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親子会に現れた栄助に、すでに来ていた兄弟子のところの二つ目と前座と前座見習いは、誰も声をかけられなかった。
きちんと身だしなみは整えているが、目の下にできたクマと、何より凄みのある空気に、皆が一瞬で飲まれた。
前座見習いがビクビクしながら、茶を出す。これが精一杯だ。
「おい」
「は、ははい!」
急に栄助が口を開いた。飛び上がるようにして答えた見習いに、栄助は尋ねる。
「まんじゅうはもう、届いているかい?」
勝のところのまんじゅうだ。そろそろ届く時間だ。
「い、いえ。まだ」
「そうかい、届いたら教えてくれ。あと、俺の客が二人、追加で来る。入口で俺の名をいうように伝えてるから、後ろの隅の席でも用意してくれねぇか?」
「わ、わかりました! すぐに」
バタバタと逃げるように去っていく見習いの足音は、栄助の耳には届かなかった。
まんじゅうを持ってきた勝とタエ子も、あとから楽屋入りした真打の兄弟子も、栄助の雰囲気に余計なことは、なにも言わない。
ただ。師匠が一言、確認する。
「つまらないものをみせねぇだろうな?」
「へぇ」
それだけ答えると栄助は再び、自分の世界に入り込んだのだった。
※
さすが八光亭の親子会。贔屓筋だけ呼んだのだが、それでも小さくない会場は、満員御礼だ。
前座の二人が場を温めて、兄弟子のところの二つ目の出番が終わる。
いよいよ、栄助の出番だ。
テケテケテン。
いつもの出囃子が、奏でられる。一息ついて栄助は、ゆっくり高座に向かった。
高座に座って一礼する。拍手が鳴り止む。静寂がその場を支配した。
ゆっくりと、周りを見回す。後ろの隅の方に勝とタエ子、周吉と梅がいるのが、やけにハッキリと見えた。
息を吸って、吐くと同時に、栄助の力強い声が会場に響いた。
「本日はお忙しい中、八光亭の親子会にお集まり頂き、ありがとうございやす。末弟子の栄助でございやす」
よっ、待ってました。男前! という掛け声と共に、黄色い歓声も混じる。
前は鬱陶しく思っていたそれも、今は心地いい。
「親子会とのことで、ちょいとばかし自分の話を。アタシ、実は廓の産まれでして、父を知らずに育ったんですがね。色々あって師匠に弟子入りをしまして、ここまでやってきました。まぁ、いうなれば師匠が、オヤジみたいなもんです。顔は、全然違いますがねぇ」
ハハハっと、観客が沸く。
「きれいな顔に産んでくれたことだけは、親に感謝ですわ。あのまま廓にいても、売れっ子陰間くれぇには、なれたでしょうがね。ま、冗談はさておき......。師匠がオヤジなら、子のアタシにはやらないといけないことが、一つばかりありまして」
栄助は羽織を脱ぎ、扇子を自分の前に置いた。
「幸いにも師匠は、懐が広ぇもんで。あっさりお許しを頂いたもんだから、逆に怖くってねぇ」
扇子を手にとって、客席をくるりと見渡した。長い口上だったが、どうやら客の集中力は、途切れてないようだ。
「怖いといったら......。根津の清水谷に萩原新三郎という男が、おりましてね......」
ザワザワと、客席がどよめく。
この落語は、師匠・柳助の十八番の噺だ。
特に古参の、師匠の頃からの贔屓の客は、目を剥いている。
そりゃそうだ。
親子会は、師匠を立てるものだ。
だが、栄助がしているのは師匠に、真っ向から喧嘩を吹っ掛けているもの。
そして。
師匠を超える噺家になるという、栄助からのメッセージ。
師匠と同じように、噺をすることはできない。だから何日もこの噺だけに向き合って、新三郎とお露と、対話をしてきたのだ。
師匠には到底およばないだろうが、栄助だけの『牡丹灯籠』。
いや、栄助じゃないと、噺が出来ないレベルに仕上げてきた。
(廓育ちには、ぴったりな噺だ。色恋も。惚れた腫れたも、死して幽霊になって尚、会いにいくってえのも)
沢山の男女の駆け引きを、見てきた。
女たちの惚れたように見せかけて、金を引っ張る技術も。
惚れた男が来なくなり、目元を濡らす姿も。
小銭でホイホイと動く、下男の姿も。自分のしでかしたことに慄き、神頼みする様子も。
今まで生きてきたすべてを、この噺にぶつけるように。
栄助は朗々と、声を響き渡らせた。