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完全に行き詰まっていた。
寄席に上がる許可が出た途端、多くの寄席に呼ばれる。
体の許す限り、やみくもに一席を打つ。が、打てば打つほど、ドツボにハマる。
噺をすればするほど、栄助自身が納得できない出来になる。
それでも。
見た目だけで寄ってくる客は、途切れない。
実力と客の入りが、反比例しているのだ。
「いいよな、男前は」
「中身がなくても、満員御礼だもんな」
噺家たちから、表立って批難されることも増える。
師匠は現状を知ってか知らずか、何も言わなかった。
ただ、寄席で会うと静かに、栄助の噺を聞いているだけだ。
栄助が尋ねても決まって、自分で考えろ、というだけだった。
※
「おい、栄助」
「へぇ!」
寄席で久しぶりに師匠から声をかけられた栄助は、文字通り師匠の元へ飛んでいく。
指導がもらえると思っている栄助に、師匠から出たのは、親子会のことだった。
「もうすぐなんだ。きちんと準備しろや」
それだけいうと、師匠は煙管を咥えた。栄助は急いで、師匠に火を持っていく。
「あの、師匠。話はそれだけで?」
「ん? そうだ。何かあったのかい?」
「......いえ」
言いたいことは山程ある。
情けない落語をしている自分に、なぜ何も言ってくれないのか、とか、自分の落語はこのままでいいのか、とか。
「てめぇで考えろ」
見透かすように見ている師匠の視線を、栄助はまっすぐ受け止めることができなかった。
※
「どうしたんですか? 栄助さん」
閉店間際の和菓子屋の扉をくぐると、気配を察したタエ子が話しかけてくる。
クサクサした栄助は、心配そうな顔をしてくるタエ子が鬱陶しい。
「そんなに邪険にしないでください」
悲しそうに笑うと、タエ子は栄助を奥へ誘う。
「すぐ兄を......」
「なんだ、栄助。えらく苛立ってるな」
タエ子が呼ぶまでもなかった。話し声に気付いて、ヒョイと顔を覗かせた勝は、呆れたように、ふん、と鼻を鳴らして栄助を見下ろす。
鼻息が荒いのは勝のクセで、決して馬鹿にしているわけではない。
だが、今は癇に障る。わかっているが、栄助の口から舌打ちが漏れた。
「腹でも減ってるのか? 食ってけ」
まだ片付けがあるのだろう、勝は言い残すと、さっさと奥へ引っ込んだ。
勝に親子会の時のまんじゅうの最終確認をしにきただけなのに、何故、ちゃぶ台の前でタエ子が出した茶を、のんきに飲んでいるのか。
用件だけ済まして、帰る予定だったのに。
練習しないと。明日も寄席がある。
気が逸るが、勝はまだ店の片付けをして、タエ子は夕飯を作りに台所だ。
まとわりついてくる義彦を、置いてはいけない。
「なんかお話して!」
そうねだってくる義彦に、栄助は仕方なく口を開く。
「えー、人間誰でも怖いものってぇものがあるんでさー。それは何故かってぇと......」
子どもに聞かせる昔話なんか、知らない。栄助自身が、親に話してもらったことがないからだ。
知っているのは、落語だけだ。
栄助は義彦に向けて、いつも寄席で打っている落語を聞かせる。
子ども向けに口調を変えるなんて、面倒くさいことはしない。
まだ幼い義彦には分からない言葉ばかりなのに。義彦は食い入るように栄助の噺に没頭していた。
栄助は、目の前のたった一人の小さな客のために、噺をするしかなかった。