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第十五話 巨神の荒野

 魔王国軍 直轄特務遊撃隊・第零小隊。通称、零番隊の専用宿舎の一室。

 灰皿には山のように積み上がった吸い殻、テーブルには空の酒瓶が転がり、部屋全体が紫煙に包まれて視界すらも怪しい。そんな澱んだ空気の中、私はベッドの上で、文字通り一糸まとわぬ姿――完全に全裸で大の字になって転がっていた。


「ん...あぁ、もう朝か夜かも分かんないな...」


 低く気だるげな声を漏らしながら、手元にあったタバコに火を点ける。

 なぜ服を着ていないのかといえば、理由は極めてシンプルかつ実利的なものだった。――

 「服を着るから、洗濯という無駄な労働が発生する」。それだけの理由である。最初から着用しなければ、洗濯の手間も、乾かす時間も、畳む苦痛もすべてゼロになる。社不極まりない合理主義と怠惰の極みが産み出した究極のスタイルだった。

 コンコン、ガチャリ。

 ノックの音とともに、遠慮のない勢いで扉が開いた。そこに立っていたのは、零番隊隊員魅魔族のローザである。

 彼女は部屋に入ってきたが、換気されていない部屋の濃密なタバコの煙を吸い込み、途端に顔をしかめた。


「けほっ、けほっ...っ! なによこれ、相変わらずアンタの部屋は煙草の煙と酒臭さで地獄みたいね。いい加減にしなさいよ、息が詰まる――って、きゃああああああッ!!」


 ローザはバッと両手で目を覆い、しかし指の隙間からこれでもかとばかりにジロジロとウェタルカを凝視しながら絶叫した。


「またっ! また服を着てないじゃない! なんでアンタはいつもそうなのよ! 破廉恥! 変態! 礼儀を知らない下劣な死にたがり!」

「うるさい。...人のプライベートスペースにズケズケ入ってきて、大声ださないで。目に毒だと言うなら、勝手に出てって。」

「着なさいよ! 最低限の尊厳を! ...って、説教してる場合じゃなかったわ。上層部からの緊急命令よ。レイヴン隊長から言い渡された、『第二段階調整』のスケジュールを持ってきたわ」


 ローザは顔を真っ赤に染め上げ、手元の書類を投げつけるようにしてバタンと扉を閉めて出ていった。

 床に落ちた書類を、私は気だるげに拾い上げる。


(...第二段階、ねぇ。いよいよ来たか)


 第一段階調整を経て、私の肉体は数々の凶悪な特性を手に入れている。そして今回は、魔大陸北部高地を皮切りに、さらなる理不尽なまでの戦闘力を求めて、各地の災害級魔物を狩りに行くという、真面目に聞けば地獄行きの観光旅行のような計画だった。

 こうして、怠惰な生活に強制的なピリオドが打たれ、零番隊の面々による第二段階調整の旅が幕を開けたのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――

 旅の一幕目として私たちが足を踏み入れたのは、魔大陸北部高地の温暖な鉱山地帯であった。

 この一帯は、常時もうもうと立ち込める猛毒の霧と、肌を焼くような酸性の嵐が吹き荒れる文字通りの死地である。


「うわ、なにこの空気...! 呼吸するだけで肺が溶けそうなんですけど!」


 同行していたフィグが、防毒マスクと特殊な魔導フィルターのついた防護服を全身に着込みながら、ひいひいと声を漏らした。

 周囲には、ゴツゴツとした黒い岩肌が広がり、植物の一本すら生えていない。しかし、そんな過酷な環境のど真ん中に、ぽつんと巨大な石造りの集落が存在していた。

 そこに暮らしていたのは、魔人族の一角――『巨石族』の独立採掘集落である。


「ようこそいらっしゃいました! 第零小隊長レイヴン殿、及び隊員の皆様。...がッハッハ! レイヴン殿、真魔種の貴殿であれば、魔法障壁を張られればよろしいのでは? 些か似合っておりませんぞ!」

「常時となれば魔力消費が激しい。私とてやむ負えず着用しているのだ」


 巨石族の戦士長が豪快な笑いともに出迎えてくれた。彼らは毒や酸、極端な気温変化に対しても独自の強靭な肉体で完全に耐性を持っているため、防護服など一切纏わず、上半身裸で闊歩している。

 そして、その巨石族の生活圏に足を踏み入れた瞬間、小隠族のフィグは別の意味で絶望的な悲鳴を上げた。


「待って、待って待って!? なんだよこの家! 椅子が僕の背丈の三倍あるんですけど! テーブルの高さが首元まであるし、 家具が、建物が、何もかもがデカすぎる!」


 フィグは、自分の体の何倍もある巨大な木製の椅子によじ登ろうとしては滑り落ち、無様な姿を晒していた。すべてが巨石族の規格で作られているため、小柄なフィグにとっては地獄のような巨大空間だったのだ。

 一方、私はといえば、いつも通り面倒臭そうにブラブラと歩きながら、周囲の環境を眺めていた。


「ふーん...で、魔物はどこ?」

「まぁ慌てるな、ウェタルカ殿! 我らの集落の客人をもてなすのが巨石族の流儀だ。まずは腹を満たせ! 特別に、我が集落自慢の最高のごちそうを振る舞ってやる!」


 巨石族の男が大きな手を鳴らすと、集落の中央広場に据えられた巨大な大鍋から、信じられないほどスパイシーで濃厚な香りがあたりに立ち込めた。

 ぐうっ、と、私の腹が小さく鳴った。

 タバコと酒ばかりでまともに食事をとっていなかったこともあるが、その匂いは脳裏に、かつて生きていた現代日本での記憶を強烈に呼び覚ました。

 大鍋の底で煮込まれていたのは、水の一滴も使わず、多肉植物の水分と野菜の旨味、そして何種類ものスパイスだけで肉をじっくりと煮詰めた――紛うことなき、本格的な「スパイスカレー」だった。

 その脇には、小麦に似た現地の植物をこねて石窯の壁に貼り付けて焼き上げた、香ばしいナンが山のように積まれている。


「...これ...」


 私は、わずかに目を見開いた。

 生前、大好物だった、あのスパイシーな香りと鮮やかな黄金色の煮込み料理。まさかこんな異世界の魔大陸の荒野で、それに酷似した料理に出会うとは思いもしなかった。


「どうだ! 荒野の民のパワーの源よ! スパイスをたっぷり効かせた肉の煮込みに、焼き立てのコイツを千切って浸して食う!」

「...食べる」


 普段は「酒で腹がいっぱい」と零してほとんど箸をつけない私が、この時ばかりは別人のような素早さでナンを一枚ひっつかみ、大鍋から豪快にすくったカレーをたっぷりとつけて口に放り込んだ。

 瞬間――。

 現地の香辛料の複雑な辛味と、長時間煮込まれた獣肉の旨味が、味覚を激しく殴りつけた。ガツンとくる強烈な辛さの裏に、野菜の甘みが溶け込んでいる。


「...っ! うまっ...なにこれ、うまっ...!!」


 私は話すのも惜しく、ものすごい勢いで次々と胃袋にかき込んでいった。一心不乱に、夢中で、まるで飢えた野獣のようにモリモリとスプーンという名の巨大な木べらを動かす。


「おっ、いい食いっぷりだな! 気に入ったか!」

「最高...もっと...」


 さらに、巨石族の男が「肉だけじゃ喉が詰まるだろ!」と差し出してきたのは、砂漠地帯の多肉植物を発酵・蒸留させて作った、現地の特製強酒――地球でいうところの「テキーラ」に酷似した、無色透明にして強烈なアルコール度数を誇る悪魔の液体だった。


「おっ、それもいけるか? かなりキツいぞ、弱いヤツの内臓なら一発で焼けるが――」


 巨石族の警告を無視し、私は巨大なジョッキを受け取ると、一息でそれを喉の奥へと流し込んだ。

 カッ!! と、食道から胃にかけて熱いマグマが流れ落ちたような衝撃が走る。


「...プハァッ! ...効く...いいね、これももっと」

「なっ...!? 水のように飲み干しただと...!?」


 酒豪として知られる巨石族の戦士たちでさえ、その底知れない飲みっぷりに驚き、やがて「おい、あの小柄な姉ちゃんに負けるな! 酒樽を追加しろ!」と、謎の酒飲み勝負が始まってしまった。

 レイヴンが「おい、! これから大魔物との戦闘だ。 酔っ払ってどうするんだ!」と止めに入ったが、私はすでに心地よい酔いと極上のスパイスの満腹感に包まれ、むしろ機嫌よくフニャフニャとした笑みを浮かべていた。


「いーじゃんいーじゃん...最高のメシと酒だった。...で、その、なんだっけ? でっかい魔物はどこ? さっさと殺されに行こうか」

――――――――――――――――――――――――――――――

 満腹とアルコール、最高の満足感を胸に、私は巨石族の集落の外れに広がる谷へと足を踏み入れた。

 そこが、今回の目的である大気壊滅獣――『霧喰らいの巨神ミスト・ベヒーモス』のテリトリーだった。


「...うわ、なんだあのサイズ」


 遠目で見ていた以上の圧倒的な存在感だった。山脈のようなどす黒い巨体に、無数の噴気孔のような器官がパカパカと開閉し、そこから周囲一帯を視界不良にするほどの猛毒の霧と、触れただけで岩をも溶かす酸性の嵐がとめどなく噴き出している。

 常時展開された酸のバリアと分厚い脂肪のせいで、通常の部隊であれば近づくことすらかなわない環境災害そのものだった。


「総員、ここから先は近づくな。あの酸性瘴気は防護服も耐えきれず溶けるぞ」


 レイヴンが、シュコーッシュコーッと音を立てる防毒マスク越しにガザル、ローザ、フィグを止める。対して、へべれけの私は、その言葉にぐりんと首を曲げてから、おもむろに服を脱ぎ始めた。


「ちょっとウェタルカ!! ここ外よ! 服を着て行って!」

「はぁー? いいじゃん、どうせ他の人はいないんだし。この服無くなるほうが困るでしょ。いい加減見慣れてよ」


 完全に服を取り払った私は、振り乱して抗議するローザの言葉を無視し、千鳥足のまま巨神の足元へとフラフラ歩いていった。


「あー...せっかく美味い飯食ったのに、こんな不味い空気のなか死ななきゃいけないなんて」


ズズン、ズズン、と大地を揺るがしながら、『霧喰らいの巨神ミスト・ベヒーモス』が私の存在に気づき、その巨大な質量を伴った威圧感を放った。次の瞬間、巨神の無数の噴気孔から、都市を丸ごと溶かすほどの高濃度な酸性瘴気が津波のように押し寄せた。


「...っ!?」


 回避する気など微塵もない身体を、猛烈な酸の霧と圧倒的な大気圧が呑み込む。

 皮膚がジュージューと音を立てて溶け、肺に流れ込んだ酸性の毒気が内部から組織を破壊していく。


「...あぁ、やっぱ、死ぬときは痛いんだよな...」


 ガクッ、と意識が途切れる。私の魂は消滅した肉体から離脱し、目の前で存在感を放つ『霧喰らいの巨神ミスト・ベヒーモス』の巨大回路へと滑り込んだ。

――視界がパチンと切り替わる。

 肉体の乗っ取りは一瞬だった。

 ドクン、と、巨神の巨大な魔核が脈打つ。


(...目線たっか...体めちゃくちゃ重いし。...さて、どうやって死のうかな)


 巨神の身体を手に入れたウェタルカは、自らの意思でその巨大な肺腑を逆流させ、自壊の引き金を引いた。

 ボチュンッ!! と、山脈のような巨体が内側から破裂し、ドス黒い血煙と膨大な魔力が周囲の空間へと爆発的に解放される。


グモオオオォォォ――。


 巨神は最後に地を揺り動かすほどの咆哮をあげ、その生を閉じた。

 肉体の崩壊と再生の痛みが去ったあと、荒野の真ん中にポンと放り出された私は、ふぅ、と一息ついて遠くで待機している零番隊の面々の方へと振り返る。


「...おーい、終わったー。酒のおかげで、いつもより楽に死ねた気がするわ」


 呆然と立ち尽くすローザや、頭を抱えるガザルとレイヴン、巨神の肉体を収集出来ずに悔しがっているフィグに向かって、私は気だるげに手を上げ、第二段階調整の最初の関門を軽々と突破してみせたのだった。



【名前】 ウェタルカ
【種族】 ???
【称号】 異世界からの転生者、死にたがり、生にしがみつく者

【能力値】
・魔力量: 測定不能(不定形数)
・筋力 : 測定不能(不定形数)
・耐久 : 測定不能(不定形数)
・敏捷 : 測定不能(不定形数)

【固有スキル】
・『不死転生』:対象(物質体、精神体を含むすべての生命)に殺害された際、その体を次代の器として転生する。

【既存スキル】
『不定形化』『溶解液分泌』『魔核捕食・魔力値上昇』『超跳躍(脚部強化)』『角貫通突撃』『魔核捕食効率化』『高速移動(韋駄天)』『動体視力強化』『気配遮断』『水中機動最適化』『異種肉体統合』『剣術・短剣戦闘(近接技巧)』『罠解除』『人間言語』『魔力感知』『丸飲み』『脱皮(代謝上昇)』『竜鱗硬化(高位物理・魔法耐性)』『飛竜の炎息』『竜の威圧』『重装分散被甲』『流嵐水刃』『無音幻翼』『剛力』『地響き』『光学的擬態』『痺毒壊蝕牙針』

【新規獲得スキル】
・『大気壊滅(エリア・バースト)』 (特性:周囲の酸素や魔力を一気に奪い、広範囲の生物を窒息・圧殺する)
・『酸性瘴気噴出(アシッド・ミスト)』 (特性:自分の周囲に一都市規模の溶解霧を展開する。)
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死にたがり社不の不死転生 ―死にたい私の、死ねない絶望―作者:あづみ
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第十五話 巨神の荒野

 魔王国軍 直轄特務遊撃隊・第零小隊。通称、零番隊の専用宿舎の一室。

 灰皿には山のように積み上がった吸い殻、テーブルには空の酒瓶が転がり、部屋全体が紫煙に包まれて視界すらも怪しい。そんな澱んだ空気の中、私はベッドの上で、文字通り一糸まとわぬ姿――完全に全裸で大の字になって転がっていた。


「ん...あぁ、もう朝か夜かも分かんないな...」


 低く気だるげな声を漏らしながら、手元にあったタバコに火を点ける。

 なぜ服を着ていないのかといえば、理由は極めてシンプルかつ実利的なものだった。――

 「服を着るから、洗濯という無駄な労働が発生する」。それだけの理由である。最初から着用しなければ、洗濯の手間も、乾かす時間も、畳む苦痛もすべてゼロになる。社不極まりない合理主義と怠惰の極みが産み出した究極のスタイルだった。

 コンコン、ガチャリ。

 ノックの音とともに、遠慮のない勢いで扉が開いた。そこに立っていたのは、零番隊隊員魅魔族のローザである。

 彼女は部屋に入ってきたが、換気されていない部屋の濃密なタバコの煙を吸い込み、途端に顔をしかめた。


「けほっ、けほっ...っ! なによこれ、相変わらずアンタの部屋は煙草の煙と酒臭さで地獄みたいね。いい加減にしなさいよ、息が詰まる――って、きゃああああああッ!!」


 ローザはバッと両手で目を覆い、しかし指の隙間からこれでもかとばかりにジロジロとウェタルカを凝視しながら絶叫した。


「またっ! また服を着てないじゃない! なんでアンタはいつもそうなのよ! 破廉恥! 変態! 礼儀を知らない下劣な死にたがり!」

「うるさい。...人のプライベートスペースにズケズケ入ってきて、大声ださないで。目に毒だと言うなら、勝手に出てって。」

「着なさいよ! 最低限の尊厳を! ...って、説教してる場合じゃなかったわ。上層部からの緊急命令よ。レイヴン隊長から言い渡された、『第二段階調整』のスケジュールを持ってきたわ」


 ローザは顔を真っ赤に染め上げ、手元の書類を投げつけるようにしてバタンと扉を閉めて出ていった。

 床に落ちた書類を、私は気だるげに拾い上げる。


(...第二段階、ねぇ。いよいよ来たか)


 第一段階調整を経て、私の肉体は数々の凶悪な特性を手に入れている。そして今回は、魔大陸北部高地を皮切りに、さらなる理不尽なまでの戦闘力を求めて、各地の災害級魔物を狩りに行くという、真面目に聞けば地獄行きの観光旅行のような計画だった。

 こうして、怠惰な生活に強制的なピリオドが打たれ、零番隊の面々による第二段階調整の旅が幕を開けたのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――

 旅の一幕目として私たちが足を踏み入れたのは、魔大陸北部高地の温暖な鉱山地帯であった。

 この一帯は、常時もうもうと立ち込める猛毒の霧と、肌を焼くような酸性の嵐が吹き荒れる文字通りの死地である。


「うわ、なにこの空気...! 呼吸するだけで肺が溶けそうなんですけど!」


 同行していたフィグが、防毒マスクと特殊な魔導フィルターのついた防護服を全身に着込みながら、ひいひいと声を漏らした。

 周囲には、ゴツゴツとした黒い岩肌が広がり、植物の一本すら生えていない。しかし、そんな過酷な環境のど真ん中に、ぽつんと巨大な石造りの集落が存在していた。

 そこに暮らしていたのは、魔人族の一角――『巨石族』の独立採掘集落である。


「ようこそいらっしゃいました! 第零小隊長レイヴン殿、及び隊員の皆様。...がッハッハ! レイヴン殿、真魔種の貴殿であれば、魔法障壁を張られればよろしいのでは? 些か似合っておりませんぞ!」

「常時となれば魔力消費が激しい。私とてやむ負えず着用しているのだ」


 巨石族の戦士長が豪快な笑いともに出迎えてくれた。彼らは毒や酸、極端な気温変化に対しても独自の強靭な肉体で完全に耐性を持っているため、防護服など一切纏わず、上半身裸で闊歩している。

 そして、その巨石族の生活圏に足を踏み入れた瞬間、小隠族のフィグは別の意味で絶望的な悲鳴を上げた。


「待って、待って待って!? なんだよこの家! 椅子が僕の背丈の三倍あるんですけど! テーブルの高さが首元まであるし、 家具が、建物が、何もかもがデカすぎる!」


 フィグは、自分の体の何倍もある巨大な木製の椅子によじ登ろうとしては滑り落ち、無様な姿を晒していた。すべてが巨石族の規格で作られているため、小柄なフィグにとっては地獄のような巨大空間だったのだ。

 一方、私はといえば、いつも通り面倒臭そうにブラブラと歩きながら、周囲の環境を眺めていた。


「ふーん...で、魔物はどこ?」

「まぁ慌てるな、ウェタルカ殿! 我らの集落の客人をもてなすのが巨石族の流儀だ。まずは腹を満たせ! 特別に、我が集落自慢の最高のごちそうを振る舞ってやる!」


 巨石族の男が大きな手を鳴らすと、集落の中央広場に据えられた巨大な大鍋から、信じられないほどスパイシーで濃厚な香りがあたりに立ち込めた。

 ぐうっ、と、私の腹が小さく鳴った。

 タバコと酒ばかりでまともに食事をとっていなかったこともあるが、その匂いは脳裏に、かつて生きていた現代日本での記憶を強烈に呼び覚ました。

 大鍋の底で煮込まれていたのは、水の一滴も使わず、多肉植物の水分と野菜の旨味、そして何種類ものスパイスだけで肉をじっくりと煮詰めた――紛うことなき、本格的な「スパイスカレー」だった。

 その脇には、小麦に似た現地の植物をこねて石窯の壁に貼り付けて焼き上げた、香ばしいナンが山のように積まれている。


「...これ...」


 私は、わずかに目を見開いた。

 生前、大好物だった、あのスパイシーな香りと鮮やかな黄金色の煮込み料理。まさかこんな異世界の魔大陸の荒野で、それに酷似した料理に出会うとは思いもしなかった。


「どうだ! 荒野の民のパワーの源よ! スパイスをたっぷり効かせた肉の煮込みに、焼き立てのコイツを千切って浸して食う!」

「...食べる」


 普段は「酒で腹がいっぱい」と零してほとんど箸をつけない私が、この時ばかりは別人のような素早さでナンを一枚ひっつかみ、大鍋から豪快にすくったカレーをたっぷりとつけて口に放り込んだ。

 瞬間――。

 現地の香辛料の複雑な辛味と、長時間煮込まれた獣肉の旨味が、味覚を激しく殴りつけた。ガツンとくる強烈な辛さの裏に、野菜の甘みが溶け込んでいる。


「...っ! うまっ...なにこれ、うまっ...!!」


 私は話すのも惜しく、ものすごい勢いで次々と胃袋にかき込んでいった。一心不乱に、夢中で、まるで飢えた野獣のようにモリモリとスプーンという名の巨大な木べらを動かす。


「おっ、いい食いっぷりだな! 気に入ったか!」

「最高...もっと...」


 さらに、巨石族の男が「肉だけじゃ喉が詰まるだろ!」と差し出してきたのは、砂漠地帯の多肉植物を発酵・蒸留させて作った、現地の特製強酒――地球でいうところの「テキーラ」に酷似した、無色透明にして強烈なアルコール度数を誇る悪魔の液体だった。


「おっ、それもいけるか? かなりキツいぞ、弱いヤツの内臓なら一発で焼けるが――」


 巨石族の警告を無視し、私は巨大なジョッキを受け取ると、一息でそれを喉の奥へと流し込んだ。

 カッ!! と、食道から胃にかけて熱いマグマが流れ落ちたような衝撃が走る。


「...プハァッ! ...効く...いいね、これももっと」

「なっ...!? 水のように飲み干しただと...!?」


 酒豪として知られる巨石族の戦士たちでさえ、その底知れない飲みっぷりに驚き、やがて「おい、あの小柄な姉ちゃんに負けるな! 酒樽を追加しろ!」と、謎の酒飲み勝負が始まってしまった。

 レイヴンが「おい、! これから大魔物との戦闘だ。 酔っ払ってどうするんだ!」と止めに入ったが、私はすでに心地よい酔いと極上のスパイスの満腹感に包まれ、むしろ機嫌よくフニャフニャとした笑みを浮かべていた。


「いーじゃんいーじゃん...最高のメシと酒だった。...で、その、なんだっけ? でっかい魔物はどこ? さっさと殺されに行こうか」

――――――――――――――――――――――――――――――

 満腹とアルコール、最高の満足感を胸に、私は巨石族の集落の外れに広がる谷へと足を踏み入れた。

 そこが、今回の目的である大気壊滅獣――『霧喰らいの巨神ミスト・ベヒーモス』のテリトリーだった。


「...うわ、なんだあのサイズ」


 遠目で見ていた以上の圧倒的な存在感だった。山脈のようなどす黒い巨体に、無数の噴気孔のような器官がパカパカと開閉し、そこから周囲一帯を視界不良にするほどの猛毒の霧と、触れただけで岩をも溶かす酸性の嵐がとめどなく噴き出している。

 常時展開された酸のバリアと分厚い脂肪のせいで、通常の部隊であれば近づくことすらかなわない環境災害そのものだった。


「総員、ここから先は近づくな。あの酸性瘴気は防護服も耐えきれず溶けるぞ」


 レイヴンが、シュコーッシュコーッと音を立てる防毒マスク越しにガザル、ローザ、フィグを止める。対して、へべれけの私は、その言葉にぐりんと首を曲げてから、おもむろに服を脱ぎ始めた。


「ちょっとウェタルカ!! ここ外よ! 服を着て行って!」

「はぁー? いいじゃん、どうせ他の人はいないんだし。この服無くなるほうが困るでしょ。いい加減見慣れてよ」


 完全に服を取り払った私は、振り乱して抗議するローザの言葉を無視し、千鳥足のまま巨神の足元へとフラフラ歩いていった。


「あー...せっかく美味い飯食ったのに、こんな不味い空気のなか死ななきゃいけないなんて」


ズズン、ズズン、と大地を揺るがしながら、『霧喰らいの巨神ミスト・ベヒーモス』が私の存在に気づき、その巨大な質量を伴った威圧感を放った。次の瞬間、巨神の無数の噴気孔から、都市を丸ごと溶かすほどの高濃度な酸性瘴気が津波のように押し寄せた。


「...っ!?」


 回避する気など微塵もない身体を、猛烈な酸の霧と圧倒的な大気圧が呑み込む。

 皮膚がジュージューと音を立てて溶け、肺に流れ込んだ酸性の毒気が内部から組織を破壊していく。


「...あぁ、やっぱ、死ぬときは痛いんだよな...」


 ガクッ、と意識が途切れる。私の魂は消滅した肉体から離脱し、目の前で存在感を放つ『霧喰らいの巨神ミスト・ベヒーモス』の巨大回路へと滑り込んだ。

――視界がパチンと切り替わる。

 肉体の乗っ取りは一瞬だった。

 ドクン、と、巨神の巨大な魔核が脈打つ。


(...目線たっか...体めちゃくちゃ重いし。...さて、どうやって死のうかな)


 巨神の身体を手に入れたウェタルカは、自らの意思でその巨大な肺腑を逆流させ、自壊の引き金を引いた。

 ボチュンッ!! と、山脈のような巨体が内側から破裂し、ドス黒い血煙と膨大な魔力が周囲の空間へと爆発的に解放される。


グモオオオォォォ――。


 巨神は最後に地を揺り動かすほどの咆哮をあげ、その生を閉じた。

 肉体の崩壊と再生の痛みが去ったあと、荒野の真ん中にポンと放り出された私は、ふぅ、と一息ついて遠くで待機している零番隊の面々の方へと振り返る。


「...おーい、終わったー。酒のおかげで、いつもより楽に死ねた気がするわ」


 呆然と立ち尽くすローザや、頭を抱えるガザルとレイヴン、巨神の肉体を収集出来ずに悔しがっているフィグに向かって、私は気だるげに手を上げ、第二段階調整の最初の関門を軽々と突破してみせたのだった。



【名前】 ウェタルカ
【種族】 ???
【称号】 異世界からの転生者、死にたがり、生にしがみつく者

【能力値】
・魔力量: 測定不能(不定形数)
・筋力 : 測定不能(不定形数)
・耐久 : 測定不能(不定形数)
・敏捷 : 測定不能(不定形数)

【固有スキル】
・『不死転生』:対象(物質体、精神体を含むすべての生命)に殺害された際、その体を次代の器として転生する。

【既存スキル】
『不定形化』『溶解液分泌』『魔核捕食・魔力値上昇』『超跳躍(脚部強化)』『角貫通突撃』『魔核捕食効率化』『高速移動(韋駄天)』『動体視力強化』『気配遮断』『水中機動最適化』『異種肉体統合』『剣術・短剣戦闘(近接技巧)』『罠解除』『人間言語』『魔力感知』『丸飲み』『脱皮(代謝上昇)』『竜鱗硬化(高位物理・魔法耐性)』『飛竜の炎息』『竜の威圧』『重装分散被甲』『流嵐水刃』『無音幻翼』『剛力』『地響き』『光学的擬態』『痺毒壊蝕牙針』

【新規獲得スキル】
・『大気壊滅(エリア・バースト)』 (特性:周囲の酸素や魔力を一気に奪い、広範囲の生物を窒息・圧殺する)
・『酸性瘴気噴出(アシッド・ミスト)』 (特性:自分の周囲に一都市規模の溶解霧を展開する。)
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死にたがり社不の不死転生 ―死にたい私の、死ねない絶望―作者:あづみ
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