ホーム屈折している二つ目落語家は野暮ったい盲目ガールに救われる14
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14

 テンテンテケテン。
 師匠の出囃子が鳴り、ゆったりと師匠が出てきた。
 何とかまんじゅうの準備を終わらせた栄助は、客席の一番後ろに立ち、師匠を見つめる。

「えー、トリを務めますのは、お馴染みの八光亭柳助でございます。お忙しいところ、一門の会に足をお運び頂き、我々一同、大変、感謝しております」
 還暦を過ぎているとは思えない、朗々とした豊かな声。一瞬で客の心を掴んだようだ。
「アッシは菊助を筆頭に弟子、孫弟子は、皆、自分の子のように思うとります。子はかすがいと申しますが、まぁ可愛いもんですわ。特に末っ子で、できの悪い子ほど」
 ワッと客席が沸く。できの悪い末っ子とは、恐らく栄助のことだ。
 高座の師匠が、客席の栄助の方を見た。ニヤリと笑みを浮かべる。
 嫌な予感しかしない。そしてこういうときは、当たるのだ。
 案の定、師匠は栄助にとっては、不幸なことを話し出す。
「生意気にも栄助の野郎、アッシの十八番をやりたい、と直談判してきましてね。まぁ、アッシも鬼ではない。許可しましたよ。真っ向に挑んでくるのも、かわいいじゃないですか」
 そうだそうだ、と年配の客が、合いの手を入れる。
「ただねぇ、師匠としては躾、もとい、指導をしなくちゃなんねぇ。だからアッシは心を鬼にしないとなんねぇ。そう、獅子が子を、崖から突き落とすように」
 随分と長い前フリをしたあと、師匠は唐突に笑った。
「でもねぇ、崖から落としても跳ねっ返りの息子だもんでぇ、素直に帰ってくるとは限らねぇ。ついこの間も遣いを頼んだら、何時間も戻ってこねぇんで、探しに行こうか迷ってたら、ひょっこり帰って来やがって。「おい、孝太郎!」と小言を言うんだが......」

 栄助は、息を呑んだ。
 この噺は、自分が得意にしている噺じゃないか!
 師匠があっさり許可したのも、先程不敵な笑みを浮かべていたのも、こういうことか!
 師匠もまた、落語の闇の魅力に取り憑かれた人間だったことを、うっかり失念していた。
 同じように欠けている、屈折している人間だ。

 師匠は栄助よりも深みがあって、滑稽な話に仕上げる。
 笑い声も、噺のリズムも栄助より格段に上だ。

 悔しい。ちくしょう!
 悔しくって堪らねぇ。
 チラリと客席を見る師匠の目が、言っている。

 おめぇにはまだ早ぇよ、ここは。

 くそっ!
 ここが家なら。地団駄踏みたいくらいだ。
 息を飲む展開が起きたと思ったら、笑いの渦が起きる。
 引き込まれる。八光亭柳助の落語に。


「いえ、七段目」

 最後の台詞を言うと同時に、笑いと拍手が沸き起こる。
 深々と礼をする師匠の姿に、栄助は手を叩きながら、決意するのだった。

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屈折している二つ目落語家は野暮ったい盲目ガールに救われる作者:雪本風香
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「えー、トリを務めますのは、お馴染みの八光亭柳助でございます。お忙しいところ、一門の会に足をお運び頂き、我々一同、大変、感謝しております」
 還暦を過ぎているとは思えない、朗々とした豊かな声。一瞬で客の心を掴んだようだ。
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 嫌な予感しかしない。そしてこういうときは、当たるのだ。
 案の定、師匠は栄助にとっては、不幸なことを話し出す。
「生意気にも栄助の野郎、アッシの十八番をやりたい、と直談判してきましてね。まぁ、アッシも鬼ではない。許可しましたよ。真っ向に挑んでくるのも、かわいいじゃないですか」
 そうだそうだ、と年配の客が、合いの手を入れる。
「ただねぇ、師匠としては躾、もとい、指導をしなくちゃなんねぇ。だからアッシは心を鬼にしないとなんねぇ。そう、獅子が子を、崖から突き落とすように」
 随分と長い前フリをしたあと、師匠は唐突に笑った。
「でもねぇ、崖から落としても跳ねっ返りの息子だもんでぇ、素直に帰ってくるとは限らねぇ。ついこの間も遣いを頼んだら、何時間も戻ってこねぇんで、探しに行こうか迷ってたら、ひょっこり帰って来やがって。「おい、孝太郎!」と小言を言うんだが......」

 栄助は、息を呑んだ。
 この噺は、自分が得意にしている噺じゃないか!
 師匠があっさり許可したのも、先程不敵な笑みを浮かべていたのも、こういうことか!
 師匠もまた、落語の闇の魅力に取り憑かれた人間だったことを、うっかり失念していた。
 同じように欠けている、屈折している人間だ。

 師匠は栄助よりも深みがあって、滑稽な話に仕上げる。
 笑い声も、噺のリズムも栄助より格段に上だ。

 悔しい。ちくしょう!
 悔しくって堪らねぇ。
 チラリと客席を見る師匠の目が、言っている。

 おめぇにはまだ早ぇよ、ここは。

 くそっ!
 ここが家なら。地団駄踏みたいくらいだ。
 息を飲む展開が起きたと思ったら、笑いの渦が起きる。
 引き込まれる。八光亭柳助の落語に。


「いえ、七段目」

 最後の台詞を言うと同時に、笑いと拍手が沸き起こる。
 深々と礼をする師匠の姿に、栄助は手を叩きながら、決意するのだった。

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