ホーム›晴れときどき悪意ところにより超能力者(セーラー服と雪女 第一部 ①)›⑳ 受験生の雪村
← 次の話目次前の話 →

⑳ 受験生の雪村

 1979年。昭和なら54年の4月。
 ボクはとうとう中学三年生になった。
 いよいよ受験シーズンのスタートだ。

 学校では、二年生の2学期あたりから、ぼちぼち進路希望のアンケートなどをしていた。
 しかし、そろそろ本気で、志望校の検討を固めなければならない。

 進路とは、まず、将来やりたい職業を考え、そのための道筋としてどんな資格や知識が必要か検討し、行きたい学科のある大学を見据え、行きたい高校を決める。この順番で決めるべきモノである......って先生は言うけど。

 生徒としては、とりあえず自分の成績で、どこの高校なら合格可能なのか。話はそれに尽きるのである。
 できれば学力レベルの高い進学校に入学したい。
 そうすればイイ大学に行けて、卒業したら有名企業に入社して、たくさん給料を頂けるはず。
 昭和の中学生は、所詮、これぐらいのことしか考えていないのである。

 ああ、そう言えば、一年生のころ、職業適性心理テストをやった時に、変な結果になったっけ。
「キミは山にこもって木こりをやりなさい」って。
「木こり」って何だよ。せめて「林業」だろうが!って思ったねえ。

 中学校時代のボクのあだ名が「仙人」だったのも、コレが原因の一端だったような......。
 イヤなこと、思い出しちゃったな。

 進路希望を検討していると、もう一つ、どうしても思い出してしまうことがある。
 それは、父さんの出身校だ。

 ボクの父さんの最終学歴は、「愛知一中卒業」だ。しかも主席らしい。
 今で言うと、朝日ヶ丘高校のことだ。
 それは、全国でも上から三番目までに入るという、言わずと知れた、学力レベルの高い公立高校だ。

「授業なんて一度聞いたら、そのあと特に勉強しなくても、テストで100点取るのは簡単だろう。所詮、中学校レベルだし」などとのたまう天才だ。

 それに、父さんは、学校の勉強だけでなく、その他の事も、大抵は器用にこなせる。 
 何しろ、実物そっくりに描くデッサンの方法を、ボクに教えてくれたのも、父さんなのだ。

 あえて弱点をあげるとすれば、音痴なことと、酒に酔いやすい事か......とにかく、そんな父さんなので、進路の相談なんてできやしない。
 父さんには、勉強が苦手な者の、気持ちや立場や苦労なんて、所詮、解らないのである。

「お前の好きにしたらいい」
 やはり父さんはそう言った。
「ただし、ウチは貧乏だから、私立高校には行かせないぞ」

 実は当時の受験制度では、組み合わせの決まっている公立高校2校と、私立高校1校を一度に受けられたのだ。
 しかし、担任を交えた進路相談会の後でも、父さんは同じことを言ったのだった。

 先生の「滑り止めだと思って。」「先に私立の試験がありますから、本番の公立の練習にもなりますし。」という言葉に、しぶしぶ一度は、私立受験を認めてくれた。

 しかし、家に帰ってから「もしも私立しか合格しなかったら、行かせないからな。その時は、働けよ!」と言ってくる始末。

 もちろん、公立校に合格できるように頑張るけど「いったい何時代の話をしてるんだよ」とボクは思った。
 ......そもそも今、ウチにお金が無いのは、父さんがヤラカシたせいなのである。

 父さんの不動産会社の仕事は、立ち上げからずっと順調に進んでいた。
 それは例のピンクの看板の、大型スーパーチェーン開業用の土地を探して、そこの地主と話をつけて、仲介手数料を頂く仕事であった。
 仕事用と称して、白いメルセデスのセダンを買ったりして、つい最近まで、むしろ羽振りが良かったぐらいである。

 ただ最近、そのクルマで事故を起こしたらしい。
 しかも、相手はヤ〇ザ。
 すぐ警察に行けば良かったのに、示談を希望して今に至るのである。

 ヤ〇ザの皆さんは、カタギからお金を取るのが仕事である。父さんは、言わばイイ金づるになってしまっていた。

  雪子さんは当然、そんな父さんを助けたりしない。
 雪子さんが手を差し伸べるのは、ボクだけ。
 彼女は、そういうルールで行動すると、決めているのだ。

 ボクはよく友人から、「真田君は要領はイイけど、ツメが甘いよね。」と言われていた。
 多分コレは、父さんからの遺伝なのかもしれないな、と思った。
シェア
前の話 →
⑲ 悩める雪村
← 次の話
㉑ 雪村の卒業
晴れときどき悪意ところにより超能力者(セーラー服と雪女 第一部 ①)作者:サナダムシオ
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません

⑳ 受験生の雪村

 1979年。昭和なら54年の4月。
 ボクはとうとう中学三年生になった。
 いよいよ受験シーズンのスタートだ。

 学校では、二年生の2学期あたりから、ぼちぼち進路希望のアンケートなどをしていた。
 しかし、そろそろ本気で、志望校の検討を固めなければならない。

 進路とは、まず、将来やりたい職業を考え、そのための道筋としてどんな資格や知識が必要か検討し、行きたい学科のある大学を見据え、行きたい高校を決める。この順番で決めるべきモノである......って先生は言うけど。

 生徒としては、とりあえず自分の成績で、どこの高校なら合格可能なのか。話はそれに尽きるのである。
 できれば学力レベルの高い進学校に入学したい。
 そうすればイイ大学に行けて、卒業したら有名企業に入社して、たくさん給料を頂けるはず。
 昭和の中学生は、所詮、これぐらいのことしか考えていないのである。

 ああ、そう言えば、一年生のころ、職業適性心理テストをやった時に、変な結果になったっけ。
「キミは山にこもって木こりをやりなさい」って。
「木こり」って何だよ。せめて「林業」だろうが!って思ったねえ。

 中学校時代のボクのあだ名が「仙人」だったのも、コレが原因の一端だったような......。
 イヤなこと、思い出しちゃったな。

 進路希望を検討していると、もう一つ、どうしても思い出してしまうことがある。
 それは、父さんの出身校だ。

 ボクの父さんの最終学歴は、「愛知一中卒業」だ。しかも主席らしい。
 今で言うと、朝日ヶ丘高校のことだ。
 それは、全国でも上から三番目までに入るという、言わずと知れた、学力レベルの高い公立高校だ。

「授業なんて一度聞いたら、そのあと特に勉強しなくても、テストで100点取るのは簡単だろう。所詮、中学校レベルだし」などとのたまう天才だ。

 それに、父さんは、学校の勉強だけでなく、その他の事も、大抵は器用にこなせる。 
 何しろ、実物そっくりに描くデッサンの方法を、ボクに教えてくれたのも、父さんなのだ。

 あえて弱点をあげるとすれば、音痴なことと、酒に酔いやすい事か......とにかく、そんな父さんなので、進路の相談なんてできやしない。
 父さんには、勉強が苦手な者の、気持ちや立場や苦労なんて、所詮、解らないのである。

「お前の好きにしたらいい」
 やはり父さんはそう言った。
「ただし、ウチは貧乏だから、私立高校には行かせないぞ」

 実は当時の受験制度では、組み合わせの決まっている公立高校2校と、私立高校1校を一度に受けられたのだ。
 しかし、担任を交えた進路相談会の後でも、父さんは同じことを言ったのだった。

 先生の「滑り止めだと思って。」「先に私立の試験がありますから、本番の公立の練習にもなりますし。」という言葉に、しぶしぶ一度は、私立受験を認めてくれた。

 しかし、家に帰ってから「もしも私立しか合格しなかったら、行かせないからな。その時は、働けよ!」と言ってくる始末。

 もちろん、公立校に合格できるように頑張るけど「いったい何時代の話をしてるんだよ」とボクは思った。
 ......そもそも今、ウチにお金が無いのは、父さんがヤラカシたせいなのである。

 父さんの不動産会社の仕事は、立ち上げからずっと順調に進んでいた。
 それは例のピンクの看板の、大型スーパーチェーン開業用の土地を探して、そこの地主と話をつけて、仲介手数料を頂く仕事であった。
 仕事用と称して、白いメルセデスのセダンを買ったりして、つい最近まで、むしろ羽振りが良かったぐらいである。

 ただ最近、そのクルマで事故を起こしたらしい。
 しかも、相手はヤ〇ザ。
 すぐ警察に行けば良かったのに、示談を希望して今に至るのである。

 ヤ〇ザの皆さんは、カタギからお金を取るのが仕事である。父さんは、言わばイイ金づるになってしまっていた。

  雪子さんは当然、そんな父さんを助けたりしない。
 雪子さんが手を差し伸べるのは、ボクだけ。
 彼女は、そういうルールで行動すると、決めているのだ。

 ボクはよく友人から、「真田君は要領はイイけど、ツメが甘いよね。」と言われていた。
 多分コレは、父さんからの遺伝なのかもしれないな、と思った。
シェア
次の話㉑ 雪村の卒業
晴れときどき悪意ところにより超能力者(セーラー服と雪女 第一部 ①)作者:サナダムシオ
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません