ホーム死にたがり社不の不死転生 ―死にたい私の、死ねない絶望―第五話 上田流花、あるいは「―――――」
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第五話 上田流花、あるいは「―――――」

――視界が、パチンと切り替わった。

 泥と血にまみれた魔植物の湿地帯、私の眼前に広がったのは、殺気と熱気に満ちた血なまぐさい空間だった。

 湿気を吸い込み、ずっしりと重い衣服の感触、冷たい外気が頬を撫でる皮膚の感覚、そして自らの胸の内で規則正しく刻まれる心臓の鼓動。

――私は、人間の少女の肉体にいた。

 あのとき、魔植物の核を打ち砕いて私を殺した、若き冒険者・ソニアの肉体。


(...まただ。また、私は死ねなかった...それも、人の体を奪って...っ!)


 ソニアの頭蓋の奥底で、私の精神が激しく狂乱し、おぞましい嫌悪感が胃の腑を逆流させた。

 私が、この少女の未来を断ち切り、その温かな肉体を乗っ取った。彼女には彼女の人生があり、守りたい仲間がいて、明日の希望があった。私はそれらをしっかりと「覚えている」それを、転生の呪いが、あざ笑うように踏みにじってしまった。

 許されない。こんなこと、あっていいはずがない。

 これ以上、この終わりのない呪いの連鎖に、別の誰かを巻き込んではならない。


(――今度こそ、終わらせる。絶対に、ここで完全に終わらせてやる...ッ!)


 ソニアの肉体が地面に落とした一振りの短剣。その冷たく光る刃に、私は震える手を伸ばした。

 ソニアの肉体に染み込んでいる戦闘の記憶や、仲間を失った悲しみの残滓が「まだ死ねない」と拒絶の声を上げる。だが、私の底知れぬ意志はそのすべてを踏みにじり、短剣の柄をしっかりと握りしめさせた。

 迷いはなかった。

 私はその刃を、ソニアの柔らかな首筋へと迷いなく突き立てようとした。

――異変は、その瞬間に起きた。


 スライムから始まり、六度の転生を経て引き継がれてきた膨大な記憶と、キメラ化して歪みきった数々の異質な肉体。それらが、魔核という制御を失って暴走を始めたのだ。


「ぐっ...あ...あぁぁぁっ...!?」


 声帯から、およそ少女のものとは思えない音が出た。

 全身の血管が沸騰したように熱くなり、皮膚の内側から得体の知れない黒い魔力が凄まじい勢いで吹き荒れる。

 胸の内で、ソニアの人間としての赤く美しい心臓が、ドクン、ドクン、と不気味な重低音を響かせたかと思うと、見る見るうちに禍々しく輝く黒紫色の「魔核」へと変質していった。


――そこから始まったのは、肉体の再構成という名の地獄だった。


 骨がメリメリと音を立てて砕け散り、再構築される。筋肉が融解し、植物の蔓のような繊維質と獣の強靭な筋肉がぐちゃぐちゃに混ざり合って縫い合わされていく。神経の隅々にまで異質な毒と魔力が焼き付けられ、全身の細胞が「生きろ」と強制的に再定義される。

 あまりの凄まじい激痛に、叫び声をあげることすらできない。脳が焼き切れ、意識が何度も漆黒の底へと沈みかけ、しかしその度に狂気的な魔力によって無理やり引き戻される。


(あ、が、あ...っ...! なにこれ...、この体の中に、何が起きているの...っ...!!)


 どれほどの時間が流れたのか分からない。

 永遠にも思える激痛の嵐がようやく収まり、荒れ果てた湿地帯の泥の上に、私は倒れ込んでいた。

 はあ、はあ、と荒い息を吐きながら、私は震える自分の手を持ち上げた。

 しかし、そこに映っていたのは、もはや人間の少女の手ではなかった。

 意思を向けた瞬間、その指先がドロリと液状に溶け、次の瞬間には硬質な植物の蔓へと変化する。頭部を触れば、メキメキッと禍々しい一本の角が現れた。

 私の意識一つで、この肉体は人間から遠く離れた、悍ましいの形へと自由自在に変化してしまう。


(なにこれ...なにこれ...っ! 私の体は、いったいどうなっているの...っ!?)


 自分が、「人間の形をした化け物」になったと気が付いたとき、私の心の中で張り詰めていた何かが音を立てて弾け飛んだ。

 怒りでも、悲しみでもない。

 自分自身に対する、吐き気を催すほどの強烈な嫌悪感。そして、ソニアの肉体を奪い、その人生を踏みにじってしまったという取り返しのつかない罪悪感が、津波のように押し寄せてきた。


(いやだ...嫌だ嫌だ嫌だ...こんな姿になってまで、私はまだ生き延びている...っ! 私は、化け物になってまで、なんで生きているの...っ!!)


 精神が完全に崩壊し、狂気に呑み込まれていた。

 これ以上、こんな醜い姿で、こんな呪われた命を繋いでたまるか。

 私は狂ったように叫び声をあげると、自らの右手を鋼のように硬質化させ、全身の殺意と絶望をその拳に込めた。

 そして、一切の躊躇なく、その尖った硬質の手を自らの胸の奥――禍々しく脈打つ「魔核」へと、強烈な勢いで突き立てた。


――ザシュッ、と。


 自らの手で、自分の心臓である魔核を鷲掴みにし、引きちぎるように粉砕した。


「ははっ...、ははは...、これで、終わりだ...。今度こそ、完全におしまいだ...っ!」


 口から大量の血を吐き出しながら、私は力なく泥の中に倒れ伏した。

 こんどこそ、誰に殺されたわけでもない。自ら選んだ絶命――これで死ねるはずだ。意識が急速に遠のき、視界が真っ黒に染まっていく。


――だが。



「...え?」


 死の淵で、私の意識は突然、ガクンと強制的に引き戻された。

 粉砕されたはずの胸の魔核が、狂ったような再生能力でみるみるうちに修復され、再びドクン、と力強い鼓動を打ち始めたのだ。

 さらに、再び体が再構成されていった。皮膚がバラバラと剥がれ落ち新たな肌が生える、骨が溶け縮み、顔が溶け落ち――筆舌にしがたい苦痛を伴うはずの変化は、私がただ無感情に寝転んでいる間に完了した。悪魔の慈悲だったのか、私の「化け物」の体が痛みを学習したのか。それはわからない。

 起き上がり、手のひらから水球をだす。それを鏡代わりに覗くと、そこに映っていたのは、「私」だった。

――ソニアの眩しい橙の髪とは真反対の、奈落の底から拾ったような黒髪へ
  冒険者として鍛え抜かれた長身は、不健康に瘦せぎすした猫背の短小軽薄へ

「私」、「上田流花」の体が構築されていた。

――――――――――――――――――――――――――――――

 どれほど立っていただろう。理解の範疇を超えた現象に、ただ呆然とするしかなかった。いや、理解をしたくなかった。


――「私」が体(わたし)を殺したから、「上田流花」になった


 その事実は絶望を示していた。


 殺されても、死ねない。
 自分で自分を殺しても、死ねない。


 その紛れもない現実を突きつけられた瞬間、私のなかの狂気がスッと冷め、代わりに底知れぬ虚無が広がった。


(...そっか。私はもう、どうあっても死ねないんだ)


 自ら命を絶つことすら許されないのであれば、これ以上あがくことに何の意味があるというのだろう。

 いつの日か、この気が遠くなるような長い時間を経て、宇宙が終わりを迎えるか、あるいは「化け物」の魔核が動きを止めるその瞬間が来るまで、私はこの呪われた生を抱えて歩み続けるしかないのだ。

 諦めにも似た深い絶望のなかで、私は泥まみれの体を拭い、冒険者たちの亡骸から金銭を拾得した。そして、人間としてこの世界で生きていくことを、細く、静かに決意した。

 ふと、頭の中にソニアの記憶が蘇る。

 この湿地帯のすぐ近くに、人間たちが暮らす辺境の小さな町があるらしい。私は、記憶を頼りに、身の丈に合わぬソニアの衣服を引き摺るようにして、トボトボと森の小道を歩き出した。

――――――――――――――――――――――――――――――

 やがてその町の石造りの門へとたどり着いた。


「止まれ。よそ者か、身分証を出せ」


 町の入口で、武装した屈強な衛兵が冷たい視線を向けて阻んだ。

 身分証など持っているはずもない。だが、私の懐と記憶には幸いにも、道中で冒険者たちの持ち物から剥ぎ取った硬貨や、税の仕組みが残っていた。

 私は無言のまま、賄賂を含めた量の硬貨をジャラリと衛兵に投げ渡し、通行税として支払った。衛兵は眉をひそめつつも、硬貨を受け取ると不審そうに私を睨みつける。


「金払いはいいが...おい、お前、身分証はどうした?」

「...持ってない」

無宿人むしゅくにんか。面倒だな。...で、名前はなんて言うんだ?」


――名前。

 何度も何度も転生し、獣の鳴き声を上げ、植物の根を這わせるうちに、私は自分が誰であったのか、その輪郭さえ曖昧になりかけていた。

 せめて、この狂った世界でこれだけは失いたくない。せめて名前ぐらいは、本物の自分のものにしたい。

 私はかすれた声で、真実の名前を告げた。


「...上田...流花」


 だが、私の発音や、この世界の言葉の響きが混ざったせいか、あるいは衛兵の耳が腐っていたのか。目の前の衛兵は、「その名前」を鼻で笑った。


「――はぁ? 『ウェタルカ』ねぇ」

「え...?」

「っち、忌み名か。訳ありの厄介者ってわけだ。おい、余計なことは聞かん。出身地も言うな。俺は面倒なことに巻き込まれたくねえんだ。適当な田舎の村の出身にしておいてやるから、用を済ませてさっさと出ていけ。いいか、町の中で変な問題を起こすなよ」


 訂正する間も与えず、衛兵はガリガリと手荒く羊皮紙に文字を書き殴ると、雑にインクを乾かして私に押し付けた。

 そこに書かれていた仮の身分証の名前は、私の意図とは全く異なる響きで刻まれていた。


――『ウェタルカ』


「ほら、さっさと入れ。突っ立ってんじゃねえ!」


 衛兵の乱雑な手で背中を押され、私はそのまま、活気と喧騒に満ちた町の舗道へと放り出された。

 見上げる空はどこまでも青く、世界は残酷なほど何食わぬ顔で回っている。


――「ウェタルカ」それは、ソニアの記憶によれば「死体に乗り移る邪悪な精霊」 と「全知の精霊」の二面性をもつ伝承上の魔物の名前だった。


 死ねない呪いを抱えた化け物は、こうして「ウェタルカ」という名の偽りの身分を背負い、終わりのない異世界の泥沼へと足を踏み入れたのだった。
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死にたがり社不の不死転生 ―死にたい私の、死ねない絶望―作者:あづみ
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――視界が、パチンと切り替わった。

 泥と血にまみれた魔植物の湿地帯、私の眼前に広がったのは、殺気と熱気に満ちた血なまぐさい空間だった。

 湿気を吸い込み、ずっしりと重い衣服の感触、冷たい外気が頬を撫でる皮膚の感覚、そして自らの胸の内で規則正しく刻まれる心臓の鼓動。

――私は、人間の少女の肉体にいた。

 あのとき、魔植物の核を打ち砕いて私を殺した、若き冒険者・ソニアの肉体。


(...まただ。また、私は死ねなかった...それも、人の体を奪って...っ!)


 ソニアの頭蓋の奥底で、私の精神が激しく狂乱し、おぞましい嫌悪感が胃の腑を逆流させた。

 私が、この少女の未来を断ち切り、その温かな肉体を乗っ取った。彼女には彼女の人生があり、守りたい仲間がいて、明日の希望があった。私はそれらをしっかりと「覚えている」それを、転生の呪いが、あざ笑うように踏みにじってしまった。

 許されない。こんなこと、あっていいはずがない。

 これ以上、この終わりのない呪いの連鎖に、別の誰かを巻き込んではならない。


(――今度こそ、終わらせる。絶対に、ここで完全に終わらせてやる...ッ!)


 ソニアの肉体が地面に落とした一振りの短剣。その冷たく光る刃に、私は震える手を伸ばした。

 ソニアの肉体に染み込んでいる戦闘の記憶や、仲間を失った悲しみの残滓が「まだ死ねない」と拒絶の声を上げる。だが、私の底知れぬ意志はそのすべてを踏みにじり、短剣の柄をしっかりと握りしめさせた。

 迷いはなかった。

 私はその刃を、ソニアの柔らかな首筋へと迷いなく突き立てようとした。

――異変は、その瞬間に起きた。


 スライムから始まり、六度の転生を経て引き継がれてきた膨大な記憶と、キメラ化して歪みきった数々の異質な肉体。それらが、魔核という制御を失って暴走を始めたのだ。


「ぐっ...あ...あぁぁぁっ...!?」


 声帯から、およそ少女のものとは思えない音が出た。

 全身の血管が沸騰したように熱くなり、皮膚の内側から得体の知れない黒い魔力が凄まじい勢いで吹き荒れる。

 胸の内で、ソニアの人間としての赤く美しい心臓が、ドクン、ドクン、と不気味な重低音を響かせたかと思うと、見る見るうちに禍々しく輝く黒紫色の「魔核」へと変質していった。


――そこから始まったのは、肉体の再構成という名の地獄だった。


 骨がメリメリと音を立てて砕け散り、再構築される。筋肉が融解し、植物の蔓のような繊維質と獣の強靭な筋肉がぐちゃぐちゃに混ざり合って縫い合わされていく。神経の隅々にまで異質な毒と魔力が焼き付けられ、全身の細胞が「生きろ」と強制的に再定義される。

 あまりの凄まじい激痛に、叫び声をあげることすらできない。脳が焼き切れ、意識が何度も漆黒の底へと沈みかけ、しかしその度に狂気的な魔力によって無理やり引き戻される。


(あ、が、あ...っ...! なにこれ...、この体の中に、何が起きているの...っ...!!)


 どれほどの時間が流れたのか分からない。

 永遠にも思える激痛の嵐がようやく収まり、荒れ果てた湿地帯の泥の上に、私は倒れ込んでいた。

 はあ、はあ、と荒い息を吐きながら、私は震える自分の手を持ち上げた。

 しかし、そこに映っていたのは、もはや人間の少女の手ではなかった。

 意思を向けた瞬間、その指先がドロリと液状に溶け、次の瞬間には硬質な植物の蔓へと変化する。頭部を触れば、メキメキッと禍々しい一本の角が現れた。

 私の意識一つで、この肉体は人間から遠く離れた、悍ましいの形へと自由自在に変化してしまう。


(なにこれ...なにこれ...っ! 私の体は、いったいどうなっているの...っ!?)


 自分が、「人間の形をした化け物」になったと気が付いたとき、私の心の中で張り詰めていた何かが音を立てて弾け飛んだ。

 怒りでも、悲しみでもない。

 自分自身に対する、吐き気を催すほどの強烈な嫌悪感。そして、ソニアの肉体を奪い、その人生を踏みにじってしまったという取り返しのつかない罪悪感が、津波のように押し寄せてきた。


(いやだ...嫌だ嫌だ嫌だ...こんな姿になってまで、私はまだ生き延びている...っ! 私は、化け物になってまで、なんで生きているの...っ!!)


 精神が完全に崩壊し、狂気に呑み込まれていた。

 これ以上、こんな醜い姿で、こんな呪われた命を繋いでたまるか。

 私は狂ったように叫び声をあげると、自らの右手を鋼のように硬質化させ、全身の殺意と絶望をその拳に込めた。

 そして、一切の躊躇なく、その尖った硬質の手を自らの胸の奥――禍々しく脈打つ「魔核」へと、強烈な勢いで突き立てた。


――ザシュッ、と。


 自らの手で、自分の心臓である魔核を鷲掴みにし、引きちぎるように粉砕した。


「ははっ...、ははは...、これで、終わりだ...。今度こそ、完全におしまいだ...っ!」


 口から大量の血を吐き出しながら、私は力なく泥の中に倒れ伏した。

 こんどこそ、誰に殺されたわけでもない。自ら選んだ絶命――これで死ねるはずだ。意識が急速に遠のき、視界が真っ黒に染まっていく。


――だが。



「...え?」


 死の淵で、私の意識は突然、ガクンと強制的に引き戻された。

 粉砕されたはずの胸の魔核が、狂ったような再生能力でみるみるうちに修復され、再びドクン、と力強い鼓動を打ち始めたのだ。

 さらに、再び体が再構成されていった。皮膚がバラバラと剥がれ落ち新たな肌が生える、骨が溶け縮み、顔が溶け落ち――筆舌にしがたい苦痛を伴うはずの変化は、私がただ無感情に寝転んでいる間に完了した。悪魔の慈悲だったのか、私の「化け物」の体が痛みを学習したのか。それはわからない。

 起き上がり、手のひらから水球をだす。それを鏡代わりに覗くと、そこに映っていたのは、「私」だった。

――ソニアの眩しい橙の髪とは真反対の、奈落の底から拾ったような黒髪へ
  冒険者として鍛え抜かれた長身は、不健康に瘦せぎすした猫背の短小軽薄へ

「私」、「上田流花」の体が構築されていた。

――――――――――――――――――――――――――――――

 どれほど立っていただろう。理解の範疇を超えた現象に、ただ呆然とするしかなかった。いや、理解をしたくなかった。


――「私」が体(わたし)を殺したから、「上田流花」になった


 その事実は絶望を示していた。


 殺されても、死ねない。
 自分で自分を殺しても、死ねない。


 その紛れもない現実を突きつけられた瞬間、私のなかの狂気がスッと冷め、代わりに底知れぬ虚無が広がった。


(...そっか。私はもう、どうあっても死ねないんだ)


 自ら命を絶つことすら許されないのであれば、これ以上あがくことに何の意味があるというのだろう。

 いつの日か、この気が遠くなるような長い時間を経て、宇宙が終わりを迎えるか、あるいは「化け物」の魔核が動きを止めるその瞬間が来るまで、私はこの呪われた生を抱えて歩み続けるしかないのだ。

 諦めにも似た深い絶望のなかで、私は泥まみれの体を拭い、冒険者たちの亡骸から金銭を拾得した。そして、人間としてこの世界で生きていくことを、細く、静かに決意した。

 ふと、頭の中にソニアの記憶が蘇る。

 この湿地帯のすぐ近くに、人間たちが暮らす辺境の小さな町があるらしい。私は、記憶を頼りに、身の丈に合わぬソニアの衣服を引き摺るようにして、トボトボと森の小道を歩き出した。

――――――――――――――――――――――――――――――

 やがてその町の石造りの門へとたどり着いた。


「止まれ。よそ者か、身分証を出せ」


 町の入口で、武装した屈強な衛兵が冷たい視線を向けて阻んだ。

 身分証など持っているはずもない。だが、私の懐と記憶には幸いにも、道中で冒険者たちの持ち物から剥ぎ取った硬貨や、税の仕組みが残っていた。

 私は無言のまま、賄賂を含めた量の硬貨をジャラリと衛兵に投げ渡し、通行税として支払った。衛兵は眉をひそめつつも、硬貨を受け取ると不審そうに私を睨みつける。


「金払いはいいが...おい、お前、身分証はどうした?」

「...持ってない」

無宿人むしゅくにんか。面倒だな。...で、名前はなんて言うんだ?」


――名前。

 何度も何度も転生し、獣の鳴き声を上げ、植物の根を這わせるうちに、私は自分が誰であったのか、その輪郭さえ曖昧になりかけていた。

 せめて、この狂った世界でこれだけは失いたくない。せめて名前ぐらいは、本物の自分のものにしたい。

 私はかすれた声で、真実の名前を告げた。


「...上田...流花」


 だが、私の発音や、この世界の言葉の響きが混ざったせいか、あるいは衛兵の耳が腐っていたのか。目の前の衛兵は、「その名前」を鼻で笑った。


「――はぁ? 『ウェタルカ』ねぇ」

「え...?」

「っち、忌み名か。訳ありの厄介者ってわけだ。おい、余計なことは聞かん。出身地も言うな。俺は面倒なことに巻き込まれたくねえんだ。適当な田舎の村の出身にしておいてやるから、用を済ませてさっさと出ていけ。いいか、町の中で変な問題を起こすなよ」


 訂正する間も与えず、衛兵はガリガリと手荒く羊皮紙に文字を書き殴ると、雑にインクを乾かして私に押し付けた。

 そこに書かれていた仮の身分証の名前は、私の意図とは全く異なる響きで刻まれていた。


――『ウェタルカ』


「ほら、さっさと入れ。突っ立ってんじゃねえ!」


 衛兵の乱雑な手で背中を押され、私はそのまま、活気と喧騒に満ちた町の舗道へと放り出された。

 見上げる空はどこまでも青く、世界は残酷なほど何食わぬ顔で回っている。


――「ウェタルカ」それは、ソニアの記憶によれば「死体に乗り移る邪悪な精霊」 と「全知の精霊」の二面性をもつ伝承上の魔物の名前だった。


 死ねない呪いを抱えた化け物は、こうして「ウェタルカ」という名の偽りの身分を背負い、終わりのない異世界の泥沼へと足を踏み入れたのだった。
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死にたがり社不の不死転生 ―死にたい私の、死ねない絶望―作者:あづみ
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