第7話
目を覚ますと、崩れた煉瓦の隙間から、白い光の筋が差し込んでいた。エナが身を起こすと、仕切りの向こうでトビアスも同じように起き上がる気配がした。倉庫を出ると、空はどこまでも晴れ渡っていて、昨夜までの雨が嘘のようだった。
サイズの合わない裾を帯で縛ったズボンと、革紐で編んだ粗末な靴は、すっかり乾いていた。雨は夜のうちに上がっていたらしい。それでも裏通りには、あらゆるものが練り込まれたような泥濘がそこかしこに残っている。エナは折角乾いた裾も靴も気にせず、迷わず泥濘の中へ足を踏み入れた。トビアスは一瞬顔をしかめ、数歩遅れてからそれに続いた。
挨拶などない。したこともなかった。
集会場所は、涸れた井戸の跡地だった。石組みの縁だけが崩れ残り、割れた蓋の破片があちこちに転がっている。二階、三階まで残った空き家が四方を塞いでいて、出入りできるのは東へ抜ける小路の一本きりだった。石組みの陰には、誰が敷いたとも知れない筵が、丸めたまま置きっぱなしになっている。
誰が決めたわけでもないが、いつからかここに集まるのが決まりのようになっていた。
朝の光が石の表面を薄く温め始める頃、ガロは井戸の縁にしゃがみ込み、欠けたナイフの先で爪の間の泥をほじっていた。少し離れた蓋の破片の上に、クレスが膝を抱えて座り、黙って空を見上げている。
エナとトビアスが着くと、ガロは顔も上げず、顎だけをわずかに動かした。それが返事のようなものだった。ほどなくして、ジグが欠伸混じりに現れ、井戸の縁に飛び乗るようにして腰を下ろす。
五人が揃っても、モナの姿はどこにもなかった。大体一緒にいるというだけで、それぞれがその日その日を、自分の都合で生きている。今日はどこかで、一人の方が都合のいい稼ぎでもあるのだろうか。
「四日ぶりの天気だ」
クレスが言った。
「市場の方じゃ、仕入れの荷馬車が多い。モナがいねえと分担はどうすんだ」
「今考えてんだろ」
ガロはしゃがんだまま、そう吐き捨てた。
長雨が明ければ、通りの露店を開けるために、倉庫や商店から荷馬車が活発に行き来する。木箱の中に身を潜め、荷馬車が横を過ぎる一瞬に飛び乗って積み荷を掠め取る――「木箱跳び」は、雨上がりの日にはお決まりの稼ぎだった。何度もこの面子でやってきたことだ。モナだって、それを知らないはずがない。
エナは口の中でそれを噛みしめながら、少しだけ唇を曲げた。荷馬車稼ぎより実入りのいい仕事など、そうあるものではない。
「モナが、これに来なかったことは一度もないはずだ」
トビアスが静かに言った。
その一言で、それぞれの記憶が呼び起こされたようだった。モナの役目は木箱跳びではなかった。あらかじめ泥濘に転がって顔と服を汚し、荷馬車の直前でわざと足を滑らせて見せる。汚れは、隠している別の身なりを晒さないための下拵えだった。主人よりも先に露店の支度を急いでいた娘――そう見えるように、モナは何度も同じ転び方を練習してきた。塒のどこかには、汚れてはいるが仕立ての良い、年頃の娘らしい服が何着か仕舞われている。それを知っているのは、この中でも一握りだった。
「お前ら、モナの塒知らねえのか」
ガロが言った。誰も答えなかった。エナとトビアスの一件を除けば、互いの塒を知る者はここには一人もいない。それは興味がないからではなく、知ってはいけないことになっていた。塒さえ教えなければ、少なくともここにいる誰かに盗まれることはない。
「あいつなら、灰坂通りの方でよく見かけるぜ」
ジグが言った。
「あいつ、あんな方にいんの」
エナが思わず聞き返した。灰坂通りは、水場からも大通りからも最も遠い、行き止まりの一帯だ。焼け落ちたまま打ち捨てられ、坂の奥には廃教会があるきりだった。好んで足を運ぶ孤児はいない。逆に言えば、他に行き場のない者が流れ着く場所でもあった。
「今日の取り分はもう決まってるようなもんだ」
ガロが縁から腰を上げた。
「あいつがいねえだけで、稼ぎを落とすつもりはねえ。荷馬車の往来まではまだ時間がある。灰坂通り、見に行くぞ」