ホーム死にたがり社不の不死転生 ―死にたい私の、死ねない絶望―第十三話 強化訓練の始まり
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第十三話 強化訓練の始まり

 零番隊の施設に放り込まれてから、数週間が経っていた。

 あれから司令部からの命令はなく、施設のなかで怠惰な日々を送っている。いや、命令はあった。たった一つ――「施設の外へ出ないこと」これは、私に限らず小隊長のレイヴン以外には適用されている命令らしかった。

 レイヴンが言うには、各員は大隊に所属する者たちの士気を下げないために、「左遷」された体を取っているらしい。その左遷された者の現状が漏れないためと、保護の側面から監禁じみた外出禁止命令が出ているとのことだった。


「保護...?」

「あぁ...ガザル、ローザ――この両名は対人能力が著しく低くてな、閉じこもって単独で修練させた方が、雑音なくその能力を高めることができるため、才能の保護としてこの施設にいる」


 確かに、竜血族・ガザルはどこでも剣を振り回しているか、「湧出型実戦訓練場」と名打たれた部屋で、続々と湧き出てくる魔物を切りつけているかの二択で、およそ常人の生活をしている様子はない。

 また、魅魔族・ローザは自室に籠り通常の魅魔族が接近不可能な国家元首や教会上層部などの精神干渉を遠隔で行っているらしい。しかし、その際に人間の欲望や泥悪な感情に触れてしまい、ベッドに泣き臥せっているか、レイヴンに八つ当たりをしに雑居サロンに居座っているかだ。


「しかし...フィグに関しては才能の保護というよりも、本人の保護の意味合いが強い。奴は本来ならば監獄にいる身だ」

「なにしたの、あいつ...」

「ギルバートが言っていただろう、ラボの爆発だ。それで怪我人だけでなく死者までだしたのだ。その裁判で実刑が言い渡されるところを、軍上層部がこの零番隊を創設し、施設に監禁することで救ったのだ。幼い身なりで、奴が一番の古参だぞ? この施設に施されている先端技術も、ほとんどがフィグの気まぐれの産物だ」

「なるほどね...そんな奴がこんな暮らししてたら恨まれるね」


 施設の暮らしは快適そのものだった。必要なものがあれば連絡一つで転移されてくる。

 食事に関しては一日三回、食事のたびにサロンの転移装置へ送られてくる配給食。それは王立補給廠が軍の上官御用達の料理人に仕込ませたもので、栄養価や素材の質は申し分なく最高級品。人間の町にいたときの干し肉と固パンとは比べ物にならず、飽食の現代日本のレベルに届こうかという美味だった。

 さらに、大量の嗜好品――タバコや酒が絶え間なく支給される。建物の奥にある倉庫を漁ったときに見つけたそれらは、今の私の数少ない「暇つぶし」になっていた。そのなかで見つけた一本のタバコは、奇妙なことに、私が生前の学生時代に愛飲していた銘柄の味と香りに驚くほど似ていた。

 以来、私は常にタバコを口に銜えているようになった。紫煙を吐き出すその瞬間だけは、微かに脳の嫌なざらつきが和らぐ気がしたのだ。

 手元には、度数が強烈な酒。

 それを喉を灼くようにしてがぶ飲みする。その酩酊は死への強い渇望を抑え、薄い気だるさを全身に行き渡らせてくれる。

 私は右手にタバコ、左手に酒瓶といった様相でレイヴンと会話をしていた。この状態が咎められない軍属というのも奇妙な光景であった。


(監禁と放任――才能の囲い込みってところかな。...ギルバートも「複雑な性質の部隊」とか、良い言い方したよ)


 私がくっくっと喉を鳴らすように笑うのを、レイヴンは怪訝そうな顔でみたが、すぐに机を埋め尽くす書類との格闘に戻っていった。

 サラサラと紙の上を滑るペンの音を子守歌にしながら、私は重厚なソファの上で意識を手放していった。

――――――――――――――――――――――――――――――

――あたたかな光に包まれていた。

 どこか懐かしい木漏れ日が窓から差し込む、穏やかなリビングだった。


「ねえ、流花。いつまでぼーっとしてるの? お茶が冷めちゃうよ」


 振り返ると、そこにいたのは生前の母だった。柔らかく微笑みながら、湯気の立つカップをテーブルに置く。その隣には、恋人の彼が呆れたような、しかし愛おしそうな顔でこちらを見上げていた。


「...お母さん? えっ私...」

「なに寝ぼけてるのよ。今日はのんびり過ごすって約束したでしょ? ほら、早くこっちに来て座りなさい」


 他愛のない会話。肌を刺さない穏やかな温度。失われたはずの平穏が、そこには嘘のように満ちていた。

 私はその光景に吸い寄せられるように一歩を踏み出そうとしたが――その足元で、突然、世界が不気味にきしんだ。

 ミシミシと頭蓋の内側を引っ掻くようなノイズ。まるで水面に波紋が広がるように、視界が歪む。

 頭の中に直接響いてきたのは、やけに誇らしげで、浮かれた女の声だった。


『――ふふん、どうよ! 私の精神干渉の術にかかれば、人間の脳内から最高に幸福な記憶の断片を引っ張り出して、夢として見せることぐらい朝飯前よ! ねえ、今の夢すごかったでしょう! 褒めてくれてもいいのよ、新入り!』


 パッと現実の意識が引き戻され、私はむくりと上半身を起こした。

 目の前には、両手を腰に当てて胸を張り、ドヤ顔を通り越してなぜか得意満面の笑みを浮かべているローザが立っていた。どうやら彼女は、私が眠っている間に面白半分で私の脳に精神干渉を行い、血の臭いすらない温かな陽光の中、生前の優しかった母や恋人と過ごす「失われた世界の幻影」を見せて遊んでいたらしい。


「...人の頭の中を勝手にのぞいて、ふざけた真似をするな腐れ処女が」


 私は心底不機嫌そうな顔で、冷たく舌うちを一つ響かせた。

 その乾いた音に、ローザは「えっ?」と肩をびくりと揺らす。私は冷め切った魚のような目で彼女を見据え、短く言い放った。


「二度としないで」

「うっ...。せっかくいい夢を見せてあげたのに、なによぅ...」


 ローザが気まずそうに頬を引きつらせたその時、部屋の隅のデスクから、重い足音が近づいてきた。


「...くだらないことでギャーギャー騒ぐな。こっちは書類の山で頭が割れそうなんだ」


 目の下に深いクマを張り詰めたレイヴンが、疲労の色を濃厚に滲ませた顔で私たちを睨みつけていた。彼は手元の端末を乱暴に操作し、私を一瞥する。


「起きろ、ウェタルカ。上層部からの通達だ。今日からお前の『第一段階調整』が始まる。着いてこい」

「...はぁ、なにそれ聞いてないんだけど」


 私の唇から、掠れた、不機嫌と拒絶の言葉が零れ落ちる。鉛のように重い体を引きずりながら、私は渋々ソファから起き上がった。

――――――――――――――――――――――――――――――

 連れられてきたのは、本拠地の地下深くにある特別訓練場――『湧出型実戦訓練場』だった。

 壁も床も無機質な魔導鋼で固められたその中央に、巨大な檻が鎮座している。その中から、ガリガリと不気味な音を立ててうごめく影があった。私は思わず顔を顰め、ローザに至っては「ひっ」と声をあげ、私の後ろにしゃがみこんでしまった。


「あれは、『結晶大蠍』全身が高硬度の結晶質の外殻で覆われ、ひとたび振るえば鋼をも両断する鋭い尾の一撃と、あらゆる有機物を瞬時に溶かし尽くす強力な酸性溶解液を武器とする魔物だ。ウェタルカ、君には今からアレに殺されてもらう」

「...は?」

「『第一段階調整』だ。上層部はお前の『不死転生』――殺害された際、その体を次代の器として転生するスキルで、お前を大戦に備えて強化させるつもりらしい。お前は殺されて、魔物の能力を獲得していくのだ」


(正気か...? まぁフィグみたいなヒト殺しを囲い込むような国だ。実利主義で倫理観は二の次ってわけね)


 私は諦めの溜息を吐くと。檻の前に足を進め、迷うことなくその場で服に手をかけた。

 殺されたときに自分の死体から剥ぎ取るのが面倒という実利的な理由もあるが...それだけではない。

 私はチラリと、入口でしゃがみ込んだままのローザの方に視線を向けた。さっきの夢の仕返しも兼ねて、あの初心な魅魔族を発狂させてやろうという、ささやかな嫌がらせの意図がそこにはあった。

 私はローザの目をじっと見据えたまま、スルスルと無造作に布を引き剥がし、その場で完全に全裸になった。


「――!?...っきゃ――!? な、なんでこっち見ながら脱ぐのよ変態! ド変態っ!」


 案の定、ローザは耳まで真っ赤に茹で上がり、両手で顔を覆ったままその場でジタバタと転がった。


「わ、わざわざ私の目の前で...! あんた、絶対わざとでしょ! 人の羞恥心をなんだと思ってるのよ!」

「さあ? くっくっ...良い顔してるよ」


 私は脱いだボロ布を雑に丸めて房の隅に放り投げる。遅れて訓練場に来ていたガザルも「うおっ!?」と盛大に目を逸らし、真っ赤な顔で冷や汗を流しながら明後日の方向を凝視していた。眉一つ動かさなかったのは、小隊長のレイヴンとフィグだった。


「では、始めるぞ」


 レイヴンの合図でガチャリ、と重い音を立てて檻の扉が開き、結晶大蠍が猛然と飛び出してきた。

 避ける気力すら起きない私めがけて、結晶の尾が稲妻のように閃く。

 一瞬にして胴体を両断され、さらに容赦なく吐き出された高熱の溶解液が私の肉体を包み込む。

 ジリジリと皮膚が焼け焦げ、筋肉が溶け、骨までがドロドロのスープのように液状化していく。耐えがたい激痛と、窒息するような絶命の過程が脳を焼く。


「あああああぁぁああ...!!」


 絶叫とともに視界が急速に真っ暗に染まり、意識の糸がプツリと途切れた。

――――――――――――――――――――――――――――――

――視界が、パチンと切り替わった。

 全身を覆う冷たく高硬度な結晶の感触と、無数の複眼が捉える多角的な世界。背後には鋼をも両断する鋭利な尾がそそり立ち、その先端からはあらゆる有機物を溶かす溶解液の気配が満ちている。

――私は、先ほどまで自分を殺していたはずの「巨大サソリ」の肉体に乗り移っていた。


(このサソリは飼育されていたのね...素材採集のためかわからないけど、こんなの飼うなんてほんとに頭おかしいんじゃないの)


 私は乗っ取った記憶から、サソリの過去を覗く。無機質な部屋のなかで、白衣を着た魔人族に餌を与えられて育った記憶。サソリは魔人族たちを親と思っていたようだった。


(こんなところに連れてこられて、ご愁傷様)


 私はわずかな憐憫を抱きながら、迷いなく巨大な蠍のハサミと尾を動かし、自らの急所を激しく貫き、自らをとどめを刺すように魔石を破壊した。


「ギッ...! ギギギィッ...! 」


 ガラガラと水晶が砕ける音と共に、魔物の体が崩れ落ちる。

 その瞬間、魔物の体から解放された私の意識の周囲で、肉体が凄まじい勢いで再構成を始めた。ぐじゅりと肉の盛り上がる音と、骨が組み合わさるグロテスクな再生の光景。

 元の人間としての私の肉体が新しい生を得て立ち上がるが、その足元には、先ほどまで私が着ていた人間としての死体や、あちこちから飛び散った生々しい肉片、血の海が生々しく残されたままになっていた。


「ひっ...! げ、ゲロ吐きそう...もう嫌かもこの部隊...!」


 入口にいたローザが、一連の惨状を見て青い顔でへたり込む。

 しかし、そのグロテスクな光景に狂喜した小さな影がいた。


「――っ、待って、最高! 最高すぎるんだけどこれ!」


 床に這いつくばるようにして近づいてきたのは、小隠族のフィグだった。彼は目を血走らせ、飛び散った肉片や、床に転がる人間の死体から零れ落ちた組織を、持参した採取瓶で狂ったようにかき集め始める。


「見てこれ! 人間の肉体のくせに魔力がこもってる! うわあ、これ絶対次の実験の起爆剤になるわ...新入り、もっと派手に肉片飛ばして死んでよ!」

「...ほんとに気持ち悪い、お前」


 私は足元に転がる自分の古い死体と血溜まりをうっとうしそうに見下ろした。

――――――――――――――――――――――――――――――

「ご苦労、では成果を確認しろ」

 レイヴンは手元にある、青白く光る薄型の板――『解析魔盤』をこちらに放り投げるように突き出す。

 私は飛んできた解析魔盤を片手で受け止め、のろのろと両手で軽く挟みこんだ。

 魔導の光が朱色に揺らめき、私の情報が文字として浮かび上がる。



【名前】 ウェタルカ
【種族】 ???
【称号】 異世界からの転生者、死にたがり、生にしがみつく者

【能力値】
・魔力量: 測定不能(不定形数)
・筋力 : 測定不能(不定形数)
・耐久 : 測定不能(不定形数)
・敏捷 : 測定不能(不定形数)

【固有スキル】
・『不死転生』:対象(物質体、精神体を含むすべての生命)に殺害された際、その体を次代の器として転生する。

【既存スキル】
『不定形化』『物理衝撃分散(半減)』『溶解液分泌』『魔核捕食・魔力値上昇』『超跳躍(脚部強化)』『角貫通突撃』『魔核捕食効率化』『硬質被毛(物理耐性)』『高速移動(韋駄天)』『動体視力強化』『気配遮断』『水流制御(初級)』『水中機動最適化』『異種肉体統合』『剣術・短剣戦闘(近接技巧)』『罠解除』『人間言語』『魔力感知』『毒牙』『丸飲み』『脱皮(代謝上昇)』『滑空飛行(空中機動制御)』『竜鱗硬化(高位物理・魔法耐性)』『飛竜の炎息』『竜の威圧』

【新規獲得スキル】
・『超硬質外殻』 (特性:外部からの物理衝撃・切断耐性の獲得)
・『毒針生成』 (特性:体液および分泌物への致死性毒素の付与)

【統合スキル】
・『重装分散被甲』
(特性・統合:『物理衝撃分散(半減)』『硬質被毛(物理耐性)』『超硬質外殻』を統合。物理衝撃分散と耐性により、物理接触を九割無効化)
・『禍毒侵蝕牙針』
(特性・統合:『毒牙』『毒針生成』を統合。触れたものや貫通した敵の肉体を致命的な劇毒で内部から瞬時に侵蝕・崩壊させる。


「ふーん...」


 表示された文字を眺め、私は小さく鼻を鳴らした。

 結晶大蠍の能力が、確かに私の肉体に組み込まれている。それも、ゲームみたいにスキルの統合までされており、かなり強力になったようである。

「既存スキルの上位上書きといったところだな。まぁ上々だろう」


 レイヴンがこめかみを抑えながら声をかけてくる。


「次回は一か月後だ。それまで心身の休養に務めるように、とのことだ」

「っは...! 上層部からの配慮ってこと? 苦し紛れすぎるでしょ」

「お前だけでなく、私や、そこでへばっているローザのための配慮だっ!」


 苛ついたようなレイヴンの声に、私は首を傾げた。


「嫌なら見なきゃいいじゃん」

「そうもいかん、俺には監督責任がある。それと、お前が万が一魔物の本能につられて暴れだしたとき、ローザが精神干渉で落ち着かせ、ガザルが力づくで抑える手はずになっているのだ。――フィグについては見てのとおりだが、零番隊は全員でお前の強化に関わる命令を受けている」

「あ――なるほどね」


 私は周囲を見渡す。やつれ顔のレイヴン、未だに夢中で肉片を集めるフィグ、私の裸体に動揺しながら直立不動のガザル、口元を抑えながら座り込んでいるローザ。


(ま、もらえる休みはありがたく、怠惰に過ごそうかな)


 私は床の隅に放り投げておいたボロ布をひょいと拾い上げ、再び自分の体に無造作に纏い直した。 そして入口を邪魔しているローザを足で蹴ってどかし、再び紫煙と酒気に塗れた日々に戻っていった。
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死にたがり社不の不死転生 ―死にたい私の、死ねない絶望―作者:あづみ
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第十三話 強化訓練の始まり

 零番隊の施設に放り込まれてから、数週間が経っていた。

 あれから司令部からの命令はなく、施設のなかで怠惰な日々を送っている。いや、命令はあった。たった一つ――「施設の外へ出ないこと」これは、私に限らず小隊長のレイヴン以外には適用されている命令らしかった。

 レイヴンが言うには、各員は大隊に所属する者たちの士気を下げないために、「左遷」された体を取っているらしい。その左遷された者の現状が漏れないためと、保護の側面から監禁じみた外出禁止命令が出ているとのことだった。


「保護...?」

「あぁ...ガザル、ローザ――この両名は対人能力が著しく低くてな、閉じこもって単独で修練させた方が、雑音なくその能力を高めることができるため、才能の保護としてこの施設にいる」


 確かに、竜血族・ガザルはどこでも剣を振り回しているか、「湧出型実戦訓練場」と名打たれた部屋で、続々と湧き出てくる魔物を切りつけているかの二択で、およそ常人の生活をしている様子はない。

 また、魅魔族・ローザは自室に籠り通常の魅魔族が接近不可能な国家元首や教会上層部などの精神干渉を遠隔で行っているらしい。しかし、その際に人間の欲望や泥悪な感情に触れてしまい、ベッドに泣き臥せっているか、レイヴンに八つ当たりをしに雑居サロンに居座っているかだ。


「しかし...フィグに関しては才能の保護というよりも、本人の保護の意味合いが強い。奴は本来ならば監獄にいる身だ」

「なにしたの、あいつ...」

「ギルバートが言っていただろう、ラボの爆発だ。それで怪我人だけでなく死者までだしたのだ。その裁判で実刑が言い渡されるところを、軍上層部がこの零番隊を創設し、施設に監禁することで救ったのだ。幼い身なりで、奴が一番の古参だぞ? この施設に施されている先端技術も、ほとんどがフィグの気まぐれの産物だ」

「なるほどね...そんな奴がこんな暮らししてたら恨まれるね」


 施設の暮らしは快適そのものだった。必要なものがあれば連絡一つで転移されてくる。

 食事に関しては一日三回、食事のたびにサロンの転移装置へ送られてくる配給食。それは王立補給廠が軍の上官御用達の料理人に仕込ませたもので、栄養価や素材の質は申し分なく最高級品。人間の町にいたときの干し肉と固パンとは比べ物にならず、飽食の現代日本のレベルに届こうかという美味だった。

 さらに、大量の嗜好品――タバコや酒が絶え間なく支給される。建物の奥にある倉庫を漁ったときに見つけたそれらは、今の私の数少ない「暇つぶし」になっていた。そのなかで見つけた一本のタバコは、奇妙なことに、私が生前の学生時代に愛飲していた銘柄の味と香りに驚くほど似ていた。

 以来、私は常にタバコを口に銜えているようになった。紫煙を吐き出すその瞬間だけは、微かに脳の嫌なざらつきが和らぐ気がしたのだ。

 手元には、度数が強烈な酒。

 それを喉を灼くようにしてがぶ飲みする。その酩酊は死への強い渇望を抑え、薄い気だるさを全身に行き渡らせてくれる。

 私は右手にタバコ、左手に酒瓶といった様相でレイヴンと会話をしていた。この状態が咎められない軍属というのも奇妙な光景であった。


(監禁と放任――才能の囲い込みってところかな。...ギルバートも「複雑な性質の部隊」とか、良い言い方したよ)


 私がくっくっと喉を鳴らすように笑うのを、レイヴンは怪訝そうな顔でみたが、すぐに机を埋め尽くす書類との格闘に戻っていった。

 サラサラと紙の上を滑るペンの音を子守歌にしながら、私は重厚なソファの上で意識を手放していった。

――――――――――――――――――――――――――――――

――あたたかな光に包まれていた。

 どこか懐かしい木漏れ日が窓から差し込む、穏やかなリビングだった。


「ねえ、流花。いつまでぼーっとしてるの? お茶が冷めちゃうよ」


 振り返ると、そこにいたのは生前の母だった。柔らかく微笑みながら、湯気の立つカップをテーブルに置く。その隣には、恋人の彼が呆れたような、しかし愛おしそうな顔でこちらを見上げていた。


「...お母さん? えっ私...」

「なに寝ぼけてるのよ。今日はのんびり過ごすって約束したでしょ? ほら、早くこっちに来て座りなさい」


 他愛のない会話。肌を刺さない穏やかな温度。失われたはずの平穏が、そこには嘘のように満ちていた。

 私はその光景に吸い寄せられるように一歩を踏み出そうとしたが――その足元で、突然、世界が不気味にきしんだ。

 ミシミシと頭蓋の内側を引っ掻くようなノイズ。まるで水面に波紋が広がるように、視界が歪む。

 頭の中に直接響いてきたのは、やけに誇らしげで、浮かれた女の声だった。


『――ふふん、どうよ! 私の精神干渉の術にかかれば、人間の脳内から最高に幸福な記憶の断片を引っ張り出して、夢として見せることぐらい朝飯前よ! ねえ、今の夢すごかったでしょう! 褒めてくれてもいいのよ、新入り!』


 パッと現実の意識が引き戻され、私はむくりと上半身を起こした。

 目の前には、両手を腰に当てて胸を張り、ドヤ顔を通り越してなぜか得意満面の笑みを浮かべているローザが立っていた。どうやら彼女は、私が眠っている間に面白半分で私の脳に精神干渉を行い、血の臭いすらない温かな陽光の中、生前の優しかった母や恋人と過ごす「失われた世界の幻影」を見せて遊んでいたらしい。


「...人の頭の中を勝手にのぞいて、ふざけた真似をするな腐れ処女が」


 私は心底不機嫌そうな顔で、冷たく舌うちを一つ響かせた。

 その乾いた音に、ローザは「えっ?」と肩をびくりと揺らす。私は冷め切った魚のような目で彼女を見据え、短く言い放った。


「二度としないで」

「うっ...。せっかくいい夢を見せてあげたのに、なによぅ...」


 ローザが気まずそうに頬を引きつらせたその時、部屋の隅のデスクから、重い足音が近づいてきた。


「...くだらないことでギャーギャー騒ぐな。こっちは書類の山で頭が割れそうなんだ」


 目の下に深いクマを張り詰めたレイヴンが、疲労の色を濃厚に滲ませた顔で私たちを睨みつけていた。彼は手元の端末を乱暴に操作し、私を一瞥する。


「起きろ、ウェタルカ。上層部からの通達だ。今日からお前の『第一段階調整』が始まる。着いてこい」

「...はぁ、なにそれ聞いてないんだけど」


 私の唇から、掠れた、不機嫌と拒絶の言葉が零れ落ちる。鉛のように重い体を引きずりながら、私は渋々ソファから起き上がった。

――――――――――――――――――――――――――――――

 連れられてきたのは、本拠地の地下深くにある特別訓練場――『湧出型実戦訓練場』だった。

 壁も床も無機質な魔導鋼で固められたその中央に、巨大な檻が鎮座している。その中から、ガリガリと不気味な音を立ててうごめく影があった。私は思わず顔を顰め、ローザに至っては「ひっ」と声をあげ、私の後ろにしゃがみこんでしまった。


「あれは、『結晶大蠍』全身が高硬度の結晶質の外殻で覆われ、ひとたび振るえば鋼をも両断する鋭い尾の一撃と、あらゆる有機物を瞬時に溶かし尽くす強力な酸性溶解液を武器とする魔物だ。ウェタルカ、君には今からアレに殺されてもらう」

「...は?」

「『第一段階調整』だ。上層部はお前の『不死転生』――殺害された際、その体を次代の器として転生するスキルで、お前を大戦に備えて強化させるつもりらしい。お前は殺されて、魔物の能力を獲得していくのだ」


(正気か...? まぁフィグみたいなヒト殺しを囲い込むような国だ。実利主義で倫理観は二の次ってわけね)


 私は諦めの溜息を吐くと。檻の前に足を進め、迷うことなくその場で服に手をかけた。

 殺されたときに自分の死体から剥ぎ取るのが面倒という実利的な理由もあるが...それだけではない。

 私はチラリと、入口でしゃがみ込んだままのローザの方に視線を向けた。さっきの夢の仕返しも兼ねて、あの初心な魅魔族を発狂させてやろうという、ささやかな嫌がらせの意図がそこにはあった。

 私はローザの目をじっと見据えたまま、スルスルと無造作に布を引き剥がし、その場で完全に全裸になった。


「――!?...っきゃ――!? な、なんでこっち見ながら脱ぐのよ変態! ド変態っ!」


 案の定、ローザは耳まで真っ赤に茹で上がり、両手で顔を覆ったままその場でジタバタと転がった。


「わ、わざわざ私の目の前で...! あんた、絶対わざとでしょ! 人の羞恥心をなんだと思ってるのよ!」

「さあ? くっくっ...良い顔してるよ」


 私は脱いだボロ布を雑に丸めて房の隅に放り投げる。遅れて訓練場に来ていたガザルも「うおっ!?」と盛大に目を逸らし、真っ赤な顔で冷や汗を流しながら明後日の方向を凝視していた。眉一つ動かさなかったのは、小隊長のレイヴンとフィグだった。


「では、始めるぞ」


 レイヴンの合図でガチャリ、と重い音を立てて檻の扉が開き、結晶大蠍が猛然と飛び出してきた。

 避ける気力すら起きない私めがけて、結晶の尾が稲妻のように閃く。

 一瞬にして胴体を両断され、さらに容赦なく吐き出された高熱の溶解液が私の肉体を包み込む。

 ジリジリと皮膚が焼け焦げ、筋肉が溶け、骨までがドロドロのスープのように液状化していく。耐えがたい激痛と、窒息するような絶命の過程が脳を焼く。


「あああああぁぁああ...!!」


 絶叫とともに視界が急速に真っ暗に染まり、意識の糸がプツリと途切れた。

――――――――――――――――――――――――――――――

――視界が、パチンと切り替わった。

 全身を覆う冷たく高硬度な結晶の感触と、無数の複眼が捉える多角的な世界。背後には鋼をも両断する鋭利な尾がそそり立ち、その先端からはあらゆる有機物を溶かす溶解液の気配が満ちている。

――私は、先ほどまで自分を殺していたはずの「巨大サソリ」の肉体に乗り移っていた。


(このサソリは飼育されていたのね...素材採集のためかわからないけど、こんなの飼うなんてほんとに頭おかしいんじゃないの)


 私は乗っ取った記憶から、サソリの過去を覗く。無機質な部屋のなかで、白衣を着た魔人族に餌を与えられて育った記憶。サソリは魔人族たちを親と思っていたようだった。


(こんなところに連れてこられて、ご愁傷様)


 私はわずかな憐憫を抱きながら、迷いなく巨大な蠍のハサミと尾を動かし、自らの急所を激しく貫き、自らをとどめを刺すように魔石を破壊した。


「ギッ...! ギギギィッ...! 」


 ガラガラと水晶が砕ける音と共に、魔物の体が崩れ落ちる。

 その瞬間、魔物の体から解放された私の意識の周囲で、肉体が凄まじい勢いで再構成を始めた。ぐじゅりと肉の盛り上がる音と、骨が組み合わさるグロテスクな再生の光景。

 元の人間としての私の肉体が新しい生を得て立ち上がるが、その足元には、先ほどまで私が着ていた人間としての死体や、あちこちから飛び散った生々しい肉片、血の海が生々しく残されたままになっていた。


「ひっ...! げ、ゲロ吐きそう...もう嫌かもこの部隊...!」


 入口にいたローザが、一連の惨状を見て青い顔でへたり込む。

 しかし、そのグロテスクな光景に狂喜した小さな影がいた。


「――っ、待って、最高! 最高すぎるんだけどこれ!」


 床に這いつくばるようにして近づいてきたのは、小隠族のフィグだった。彼は目を血走らせ、飛び散った肉片や、床に転がる人間の死体から零れ落ちた組織を、持参した採取瓶で狂ったようにかき集め始める。


「見てこれ! 人間の肉体のくせに魔力がこもってる! うわあ、これ絶対次の実験の起爆剤になるわ...新入り、もっと派手に肉片飛ばして死んでよ!」

「...ほんとに気持ち悪い、お前」


 私は足元に転がる自分の古い死体と血溜まりをうっとうしそうに見下ろした。

――――――――――――――――――――――――――――――

「ご苦労、では成果を確認しろ」

 レイヴンは手元にある、青白く光る薄型の板――『解析魔盤』をこちらに放り投げるように突き出す。

 私は飛んできた解析魔盤を片手で受け止め、のろのろと両手で軽く挟みこんだ。

 魔導の光が朱色に揺らめき、私の情報が文字として浮かび上がる。



【名前】 ウェタルカ
【種族】 ???
【称号】 異世界からの転生者、死にたがり、生にしがみつく者

【能力値】
・魔力量: 測定不能(不定形数)
・筋力 : 測定不能(不定形数)
・耐久 : 測定不能(不定形数)
・敏捷 : 測定不能(不定形数)

【固有スキル】
・『不死転生』:対象(物質体、精神体を含むすべての生命)に殺害された際、その体を次代の器として転生する。

【既存スキル】
『不定形化』『物理衝撃分散(半減)』『溶解液分泌』『魔核捕食・魔力値上昇』『超跳躍(脚部強化)』『角貫通突撃』『魔核捕食効率化』『硬質被毛(物理耐性)』『高速移動(韋駄天)』『動体視力強化』『気配遮断』『水流制御(初級)』『水中機動最適化』『異種肉体統合』『剣術・短剣戦闘(近接技巧)』『罠解除』『人間言語』『魔力感知』『毒牙』『丸飲み』『脱皮(代謝上昇)』『滑空飛行(空中機動制御)』『竜鱗硬化(高位物理・魔法耐性)』『飛竜の炎息』『竜の威圧』

【新規獲得スキル】
・『超硬質外殻』 (特性:外部からの物理衝撃・切断耐性の獲得)
・『毒針生成』 (特性:体液および分泌物への致死性毒素の付与)

【統合スキル】
・『重装分散被甲』
(特性・統合:『物理衝撃分散(半減)』『硬質被毛(物理耐性)』『超硬質外殻』を統合。物理衝撃分散と耐性により、物理接触を九割無効化)
・『禍毒侵蝕牙針』
(特性・統合:『毒牙』『毒針生成』を統合。触れたものや貫通した敵の肉体を致命的な劇毒で内部から瞬時に侵蝕・崩壊させる。


「ふーん...」


 表示された文字を眺め、私は小さく鼻を鳴らした。

 結晶大蠍の能力が、確かに私の肉体に組み込まれている。それも、ゲームみたいにスキルの統合までされており、かなり強力になったようである。

「既存スキルの上位上書きといったところだな。まぁ上々だろう」


 レイヴンがこめかみを抑えながら声をかけてくる。


「次回は一か月後だ。それまで心身の休養に務めるように、とのことだ」

「っは...! 上層部からの配慮ってこと? 苦し紛れすぎるでしょ」

「お前だけでなく、私や、そこでへばっているローザのための配慮だっ!」


 苛ついたようなレイヴンの声に、私は首を傾げた。


「嫌なら見なきゃいいじゃん」

「そうもいかん、俺には監督責任がある。それと、お前が万が一魔物の本能につられて暴れだしたとき、ローザが精神干渉で落ち着かせ、ガザルが力づくで抑える手はずになっているのだ。――フィグについては見てのとおりだが、零番隊は全員でお前の強化に関わる命令を受けている」

「あ――なるほどね」


 私は周囲を見渡す。やつれ顔のレイヴン、未だに夢中で肉片を集めるフィグ、私の裸体に動揺しながら直立不動のガザル、口元を抑えながら座り込んでいるローザ。


(ま、もらえる休みはありがたく、怠惰に過ごそうかな)


 私は床の隅に放り投げておいたボロ布をひょいと拾い上げ、再び自分の体に無造作に纏い直した。 そして入口を邪魔しているローザを足で蹴ってどかし、再び紫煙と酒気に塗れた日々に戻っていった。
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死にたがり社不の不死転生 ―死にたい私の、死ねない絶望―作者:あづみ
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