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パチン。
栄助の落語を聞き終えた師匠は、手に持っていた扇子を鳴らす。
顔を見ると、悩んでいるような、怒っているような、それでいて哀れんでいるような。表現するのが難しい顔をしていた。
「栄助」
「へぇ」
「おめぇは......。わかっているのか、いねえのか。参ったな」
独り言のように呟くと、師匠は諭すように口を開く。
「栄助」
「へぇ」
「おめぇは、儂の最後の弟子だ」
「ありがとうございやす」
「だからよぅ、そんな情けねぇ落語で、人前には出せねえんだ。儂の名が、いや、八光亭の名が落ちる。もっというと、八光亭 柳助の名跡が落ちるんだ」
「......」
「おめぇの落語には、深みがない。前座や二つ目の時分は、それでもいい。だが、真打になったときに、早晩行き詰まる。わかっているんだろう? おめぇは人と深く関わって来なかった。いや、関わるのを避けてきた。だから噺をしても、特に人情話をした時に響かねえ」
「......へぇ」
師匠の指摘は的確だ。申し開きをする気はない。
自分の落語に深みがないのは、栄助が一番わかっていた。
ぺらっぺらの、薄っぺらい落語。なのに、栄助が少しばかり顔がいいからと、きゃーきゃーいう女性たち。
何でこんな落語で喜ぶんだ。自分自身は、こんな情けない落語しかできないことに呆れているのに。
「おめぇは、自分の落語が好きか?」
「......いえ」
「......そうか」
師匠は一旦深呼吸をし、質問を変えた。
「落語に飽いたか?」
「いえ! 落語は、......師匠や兄さんの落語は好き......です」
最初は勢いよく答えたが、次第に尻すぼみになる栄助に、師匠は少しだけ相好を崩す。
「そうか」
それきり師匠は黙りこくった。何かを言いあぐねているような、そんな顔つきだ。
「おめぇは......この先、落語で身を立てたいか?」
いつになく真剣な顔の師匠に、栄助もしばし考え、正直に答えた。
「......わかりません」
深い深いため息が、師匠から漏れた。そこなんだよな、と呟く師匠の声がする。
悩みに悩んだ末に、師匠は告げた。
「謹慎は解く。儂からはもう、何もいうことはねえよ」
「......師匠」
「おめぇに教えることは教えた。あとは栄助、てめぇがこの世界の闇を見たいかどうかだ。怖ぇぞ。この落語は。周りが勝手に肩書をつけてくるし、寝ても覚めてもあいつらがまとわりついてくる。辛ぇぞ。本当に」
本音を吐露する師匠に、かける言葉は見つからない。
そんな栄助をよそに師匠の口から出てきたのは、驚きの言葉だった。
「......覚悟がねぇなら、足洗え。それがおめぇのためだ」
「し、ししょ......」
絶句している栄助に、師匠は怖い顔を向ける。
と、不意に吹き出した。
「え? ......師匠?」
ガハハと豪快に笑ってはいるが、目は笑っていない。
(逆に怖いってもんだ......)
栄助の心の内を読んだのか、笑いを引っ込めた師匠は頭をかく。
「ま、口うるさい小言は、これくれぇで......。おめぇ、明日から寄席に出ろや」
「へぇ?」
急展開についていけない栄助は、目を白黒させた。
師匠の唐突な思いつきはいつものこと。だが、今回のは度が過ぎる。
「いやぁ、おめぇが出ねえからって、客が減って怒られてるんだわ。ということで謹慎解除な」
サッと立ち上がり部屋を出ていく師匠に、追いすがる。
「ちょっ......師匠!?」
「まぁ色々考えろってことだ。人生ってもんは、先は長ぇようで短ぇ。まぁ上の連中は、深みのねぇ軽い落語は認めねえが......。おめぇに客が付いているってこたぁ、求められてはるんだろ」
「師匠は、どう思われているんですか?」
「儂か? 儂は......」
言葉を切って、師匠はニヤリと笑った。
「ナイショだ」
これで終わりとばかりに、足早に去っていく師匠の背中を見送って。
残された栄助は、呆然と部屋に佇むしかなかった。