 前の話
幼少期の記憶
次の話 →
小学生の記憶 下
18歳の手記作者:宵崎 朔
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません