ホーム屈折している二つ目落語家は野暮ったい盲目ガールに救われる2
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2

「えっと、この辺かね」
 小さな紙切れを見ながら栄助は目的の店を探す。
 師匠の遣いで、贔屓筋ひいきすじに配る土産を探しに来たのだ。

 あれからも師匠は、何も言わなかった。呆れた、いや、諦めたように。
 ただ、幾日かたったある日、唐突に「贔屓筋を呼んで一門会いちもんかいをする」と、宣言しただけだ。

 直接の弟子としては、二つ目の栄助が一番下っ端、真打の兄弟子が三人。兄弟子のところにも、それぞれ弟子の前座と二つ目がいるから、一門としてはかなりの大所帯だ。
 だからいままでは、行ってもせいぜい親子会が関の山だったのに。
「こんな機会もないと、、一門で集まらんだろう」
 師匠の声には、これが最初で最後という意味が込められているようだ。
「んでだ栄助、おめぇが一番暇だから段取りしろや」
 ちょうどよかった、と言い残し、サクッと栄助にすべて丸投げした師匠は鼻歌混じりに去っていく。
「もしかして、謹慎したのはこれのため......?」
 栄助は心によぎった疑惑を、頭を振って追い払う。
 仮にそうだとしても、栄助が段取りをするのは変わりないからだ。
 そして、意味もない仕事を、師匠はさせない。きっと何かあるのだ。

 この先、栄助の糧になるなにかが。


「っと......。ここか」
 うっかり通り過ぎそうになり、少し戻る。
 知らないと見落としてしまいそうになる、小さい間口。
 暖簾のれんがなければ、店だとわからないくらいだ。
 頭だけ暖簾を掻き分け、ひょいと中を覗いてみると、中は意外と広い。
 甘味処も兼ねているようで、手前は和菓子屋、奥は座敷になっているようだ。
 朝一番から訪れる者はそう多くないようで、中にいたのは店番の若い女が一人だけ。
 ポツンと椅子に腰掛け何かを編んでいた女は気配に気づき、栄助に見えないところに編んでいるものを隠すように置くと、スクっと立ち上がった。
「いらっしゃいませ」
 まだあどけなさの残る声で、娘は栄助に声をかけた。
 汚れてもいいような簡素な着物に、割烹着を被り、長い髪はおさげに。
 おしゃれといえば、おさげを止めている紐くらいか。
 仕事の邪魔にならないように、小さくリボンの形に整えられた髪紐は、娘の地味な格好で、唯一目立っていた。

 野暮ったい。

 それが彼女の、第一印象だった。
 寄席に来る、めかしこんだモガたちとは真逆の、古めかしい格好。
 一昔前の、それこそ栄助が子どもの頃の店番の女を体現しているようだ。


 女は慣れた手付きで湯呑みに麦茶を入れて、栄助に差し出した。
「お客さん、初めてですね。どうぞ、ゆっくり見ていってくださいね」
 おやっ、と栄助は引っかかりを覚えながらも、笑顔を作る。
「ありがとさん」
 女もニコッと笑って、先程の丸椅子に腰掛けた。気を遣わせないようにしながら、いつ呼びかけられてもいいように視界に入れる配慮は忘れない。

(悪くないな)
 こういう店は、ハズレがない。
 自分の勘は信じることにしている栄助は、立ったまま湯呑み片手に店を物色する。
 小さな店と思い込んでいたが、並んでいる商品を見ると、中々種類は豊富のようだ。
 ひぃ、ふぅ、みぃ、とまんじゅうの数を数えてみると、十ばかり用意されている。
 ここなら、と栄助は娘を呼んだ。

「ちょいといいかい?」
「はい」
 娘はすぐに立ち上がり、栄助の元へ駆けつける。
 栄助を見上げる娘に、先程感じた違和感は更に大きくなった。

(合わねえな)
 視線が彼女と合わないのだ。
 見られている。なのに僅かにズレる。
 真っ直ぐ見据えているのに、娘は栄助ではなく、その向こうの姿が見えない何かを見つめているようだ。
 まるで栄助が、透明な人間だというように。
 栄助の顔を見て、顔を赤らめながら目を逸らす女の対応には慣れているが、この反応は初めてだ。

 戸惑いつつも、栄助は用件を伝える。
「この並んでるの、食べてもいいかい?」
 娘はニコッと笑う。
「もちろんです! どれにします?」
「じゃあ、一番人気あるのを」
「わかりました。奥の席どうぞ」
「いや。もしよければ、ここで食ってもいいかい?」
 行儀が悪いのは承知していたが、美味しそうなまんじゅうにすぐかぶりつきたい。
 どうせ、一口二口で食べ切れる大きさだ。茶も先程出してもらったのが残っている。

 栄助の注文に女は頷いて、手慣れた様子で小さな漆塗りの盆に懐紙を乗せ、その上にまんじゅうを置くと、どうぞと、盆ごと栄助に差し出した。
 栄助は礼を言うと、右手でまんじゅうを掴み、頬張った。

 無言で食べる栄助を、娘は見つめ続ける。
 やっぱり少しだけズレる視線にさらされながら、栄助はまんじゅうを飲み込んだ。
「お茶のお代わりを用意しますね」
 茶を飲み干した栄助が口を開く前に、娘は踵を返し、新しい茶を入れ直してきた。

 その茶を、ありがたく啜る。
 先程よりも濃い目に入れられた茶が、まんじゅうの中に入っていた、ほどよい甘さの上品な餡の余韻をさらっていく。
 ゆっくり飲み干した栄助は、娘に話しかけた。

「ちょいといいかい?」
 と。
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屈折している二つ目落語家は野暮ったい盲目ガールに救われる作者:雪本風香
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「えっと、この辺かね」
 小さな紙切れを見ながら栄助は目的の店を探す。
 師匠の遣いで、贔屓筋ひいきすじに配る土産を探しに来たのだ。

 あれからも師匠は、何も言わなかった。呆れた、いや、諦めたように。
 ただ、幾日かたったある日、唐突に「贔屓筋を呼んで一門会いちもんかいをする」と、宣言しただけだ。

 直接の弟子としては、二つ目の栄助が一番下っ端、真打の兄弟子が三人。兄弟子のところにも、それぞれ弟子の前座と二つ目がいるから、一門としてはかなりの大所帯だ。
 だからいままでは、行ってもせいぜい親子会が関の山だったのに。
「こんな機会もないと、、一門で集まらんだろう」
 師匠の声には、これが最初で最後という意味が込められているようだ。
「んでだ栄助、おめぇが一番暇だから段取りしろや」
 ちょうどよかった、と言い残し、サクッと栄助にすべて丸投げした師匠は鼻歌混じりに去っていく。
「もしかして、謹慎したのはこれのため......?」
 栄助は心によぎった疑惑を、頭を振って追い払う。
 仮にそうだとしても、栄助が段取りをするのは変わりないからだ。
 そして、意味もない仕事を、師匠はさせない。きっと何かあるのだ。

 この先、栄助の糧になるなにかが。


「っと......。ここか」
 うっかり通り過ぎそうになり、少し戻る。
 知らないと見落としてしまいそうになる、小さい間口。
 暖簾のれんがなければ、店だとわからないくらいだ。
 頭だけ暖簾を掻き分け、ひょいと中を覗いてみると、中は意外と広い。
 甘味処も兼ねているようで、手前は和菓子屋、奥は座敷になっているようだ。
 朝一番から訪れる者はそう多くないようで、中にいたのは店番の若い女が一人だけ。
 ポツンと椅子に腰掛け何かを編んでいた女は気配に気づき、栄助に見えないところに編んでいるものを隠すように置くと、スクっと立ち上がった。
「いらっしゃいませ」
 まだあどけなさの残る声で、娘は栄助に声をかけた。
 汚れてもいいような簡素な着物に、割烹着を被り、長い髪はおさげに。
 おしゃれといえば、おさげを止めている紐くらいか。
 仕事の邪魔にならないように、小さくリボンの形に整えられた髪紐は、娘の地味な格好で、唯一目立っていた。

 野暮ったい。

 それが彼女の、第一印象だった。
 寄席に来る、めかしこんだモガたちとは真逆の、古めかしい格好。
 一昔前の、それこそ栄助が子どもの頃の店番の女を体現しているようだ。


 女は慣れた手付きで湯呑みに麦茶を入れて、栄助に差し出した。
「お客さん、初めてですね。どうぞ、ゆっくり見ていってくださいね」
 おやっ、と栄助は引っかかりを覚えながらも、笑顔を作る。
「ありがとさん」
 女もニコッと笑って、先程の丸椅子に腰掛けた。気を遣わせないようにしながら、いつ呼びかけられてもいいように視界に入れる配慮は忘れない。

(悪くないな)
 こういう店は、ハズレがない。
 自分の勘は信じることにしている栄助は、立ったまま湯呑み片手に店を物色する。
 小さな店と思い込んでいたが、並んでいる商品を見ると、中々種類は豊富のようだ。
 ひぃ、ふぅ、みぃ、とまんじゅうの数を数えてみると、十ばかり用意されている。
 ここなら、と栄助は娘を呼んだ。

「ちょいといいかい?」
「はい」
 娘はすぐに立ち上がり、栄助の元へ駆けつける。
 栄助を見上げる娘に、先程感じた違和感は更に大きくなった。

(合わねえな)
 視線が彼女と合わないのだ。
 見られている。なのに僅かにズレる。
 真っ直ぐ見据えているのに、娘は栄助ではなく、その向こうの姿が見えない何かを見つめているようだ。
 まるで栄助が、透明な人間だというように。
 栄助の顔を見て、顔を赤らめながら目を逸らす女の対応には慣れているが、この反応は初めてだ。

 戸惑いつつも、栄助は用件を伝える。
「この並んでるの、食べてもいいかい?」
 娘はニコッと笑う。
「もちろんです! どれにします?」
「じゃあ、一番人気あるのを」
「わかりました。奥の席どうぞ」
「いや。もしよければ、ここで食ってもいいかい?」
 行儀が悪いのは承知していたが、美味しそうなまんじゅうにすぐかぶりつきたい。
 どうせ、一口二口で食べ切れる大きさだ。茶も先程出してもらったのが残っている。

 栄助の注文に女は頷いて、手慣れた様子で小さな漆塗りの盆に懐紙を乗せ、その上にまんじゅうを置くと、どうぞと、盆ごと栄助に差し出した。
 栄助は礼を言うと、右手でまんじゅうを掴み、頬張った。

 無言で食べる栄助を、娘は見つめ続ける。
 やっぱり少しだけズレる視線にさらされながら、栄助はまんじゅうを飲み込んだ。
「お茶のお代わりを用意しますね」
 茶を飲み干した栄助が口を開く前に、娘は踵を返し、新しい茶を入れ直してきた。

 その茶を、ありがたく啜る。
 先程よりも濃い目に入れられた茶が、まんじゅうの中に入っていた、ほどよい甘さの上品な餡の余韻をさらっていく。
 ゆっくり飲み干した栄助は、娘に話しかけた。

「ちょいといいかい?」
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