ホーム死にたがり社不の不死転生 ―死にたい私の、死ねない絶望―第六話 自作自演の狩人
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第六話 自作自演の狩人

 衛兵の乱暴な手で背中を押され、活気と喧騒に満ちた町の舗道へと放り出されてから、どれくらいの時間が経っただろうか。

 見上げる空はどこまでも青く、道行く人々はそれぞれの目的に向かって足早に行き交っている。世界は残酷なほど何食わぬ顔で回っており、その平和な風景の中で、私は一人、身の丈に合わないブカブカの服を引きずりながら歩いていた。

 頭の中に残るソニアの記憶を頼りに、私は町の石畳の道を彷徨う。

 視界の端に映る景色と、ソニアがかつて仲間たちと歩いた記憶の断片が、奇妙なパズルのように一致していく。ここは辺境の小都市――冒険者や商人が行き交い、常にざらついた活気と埃っぽさに満ちた場所だった。

 だが、今の私に必要なのは感傷に浸ることではない。

 生きていくための最低限の金、そしてこの身を隠すための場所だった。


「...はぁ...」


 小さく溜息をつきながら、私は町中に貼られた掲示板や、露店の並ぶ一角を覗き込んでカネを得られる場所を求めて回った。

 しかし、まともに見て回るほどに、私の胃の腑は重く沈んでいく。

 ある場所では、荷運びや重労働の求人があった。だが、今の私の華奢な体では、使い物にならないと怒鳴られるのがオチだ。かといって、酒場の手伝いや宿の雑用といった人間関係が密接に関わる仕事は、余計な詮索をされる恐れがあった。

 どうせ死ねない体なのだから、適当にその辺の溝で息絶えていれば誰かが片付けてくれるだろうか、そんな自暴自棄な思考が頭をもたげる。だが、自分の手で魔核を粉砕しても復活してしまったあの悪夢のような現象を思い出すと、面倒な生き恥をさらすことになりそうで、それすらも億劫だった。

 結局のところ、私は社会の歯車としてまともに生きる適性など、この世界でも持ち合わせていない。

 人と関わらず、他人の目を気にせず、ただ最小限の手間で最低限の生活費を稼ぐ。その消去法的な答えの果てに、私の足が向かったのは、町の中心にそびえ立つ古びた石造りの建物――冒険者ギルドだった。

 重い木製の扉を押し開き、中へ足を踏み入れる。

 酒臭さと、血と汗の入り混じった独特の臭気が鼻腔を突いた。昼間から酒を煽る壮年の冒険者たちの喧騒と、依頼書が貼られた掲示板の前で言い争う者たちの声が響き渡っている。

 私は周囲の視線を避けるように、できるだけ影を縫うようにして受付のカウンターへと近づいた。

 カウンターの向こう側では、疲れた顔をした男性職員が、面倒くさそうに書類の山を整理している。


「...あの」


 かすれた、生気のない声で声をかけると、職員は面倒くさそうに顔を上げた。その冷ややかな瞳が、カウンターの前に立つ私を捉えた瞬間、ぴくりと動きを止めた。

 職員の視線が、私の姿を上から下へと舐めるように観察する。

 それも無理はない。私がまとっているのは、冒険者・ソニアの服だ。高身長で筋肉質だった彼女の身丈に合わせて作られたその装備は、やつれた目をして華奢な体格の私にとっては、まるでテントのようにブカブカだった。袖は完全に手を覆い隠し、裾は足首まで引きずりそうになっている。おまけに、あちこちに泥や血のシミがこびりつき、実戦で激しく使い込まれた歴戦の傷跡が刻まれていた。

 見た目は使い物にならなそうな、貧相な女。

 しかし、身に纏っているのは一目で場数を踏んだとわかる本格的で不釣り合いな装備。


「...冒険者になりたい」

「新人の登録か。...身分証は?」

「...これ」


 私は、あのとき衛兵から投げつけられた、手荒く文字が書き殴られた羊皮紙の仮身分証を無言で差し出した。

 職員はそれを手に取り、内容に目を落とす。そして、そこに書かれた文字を見た瞬間、彼の眉間に深いシワが刻まれた。


「――『ウェタルカ』...?」


 職員は信じられないものを見るような目で、私の顔と身分証を交互に見た。

 ギルドの受付という立場上、様々な者を見てきた彼の勘が働いたのだろう。その身分証に記されているのは、忌み名として知られる不吉な響き。さらに、身につけている装備は明らかに他の誰かのお下がりであり、しかも異様に使い込まれている。


「おいおい、この名前...。それに、その装備は何だ? お前が自分で揃えたものじゃないだろう。どっかから引っ剥がしてきたのか、それとも...」


 職員の鋭い追及の視線が突き刺さる。

 周囲にいた何人かの冒険者たちも、ただならぬ雰囲気を察してこちらをチラチラと見始めた。

 面倒くさい。心の底から、この空間から今すぐ消え去りたいという思いが湧き上がる。私はため息をつきたい衝動を抑えながら、できる限り無表情を装った。


「...色々あったんです。面倒なことは聞かないで。すぐに仕事がしたい」

「はぁ? 面倒なことって...お前ねぇ、ここは遊びの場所じゃないんだよ。身元もはっきりしない、忌み名を背負ったガキみてえな体のやつが、そんな物騒な格好で――」

「依頼さえこなせば金が手に入る。ここはそういう場所でしょ。早くして」


 私のあまりにも投げやりで、冷え切った口調に、職員は言葉を失った


「...まったく。これだから訳ありの素寒貧は...」


 職員は頭痛をこらえようにこめかみを押さえると、乱暴に一枚の依頼書をカウンターの上に放り投げた。


「...中堅クラスの『アイアンボア』の討伐。お前のその身なりが本物なら、これくらい朝飯前だろ。さっさと片付けてこい」


 職員が突きつけたのは、魔物の討伐依頼書だった。

 どうやらこれ以上詮索されるよりは、さっさと仕事とやらをこなしてこの場から立ち去った方が早そうだった。私は無言のまま依頼書をひったくるように掴み取り、ギルドの喧騒を背にして外へと踵を返した。

 町の外に広がる薄暗い森の中を、私はブカブカの袖を揺らしながら歩いていた。

 足元がやけに軽い。それは私の肉体が人間のものではなく、キメラの特性を宿した異形のそれに近いためだが、周囲の微細な気配や魔力の流れが、以前の人間だった頃とは比べ物にならないほど鮮明に頭に流れ込んでくる。

 ソニアの記憶と、かつて獣や植物として生き抜いたときの感覚が混ざり合い、森の奥に潜む獲物の位置など手に取るように分かった。


「...いた」


 木々の茂みの向こうで、ガサリと音がする。

 そこにいたのは、依頼書にあった『アイアンボア』――通常の猪よりも二回り大きく、全身が鋼鉄のように硬い外皮に覆われた獰猛な魔物だった。突進されれば、大抵の冒険者の防具ごと身体が両断される危険な相手だ。

 だが、今の私にとっては、ただの作業でしかなかった。

 アイアンボアが私に気づき、鋭い牙を剥き出しにして猛烈な勢いで突進してくる。

 地面が揺れ、空気を切り裂くような重い風圧が迫る。普通の人間であれば、恐怖で足がすくむか、あるいは逃げる間もなく轢き殺されているだろう。

 私は突進の軌道を見極め、私は最小限の動きでそれをひらりと躱た。キメラの身体能力と動体視力の強化が勝手に体を動かし、すれ違いざまにソニアの残した剣術の記憶をトレースして、手元の短剣でその首筋を正確に跳ね飛ばした。

 巨体がドサリと泥の上に崩れ落ち、鮮血が草むらを濡らす。

 戦闘開始から、わずか数秒の出来事だった。


「...終わった」


 私はため息をつきながら、地面に転がるアイアンボアの死体を見下ろした。

 依頼の達成証明となる牙を切り落とそうとしゃがみ込んだ、その時だった。

 背後の茂みから、いやな気配が走る。

 音もなく忍び寄っていたのは、巨大な大蛇型の魔物――「アビスサーペント」だった。その巨体が音もなく鎌首をもたげ、私の背後から容赦なく牙を突き立て、その身体を絞め殺すように致命的な一撃を浴びせた。


「がっ...!」


 耐えがたい衝撃と共に、私の肉体は地面に押しつぶされた。

 魔核が潰れ、肺から空気が弾け飛ぶ。激しい痛みが脳を焼くが、それ以上に私の頭をよぎったのは、「あ、また死んだ」という冷ややかな諦めだけだった。

 視界が急速に暗転し、意識が漆黒の底へと沈んでいく。

 肉体の死という境界線を越え、再び私の魂は別の肉体へとスライドを始めた。

――――――――――――――――――――――――――――――

――視界が、パチンと切り替わった。

 私の視界は這いつくばるような低い位置にあった。

 這うような冷たい泥の匂い。そして、全身を覆う冷たい鱗の感触と、獣としての本能的なうねり。

――私は、先ほど自分を殺したばかりの大蛇型の魔物の肉体に乗り移っていた。

 今までと同じ転生。ただ、私の心にあったのは繰り返した恐怖でも絶望でもなく、虚無と、どうしようもない気だるさだけだった。


(...あーあ。また死んだ...いや、死ねなかった。本当に、どうしようもないな、私は...)


 地面に横たわる、さっきまで自分が着ていた「上田流花」の亡骸と、その傍らに転がるアイアンボアの死体を見る。

 その光景をぼんやりと見つめながら、私は冷めた頭で思考を巡らせた。

 「私の体」にもどるには一度死ぬしかない。思うが早いか、尾をオオカミの巨大な爪に変化させ、さらに限界まで硬質化させる。そのまま腹の上にある魔核を砕こうとしたそのとき、ふと突飛な思い付きをしてしまった。

 このまま自死したときは、体の乗り移りではなく再構築が行われる。当然この蛇の体は消え、高値で取引される鱗も消えてしまうのだ。それならば、死ぬ前に鱗を剥ぎ取ってしまえばいい。

――あんな面倒な視線を送られるギルドには何度も出入りしたくない。この鱗を売れば当分の生活費には困らないだろう...

 感情の消えた、死んだような目で、自分の肉体から高額で取引される鱗を、ただ淡々と、まるで他人の肉を削ぐように切り離していく。

 客観的に見れば悍ましい自作自演の解体作業。しかし、そこには狂気すらない。

 すべての部位を切り出し終えると、私は大きく息を吐き出し、今度こそ尾を自分の心臓――魔核の位置へと深く突き立て、自らその命を断った。

 数舜して、体の再構築が始まる。

 粉砕されたはずの胸の魔核が再生、再び力強い鼓動を打ち始めた。続いてむき出しになっていた肉が溶け落ち、蛇の数多ある肋骨が崩れ去り――

 私は再び、「私」の肉体へと引き戻された。

 どれほどの時間が経っただろうか。

 森の冷たい土の上で、私はふうっと小さな息をつきながら、裸体でゆっくりと起き上がった。

 見れば、そこには先ほど自分が切り離した蛇皮の山と、アイアンボアの牙が転がっている。そして、少し離れた場所には、「私だった死体」が放置されていた。


「あっ...そっか...はぁ、面倒だな」


 人間の死体をそのまま放置するわけにもいかず、服を剥ぎ取り、身に着けると、私は右手からスライムの酸を大量に吐き出し、その死体にかけて溶かした。


――ジュワジュワジュワ...

 小さな体はみるみるうちに溶けて、汚泥になってしまった。私はよく覗き込み、人体の名残がないか確認してから、ヘビとイノシシの素材を麻袋に放り込んだ。

 体と同じぐらいの大きさになった荷物を背負いながら、来たときと同じ足取りで、冒険者ギルドへ向けて歩き出した。

――――――――――――――――――――――――――――――

 夕暮れ時の冒険者ギルドは、昼間よりもさらに多くの冒険者たちでごった返していた。
酒を飲む者、今日の戦果を自慢し合う者で賑わう中、私が巨大な麻袋を引きずりながらドアを開けて入ってきた瞬間、なぜか周囲の空気がピタリと静まり返った。

 誰もが、私の姿を見つめている。

 先ほどの登録の様子を見ていた者たちが多かったのだろう。「おい、あいつ...さっきのやつだよ」「新人のくせに、アイアンボアの依頼受けたんだろ」という小声が聞こえてくる。

 私はそんな周囲の視線を完全無視して、無表情のままカウンターへと歩み寄った。

 そこには、先ほどの男性職員が、書類をめくっていた。


「...ん? お前、その荷物はなんだ...まさか、怖くなってウサギでも狩ってきたわけじゃ――」

「終わった」


 私は無言のまま、鞄から取り出した二つの物体を、カウンターの上にドン、と無造作に放り出した。

 一つは、依頼されていたアイアンボアの牙。

 そしてもう一つは、その場にいた誰もが目を疑い、息を呑むような、不気味な光を放つ大蛇アビスサーペントの皮――

 ギルドの空気が、完全に凍りついた。


「...は?」


 男性職員は、カウンターの上に置かれた二つの戦果を凝視したまま、目を見開き、呼吸を忘れていた。

 周囲で酒を飲んでいたベテランの冒険者たちも、ガタガタと音を立てて椅子から立ち上がり、信じられないものを見るような目で私のほうにじりじりと歩み寄ってくる。


「嘘だろ...? これ、マジかよ...」

「おいおい、あの大蛇の魔物は、この近くの森でも厄介なはぐれ者だぞ...! 貧相な新人が、たった一人で...!?」


 どよめきが、一気に爆発したような大歓声と恐怖の入り混じったざわめきへと変わる。

 誰もが、目の前に立つ華奢でやつれた目の女――ブカブカの服を着た不気味な新人が、とてつもない化け物であることに気づき始めていた。

 しかし、当の本人である私は、そんな周囲の狂騒から耳を塞ぐように、ただ気だるそうにうつむいていた。


(...失敗した。なんか、余計に面倒なことになったな...)

 周囲の視線が突き刺さる痛みに耐えかねながら、私は叩きつけられた報酬の金貨を無言で鷲掴みにし、逃げるようにギルドの扉を押し開けた。

  詮索の声やざわめきを背中に聞きながら、一刻も早くこの面倒な人間社会の輪から外れたい。静かな場所でただ泥のように眠りたい――私は夜のとばりに包まれた路地裏へと姿を消したのだった。
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死にたがり社不の不死転生 ―死にたい私の、死ねない絶望―作者:あづみ
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第六話 自作自演の狩人

 衛兵の乱暴な手で背中を押され、活気と喧騒に満ちた町の舗道へと放り出されてから、どれくらいの時間が経っただろうか。

 見上げる空はどこまでも青く、道行く人々はそれぞれの目的に向かって足早に行き交っている。世界は残酷なほど何食わぬ顔で回っており、その平和な風景の中で、私は一人、身の丈に合わないブカブカの服を引きずりながら歩いていた。

 頭の中に残るソニアの記憶を頼りに、私は町の石畳の道を彷徨う。

 視界の端に映る景色と、ソニアがかつて仲間たちと歩いた記憶の断片が、奇妙なパズルのように一致していく。ここは辺境の小都市――冒険者や商人が行き交い、常にざらついた活気と埃っぽさに満ちた場所だった。

 だが、今の私に必要なのは感傷に浸ることではない。

 生きていくための最低限の金、そしてこの身を隠すための場所だった。


「...はぁ...」


 小さく溜息をつきながら、私は町中に貼られた掲示板や、露店の並ぶ一角を覗き込んでカネを得られる場所を求めて回った。

 しかし、まともに見て回るほどに、私の胃の腑は重く沈んでいく。

 ある場所では、荷運びや重労働の求人があった。だが、今の私の華奢な体では、使い物にならないと怒鳴られるのがオチだ。かといって、酒場の手伝いや宿の雑用といった人間関係が密接に関わる仕事は、余計な詮索をされる恐れがあった。

 どうせ死ねない体なのだから、適当にその辺の溝で息絶えていれば誰かが片付けてくれるだろうか、そんな自暴自棄な思考が頭をもたげる。だが、自分の手で魔核を粉砕しても復活してしまったあの悪夢のような現象を思い出すと、面倒な生き恥をさらすことになりそうで、それすらも億劫だった。

 結局のところ、私は社会の歯車としてまともに生きる適性など、この世界でも持ち合わせていない。

 人と関わらず、他人の目を気にせず、ただ最小限の手間で最低限の生活費を稼ぐ。その消去法的な答えの果てに、私の足が向かったのは、町の中心にそびえ立つ古びた石造りの建物――冒険者ギルドだった。

 重い木製の扉を押し開き、中へ足を踏み入れる。

 酒臭さと、血と汗の入り混じった独特の臭気が鼻腔を突いた。昼間から酒を煽る壮年の冒険者たちの喧騒と、依頼書が貼られた掲示板の前で言い争う者たちの声が響き渡っている。

 私は周囲の視線を避けるように、できるだけ影を縫うようにして受付のカウンターへと近づいた。

 カウンターの向こう側では、疲れた顔をした男性職員が、面倒くさそうに書類の山を整理している。


「...あの」


 かすれた、生気のない声で声をかけると、職員は面倒くさそうに顔を上げた。その冷ややかな瞳が、カウンターの前に立つ私を捉えた瞬間、ぴくりと動きを止めた。

 職員の視線が、私の姿を上から下へと舐めるように観察する。

 それも無理はない。私がまとっているのは、冒険者・ソニアの服だ。高身長で筋肉質だった彼女の身丈に合わせて作られたその装備は、やつれた目をして華奢な体格の私にとっては、まるでテントのようにブカブカだった。袖は完全に手を覆い隠し、裾は足首まで引きずりそうになっている。おまけに、あちこちに泥や血のシミがこびりつき、実戦で激しく使い込まれた歴戦の傷跡が刻まれていた。

 見た目は使い物にならなそうな、貧相な女。

 しかし、身に纏っているのは一目で場数を踏んだとわかる本格的で不釣り合いな装備。


「...冒険者になりたい」

「新人の登録か。...身分証は?」

「...これ」


 私は、あのとき衛兵から投げつけられた、手荒く文字が書き殴られた羊皮紙の仮身分証を無言で差し出した。

 職員はそれを手に取り、内容に目を落とす。そして、そこに書かれた文字を見た瞬間、彼の眉間に深いシワが刻まれた。


「――『ウェタルカ』...?」


 職員は信じられないものを見るような目で、私の顔と身分証を交互に見た。

 ギルドの受付という立場上、様々な者を見てきた彼の勘が働いたのだろう。その身分証に記されているのは、忌み名として知られる不吉な響き。さらに、身につけている装備は明らかに他の誰かのお下がりであり、しかも異様に使い込まれている。


「おいおい、この名前...。それに、その装備は何だ? お前が自分で揃えたものじゃないだろう。どっかから引っ剥がしてきたのか、それとも...」


 職員の鋭い追及の視線が突き刺さる。

 周囲にいた何人かの冒険者たちも、ただならぬ雰囲気を察してこちらをチラチラと見始めた。

 面倒くさい。心の底から、この空間から今すぐ消え去りたいという思いが湧き上がる。私はため息をつきたい衝動を抑えながら、できる限り無表情を装った。


「...色々あったんです。面倒なことは聞かないで。すぐに仕事がしたい」

「はぁ? 面倒なことって...お前ねぇ、ここは遊びの場所じゃないんだよ。身元もはっきりしない、忌み名を背負ったガキみてえな体のやつが、そんな物騒な格好で――」

「依頼さえこなせば金が手に入る。ここはそういう場所でしょ。早くして」


 私のあまりにも投げやりで、冷え切った口調に、職員は言葉を失った


「...まったく。これだから訳ありの素寒貧は...」


 職員は頭痛をこらえようにこめかみを押さえると、乱暴に一枚の依頼書をカウンターの上に放り投げた。


「...中堅クラスの『アイアンボア』の討伐。お前のその身なりが本物なら、これくらい朝飯前だろ。さっさと片付けてこい」


 職員が突きつけたのは、魔物の討伐依頼書だった。

 どうやらこれ以上詮索されるよりは、さっさと仕事とやらをこなしてこの場から立ち去った方が早そうだった。私は無言のまま依頼書をひったくるように掴み取り、ギルドの喧騒を背にして外へと踵を返した。

 町の外に広がる薄暗い森の中を、私はブカブカの袖を揺らしながら歩いていた。

 足元がやけに軽い。それは私の肉体が人間のものではなく、キメラの特性を宿した異形のそれに近いためだが、周囲の微細な気配や魔力の流れが、以前の人間だった頃とは比べ物にならないほど鮮明に頭に流れ込んでくる。

 ソニアの記憶と、かつて獣や植物として生き抜いたときの感覚が混ざり合い、森の奥に潜む獲物の位置など手に取るように分かった。


「...いた」


 木々の茂みの向こうで、ガサリと音がする。

 そこにいたのは、依頼書にあった『アイアンボア』――通常の猪よりも二回り大きく、全身が鋼鉄のように硬い外皮に覆われた獰猛な魔物だった。突進されれば、大抵の冒険者の防具ごと身体が両断される危険な相手だ。

 だが、今の私にとっては、ただの作業でしかなかった。

 アイアンボアが私に気づき、鋭い牙を剥き出しにして猛烈な勢いで突進してくる。

 地面が揺れ、空気を切り裂くような重い風圧が迫る。普通の人間であれば、恐怖で足がすくむか、あるいは逃げる間もなく轢き殺されているだろう。

 私は突進の軌道を見極め、私は最小限の動きでそれをひらりと躱た。キメラの身体能力と動体視力の強化が勝手に体を動かし、すれ違いざまにソニアの残した剣術の記憶をトレースして、手元の短剣でその首筋を正確に跳ね飛ばした。

 巨体がドサリと泥の上に崩れ落ち、鮮血が草むらを濡らす。

 戦闘開始から、わずか数秒の出来事だった。


「...終わった」


 私はため息をつきながら、地面に転がるアイアンボアの死体を見下ろした。

 依頼の達成証明となる牙を切り落とそうとしゃがみ込んだ、その時だった。

 背後の茂みから、いやな気配が走る。

 音もなく忍び寄っていたのは、巨大な大蛇型の魔物――「アビスサーペント」だった。その巨体が音もなく鎌首をもたげ、私の背後から容赦なく牙を突き立て、その身体を絞め殺すように致命的な一撃を浴びせた。


「がっ...!」


 耐えがたい衝撃と共に、私の肉体は地面に押しつぶされた。

 魔核が潰れ、肺から空気が弾け飛ぶ。激しい痛みが脳を焼くが、それ以上に私の頭をよぎったのは、「あ、また死んだ」という冷ややかな諦めだけだった。

 視界が急速に暗転し、意識が漆黒の底へと沈んでいく。

 肉体の死という境界線を越え、再び私の魂は別の肉体へとスライドを始めた。

――――――――――――――――――――――――――――――

――視界が、パチンと切り替わった。

 私の視界は這いつくばるような低い位置にあった。

 這うような冷たい泥の匂い。そして、全身を覆う冷たい鱗の感触と、獣としての本能的なうねり。

――私は、先ほど自分を殺したばかりの大蛇型の魔物の肉体に乗り移っていた。

 今までと同じ転生。ただ、私の心にあったのは繰り返した恐怖でも絶望でもなく、虚無と、どうしようもない気だるさだけだった。


(...あーあ。また死んだ...いや、死ねなかった。本当に、どうしようもないな、私は...)


 地面に横たわる、さっきまで自分が着ていた「上田流花」の亡骸と、その傍らに転がるアイアンボアの死体を見る。

 その光景をぼんやりと見つめながら、私は冷めた頭で思考を巡らせた。

 「私の体」にもどるには一度死ぬしかない。思うが早いか、尾をオオカミの巨大な爪に変化させ、さらに限界まで硬質化させる。そのまま腹の上にある魔核を砕こうとしたそのとき、ふと突飛な思い付きをしてしまった。

 このまま自死したときは、体の乗り移りではなく再構築が行われる。当然この蛇の体は消え、高値で取引される鱗も消えてしまうのだ。それならば、死ぬ前に鱗を剥ぎ取ってしまえばいい。

――あんな面倒な視線を送られるギルドには何度も出入りしたくない。この鱗を売れば当分の生活費には困らないだろう...

 感情の消えた、死んだような目で、自分の肉体から高額で取引される鱗を、ただ淡々と、まるで他人の肉を削ぐように切り離していく。

 客観的に見れば悍ましい自作自演の解体作業。しかし、そこには狂気すらない。

 すべての部位を切り出し終えると、私は大きく息を吐き出し、今度こそ尾を自分の心臓――魔核の位置へと深く突き立て、自らその命を断った。

 数舜して、体の再構築が始まる。

 粉砕されたはずの胸の魔核が再生、再び力強い鼓動を打ち始めた。続いてむき出しになっていた肉が溶け落ち、蛇の数多ある肋骨が崩れ去り――

 私は再び、「私」の肉体へと引き戻された。

 どれほどの時間が経っただろうか。

 森の冷たい土の上で、私はふうっと小さな息をつきながら、裸体でゆっくりと起き上がった。

 見れば、そこには先ほど自分が切り離した蛇皮の山と、アイアンボアの牙が転がっている。そして、少し離れた場所には、「私だった死体」が放置されていた。


「あっ...そっか...はぁ、面倒だな」


 人間の死体をそのまま放置するわけにもいかず、服を剥ぎ取り、身に着けると、私は右手からスライムの酸を大量に吐き出し、その死体にかけて溶かした。


――ジュワジュワジュワ...

 小さな体はみるみるうちに溶けて、汚泥になってしまった。私はよく覗き込み、人体の名残がないか確認してから、ヘビとイノシシの素材を麻袋に放り込んだ。

 体と同じぐらいの大きさになった荷物を背負いながら、来たときと同じ足取りで、冒険者ギルドへ向けて歩き出した。

――――――――――――――――――――――――――――――

 夕暮れ時の冒険者ギルドは、昼間よりもさらに多くの冒険者たちでごった返していた。
酒を飲む者、今日の戦果を自慢し合う者で賑わう中、私が巨大な麻袋を引きずりながらドアを開けて入ってきた瞬間、なぜか周囲の空気がピタリと静まり返った。

 誰もが、私の姿を見つめている。

 先ほどの登録の様子を見ていた者たちが多かったのだろう。「おい、あいつ...さっきのやつだよ」「新人のくせに、アイアンボアの依頼受けたんだろ」という小声が聞こえてくる。

 私はそんな周囲の視線を完全無視して、無表情のままカウンターへと歩み寄った。

 そこには、先ほどの男性職員が、書類をめくっていた。


「...ん? お前、その荷物はなんだ...まさか、怖くなってウサギでも狩ってきたわけじゃ――」

「終わった」


 私は無言のまま、鞄から取り出した二つの物体を、カウンターの上にドン、と無造作に放り出した。

 一つは、依頼されていたアイアンボアの牙。

 そしてもう一つは、その場にいた誰もが目を疑い、息を呑むような、不気味な光を放つ大蛇アビスサーペントの皮――

 ギルドの空気が、完全に凍りついた。


「...は?」


 男性職員は、カウンターの上に置かれた二つの戦果を凝視したまま、目を見開き、呼吸を忘れていた。

 周囲で酒を飲んでいたベテランの冒険者たちも、ガタガタと音を立てて椅子から立ち上がり、信じられないものを見るような目で私のほうにじりじりと歩み寄ってくる。


「嘘だろ...? これ、マジかよ...」

「おいおい、あの大蛇の魔物は、この近くの森でも厄介なはぐれ者だぞ...! 貧相な新人が、たった一人で...!?」


 どよめきが、一気に爆発したような大歓声と恐怖の入り混じったざわめきへと変わる。

 誰もが、目の前に立つ華奢でやつれた目の女――ブカブカの服を着た不気味な新人が、とてつもない化け物であることに気づき始めていた。

 しかし、当の本人である私は、そんな周囲の狂騒から耳を塞ぐように、ただ気だるそうにうつむいていた。


(...失敗した。なんか、余計に面倒なことになったな...)

 周囲の視線が突き刺さる痛みに耐えかねながら、私は叩きつけられた報酬の金貨を無言で鷲掴みにし、逃げるようにギルドの扉を押し開けた。

  詮索の声やざわめきを背中に聞きながら、一刻も早くこの面倒な人間社会の輪から外れたい。静かな場所でただ泥のように眠りたい――私は夜のとばりに包まれた路地裏へと姿を消したのだった。
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