ホーム屈折している二つ目落語家は野暮ったい盲目ガールに救われる7
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「ふうん、栄助のやつ、今日はちょっと、まともな一席を打ってるじゃねえか」
 師匠は舞台の袖で、栄助の落語を聞きながらアゴを撫でた。
 近くにいた一番弟子で、栄助の兄弟子の八光亭 菊助はっこうてい きくすけが答える。
「気付いたんですかね? 栄助の野郎」
「いや、そう簡単な問題じゃねえさ。明日には戻ってら」
 突き放す師匠の顔は、どこか面白そうだ。
 一番末っ子弟子に甘く、それでいて厳しく接する師匠。
 栄助が可愛くて仕方ない癖に、敢えて困難な道を進ませようとする。
 師匠が八光亭柳助の名蹟を継がせたいのは栄助なのだ、と菊助は思う。
 それを悔しい、と思うのはとっくの昔に超えていた。
 今は......。
「こんなところで足踏みしている場合じゃないぞ、栄助。さっさと真打に上がってこい」
「ほぅ、おめぇが栄助を応援するなんざ、珍しいこともあるもんだ。槍がふってくらぁ」
 笑う師匠に、菊助はズケっと物申した。
「そろそろ師匠も。栄助のことでごちゃごちゃ言われるの、飽きたでしょ」
 ふぅー、とやけに長く息を吐いた師匠だったが、菊助の問いには結局、答えはしなかった。

 ※

 手応えは、なかった。
 今日の噺は、栄助の十八番の噺。だったのにも関わらず、受けた気がしなかった。
 いつもはキャーキャー言うモガ達も、不気味なくらい黙りこくって栄助の噺を聞いていた。
 拍手も、いつもより少ない。
 袖に引っ込んだ栄助は、深く深い息を吐いた。
 昨日、義彦に噺をしている時の方が、よっぽどうまく出来ていた。
「くそっ!」
 思わずドンッ、と壁を叩く。
 そんな栄助を見ても、誰も話しかけなかった。

 ※

「栄助さん」
 今日の高座のトリをつとめた師匠に、挨拶をして、寄席を出たところで声をかけられる。
 聞き覚えのある声。だが、こんなところにいるのは予想外だ。
 振り向くとそこに、声の主であるタエ子が立っていた。
「お疲れ様でした。番頭さんにお尋ねしたら、まだいらっしゃるってことだったので、挨拶だけでも」
「あぁ、ありがとさん」
 栄助はタエ子の横にいる女を見やる。
 相変わらず勘がいいタエ子は、姉だ、と紹介した。
 良子りょうこと名乗った姉は、常に割烹着のタエ子と違って、良家の御婦人といった、キリッとした佇まいだ。
 もっともタエ子も今日は小紋の着物を着て、精一杯おしゃれはしている。相変わらず野暮ったさは拭えないが。
「一度、寄席で栄助さんの落語を聞いてみたくて。姉に無理を言って、連れて来てもらいました」
 栄助は黙り込む。

 よりによって、なんで今日なんだ。
 ここ最近で一番、出来の悪い噺の日を狙ったようにやってくる。
 格好がつかないだろうが、と心のなかで呟いた栄助は、ふと我に返る。
 タエ子の前で格好つけようと思ったことあったか? と。

「やっぱり高座に上がると、違うんですね、栄助さん」
 ふふっと笑うタエ子。続いた言葉は、栄助の予想外のものだった。
「最後に出てきた方に劣らないくらい、素晴らしい落語を聞かせていただきました。ありがとうございます」
「え?」
 栄助が驚いているのを、気づいているのかいないのか。
 タエ子は、また店に来てください、と言い残し、良子と去っていった。

 栄助はしばらくその場に呆然と、立ち尽くすしかなかった。


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屈折している二つ目落語家は野暮ったい盲目ガールに救われる作者:雪本風香
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 師匠は舞台の袖で、栄助の落語を聞きながらアゴを撫でた。
 近くにいた一番弟子で、栄助の兄弟子の八光亭 菊助はっこうてい きくすけが答える。
「気付いたんですかね? 栄助の野郎」
「いや、そう簡単な問題じゃねえさ。明日には戻ってら」
 突き放す師匠の顔は、どこか面白そうだ。
 一番末っ子弟子に甘く、それでいて厳しく接する師匠。
 栄助が可愛くて仕方ない癖に、敢えて困難な道を進ませようとする。
 師匠が八光亭柳助の名蹟を継がせたいのは栄助なのだ、と菊助は思う。
 それを悔しい、と思うのはとっくの昔に超えていた。
 今は......。
「こんなところで足踏みしている場合じゃないぞ、栄助。さっさと真打に上がってこい」
「ほぅ、おめぇが栄助を応援するなんざ、珍しいこともあるもんだ。槍がふってくらぁ」
 笑う師匠に、菊助はズケっと物申した。
「そろそろ師匠も。栄助のことでごちゃごちゃ言われるの、飽きたでしょ」
 ふぅー、とやけに長く息を吐いた師匠だったが、菊助の問いには結局、答えはしなかった。

 ※

 手応えは、なかった。
 今日の噺は、栄助の十八番の噺。だったのにも関わらず、受けた気がしなかった。
 いつもはキャーキャー言うモガ達も、不気味なくらい黙りこくって栄助の噺を聞いていた。
 拍手も、いつもより少ない。
 袖に引っ込んだ栄助は、深く深い息を吐いた。
 昨日、義彦に噺をしている時の方が、よっぽどうまく出来ていた。
「くそっ!」
 思わずドンッ、と壁を叩く。
 そんな栄助を見ても、誰も話しかけなかった。

 ※

「栄助さん」
 今日の高座のトリをつとめた師匠に、挨拶をして、寄席を出たところで声をかけられる。
 聞き覚えのある声。だが、こんなところにいるのは予想外だ。
 振り向くとそこに、声の主であるタエ子が立っていた。
「お疲れ様でした。番頭さんにお尋ねしたら、まだいらっしゃるってことだったので、挨拶だけでも」
「あぁ、ありがとさん」
 栄助はタエ子の横にいる女を見やる。
 相変わらず勘がいいタエ子は、姉だ、と紹介した。
 良子りょうこと名乗った姉は、常に割烹着のタエ子と違って、良家の御婦人といった、キリッとした佇まいだ。
 もっともタエ子も今日は小紋の着物を着て、精一杯おしゃれはしている。相変わらず野暮ったさは拭えないが。
「一度、寄席で栄助さんの落語を聞いてみたくて。姉に無理を言って、連れて来てもらいました」
 栄助は黙り込む。

 よりによって、なんで今日なんだ。
 ここ最近で一番、出来の悪い噺の日を狙ったようにやってくる。
 格好がつかないだろうが、と心のなかで呟いた栄助は、ふと我に返る。
 タエ子の前で格好つけようと思ったことあったか? と。

「やっぱり高座に上がると、違うんですね、栄助さん」
 ふふっと笑うタエ子。続いた言葉は、栄助の予想外のものだった。
「最後に出てきた方に劣らないくらい、素晴らしい落語を聞かせていただきました。ありがとうございます」
「え?」
 栄助が驚いているのを、気づいているのかいないのか。
 タエ子は、また店に来てください、と言い残し、良子と去っていった。

 栄助はしばらくその場に呆然と、立ち尽くすしかなかった。


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