ホーム屈折している二つ目落語家は野暮ったい盲目ガールに救われる13
← 前の話目次次の話 →

13

 噺を終えたあと、栄助を迎えたのは沈黙だった。
 重く苦しくなるくらいの、無音。
 頭を下げた自分の額から、汗が床に落ちる音が大きく聞こえるくらいの、静かな間。

 パチパチ。

 遠慮がちに響いた拍手は、すぐに大きな嵐となって、場を埋め尽くした。
 
 安堵した。
 今更ながら、ガクガクと震え出した足を無理やり動かし、袖に戻ってきた栄助を出迎えたのは。
 兄弟子二人の渋い顔と、師匠の不敵な笑みだった。
 すぐ出番だった兄弟子の一人は、深いため息をついて首を振ると、興奮冷めやらぬ高座の方へ、出囃子と共に向かう。

「し、ししょ......」
「栄助よぅ、おめぇ」
 師匠は呆れたように、笑うばかりだ。
「ワシに喧嘩売ったんだからな、おめぇから。しっかり目を開けて、見ておけよ」
 クルリと踵を返すと、師匠はお囃子さんの後ろに作ってもらった席に、ドカッと座った。

「おい」
 呆然と佇んでいる栄助を引っ張って、楽屋の方に連れてきたのは、もう一人の兄弟子、菊助だった。
「栄助、お前! 『牡丹灯籠』が、師匠の十八番と知ってて......」
「菊助兄さん。ちゃんと師匠には、許可を取りました」
「取ったからって。......今日の親子会で、やらなくてもよかったろうに」
「いえ、今日じゃねぇとダメだったんです」
 長い長いため息をついた菊助は、ポンと栄助の肩を叩いた。
「ちゃんとこういう場では、師匠を立てろ。まぁ、出来は最近では、一番良かった」
 早口でそれだけ言うと、菊助は足早に袖の方へ向かった。

「はぁ〜」
 栄助は力が抜けたように、その場にしゃがみ込む。
 高座に上がる前に見せていた凄みは、すでに消えていた。
「あ、あの」
「ん、なんだい」
 話しかけてきた前座見習いの少年にも、普段通りに対応できるくらいには。
 と、いっても、女以外には元々愛想がいい方ではない栄助の物言いに、結局怯えさせてしまうのだが。

 少年が持ってきた水で喉を潤すと、栄助はよっこらしょ、と掛け声と共に、立ち上がる。
 さて、これで終わりじゃない。
 この会を仕切っていた栄助は、出入り口に向かう。
 帰り際に、客に渡すまんじゅうの準備が待っている。

 作業を早く終わらせて兄弟子の、そして師匠の落語を聞いて、勉強させてもらわねば。

シェア
← 前の話
12
次の話 →
14
屈折している二つ目落語家は野暮ったい盲目ガールに救われる作者:雪本風香
目次を見る
✍️
まだ感想がありません
あなたの一言が、作者の次の一話につながります。
最初の感想を書いてみませんか?
コメント0
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム屈折している二つ目落語家は野暮ったい盲目ガールに救われる13
← 前の話目次次の話 →

13

 噺を終えたあと、栄助を迎えたのは沈黙だった。
 重く苦しくなるくらいの、無音。
 頭を下げた自分の額から、汗が床に落ちる音が大きく聞こえるくらいの、静かな間。

 パチパチ。

 遠慮がちに響いた拍手は、すぐに大きな嵐となって、場を埋め尽くした。
 
 安堵した。
 今更ながら、ガクガクと震え出した足を無理やり動かし、袖に戻ってきた栄助を出迎えたのは。
 兄弟子二人の渋い顔と、師匠の不敵な笑みだった。
 すぐ出番だった兄弟子の一人は、深いため息をついて首を振ると、興奮冷めやらぬ高座の方へ、出囃子と共に向かう。

「し、ししょ......」
「栄助よぅ、おめぇ」
 師匠は呆れたように、笑うばかりだ。
「ワシに喧嘩売ったんだからな、おめぇから。しっかり目を開けて、見ておけよ」
 クルリと踵を返すと、師匠はお囃子さんの後ろに作ってもらった席に、ドカッと座った。

「おい」
 呆然と佇んでいる栄助を引っ張って、楽屋の方に連れてきたのは、もう一人の兄弟子、菊助だった。
「栄助、お前! 『牡丹灯籠』が、師匠の十八番と知ってて......」
「菊助兄さん。ちゃんと師匠には、許可を取りました」
「取ったからって。......今日の親子会で、やらなくてもよかったろうに」
「いえ、今日じゃねぇとダメだったんです」
 長い長いため息をついた菊助は、ポンと栄助の肩を叩いた。
「ちゃんとこういう場では、師匠を立てろ。まぁ、出来は最近では、一番良かった」
 早口でそれだけ言うと、菊助は足早に袖の方へ向かった。

「はぁ〜」
 栄助は力が抜けたように、その場にしゃがみ込む。
 高座に上がる前に見せていた凄みは、すでに消えていた。
「あ、あの」
「ん、なんだい」
 話しかけてきた前座見習いの少年にも、普段通りに対応できるくらいには。
 と、いっても、女以外には元々愛想がいい方ではない栄助の物言いに、結局怯えさせてしまうのだが。

 少年が持ってきた水で喉を潤すと、栄助はよっこらしょ、と掛け声と共に、立ち上がる。
 さて、これで終わりじゃない。
 この会を仕切っていた栄助は、出入り口に向かう。
 帰り際に、客に渡すまんじゅうの準備が待っている。

 作業を早く終わらせて兄弟子の、そして師匠の落語を聞いて、勉強させてもらわねば。

シェア
← 前の話
12
次の話 →
14
屈折している二つ目落語家は野暮ったい盲目ガールに救われる作者:雪本風香
目次
✍️
まだ感想がありません
あなたの一言が、作者の次の一話につながります。
最初の感想を書いてみませんか?
コメント0
ログインしてコメントする
まだコメントがありません