幼少期の記憶
私は昔から、他人とうまく馴染めなかった気がします。いえ、気がするというより、そんなことばかりの記憶しかないのです。
【十八歳の手記】
幼少期の記憶
私は昔から、他人とうまく馴染めなかった気がします。いえ、気がするというより、そんなことばかりの記憶しかないのです。公園に出かけても、そこにあるのは見えない社会でした。子供たちは互いに声を掛け合い、笑い合い、時には喧嘩をしていました。けれど私は、その輪の中へ入ることができませんでした。そこには、私には見ることのできない扉があったのです。そして、私は、その扉を開けることを許されていなかった気がします。散歩をしていても、通りすがる知らない人から嘲笑われているように思えてなりませんでした。向けられる視線は、私を同じ生物として見ていないようなものでした。なので私は、この街にいつから住みついているか分からない野良猫に話しかけていました。この猫は、私以外の人からもチヤホヤされていて、愛されていました。この街のマスコット的な立ち位置でした。いつも私は、その猫に頗る不愉快な言葉を呟いていました。それにも関わらずその猫は、
「にゃあ」
「にゃあ」
と言うだけでした。ちゃんと理解しているのか、と私はいつも疑問に思うばかりでした。しかし、呟くことだけはやめることができなかったのです。その猫は私をこの世の生物として扱ってくれている気がしていたからかもしれません。
私の家は貧しい家庭でもなく、裕福な家庭でもありませんでした。家族構成は、父、母、姉、私の四人です。みんな、ワイワイやっていた記憶があります。私は自室で空を見上げているだけでした。空は、私の心の中の反対のことを映し出してくれていると思えていました。晴れの日には、心の中がどよんでいて、深海に沈んでいるようで、雨の日には、反対に心が澄み渡り、海岸にいるような心地がしました。私は、雨の日がずっと続けばいいのにと願っていました。家族にこのことを話すと、
「共感できない」
「雨の日は何かと落ち着かない」
「あんた、変わってんじゃないの」
と答えるばかりでした。私は、家族にも見捨てられたのだと感じるばかりだったのです。昔から神様は見ているからいい子にしなさいだとか、悪いことをしたら夢の中におばけが出てくるよと、耳が腐るくらい聞かされていました。もし、神や幽霊がいるなら、こんなに生きにくい世界を創造したのだろうかと思っていました。私は、母に神様はいるのかと聞いたことがあります。母は「いるよ」と答えるだけでした。何も根拠がないのによく言えるなと、屁理屈ばかり並べる幼少期を過ごしていました。私を理解してくれるのは猫だけ。家族も親戚も公園で遊ぶ子どもたちも、みんな弱者な私のことが嫌い、失せてほしい、消えてほしいと、きっとそう願っていたのでしょう。 そんな日々を過ごしていたある日、父の転勤でこの薄汚れた街から引っ越すことになりました。小学校に入学する前でした。私はもう唯一の光であるあの猫とお別れをしないといけないのだと悲しんでいました。私は母に、
「引っ越したくない」「この街にずっと居たい」
と訴えましたが、母は私の感情を知らず
「次の街でも良いお友だちができるよ」 と言うばかりでした。私はそのことに対して憎みたいと思いませんでした。ただ、母は昔から幸福な人間だったのだなと思うだけでした。引っ越すため家を掃除していたときです。父の書斎から「人間失格」が見つかったのです。私は、それをなぜか手に取り、読み始めました。その話を読むにつれて、隣に誰かが居座っているように覚えてきました。ただ、それに憧れを抱くことはなく、それに潜む魔物に連れ込まれている感覚がずっとしていただけでした。太陽が私を照らしているときも、星が照らしているときも、それは常にそばにありました。ふと、夜空を見上げると、輝いている星は私を見下しているかのようでした。私はそう感じていながらも、なぜか自分が誇らしく思えてきたのです。人間に興味関心を持たなかった私にとって、それは初めて感じるものでした。帷で覆われていた世界にヒビが入り、そこから光が入ってきたのです。そこから、私は夜空の下で人間失格を読むことが好きになりました。引っ越す日が来るまで、私はずっとそんな生活を送っていました。引っ越しの当日、私は車の中で安心しているかのようにぐっすり眠っていたのを、後から母から聞いたときは、何度も自分を疑いました。新しい街につくと、すぐに私は野良猫を探し始めました。しかし、目に映るのは山と田んぼと軽トラックでした。私は、やはり昨日まで住んでいた街に戻りたいと強く願いましたが、叶うわけはなかったのです。私は幸福か不幸か、一クラス三十人程度、全校生徒二百人程度の小学校に入学することが、私の意向を聞くまでもなく決まったのです。