ホーム屈折している二つ目落語家は野暮ったい盲目ガールに救われる12
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12

 親子会に現れた栄助に、すでに来ていた兄弟子のところの二つ目と前座と前座見習いは、誰も声をかけられなかった。
 きちんと身だしなみは整えているが、目の下にできたクマと、何より凄みのある空気に、皆が一瞬で飲まれた。
 前座見習いがビクビクしながら、茶を出す。これが精一杯だ。
「おい」
「は、ははい!」
 急に栄助が口を開いた。飛び上がるようにして答えた見習いに、栄助は尋ねる。
「まんじゅうはもう、届いているかい?」
 勝のところのまんじゅうだ。そろそろ届く時間だ。
「い、いえ。まだ」
「そうかい、届いたら教えてくれ。あと、俺の客が二人、追加で来る。入口で俺の名をいうように伝えてるから、後ろの隅の席でも用意してくれねぇか?」
「わ、わかりました! すぐに」
 バタバタと逃げるように去っていく見習いの足音は、栄助の耳には届かなかった。


 まんじゅうを持ってきた勝とタエ子も、あとから楽屋入りした真打の兄弟子も、栄助の雰囲気に余計なことは、なにも言わない。
 ただ。師匠が一言、確認する。
「つまらないものをみせねぇだろうな?」
「へぇ」
 それだけ答えると栄助は再び、自分の世界に入り込んだのだった。

 ※

 さすが八光亭の親子会。贔屓筋だけ呼んだのだが、それでも小さくない会場は、満員御礼だ。
 前座の二人が場を温めて、兄弟子のところの二つ目の出番が終わる。
 いよいよ、栄助の出番だ。

 テケテケテン。

 いつもの出囃子が、奏でられる。一息ついて栄助は、ゆっくり高座に向かった。
 高座に座って一礼する。拍手が鳴り止む。静寂がその場を支配した。
 ゆっくりと、周りを見回す。後ろの隅の方に勝とタエ子、周吉と梅がいるのが、やけにハッキリと見えた。

 息を吸って、吐くと同時に、栄助の力強い声が会場に響いた。
「本日はお忙しい中、八光亭の親子会にお集まり頂き、ありがとうございやす。末弟子の栄助でございやす」
 よっ、待ってました。男前! という掛け声と共に、黄色い歓声も混じる。
 前は鬱陶しく思っていたそれも、今は心地いい。
「親子会とのことで、ちょいとばかし自分の話を。アタシ、実は廓の産まれでして、父を知らずに育ったんですがね。色々あって師匠に弟子入りをしまして、ここまでやってきました。まぁ、いうなれば師匠が、オヤジみたいなもんです。顔は、全然違いますがねぇ」
 ハハハっと、観客が沸く。
「きれいな顔に産んでくれたことだけは、親に感謝ですわ。あのまま廓にいても、売れっ子陰間くれぇには、なれたでしょうがね。ま、冗談はさておき......。師匠がオヤジなら、子のアタシにはやらないといけないことが、一つばかりありまして」
 栄助は羽織を脱ぎ、扇子を自分の前に置いた。
「幸いにも師匠は、懐がひれぇもんで。あっさりお許しを頂いたもんだから、逆に怖くってねぇ」
 扇子を手にとって、客席をくるりと見渡した。長い口上だったが、どうやら客の集中力は、途切れてないようだ。
「怖いといったら......。根津の清水谷に萩原新三郎という男が、おりましてね......」

 ザワザワと、客席がどよめく。
 この落語は、師匠・柳助の十八番の噺だ。
 特に古参の、師匠の頃からの贔屓の客は、目を剥いている。

 そりゃそうだ。
 親子会は、師匠を立てるものだ。
 だが、栄助がしているのは師匠に、真っ向から喧嘩を吹っ掛けているもの。

 そして。

 師匠を超える噺家になるという、栄助からのメッセージ。

 師匠と同じように、噺をすることはできない。だから何日もこの噺だけに向き合って、新三郎とお露と、対話をしてきたのだ。

 師匠には到底およばないだろうが、栄助だけの『牡丹灯籠』
 いや、栄助じゃないと、噺が出来ないレベルに仕上げてきた。

(廓育ちには、ぴったりな噺だ。色恋も。惚れた腫れたも、死して幽霊になって尚、会いにいくってえのも)
 沢山の男女の駆け引きを、見てきた。
 女たちの惚れたように見せかけて、金を引っ張る技術も。
 惚れた男が来なくなり、目元を濡らす姿も。
 小銭でホイホイと動く、下男の姿も。自分のしでかしたことに慄き、神頼みする様子も。


 今まで生きてきたすべてを、この噺にぶつけるように。
 栄助は朗々と、声を響き渡らせた。

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屈折している二つ目落語家は野暮ったい盲目ガールに救われる作者:雪本風香
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 きちんと身だしなみは整えているが、目の下にできたクマと、何より凄みのある空気に、皆が一瞬で飲まれた。
 前座見習いがビクビクしながら、茶を出す。これが精一杯だ。
「おい」
「は、ははい!」
 急に栄助が口を開いた。飛び上がるようにして答えた見習いに、栄助は尋ねる。
「まんじゅうはもう、届いているかい?」
 勝のところのまんじゅうだ。そろそろ届く時間だ。
「い、いえ。まだ」
「そうかい、届いたら教えてくれ。あと、俺の客が二人、追加で来る。入口で俺の名をいうように伝えてるから、後ろの隅の席でも用意してくれねぇか?」
「わ、わかりました! すぐに」
 バタバタと逃げるように去っていく見習いの足音は、栄助の耳には届かなかった。


 まんじゅうを持ってきた勝とタエ子も、あとから楽屋入りした真打の兄弟子も、栄助の雰囲気に余計なことは、なにも言わない。
 ただ。師匠が一言、確認する。
「つまらないものをみせねぇだろうな?」
「へぇ」
 それだけ答えると栄助は再び、自分の世界に入り込んだのだった。

 ※

 さすが八光亭の親子会。贔屓筋だけ呼んだのだが、それでも小さくない会場は、満員御礼だ。
 前座の二人が場を温めて、兄弟子のところの二つ目の出番が終わる。
 いよいよ、栄助の出番だ。

 テケテケテン。

 いつもの出囃子が、奏でられる。一息ついて栄助は、ゆっくり高座に向かった。
 高座に座って一礼する。拍手が鳴り止む。静寂がその場を支配した。
 ゆっくりと、周りを見回す。後ろの隅の方に勝とタエ子、周吉と梅がいるのが、やけにハッキリと見えた。

 息を吸って、吐くと同時に、栄助の力強い声が会場に響いた。
「本日はお忙しい中、八光亭の親子会にお集まり頂き、ありがとうございやす。末弟子の栄助でございやす」
 よっ、待ってました。男前! という掛け声と共に、黄色い歓声も混じる。
 前は鬱陶しく思っていたそれも、今は心地いい。
「親子会とのことで、ちょいとばかし自分の話を。アタシ、実は廓の産まれでして、父を知らずに育ったんですがね。色々あって師匠に弟子入りをしまして、ここまでやってきました。まぁ、いうなれば師匠が、オヤジみたいなもんです。顔は、全然違いますがねぇ」
 ハハハっと、観客が沸く。
「きれいな顔に産んでくれたことだけは、親に感謝ですわ。あのまま廓にいても、売れっ子陰間くれぇには、なれたでしょうがね。ま、冗談はさておき......。師匠がオヤジなら、子のアタシにはやらないといけないことが、一つばかりありまして」
 栄助は羽織を脱ぎ、扇子を自分の前に置いた。
「幸いにも師匠は、懐がひれぇもんで。あっさりお許しを頂いたもんだから、逆に怖くってねぇ」
 扇子を手にとって、客席をくるりと見渡した。長い口上だったが、どうやら客の集中力は、途切れてないようだ。
「怖いといったら......。根津の清水谷に萩原新三郎という男が、おりましてね......」

 ザワザワと、客席がどよめく。
 この落語は、師匠・柳助の十八番の噺だ。
 特に古参の、師匠の頃からの贔屓の客は、目を剥いている。

 そりゃそうだ。
 親子会は、師匠を立てるものだ。
 だが、栄助がしているのは師匠に、真っ向から喧嘩を吹っ掛けているもの。

 そして。

 師匠を超える噺家になるという、栄助からのメッセージ。

 師匠と同じように、噺をすることはできない。だから何日もこの噺だけに向き合って、新三郎とお露と、対話をしてきたのだ。

 師匠には到底およばないだろうが、栄助だけの『牡丹灯籠』
 いや、栄助じゃないと、噺が出来ないレベルに仕上げてきた。

(廓育ちには、ぴったりな噺だ。色恋も。惚れた腫れたも、死して幽霊になって尚、会いにいくってえのも)
 沢山の男女の駆け引きを、見てきた。
 女たちの惚れたように見せかけて、金を引っ張る技術も。
 惚れた男が来なくなり、目元を濡らす姿も。
 小銭でホイホイと動く、下男の姿も。自分のしでかしたことに慄き、神頼みする様子も。


 今まで生きてきたすべてを、この噺にぶつけるように。
 栄助は朗々と、声を響き渡らせた。

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屈折している二つ目落語家は野暮ったい盲目ガールに救われる作者:雪本風香
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