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「そんなもん入れたら、予算超えるだろうが!」
「そこを何とかするのが、職人の仕事だろうよ!」
机を叩く音がして、栄助とタエ子の兄、勝の怒号が響き渡る。
店を閉めた後、奥の母屋部分で、連日のように二人の怒鳴り合い、もとい話し合いは行われていた。
自分自身、頑固だと思っていたが、勝もまた栄助に負けず劣らず、頭が固い。
譲る譲らないで、話が全然まとまらない。
謹慎中なのが、不幸中の幸いだ。時間だけはある。
それに、栄助は勝のことを正直、気に入っていた。
菓子職人としての技術もさることながら、彼がしてくる提案は、どれも斬新で面白い。
懇意にしているところではできないような栄助の無茶振りも、文句を言いながらできるだけ実現しようとする。
喧嘩っ早いところがなければ、もっといいのに。
元々声が大きいのも相まって、すぐに声を荒げる彼に、栄助もつい応戦してしまう。
「はい、一旦休憩してください。お腹すいてるとついイライラしますから。ほら、義彦もびっくりしていますよ」
そんな二人に臆することなく、タエ子は握り飯と味噌汁を二人の前に差し出した。
この母屋は、普段は勝とタエ子、勝の子どもの義彦と三人で暮らしている。
長男の勝が両親の和菓子屋を継いで、十五歳離れた末っ子のタエ子が、店を手伝っている。
勝の妻は、産後の肥立ちが悪く、亡くなったそうだ。
テキパキと夕飯の支度をするタエ子を見ると、目が見えないというのが信じられない。
「完全に見えないわけじゃなくて。ぼんやりですが、何かがあるくらいはわかるんですよ」
五歳のとき病で視力を失ったと、タエ子は栄助にそう告げた。
それでも目が見えているかのように動けるタエ子に、最初は驚いてばかりだった。
今はもう慣れてきて、びっくりしないが。
タエ子の作った夕飯で、勝と一時休戦をする。
温い味噌汁が胃に届き、じんわり体が温まるにつれ、腹が減っていたことに気づく。
クズ野菜がたっぷり入った味噌汁に、握り飯。
簡素な夕飯だが、栄助にとってはここで食べる飯が、一番心が休まるのだった。
他愛もない話をしながら、全員揃って食べる。
それだけなのに、栄助は居心地の良さを感じるのだ。
師匠の家で世話になっていた前座時代は、食事の時も修行の一貫だった。
二つ目の今は、師匠の家を出て気楽な暮らしだが、一人で食べるには味気ない。だが、仲間内と食事をすると、どうしても行き着くところは落語の話になるし、女との食事はある意味、気を遣う。
誰かと共にする食事の時間が楽しいと思うのは、生まれて初めての経験だった。
ちゃぶ台越しにタエ子を見る。
彼女は義彦を見守りながら、自分の作った握り飯をぱくついていた。
その姿はどこかリスのようで、栄助は思わずクスッとする。
「なんですか、栄助さん」
声で栄助が笑っているのがわかったのだろう。タエ子が頬を膨らませながら、こちらを見る。
ますますリスに似てくるタエ子に、栄助は吹き出す。
目が見えないからか、彼女は恐ろしく耳が良い。ほんの小さな、それこそ息を吐く音くらいにしか聞こえない栄助の苦笑に、気づくくらいには。
「なんでもねぇよ」
「嘘です!」
誤魔化そうとする栄助に、タエ子は追求する声を上げた。
何度も食い下がるタエ子に耐えきれなくなった栄助は、なら、と前置きして言葉を続けた。
「アゴに米粒ついてる」
一瞬で真っ赤に顔を染めたタエ子が慌ててアゴを拭う。
そんな彼女をみて勝と義彦が爆笑する。平和な日常に栄助もつられて笑うのだった。