㉕ 高校生の雪村⑴
4月になり、光陽高校に通うにあたって、ウチにも色々と変化があった。
まず、中学生まで住んでいたマンションを売り払い、昭和区の勤労会館からほど近いアパートに、家族5人で引っ越した。
引っ越しの表向きの理由は、少しでも高校に通いやすいところへ、だったが、実際には、例の一件で、父さんの財政がピンチになったからであった。その証拠に自家用車も、白いメルセデスから茶色のマークⅡに乗り換えられていた。
示談には懲りたようで、あの件は結局、警察に相談して解決したらしい。
最初からそうすれば良かったのに......。
ボクは、シマノ製の黄色いズポーツタイプの自転車を買ってもらい、それで人生初の自転車通学をすることになった。
自宅から高校最寄りの荒羽田駅前まで、幹線道路の緩い上り坂を一直線。
そこから南に曲がり、路地裏の細い道をひたすら走ると高校にたどり着く。
コレを毎日全力で往復していたので、けっこう脚力がついたようだ。
まあ、それも陸上部に入部する一因になったかもしれない。
でも、同級生の梨本仁に騙されたってのが一番の理由かな。
お調子者の彼に誘われて、一緒に入部届を書いたら、ヤツは早々に辞めてしまったんだ。ひどいよね?
校舎の新築工事の準備のために、運動場が半分使えなくなり、陸上部は舞鶴公園で練習することになったんだけど。
......そこがウチから目と鼻の先で、好都合だったのも良かったかな。
さて、いきなり部活動の話になってしまったけど......肝心な新しいクラスの話に戻すと、ボクたちの教室は1年A組。
場所は、旧校舎の西の出入り口の隣だった。
教室内も廊下も、板張りの床で、歩くとギイギイ音がする。
誰かが「まるでウグイス張りだな」と言っていたけど、今にも床が抜けそうで、そんなにいいモノとは思えなかった。
黒板は濃緑色ではなくて、真っ黒。
板面も湾曲していない、いわゆる旧型だ。
窓は縦長で、開けるときは上にあげるか、蝶番で前後に動かす構造だった。
校舎全体は、明治や大正に流行った、いわゆる洋館タイプの建築様式だった。
「コレ、夜中に一人で来たら、そうとう怖そうだな」と、誰もが思ったに違いない。
それにしても、どうやらボクは旧校舎と縁があるようだ。
小学校3年で転入した時の教室も、木造平屋建ての旧校舎だったことを思い出した。
確か、翌年には取り壊されて運動場になったっけ。
その時、一緒に埋められた中庭の小さな池について、日中新聞の記者に、インタビューされたのも、今となってはいい思い出だ。
この校舎も、来年の春休みには解体して運動場にするらしい。
つまり、ボクたちが、この校舎で学ぶ最後の光陽生ってわけだ。
しい思い出がたくさん作れるといいな。