3
「この店は、贈呈用の注文はできるのかい?」
「ええ、できます」
「数が多くても?」
「ええ。数はどれくらいですか?」
心の中で拳を握る。だが、表面上は、冷静に問いかけた。
ここからの依頼が、なかなかやっかいなのだ。
「千前後かねぇ。中身は相談してなんだけどねぇ。必ず八種類。それぞれ違う味のまんじゅうを入れてほしいんだけど」
八光亭の名にちなんで、八種類の味を入れる。
贔屓筋をあっと言わせるような菓子にしてくれ、と師匠に厳命され、ふと思いついた案だ。
だが、いくつか懇意の店を当たってみたが、今のところいい返事を貰ってはいない。
「ちょっと待ってくださいね」
娘は踵を返すと、奥に引っ込み何か確認をしているようだ。
「入れたいまんじゅうは、決まっているんですかね?」
奥から職人なのだろう、三十代半ばの男が出てきて、店の商品を指さしながら尋ねた。先程の娘も、後ろから顔をのぞかせる。
「いや。並んでいるんじゃなくて、特注したい。更にいうと、味も色も全て違うものが欲しい。......できるのかい?」
ふむ、と男はいい、栄助の顔を見た。
鋭い眼光で、つぶさに栄助を観察する。栄助は、男の視線を真っ直ぐに受け止めた。
どれくらい時間が立ったのか。
フッと男が息を吐きながら、口を開く。
「いいですよ。菓子の中身と予算、時期は、後日相談でいいですか? 今日、大口の客の注文が入って、バタバタしてるんで」
ホッとした。これで栄助の仕事は、半分終わったようなものだ。
「あ、あぁ。助かるよ」
男は、頷いて娘の方を向く。
「タエ子、紙」
「はい」
そうか、この娘はタエ子というのか。
今更ながら知る娘の名前と、その娘の名前を記憶に留めようとする自分に、栄助は笑う。
栄助が名前を覚えている女は、きれいで後腐れがない女だけだ。
(こんな野暮ったい女に、手を出すことなんかねぇのにな)
だから名前を知ったところで、意味はない。
なのに。このあとの男の言葉で、栄助の頭にタエ子の名は、深く刻みこまれることになるのだった。
「手間をかけるが、ここにアンタの名前と連絡先、書いてくれないか? タエ子は......、妹は目が見えねぇから、書けねえんだ」
栄助はマジマジとタエ子の顔を見た。
タエ子は、ニコッと笑うと少しだけ合わない目で、栄助を見つめ返したのだった。